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沖縄問題(その8)(玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」 呼び覚まされた沖縄の怒り、沖縄が台湾人の「日帰り観光」を喜べない現状 買い物に近いから人気? 遠いハワイの背中) [国内政治]

沖縄問題については、3月3日に取上げた。知事選挙も終わった今日は、(その8)(玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」 呼び覚まされた沖縄の怒り、沖縄が台湾人の「日帰り観光」を喜べない現状 買い物に近いから人気? 遠いハワイの背中)である。

先ずは、記者・ノンフィクションライターの石戸 諭氏が10月1日付け現代ビジネスに寄稿した「玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」、呼び覚まされた沖縄の怒り そして、キーマンが明かした今後の課題」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57768
・『翁長雄志・前沖縄県知事の急逝を受けて行われた沖縄県知事選は、翁長氏の後継・玉城デニー氏の圧勝で幕を閉じた。この勝利に翁長氏の死が大きく影響していたことは間違いない。 しかしそれは、単純な「弔い選挙」で片付けられる話ではない。翁長氏の死によって、これまで眠っていた沖縄県民の怒り――「沖縄をなめてはいけない」――が呼び覚まされ、今回の大勝に結びついたと考えられるからだ。翁長氏の死は、一つのきっかけだった。 一方で、さっそく玉城陣営=「オール沖縄」の課題も見え始めている。翁長氏の遺志のもとに集った人々は、本当に結束を続けられるか――玉城陣営で尽力した沖縄財界のキーマン、呉屋守将・金秀グループ会長の言葉からはそんな心配が透けて見えた。 対する玉城陣営はどうかといえば、那覇市の外れ、道路に面した場所すら事務所として確保できず、路地を一本入ったところにひっそりと事務所を構えていた。ボランティアが狭いスペースを分け合い、ある人は電話をかけ、あるグループはビラを整理する。 単純な人手の数ときれいに役割分担された事務所内外での活動を組織力と呼ぶならば、その差は歴然としていた。 普通であれば、ポスターを張り替えるのは労力も手間もかかる。限られた人数であればなおのこと、不満の声が出るのが道理だ。 ところが、玉城陣営に集った人々はむしろ喜んだ。「これを待っていた」「翁長さんの遺志を継ぐってもっと言ってほしいんだ」。 陣営幹部は取材に一段と声を張り上げて、こう語るのだ。《選挙戦の期間中に、これしかないと思って切り替えた。9月22日にあった総決起集会。そこで(翁長の妻)樹子(みきこ)さんが壇上に立って訴えたんです。 誰一人、席を立とうとしなかったのを見て、戦略を切り替える時だと思った。翁長知事がずっと言ってきた「辺野古に新しい基地を作らせない」「ウチナンチュのことはウチナンチュが決める」「イデオロギーよりアイデンティティ」……。 翁長さんの遺志を継ぐ。これが方針になり、きょうで結果も出た。》 「玉城デニー」という候補以上に、「翁長」が前面に出てくる。選挙戦の主役は名実ともに急逝した「翁長」、より正確にいえば翁長という死者の遺志=「幽霊」になっていた』、「「弔い選挙」で片付けられる話ではない。翁長氏の死によって、これまで眠っていた沖縄県民の怒り――「沖縄をなめてはいけない」――が呼び覚まされた」、というのはなるほどである。
・『崩壊寸前、のところから  翁長がまとめ上げたオール沖縄は、あと一歩で崩壊寸前のところまで追い込まれていた。 少しばかり歴史を振り返ってみよう。自民党沖縄県連の雄だった翁長が普天間飛行場の辺野古移転を巡って反対を打ち出したのが2014年の県知事選だった。 自民党の支持基盤だった経済界の一部、そして革新陣営を巻き込む形で知事選を圧倒的な票差で勝利した。 沖縄で続いた保守・革新の対立に終止符を打ち「オール沖縄」で戦う。これが翁長らを支えたストーリーだった。ところが、この選挙をピークに翁長を支えたオール沖縄はジリ貧の戦いを強いられることになる。 勢いには徐々に陰りがでて、辺野古移設が「唯一の解決策」「粛々と進める」という安倍政権の交渉術を前に手詰まり感が出てきた。政府はさらに沖縄振興予算の減額という揺さぶりをかける。 2018年に入ってからも、絶対に落とせないと言われた名護市長選で、自民・公明が推す候補に敗れた。内部からも「我慢の限界」とばかりに飛び出す人たちもでてきた。 前回知事選と同じ枠組みで戦うことすらできず、もはや打つ手なし。オール沖縄の二期目は厳しいという見方が強まっていた。取材を重ねていた地元紙記者の分析を聞いてみよう。《争点となった辺野古移設問題で革新系の候補ならいざしらず、バリバリの自民党出身で沖縄の政治を知り尽くしている翁長さんが知事に就任したことが政府は相当、嫌だったのでしょう。なんとしても、二期目は防ぎたい。オール沖縄も亀裂が入りかかっていましたから、これは自民・公明・維新のブロックで勝てると思っていたでしょう。成功体験となった名護市長選と同じように戦えばいけると踏んでいた。》 大きな誤算が生じたのが、すい臓がんで闘病を続けていた翁長が迎えた突然の死、そして後継について語っていた音声データの存在だった。《翁長さんの死は……。こういうと語弊があるかもしれませんが、あまりに劇的でした。多くの県民の心を打った。基地問題で国と最後まで対峙して、沖縄のために働き闘病していた。このことは思想信条を超えて誰もが批判できないことです。》 彼は左手の人差し指を突き立て、振り子に見立てながら左右に指を傾ける。 《8月8日で県民の意識は変わった。もうオール沖縄路線ではダメかもと、政府側に振りかけた振り子がもう一度、翁長さんのほうに振れてきた。》 語りながら指はゆっくりと右側へ軌道を描き、急なスピードで左に動いていた。 ひとつの事実として、対立候補で自民・公明が擁立した佐喜真淳氏も、翁長氏の名前をあげての批判は慎重に避けていたことを記しておく。掲げたキャッチフレーズ「対立から対話へ」も、誰が対立していたのかは明確には口にしない。せいぜい「この4年で(辺野古移設問題を巡る国との)法廷闘争に明け暮れていた」と言ったくらいである。 内部分裂の火種になりかねない後継争いも翁長自身が終止符を打った。音声データの中で名前が上がったとされる一人が玉城デニーだったことには多くのメディア関係者も驚き、そして政治的に納得する一手だったと唸ることになる。長く沖縄政界を取材してきた地元紙幹部の証言――。《玉城さんの名前を聞いた時には驚きました。あっ、その手があったんだと。正直、僕はまったく想定しないなかった。候補とも考えていなかったですね。 確かに、考えてみれば戦後の沖縄の歴史を体現するような人なのです。米軍兵士の父と沖縄の母の間に生まれ、沖縄で生きてきた。しかも明るい性格で、国政選挙もしっかり勝ち抜いてきている。革新色も薄く、この人ならと保守層も納得もできる。さすが政治家・翁長雄志だと思ったものです。》 この戦略が嫌だったのは自民・公明だろう。彼らは結局、玉城ではなく翁長と戦うことになってしまったからだ。 佐喜真サイドは戦略的に辺野古移設への賛否を最後まで示さなかった。示せずに論点を「対立か対話か」に持っていこうとしたが、それも不発に終わった。 対話ができるかどうかは相手次第であり、力関係のなかでの対話とは一方的に許諾を迫るための儀式にすぎないことを翁長の死が示していたからだ。 玉城陣営は選挙戦の最後まで「翁長」に全面的に頼ることになった。彼のキャッチフレーズであった「イデオロギーよりアイデンティティ」をより強調し、「翁長の遺志」を継ぐことを訴える戦略である』、確かに追い詰められていた翁長前知事の死去が、ここまで沖縄の政治状況を変えたのは、予想を超えるものがあった。
・『半信半疑  玉城陣営が事務所近くの施設に構えた開票会場――。9月30日19時を過ぎる頃にはメディアの数は膨れ上がり、身動きすらとりにくい状況になっていた。 各社の出口調査は概ね出揃い、かつ同じ傾向を示していた。玉城優勢。それも圧倒的優位と数字は語っていた。通常の選挙ならすぐにでも打てるはずの開票即当確を打ったのがテレビ朝日系列、そして朝日新聞だけだったことにも理由はある。 結果的に見れば、数字は嘘をついていなかった。ほぼ出口調査通りの傾向を示したのだ。しかし、《出口調査で玉城が圧倒的リードとなったことで、かえって不安になるんだ》と漏らす記者もいた。 原因は前回のルポでも書いた名護ショックである。オール沖縄が推した辺野古移設反対派が世論調査でリードしていた名護市長選で、勝敗だけでなくデータ的にも世論調査と真逆の結果が示されたことで、沖縄のメディアは過度に慎重になっていた。 それは陣営も同じで、朝日グループが当確を打っただけでは彼らも動かない。開票が始まる20時直前に会場に入った玉城デニー本人も表情を崩すことはほとんどなかった。 最前列に座り、4つ並んだテレビをじっと見つめる。腕を組み、時折天井を見上げる。緊張をほぐすように腕組みをほどき、腕を回す。突発的に起こるデニーコールに両手を振って応えては、まだ当選が決まっていないから「抑えて、抑えて」とジェスチャーをしていた。 開票から1時間もしないうちに別の一社が当確を打ち、NHKが優勢を伝えるニュースを流すと、さすがに多少の余裕を持ったのか笑顔も見られるようになった。 午後9時半過ぎ、NHKが当確を打つと陣営からは歓声が沸き起こった。玉城は自ら先頭に立ってカチャーシーを踊り、それを支援者が取り囲む。彼らは一緒に踊り、喜びを表現した。 玉城は興奮気味に言葉を重ねる。《示された民意に翁長知事がほっとしていると思います。翁長知事が築いた礎を継承したい。発展を翁長知事に約束したい。》《政府と対峙することは難しくない。我々の民意に沿って政府が判断すれば良い。》《辺野古の新基地建設は絶対に認めない。いま止めることが私たち責任世代の行動です。翁長知事の遺志をしっかり継いで、体を張って主張する。》《普天間飛行場は閉鎖・返還こそが道理。代わりに新しい場所を作れというなら、どうぞ日本が全体的に考えてどこに持っていくか考えてください。》《多くの国民がいらないというなら、米軍の財産はアメリカに引き取っていただく。それでいいのだと思います。》 一つ一つの言葉に拍手が沸き起こる。つい数ヵ月前まであった深刻な課題はどこかに消えていったように見えた。 だが、本当にオール沖縄に課題はないのだろうか。当選直後に表情を崩さないまま「嬉しさ半分、厳しさ半分」と語った人物がいた。 沖縄経済界の大物、金秀グループ会長の呉屋守将である。 翁長知事誕生を後押しし、翁長自身が後継候補の一人にあげた政財界のキーパーソンだ。彼は名護市長選の後、敗北の責任を取るとして、翁長の支持組織「オール沖縄会議」の共同代表を辞任している。 ところが今回の選挙では再びマイクを握り、玉城当選を支えた。呉屋は選挙期間中に私たちの単独インタビューに応じた。 そこで語られた内容はオール沖縄、そして玉城県政が今後直面するであろう課題を指摘したものだった。彼は選挙戦の最初から最後まで「熱狂」と距離を置き、経営者らしい冷徹さをもって情勢を分析していた』、冷徹さを失わずに分析するとはさすが経営者だ。
・『財界のキーマンの独白  金秀グループの誕生は1946年に遡る。 沖縄戦で多くの県民が犠牲になり、終戦後もその傷が生々しく残っていた。そんな時期に、西原村(当時)我謝の集落で、農機具を作っていた鍛冶屋がいた。 グループの創業者で、呉屋会長の父・秀信だ。太陽が空に昇る前から金属を叩き、西原村の農民たちのために農機具を販売した。これが原点である。秀信は19歳にして社長に就任し、米軍関係の工事も受注しながら企業は成長を続けていった。 彼らもまた過酷な沖縄戦後の歴史を生きぬいてきた。その後を継いだのが息子の呉屋だった。グループの事業は好調で、来年2019夏にはフランチャイズ契約を結んだセブンイレブンの沖縄初出店が控えている。 呉屋は辺野古移設への反対を明確にし、市民集会などでも発言することから革新だと言われる。だが、本当にそうなのだろうか。 沖縄経済界には1998年の県知事選以降、経済界の集票を担当する六社会というグループがあった。金秀もメンバーだった。 沖縄の経済界は自民党の支援も受けながら、政治に深く関わってきた歴史がある。基地反対派の大田昌秀県政から1998年に県政を奪還した稲嶺恵一は、沖縄の石油企業「りゅうせき」の創業者一族であり、その後を継いだ仲井真弘多は沖縄電力の会長(当時)だった。 いずれも六社会が誕生をバックアップしている。 ところが前回の知事選では六社会を離脱してまで翁長を推した。仲井真陣営からは公然と「翁長が知事になれば不況になる。革新不況がやってくる」と言われた中での支援表明だった。《基本的に基地は経済発展の妨げなんですよ。沖縄に最低限、どのくらいの基地が必要かは議論がわかれるので、これは議論をしたいと思っています。でも、沖縄は基地依存経済だなんていう人は、那覇新都心を見てほしい。小禄の再開発をその目で見てほしい。そこにあった米軍基地と比べて、どっちが雇用を生んでいるか。どっちが経済効果があるのか。こちらには論より証拠がある。 私たちが作りたいのは、日本のどこにもない沖縄県なんですよ。観光業が好調なのも平和だからできること。私はそこを企業経営でバックアップしたいんですよ。政治家は支えても、自分が政治家になるつもりは毛頭ないんです。》 呉屋は時に舌鋒鋭く、間違っているものは間違っていると指摘する。今回の県知事選こそ勝ったが、名護市をはじめ首長選で敗れたオール沖縄についても同様だ。 一人称は「私」から「僕」へと変化する。《地方の首長選でも「辺野古移設反対」を掲げて勝とうなんて大きな間違い。県民の意思は4年前の選挙でも示されている。それを踏まえて、今回の候補者は何をやるのかを語らないといけない。僕が「オール沖縄会議」の共同代表をやめたのは、名護市長選の呆れた選挙戦術、選挙対応がきっかけ。これで本当に名護市民に対して申し訳ないという気持ちはないのかと聞いても、誰一人として反省の弁がない。こんな低落は僕の企業人としてのプライドが許さないよ。でも、翁長さんがこんなことになると知っていたら、共同代表をやめるわけにはいかない。どんなことがあっても僕はやめずに留まったと思う。僕の辞任が死期を早めたとしたら、申し訳ないなと今でも思っています。》』、なるほど。
・『「熨斗つけて、基地はお返しします」  あぁそういえば、と呉屋はこんなエピソードを披露してくれた。全国から建設業界の集まりで、ある自治体の代表とのやり取りである。 《「呉屋さん、沖縄でいろいろ騒いでいるみたいだけど、沖縄は基地経済でしょ」。で、僕は言うわけ。 「はぁそうですか。では熨斗つけて基地をお返しするので、お引き取りください。こちらは喜んでお渡ししますよ」 現実にできるかどうかは別の問題として、そこまで言うならどうぞ基地と予算を一緒に持っていてください、というのが僕の気持ちですよ。 僕も翁長さんも、沖縄の米軍基地即時全面撤去なんて一言も言ってない。最低限の防衛力、防衛機能はあってもいいと思っていますよ。でも、それがなんなのかを本当に検証したということは聞いていない。 その結果、沖縄の応分の負担がこれだからと言われたら負担は必要でしょ。それを示した上で、議論したいのになんでもかんでも沖縄に押し付けようとする。ここはゴミ捨て場じゃないんだと言いたいですね。》 ここまで聞いて、翁長と呉屋がタッグを組んだ理由がようやく見えてきた。彼らは基地問題を観念的な「平和」問題として考えていない。プライドの問題として考えている。 これだけの理不尽を押し付けられて、それを断ろうとすればお金を削るとちらつかされる。ある人たちは「問題を解決するためにやせ我慢をしよう」と言い、ある人たちは「今日、明日の食事が大切だから受け入れよう」と言う。 この構造にプライドを傷つけられている。誇りを取り戻そうじゃないか、食べていく方法は他にもあるではないか。もう絵空事ではない。好調な観光業、それに付随するサービス業、返還されたほうが大きい経済効果――。彼は経済人として、経済のリアリズムから動き始めた現実にこそ目を向けよと言ってきたのだ。 厳しさ半分、と呉屋が言ったのは「翁長の遺志」で覆い隠されたが、国と対峙することは難しいと知っているからだろう。 その時にこそ、大事なのは「遺志」を超えたビジョンなのだと思うのだが、オール沖縄にそれは見えてこない』、確かに経済が好調であれば、基地依存から脱するチャンスなのかも知れない。
・『「隠れ玉城支持者」の存在  日付が変わった10月1日午前2時前に開票を確認した。玉城が獲得した最終票数は39万6632票、得票率は55%に達していた。沖縄県政史上に残る圧勝である。 玉城票の特徴は事前の予想よりもはるかに「取れすぎたこと」だ。言い換えれば、彼は勝ちすぎた。なぜこんなことが起きたのか。 沖縄を取材するメディアが最後まで読み違えたのは、出口調査で浮上した「隠れ玉城支持者」の存在だった。自民党支持者の2割以上、公明党の支持者の25%前後が流れていた。 政権与党・公明党の支持母体にして、佐喜真陣営支持に回った創価学会は特にこの選挙に力を入れていると言われていた。 ところが蓋を開けてみると、かなりの数を固めきれずに取りこぼしていた。玉城の遊説会場には創価学会のシンボルである三色旗がいたるところに見られた。 創価学会員の中には玉城陣営の選挙運動の中核として関わった人もいた。《公明党は「平和の党」だって言ってるのに、なんで辺野古に新基地を作るかどうか明言もできない人を支援するって言えるの。そんなの筋が通ってないじゃないか。そう思いませんか?》まくしたてるように思いの丈をぶつける彼の声を聞きながら、彼らが本当に支持していたのは、玉城ですらなかったと言えるのかもしれないと思った。 《単なる弔い、単なる玉城支持ではこの票は説明できない》と語ったのは地元紙の記者だ。彼は言う。《人の懐に手を突っ込んで、基地との取引材料にしようとする政府や与党の姿勢そのものに違うと言いたい怒りがあるんだ。そうとしか言いようがない。》』、公明党は確かに手痛い打撃を受けたようだ。
・『プライド  2017年12月に争点となった普天間飛行場に所属する大型輸送ヘリが、宜野湾市内の小学校の運動場に窓を落下させた事故が起きた。そこで取られた「対策」は運動場内に児童が避難するための避難所を作ることだった。 なぜ小学校の上をヘリが飛ぶことはやめてほしい、とこれだけが叶わないのか。 普天間飛行場を返してもらったとして、なぜ辺野古に代替施設を作るのが「唯一の解決策」なのか。国防が大事なことはわかっている。だから沖縄は基地を受け入れているのに、なぜ代替施設が他県ではいけないのか。 辺野古移設を受け入れる県政だと国から「有史以来の予算」が付き、反対する県政だと減額されるのか。 「なぜ」と理不尽の積み重ねに耐えきれなくなった人々がいる。 彼らは抱く思いは、翁長や呉屋が強く訴えた「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をなめてはいけない)」という言葉に象徴される感情、プライドを傷つけられたという思いそのものである。 結局、この選挙の勝者は残存するオール沖縄勢力でも、玉城でもなかった。勝ったのは急逝した翁長雄志の「幽霊」であり、「幽霊」が呼び覚ました「怒り」だ。 勝ちすぎた理由はそれが大きい。だからこそ課題もすぐにやってくる。 「幽霊」は対立する問題に対して、ある時は正解を知っているものとして立ち現れる。「課題はあるが、彼はこう言っていたのだから頑張っていこう」と、人々は「幽霊」の遺志のもと、結束することもできる。 だが「幽霊」は遺志の解釈を巡る争いを諌めることもできなければ、和解を仲介してくれることもない。つまり、内部にある課題は残ったままなのだ。 いみじくも呉屋はこうも言っていた。《選挙だけが問題なのではない。これからが本当の問題なのだ》、と。』、これから移転問題にどう取り組んでゆくかは難問だろう。

次に、9月29日付け東洋経済オンライン「沖縄が台湾人の「日帰り観光」を喜べない現状 買い物に近いから人気? 遠いハワイの背中」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/239907
・『9月中旬の平日、沖縄県那覇市。市内を走るモノレールから降りた30代の台湾から来た夫婦が、小走りで繁華街の国際通りに向かっていた。「急いで何かあったのか?」と聞くと、「今からドラッグストアとドン・キホーテに行く」と回答があった。 そのまま記者が「観光の取材をしているので話を聞かせてくれ」と、ついて行くと、この台湾人の夫婦はメモを片手に大手チェーンのドラッグストアを訪れた。「すでに入国審査時の混雑で予定より30分以上遅れている」と手慣れた様子で商品をかごに入れていく。 台湾人の夫婦は、この日の朝7時(現地時間)に台湾を出て、那覇空港に午前9時半ごろに到着。このドラッグストアでの買物の後、午後1時ごろにレンタカーを借りて、沖縄本島の南部にあるアウトレットモールと中部にあるショッピングモールに行き、午後7時に那覇空港に戻り、午後9時過ぎの飛行機で台湾に帰る計画だという。文字通り「日帰り海外旅行」の強行軍だ。 奥さんは「沖縄に買い物で来るのは3回目。ただ、格安航空会社(LCC)を使った日帰りは初めて」と話す。 夫婦は共働き。これまでは週末に1泊2日で沖縄を訪れていたというが、週末は航空券もホテルも高いことから平日に1日だけ休みを取って、旅費を抑えたという。「飛行機代はいつもの3分の2くらい。宿泊費も浮いて、その分買い物に余裕もできる」(奥さん)と満足げだ』、確かに台湾からであれば、日帰り旅行も可能だろうが、沖縄にとっては余り有難くない話だ。
・『急増するクルーズと日帰り訪日客  沖縄の観光産業が急成長を続けている。観光客数は2012年の592万人から2017年には958万人とほぼ倍増。同年にハワイを訪れた観光客数(938万人)を超えたほか、観光収入も同期間で3997億円から6979億円へ伸びた。 9月30日に投開票される沖縄県知事選の各候補者も、経済振興の中で「観光客1500万人受け入れ体制整備と観光収入倍増」(佐喜真淳氏)や「沖縄観光に新たな付加価値をつけ、1200万人超えを」(玉城デニー氏)とそれぞれ観光を重視した数字目標を掲げる。 観光客数の増加を牽引するのが外国人観光客(インバウンド)だ。2017年の日本国内からの観光客数は約7割を占めるが、伸び率は数パーセント増にとどまった。一方、インバウンドは前年比26.4%増と急激な増加が続く。このうち、6割以上を台湾や中国からの観光客が占めている。 特に増加が顕著なのがクルーズ船だ。沖縄県への寄港回数は2012年の125回から、2018年は662回を予定し急増中。2017年度には外国人観光客の36%はクルーズ船などの海路を利用。伸び率も空路が約19%増に対し、海路は約42%増だ。 空路では那覇空港が増設中の2本目の滑走路が2020年に使用開始予定だが、発着枠は現在より10~30%増にとどまる見込みだ。一方、クルーズ船の停泊場所としては沖縄本島だけでも那覇港、中城(なかぐすく)湾港、本部港など複数ある。さらなる旅客ターミナル整備などが着実に進み、受け入れ体制が強化されている。 クルーズ船を利用する乗客にもメリットがある。飛行機と違い、手荷物の重量制限がない点だ。クルーズ船からは空のスーツケースを携えた旅行者もいて、ショッピングを楽しんでスーツケースに購入した物をいっぱいにして船に戻る人も少なくない。 さらに最近増えつつあるのが、冒頭で紹介した台湾から「日帰り」で沖縄を訪れるインバウンドだ。台北から那覇までは飛行機で約1時間15分。航空便も朝夕にそれぞれ複数あるため、日帰りは容易なのだ。 沖縄でインバウンド事業を手掛ける沖縄大栄の馮楚揚(ひょうそよう)執行副社長は「台湾から沖縄本島に来る旅行者の10人のうち1~2人は日帰りになりつつある」と話す』、クルーズ船だと手荷物の重量制限がないというのは、旅行者にとっては魅力だろう。
・『沖縄観光ではなく、"日本”でショッピング  ただ、こうした台湾や中国からのインバウンドが沖縄で楽しみとしているのは、観光ではなく「ショッピング」だ。しかも、目当ては沖縄の特産物ではなく薬局で売られている医薬品や、ショッピングモールで売られている価格が安いアウトレットのブランド品などだ。 現地の観光関係者は国際通り周辺にある薬局の店舗数が、この数年で4倍近くに増えたと指摘。北海道を中心に「サツドラ」ブランドのドラッグストアを展開するサッポロドラッグストアーは、2016年以降、沖縄県内で4店舗を展開。進出当時、国内では北海道内にしか店舗がなかったが、沖縄のインバウンド消費を取り込むためにいきなり最南端に進出したのだ。 サツドラの国際通り店で購入していた台湾人旅行者は、「親戚や友人ら数十人からサロンパスやアリナミンなどを買ってきてほしいと頼まれた。みんな日本で買ったものをいちばん信頼しているからいちばん近い沖縄に買いに来た」と話す。 「アウトレットモールあしびなー」や「イオンモール沖縄ライカム」などのショッピングセンターにも、団体の外国人客を乗せたバスやレンタカーがつねに出入りして活況を呈す。 沖縄県内の旅行会社の幹部は「観光客が増えるのはうれしいが、沖縄は『日本ショッピングセンター』と化している」と複雑な思いを語る。 実際、沖縄とハワイを比べてみると、観光客数でこそ上回ったものの、平均滞在日数と平均消費額ではハワイに及ばない。平均滞在日数は沖縄が3.68日に対してハワイが8.95日、1人当たりの平均消費額は沖縄が7万2853円に対してハワイが1787ドル(約20万円)とそれぞれ沖縄はハワイの半分以下だ。 沖縄県は第5次沖縄県観光振興基本計画で2021年に観光客数1200万人、1人当たり県内消費額9万3000円、平均滞在日数4.5日の目標を掲げる。しかし、順調な観光客数増加に対し、平均滞在日数や平均消費額は横ばい傾向が続く。 特に増加傾向にあるクルーズ船は平均消費額が低い。2017年度の一人あたりの平均消費額は空路で来る訪日客が10万0265円に対し、海路の訪日客は2万9861円と空路のおよそ4分の1。県の観光政策担当者は「短時間の滞在で約3万円消費してくれるのは効率的でいい」と話すが、増加するクルーズ客が平均消費額と平均滞在日数を押し下げていることは事実だ。 そのため、「クルーズ船ばかり増えては宿泊業者にお金が回ってこない」(那覇市内のホテル経営者)、「夕食時になるとみんな船に戻って立ち寄ってくれない」(同飲食店)と不満が募る。 官民一体で観光推進を行う沖縄観光コンベンションビューローの担当者は「課題である平均消費額や平均滞在日数を上げるためにも、ショッピング以外の観光地消費として沖縄でしか体験できないものを広めたい」と、インバウンド向けの「沖縄ブランド」確立を急ぐ。 琉球舞踊を披露する劇場や高級リゾートの展開を通して、台湾や中国などでの沖縄のリブランドを図る計画だ。 また、「遠方からの観光客の方が長期滞在してもらいやすい」(沖縄観光コンベンションビューロー担当者)ため、増え始めた東南アジアや来訪者数が少ない欧米からの定期便就航やチャーター便を誘致し、平均滞在日数の底上げを目指し、平均消費額の伸びを狙う』、ハワイとの平均滞在日数と平均消費額の差は簡単には縮まらないだろう。クルーズ船は平均消費額が空路の1/4というのでは、地元への貢献は殆ど期待できない。沖縄周辺の離島でもクルーズ船が寄港できるよう工事を検討しているところもあるようだが、せっかくの自然環境を破壊するだけの愚策だ。。
・『現状は人手もインフラも不十分  しかし、沖縄がこれ以上の観光客を受け入れるための体制は万全ではない。インフラや人材が不足しているからだ。 沖縄本島の主な公共交通はバスやタクシーで、全島を網羅する大量輸送交通がない。そこで多くの観光客はレンタカーを使用するが、日本の交通事情に慣れないインバウンドの事故や交通マナーが問題となっている。 さらに交通量が増加するため、沖縄本島を南北に結ぶ幹線道路は朝夕に慢性的な渋滞が発生し、県民も観光客も相互に不満が生じている状態だ。 人材不足も深刻だ。東京や大阪のように外国人留学生が多いわけではないため、中国語や韓国語など観光業者が求める言語を話せる人材が少ない。ショッピングセンターなどでは店舗の割引制度を説明できずに支払いでトラブルになるケースや、返品や保証サービスをめぐる説明が進まずに、結局購入を断念しているケースが取材中にも散見された。 ホテルではベッドメイキングなどの清掃スタッフが足りず、部屋が整えられないので販売できないという事態も一部では起きている。「給与を本土並みに上げて、本土から人が来てもらえるよう試みている」と複数のホテルや旅行事業者は明かす。 これらのインフラや人材不足などの構造的問題が、さらなる消費や滞在を伸ばすことを難しくしている側面がある。沖縄観光コンベンションビューローのような県内の観光組織や旅行業者からは「渋滞、公共交通機関とホテルの不足や言語の問題など、インフラや人材面に起因する問題で旅行者から不満の声が出ている」と話す。 現状では平均消費額や平均滞在日数は大きく伸びそうにない。あと3年で、滞在日数や消費額で県が掲げる目標を達成できるのか。「ハワイ超え」の沖縄の観光産業は正念場にさしかかっている』、前述の離島でのクルーズ船用工事の例にもあるように、インフラ建設に当たっては環境との調和が重要だ。目標数字達成のための環境破壊などという本末転倒が起きないことを祈っている。
タグ:台湾 東洋経済オンライン 沖縄問題 現代ビジネス (その8)(玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」 呼び覚まされた沖縄の怒り、沖縄が台湾人の「日帰り観光」を喜べない現状 買い物に近いから人気? 遠いハワイの背中) 石戸 諭 「玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」、呼び覚まされた沖縄の怒り そして、キーマンが明かした今後の課題」 翁長雄志・前沖縄県知事の急逝 後継・玉城デニー氏の圧勝 単純な「弔い選挙」で片付けられる話ではない 翁長氏の死によって、これまで眠っていた沖縄県民の怒り――「沖縄をなめてはいけない」――が呼び覚まされ、今回の大勝に結びついた 翁長がまとめ上げたオール沖縄は、あと一歩で崩壊寸前のところまで追い込まれていた 成功体験となった名護市長選と同じように戦えばいけると踏んでいた 翁長さんの死は……。こういうと語弊があるかもしれませんが、あまりに劇的でした。多くの県民の心を打った 月8日で県民の意識は変わった。もうオール沖縄路線ではダメかもと、政府側に振りかけた振り子がもう一度、翁長さんのほうに振れてきた 彼のキャッチフレーズであった「イデオロギーよりアイデンティティ」をより強調し、「翁長の遺志」を継ぐことを訴える戦略 名護ショック 名護市長選で、勝敗だけでなくデータ的にも世論調査と真逆の結果が示された 沖縄のメディアは過度に慎重に 金秀グループ会長の呉屋守将 前回の知事選では六社会を離脱してまで翁長を推した 基本的に基地は経済発展の妨げなんですよ 沖縄は基地依存経済だなんていう人は、那覇新都心を見てほしい。小禄の再開発をその目で見てほしい 熨斗つけて、基地はお返しします 僕も翁長さんも、沖縄の米軍基地即時全面撤去なんて一言も言ってない。最低限の防衛力、防衛機能はあってもいいと思っていますよ。でも、それがなんなのかを本当に検証したということは聞いていない。 その結果、沖縄の応分の負担がこれだからと言われたら負担は必要でしょ。それを示した上で、議論したいのになんでもかんでも沖縄に押し付けようとする。ここはゴミ捨て場じゃないんだと言いたいですね 「隠れ玉城支持者」の存在 大型輸送ヘリが、宜野湾市内の小学校の運動場に窓を落下させた事故 「対策」は運動場内に児童が避難するための避難所を作ることだった。 なぜ小学校の上をヘリが飛ぶことはやめてほしい、とこれだけが叶わないのか 選挙だけが問題なのではない。これからが本当の問題なのだ 「沖縄が台湾人の「日帰り観光」を喜べない現状 買い物に近いから人気? 遠いハワイの背中」 「日帰り海外旅行」 観光客数は2012年の592万人から2017年には958万人とほぼ倍増。同年にハワイを訪れた観光客数(938万人)を超えた 増加が顕著なのがクルーズ船だ。沖縄県への寄港回数は2012年の125回から、2018年は662回を予定し急増中。2017年度には外国人観光客の36%はクルーズ船などの海路を利用。伸び率も空路が約19%増に対し、海路は約42%増だ ルーズ船を利用する乗客にもメリットがある。飛行機と違い、手荷物の重量制限がない 沖縄観光ではなく、"日本”でショッピング 目当ては沖縄の特産物ではなく薬局で売られている医薬品や、ショッピングモールで売られている価格が安いアウトレットのブランド品などだ 沖縄は『日本ショッピングセンター』と化している」 平均滞在日数は沖縄が3.68日に対してハワイが8.95日、1人当たりの平均消費額は沖縄が7万2853円に対してハワイが1787ドル(約20万円)とそれぞれ沖縄はハワイの半分以下だ クルーズ船は平均消費額が低い。2017年度の一人あたりの平均消費額は空路で来る訪日客が10万0265円に対し、海路の訪日客は2万9861円と空路のおよそ4分の1 現状は人手もインフラも不十分 渋滞、公共交通機関とホテルの不足や言語の問題など、インフラや人材面に起因する問題で旅行者から不満の声 環境との調和
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