ソニーの経営問題(その8)(ソニー「10億人とつながる」 利益1兆円の先の野望 エンタメ軸に拡大宣言、グループ連携がカギ、ソニーが圧倒的な高収益体質に大復活できた本質 エレキ地位低下の一方 グループ6事業を「掛け算」、平井ソニーが前評判を覆し 再生を遂げることができた「底力」とは) [企業経営]
ソニーの経営問題については、昨年6月12日に取上げた。1年強が過ぎた今日は、(その8)(ソニー「10億人とつながる」 利益1兆円の先の野望 エンタメ軸に拡大宣言、グループ連携がカギ、ソニーが圧倒的な高収益体質に大復活できた本質 エレキ地位低下の一方 グループ6事業を「掛け算」、平井ソニーが前評判を覆し 再生を遂げることができた「底力」とは)である。
先ずは、本年6月3日付け東洋経済オンライン「ソニー「10億人とつながる」、利益1兆円の先の野望 エンタメ軸に拡大宣言、グループ連携がカギ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/431884
・『「現在、ソニーは世界で1億6000万人とエンターテインメントで直接つながっている。これを10億人に広げたい」 ソニーグループの吉田憲一郎社長は5月26日、オンラインで開催した経営方針説明会でこう宣言した。 業績はまさに絶好調。コロナ禍をものともせず、2021年3月期の売上高は8兆9993億円(前期比9%増)、営業利益は9718億円(同15%増)と、ともに過去最高を更新した。株式の評価益などもあり、純利益は初めて1兆円の大台を突破した。 業績の牽引役は祖業のエレクトロニクス事業から、ゲームや映画、音楽などのエンタメ系の事業に移っている。とくに巣ごもり需要でプレイステーション(PS)のソフト販売が伸びたことや、アニメ『劇場版「鬼滅の刃」』の大ヒットなどが利益を押し上げた』、「業績の牽引役」のシフトは時代のニーズの変化を映したものなのだろう。
・『今後3年間で2兆円を投資 かつてソニーは、エレキ事業で価格競争による採算悪化に苦しみ、景気の波に業績を左右された。価格競争の起きにくいエンタメに、エレキ事業で培ったテクノロジーを融合させ、サブスクリプション(定期購入)型ビジネスとして安定的に稼ぐ戦略を一段と推進する。 冒頭の吉田社長の発言にある、「1億6000万人」の内訳は定かでない。ゲームのプラットフォームであるPSネットワークの月間アクティブユーザーが、現在1億0900万人。ほかに展開する音楽配信などのプラットフォームのユーザーも合わせた数字とみられる。達成時期こそ示さなかったものの、これを6倍の10億人に増やすのは野心的な計画だ。 関連分野への投資は惜しまない。「エンタメ×サブスク」を軸に成長を持続させるため、今後3年で2兆円以上の戦略投資を進める。 投資の優先順位について吉田社長は、IP(アニメなどの知的財産)、DtoC(ダイレクト・トゥ・コンシューマー、消費者と直接つながる販売手法)、テクノロジーの順と明かした。 ゲームや音楽などのソフトコンテンツの制作にさらに資金を投じるほか、買収や出資により魅力的なIPを確保することを継続する。コンテンツを届けるプラットフォームとなる動画配信サービスとの協業や、自社のDtoCプラットフォームであるPSを通じたコンテンツ販売も強化する。 単にエンタメを伸ばすのではなく、エレキ事業との掛け合わせも重視する。ソニーにはゲームエンジンやイメージセンサーなどで高い技術力がある。これらが、コンテンツを作ったり届けたりするうえで、競合との差別化につながるからだ。今回掲げた2兆円には、こうしたテクノロジーへの投資も多く含まれる。 このようなグループ間の連携は、今後の成長において従来以上に重要な意味を持つ。今年4月、ソニーからソニーグループへと63年ぶりに社名を変更したが、ただ名前を変えただけではなく、組織体制の再編を伴ったものだった』、「今後3年で2兆円以上の戦略投資」、「ソニーにはゲームエンジンやイメージセンサーなどで高い技術力がある。これらが、コンテンツを作ったり届けたりするうえで、競合との差別化につながる」、なるほど。
・『事業連携強化の体制は「整った」 これまでソニーは本社にエレキ事業が特権的に所属していたが、それを独立させ、ソニーグループは本社機能に特化した。エレキ事業を音楽やゲームなどほかの事業と同等の位置づけにし、本社は各事業と等距離で関わる。吉田社長は「すべての事業がフラットにつながる新しいアーキテクチャー(組織体制)により、グループとして連携強化の体制が整った」と語る。 グループ間の連携は、新たに取り組むモビリティーなどの領域でも顕著だ。2020年に発表した電気自動車「ビジョンエス」は、デバイス事業が持つセンサー技術を生かす一方、スマートフォン「エクスペリア」の技術を用いて車内制御を組み立てている。 「モビリティーの領域において、モバイル技術は決定的に重要になる」(吉田社長)との確信の下で開発に邁進するが、エンタメも同様に、グループ連携により「ソニーにしかできない」ビジネスに育てられるかが今後問われる。 吉田社長の就任した2018年度に始まった中期経営計画は2020年度で終了。平井一夫前社長の時代から、エレキの赤字事業の改革、CMOSイメージセンサーへの集中、そしてコンテンツIPへの投資に取り組んできた。これらに一定のメドをつけた吉田社長は、2021年度以降目指す方向性について、冒頭の「10億人」以外に具体的な数値目標は打ち出さず、ビジョンを語るにとどめた。 現状は甘くはない。ソニーが足場とするエンタメでは、アメリカのアマゾン・ドット・コムやネットフリックスといった異次元のライバルが立ちはだかる。電機大手の「勝ち組」は、次のステージに上がったばかりだ』、「エレキ事業」は「本社」から独立させ、「音楽やゲームなどほかの事業と同等の位置づけにし」た。「「すべての事業がフラットにつながる新しいアーキテクチャーにより、グループとして連携強化の体制が整った」、果たして狙い通り「連携強化」につながるかを注目したい。
次に、7月12日付け東洋経済オンライン「ソニーが圧倒的な高収益体質に大復活できた本質 エレキ地位低下の一方、グループ6事業を「掛け算」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/440105
・『ソニーの業績が絶好調だ。2021年3月期は、同社が展開する6つの事業のうち米中貿易摩擦の影響を受けた半導体事業を除く5事業が増益。保有株式の評価益258億円を上乗せし、純利益が初めて1兆円の大台を突破した。 『週刊東洋経済』7月12日発売号は、「ソニー 掛け算の経営」を特集。ソニーの強みとリスクを分析し、復活したソニーの今後について占っている。業績の好調を受けて、社員への還元も大盤振る舞いだ。2021年度の年間ボーナスは組合側の要求を上回る7.0カ月という、かつてない高水準に。4566億円もの最終赤字に沈んだ2012年3月期のどん底から10年。苦労がようやく実を結んだ』、「年間ボーナスは組合側の要求を上回る7.0カ月という、かつてない高水準に」、「組合側」もここまでの好決算は予想してなかったのだろう。
・『早期退職の動きも 一方、「いいことばかりではない」と、浮かない顔をするのはソニーグループの中でエレクトロニクス事業に在籍する中堅社員だ。事業内での早期退職が目立ってきているからだ。 商品設計を担当するソニーエンジニアリングでは2020年秋、カメラなどを扱うソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ(ソニー)と営業を担うソニーマーケティングでは同年12月以降、いずれも45歳以上を対象とする早期退職募集を打ち出した。足元でもエレキ傘下の部署では今年12月末までの早期退職募集が行われている模様だ。 人員削減を進める理由についてソニー側は「エレキ事業では今後も安定した利益を創出できるよう、販売会社や製造事業所の一体運営を強化し、効率化に務めている」と説明する。 最高益を更新する好調ぶりにもかかわらず人員削減を進めるのは、ソニーという「電機企業」が変身しているからだ。 今年4月、ソニーは63年ぶりの社名変更に踏み切った。新しい社名はソニーグループ。伝統ある「ソニー」の社名は、祖業であるエレキ部門の子会社に引き継がれた。 これまで本社が行っていたエレキ事業は、ゲーム事業や音楽事業などと同様、グループ子会社の1つとなった。グループ本社は、全社を統括する機能に特化する。 「(統括会社の)ソニーグループは連携強化に向けて、すべての事業と等距離で関わる」。吉田憲一郎社長は5月の経営方針説明会でこう宣言した。 この変化は、ソニーにおけるエレキ事業の地位低下を反映したものでもある。この10年でソニーの全体の売上高に占めるエレキ事業の比率は、約6割から2割へと大きく下がった。ただ、組織変更にはこうした客観的事実以上の意味がある。 吉田社長は2019年1月、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というフレーズを、エレキ事業にとどまらないソニーグループのパーパス(存在意義)と定義した。それぞれが独り立ちできる6つの事業群が1つの会社に集まっているのはなぜか。それを説明する概念だ』、「最高益を更新する好調ぶりにもかかわらず(エレキ事業で)人員削減を進める」、というのは堅実なやり方だ。
・『6つの事業をまとめ上げる「感動」 6つの事業が手掛ける事業の幅は広いが、これらをまとめ上げる概念が「感動」だ。それに向かって、フラット化した各事業を「掛け算」していく。それが今のソニーの戦略である。 各事業同士の連携はすでに業績に結実しつつある。例えば、ミラーレスカメラ市場で圧倒的なシェアを誇る「α(アルファ)」シリーズは、その背景にソニーが持つ優れた半導体技術がある。ソニー損害保険では、AI(人工知能)技術を使った商品が人気だ。 新規事業も「掛け算」が基準になっている。代表例が2020年にアメリカ・ラスベガスで行われた展示会「CES」で発表された電気自動車「VISION―S(ビジョンエス)」だ。2018年1月にイヌ型ロボット「aibo」を12年ぶりに復活させたAIロボティクスグループが手がける新プロジェクト。半導体事業で培ったセンサー技術のほか、スマートフォン「Xperia」の操作性や通信技術、得意のオーディオ技術を生かした車内空間作りなど、ソニーの技術がこれでもかと詰め込まれている。 「掛け算」の事例はこれだけではない。東京・世田谷区の東宝スタジオには、映像製作技術「バーチャルプロダクション」の設備が導入されている。ソニーが作る大型LEDディスプレーに映像を映し、その前にセットを置いて演者が動くと、まるで現地でロケをしているような映像を作ることができる。 この設備は、ソニーの出資する米エピックゲームスが開発したゲームエンジンを使用している。演者の位置を測定し、背景を対応させることで、よりリアルな映像を撮影できる。自ら発光するLEDの特徴を生かし、水たまりの反射や眼鏡による光の屈折といったものまで表現できる。 ほかにも、人気ゲームを、映画製作会社ソニー ピクチャーズ・エンタテイメントの手で映画化するプロジェクトが進行中だ。2019年に設立された「プレイステーションプロダクションズ」では、人気のPS用ソフトの映画化が進められており、第1弾として2022年2月には『アンチャーテッド』の映画版が公開される見通しだ。ほかにも、『ゴースト オブ ツシマ』、『ザ・ラスト・オブ・アス』など計10本が映画化を控えており、映画事業の拠点に設けられたオフィスで、ゲームと映画のそれぞれの会社のスタッフが一つの組織に集まって協業している』、「掛け算」とは、2つの事業間のシナジーともいえるだろう。
・『『夜に駆ける』オーディオドラマの圧倒的臨場感 ソニー・ミュージックエンタテインメントから生まれた2020年の大ヒット曲『夜に駆ける』(YOASOBI)。この原作となった小説を基にしたオーディオドラマでは、エレキ事業のオーディオ技術を活用した360度立体音響技術が採用されている。ぞっとするような臨場感が魅力だ。 このプロジェクトを担当するソニーミュージックの高山展明氏は「より生々しい、人間らしい要素を組み込めないか、コンテンツの面白さと技術の強みが一致する方法を考えた」と語る。 次々と生み出される「掛け算」事業。その収益化の方法も、単品売りで終わるのではなく、顧客の体験に訴求して製品やサービスを発展させ、継続的に稼ぐ方針を示している。 「ダメ企業」から見事生まれ変わり、再び攻めの戦略に転じつつあるソニー。快進撃を続けるうえで、エレキ企業としての過去のしがらみを断ち切り、自由な発想で挑戦し続けることができるかが肝となる』、「快進撃を続けるうえで、エレキ企業としての過去のしがらみを断ち切り、自由な発想で挑戦し続けることができるかが肝となる」、その通りなのだろう。
第三に、8月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した早稲田大学大学院経営管理研究科教授の長内 厚氏による「平井ソニーが前評判を覆し、再生を遂げることができた「底力」とは」を紹介しよう。
・『コロナ禍でも好業績のソニーに日本企業の「底力」を垣間見た 8月4日にソニーとトヨタの決算発表があり、ソニーの2021年4~6月期連結決算は、売上高が前年同期比15.0%増の2兆2568億円、純利益が9.4%増の2118億円、トヨタは72.5%増の7兆9355億円、純利益が約5.7倍の8978億円となり、トヨタは同四半期の過去最高業績となった。 ソニーとトヨタの好業績は、日本の製造業の底力を感じさせるニュースといえるかもしれない。古くから日本企業は、オイルショックや度重なる震災など、企業経営や生産に大きな影響が出る数々のアクシデントに見舞われてきたが、その都度困難を乗り越え、より強靱な経営や生産のシステムを構築してきた。 ソニーはオイルショックで燃料費が高騰したときに、当時の主力製品であったブラウン管の生産に大量に使うエネルギーを大幅に削減する生産技術を開発し、オイルショックを乗り切っただけでなく、長期的なブラウン管製造のコストダウンを実現した。2011年の東日本大震災では、宮城県の報道用ビデオカメラのテープの工場が甚大な被害を受けたが、当時の中鉢良治副会長の陣頭指揮の下で早期の生産再開を果たし、世界の放送局へのテープ供給に支障を来たさなかった。 昨今のコロナ禍では、テレビなどの巣ごもり需要は高かったとはいえ、家電、自動車ともにサプライチェーンの混乱や昨今の半導体不足などのアクシデントがあり、それに加えて経済の先行きの見えない不安感に不安定な需要、人の移動が制限される中での業務遂行など、企業にとっては様々なマイナス要素が存在していた。しかし、その中でも好業績を出せる日本企業の底力には、危機に強い日本の産業の特徴が表れているのかもしれない。 米国や中国は、仕事を明確に分業して他者の仕事には口を出さない、組合せ型、モジュラー型の製品開発や組織運営を強みにしてきた。一方、日本は組み合わせに対してすり合わせ、インテグラル型のものづくりが特徴といわれていて、トヨタの多能工に代表されるように、分業しながらも他の人の仕事にも関与したり協力しあったり、お互いがお互いの仕事に口を出し助ける文化が、日本のものづくりの現場にはある。 こうしたインテグラル、すり合わせのやり方は、効率性という点ではモジュラー型には敵わないが、柔軟性、多様性、臨機応変な対応はしやすく、多様な製品を生み出す力や、非常時の臨機応変な対応につながっている』、「インテグラル、すり合わせのやり方は、効率性という点ではモジュラー型には敵わないが、柔軟性、多様性、臨機応変な対応はしやすく、多様な製品を生み出す力や、非常時の臨機応変な対応につながっている」、同感である。
・『日本企業に合った経営再建策はむやみにV字回復を目指さないこと 本連載で、著者はよくV字回復の危うさを指摘しているが、こうした日本の底力は、V字回復のような瞬発力や効率性はないものの、長期的な競争優位を確立する上で貴重な日本企業固有の能力であり、それを伸ばすこと、つまりむやみにV字回復を目指さないことが、日本企業の能力に見合った経営の立て直し策であると考えるからだ。 ソニーは昨年、過去最高益を出し、今回の決算でも好業績を出しているが、これもV字回復というよりは、前社長の平井一夫氏、現社長の吉田憲一郎氏の平井・吉田体制が時間をかけて築いてきた成果といえる。 以下のグラフは、ソニーとパナソニックのリーマンショック後の研究開発費の変化の推移を示したものであるが、当時V字回復ともてはやされたパナソニックは研究開発費を抑えて短期的な利益率を改善、ソニーは赤字を継続したものの研究開発費はむしろ増加させている。結果はご存じの通り、パナソニックは短期的な業績回復はできたものの、長期的にはより苦しい経営環境に見舞われている。 (図表:ソニーとパナソニックの研究開発費の指数表」、はリンク先参照) 平井氏といえば、社長就任当時は「エレキを知らないレコード屋」「アメリカかぶれで日本企業の経営はできるのか」といった批判をされていた。週刊ダイヤモンドでも「ソニー消滅!!」といった特集が組まれ、当時から平井氏のマネジメントを評価していた著者は、ダイヤモンドオンラインで「週刊ダイヤモンドの『ソニー消滅!!』説に反論!」という記事を掲載したものだ。本誌の特集に真っ向から反論する論考を掲載するダイヤモンド社も、懐が広い。) この記事でも「パナソニックとシャープは事業構造改革の成果が出始め、浮上しつつある一方で、ソニーだけ今期(2015年3月期)も最終赤字予想となるなど、取り残されている」というリード文がつけられている』、「当時V字回復ともてはやされたパナソニックは研究開発費を抑えて短期的な利益率を改善、ソニーは赤字を継続したものの研究開発費はむしろ増加させている」、さすが「ソニー」だ。
・『ソニー再生の原動力となった平井氏の興味深いマネジメント 今となれば誰も平井ソニーを批判する人はいないが、平井氏が最近出版した著書『ソニー再生』には、この頃の平井氏のマネジメントについて興味深い記述があり、平井氏のマネジメントの基礎はダイバーシティにあるという。 ダイバーシティはイノベーションの源泉であるが、実は生産性とはトレードオフの関係にある。これはハーバードビジネススクールのアバナシー教授が1978年に出版した『生産性のジレンマ』という研究でも論じられているのだが、生産性を高めようとすると、効率の悪い無駄なことを排除しようとするので新たなアイデアも排除され、イノベーションが起きない組織になるというものだ。 平井ソニーの脇を固めた、今日のソニーの首脳陣である吉田氏、十時氏も、So-netやソニー銀行というソニーにとっては本流ではない事業からの登用であるが、平井ソニーの特徴はこうした多様性のある人材登用にあった。効率性が高く賢いだけでは、ソニーのような企業の経営はできない。 同書で平井氏はEQ(心の知能指数)という言い方をしているが、より情緒的で感性的なものを大切にし、効率経営だけではないものを大切にすることが、V字回復につながらなくとも長期的な企業の組織能力を強化させるものになるということだ。 この本の中で、平井氏は大学時代にマツダのRX-7が愛車であり、「燃費は悪かったけど、これがもう最高にカッコ良くて」と述べている。製品とは機能性能が優れていると価値が高いと思われがちだが、人は技術を買っているのではなく、製品を通じた総合的な体験を購入しているので、そこには非合理的であっても、情緒とか感性を揺さぶる何かがないと消費者の心の琴線には触れない。過去のデータやスペックシートを並べて機能・性能が向上したというだけでは、本当の意味での商品企画にはならない。 平井氏は社長時代に「RX100」というサイバーショットの話をよくしていた。サイバーショットはソニーのコンパクトデジタルカメラで、現在好調な一眼レフのαシリーズとは異なり、各社苦戦を強いられている領域の商品だ。しかし、衰退するコンパクトデジタルカメラ市場の中で、RX100だけは異彩を放っていた。 多くの家電製品は毎年新モデルが発売されると全くデザインが変わり、古いモデルは販売終了となる。これは家電業界の当たり前である。しかし、RX100は2012年の1号機発売以来、デザインが全く変わらず、2019年に発売された7代目「RX100M7」(マーク7)に至るまで、ほとんどのシリーズを併売し続けている。 ここには、毎年デザインを変えるのではなく、変わらないことで顧客の所有欲を満たし、機能・性能が向上したモデルを追加しても、全ての顧客が常に最高性能を求めるわけではない、という平井氏の思想が埋め込まれている。人はもっと感情や情緒で動くものであり、機械的に機能・性能を向上させるだけがものづくりではないということだ』、「平井ソニーの特徴はこうした多様性のある人材登用にあった。効率性が高く賢いだけでは、ソニーのような企業の経営はできない。 同書で平井氏はEQ・・・という言い方をしているが、より情緒的で感性的なものを大切にし、効率経営だけではないものを大切にすることが、V字回復につながらなくとも長期的な企業の組織能力を強化させるものになるということだ」、確かに現在の「ソニー」の復調には、「平井氏」の貢献も効いている筈だ。
・『効率性だけでは成長できない 優れた経営が大切にする「情緒性」 これらのエピソードに共通するのは、合理性、効率性だけでは判断し切れない、非合理的な人間の組織だからこそ必要な、情緒や感情を経営に持ち込むということだろう。 機械的に分業をして自分の与えられた仕事だけを効率的にこなすだけが、長期的に見て優れた仕事のやり方とは限らない。日本企業のような、スロースタートかもしれないが冗長性や多様性のある経営の良さを、再評価すべきだろう。 平井氏は今後の活動として、世界の子どもの貧困問題に取り組んでいくという。貧困問題は全人類が取り組まなければならない喫緊の課題であるが、同時に大きなビジネスの可能性も秘めている。プラハラードという国際経営学者はBOP(新興市場を意味するピラミッドの底辺)の重要性を指摘し、ゴビンダラジャンはこれまでのような先進国で開発された新技術や新製品が時間経過と共に新興国に広がるというイノベーションのスタイルに対して、新興国ならではのアイデアで生まれたイノベーションが先進国に還流する可能性を指摘している。施しではなく、合理的な配慮がダイバーシティの基本であるが、貧困問題も施しではない発想で対応すれば、それがイノベーションにつながる可能性も秘めている』、「機械的に分業をして自分の与えられた仕事だけを効率的にこなすだけが、長期的に見て優れた仕事のやり方とは限らない。日本企業のような、スロースタートかもしれないが冗長性や多様性のある経営の良さを、再評価すべきだろう」、同感である。
先ずは、本年6月3日付け東洋経済オンライン「ソニー「10億人とつながる」、利益1兆円の先の野望 エンタメ軸に拡大宣言、グループ連携がカギ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/431884
・『「現在、ソニーは世界で1億6000万人とエンターテインメントで直接つながっている。これを10億人に広げたい」 ソニーグループの吉田憲一郎社長は5月26日、オンラインで開催した経営方針説明会でこう宣言した。 業績はまさに絶好調。コロナ禍をものともせず、2021年3月期の売上高は8兆9993億円(前期比9%増)、営業利益は9718億円(同15%増)と、ともに過去最高を更新した。株式の評価益などもあり、純利益は初めて1兆円の大台を突破した。 業績の牽引役は祖業のエレクトロニクス事業から、ゲームや映画、音楽などのエンタメ系の事業に移っている。とくに巣ごもり需要でプレイステーション(PS)のソフト販売が伸びたことや、アニメ『劇場版「鬼滅の刃」』の大ヒットなどが利益を押し上げた』、「業績の牽引役」のシフトは時代のニーズの変化を映したものなのだろう。
・『今後3年間で2兆円を投資 かつてソニーは、エレキ事業で価格競争による採算悪化に苦しみ、景気の波に業績を左右された。価格競争の起きにくいエンタメに、エレキ事業で培ったテクノロジーを融合させ、サブスクリプション(定期購入)型ビジネスとして安定的に稼ぐ戦略を一段と推進する。 冒頭の吉田社長の発言にある、「1億6000万人」の内訳は定かでない。ゲームのプラットフォームであるPSネットワークの月間アクティブユーザーが、現在1億0900万人。ほかに展開する音楽配信などのプラットフォームのユーザーも合わせた数字とみられる。達成時期こそ示さなかったものの、これを6倍の10億人に増やすのは野心的な計画だ。 関連分野への投資は惜しまない。「エンタメ×サブスク」を軸に成長を持続させるため、今後3年で2兆円以上の戦略投資を進める。 投資の優先順位について吉田社長は、IP(アニメなどの知的財産)、DtoC(ダイレクト・トゥ・コンシューマー、消費者と直接つながる販売手法)、テクノロジーの順と明かした。 ゲームや音楽などのソフトコンテンツの制作にさらに資金を投じるほか、買収や出資により魅力的なIPを確保することを継続する。コンテンツを届けるプラットフォームとなる動画配信サービスとの協業や、自社のDtoCプラットフォームであるPSを通じたコンテンツ販売も強化する。 単にエンタメを伸ばすのではなく、エレキ事業との掛け合わせも重視する。ソニーにはゲームエンジンやイメージセンサーなどで高い技術力がある。これらが、コンテンツを作ったり届けたりするうえで、競合との差別化につながるからだ。今回掲げた2兆円には、こうしたテクノロジーへの投資も多く含まれる。 このようなグループ間の連携は、今後の成長において従来以上に重要な意味を持つ。今年4月、ソニーからソニーグループへと63年ぶりに社名を変更したが、ただ名前を変えただけではなく、組織体制の再編を伴ったものだった』、「今後3年で2兆円以上の戦略投資」、「ソニーにはゲームエンジンやイメージセンサーなどで高い技術力がある。これらが、コンテンツを作ったり届けたりするうえで、競合との差別化につながる」、なるほど。
・『事業連携強化の体制は「整った」 これまでソニーは本社にエレキ事業が特権的に所属していたが、それを独立させ、ソニーグループは本社機能に特化した。エレキ事業を音楽やゲームなどほかの事業と同等の位置づけにし、本社は各事業と等距離で関わる。吉田社長は「すべての事業がフラットにつながる新しいアーキテクチャー(組織体制)により、グループとして連携強化の体制が整った」と語る。 グループ間の連携は、新たに取り組むモビリティーなどの領域でも顕著だ。2020年に発表した電気自動車「ビジョンエス」は、デバイス事業が持つセンサー技術を生かす一方、スマートフォン「エクスペリア」の技術を用いて車内制御を組み立てている。 「モビリティーの領域において、モバイル技術は決定的に重要になる」(吉田社長)との確信の下で開発に邁進するが、エンタメも同様に、グループ連携により「ソニーにしかできない」ビジネスに育てられるかが今後問われる。 吉田社長の就任した2018年度に始まった中期経営計画は2020年度で終了。平井一夫前社長の時代から、エレキの赤字事業の改革、CMOSイメージセンサーへの集中、そしてコンテンツIPへの投資に取り組んできた。これらに一定のメドをつけた吉田社長は、2021年度以降目指す方向性について、冒頭の「10億人」以外に具体的な数値目標は打ち出さず、ビジョンを語るにとどめた。 現状は甘くはない。ソニーが足場とするエンタメでは、アメリカのアマゾン・ドット・コムやネットフリックスといった異次元のライバルが立ちはだかる。電機大手の「勝ち組」は、次のステージに上がったばかりだ』、「エレキ事業」は「本社」から独立させ、「音楽やゲームなどほかの事業と同等の位置づけにし」た。「「すべての事業がフラットにつながる新しいアーキテクチャーにより、グループとして連携強化の体制が整った」、果たして狙い通り「連携強化」につながるかを注目したい。
次に、7月12日付け東洋経済オンライン「ソニーが圧倒的な高収益体質に大復活できた本質 エレキ地位低下の一方、グループ6事業を「掛け算」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/440105
・『ソニーの業績が絶好調だ。2021年3月期は、同社が展開する6つの事業のうち米中貿易摩擦の影響を受けた半導体事業を除く5事業が増益。保有株式の評価益258億円を上乗せし、純利益が初めて1兆円の大台を突破した。 『週刊東洋経済』7月12日発売号は、「ソニー 掛け算の経営」を特集。ソニーの強みとリスクを分析し、復活したソニーの今後について占っている。業績の好調を受けて、社員への還元も大盤振る舞いだ。2021年度の年間ボーナスは組合側の要求を上回る7.0カ月という、かつてない高水準に。4566億円もの最終赤字に沈んだ2012年3月期のどん底から10年。苦労がようやく実を結んだ』、「年間ボーナスは組合側の要求を上回る7.0カ月という、かつてない高水準に」、「組合側」もここまでの好決算は予想してなかったのだろう。
・『早期退職の動きも 一方、「いいことばかりではない」と、浮かない顔をするのはソニーグループの中でエレクトロニクス事業に在籍する中堅社員だ。事業内での早期退職が目立ってきているからだ。 商品設計を担当するソニーエンジニアリングでは2020年秋、カメラなどを扱うソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ(ソニー)と営業を担うソニーマーケティングでは同年12月以降、いずれも45歳以上を対象とする早期退職募集を打ち出した。足元でもエレキ傘下の部署では今年12月末までの早期退職募集が行われている模様だ。 人員削減を進める理由についてソニー側は「エレキ事業では今後も安定した利益を創出できるよう、販売会社や製造事業所の一体運営を強化し、効率化に務めている」と説明する。 最高益を更新する好調ぶりにもかかわらず人員削減を進めるのは、ソニーという「電機企業」が変身しているからだ。 今年4月、ソニーは63年ぶりの社名変更に踏み切った。新しい社名はソニーグループ。伝統ある「ソニー」の社名は、祖業であるエレキ部門の子会社に引き継がれた。 これまで本社が行っていたエレキ事業は、ゲーム事業や音楽事業などと同様、グループ子会社の1つとなった。グループ本社は、全社を統括する機能に特化する。 「(統括会社の)ソニーグループは連携強化に向けて、すべての事業と等距離で関わる」。吉田憲一郎社長は5月の経営方針説明会でこう宣言した。 この変化は、ソニーにおけるエレキ事業の地位低下を反映したものでもある。この10年でソニーの全体の売上高に占めるエレキ事業の比率は、約6割から2割へと大きく下がった。ただ、組織変更にはこうした客観的事実以上の意味がある。 吉田社長は2019年1月、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というフレーズを、エレキ事業にとどまらないソニーグループのパーパス(存在意義)と定義した。それぞれが独り立ちできる6つの事業群が1つの会社に集まっているのはなぜか。それを説明する概念だ』、「最高益を更新する好調ぶりにもかかわらず(エレキ事業で)人員削減を進める」、というのは堅実なやり方だ。
・『6つの事業をまとめ上げる「感動」 6つの事業が手掛ける事業の幅は広いが、これらをまとめ上げる概念が「感動」だ。それに向かって、フラット化した各事業を「掛け算」していく。それが今のソニーの戦略である。 各事業同士の連携はすでに業績に結実しつつある。例えば、ミラーレスカメラ市場で圧倒的なシェアを誇る「α(アルファ)」シリーズは、その背景にソニーが持つ優れた半導体技術がある。ソニー損害保険では、AI(人工知能)技術を使った商品が人気だ。 新規事業も「掛け算」が基準になっている。代表例が2020年にアメリカ・ラスベガスで行われた展示会「CES」で発表された電気自動車「VISION―S(ビジョンエス)」だ。2018年1月にイヌ型ロボット「aibo」を12年ぶりに復活させたAIロボティクスグループが手がける新プロジェクト。半導体事業で培ったセンサー技術のほか、スマートフォン「Xperia」の操作性や通信技術、得意のオーディオ技術を生かした車内空間作りなど、ソニーの技術がこれでもかと詰め込まれている。 「掛け算」の事例はこれだけではない。東京・世田谷区の東宝スタジオには、映像製作技術「バーチャルプロダクション」の設備が導入されている。ソニーが作る大型LEDディスプレーに映像を映し、その前にセットを置いて演者が動くと、まるで現地でロケをしているような映像を作ることができる。 この設備は、ソニーの出資する米エピックゲームスが開発したゲームエンジンを使用している。演者の位置を測定し、背景を対応させることで、よりリアルな映像を撮影できる。自ら発光するLEDの特徴を生かし、水たまりの反射や眼鏡による光の屈折といったものまで表現できる。 ほかにも、人気ゲームを、映画製作会社ソニー ピクチャーズ・エンタテイメントの手で映画化するプロジェクトが進行中だ。2019年に設立された「プレイステーションプロダクションズ」では、人気のPS用ソフトの映画化が進められており、第1弾として2022年2月には『アンチャーテッド』の映画版が公開される見通しだ。ほかにも、『ゴースト オブ ツシマ』、『ザ・ラスト・オブ・アス』など計10本が映画化を控えており、映画事業の拠点に設けられたオフィスで、ゲームと映画のそれぞれの会社のスタッフが一つの組織に集まって協業している』、「掛け算」とは、2つの事業間のシナジーともいえるだろう。
・『『夜に駆ける』オーディオドラマの圧倒的臨場感 ソニー・ミュージックエンタテインメントから生まれた2020年の大ヒット曲『夜に駆ける』(YOASOBI)。この原作となった小説を基にしたオーディオドラマでは、エレキ事業のオーディオ技術を活用した360度立体音響技術が採用されている。ぞっとするような臨場感が魅力だ。 このプロジェクトを担当するソニーミュージックの高山展明氏は「より生々しい、人間らしい要素を組み込めないか、コンテンツの面白さと技術の強みが一致する方法を考えた」と語る。 次々と生み出される「掛け算」事業。その収益化の方法も、単品売りで終わるのではなく、顧客の体験に訴求して製品やサービスを発展させ、継続的に稼ぐ方針を示している。 「ダメ企業」から見事生まれ変わり、再び攻めの戦略に転じつつあるソニー。快進撃を続けるうえで、エレキ企業としての過去のしがらみを断ち切り、自由な発想で挑戦し続けることができるかが肝となる』、「快進撃を続けるうえで、エレキ企業としての過去のしがらみを断ち切り、自由な発想で挑戦し続けることができるかが肝となる」、その通りなのだろう。
第三に、8月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した早稲田大学大学院経営管理研究科教授の長内 厚氏による「平井ソニーが前評判を覆し、再生を遂げることができた「底力」とは」を紹介しよう。
・『コロナ禍でも好業績のソニーに日本企業の「底力」を垣間見た 8月4日にソニーとトヨタの決算発表があり、ソニーの2021年4~6月期連結決算は、売上高が前年同期比15.0%増の2兆2568億円、純利益が9.4%増の2118億円、トヨタは72.5%増の7兆9355億円、純利益が約5.7倍の8978億円となり、トヨタは同四半期の過去最高業績となった。 ソニーとトヨタの好業績は、日本の製造業の底力を感じさせるニュースといえるかもしれない。古くから日本企業は、オイルショックや度重なる震災など、企業経営や生産に大きな影響が出る数々のアクシデントに見舞われてきたが、その都度困難を乗り越え、より強靱な経営や生産のシステムを構築してきた。 ソニーはオイルショックで燃料費が高騰したときに、当時の主力製品であったブラウン管の生産に大量に使うエネルギーを大幅に削減する生産技術を開発し、オイルショックを乗り切っただけでなく、長期的なブラウン管製造のコストダウンを実現した。2011年の東日本大震災では、宮城県の報道用ビデオカメラのテープの工場が甚大な被害を受けたが、当時の中鉢良治副会長の陣頭指揮の下で早期の生産再開を果たし、世界の放送局へのテープ供給に支障を来たさなかった。 昨今のコロナ禍では、テレビなどの巣ごもり需要は高かったとはいえ、家電、自動車ともにサプライチェーンの混乱や昨今の半導体不足などのアクシデントがあり、それに加えて経済の先行きの見えない不安感に不安定な需要、人の移動が制限される中での業務遂行など、企業にとっては様々なマイナス要素が存在していた。しかし、その中でも好業績を出せる日本企業の底力には、危機に強い日本の産業の特徴が表れているのかもしれない。 米国や中国は、仕事を明確に分業して他者の仕事には口を出さない、組合せ型、モジュラー型の製品開発や組織運営を強みにしてきた。一方、日本は組み合わせに対してすり合わせ、インテグラル型のものづくりが特徴といわれていて、トヨタの多能工に代表されるように、分業しながらも他の人の仕事にも関与したり協力しあったり、お互いがお互いの仕事に口を出し助ける文化が、日本のものづくりの現場にはある。 こうしたインテグラル、すり合わせのやり方は、効率性という点ではモジュラー型には敵わないが、柔軟性、多様性、臨機応変な対応はしやすく、多様な製品を生み出す力や、非常時の臨機応変な対応につながっている』、「インテグラル、すり合わせのやり方は、効率性という点ではモジュラー型には敵わないが、柔軟性、多様性、臨機応変な対応はしやすく、多様な製品を生み出す力や、非常時の臨機応変な対応につながっている」、同感である。
・『日本企業に合った経営再建策はむやみにV字回復を目指さないこと 本連載で、著者はよくV字回復の危うさを指摘しているが、こうした日本の底力は、V字回復のような瞬発力や効率性はないものの、長期的な競争優位を確立する上で貴重な日本企業固有の能力であり、それを伸ばすこと、つまりむやみにV字回復を目指さないことが、日本企業の能力に見合った経営の立て直し策であると考えるからだ。 ソニーは昨年、過去最高益を出し、今回の決算でも好業績を出しているが、これもV字回復というよりは、前社長の平井一夫氏、現社長の吉田憲一郎氏の平井・吉田体制が時間をかけて築いてきた成果といえる。 以下のグラフは、ソニーとパナソニックのリーマンショック後の研究開発費の変化の推移を示したものであるが、当時V字回復ともてはやされたパナソニックは研究開発費を抑えて短期的な利益率を改善、ソニーは赤字を継続したものの研究開発費はむしろ増加させている。結果はご存じの通り、パナソニックは短期的な業績回復はできたものの、長期的にはより苦しい経営環境に見舞われている。 (図表:ソニーとパナソニックの研究開発費の指数表」、はリンク先参照) 平井氏といえば、社長就任当時は「エレキを知らないレコード屋」「アメリカかぶれで日本企業の経営はできるのか」といった批判をされていた。週刊ダイヤモンドでも「ソニー消滅!!」といった特集が組まれ、当時から平井氏のマネジメントを評価していた著者は、ダイヤモンドオンラインで「週刊ダイヤモンドの『ソニー消滅!!』説に反論!」という記事を掲載したものだ。本誌の特集に真っ向から反論する論考を掲載するダイヤモンド社も、懐が広い。) この記事でも「パナソニックとシャープは事業構造改革の成果が出始め、浮上しつつある一方で、ソニーだけ今期(2015年3月期)も最終赤字予想となるなど、取り残されている」というリード文がつけられている』、「当時V字回復ともてはやされたパナソニックは研究開発費を抑えて短期的な利益率を改善、ソニーは赤字を継続したものの研究開発費はむしろ増加させている」、さすが「ソニー」だ。
・『ソニー再生の原動力となった平井氏の興味深いマネジメント 今となれば誰も平井ソニーを批判する人はいないが、平井氏が最近出版した著書『ソニー再生』には、この頃の平井氏のマネジメントについて興味深い記述があり、平井氏のマネジメントの基礎はダイバーシティにあるという。 ダイバーシティはイノベーションの源泉であるが、実は生産性とはトレードオフの関係にある。これはハーバードビジネススクールのアバナシー教授が1978年に出版した『生産性のジレンマ』という研究でも論じられているのだが、生産性を高めようとすると、効率の悪い無駄なことを排除しようとするので新たなアイデアも排除され、イノベーションが起きない組織になるというものだ。 平井ソニーの脇を固めた、今日のソニーの首脳陣である吉田氏、十時氏も、So-netやソニー銀行というソニーにとっては本流ではない事業からの登用であるが、平井ソニーの特徴はこうした多様性のある人材登用にあった。効率性が高く賢いだけでは、ソニーのような企業の経営はできない。 同書で平井氏はEQ(心の知能指数)という言い方をしているが、より情緒的で感性的なものを大切にし、効率経営だけではないものを大切にすることが、V字回復につながらなくとも長期的な企業の組織能力を強化させるものになるということだ。 この本の中で、平井氏は大学時代にマツダのRX-7が愛車であり、「燃費は悪かったけど、これがもう最高にカッコ良くて」と述べている。製品とは機能性能が優れていると価値が高いと思われがちだが、人は技術を買っているのではなく、製品を通じた総合的な体験を購入しているので、そこには非合理的であっても、情緒とか感性を揺さぶる何かがないと消費者の心の琴線には触れない。過去のデータやスペックシートを並べて機能・性能が向上したというだけでは、本当の意味での商品企画にはならない。 平井氏は社長時代に「RX100」というサイバーショットの話をよくしていた。サイバーショットはソニーのコンパクトデジタルカメラで、現在好調な一眼レフのαシリーズとは異なり、各社苦戦を強いられている領域の商品だ。しかし、衰退するコンパクトデジタルカメラ市場の中で、RX100だけは異彩を放っていた。 多くの家電製品は毎年新モデルが発売されると全くデザインが変わり、古いモデルは販売終了となる。これは家電業界の当たり前である。しかし、RX100は2012年の1号機発売以来、デザインが全く変わらず、2019年に発売された7代目「RX100M7」(マーク7)に至るまで、ほとんどのシリーズを併売し続けている。 ここには、毎年デザインを変えるのではなく、変わらないことで顧客の所有欲を満たし、機能・性能が向上したモデルを追加しても、全ての顧客が常に最高性能を求めるわけではない、という平井氏の思想が埋め込まれている。人はもっと感情や情緒で動くものであり、機械的に機能・性能を向上させるだけがものづくりではないということだ』、「平井ソニーの特徴はこうした多様性のある人材登用にあった。効率性が高く賢いだけでは、ソニーのような企業の経営はできない。 同書で平井氏はEQ・・・という言い方をしているが、より情緒的で感性的なものを大切にし、効率経営だけではないものを大切にすることが、V字回復につながらなくとも長期的な企業の組織能力を強化させるものになるということだ」、確かに現在の「ソニー」の復調には、「平井氏」の貢献も効いている筈だ。
・『効率性だけでは成長できない 優れた経営が大切にする「情緒性」 これらのエピソードに共通するのは、合理性、効率性だけでは判断し切れない、非合理的な人間の組織だからこそ必要な、情緒や感情を経営に持ち込むということだろう。 機械的に分業をして自分の与えられた仕事だけを効率的にこなすだけが、長期的に見て優れた仕事のやり方とは限らない。日本企業のような、スロースタートかもしれないが冗長性や多様性のある経営の良さを、再評価すべきだろう。 平井氏は今後の活動として、世界の子どもの貧困問題に取り組んでいくという。貧困問題は全人類が取り組まなければならない喫緊の課題であるが、同時に大きなビジネスの可能性も秘めている。プラハラードという国際経営学者はBOP(新興市場を意味するピラミッドの底辺)の重要性を指摘し、ゴビンダラジャンはこれまでのような先進国で開発された新技術や新製品が時間経過と共に新興国に広がるというイノベーションのスタイルに対して、新興国ならではのアイデアで生まれたイノベーションが先進国に還流する可能性を指摘している。施しではなく、合理的な配慮がダイバーシティの基本であるが、貧困問題も施しではない発想で対応すれば、それがイノベーションにつながる可能性も秘めている』、「機械的に分業をして自分の与えられた仕事だけを効率的にこなすだけが、長期的に見て優れた仕事のやり方とは限らない。日本企業のような、スロースタートかもしれないが冗長性や多様性のある経営の良さを、再評価すべきだろう」、同感である。
タグ:「機械的に分業をして自分の与えられた仕事だけを効率的にこなすだけが、長期的に見て優れた仕事のやり方とは限らない。日本企業のような、スロースタートかもしれないが冗長性や多様性のある経営の良さを、再評価すべきだろう」、同感である。 「平井ソニーの特徴はこうした多様性のある人材登用にあった。効率性が高く賢いだけでは、ソニーのような企業の経営はできない。 同書で平井氏はEQ・・・という言い方をしているが、より情緒的で感性的なものを大切にし、効率経営だけではないものを大切にすることが、V字回復につながらなくとも長期的な企業の組織能力を強化させるものになるということだ」、確かに現在の「ソニー」の復調には、「平井氏」の貢献も効いている筈だ。 「当時V字回復ともてはやされたパナソニックは研究開発費を抑えて短期的な利益率を改善、ソニーは赤字を継続したものの研究開発費はむしろ増加させている」、さすが「ソニー」だ。 「平井ソニーが前評判を覆し、再生を遂げることができた「底力」とは」 長内 厚 ダイヤモンド・オンライン 「快進撃を続けるうえで、エレキ企業としての過去のしがらみを断ち切り、自由な発想で挑戦し続けることができるかが肝となる」、その通りなのだろう。 「掛け算」とは、2つの事業間のシナジーともいえるだろう。 「最高益を更新する好調ぶりにもかかわらず(エレキ事業で)人員削減を進める」、というのは堅実なやり方だ。 「組合側」もここまでの好決算は予想してなかったのだろう。 「ソニーが圧倒的な高収益体質に大復活できた本質 エレキ地位低下の一方、グループ6事業を「掛け算」」 「エレキ事業」は「本社」から独立させ、「音楽やゲームなどほかの事業と同等の位置づけにし」た。「「すべての事業がフラットにつながる新しいアーキテクチャーにより、グループとして連携強化の体制が整った」、果たして狙い通り「連携強化」につながるかを注目したい。 「今後3年で2兆円以上の戦略投資」、「ソニーにはゲームエンジンやイメージセンサーなどで高い技術力がある。これらが、コンテンツを作ったり届けたりするうえで、競合との差別化につながる」、なるほど。 「業績の牽引役」のシフトは時代のニーズの変化を映したものなのだろう。 「ソニー「10億人とつながる」、利益1兆円の先の野望 エンタメ軸に拡大宣言、グループ連携がカギ」 東洋経済オンライン (その8)(ソニー「10億人とつながる」 利益1兆円の先の野望 エンタメ軸に拡大宣言、グループ連携がカギ、ソニーが圧倒的な高収益体質に大復活できた本質 エレキ地位低下の一方 グループ6事業を「掛け算」、平井ソニーが前評判を覆し 再生を遂げることができた「底力」とは) の経営問題 ソニー