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日本型経営・組織の問題点(その14)(日本のカイシャは もうダメだ! 世界ランキング劣後の情けない理由 世界の動向知らず 意志決定もベタ後れ、「現場を管理しすぎる会社」が没落する必然3大理由 「失われた30年」最大の被害者は「現場」だ!、パナソニックはなぜテスラになれなかった?精神科医・和田秀樹の答え) [経済政治動向]

日本型経営・組織の問題点については、4月30日に取上げた。今日が、(その14)(日本のカイシャは もうダメだ! 世界ランキング劣後の情けない理由 世界の動向知らず 意志決定もベタ後れ、「現場を管理しすぎる会社」が没落する必然3大理由 「失われた30年」最大の被害者は「現場」だ!、パナソニックはなぜテスラになれなかった?精神科医・和田秀樹の答え)である。

先ずは、10月16日付け現代ビジネスが掲載した一橋大学名誉教授の野口 悠紀雄氏による「日本のカイシャは、もうダメだ! 世界ランキング劣後の情けない理由 世界の動向知らず、意志決定もベタ後れ」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/100971?imp=0
・『世界競争力ランキングで、日本企業の地位が惨憺たる状態だ。全体では世界の中間あたりなのだが、項目によっては、なんと世界最低になっている。時価総額でみても、上位100社にはトヨタ1社しか入らない。どうしたらこの状態から脱却できるか?』、興味深そうだ。
・『「デジタル競争力」で日本は「世界最低」!  スイスのIMD(国際経営開発研究所)が作成する「デジタル競争力のランキング2022年版が9月28日に公表された。 日本は、63カ国・地域中29位と、昨年より順位が下がった。 評価項目ごとに日本の順位を見ると、「国際経験」と「企業の俊敏性」とでは、63位。つまり、「世界最下位」だ。 これを普通の言葉で言えば、「日本企業は世界で何が起きているかをしらず、動きがのろい」ということになる。 また、「ビッグデータ、アナリティクスの活用」で63位、「デジタル・テクノロジースキル」でも62位だ。これを普通の言葉で言えば、「世界のどの国の人も使えるデジタル技術を、日本人は使えない」ということになる。 すべての項目で「最低」となっているわけではないが、重要度の高い項目で最低だ。少なくとも、先進国の中で最低であることに間違いない。惨憺たる状態としか言いようがない。 改めて言うまでもなく、これは、「とんでもないこと」だ。尋常なことではない。非常事態だ』、「「デジタル競争力」で日本は「世界最低」!」、ではなく、「63カ国・地域中29位」だ。ただ、「「ビッグデータ、アナリティクスの活用」で63位、「デジタル・テクノロジースキル」でも62位だ」、と「重要度の高い項目で最低だ」。
・『日本企業はアフリカやモンゴルの企業と同列  IMDが公表しているもう一つのランキングである「世界競争力のランキング」の2022年版(6月14日に公表)では、日本の順位は、63カ国・地域のうちで34位だった。 アジア・太平洋地域で見ると、14カ国・地域中10位で、マレーシアやタイより順位が低い。 このランキングは、「経済状況」、「政府の効率性」、「ビジネス効率性」、「インフラ」という4つの項目について評価を行なっている。そのうちの「ビジネス効率性」において、日本は、世界第51位まで落ち込んでしまった(図表1参照:なお、スペースの制約で、図表1には一部の国しか示していない)。(図表1 IMDによるランキング(ビジネス効率性)はリンク先参照) 日本企業は、アフリカの企業やモンゴルの企業とほぼ同列の存在になってしまったのだ! 「ビジネス効率性」の細分類を見ると、「労働生産性評価」では59位、「企業の効率性に対する評価」では、大企業が62位、中小企業が61位だ。そして、「デジタル化を活用した業績改善」では60位だ。 「経営プラクティス」の項目では、「企業の意思決定の迅速性」、「変化する市場への認識」、「機会と脅威への素早い対応」、「ビッグデータ分析の意思決定への活用」、「起業家精神」の5項目の全てで、最下位(63位)だ(三菱総合研究所のホームページによる。なお、同研究所は、日本のデータをIMDに提供している)』、「「世界競争力のランキング」の2022年版では、「63カ国・地域のうちで34位」、「「ビジネス効率性」において、日本は、世界第51位まで落ち込んでしまった」、「アフリカの企業やモンゴルの企業とほぼ同列の存在になってしまった」、「細目を見ると、「「経営プラクティス」の項目では、「企業の意思決定の迅速性」、「変化する市場への認識」、「機会と脅威への素早い対応」、「ビッグデータ分析の意思決定への活用」、「起業家精神」の5項目の全てで、最下位(63位)だ」、誠に屈辱的な結果だ。
・『時価総額100位内に、米は62社、日本は1社  付加価値を生み出す経済活動を行なうのは企業だ。だから、企業がどれだけの競争力を持っているかは、その国の現在と未来の世界における地位を決める。 上述のようなデータを見ていると、日本企業はもうダメなのではないか、と思えてくる。 そこで、株式市場がどう評価しているかを見るために、時価総額のランキングを見ることにしよう(以下の数字は、Largest Companies by Market Capによる。なお、時価総額は、2022年10月初めの値。株価の変動に伴い、日々変動する)。 株価は企業の将来の成長度を反映していると考えられるので、時価総額は、企業の未来を表していると考えてよい。 (図表2 時価総額でトップ100位までに入る企業数はリンク先参照) 時価総額で上位100社に入る企業数を国別に見ると、図表2のとおりだ。 アメリカが62社と圧倒的に多い。つぎに中国の12社がくる。イギリス、フランス、オランダなどでは、それぞれ2、3社だ。人口では小国であるアイルランドに2社もあることが注目される(同国の人口は、約500万人。東京都の人口約1400万人の3分の1強)。 日本企業で世界の上位100社に入るのは、トヨタ自動車だけだ(42位、1883.8億ドル)。 ドイツには、1社もない。ドイツの時価総額トップは、ソフトウエアサービスのSAPで、世界115位だ。 これに比べれば日本はマシだが、人口あたりでみれば、日本の上位100社企業数は、韓国や台湾に比べてずっと少ない。それに、時価総額の金額も少ない(韓国トップのサムスン電子は27位・2678.4億ドル、台湾のTSCMは、13位・3641.8 億ドル)』、「時価総額」が「日本企業で世界の上位100社に入るのは、トヨタ自動車だけ」、「人口あたりでみれば、日本の上位100社企業数は、韓国や台湾に比べてずっと少ない」、情けない限りだ。
・『日本企業はEVやファブレスへの移行に対応できるか?  ドイツで時価総額100位以内がなくなったのは、自動車会社が順位を落としたからだ。 これまで フォルクスワーゲンが世界の100位内に入っていたが、いまでは158位だ(768.6億ドル)。メルセデスベンツやBMWも順位を落としている。 こうした変化が起きるのは、今後、EVへの転換が生じることが確実だからだ。 実際、テスラ(第6位・7491.5億ドル)や中国のBYD(125位・936.3 億ドル)などのEVメーカーの順位が上昇している。テスラの時価総額はフォルクスワーゲンの約10倍になっているし、新興の自動車メーカーであるBYDの時価総額が、いまやフォルクスワーゲンを抜いてしまった。 その反面で、一般に自動車メーカーの順位が下がっている。アメリカGM(277位・507.9億ドル)、フォード(279位・502.9億ドル)といった具合だ。伝統的な自動車会社の中で時価総額トップ100に入っているのは、いまやトヨタ自動車だけになってしまった。 日本の最重要産業は自動車だ。それが、上記のような条件下で、順位を落としている。ホンダ(402位・382.3 億ドル)や日産(1145位・126.8 億ドル)は、今後どうなっていくのだろうか? EVへの転換は、事業内容の大幅な転換を伴うので、経営上の決定が難しいと言われる。日本の自動車メーカーがこうした大きな変化に対応しているかどうかが、今後試されることになる。 「世界で何が起きているかを知らず、動きがのろい」と評価された日本企業にそれができるのかどうか、心配だ。自動車は例外と祈りたいが、そうなるかどうか?』、「テスラの時価総額はフォルクスワーゲンの約10倍になっているし、新興の自動車メーカーであるBYDの時価総額が、いまやフォルクスワーゲンを抜いてしまった」、「EVへの転換は、事業内容の大幅な転換を伴うので、経営上の決定が難しいと言われる。日本の自動車メーカーがこうした大きな変化に対応しているかどうかが、今後試されることになる」、その通りだ。
・『製造業のファブレス化に対応できない日本  電機メーカーの時価総額も大きく変動している。ソニーは時価総額が大きいが、これは、モノヅクリから脱皮しているからだ。従来タイプの製造業である日立、東芝、などの時価総額は低迷している。 世界の製造業は、ファブレス(工場なし)に向かっている。時価総額世界1のがその代表だ。 アメリカには、この他に、NVIDA、Qualcomm、Broadcom、MediaTek、AMDなど、時価総額が大きいファブレス半導体企業が登場している。 日本では、キーエンスなどを除くと、ファブレス企業ほとんどない。ここでも、日本企業は変化に対応できていないのだ。 「世界最低」と評価された経営の決定の遅さから、何とか脱却してほしい』、「世界の製造業は、ファブレス(工場なし)に向かっている」、「アメリカには」、「アップル」、「NVIDA、Qualcomm、Broadcom、MediaTek、AMDなど、時価総額が大きいファブレス半導体企業が登場している」、「日本では、キーエンスなどを除くと、ファブレス企業ほとんどない。ここでも、日本企業は変化に対応できていないのだ」、「ファブレス」は根強いモノづくり神話からの脱却が必要になるが果たして出来るだろうか。

次に、11月9日付け東洋経済オンラインが掲載したシナ・コーポレーション代表取締役の遠藤 功氏による「「現場を管理しすぎる会社」が没落する必然3大理由 「失われた30年」最大の被害者は「現場」だ!」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/631256
・『『現場力を鍛える』『見える化』など数多くのベストセラーがあり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏は、「GAFAMにあって日本企業にないのは『カルチャー』だ。組織を強くするには『現場からのカルチャー変革』が極めて重要」だと主張する。 このたび、その「カルチャー」を真正面から解説し、「組織を劇的に強くする方法」を1冊にまとめた『「カルチャー」を経営のど真ん中に据える 「現場からの風土改革」で組織を再生させる処方箋』が発売され、発売後たちまち大増刷するなど、話題を呼んでいる。 その遠藤氏が、「『現場を管理しすぎる会社』がどんどん劣化する3つの必然理由」について解説する』、「遠藤氏」はコンサルタントとしては、珍しく「現場」重視だ。ただ、「GAFAM」はその対極にある筈だ。
・『現場による「自主管理」が進まない悪循環  いま、多くの日本企業が置かれた状況は深刻である。 「イノベーションが生まれない」「労働生産性が低いまま」、さらには「不正や不祥事が頻繁に起こる」といった事態に直面している。 かつては日本企業の誇りの源泉だった現場が、不正や不祥事の温床になるほど傷んでしまった。 この状態を抜け出すには、組織の「現場力」を再強化するしか道はない。 しかし、ここで大切なのは、現場力とは、たんに組織能力(ケイパビリティ)ではないということだ。 「健全な組織風土」と「独自の組織文化」によって形成される「カルチャーとしての現場力」と、その土壌の上に形成される高い実行能力、すなわち「ケイパビリティとしての現場力」の二層構造によって「現場力」は成り立っている。 やみくもに現場を管理するのではなく、健全な組織風土、組織文化、つまり「カルチャー」を十分に整えることが先決である。 それによって、現場で働く人たちの心理的環境を整え、「現場起点」「現場主導」で進めることがきわめて重要なのである。 「現場を過剰に管理する会社」は、なぜ劣化してしまうのか。その理由について考察しながら、「カルチャーとしての現場力」を鍛えるためのヒントを探っていきたい。) 現場を過剰に管理する会社が劣化する1つ目の理由は、「受け身体質」が強くなってしまうということだ。 【1】「受け身体質の現場」になってしまう  不正や不祥事を起こした企業に共通するのは、「受け身体質が強い」ということである。 自分たちからは動こうとしない、言われたことしかやらない、やるべきことがわかっていても指示や命令を待っている……。現場の「主体性」の欠如が、活気を減退させ、組織風土を劣化させる大きな原因となっている。 「さまざまな問題」は現場で起きている。本来なら、問題が見えている現場自らが主体的に問題解決に取り組まなければならない。 また、「新たなビジネスチャンス」も現場に潜んでいる。チャンスに気づいた現場自らが能動的にチャンスを追いかけなければならない。 しかし、そんな「主体性の高い現場」は、この国から消えつつある』、「自分たちからは動こうとしない、言われたことしかやらない、やるべきことがわかっていても指示や命令を待っている……。現場の「主体性」の欠如が、活気を減退させ、組織風土を劣化させる大きな原因となっている」、「「主体性の高い現場」は、この国から消えつつある」、残念なことだ。
・『「失われた30年」の最大の被害者は現場  もちろん、そんな現場にしてしまったのは、現場だけのせいではない。平成の「失われた30年」の最大の被害者は現場である。 人やコストはギリギリまで削られ、非正規社員が増える、重要な業務まで平気で外注化する、要員や設備投資だけでなく、教育費まで切り詰められる、そしてミスをすれば厳しく叱責される。 こんなことが繰り返されれば、現場は自ら動こうとしなくなる。 その結果、本社・本部任せの何も考えない「思考停止」の現場になってしまう。 また、現場管理職の管理業務は膨れ上がり、本来やるべき業務が滞り、部下の声に耳を傾けたり、育成に費やしたりする時間が奪われ、その悪循環によっても、現場はやせ細っていくのだ。 多くの日本企業で現場の管理強化が強まるなかで、実質の伴わない「現場管理」ばかりが増え、その結果、「現場力が弱まる」という悪循環を招いてきたのも事実だ。 【2】「形だけの現場重視」に陥ってしまう  平成に入り、日本企業は「ガバナンス強化」という名目で、アメリカ流の管理手法をあまり深く考えずに導入した。 内部統制、コンプライアンス、ハラスメント防止、ISOなどの管理手法が矢継ぎ早に導入され、現場管理者や監督者の管理業務や報告業務は増加の一途を辿っている。 そして、事故や不手際が起これば、すべて現場のせいにされ、また管理が強化されるという悪循環に陥った。 こうした管理手法が無意味だ、必要ないと言うつもりはない。 しかし、「本社や本部が現場を精緻に管理する」というマイクロマネジメントが広がることによって、日本企業の根底にあった「現場自らが管理する」という「自主管理」の気風は消滅してしまった。 経営において「現場管理」は必要不可欠だが、その基本は現場による「自主管理」でなければならない。 現場自らが自分たちをしっかり管理できれば、本社や本部による管理は比較的軽く済む。「自主管理」できない現場を放置するから、「過剰な管理強化」につながるのだ』、「本社・本部任せの何も考えない「思考停止」の現場になってしまう。 また、現場管理職の管理業務は膨れ上がり、本来やるべき業務が滞り、部下の声に耳を傾けたり、育成に費やしたりする時間が奪われ、その悪循環によっても、現場はやせ細っていくのだ。 多くの日本企業で現場の管理強化が強まるなかで、実質の伴わない「現場管理」ばかりが増え、その結果、「現場力が弱まる」という悪循環を招いてきた」、「現場自らが自分たちをしっかり管理できれば、本社や本部による管理は比較的軽く済む。「自主管理」できない現場を放置するから、「過剰な管理強化」につながるのだ」、その通りだ。
・『ほんどの経営者は「現場」に関心がない  また、経営者と現場の「溝」も深くなった。 ほとんどの経営者は「現場」に関心がなく、気が向いたときにふらっと訪れるだけだ。しかも、現場責任者からおざなりの報告を受けるだけで、現場の実態など知ろうともしない。 そんな状況が30年も続いた現場が「受け身」になるのは、ある意味では当たり前のことだ。 さらに、短期的な経済合理性だけを追い求めるあまり、 本来であれば自分たちでやるべき機能や業務を外部に「丸投げ」する動きが進んだことも、現場力が衰えた大きな理由と言える。 【3】安易な「外注化」によって「自立性」が失われる  あまり問題視されていないが、私は平成の「失われた30年」において多くの日本企業が犯した「大きな間違い」のひとつが、過度な「脱自前」の動きだったと思っている。 その結果、外部に依存しなければ運営できないほど「自立性」を失い、組織の空洞化を招いてしまった』、「ほとんどの経営者は「現場」に関心がなく」、「現場責任者からおざなりの報告を受けるだけで、現場の実態など知ろうともしない」、「短期的な経済合理性だけを追い求めるあまり、 本来であれば自分たちでやるべき機能や業務を外部に「丸投げ」する動きが進んだことも、現場力が衰えた大きな理由」、「外部に依存しなければ運営できないほど「自立性」を失い、組織の空洞化を招いてしまった」、その通りだ。
・『人材開発を「丸投げ」する会社の大問題  たとえば人材育成・人材教育は、その顕著な例である。 外部の研修会社やビジネススクールに頼り、経営の本丸とも言える人材開発を「丸投げ」している会社がじつに多い。ITやデジタル化も同様である。 これが「組織風土の劣化」に多大な影響を与えている。 組織風土を実現するうえで大事なことは、「自分たちでできることは何でも自分たちでやる」という意欲と熱意、努力を取り戻すことである。 「安易で過度な外注化、外部依存」から脱却し、「自前化」に大きく舵を切ることは、現場が「主体性」と「身体性」を取り戻すために極めて重要である。 過度な管理強化により、現場の活力が失われていくプロセスをここまで見てきた。現場力という競争優位は、「現場の主体性」から生まれることを再認識し、「現場主導の動き」を開始し、広げ、大きくしていくことが肝心だ。 そのためには、次の3つのことを現場に取り戻したい。 ① 【自主性】自分の「力」で考え、行動する ② 【自発性】物事を自らの「意志」で進んで行う ③ 【自律性】自分の立てた「規範」に従って、自らの気持ちや行動をコントロールする (「現場の主体性」を形成する3つの要素 の図はリンク先参照) 社員一人ひとりが自らの「力」で考え、行動し、自らの「意志」を持ち、自らの「規範」で律するようになれば、個から「大きな活力」が生まれてくる。 そして、そんな個が連携し、チームを組めば、そこから生まれる活力は最大化される。それこそが「カルチャーとしての現場力」である。 「意志なき現場」はロボットや機械と同じである。「こうしたい」「こういうふうに変えたい」「こういうことをやってみたい」……。現場の「意志」こそが「気」となり、大きな「活力」となることを忘れてはならない』、「組織風土を実現するうえで大事なことは、「自分たちでできることは何でも自分たちでやる」という意欲と熱意、努力を取り戻すことである。 「安易で過度な外注化、外部依存」から脱却し、「自前化」に大きく舵を切ることは、現場が「主体性」と「身体性」を取り戻すために極めて重要である」、なるほど。
・『現場こそが、会社の「主役」であり「エンジン」  「カルチャーとしての現場力」の核心は、現場こそが会社の「主役」であり、「エンジン」であることを会社で再認識することである。 「誰が価値を生み出しているのか」「誰が汗をかき、実行しているのか」「誰が稼いでいるのか」ということをあらためて全員で確認し、「現場を会社の主役に据える」ことなしに、「カルチャーとしての現場力」は高まらない。 主体性や身体性は「プライド」から生まれる。現場で働く一人ひとりが自分の仕事に誇りを持ち、チームの一員であることに喜びを感じ、会社に対して忠誠心を持つ。これは何物にも代えがたい会社の「財産」である。 だからこそ、「現場の努力」「現場の知恵」「現場の成果」を、時に他者が認め、褒め称える「他者承認」がとても大切である。 「よくやってるね」「ずいぶんとよくなったな」「着実に進化しているね」といった何気ない幹部や上司の言葉は、現場にとっては「百人力」である。リスペクトを感じた現場は、「強烈なプライド」を持ち、「とてつもなく大きな力」を発揮する。 このようにして、現場の「心理的環境」、すなわち「カルチャーとしての現場力」を整えることから、現場の「自主管理」能力を高め、自立し、自走する現場を取り戻すことがなにより大切なのである』、「「よくやってるね」「ずいぶんとよくなったな」「着実に進化しているね」といった何気ない幹部や上司の言葉は、現場にとっては「百人力」である。リスペクトを感じた現場は、「強烈なプライド」を持ち、「とてつもなく大きな力」を発揮する。 このようにして、現場の「心理的環境」、すなわち「カルチャーとしての現場力」を整えることから、現場の「自主管理」能力を高め、自立し、自走する現場を取り戻すことがなにより大切」、「何気ない幹部や上司の言葉は、現場にとっては「百人力」」、とは初めて知ったが、重要なようだ。

第三に、11月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「パナソニックはなぜテスラになれなかった?精神科医・和田秀樹の答え」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/312971
・『パナソニックは世界に先駆けてEV(電気自動車)を量産できる会社だったと思います。電池がつくれて、モーターもつくれるのですから、技術はそろっています。しかし現在、同社がしているのは、アメリカのEVメーカーであるテスラに電池を売ることです。それを喜んでいていいのでしょうか。「EVそのものをつくれたはずなのに」と悔しがるべきではないでしょうか。 ※本稿は、和田秀樹『50歳からの「脳のトリセツ」』(PHPビジネス新書)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『日本経済の停滞も「思い込み」が原因  日本の国際競争力の低下が、長年問題となっています。もうこの言葉がすっかり耳に馴染んだという方も多いでしょう。 しかしそんなことに慣れるのは、きわめて異常な事態です。ほかの先進国や新興国を見渡してみて、日本だけが数十年にわたって成長していないことに、なぜ誰も疑問を抱かないのでしょうか。 成長しないどころか、今や円相場は1ドル150円近く(2022年10月20日現在)。急激に進んだ円安は、日本の価値がいよいよ急激に落ちてきたことの証です。 ここに至った主な理由は、これまで述べた通り、新しいことへの挑戦を怠ってきたことです。 円は1995年に、一時1ドル80円を切るまでに高くなりました。1ドル360円の時代が終わり、円高が進むなかで、日本企業は「円高でも売れるもの」をつくるべきでした。しかし、日本企業が実際にしたことは、中国や東南アジアなどに工場を移転するなど、徹底したコストカットによって安い製品をつくり続けることでした』、「日本企業は「円高でも売れるもの」をつくるべきでした。しかし、日本企業が実際にしたことは、中国や東南アジアなどに工場を移転するなど、徹底したコストカットによって安い製品をつくり続けることでした」、その通りだ。
・『「加工貿易国」という意識から抜け出せなかった  メルセデス・ベンツもポルシェも、ユーロがどれだけ高くなっても売れる車をつくっています。エルメスやシャネルもしかりです。ユーロ高のときに価格を下げるようなこともしません。海外のハイブランドが持つこうした強気さ、「高くても欲しい」と消費者が思うものをつくろうという気概が、日本企業には欠けていました。その気概を持つタイミングを逸した、とも言えます。 ひたすらコストカットに励んだ結果、日本経済は成長せず、一転して円安に振れても、そのメリットを生かすことができない体質になってしまったのだと思います。 これは、「加工貿易国」という意識から抜け出せなかったからでしょう。 私が子どもだった1960年代ごろ、日本は加工貿易国でした。安い人件費で大量にものをつくって海外に輸出する新興国です。最近までの中国や、今ならばベトナムなども加工貿易国にあたります。 加工貿易は、通貨が安いときほど盛んになります。逆に言うと、新興国から先進国になり、通貨の価値が上がれば、加工貿易国から卒業するタイミングです。高くても売れるものづくりへと、つくり手が意識を変えなくてはなりません。その発想転換をできた企業が、どれだけあったでしょうか。 大多数の企業が「良質で安いものづくり」に最大の力点を置き続けたことも、日本経済の停滞を招いた要因だと私は考えています。 かつて日本製品がアメリカで大量に売れたのは、加工貿易国だった日本が安い製品を輸出していたからです。 「日本製=安い」というイメージは、私がアメリカに留学した1991~94年にはだいぶ変わってきていました。ソニーやホンダは高級品と見なされていたのです。 当時は、日本で家庭用のビデオカメラが発売された時期です。留学中の私は、周囲の購買傾向を丹念に観察していたのですが、日本の新製品の値段はまだ高いと思われていました。1000ドルまで下がらない限り、誰も買おうとしませんでした。そして、そこまで値段が下がると飛ぶように売れました。品質への信頼は世界最高水準でも、あこがれを持たれるようなイメージはつくれなかったから、大量生産で安くなるまで待とうと思われたのでしょう。 そのイメージをつくろうという意識が日本人に芽生えていなかったとも思われます。アメリカで売るために値下げをしたのですから。 その一方で、消費者としての日本人の意識には、「高くても欲しい」いう動機が、購買行動の一パターンとして確実に根づきました。特にバブル期までは、私たちの周りにもそうした商品がたくさんありました。 しかしそれらの高級品をイメージするとき、パッと思い浮かぶものは海外のブランドでしょう。腕時計やバッグなどの服飾品で、同じくらいの訴求力を持つ日本のブランドは思い当たりません。 服飾品だけではありません。ダイソンの掃除機も「高額な掃除機など誰も買わない」という巷の予想に反して大ヒットした商品です。日本の消費者にも「高くても欲しい」という気風が残っていたということです。ダイソンはイギリスの会社です。日本の電機メーカーになぜ同じことができなかったのか、歯がゆさを感じずにいられません』、「ダイソンの掃除機も「高額な掃除機など誰も買わない」という巷の予想に反して大ヒットした商品です。日本の消費者にも「高くても欲しい」という気風が残っていたということです。ダイソンはイギリスの会社です。日本の電機メーカーになぜ同じことができなかったのか、歯がゆさを感じずにいられません」、「ダイソン」は「掃除機」の他にもスタイリッシュな扇風機で人々を驚かせた。
・『「パナソニックのEV」はなぜできなかったのか  たとえばパナソニックなら、ダイソンと同じものがつくれたはずです。ついでに言うと、パナソニックは世界に先駆けてEV(電気自動車)を量産できる会社だったと思います。電池がつくれて、モーターもつくれるのですから、技術はそろっています。 しかし現在、同社がしているのは、アメリカのEVメーカーであるテスラに電池を売ることです。世界に冠たるテスラのEVに装着できる電池をつくり、向こう数年でさらに増産するという情報を、同社や報道記事は明るいトーンで伝えています。しかし、それを喜んでいていいのでしょうか。「EVそのものをつくれたはずなのに」と悔しがるべきではないでしょうか。 未知の分野への参入とはいえ、社運を懸けるほどの危ない橋ではなかったでしょう。電池だけでなくモーターもつくっているのですから。また、家電量販店は車のディーラーより広い駐車場を持っているので、そこで売ることも可能だったはずです。もし10年前にパナソニックが「EVをつくる」と発表していれば、テスラのように時価総額も上がっていたでしょう。今は「期待」で会社の価値が上がります。初期投資にかかったお金を実売で取り返して、利益を出さなければ株価が上がらなかった時代よりも、恵まれた環境です。 と言ったところで、時すでに遅し。EV市場には今、老舗の自動車メーカーも参入してテスラを猛追中。中国の新興企業も目覚ましい勢いでシェアを伸ばしています。その中で、日本の自動車メーカーは軒並み苦戦しています。業界外からは、ようやくソニーが名乗りを上げたという状況です。 立ち上がりの遅さにおいて、日本は群を抜いています。世界最高レベルの技術力がありながら、生かせていないのです。 誰かがつくったイノベーティブなものについて「自分もつくれた」と言う日本人はよくいます。ITの黎明(れいめい)期、技術系の人と話すたび、「自分でも検索エンジンはつくれた」という言葉をよく聞きました。「自分も同じコンセプトを考えた」と語った人もいましたが、考えついただけで行動には移さずじまいだったのでしょう。 どうやら日本人は、アイデアの創出力が足りないだけでなく、アイデアを実行に移すエネルギーも足りないようです。どちらも、前頭葉の弱さを如実に表しています』、「もし10年前にパナソニックが「EVをつくる」と発表していれば、テスラのように時価総額も上がっていたでしょう」、とあるが、ソニーも長年研究してきて、漸く自動運転に乗り出したようだが、「パナソニック」にとっては、やはり自動車を作るには、大きな技術のギャップを乗り越える必要があった筈であり、それほど簡単なことではなかったと思う。
タグ:「時価総額」が「日本企業で世界の上位100社に入るのは、トヨタ自動車だけ」、「人口あたりでみれば、日本の上位100社企業数は、韓国や台湾に比べてずっと少ない」、情けない限りだ。 「「世界競争力のランキング」の2022年版では、「63カ国・地域のうちで34位」、「「ビジネス効率性」において、日本は、世界第51位まで落ち込んでしまった」、「アフリカの企業やモンゴルの企業とほぼ同列の存在になってしまった」、「細目を見ると、「「経営プラクティス」の項目では、「企業の意思決定の迅速性」、「変化する市場への認識」、「機会と脅威への素早い対応」、「ビッグデータ分析の意思決定への活用」、「起業家精神」の5項目の全てで、最下位(63位)だ」、誠に屈辱的な結果だ。 「「デジタル競争力」で日本は「世界最低」!」、ではなく、「63カ国・地域中29位」だ。ただ、「「ビッグデータ、アナリティクスの活用」で63位、「デジタル・テクノロジースキル」でも62位だ」、と「重要度の高い項目で最低だ」 野口 悠紀雄氏による「日本のカイシャは、もうダメだ! 世界ランキング劣後の情けない理由 世界の動向知らず、意志決定もベタ後れ」 現代ビジネス 日本型経営・組織の問題点 (その14)(日本のカイシャは もうダメだ! 世界ランキング劣後の情けない理由 世界の動向知らず 意志決定もベタ後れ、「現場を管理しすぎる会社」が没落する必然3大理由 「失われた30年」最大の被害者は「現場」だ!、パナソニックはなぜテスラになれなかった?精神科医・和田秀樹の答え) 「テスラの時価総額はフォルクスワーゲンの約10倍になっているし、新興の自動車メーカーであるBYDの時価総額が、いまやフォルクスワーゲンを抜いてしまった」、「EVへの転換は、事業内容の大幅な転換を伴うので、経営上の決定が難しいと言われる。日本の自動車メーカーがこうした大きな変化に対応しているかどうかが、今後試されることになる」、その通りだ。 「世界の製造業は、ファブレス(工場なし)に向かっている」、「アメリカには」、「アップル」、「NVIDA、Qualcomm、Broadcom、MediaTek、AMDなど、時価総額が大きいファブレス半導体企業が登場している」、「日本では、キーエンスなどを除くと、ファブレス企業ほとんどない。ここでも、日本企業は変化に対応できていないのだ」、「ファブレス」は根強いモノづくり神話からの脱却が必要になるが果たして出来るだろうか。 東洋経済オンライン 遠藤 功氏による「「現場を管理しすぎる会社」が没落する必然3大理由 「失われた30年」最大の被害者は「現場」だ!」 「遠藤氏」はコンサルタントとしては、珍しく「現場」重視だ。ただ、「GAFAM」はその対極にある筈だ。 「自分たちからは動こうとしない、言われたことしかやらない、やるべきことがわかっていても指示や命令を待っている……。現場の「主体性」の欠如が、活気を減退させ、組織風土を劣化させる大きな原因となっている」、「「主体性の高い現場」は、この国から消えつつある」、残念なことだ。 「本社・本部任せの何も考えない「思考停止」の現場になってしまう。 また、現場管理職の管理業務は膨れ上がり、本来やるべき業務が滞り、部下の声に耳を傾けたり、育成に費やしたりする時間が奪われ、その悪循環によっても、現場はやせ細っていくのだ。 多くの日本企業で現場の管理強化が強まるなかで、実質の伴わない「現場管理」ばかりが増え、その結果、「現場力が弱まる」という悪循環を招いてきた」、 「現場自らが自分たちをしっかり管理できれば、本社や本部による管理は比較的軽く済む。「自主管理」できない現場を放置するから、「過剰な管理強化」につながるのだ」、その通りだ。 「ほとんどの経営者は「現場」に関心がなく」、「現場責任者からおざなりの報告を受けるだけで、現場の実態など知ろうともしない」、「短期的な経済合理性だけを追い求めるあまり、 本来であれば自分たちでやるべき機能や業務を外部に「丸投げ」する動きが進んだことも、現場力が衰えた大きな理由」、「外部に依存しなければ運営できないほど「自立性」を失い、組織の空洞化を招いてしまった」、その通りだ。 「組織風土を実現するうえで大事なことは、「自分たちでできることは何でも自分たちでやる」という意欲と熱意、努力を取り戻すことである。 「安易で過度な外注化、外部依存」から脱却し、「自前化」に大きく舵を切ることは、現場が「主体性」と「身体性」を取り戻すために極めて重要である」、なるほど。 「「よくやってるね」「ずいぶんとよくなったな」「着実に進化しているね」といった何気ない幹部や上司の言葉は、現場にとっては「百人力」である。リスペクトを感じた現場は、「強烈なプライド」を持ち、「とてつもなく大きな力」を発揮する。 このようにして、現場の「心理的環境」、すなわち「カルチャーとしての現場力」を整えることから、現場の「自主管理」能力を高め、自立し、自走する現場を取り戻すことがなにより大切」、「何気ない幹部や上司の言葉は、現場にとっては「百人力」」、とは初めて知ったが、重要なようだ。 ダイヤモンド・オンライン 和田秀樹氏による「パナソニックはなぜテスラになれなかった?精神科医・和田秀樹の答え」 和田秀樹『50歳からの「脳のトリセツ」』(PHPビジネス新書) 「日本企業は「円高でも売れるもの」をつくるべきでした。しかし、日本企業が実際にしたことは、中国や東南アジアなどに工場を移転するなど、徹底したコストカットによって安い製品をつくり続けることでした」、その通りだ。 「ダイソンの掃除機も「高額な掃除機など誰も買わない」という巷の予想に反して大ヒットした商品です。日本の消費者にも「高くても欲しい」という気風が残っていたということです。ダイソンはイギリスの会社です。日本の電機メーカーになぜ同じことができなかったのか、歯がゆさを感じずにいられません」、「ダイソン」は「掃除機」の他にもスタイリッシュな扇風機で人々を驚かせた。 「もし10年前にパナソニックが「EVをつくる」と発表していれば、テスラのように時価総額も上がっていたでしょう」、とあるが、ソニーも長年研究してきて、漸く自動運転に乗り出したようだが、「パナソニック」にとっては、やはり自動車を作るには、大きな技術のギャップを乗り越える必要があった筈であり、それほど簡単なことではなかったと思う。
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