小池都知事問題(その1)(「五輪やるべし」だった小池知事を「コロナ対応が早い」と評価する都民のナゾ、卒業が本当ならなぜ都知事は卒業証書提示を拒むのか 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(前編)、「カイロ大卒業」を取り繕うエジプトの小池人脈 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(後編)、小池百合子氏「卒業証明書」提示、偽造私文書行使罪の可能性) [国内政治]
これまで東京都の諸問題(その16)豊洲以外の問題として4月9日にも取上げたが、今日は、小池都知事問題(その1)(「五輪やるべし」だった小池知事を「コロナ対応が早い」と評価する都民のナゾ、卒業が本当ならなぜ都知事は卒業証書提示を拒むのか 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(前編)、「カイロ大卒業」を取り繕うエジプトの小池人脈 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(後編)、小池百合子氏「卒業証明書」提示、偽造私文書行使罪の可能性)として取上げる。
先ずは、5月6日付けPRESIDENT Online「永田町コンフィデンシャル:「五輪やるべし」だった小池知事を「コロナ対応が早い」と評価する都民のナゾ 都知事選の「7つのゼロ」の実績は…」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/35183
・『全国民の心をつかんだ「ステイホーム週間」という言葉 いまや小池百合子東京都知事が、テレビや新聞に登場しない日はない。新型コロナウイルスの対応で連日、記者会見を開き、感染防止や最新情報を発信。その存在感は、安倍晋三首相をはるかに上回る。 2カ月後に迫った都知事選は、圧勝も予測されている。ただ、彼女は事実上の「信任投票」のような形で再選するほどの実績を積み上げているのだろうか。冷静に考えてみる必要がある。 ことしのゴールデン・ウイークは「ステイホーム週間」という言葉がすっかり定着した。元キャスターで、発進力のある小池氏が記者会見などで呼びかけた言葉だ。環境相時代はクールビズを導入。自ら広告塔となり定着させた。今回のコロナ対応でも小池氏は、東京都民だけでなく全国の心をつかみ「ステイホーム週間」を広めた。 4月7日、緊急事態宣言を発出する前後、商業施設などの休業要請をただちに行いたい都と、当面は外出自粛による効果を見定めたいとブレーキをかける国側が激しく対立した。小池氏は「(自分が)代表取締役社長だと思っていたら、中間管理職だった」と、国が横やりを入れてきたことを痛烈に批判。結局、休業要請は11日から行われることになったが、この対立について国民は、圧倒的に小池氏を支持した』、確かにネーミングの上手さには舌を巻くほどだ。テレビでは、東京都の予算で自らがPRに出演しているのも巧みだ。
・『都連とも手打ち、現状は圧勝モードだが… 都知事選に向けた構図を確認しておきたい。小池氏は進退を明言していないが、出馬するのは確実だ。 小池氏は、前回2016年の知事選では、自民党などが推す増田寛也元総務相を破って勝利。その後、小池氏と自民党都連の間では、長くしこりが残ったが、今年に入ってから党本部の二階俊博幹事長が間に入って「手打ち」し、自民党が小池氏を推す流れになっている。 都連関係者の中には「『手打ち』は東京五輪の前に都政を混乱させるわけにはいかないという理屈での『休戦協定』だった。五輪が1年延期になった今、再び主戦論が台頭するかもしれない」という声もあるというが、五輪よりも重大なコロナ対応が続く中、小池氏と自民党が再びたもとを分かつことはないだろう』、安部首相の人気がなくなり、今や小池首相待望論まで出ているようだ。
・『今後4年間、都政を預かる「適任者」といえるのか 野党側は統一候補擁立を模索している。れいわ新選組の山本太郎氏が有力候補として語られることも多いが、野党内には山本氏に対するアレルギーも少なくない。山本氏は4月30日の記者会見で、自らが出馬する可能性は排除しないものの、「(小池氏が)日常的にテレビ露出しているわけなので、緊急事態が続けば続くほど、圧勝のムードは盛り上がるだろう。対抗馬として立つのはなかなか難しい」と事実上の不出馬宣言をした。 前都知事の舛添要一氏がリベンジを目指しているという観測もある。舛添氏はコロナ対応をSNSやテレビ番組などで安倍政権や小池氏のコロナ対応を厳しく批判しているが、今の小池氏の勢いを止めるのは難しいのではないか。 無投票になることはないだろうが、事実上の信任投票のような形で小池氏が勝つ。これが永田町の見立て。現状を見る限り小池氏は再選に向けて死角がない。 だからといって、小池氏が今後4年間、都政を預かる適任者といえるわけではない』、「小池氏は再選に向けて死角がない」、残念なことだ。
・『五輪延期を見届けてから、手のひら返しでコロナ対応へ まず、コロナ対応。冒頭に記したように4月以降の彼女の立ち居振る舞いは目立っている。だから忘れられてしまいがちだが、その前の出足は鈍かった。 3月12日に小池氏は首相官邸で安倍首相と会談したが、東京五輪に関しては「中止という選択はないのではと思う」と述べていた。さらに3月19日の定例記者会見では「以前から申し上げているように、中止も無観客もありえない。開催都市として、いかにして安心安全な大会にできるか」と予定通りの日程、規模での開催を強調していた。 今回の感染拡大は3月20、21、22日の3連休で国民の自粛ムードが緩み、多くの人が街に出て「密」をつくったことが原因とされる。その3連休前、小池氏はほとんど発信をしていない。五輪問題で頭がいっぱいだったのだろう。 小池氏がコロナ問題で前面に出始めたのは3月25日。都民に対し、平日の自宅勤務や、不要不急の外出自粛の要請をした時だ。その前日の24日、東京五輪の1年延期が正式に決定している。五輪延期を見届けてから、手のひらを返したようにコロナ対応へ乗り出した形だ』、「手のひら返し」は鮮やかだった。
・『山中伸弥教授「東京では検査数の実態がわからない」 本腰を入れ始めてからの対応も、問題はある。連日記者会見などで発信しているので情報公開が進んでいるような印象を受けるが、実際はそうではない。例えば日々のPCR検査数など基本的なデータがよくわからないこともある。 京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授は自身のウェブサイトで「(都道府県別の実効再生産数・Rtを測定しようとしたが)東京では、新規感染者を見つけるための検査数の実態を知ることができなかったため、計算は断念しました」と記している。 感染拡大が始まってから小池氏同様、大阪府の吉村洋文知事が目立っているが、吉村氏が大阪府内の感染状況を積極的に公表している。これと比較すると東京都は心もとない。 国との連携の悪さも、しばしば指摘される。緊急事態宣言を出す前後の国との足並みの乱れは先ほど触れたが、その後も、国のコロナ対応の担当者、西村康稔経済再生担当相との「相性」は、明らかに悪い』、「情報公開」は都合のいい部分だけに限定しているのは許せない。都庁記者クラブの記者には「小池知事」に問い質す勇気を持った人間がいないのも残念だ。
・『4年前の都知事選で掲げた「7つのゼロ」はどうなったのか 都知事として4年間の仕事にも触れておきたい。小池氏は4年前の都知事選で「7つのゼロ」を掲げて戦った。待機児童ゼロ、介護離職ゼロ、残業ゼロ、都道電柱ゼロ、満員電車ゼロ、多摩格差ゼロ、ペット殺処分ゼロ。「ペット」などは成果をあげたが、多くの項目は十分な成果をあげていない。「満員電車」ゼロは、コロナの影響で期せずして今は、実現しているが、これは小池氏の功績でないことは、いうまでもない。 知事の4年間の実績とコロナ対応。都知事選では、この2つがきちんと検証される必要がある。再選に向けて「死角」はないが、その「資格」があるとは言いがたいのだ。 最後に1つ、流動的要素があることを指摘しておきたい。都知事選が予定通り7月5日に行われない可能性があるのだ。地方選の延期は法整備が必要だが、2011年、東日本大震災の後には被災地の地方選が延期になったこともある。コロナ禍が続けば都知事選も延期になるかもしれない。 そうなった場合、小池氏のコロナ対応が冷静に検証され、投票日のころは彼女に逆風が吹いている可能性がある。「再選」確実の空気は一変するかもしれない』、本来は延期すべきだが、「小池知事」は現在の上げ潮ムードで乗り切るようだ。
次に、6月3日付けJBPressが掲載した在英作家の黒木 亮氏による「卒業が本当ならなぜ都知事は卒業証書提示を拒むのか 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(前編)」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60762
・『小池百合子東京都知事の学歴詐称疑惑が取りざたされている。色々な情報があるので、このへんで一度整理することが必要だと考え、本稿を執筆した。 筆者は5回の現地取材を含む2年以上にわたる調査を踏まえ、「小池氏がカイロ大学を卒業した事実はない」という結論に至った。その理由を以下に列挙する』、「5回の現地取材を含む2年以上にわたる調査」、とは興味深そうだ。
・『1、同居人女性の証言 小池氏は1972年10月にカイロ大学に入学し、1976年10月に卒業したとしている。しかし、ノンフィクション作家の石井妙子氏が「文藝春秋」(2018年7月号)に発表した『小池百合子「虚飾の履歴書」』の中で、1972年6月19日から小池氏とカイロで同居した日本人女性が、これがまったくの嘘であると証言している。 手帳のメモや日本の母親に頻繁に送っていた手紙にもとづく証言は次のようなものだ。 当時、小池氏はアラビア語の勉強はほとんどしておらず、アルバイトに明け暮れていた。72年の7月30日からパリに出かけ、チュニジア経由で9月21日に戻って来た。小池氏がカイロ大学に入学したとしている10月の4日には、同居人女性が学んでいた国立サイディア・スクールのアラビア語初級コースを見学に行き、数回通った。11月には小池氏が、父親が持っていたエジプト副首相とのコネで、翌73年10月にカイロ大学に2年生として編入できることが決まり、缶詰の赤飯を食べて2人で祝った(このことは11月19日付の手紙に書かれている)。 その後も小池氏はアルバイトに明け暮れ、長期の海外旅行にも頻繁に出かけていた。73年2月、小池氏はサイディア・スクールで知り合った日本人男性と結婚し、引っ越して行った。その後、小池氏は離婚し、3年後の1976年1月に再び女性との同居を始めた。同年5月の学年末試験で小池氏は落第し、4年生になれていなかったので、追試も受けられなかった。日本航空のカイロ支店で働き始めた小池氏は、10月、エジプトのサダト大統領夫人が来日した際、非公式のアテンド係として潜り込み、カイロ大学を首席で卒業したという嘘の経歴を使い始めた。11月にカイロに戻って来たとき、同居人女性に嘘をついたのかと尋ねられ、けろっとしてそれを認めた。 これらの証言のもとになる手帳のメモや手紙のほぼすべてに日付の記載と消印があるそうなので、裁判において証拠能力を持つ。この女性の証言は首尾一貫しており、石井氏が取材した他の人々や、私が独自に取材した他の人々の話とも矛盾しない。3回続けて進級試験に落ちると、学部を変えるか退学というエジプトの国立大学の進級システムについても正しく述べられている。石井氏と文藝春秋が、名誉棄損で訴えられる可能性があるこの種の記事を公表したのは、裁判で勝つ自信があってのことだろう。これに対し、小池氏は訴えるどころか、反論すらしていない』、「父親が持っていたエジプト副首相とのコネで、翌73年10月にカイロ大学に2年生として編入できることが決まり」、コネがここまで効くとはさすが「エジプト」だ。「アルバイトに明け暮れ、長期の海外旅行にも頻繁に出かけていた」、遊び呆けていたようだ。
・『2、卒業証書類の提出を頑なに拒否 去る3月の都議会において、自民党の小宮あんり、川松真一朗、田村利光、三宅正彦の4人の都議が、代わる代わる小池氏に卒業証書類の提出を要請したが、小池氏はことごとく拒んだ。「すでに何度も公開しているので、これ以上公開する気はない」というのが理由である 小池氏の議会答弁には嘘と誇張が多いが、これもその一つだ。小池氏がまがりなりにも卒業証書類を見せたのは、前回の知事選前のフジテレビの「とくダネ!」での1回だけだ。しかもスクリーンショットの卒業証明書は有効性の最重要要件であるスタンプの印影(鷲のマークと周囲の文字)がことごとく判読不明、4か所ある署名欄は2つの署名しか確認できない、発行日も判読不明、右下にある署名らしきものも何なのか不明で、到底有効なものとは認められない。卒業証書にいたっては、明らかに複数の要件を欠いている。 この点を三宅正彦都議に指摘された小池氏は「えー、卒業証書、卒業証明書がよく判読できない。アラビア語で書いてあるからであります」と即座に問題をすり替え、「それからまたこれも、非常に鮮明でございます。えー、そしてそれについて、あの、アラブの専門家の方々はすでに判読もしておられ、えー、そしてこれは正しいと、いうことを述べておられる方々も、おー、おられます」と答弁した。これもまったくの嘘である。 筆者はこの画像を複数のエジプト人に見せたが、全員が前記の点に関し「読めない」と答えた。エジプト人でも読めないものを誰が判読できるというのか。もちろんこの卒業証明書が真正なものだと述べたアラブの専門家など一人もいない。三宅議員からは、これで鮮明というのはまったく理解できず、証書類を出せばそれで済むことだとあらためて指摘された。 小池氏はよほど卒業証書類を見せたくないらしい。見せたくないのは、何か問題があるからで、有印私文書偽造・同行使の疑いをかけられても文句は言えないだろう。そうでないと言うのなら、現物を堂々と都議会に提出し、疑惑を払拭すればいいだけのことだ。現物でない限り、コピーや切り貼りはいくらでも可能だ。 これが小池氏の言うことが信じられない理由の2つ目である』、「よほど卒業証書類を見せたくないらしい。見せたくないのは、何か問題があるからで、有印私文書偽造・同行使の疑いをかけられても文句は言えないだろう」、その通りだ。
・3、卒論に関する嘘 小池氏は卒論に関しても嘘をついている。3月12日の都議会で、自民党の田村利光議員が、「(カイロ大学を)卒業したのなら、卒論を書いたのでしょうか? 書いたのならテーマをお聞かせ下さい」と質問したのに対し、小池氏は「卒論という制度は学部、学科によって異なる。自分が卒業した文学部社会学科には卒論はなかった。当時の同級生たちもそのように言っている。たぶん取材をなさったのは、別の学科の方ではないかと思います」と答えた。小池氏は以前、石井妙子氏の質問に対しても弁護士を通じて同様の回答をしている。 これもまったく嘘だ。筆者は2018年9月17日にカイロ大学文学部社会学科を訪問し、小池氏が卒業したと称している1976年と同じ年に同学科を卒業した現役の社会学科の教授に会って、そのことを確かめた。同教授の発言は次のとおりである。 「カイロ大学文学部社会学科(1学年約150人)では、全員が卒論を書かなくてはなりません。4年生の1年間は卒論を書くためのプロジェクト立案、資料集め、インタビューなどに追われます。私の卒論のテーマは、『職業集団としての猿の調教師』で、分量はアラビア語で80~90ページでした。他の学生の卒論のテーマは、教育、社会統制、カイロの貧民街、犯罪学というようなものでした」。なお面談にはカイロで新聞社のリサーチャーを務めているエジプト人女性も同席し、私も彼女もそれぞれ面談記録を残している。 小池氏は同居人女性が証言する通り、最終学年に到達していなかったので、卒論の有無を知らなかったのだろう。3月24日の都議会では、この点を三宅議員から再度尋ねられ、動揺していたのか、人に聞いて答えていたことを図らずも暴露するような答弁をした。これが小池氏の言うことが信じられない理由の3つ目だ』、「人に聞いて答えていたことを図らずも暴露するような答弁をした」、どういうことなのだろう。
・4、学業に関する様々な嘘 小池氏は、卒論の件以外でも様々な嘘をついている。嘘を嘘で塗り固めてきたため、もはや自分でも収拾がつかなくなっているようだ。これが小池氏の言うことが信じられない理由の4つ目だ。 (1)嘘の最たるものが首席で卒業したというものだ。これは都議会などで追及され、事実上撤回したが、小池氏は「卒業致した際に、教授からトップの成績だったと言われ、嬉しくてそのことを書いた」と記者会見や都議会で言い訳をしている。 しかし、小池氏がフジテレビの番組で見せた卒業証書類には、成績は合格点の下から2番目の「ジャイイド(good)」と書かれており(カイロ大学の合格点は4段階ある)、あれが仮に本物であるとしても「成績はトップであった」と言われるはずがない。 そもそも小池氏のアラビア語は、「とてもよい面会」を「美味しい面会」と言い間違えたり、クウェートの女性大臣と正則アラビア語で話そうとしてしどろもどろになったり、カダフィ大佐訪問時はほとんど会話にならないといった、「お使い」レベルで、到底大学教育に耐えられるものではない。大半がエジプト人の約150人の同級生を差し押さえ、あのアラビア語と「ジャイイド」の成績で首席と言うのは、嘘をつくにもほどがある。 (2) 小池氏は自著『振り袖、ピラミッドを登る』(1982年)の58ページに、1年目に落第し、次の学年に進級できなかったとはっきり書いている。エジプトの国立大学では、科目を3科目以上落とすと、次の学年に進級できない。したがって小池氏の場合、卒業に最低で5年かかり、早くても1977年となる。当たり前の話だが、エジプトも日本同様、1年落第すれば、卒業は1年延びる。この点は複数のエジプトの国立大学の卒業生にメールで確認をとったので、間違いはない。したがって、1年目に落第したにもかかわらず、1976年10月に4年で卒業したという小池氏の学歴は、制度上まったくあり得ない。 エジプトの国立大学では、3年連続で落第すると退学になる(他学部へ転部を申請したり、大学の講義に一切出席できず、2年間を上限として落とした科目の試験を受けるという道もあるが、簡単ではない)。小池氏は1973年10月に2年に編入し、その後毎年落第し、76年5月の学年末試験で3度目の落第をしたので、退学の瀬戸際にあったと考えると辻褄が合う。 (3)これら以外にも小池氏は様々な嘘をついている。全部挙げるときりがないので、主要なものだけを記す。昭和51年10月22日付の「東京新聞」の小池氏のインタビュー記事では、同年9月にカイロ大学を卒業したと書かれているが、小池氏が卒業証書だとしている文書が仮に本物だったとしても、「10月に追試を受け、12月29日に学位を与えることが決まった」と書かれている。『振り袖、ピラミッドを登る』の奥付の著者略歴で、「1971年カイロ・アメリカ大学・東洋学科入学(翌年終了)」と、存在しない学科を終了したと書いている。都議会で「何度も卒業証書を公開した」と繰り返し答弁したことも、「卒業証書類を、複数のアラブの専門家が判読し、本物と認めた」という答弁も、前述のとおりまったくの嘘である』、よくぞここまで「嘘を嘘で塗り固めてきた」ものだと、改めて驚かされた。
・5、「お使い」レベルのアラビア語 別の場所で詳しく検証したが(https://bunshun.jp/articles/-/7909)、筆者のようにアラビア語をある程度勉強した人間にとっては、小池氏のアラビア語は、学歴詐称の最大の証拠である。語学は、誤魔化しがきかない。小池氏はアラビア語の通訳をやっていたと自称しているが、たとえその後の経過年数を考慮しても、これで通訳をやるのは不可能だ。もちろん大学レベルの読み書きができたはずもない。 できるというのなら、外国人記者クラブで台本なしでアラブ圏の記者とやり取りをしてみせればいいだけのことだ。これが小池氏の言うことを信じられない5つ目の理由である』、なるほど。
・6、有効性に疑義のある卒業証書類 小池氏が一度だけフジテレビの「とくダネ!」で短時間公開した卒業証明書は、最重要要件であるスタンプの印影の鷲のマークも周囲の文字も判読不能で、有効なものとは言い難い。4か所ある署名欄は2つの署名しか確認できない、発行日も判読不明、右下にある署名らしきものも何なのか不明である。卒業証書にいたっては、有効であるための複数の要件を欠いており、卒業証明書以上に有効性に疑義がある。この点については現物がきちんと公開された段階で、あらためて指摘する。 また石井妙子氏は、『振り袖、ピラミッドを登る』の扉とフジテレビで公開された卒業証書のロゴが違うと指摘している(https://bunshun.jp/articles/-/7792)。これに対し、小池氏は記者会見で「卒業証書は1枚しかない。大学が発行した唯一のもので、それ以上のものはない」と反論した。しかし、両者が違っているのは一目瞭然で、ここでも小池氏は嘘をついている。論理的に言って、2枚のうち少なくとも1枚は(場合によっては2枚とも)偽物ということになる。 小池氏があくまで現物の提出を拒み、フジテレビのスクリーンショットで判断しろと言うのなら、両方とも無効である。スクリーンショットは画像が不鮮明で、スタジオ内の強いスポットライトで一部が見えなくなっている可能性もあるので、きちんと公開することは、小池氏にとっても有利なことのはずだ。それをあくまで拒否するのなら、有印私文書偽造・同行使の嫌疑をかけられても、文句は言えないだろう。これが小池氏の言うことを信じられない理由の6つ目である。)(後編に続く)』、ここまで「嘘」の実態を緻密に調べた黒木氏の調査力がさすがだ。
第三に、上記の続きを、6月3日付けJBPress「「カイロ大卒業」を取り繕うエジプトの小池人脈 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(後編)」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60763
・『・・・7、カイロ大学の“お友達人脈” 小池氏が学歴に関して言うのは、「卒業証書も卒業証明書もある。カイロ大学も卒業を認めている」だけである。しかし、卒業証書類のほうは、提出を頑なに拒んでいるのだから、お話にならない。では「カイロ大学も認めている」のほうはどうかと言うと、これもまた信用できない話なのである。 小池氏の学歴詐称疑惑に関して、カイロ大学に照会すればすぐに決着がつくだろうという意見をネット上で時々見る。しかしそれは、腐敗した発展途上国の実態を知らない人の発想だ。エジプトは、「腐敗認識指数」で世界180カ国中105位(ランキングが低いほど腐敗度が高い)という汚職や不正が横行する国だ。大学の卒業証書など、カネとコネでなんとでもなる。 エジプトでは、有力政治家が「この人間を卒業したことにしろ」と言えば、学長は職員に命じて卒業証明書や卒業証書を作らせる。職員は入学記録や初年度の成績などを参考に成績表も偽造し、大学内の記録も含めて形式的に完璧にする。こうしたことが行われているのは“社会常識”で、5回の現地取材で会ったエジプト人で否定する人は1人もいなかった。小池氏が卒業したと称しているサダト大統領時代(1970~81年)には特にひどかったという。 偽造卒業証書を売る業者もおり、2017年には、エジプト人女性ジャーナリスト、ダリヤ・シェブル氏が複数の業者に接触し、実態を明らかにしている。ある業者は、「大学内部の記録まで捏造して卒業証書を発行する場合は40日、そうでない場合は20日で納品できる」と言い、別の業者は「自分にはカイロ大学、アイン・シャムス大学、ファイユーム大学、ザガジグ大学内に協力者がいる」と豪語したという。アイン・シャムス大学医学部の偽卒業証書で医師として働いている2人の人物の存在も突き止めている。カイロ大学のナッサール学長自身、2015年にエジプトの民放CBCに出演し、大学の教授や職員が関与して偽卒業証書が発行されていることを認めている。 小池氏は、従来から「カイロ大学は何度も自分の卒業を認めている」と主張してきた。しかし、筆者が知る限り、同大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ教授が、2017年に、ジャーナリストの山田敏弘氏の取材に対し「(小池氏は)1年時にアラビア語を落としているようだが補習でクリアしている」と回答したり、同じく石井妙子氏の質問に対して「確かに小池氏は1976年に卒業している。1972年、1年生の時にアラビア語を落としているが、4年生のときに同科目をパスしている」と回答した程度だ。 この回答は嘘である。なぜなら、同居人女性が、当時のメモや手紙という物的証拠にもとづき、小池氏は1973年10月に2年に編入したと証言しているからだ。さらに石井妙子氏は、当時エジプトの別の大学に留学していた女性から裏付け証言をとっており、筆者も当時をよく知る別の日本人から裏付け証言をとっている』、「偽造卒業証書を売る業者もおり」、さすが「腐敗認識指数」が酷い国だけある。「有力政治家が「この人間を卒業したことにしろ」と言えば、学長は職員に命じて卒業証明書や卒業証書を作らせる。職員は入学記録や初年度の成績などを参考に成績表も偽造し、大学内の記録も含めて形式的に完璧にする」、「大学内の記録も含めて形式的に完璧にする」、そこまでやるのかと驚かされた。
・『父親のコネで2年生に編入 小池氏は父親をつうじてコネがあった当時の副首相アブデル=カーデル・ハーテム氏のコネを使い、1973年10月にカイロ大学2年に編入したのである。この編入自体、編入資格を満たさない不正なものであったと考えられることは、「徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽」の第4回(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58869)で詳述した。 さらにサーレハ氏の「小池氏は4年で1976年に卒業している」という回答は、小池氏自身の本の記述とも矛盾している。前述のとおり、小池氏は『振り袖、ピラミッドを登る』の中で、1年目に落第したと明記している。それならば制度上、卒業は早くても1977年になる。サーレハ氏は、小池氏が言っているとおりに回答したつもりだろうが、小池氏が日本で書いたり話したりしていることまでは調べていないようで、間の抜けた話である。 ただ小池氏に関しては、カネかコネで、1976年から現在に至るまでのどこかで大学内の記録が書き換えられた可能性があり、サーレハ氏は単にそれを見て言っているだけなのかもしれない。 実はこのサーレハ氏が、カイロ大学における小池氏の右腕なのである。同氏は、カイロ大学文学部日本語学科を卒業し、一橋大学の大学院で7年間学び、社会学の博士号を得ている。流ちょうな日本語を話し、『エジプトの言語ナショナリズムと国語認識』という日本語の著書もある。小池氏の熱烈な支持者で、4年前に筆者がカイロで会った際にも「小池さんはすごい。度胸がある。次の総理大臣になるかもしれない」と激賞していた。同氏のオフィスの廊下側の壁には、小池氏とのツーショットの写真が誇らしげに飾られていた。) 日本のメディアが小池氏の件でカイロ大学に取材に行くと、本来出てくるべき文学部長や学生部長や社会学科長ではなく、職務としては担当外のサーレハ氏が出てきて、小池氏に有利な話をする。 最近、日本では、小池氏の元秘書が編集長を務めるビジネス系雑誌のウェブサイトにおいて、小池氏はカイロ大学を卒業したと力説する、無署名の(したがって信用もない)記事が掲載されたが、その中のエジプト人の発言が文藝春秋に送られてきたサーレハ氏の抗議文のトーンそっくりだった。筆者は、「ああ、今はエジプトに取材に行けないし、これはサーレハ氏がメールで知恵を出して、それを小池氏と相談した上で、一生懸命まとめたんだな」と思ったものである』、さすが丹念にこの問題を追ってきただけあって、推理も高度だ。
・『カイロ大の歴代日本語学科長と”お友達” 小池氏は、都知事になる以前の国会議員時代、しょっちゅうカイロにやって来ていた。大統領との面会を要望し、カイロの日本大使館の担当者に「外務省の力を見せて頂戴」と強引にねじ込んでくるので、「小池のロジ担当はババ抜き」と言われていたそうだ。ある大使館員は、小池氏の父親の遺灰のナイル川やピラミッドでの散骨準備で大変な思いをしたという。その小池氏が、熱心に“お友達”を作っていたのが、カイロ大学日本語学科だ。サーレハ氏だけでなく、歴代の日本語学科長と親密で、前日本語学科長のハムザ氏(現在はアレキサンドリアにあるエジプト日本科学技術大学の日本研究科教授)も4年前の知事当選に際し、祝福の言葉を贈ったりしている。 小池氏は、自分にとって利用価値がないと思った人間には、尊大で無礼な振る舞いをすることで知られており、筆者の知人にも不快な思いをさせられた人たちは少なくない。その小池氏が、頻繁にカイロに足を運び、日本語学科と親密な関係を作ってきた第一の目的は、今回のように学歴詐称疑惑が取りざたされたとき、助けてもらうためだろう。 カイロ大学は対外的信用を維持するため、サダト・ムバラク時代(1970~2011年)の“不正卒業証書”の事実には口を閉ざしている。過去にそうした不正があったことを認めれば、“不正卒業証書”を受け取った国内外の政治家、有力者、その関係者に影響が及ぶからだ(特にサダト時代は数が多く、影響は計り知れないと思われる)。カイロ大学は小池氏の一件については神経質になっており、カイロ大学の現文学部長アフメド・シェルビーニ氏は、「カイロ大学では2年前から小池氏に関する書類を出す場合は学長の承諾が必要になった」と言う。カイロ大学の職員の1人は「小池氏の件は、政府の上層部が関与しているのではないかと思う」と話した。 経済全体を見れば、同国の動機は一層鮮明になる。エジプトは経済がきわめて脆弱で、慢性的な国際収支の赤字を外国からの経済援助、IMF融資、観光収入、スエズ運河通航料、在外エジプト人労働者からの送金で補っている。1人当たりのGDPは2907ドル(2018年)で、日本の17分の1、周辺国と比較してもトルコの5分の1、イランの半分以下、チュニジアやモロッコ以下という貧しい国だ。 IMFの勧告にしたがってガソリンや基礎食料品を値上げすると暴動が起きる(筆者が留学中の1986年3月にも、経済的不満を背景とする治安警察官の暴動が起き、外出が10日間禁止された)。 同国の経済情勢は最近、一段と悪化している。2011年の「アラブの春」の動乱以降、観光収入が激減し、そこに原油価格暴落(エジプトは日産約50万バレルの産油国)やコロナ・ショックが追い打ちをかけ、IMF融資と年間20億ドルから50億ドルの経済援助がなければ、経済は破綻をきたす(IMFは先月、エジプトに対する27億7200万ドル=約2980億円の緊急コロナ対策融資を決定した)。エジプト政府の経済関係閣僚は常に先進国や湾岸産油国と経済援助獲得の交渉をしており、どれだけ援助が獲得できるかが、政権にとって死活問題となっている。 こうしたエジプトにとって、小池氏のようにエジプトに多額の経済援助を供与している国の著名政治家が、実は卒業していないと言うのは簡単ではない。元々腐敗が横行する国であり、日本から援助を引き続きスムーズに得られるなら、1人の人間の不正な卒業を見逃すことなど痛くも痒くもない。そうした中で、小池氏を擁護する役割を果たしているのがサーレハ氏というわけだ。同氏にとっても、自分の仕事を学長にアピールし、将来の文学部長への布石にもなる。カイロ大学文学部(オリエント言語学科ヘブライ語専攻、1995年中退)で学んだ経験がある浅川芳裕氏は2018年6月にツイッターで、小池氏とカイロ大学の学長、文学部長、学科長らは「同じ穴のムジナ」であると述べたが、これがエジプトという国の実態なのだ。これが小池氏の言うことが信じられない7つ目の理由である』、「小池氏が、頻繁にカイロに足を運び、日本語学科と親密な関係を作ってきた第一の目的は、今回のように学歴詐称疑惑が取りざたされたとき、助けてもらうためだろう」、確かに不自然だ。「元々腐敗が横行する国であり、日本から援助を引き続きスムーズに得られるなら、1人の人間の不正な卒業を見逃すことなど痛くも痒くもない」、その通りだろう。
・『小池氏が抱える2つの問題 以上のとおり、小池氏の説明は嘘と矛盾だらけで、信用するのは到底不可能だ。 小池氏には2つの問題がある。1つは有印私文書偽造・同行使の疑いだ。これは東京都議会に卒業証書類の現物を提出し、疑いを晴らす必要がある。2つ目が学業実体の有無だ。いくら大学が認めようと、正規の卒業条件を満たさず、カネやコネで卒業証書を手に入れても、学歴と認められないのは当然だ。小池氏は証拠にもとづき、学業実体があったことを証明する義務がある。それができないなら公職を辞任するしかない。 (なお詳しくは、今年1月にJBpressで6回連載した<徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽>を読んで頂きたい。また英語版も順次公開中である。)≪徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽≫(記事の小見出しなどで省略)』、「小池氏は証拠にもとづき、学業実体があったことを証明する義務がある。それができないなら公職を辞任するしかない」、同感である。法律面の問題は次の記事で紹介する。
第四に、6月6日付けYahooニュースが掲載した元東京地検特捜部検事で| 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士の郷原信郎氏による「小池百合子氏「卒業証明書」提示、偽造私文書行使罪の可能性」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20200606-00182101/
・『虚言に塗り固められた小池百合子という女性政治家の「正体」を見事に描き切った石井妙子氏の著書【女帝 小池百合子】は、政治家に関連する本としては異例のベストセラーとなっている。黒木亮氏は、ネット記事での追及を続けている。 これらによって、小池氏の華々しい経歴と政治家としての地位の原点となった「カイロ大学卒業」が虚偽である疑いは一層高まり、都議会本会議での追及も行われている』、法律面での解説とは有り難い。
・『虚偽事項公表罪による刑事責任追及の「壁」 前回記事【都知事選、小池百合子氏は「学歴詐称疑惑」を“強行突破”できるか】では、「カイロ大学卒」の学歴が虚偽である疑いが指摘されている中で、小池氏が都知事選挙に立候補し、これまでの選挙と同様に、選挙公報に「カイロ大学卒業」と記載した場合に、告発が行われるなどして検察の捜査の対象とされ、公選法違反(虚偽事項公表罪)で処罰される可能性について検討した。 検事がエジプトに派遣されて司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うという「海外捜査」によって、「カイロ大学卒業の事実があったのか、なかったのか」という客観的事実が明らかになる可能性もあり、石井氏の著書に登場する小池氏のカイロ時代の同居人の女性の証言、小池氏の著書での記述や発言に重大な矛盾があることなど、小池氏の説明を疑う証拠は豊富であり、刑事事件の捜査で真実が明らかになる可能性も十分にある。 しかし、検察が虚偽事項公表罪を適用する上で最大のネックになるのは、黒木氏が【徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽〈5〉カイロ大学の思惑】で指摘しているように、カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは軍部・情報部で、日本からのメディアの取材に対して、カイロ大学が卒業を認めることを繰り返してきた背後には、カイロ大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ氏らハーテム人脈を頂点とするエジプトの軍部・情報部と大学の権力階層構造があるという政治的背景だ。 カイロ大学側が「小池は卒業した」と言い通せば、その説明がどんなに怪しくても、「カイロ大学卒業」が虚偽であることを立証するのは容易ではない。そういう意味では、虚偽事項公表罪による刑事責任追及には、高い「壁」があると言える』、「カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは軍部・情報部」、「カイロ大学側が「小池は卒業した」と言い通せば、その説明がどんなに怪しくても、「カイロ大学卒業」が虚偽であることを立証するのは容易ではない」、残念ながらその通りなのだろう。
・『「卒業証明書」偽造をめぐる疑惑 学歴詐称」疑惑に関連する、もう一つの犯罪の容疑と言えるのが「卒業証明書」偽造疑惑だ。この問題について、黒木氏は、6月5日の《【最終回】小池百合子「カイロ大卒」の真偽 卒業証明書、卒業証書から浮かび上がる疑問符》と題する記事で、「卒業証明書」の偽造の疑いについて総括している。 小池氏は、前回の都知事選の際、フジテレビの2016年6月30日放送の「とくダネ!」で、唯一文字が判読できる形で「卒業証明書」を提示した。黒木氏は、その番組のスクリーンショットから、小池氏の卒業証明書は、最重要要件である大学のスタンプの印影がいずれも判読不明であることなど、証明書として通用しない代物だと指摘している。また、文章が男性形で書かれていること、4人の署名者のうち2人の署名しか確認できないことなど不自然な点が多々あることを指摘している。 また、石井妙子氏は、【小池百合子都知事のカイロ大学『卒業証書』画像を徹底検証する】(文春オンライン)で、『振り袖、ピラミッドを登る』の扉に掲載された卒業証書のロゴとフジテレビで放送された卒業証書のロゴが異なることを指摘している。 これらの指摘のとおり、小池氏の「卒業証明書」が不正に作成されたものであったとすると、小池氏の行為にどのような犯罪が成立するだろうか。 まず、国外犯処罰との関係では、刑法3条で、有印私文書偽造は日本国民の国外犯処罰の対象とされているので、小池氏が犯罪に関わっているとすれば処罰の対象になる。しかし、偽造行為があったとしても、40年も前のことなので、既に公訴時効が完成している。 そこで問題になるのは、「卒業証明書」について、偽造有印私文書の「行使罪」が成立しないかという点だ。4年前のフジテレビの「特ダネ」での提示は、「行使」と言えるので、卒業証明書が「偽造有印私文書」に当たるのであれば、公訴時効(5年)は完成しておらず、処罰可能ということになる』、これもあと1年も経てば「公訴時効」が「完成」してしまうので、時間との勝負だ。
・『「偽造有印私文書」とは 「偽造有印私文書」に該当するか否かに関して重要なことは、「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、そして、その作成名義を偽ったと言えるのかどうかである。 広い意味の「文書偽造」には、「有形偽造」と「無形偽造」がある。有形偽造とは、作成名義を偽るもの、つまり、名義人ではない者が勝手にその名義の文書を作成することである。無形偽造とは、名義人が虚偽の内容の文書を作成することである。公文書については、「虚偽文書の作成」も処罰の対象となるが、私文書については、作成名義を偽る有形偽造しか処罰の対象にならない。つまり、小池氏が提示した「卒業証明書」が、その証明書を作成する権限を持つ人が署名して作成したものであれば、卒業の有無について虚偽の内容が書かれていても、「偽造有印私文書」にはならないのである』、法律は難しいものだ。
・『「卒業証明書」の「作成名義」 では、小池氏の「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、この点については、黒木氏の上記記事だけからはわからなかったので、ロンドン在住の黒木氏に直接連絡をとって尋ねたところ、以下のように解説してくれた。 小池氏の卒業証明書の右上にはカイロ大学の文字が下にあるカイロ大学のロゴ(トキの頭を持ったトト神)があり、大学の文書として発行されています。 書いてある文章自体は、「文学部は日本で1952年7月15日に生まれた小池百合子氏が1976年10月に社会学の専攻・ジャイイド(good)の成績で学士を取得したので、彼(男性形)の求めにもとづき、関係者に提出するためにこの証書を発行した」と書いてあります。 要は大学の用紙を用いて文学部長が発行したという体裁になっています。 その下に、右からムハッタス(specialist)、ムラーキブ(controller)、ムラーキブ・ル・アーンム(general controller)の署名欄があり、スクリーンショットでは真ん中のムラーキブのところしか署名が見えません。その右のムハッタスの署名欄の線が滲んで見えるので、もしかするとサインがあるのかもしれません。 また3つのサインの下にアミード・ル・クッリーヤ(学部長)の署名欄があり、一応サインがありますが、当時の学部長のサインではありません(もしかしたら代理サインとかかもしれませんが、まったく読めません)。 黒木氏の上記解説からすると、「卒業証明書」が、「カイロ大学文学部長」の作成名義の文書であることは間違いないようだ。問題は、その学部長の署名欄に、学部長ではないと思える人のサインがあるということだ。それが、学部長として卒業証明書を作成する権限を有する人のサインであれば、仮に卒業した事実がないのに卒業したと書かれているとしても「無形偽造」であり、「偽造有印私文書」には該当しない。 もし、学部長欄の署名が、学部長として証明書を作成する権限がない者によるものであったとすれば、学部長の作成名義を偽ったということであり、「有形偽造」に該当し、「偽造有印私文書」に該当することになる(「有印」には、印章だけではなく署名も含まれる)』、なるほど。
・『「卒業証明書」についての「偽造有印私文書行使罪」の成否 小池氏の「卒業証明書」については、以下の4つの可能性が考えられる。 (1)カイロ大学で正規の手続で作成発行された文書 (2)カイロ大学内で、大学関係者が関与して、非正規の手続ではあるが、学部長の権限を有する者が作成した文書 (3)作成権限のないカイロ大学関係者が、大学の用紙を使って文学部長名義で不正に作成した文書 (4)カイロ大学とは無関係な者が、正規の卒業証明書の外観に似せて不正に作成した文書 このうち、(1)であれば何ら問題はないが、そうであれば、小池氏が、卒業証明書の提示を拒否することは考えられないので、この可能性は限りなく低いと考えるべきであろう。一方、(3)、(4)のいずれかであれば、「偽造有印私文書」に該当することは明らかだ。 問題は(2)の場合だ。この場合は「無形偽造」と考えられるので、「偽造有印私文書」に該当するとは言い難い。偽造に関する刑事責任を問われることはないということになる。しかし、卒業証明書を提示すると、その作成手続が正規ではないことが問題にされ、正式に卒業していないことが証明される可能性が高い。それが、小池氏が提示を拒んでいる理由とも考えられる。 (2)か(3)(4)かで、刑事責任の有無が異なるが、その点は、黒木氏が指摘する「学部長の署名欄」のサインが誰によるものか、その人が学部長の代理権限を持っていたのかによって判断が異なることになる。 結局のところ、小池氏の「卒業証明書」が、刑法上の「偽造有印私文書」に該当するのか否かは、現時点ではいずれとも判断ができないが、黒木氏の記事及び解説からすると、少なくとも、「カイロ大学の卒業証明書」として使用することに重大な問題がある文書であることは疑いの余地がない』、その通りなのだろう。
・『「卒業証明書」の“現物”の提示が不可欠 そのような重大な問題が指摘されているのであるから、小池氏が、今回の東京都知事選で、都知事という公職につくべく再選出馬を表明するのであれば、その「卒業証明書」の“現物”を提示することが不可欠だ(TVの映像による公開などでは、いくらでもコピーや切り貼りが可能なので、それが偽造であるかどうかが確認できない)。 もし、小池氏が提示しようとしないのであれば、出馬会見の場に参加した記者は、提示を強く要求し、提示がなければ会見を終了させないぐらいの強い姿勢で臨むべきだ。それを行わず、やすやすと小池氏の出馬会見を終わらせるようであれば、その会見に出席した記者達は、「東京都民に対する職責を果たさなかった記者」としての非難を免れないということになる。 一方で、小池氏が、卒業証明書を提示し、それが実は、上記の(3)か(4)であることが明らかになった場合には、その提示行為が「虚偽有印私文書」の「行使罪」に該当することになる。小池氏が、これ以上「卒業証明書」の提示を拒むのであれば、新たな「犯罪」に該当するリスクを避けたいからと推測されても致し方ないだろう。 いずれにしても、公訴時効が完成していない4年前のフジテレビ番組での提示の行為がある以上、「学歴詐称」による公選法の虚偽事項公表罪に加えて、「偽造有印私文書」の「行使罪」で告発される可能性は十分にある。 これまで、小池氏の「学歴詐称」疑惑について、現地取材も含め、長年にわたる取材を重ねてきた黒木氏は、もし、小池氏について、「学歴詐称」の虚偽事項公表罪や、「卒業証明書」の私文書偽造・行使事件について、 検察が捜査することになった場合には、まだ開示していないものも含め、手元にある資料をすべて提供し、全面的に捜査に協力し、必要があれば裁判で証言する と明言している。 6月18日の東京都知事選挙の告示まで2週間を切ったが、小池百合子氏は、近く再選出馬を表明することは確実と見られている。 【前回記事】でも書いたように、「小池都政」には、豊洲市場移転問題を始めとする欺瞞がたくさんある。小池氏のような人物に、今後4年間の東京都政を委ねてもよいのか、改めて真剣に考えてみる必要がある。 新型コロナ感染対策でのパフォーマンスに騙されることなく、「小池百合子」という人物の正体を十分に認識した上で、都知事選に臨むことが、東京都の有権者にとって必要なのではなかろうか』、黒川氏がいなくなったとはいえ、「検察」が「捜査」に乗り出す可能性は、選挙に影響を及ぼす可能性もあるため、残念ながら低いだろう。ただ「出馬会見の場に参加した記者は、提示を強く要求し、提示がなければ会見を終了させないぐらいの強い姿勢で臨むべきだ」、全く同感である。
先ずは、5月6日付けPRESIDENT Online「永田町コンフィデンシャル:「五輪やるべし」だった小池知事を「コロナ対応が早い」と評価する都民のナゾ 都知事選の「7つのゼロ」の実績は…」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/35183
・『全国民の心をつかんだ「ステイホーム週間」という言葉 いまや小池百合子東京都知事が、テレビや新聞に登場しない日はない。新型コロナウイルスの対応で連日、記者会見を開き、感染防止や最新情報を発信。その存在感は、安倍晋三首相をはるかに上回る。 2カ月後に迫った都知事選は、圧勝も予測されている。ただ、彼女は事実上の「信任投票」のような形で再選するほどの実績を積み上げているのだろうか。冷静に考えてみる必要がある。 ことしのゴールデン・ウイークは「ステイホーム週間」という言葉がすっかり定着した。元キャスターで、発進力のある小池氏が記者会見などで呼びかけた言葉だ。環境相時代はクールビズを導入。自ら広告塔となり定着させた。今回のコロナ対応でも小池氏は、東京都民だけでなく全国の心をつかみ「ステイホーム週間」を広めた。 4月7日、緊急事態宣言を発出する前後、商業施設などの休業要請をただちに行いたい都と、当面は外出自粛による効果を見定めたいとブレーキをかける国側が激しく対立した。小池氏は「(自分が)代表取締役社長だと思っていたら、中間管理職だった」と、国が横やりを入れてきたことを痛烈に批判。結局、休業要請は11日から行われることになったが、この対立について国民は、圧倒的に小池氏を支持した』、確かにネーミングの上手さには舌を巻くほどだ。テレビでは、東京都の予算で自らがPRに出演しているのも巧みだ。
・『都連とも手打ち、現状は圧勝モードだが… 都知事選に向けた構図を確認しておきたい。小池氏は進退を明言していないが、出馬するのは確実だ。 小池氏は、前回2016年の知事選では、自民党などが推す増田寛也元総務相を破って勝利。その後、小池氏と自民党都連の間では、長くしこりが残ったが、今年に入ってから党本部の二階俊博幹事長が間に入って「手打ち」し、自民党が小池氏を推す流れになっている。 都連関係者の中には「『手打ち』は東京五輪の前に都政を混乱させるわけにはいかないという理屈での『休戦協定』だった。五輪が1年延期になった今、再び主戦論が台頭するかもしれない」という声もあるというが、五輪よりも重大なコロナ対応が続く中、小池氏と自民党が再びたもとを分かつことはないだろう』、安部首相の人気がなくなり、今や小池首相待望論まで出ているようだ。
・『今後4年間、都政を預かる「適任者」といえるのか 野党側は統一候補擁立を模索している。れいわ新選組の山本太郎氏が有力候補として語られることも多いが、野党内には山本氏に対するアレルギーも少なくない。山本氏は4月30日の記者会見で、自らが出馬する可能性は排除しないものの、「(小池氏が)日常的にテレビ露出しているわけなので、緊急事態が続けば続くほど、圧勝のムードは盛り上がるだろう。対抗馬として立つのはなかなか難しい」と事実上の不出馬宣言をした。 前都知事の舛添要一氏がリベンジを目指しているという観測もある。舛添氏はコロナ対応をSNSやテレビ番組などで安倍政権や小池氏のコロナ対応を厳しく批判しているが、今の小池氏の勢いを止めるのは難しいのではないか。 無投票になることはないだろうが、事実上の信任投票のような形で小池氏が勝つ。これが永田町の見立て。現状を見る限り小池氏は再選に向けて死角がない。 だからといって、小池氏が今後4年間、都政を預かる適任者といえるわけではない』、「小池氏は再選に向けて死角がない」、残念なことだ。
・『五輪延期を見届けてから、手のひら返しでコロナ対応へ まず、コロナ対応。冒頭に記したように4月以降の彼女の立ち居振る舞いは目立っている。だから忘れられてしまいがちだが、その前の出足は鈍かった。 3月12日に小池氏は首相官邸で安倍首相と会談したが、東京五輪に関しては「中止という選択はないのではと思う」と述べていた。さらに3月19日の定例記者会見では「以前から申し上げているように、中止も無観客もありえない。開催都市として、いかにして安心安全な大会にできるか」と予定通りの日程、規模での開催を強調していた。 今回の感染拡大は3月20、21、22日の3連休で国民の自粛ムードが緩み、多くの人が街に出て「密」をつくったことが原因とされる。その3連休前、小池氏はほとんど発信をしていない。五輪問題で頭がいっぱいだったのだろう。 小池氏がコロナ問題で前面に出始めたのは3月25日。都民に対し、平日の自宅勤務や、不要不急の外出自粛の要請をした時だ。その前日の24日、東京五輪の1年延期が正式に決定している。五輪延期を見届けてから、手のひらを返したようにコロナ対応へ乗り出した形だ』、「手のひら返し」は鮮やかだった。
・『山中伸弥教授「東京では検査数の実態がわからない」 本腰を入れ始めてからの対応も、問題はある。連日記者会見などで発信しているので情報公開が進んでいるような印象を受けるが、実際はそうではない。例えば日々のPCR検査数など基本的なデータがよくわからないこともある。 京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授は自身のウェブサイトで「(都道府県別の実効再生産数・Rtを測定しようとしたが)東京では、新規感染者を見つけるための検査数の実態を知ることができなかったため、計算は断念しました」と記している。 感染拡大が始まってから小池氏同様、大阪府の吉村洋文知事が目立っているが、吉村氏が大阪府内の感染状況を積極的に公表している。これと比較すると東京都は心もとない。 国との連携の悪さも、しばしば指摘される。緊急事態宣言を出す前後の国との足並みの乱れは先ほど触れたが、その後も、国のコロナ対応の担当者、西村康稔経済再生担当相との「相性」は、明らかに悪い』、「情報公開」は都合のいい部分だけに限定しているのは許せない。都庁記者クラブの記者には「小池知事」に問い質す勇気を持った人間がいないのも残念だ。
・『4年前の都知事選で掲げた「7つのゼロ」はどうなったのか 都知事として4年間の仕事にも触れておきたい。小池氏は4年前の都知事選で「7つのゼロ」を掲げて戦った。待機児童ゼロ、介護離職ゼロ、残業ゼロ、都道電柱ゼロ、満員電車ゼロ、多摩格差ゼロ、ペット殺処分ゼロ。「ペット」などは成果をあげたが、多くの項目は十分な成果をあげていない。「満員電車」ゼロは、コロナの影響で期せずして今は、実現しているが、これは小池氏の功績でないことは、いうまでもない。 知事の4年間の実績とコロナ対応。都知事選では、この2つがきちんと検証される必要がある。再選に向けて「死角」はないが、その「資格」があるとは言いがたいのだ。 最後に1つ、流動的要素があることを指摘しておきたい。都知事選が予定通り7月5日に行われない可能性があるのだ。地方選の延期は法整備が必要だが、2011年、東日本大震災の後には被災地の地方選が延期になったこともある。コロナ禍が続けば都知事選も延期になるかもしれない。 そうなった場合、小池氏のコロナ対応が冷静に検証され、投票日のころは彼女に逆風が吹いている可能性がある。「再選」確実の空気は一変するかもしれない』、本来は延期すべきだが、「小池知事」は現在の上げ潮ムードで乗り切るようだ。
次に、6月3日付けJBPressが掲載した在英作家の黒木 亮氏による「卒業が本当ならなぜ都知事は卒業証書提示を拒むのか 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(前編)」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60762
・『小池百合子東京都知事の学歴詐称疑惑が取りざたされている。色々な情報があるので、このへんで一度整理することが必要だと考え、本稿を執筆した。 筆者は5回の現地取材を含む2年以上にわたる調査を踏まえ、「小池氏がカイロ大学を卒業した事実はない」という結論に至った。その理由を以下に列挙する』、「5回の現地取材を含む2年以上にわたる調査」、とは興味深そうだ。
・『1、同居人女性の証言 小池氏は1972年10月にカイロ大学に入学し、1976年10月に卒業したとしている。しかし、ノンフィクション作家の石井妙子氏が「文藝春秋」(2018年7月号)に発表した『小池百合子「虚飾の履歴書」』の中で、1972年6月19日から小池氏とカイロで同居した日本人女性が、これがまったくの嘘であると証言している。 手帳のメモや日本の母親に頻繁に送っていた手紙にもとづく証言は次のようなものだ。 当時、小池氏はアラビア語の勉強はほとんどしておらず、アルバイトに明け暮れていた。72年の7月30日からパリに出かけ、チュニジア経由で9月21日に戻って来た。小池氏がカイロ大学に入学したとしている10月の4日には、同居人女性が学んでいた国立サイディア・スクールのアラビア語初級コースを見学に行き、数回通った。11月には小池氏が、父親が持っていたエジプト副首相とのコネで、翌73年10月にカイロ大学に2年生として編入できることが決まり、缶詰の赤飯を食べて2人で祝った(このことは11月19日付の手紙に書かれている)。 その後も小池氏はアルバイトに明け暮れ、長期の海外旅行にも頻繁に出かけていた。73年2月、小池氏はサイディア・スクールで知り合った日本人男性と結婚し、引っ越して行った。その後、小池氏は離婚し、3年後の1976年1月に再び女性との同居を始めた。同年5月の学年末試験で小池氏は落第し、4年生になれていなかったので、追試も受けられなかった。日本航空のカイロ支店で働き始めた小池氏は、10月、エジプトのサダト大統領夫人が来日した際、非公式のアテンド係として潜り込み、カイロ大学を首席で卒業したという嘘の経歴を使い始めた。11月にカイロに戻って来たとき、同居人女性に嘘をついたのかと尋ねられ、けろっとしてそれを認めた。 これらの証言のもとになる手帳のメモや手紙のほぼすべてに日付の記載と消印があるそうなので、裁判において証拠能力を持つ。この女性の証言は首尾一貫しており、石井氏が取材した他の人々や、私が独自に取材した他の人々の話とも矛盾しない。3回続けて進級試験に落ちると、学部を変えるか退学というエジプトの国立大学の進級システムについても正しく述べられている。石井氏と文藝春秋が、名誉棄損で訴えられる可能性があるこの種の記事を公表したのは、裁判で勝つ自信があってのことだろう。これに対し、小池氏は訴えるどころか、反論すらしていない』、「父親が持っていたエジプト副首相とのコネで、翌73年10月にカイロ大学に2年生として編入できることが決まり」、コネがここまで効くとはさすが「エジプト」だ。「アルバイトに明け暮れ、長期の海外旅行にも頻繁に出かけていた」、遊び呆けていたようだ。
・『2、卒業証書類の提出を頑なに拒否 去る3月の都議会において、自民党の小宮あんり、川松真一朗、田村利光、三宅正彦の4人の都議が、代わる代わる小池氏に卒業証書類の提出を要請したが、小池氏はことごとく拒んだ。「すでに何度も公開しているので、これ以上公開する気はない」というのが理由である 小池氏の議会答弁には嘘と誇張が多いが、これもその一つだ。小池氏がまがりなりにも卒業証書類を見せたのは、前回の知事選前のフジテレビの「とくダネ!」での1回だけだ。しかもスクリーンショットの卒業証明書は有効性の最重要要件であるスタンプの印影(鷲のマークと周囲の文字)がことごとく判読不明、4か所ある署名欄は2つの署名しか確認できない、発行日も判読不明、右下にある署名らしきものも何なのか不明で、到底有効なものとは認められない。卒業証書にいたっては、明らかに複数の要件を欠いている。 この点を三宅正彦都議に指摘された小池氏は「えー、卒業証書、卒業証明書がよく判読できない。アラビア語で書いてあるからであります」と即座に問題をすり替え、「それからまたこれも、非常に鮮明でございます。えー、そしてそれについて、あの、アラブの専門家の方々はすでに判読もしておられ、えー、そしてこれは正しいと、いうことを述べておられる方々も、おー、おられます」と答弁した。これもまったくの嘘である。 筆者はこの画像を複数のエジプト人に見せたが、全員が前記の点に関し「読めない」と答えた。エジプト人でも読めないものを誰が判読できるというのか。もちろんこの卒業証明書が真正なものだと述べたアラブの専門家など一人もいない。三宅議員からは、これで鮮明というのはまったく理解できず、証書類を出せばそれで済むことだとあらためて指摘された。 小池氏はよほど卒業証書類を見せたくないらしい。見せたくないのは、何か問題があるからで、有印私文書偽造・同行使の疑いをかけられても文句は言えないだろう。そうでないと言うのなら、現物を堂々と都議会に提出し、疑惑を払拭すればいいだけのことだ。現物でない限り、コピーや切り貼りはいくらでも可能だ。 これが小池氏の言うことが信じられない理由の2つ目である』、「よほど卒業証書類を見せたくないらしい。見せたくないのは、何か問題があるからで、有印私文書偽造・同行使の疑いをかけられても文句は言えないだろう」、その通りだ。
・3、卒論に関する嘘 小池氏は卒論に関しても嘘をついている。3月12日の都議会で、自民党の田村利光議員が、「(カイロ大学を)卒業したのなら、卒論を書いたのでしょうか? 書いたのならテーマをお聞かせ下さい」と質問したのに対し、小池氏は「卒論という制度は学部、学科によって異なる。自分が卒業した文学部社会学科には卒論はなかった。当時の同級生たちもそのように言っている。たぶん取材をなさったのは、別の学科の方ではないかと思います」と答えた。小池氏は以前、石井妙子氏の質問に対しても弁護士を通じて同様の回答をしている。 これもまったく嘘だ。筆者は2018年9月17日にカイロ大学文学部社会学科を訪問し、小池氏が卒業したと称している1976年と同じ年に同学科を卒業した現役の社会学科の教授に会って、そのことを確かめた。同教授の発言は次のとおりである。 「カイロ大学文学部社会学科(1学年約150人)では、全員が卒論を書かなくてはなりません。4年生の1年間は卒論を書くためのプロジェクト立案、資料集め、インタビューなどに追われます。私の卒論のテーマは、『職業集団としての猿の調教師』で、分量はアラビア語で80~90ページでした。他の学生の卒論のテーマは、教育、社会統制、カイロの貧民街、犯罪学というようなものでした」。なお面談にはカイロで新聞社のリサーチャーを務めているエジプト人女性も同席し、私も彼女もそれぞれ面談記録を残している。 小池氏は同居人女性が証言する通り、最終学年に到達していなかったので、卒論の有無を知らなかったのだろう。3月24日の都議会では、この点を三宅議員から再度尋ねられ、動揺していたのか、人に聞いて答えていたことを図らずも暴露するような答弁をした。これが小池氏の言うことが信じられない理由の3つ目だ』、「人に聞いて答えていたことを図らずも暴露するような答弁をした」、どういうことなのだろう。
・4、学業に関する様々な嘘 小池氏は、卒論の件以外でも様々な嘘をついている。嘘を嘘で塗り固めてきたため、もはや自分でも収拾がつかなくなっているようだ。これが小池氏の言うことが信じられない理由の4つ目だ。 (1)嘘の最たるものが首席で卒業したというものだ。これは都議会などで追及され、事実上撤回したが、小池氏は「卒業致した際に、教授からトップの成績だったと言われ、嬉しくてそのことを書いた」と記者会見や都議会で言い訳をしている。 しかし、小池氏がフジテレビの番組で見せた卒業証書類には、成績は合格点の下から2番目の「ジャイイド(good)」と書かれており(カイロ大学の合格点は4段階ある)、あれが仮に本物であるとしても「成績はトップであった」と言われるはずがない。 そもそも小池氏のアラビア語は、「とてもよい面会」を「美味しい面会」と言い間違えたり、クウェートの女性大臣と正則アラビア語で話そうとしてしどろもどろになったり、カダフィ大佐訪問時はほとんど会話にならないといった、「お使い」レベルで、到底大学教育に耐えられるものではない。大半がエジプト人の約150人の同級生を差し押さえ、あのアラビア語と「ジャイイド」の成績で首席と言うのは、嘘をつくにもほどがある。 (2) 小池氏は自著『振り袖、ピラミッドを登る』(1982年)の58ページに、1年目に落第し、次の学年に進級できなかったとはっきり書いている。エジプトの国立大学では、科目を3科目以上落とすと、次の学年に進級できない。したがって小池氏の場合、卒業に最低で5年かかり、早くても1977年となる。当たり前の話だが、エジプトも日本同様、1年落第すれば、卒業は1年延びる。この点は複数のエジプトの国立大学の卒業生にメールで確認をとったので、間違いはない。したがって、1年目に落第したにもかかわらず、1976年10月に4年で卒業したという小池氏の学歴は、制度上まったくあり得ない。 エジプトの国立大学では、3年連続で落第すると退学になる(他学部へ転部を申請したり、大学の講義に一切出席できず、2年間を上限として落とした科目の試験を受けるという道もあるが、簡単ではない)。小池氏は1973年10月に2年に編入し、その後毎年落第し、76年5月の学年末試験で3度目の落第をしたので、退学の瀬戸際にあったと考えると辻褄が合う。 (3)これら以外にも小池氏は様々な嘘をついている。全部挙げるときりがないので、主要なものだけを記す。昭和51年10月22日付の「東京新聞」の小池氏のインタビュー記事では、同年9月にカイロ大学を卒業したと書かれているが、小池氏が卒業証書だとしている文書が仮に本物だったとしても、「10月に追試を受け、12月29日に学位を与えることが決まった」と書かれている。『振り袖、ピラミッドを登る』の奥付の著者略歴で、「1971年カイロ・アメリカ大学・東洋学科入学(翌年終了)」と、存在しない学科を終了したと書いている。都議会で「何度も卒業証書を公開した」と繰り返し答弁したことも、「卒業証書類を、複数のアラブの専門家が判読し、本物と認めた」という答弁も、前述のとおりまったくの嘘である』、よくぞここまで「嘘を嘘で塗り固めてきた」ものだと、改めて驚かされた。
・5、「お使い」レベルのアラビア語 別の場所で詳しく検証したが(https://bunshun.jp/articles/-/7909)、筆者のようにアラビア語をある程度勉強した人間にとっては、小池氏のアラビア語は、学歴詐称の最大の証拠である。語学は、誤魔化しがきかない。小池氏はアラビア語の通訳をやっていたと自称しているが、たとえその後の経過年数を考慮しても、これで通訳をやるのは不可能だ。もちろん大学レベルの読み書きができたはずもない。 できるというのなら、外国人記者クラブで台本なしでアラブ圏の記者とやり取りをしてみせればいいだけのことだ。これが小池氏の言うことを信じられない5つ目の理由である』、なるほど。
・6、有効性に疑義のある卒業証書類 小池氏が一度だけフジテレビの「とくダネ!」で短時間公開した卒業証明書は、最重要要件であるスタンプの印影の鷲のマークも周囲の文字も判読不能で、有効なものとは言い難い。4か所ある署名欄は2つの署名しか確認できない、発行日も判読不明、右下にある署名らしきものも何なのか不明である。卒業証書にいたっては、有効であるための複数の要件を欠いており、卒業証明書以上に有効性に疑義がある。この点については現物がきちんと公開された段階で、あらためて指摘する。 また石井妙子氏は、『振り袖、ピラミッドを登る』の扉とフジテレビで公開された卒業証書のロゴが違うと指摘している(https://bunshun.jp/articles/-/7792)。これに対し、小池氏は記者会見で「卒業証書は1枚しかない。大学が発行した唯一のもので、それ以上のものはない」と反論した。しかし、両者が違っているのは一目瞭然で、ここでも小池氏は嘘をついている。論理的に言って、2枚のうち少なくとも1枚は(場合によっては2枚とも)偽物ということになる。 小池氏があくまで現物の提出を拒み、フジテレビのスクリーンショットで判断しろと言うのなら、両方とも無効である。スクリーンショットは画像が不鮮明で、スタジオ内の強いスポットライトで一部が見えなくなっている可能性もあるので、きちんと公開することは、小池氏にとっても有利なことのはずだ。それをあくまで拒否するのなら、有印私文書偽造・同行使の嫌疑をかけられても、文句は言えないだろう。これが小池氏の言うことを信じられない理由の6つ目である。)(後編に続く)』、ここまで「嘘」の実態を緻密に調べた黒木氏の調査力がさすがだ。
第三に、上記の続きを、6月3日付けJBPress「「カイロ大卒業」を取り繕うエジプトの小池人脈 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(後編)」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60763
・『・・・7、カイロ大学の“お友達人脈” 小池氏が学歴に関して言うのは、「卒業証書も卒業証明書もある。カイロ大学も卒業を認めている」だけである。しかし、卒業証書類のほうは、提出を頑なに拒んでいるのだから、お話にならない。では「カイロ大学も認めている」のほうはどうかと言うと、これもまた信用できない話なのである。 小池氏の学歴詐称疑惑に関して、カイロ大学に照会すればすぐに決着がつくだろうという意見をネット上で時々見る。しかしそれは、腐敗した発展途上国の実態を知らない人の発想だ。エジプトは、「腐敗認識指数」で世界180カ国中105位(ランキングが低いほど腐敗度が高い)という汚職や不正が横行する国だ。大学の卒業証書など、カネとコネでなんとでもなる。 エジプトでは、有力政治家が「この人間を卒業したことにしろ」と言えば、学長は職員に命じて卒業証明書や卒業証書を作らせる。職員は入学記録や初年度の成績などを参考に成績表も偽造し、大学内の記録も含めて形式的に完璧にする。こうしたことが行われているのは“社会常識”で、5回の現地取材で会ったエジプト人で否定する人は1人もいなかった。小池氏が卒業したと称しているサダト大統領時代(1970~81年)には特にひどかったという。 偽造卒業証書を売る業者もおり、2017年には、エジプト人女性ジャーナリスト、ダリヤ・シェブル氏が複数の業者に接触し、実態を明らかにしている。ある業者は、「大学内部の記録まで捏造して卒業証書を発行する場合は40日、そうでない場合は20日で納品できる」と言い、別の業者は「自分にはカイロ大学、アイン・シャムス大学、ファイユーム大学、ザガジグ大学内に協力者がいる」と豪語したという。アイン・シャムス大学医学部の偽卒業証書で医師として働いている2人の人物の存在も突き止めている。カイロ大学のナッサール学長自身、2015年にエジプトの民放CBCに出演し、大学の教授や職員が関与して偽卒業証書が発行されていることを認めている。 小池氏は、従来から「カイロ大学は何度も自分の卒業を認めている」と主張してきた。しかし、筆者が知る限り、同大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ教授が、2017年に、ジャーナリストの山田敏弘氏の取材に対し「(小池氏は)1年時にアラビア語を落としているようだが補習でクリアしている」と回答したり、同じく石井妙子氏の質問に対して「確かに小池氏は1976年に卒業している。1972年、1年生の時にアラビア語を落としているが、4年生のときに同科目をパスしている」と回答した程度だ。 この回答は嘘である。なぜなら、同居人女性が、当時のメモや手紙という物的証拠にもとづき、小池氏は1973年10月に2年に編入したと証言しているからだ。さらに石井妙子氏は、当時エジプトの別の大学に留学していた女性から裏付け証言をとっており、筆者も当時をよく知る別の日本人から裏付け証言をとっている』、「偽造卒業証書を売る業者もおり」、さすが「腐敗認識指数」が酷い国だけある。「有力政治家が「この人間を卒業したことにしろ」と言えば、学長は職員に命じて卒業証明書や卒業証書を作らせる。職員は入学記録や初年度の成績などを参考に成績表も偽造し、大学内の記録も含めて形式的に完璧にする」、「大学内の記録も含めて形式的に完璧にする」、そこまでやるのかと驚かされた。
・『父親のコネで2年生に編入 小池氏は父親をつうじてコネがあった当時の副首相アブデル=カーデル・ハーテム氏のコネを使い、1973年10月にカイロ大学2年に編入したのである。この編入自体、編入資格を満たさない不正なものであったと考えられることは、「徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽」の第4回(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58869)で詳述した。 さらにサーレハ氏の「小池氏は4年で1976年に卒業している」という回答は、小池氏自身の本の記述とも矛盾している。前述のとおり、小池氏は『振り袖、ピラミッドを登る』の中で、1年目に落第したと明記している。それならば制度上、卒業は早くても1977年になる。サーレハ氏は、小池氏が言っているとおりに回答したつもりだろうが、小池氏が日本で書いたり話したりしていることまでは調べていないようで、間の抜けた話である。 ただ小池氏に関しては、カネかコネで、1976年から現在に至るまでのどこかで大学内の記録が書き換えられた可能性があり、サーレハ氏は単にそれを見て言っているだけなのかもしれない。 実はこのサーレハ氏が、カイロ大学における小池氏の右腕なのである。同氏は、カイロ大学文学部日本語学科を卒業し、一橋大学の大学院で7年間学び、社会学の博士号を得ている。流ちょうな日本語を話し、『エジプトの言語ナショナリズムと国語認識』という日本語の著書もある。小池氏の熱烈な支持者で、4年前に筆者がカイロで会った際にも「小池さんはすごい。度胸がある。次の総理大臣になるかもしれない」と激賞していた。同氏のオフィスの廊下側の壁には、小池氏とのツーショットの写真が誇らしげに飾られていた。) 日本のメディアが小池氏の件でカイロ大学に取材に行くと、本来出てくるべき文学部長や学生部長や社会学科長ではなく、職務としては担当外のサーレハ氏が出てきて、小池氏に有利な話をする。 最近、日本では、小池氏の元秘書が編集長を務めるビジネス系雑誌のウェブサイトにおいて、小池氏はカイロ大学を卒業したと力説する、無署名の(したがって信用もない)記事が掲載されたが、その中のエジプト人の発言が文藝春秋に送られてきたサーレハ氏の抗議文のトーンそっくりだった。筆者は、「ああ、今はエジプトに取材に行けないし、これはサーレハ氏がメールで知恵を出して、それを小池氏と相談した上で、一生懸命まとめたんだな」と思ったものである』、さすが丹念にこの問題を追ってきただけあって、推理も高度だ。
・『カイロ大の歴代日本語学科長と”お友達” 小池氏は、都知事になる以前の国会議員時代、しょっちゅうカイロにやって来ていた。大統領との面会を要望し、カイロの日本大使館の担当者に「外務省の力を見せて頂戴」と強引にねじ込んでくるので、「小池のロジ担当はババ抜き」と言われていたそうだ。ある大使館員は、小池氏の父親の遺灰のナイル川やピラミッドでの散骨準備で大変な思いをしたという。その小池氏が、熱心に“お友達”を作っていたのが、カイロ大学日本語学科だ。サーレハ氏だけでなく、歴代の日本語学科長と親密で、前日本語学科長のハムザ氏(現在はアレキサンドリアにあるエジプト日本科学技術大学の日本研究科教授)も4年前の知事当選に際し、祝福の言葉を贈ったりしている。 小池氏は、自分にとって利用価値がないと思った人間には、尊大で無礼な振る舞いをすることで知られており、筆者の知人にも不快な思いをさせられた人たちは少なくない。その小池氏が、頻繁にカイロに足を運び、日本語学科と親密な関係を作ってきた第一の目的は、今回のように学歴詐称疑惑が取りざたされたとき、助けてもらうためだろう。 カイロ大学は対外的信用を維持するため、サダト・ムバラク時代(1970~2011年)の“不正卒業証書”の事実には口を閉ざしている。過去にそうした不正があったことを認めれば、“不正卒業証書”を受け取った国内外の政治家、有力者、その関係者に影響が及ぶからだ(特にサダト時代は数が多く、影響は計り知れないと思われる)。カイロ大学は小池氏の一件については神経質になっており、カイロ大学の現文学部長アフメド・シェルビーニ氏は、「カイロ大学では2年前から小池氏に関する書類を出す場合は学長の承諾が必要になった」と言う。カイロ大学の職員の1人は「小池氏の件は、政府の上層部が関与しているのではないかと思う」と話した。 経済全体を見れば、同国の動機は一層鮮明になる。エジプトは経済がきわめて脆弱で、慢性的な国際収支の赤字を外国からの経済援助、IMF融資、観光収入、スエズ運河通航料、在外エジプト人労働者からの送金で補っている。1人当たりのGDPは2907ドル(2018年)で、日本の17分の1、周辺国と比較してもトルコの5分の1、イランの半分以下、チュニジアやモロッコ以下という貧しい国だ。 IMFの勧告にしたがってガソリンや基礎食料品を値上げすると暴動が起きる(筆者が留学中の1986年3月にも、経済的不満を背景とする治安警察官の暴動が起き、外出が10日間禁止された)。 同国の経済情勢は最近、一段と悪化している。2011年の「アラブの春」の動乱以降、観光収入が激減し、そこに原油価格暴落(エジプトは日産約50万バレルの産油国)やコロナ・ショックが追い打ちをかけ、IMF融資と年間20億ドルから50億ドルの経済援助がなければ、経済は破綻をきたす(IMFは先月、エジプトに対する27億7200万ドル=約2980億円の緊急コロナ対策融資を決定した)。エジプト政府の経済関係閣僚は常に先進国や湾岸産油国と経済援助獲得の交渉をしており、どれだけ援助が獲得できるかが、政権にとって死活問題となっている。 こうしたエジプトにとって、小池氏のようにエジプトに多額の経済援助を供与している国の著名政治家が、実は卒業していないと言うのは簡単ではない。元々腐敗が横行する国であり、日本から援助を引き続きスムーズに得られるなら、1人の人間の不正な卒業を見逃すことなど痛くも痒くもない。そうした中で、小池氏を擁護する役割を果たしているのがサーレハ氏というわけだ。同氏にとっても、自分の仕事を学長にアピールし、将来の文学部長への布石にもなる。カイロ大学文学部(オリエント言語学科ヘブライ語専攻、1995年中退)で学んだ経験がある浅川芳裕氏は2018年6月にツイッターで、小池氏とカイロ大学の学長、文学部長、学科長らは「同じ穴のムジナ」であると述べたが、これがエジプトという国の実態なのだ。これが小池氏の言うことが信じられない7つ目の理由である』、「小池氏が、頻繁にカイロに足を運び、日本語学科と親密な関係を作ってきた第一の目的は、今回のように学歴詐称疑惑が取りざたされたとき、助けてもらうためだろう」、確かに不自然だ。「元々腐敗が横行する国であり、日本から援助を引き続きスムーズに得られるなら、1人の人間の不正な卒業を見逃すことなど痛くも痒くもない」、その通りだろう。
・『小池氏が抱える2つの問題 以上のとおり、小池氏の説明は嘘と矛盾だらけで、信用するのは到底不可能だ。 小池氏には2つの問題がある。1つは有印私文書偽造・同行使の疑いだ。これは東京都議会に卒業証書類の現物を提出し、疑いを晴らす必要がある。2つ目が学業実体の有無だ。いくら大学が認めようと、正規の卒業条件を満たさず、カネやコネで卒業証書を手に入れても、学歴と認められないのは当然だ。小池氏は証拠にもとづき、学業実体があったことを証明する義務がある。それができないなら公職を辞任するしかない。 (なお詳しくは、今年1月にJBpressで6回連載した<徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽>を読んで頂きたい。また英語版も順次公開中である。)≪徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽≫(記事の小見出しなどで省略)』、「小池氏は証拠にもとづき、学業実体があったことを証明する義務がある。それができないなら公職を辞任するしかない」、同感である。法律面の問題は次の記事で紹介する。
第四に、6月6日付けYahooニュースが掲載した元東京地検特捜部検事で| 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士の郷原信郎氏による「小池百合子氏「卒業証明書」提示、偽造私文書行使罪の可能性」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20200606-00182101/
・『虚言に塗り固められた小池百合子という女性政治家の「正体」を見事に描き切った石井妙子氏の著書【女帝 小池百合子】は、政治家に関連する本としては異例のベストセラーとなっている。黒木亮氏は、ネット記事での追及を続けている。 これらによって、小池氏の華々しい経歴と政治家としての地位の原点となった「カイロ大学卒業」が虚偽である疑いは一層高まり、都議会本会議での追及も行われている』、法律面での解説とは有り難い。
・『虚偽事項公表罪による刑事責任追及の「壁」 前回記事【都知事選、小池百合子氏は「学歴詐称疑惑」を“強行突破”できるか】では、「カイロ大学卒」の学歴が虚偽である疑いが指摘されている中で、小池氏が都知事選挙に立候補し、これまでの選挙と同様に、選挙公報に「カイロ大学卒業」と記載した場合に、告発が行われるなどして検察の捜査の対象とされ、公選法違反(虚偽事項公表罪)で処罰される可能性について検討した。 検事がエジプトに派遣されて司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うという「海外捜査」によって、「カイロ大学卒業の事実があったのか、なかったのか」という客観的事実が明らかになる可能性もあり、石井氏の著書に登場する小池氏のカイロ時代の同居人の女性の証言、小池氏の著書での記述や発言に重大な矛盾があることなど、小池氏の説明を疑う証拠は豊富であり、刑事事件の捜査で真実が明らかになる可能性も十分にある。 しかし、検察が虚偽事項公表罪を適用する上で最大のネックになるのは、黒木氏が【徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽〈5〉カイロ大学の思惑】で指摘しているように、カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは軍部・情報部で、日本からのメディアの取材に対して、カイロ大学が卒業を認めることを繰り返してきた背後には、カイロ大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ氏らハーテム人脈を頂点とするエジプトの軍部・情報部と大学の権力階層構造があるという政治的背景だ。 カイロ大学側が「小池は卒業した」と言い通せば、その説明がどんなに怪しくても、「カイロ大学卒業」が虚偽であることを立証するのは容易ではない。そういう意味では、虚偽事項公表罪による刑事責任追及には、高い「壁」があると言える』、「カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは軍部・情報部」、「カイロ大学側が「小池は卒業した」と言い通せば、その説明がどんなに怪しくても、「カイロ大学卒業」が虚偽であることを立証するのは容易ではない」、残念ながらその通りなのだろう。
・『「卒業証明書」偽造をめぐる疑惑 学歴詐称」疑惑に関連する、もう一つの犯罪の容疑と言えるのが「卒業証明書」偽造疑惑だ。この問題について、黒木氏は、6月5日の《【最終回】小池百合子「カイロ大卒」の真偽 卒業証明書、卒業証書から浮かび上がる疑問符》と題する記事で、「卒業証明書」の偽造の疑いについて総括している。 小池氏は、前回の都知事選の際、フジテレビの2016年6月30日放送の「とくダネ!」で、唯一文字が判読できる形で「卒業証明書」を提示した。黒木氏は、その番組のスクリーンショットから、小池氏の卒業証明書は、最重要要件である大学のスタンプの印影がいずれも判読不明であることなど、証明書として通用しない代物だと指摘している。また、文章が男性形で書かれていること、4人の署名者のうち2人の署名しか確認できないことなど不自然な点が多々あることを指摘している。 また、石井妙子氏は、【小池百合子都知事のカイロ大学『卒業証書』画像を徹底検証する】(文春オンライン)で、『振り袖、ピラミッドを登る』の扉に掲載された卒業証書のロゴとフジテレビで放送された卒業証書のロゴが異なることを指摘している。 これらの指摘のとおり、小池氏の「卒業証明書」が不正に作成されたものであったとすると、小池氏の行為にどのような犯罪が成立するだろうか。 まず、国外犯処罰との関係では、刑法3条で、有印私文書偽造は日本国民の国外犯処罰の対象とされているので、小池氏が犯罪に関わっているとすれば処罰の対象になる。しかし、偽造行為があったとしても、40年も前のことなので、既に公訴時効が完成している。 そこで問題になるのは、「卒業証明書」について、偽造有印私文書の「行使罪」が成立しないかという点だ。4年前のフジテレビの「特ダネ」での提示は、「行使」と言えるので、卒業証明書が「偽造有印私文書」に当たるのであれば、公訴時効(5年)は完成しておらず、処罰可能ということになる』、これもあと1年も経てば「公訴時効」が「完成」してしまうので、時間との勝負だ。
・『「偽造有印私文書」とは 「偽造有印私文書」に該当するか否かに関して重要なことは、「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、そして、その作成名義を偽ったと言えるのかどうかである。 広い意味の「文書偽造」には、「有形偽造」と「無形偽造」がある。有形偽造とは、作成名義を偽るもの、つまり、名義人ではない者が勝手にその名義の文書を作成することである。無形偽造とは、名義人が虚偽の内容の文書を作成することである。公文書については、「虚偽文書の作成」も処罰の対象となるが、私文書については、作成名義を偽る有形偽造しか処罰の対象にならない。つまり、小池氏が提示した「卒業証明書」が、その証明書を作成する権限を持つ人が署名して作成したものであれば、卒業の有無について虚偽の内容が書かれていても、「偽造有印私文書」にはならないのである』、法律は難しいものだ。
・『「卒業証明書」の「作成名義」 では、小池氏の「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、この点については、黒木氏の上記記事だけからはわからなかったので、ロンドン在住の黒木氏に直接連絡をとって尋ねたところ、以下のように解説してくれた。 小池氏の卒業証明書の右上にはカイロ大学の文字が下にあるカイロ大学のロゴ(トキの頭を持ったトト神)があり、大学の文書として発行されています。 書いてある文章自体は、「文学部は日本で1952年7月15日に生まれた小池百合子氏が1976年10月に社会学の専攻・ジャイイド(good)の成績で学士を取得したので、彼(男性形)の求めにもとづき、関係者に提出するためにこの証書を発行した」と書いてあります。 要は大学の用紙を用いて文学部長が発行したという体裁になっています。 その下に、右からムハッタス(specialist)、ムラーキブ(controller)、ムラーキブ・ル・アーンム(general controller)の署名欄があり、スクリーンショットでは真ん中のムラーキブのところしか署名が見えません。その右のムハッタスの署名欄の線が滲んで見えるので、もしかするとサインがあるのかもしれません。 また3つのサインの下にアミード・ル・クッリーヤ(学部長)の署名欄があり、一応サインがありますが、当時の学部長のサインではありません(もしかしたら代理サインとかかもしれませんが、まったく読めません)。 黒木氏の上記解説からすると、「卒業証明書」が、「カイロ大学文学部長」の作成名義の文書であることは間違いないようだ。問題は、その学部長の署名欄に、学部長ではないと思える人のサインがあるということだ。それが、学部長として卒業証明書を作成する権限を有する人のサインであれば、仮に卒業した事実がないのに卒業したと書かれているとしても「無形偽造」であり、「偽造有印私文書」には該当しない。 もし、学部長欄の署名が、学部長として証明書を作成する権限がない者によるものであったとすれば、学部長の作成名義を偽ったということであり、「有形偽造」に該当し、「偽造有印私文書」に該当することになる(「有印」には、印章だけではなく署名も含まれる)』、なるほど。
・『「卒業証明書」についての「偽造有印私文書行使罪」の成否 小池氏の「卒業証明書」については、以下の4つの可能性が考えられる。 (1)カイロ大学で正規の手続で作成発行された文書 (2)カイロ大学内で、大学関係者が関与して、非正規の手続ではあるが、学部長の権限を有する者が作成した文書 (3)作成権限のないカイロ大学関係者が、大学の用紙を使って文学部長名義で不正に作成した文書 (4)カイロ大学とは無関係な者が、正規の卒業証明書の外観に似せて不正に作成した文書 このうち、(1)であれば何ら問題はないが、そうであれば、小池氏が、卒業証明書の提示を拒否することは考えられないので、この可能性は限りなく低いと考えるべきであろう。一方、(3)、(4)のいずれかであれば、「偽造有印私文書」に該当することは明らかだ。 問題は(2)の場合だ。この場合は「無形偽造」と考えられるので、「偽造有印私文書」に該当するとは言い難い。偽造に関する刑事責任を問われることはないということになる。しかし、卒業証明書を提示すると、その作成手続が正規ではないことが問題にされ、正式に卒業していないことが証明される可能性が高い。それが、小池氏が提示を拒んでいる理由とも考えられる。 (2)か(3)(4)かで、刑事責任の有無が異なるが、その点は、黒木氏が指摘する「学部長の署名欄」のサインが誰によるものか、その人が学部長の代理権限を持っていたのかによって判断が異なることになる。 結局のところ、小池氏の「卒業証明書」が、刑法上の「偽造有印私文書」に該当するのか否かは、現時点ではいずれとも判断ができないが、黒木氏の記事及び解説からすると、少なくとも、「カイロ大学の卒業証明書」として使用することに重大な問題がある文書であることは疑いの余地がない』、その通りなのだろう。
・『「卒業証明書」の“現物”の提示が不可欠 そのような重大な問題が指摘されているのであるから、小池氏が、今回の東京都知事選で、都知事という公職につくべく再選出馬を表明するのであれば、その「卒業証明書」の“現物”を提示することが不可欠だ(TVの映像による公開などでは、いくらでもコピーや切り貼りが可能なので、それが偽造であるかどうかが確認できない)。 もし、小池氏が提示しようとしないのであれば、出馬会見の場に参加した記者は、提示を強く要求し、提示がなければ会見を終了させないぐらいの強い姿勢で臨むべきだ。それを行わず、やすやすと小池氏の出馬会見を終わらせるようであれば、その会見に出席した記者達は、「東京都民に対する職責を果たさなかった記者」としての非難を免れないということになる。 一方で、小池氏が、卒業証明書を提示し、それが実は、上記の(3)か(4)であることが明らかになった場合には、その提示行為が「虚偽有印私文書」の「行使罪」に該当することになる。小池氏が、これ以上「卒業証明書」の提示を拒むのであれば、新たな「犯罪」に該当するリスクを避けたいからと推測されても致し方ないだろう。 いずれにしても、公訴時効が完成していない4年前のフジテレビ番組での提示の行為がある以上、「学歴詐称」による公選法の虚偽事項公表罪に加えて、「偽造有印私文書」の「行使罪」で告発される可能性は十分にある。 これまで、小池氏の「学歴詐称」疑惑について、現地取材も含め、長年にわたる取材を重ねてきた黒木氏は、もし、小池氏について、「学歴詐称」の虚偽事項公表罪や、「卒業証明書」の私文書偽造・行使事件について、 検察が捜査することになった場合には、まだ開示していないものも含め、手元にある資料をすべて提供し、全面的に捜査に協力し、必要があれば裁判で証言する と明言している。 6月18日の東京都知事選挙の告示まで2週間を切ったが、小池百合子氏は、近く再選出馬を表明することは確実と見られている。 【前回記事】でも書いたように、「小池都政」には、豊洲市場移転問題を始めとする欺瞞がたくさんある。小池氏のような人物に、今後4年間の東京都政を委ねてもよいのか、改めて真剣に考えてみる必要がある。 新型コロナ感染対策でのパフォーマンスに騙されることなく、「小池百合子」という人物の正体を十分に認識した上で、都知事選に臨むことが、東京都の有権者にとって必要なのではなかろうか』、黒川氏がいなくなったとはいえ、「検察」が「捜査」に乗り出す可能性は、選挙に影響を及ぼす可能性もあるため、残念ながら低いだろう。ただ「出馬会見の場に参加した記者は、提示を強く要求し、提示がなければ会見を終了させないぐらいの強い姿勢で臨むべきだ」、全く同感である。
タグ:「永田町コンフィデンシャル:「五輪やるべし」だった小池知事を「コロナ対応が早い」と評価する都民のナゾ 都知事選の「7つのゼロ」の実績は…」 よほど卒業証書類を見せたくないらしい。見せたくないのは、何か問題があるからで、有印私文書偽造・同行使の疑いをかけられても文句は言えないだろう 郷原信郎 「小池百合子氏「卒業証明書」提示、偽造私文書行使罪の可能性」 2、卒業証書類の提出を頑なに拒否 PRESIDENT ONLINE 「お使い」レベルのアラビア語 「「カイロ大卒業」を取り繕うエジプトの小池人脈 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(後編)」 エジプトは、「腐敗認識指数」で世界180カ国中105位(ランキングが低いほど腐敗度が高い)という汚職や不正が横行する国 アルバイトに明け暮れ、長期の海外旅行にも頻繁に出かけていた yahooニュース 出馬会見の場に参加した記者は、提示を強く要求し、提示がなければ会見を終了させないぐらいの強い姿勢で臨むべきだ 6、有効性に疑義のある卒業証書類 小池氏の場合、卒業に最低で5年かかり、早くても1977年となる。当たり前の話だが、エジプトも日本同様、1年落第すれば、卒業は1年延びる 父親が持っていたエジプト副首相とのコネで、翌73年10月にカイロ大学に2年生として編入できることが決まり 有力政治家が「この人間を卒業したことにしろ」と言えば、学長は職員に命じて卒業証明書や卒業証書を作らせる。職員は入学記録や初年度の成績などを参考に成績表も偽造し、大学内の記録も含めて形式的に完璧にする 国会議員時代、しょっちゅうカイロにやって来ていた。大統領との面会を要望し、カイロの日本大使館の担当者に「外務省の力を見せて頂戴」と強引にねじ込んでくる 1年目に落第し、次の学年に進級できなかった 父親のコネで2年生に編入 『小池百合子「虚飾の履歴書」』 石井妙子 1、同居人女性の証言 「卒業証明書」の“現物”の提示が不可欠 7、カイロ大学の“お友達人脈” 5回の現地取材を含む2年以上にわたる調査 少なくとも、「カイロ大学の卒業証明書」として使用することに重大な問題がある文書であることは疑いの余地がない (4)カイロ大学とは無関係な者が、正規の卒業証明書の外観に似せて不正に作成した文書 小池氏は証拠にもとづき、学業実体があったことを証明する義務がある。それができないなら公職を辞任するしかない 3)作成権限のないカイロ大学関係者が、大学の用紙を使って文学部長名義で不正に作成した文書 (1)嘘の最たるものが首席で卒業した カイロ大の歴代日本語学科長と”お友達” 「卒業が本当ならなぜ都知事は卒業証書提示を拒むのか 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(前編)」 黒木 亮 (2)カイロ大学内で、大学関係者が関与して、非正規の手続ではあるが、学部長の権限を有する者が作成した文書 4、学業に関する様々な嘘 JBPRESS (1)カイロ大学で正規の手続で作成発行された文書 4年前の都知事選で掲げた「7つのゼロ」はどうなったのか 「卒業証明書」については、以下の4つの可能性が 元々腐敗が横行する国であり、日本から援助を引き続きスムーズに得られるなら、1人の人間の不正な卒業を見逃すことなど痛くも痒くもない 「有印」には、印章だけではなく署名も含まれる) 山中伸弥教授「東京では検査数の実態がわからない」 五輪延期を見届けてから、手のひら返しでコロナ対応へ 小池氏は再選に向けて死角がない 「卒業証明書」の「作成名義」 2つ目が学業実体の有無 「偽造有印私文書」とは 小池都知事問題(その1)(「五輪やるべし」だった小池知事を「コロナ対応が早い」と評価する都民のナゾ、卒業が本当ならなぜ都知事は卒業証書提示を拒むのか 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(前編)、「カイロ大卒業」を取り繕うエジプトの小池人脈 小池百合子都知事の学歴が信じられない7つの理由(後編)、小池百合子氏「卒業証明書」提示、偽造私文書行使罪の可能性) 今後4年間、都政を預かる「適任者」といえるのか 都連とも手打ち、現状は圧勝モードだが… あと1年も経てば「公訴時効」が「完成」してしまうので、時間との勝負 「卒業証明書」偽造をめぐる疑惑 カイロ大学卒業」が虚偽であることを立証するのは容易ではない 1つは有印私文書偽造・同行使の疑い カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは軍部・情報部 虚偽事項公表罪による刑事責任追及の「壁」 小池氏が抱える2つの問題 都議会本会議での追及 全国民の心をつかんだ「ステイホーム週間」という言葉 カイロ大学文学部社会学科(1学年約150人)では、全員が卒論を書かなくてはなりません 自分が卒業した文学部社会学科には卒論はなかった 3、卒論に関する嘘
ソーシャルメディア(その6)(木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要、テラハ事件 テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓、弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると) [メディア]
ソーシャルメディアについては、5月27日に取上げた。今日は、(その6)(木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要、テラハ事件 テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓、弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると)である。
先ずは、5月31日付け日刊ゲンダイが掲載した髙橋裕樹弁護士氏による「木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/273906
・『「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなられたことが大きく報道され、世間の注目を浴びています。亡くなる直前まで木村花さんに対する苛烈なネット上での誹謗中傷が行われていたことが注目の大きな理由だと思います。 SNSが浸透したことで、今や市民一人一人がマスメディアに、裏を返せば一人一人が言葉の凶器を持っている状態になっています。そして昨今の問題はこの凶器を匿名で振り回すことに快感を得ているのではないかという方が相当数いるということです。 ここ数年、ネット上での名誉毀損・プライバシー侵害の法律相談が激増しています。数日前、私がSNSでネットでの誹謗中傷の無料相談の概要告知をしただけで、相談希望者からの多くのDMが届きました。木村花さんの件を受けて、誹謗中傷と戦おうという気持ちになられた方が増えているのだと思います』、「この凶器を匿名で振り回すことに快感を得ているのではないかという方が相当数いる」、困ったことだ。
・『しかしながら、現在の法制度ではネットでの誹謗中傷加害者に賠償責任を負わせるまでのハードルは高いといわざるを得ません。その理由は簡単にいうと3つあります ①手間がかかる(匿名投稿者の特定のための裁判と慰謝料を求める裁判が必要) ②金がかかる(裁判費用・担保金・弁護士費用) ③タイムリミットがある(投稿者情報をSNS運営会社などは3カ月程度しか保存しない) SNS運営会社やプロバイダー(NTTコミュニケーションズ、auなど)の立場からすれば、顧客情報・通信情報を開示することにはなりますが、明らかな名誉毀損や侮辱がなされた場合にまで個人情報保護を押し通す必要はないのではないでしょうか。 ですので弁護士の立場で必要だと思うのは、①の明らかな名誉毀損・侮辱の場合の投稿者情報の開示と、③の投稿者情報の1年程度の保存が法制化・義務化だと思います。この法改正がなされれば、②の費用も相当抑えられることになります。何をもって明らかな名誉毀損とするかは難しいところですが、一歩踏み込んで早期の法改正に進んでいただきたいです』、「SNS運営会社やプロバイダー」への規制強化は当然だろう。
次に、6月5日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したジャーナリスト・作家の渋井哲也氏による「テラハ事件、テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/239340
・『恋愛リアリティ番組『テラスハウス』(フジテレビ系)に出演していた、女子プロレスラーの木村花さん(享年22)が亡くなった。遺書があったことから、警視庁は自殺と見ている。同番組では、木村さんと参加メンバーの男性との間に起きたトラブルの模様が放送された。それをきっかけに、Twitterなどで木村さんに対する名誉毀損や誹謗中傷などの疑いがある書き込みが大量に行われ、自殺との関連が指摘されている。この「事件」の教訓を探る』、興味深そうだ。
・『SNSを利用した番組づくりが生んでしまった「悲劇」 「生きててごめなさい。良い人じゃなくてごめんなさい。嫌な気持ちにさせてごめんなさい。消えてなくなったら許してくれますか?」(ママ)。 木村さんはInstagramでこう書いていた。自殺直前の書き込みであることから、遺書的なニュアンスを感じ取ることができる。 彼女が出演していた『テラスハウス』は、台本がないことが売りの番組。しかし、演出はあったようだ。 「集合したら、撮影前に『どんな設定でどんな方向に恋愛を動かしていくのか』という説明を制作者から出演者に伝えます」「デートに行く組み合わせなども制作者側の指示通りに動いてもらっていましたね」という元スタッフのコメントが、ポストセブン(5月27日)で紹介されている。 指示に従うかどうかは個人の判断のようだが、従うと出番が増えるということも語られている。つまりは、制作者の意図を素人が忖度して、面白くつくり上げていったわけだ。もちろん、木村さんについても、同じような指示があったようで、同記事には、「昨年のある放送回では、嫉妬を映像で見せる演出に花さんを使いました」とのコメントも載っていた。) こうした演出での反応はSNSにも現れ、拡散されていく。ネット・ユーザーの中には、その演出を本気にしたり、感想を書き込む人がいたりした。本気と思わないにしても「ネタ」として、楽しみ、煽ったりする人もいただろう。これらの相乗効果でSNSは盛り上がる。それを見つつ、次の番組の方向性がつくられていく。『テラスハウス』は、番組制作側とSNSユーザーとの「共犯関係」で成り立っていたとも言える』、「番組制作側とSNSユーザーとの「共犯関係」で成り立っていた」、言い得て妙だ。
・『海外番組のトラブルを尻目に対策を取らなかった制作側 クリエイター向けのウェブサービス「note」では、「YOU&山里亮太が明かす、『テラスハウス』ここだけのハナシ。」(2019年12月30日付)が掲載された。スタジオメンバーのYOUさんは、ここで「基本、女子もめは……アガりますね」と答えている。元スタッフのコメントと合わせて考えれば、番組内で揉めごとを起こさせて炎上させるという方向性が、暗黙の了解として存在していたのかもしれない。 有名人でも、ネット上の誹謗中傷に悩む。藤田ニコルさんは、Twitterで「知らない顔も見えない人に/心ない事言われ/知らない顔も見えない人に/殺害予告されたり/人間がいっちばん怖い生き物だよ/ストレス発散のため?」(5月23日)などとつぶやき、22万以上の「いいね」がついた。誹謗中傷はプロでも傷つく。まして、『テラスハウス』の出演者はプロではない。出演で被った心理的ダメージのケアを、自分でするしかない。 同様の番組は海外でも放送されているが、木村さんと同様に、自殺者が出ているとも言われる。スタッフがそうした情報を知らなかったはずはない。それでも番組を制作するなら、誹謗中傷の予防策として「演出や編集がある」とアナウンスすること、また誹謗中傷が起きたときのために、ケアスタッフやSNS監視スタッフを用意することが必要だった。一部では、木村さんは番組出演をやめたがっていたとの報道もある(『東スポWeb』5月29日付)。 現在でも、ニュースやバラエティではSNS連動の番組が多くなっているが、ドラマやドキュメンタリーでも試行錯誤を重ねながら、今後もそうした番組がつくられていくことだろう。事件を受けて、フジテレビは『テラスハウス』の打ち切りと制作の検証を決めた。今後のためにも、この検証は大切になる』、「検証」に当たっては、中立的な第三者委員会で行うべきだろう。「誹謗中傷の予防策として「演出や編集がある」とアナウンスすること、また誹謗中傷が起きたときのために、ケアスタッフやSNS監視スタッフを用意することが必要」、同感だ。
・『アンチコメントが拡大していく「負のループ」のメカニズム そもそも木村さんを死に追い込んだネット上の誹謗中傷は、どんなメカニズムによって生まれたのか。 ネット・ユーザーが、番組の感想をリアルタイムで投稿し、共感したり、反発したりすることは、「5ちゃんねる」や「爆サイト」などの匿名掲示板などで、以前から行われてきた。そこでは、常に誹謗中傷も付きまとっていた。そうした投稿に反論すべく、匿名掲示板に誹謗中傷された本人が投稿することもあった。 一方SNSの場合は、書き込まれる対象のアカウントがある。木村さんの場合もそうだった。だから誹謗中傷される本人は、匿名掲示板と比べてより直接的な攻撃を受けることになる。Twitterの場合なら、本人への賛同も反発もリプライをする(@とIDをつけて、返信すること)と、本人がわかる設定になっている。本人がリプライを気にしなければ読まずにスルーすることもできるが、自身のアカウントが炎上しているときは、気になってリプライを1つ1つ読んでしまう人が多い。そうなると、大きな精神的ダメージを被りかねない。 また、ネット・コミュニケーションには両義性がある。1つは、同じテーマで感じたことを呟き、共感的な感情を交換する場として機能するので、これがうまく作用すれば、共感のコミュニティができ上がる。 半面、ネットの中の投稿は「他人との差異を見つけたい」という競争的な感情を引き起こす。時にはそれが排除的になり、差別的な言動に繋がって、ヘイトスピーチが横行したりする。 アンチコメントで盛り上がるユーザーは、誹謗中傷された人のことを想像するよりは、そのコメントへの反応(当事者かどうかにかかわらず)を見て楽しむ。そして、それらのアンチでの盛り上がりをさらに過熱させ、回数を増やしたり、極端なコメントを書き込んだりしていく。実際、木村さんへのアンチコメントには「いいね」が多かったとも言われる』、「アンチコメントで盛り上がるユーザーは、誹謗中傷された人のことを想像するよりは、そのコメントへの反応・・・を見て楽しむ。そして、それらのアンチでの盛り上がりをさらに過熱させ、回数を増やしたり、極端なコメントを書き込んだりしていく」、法改正で訴訟を起こし易くし、現実に無責任な投稿者が罰せられることで、ブレーキにしていくほかないのかも知れない。
・『法整備には時間もかかる 現行制度でできることは? こうした自殺者まで生みかねないSNS上の誹謗中傷を、防ぐ仕組みはつくれないものなのか。 木村さんの死を受けて、国会も動き出した。高市早苗総務大臣は、ネット上の名誉を毀損する内容の投稿者の情報を特定しやすい法制度の検討を始めると、会見で発言した。自民党内ではプロジェクトチームができた。ただ、法整備にはある程度の時間を要するだろう。 現行の制度は、プロバイダらに削除依頼や開示請求をすることはできるが、すぐには判断できない内容もある。業界団体がつくった『プロバイダ責任法 名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン』によると、現行制度では、プロバイダなどには常時監視の義務はない。他人の権利が侵害されていると認められる相当の理由がなければ、プロバイダらには賠償責任はない。 同ガイドラインには、著名人についての記述もある。「その私生活の一部も社会の正当な関心事とされ得ること及びそのような職業を選びまた著名となる過程で一定の限度でプライバシーを放棄していると解されることから、当該著名となった分野に関連する情報については、その公開が違法でないとされることがある」とされている。ここから考えれば、今回の木村さんの番組内の言動についての批判だけであれば、プライバシー侵害には当たらない。 筆者も、無料サービスを使って複数の某匿名掲示板を管理している。筆者が名誉毀損やプライバシー侵害に相当すると判断すれば、メールアドレスがわかる場合には削除要請のメールをしたり、こちらが独断で削除したりすることもある。また、サービス提供会社から時折、削除要請の連絡が入ることもある。そうした場合は、当事者からの申請がほとんどで、実名や住所、学校名、企業名が書かれてしまったようなケースだ。特有の名前か、検索すればすぐにわかるような学校名や企業名の場合は、すぐに削除することにしている。 ただ、こうした削除依頼には課題がある。まず、プロバイダなどの管理者が機能しているかどうかだ。私が利用している掲示板サービス提供会社は、申請者からすぐにメールが寄せられる。しかし、管理者が機能してない場合や、連絡先もわからないこともある。その場合は、削除要請は意味をなさない。個人情報開示請求に必要なIPアドレスが、判明するかもわからない。 仮に、発信者情報開示請求を行うにしても、それに基づいたプライバシー侵害や名誉毀損の訴訟には時間がかかる。IPアドレスから、携帯電話会社やプロバイダが分かり、そこからユーザーに辿り着き、やっと、プライバシー侵害や名誉毀損の訴訟に移行できる。仮に訴訟となっても、判決までさらに時間がかかる。 こうした手続きの煩雑さや費用、時間を考えると、SNSのようなリアルタイム・メディアのコミュニケーション速度の特性に応じた、ネット上の名誉毀損には適応しにくい。ミクシィやグリー、モバゲーが流行していた2007年当時、ミニメールが問題になったことがある。ユーザー同士のやりとりの中に、援助交際や犯罪を誘発させかねない内容が含まれており、2008年に青少年ネット規制法を生むベースになった』、「筆者も、無料サービスを使って複数の某匿名掲示板を管理」、さすが情報が詳しい。ただ、「管理者が機能してない場合や、連絡先もわからないこともある」、「管理者」の対応を義務化すべきだろう。
・『リアルタイム・メディア時代に即した制度設計が必要 その動きを受け、SNS側が不適切な内容の書き込みを事前に削除できるようになった。(1)急迫不正の侵害に対して、(2)自己または他人の権利の防衛のために、(3)止むを得ずした行為である、という「正当防衛」や、(1)現在の危難の存在、(2)法益の権衡、(3)補充性、という「緊急避難」と判断できれば、削除しても違法性は問われないというものだ(総務省「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」第二次提言 2010年5月)。 ただし高市大臣は、「青少年ネット規制法」の議論の際、国家統制を鮮明にした自民党案の責任者でもあった。当時の民主党が反対したことに加え、自民党内でも反対の声があがったという点を考えると、政府がこれから講じる法制度の整備には一抹の不安も感じる。 多様な議論を踏まえて、リアルタイム・メディア時代に即し、言論・表現の自由、利用者の利便性、権利侵害のバランスに配慮した法整備が望まれる。とりわけ、公人に対する批評ができにくい制度設計にならないようにしなければならない。 番組制作側とSNSユーザーが「共犯者」となった今回の事件は、多方面に波紋を広げている。残された課題は大きい』、確かに「政府がこれから講じる法制度の整備には一抹の不安も感じる」、「とりわけ、公人に対する批評ができにくい制度設計にならないようにしなければならない」、同感である。なお、番組を制作したフジテレビについては、放送倫理・番組向上機構(BPO)の場で、審議するべきだろう。
第三に、6月6日付け文春オンラインが掲載した弁護士の田畑 淳氏による「弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/38270
・『「テラスハウス」(フジテレビ系/Netflix)に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(享年22)が急死した事件から、2週間が経とうとしている。 この間、木村さんの死をめぐり、様々な観点から問題点が指摘されてきたが、SNS上で匿名の誹謗中傷を行った“加害者”に加えて、そうした状況を煽った番組側の責任を問う声も少なくない。 実はリアリティショーの「本場」であるアメリカでも、番組出演者が死に至り、番組側の責任を問う裁判へと発展したケースがある。リアリティショーにおける過激な演出の法的責任は問えるのか。リスクマネジメントに詳しい田畑淳弁護士が解説する』、興味深そうだ。
・『「局部が無修正で放送された」と賠償訴訟を起こした例も 今回、編集部の依頼をうけて、リアリティショーの「本場」であるアメリカの事情を調べてみました。さすが訴訟でも「本場」な国だけあって、興味深いケースがいくつかありました。以下、ちょっと紹介してみます。
+2014年、男女がほぼ裸でさまざまなアクティビティをこなし、恋愛感情を確かめ合うリアリティショー、「デイティング・ネイキッド」において、出演者であるジェシー・ニゼビッツは、彼女の局部が無修正で放送されたとして、1000万ドル(=約11億円)の賠償を求めて番組側に訴訟を起こしました。この訴訟は最終的に原告の敗訴に終わっています。
+また、出演者が太った恋愛相手を求める様子を追うリアリティショー「チャビー(ぽっちゃり、程度の意味)・チェイサー」において、出演者のトリスタン・ワトソンとルームメイトのナディーン・クロスビーがMTVと番組プロデューサーに対して250万ドル(=約2億7000万円)を求めて訴訟を起こし、詐欺、契約違反を主張しました。こちらの訴訟も棄却され、上訴はされなかったようです。
これ以外にも、著名ラッパーのザ・ゲームがリアリティショー内で女性への性的暴行をしたとして710万ドル(=約7億円)の賠償を命じられたケース、キャスティングに人種的な偏りがあるとして争いになったケースなど、リアリティショーを巡る法的紛争は枚挙にいとまがありません』、「アメリカ」でこれだけ訴訟になっていることは、フジテレビも承知していた筈だ。
・『リアリティショーで同性に告白され、相手を殺害 もっとも衝撃的な事件は、1995年、TVショー「ジェニー・ジョーンズ・ショー」(スタジオに招かれた視聴者に秘密のゲストが秘密を告白する番組)で起きました。 この番組に招かれたジョナサン・シュミッツに対して、“秘密のゲスト”として登場したスコット・アメデュアが告白した秘密とは、シュミッツに性的な好意を抱いているということでした。シュミッツは、同性の友人であるアメデュアの告白に混乱しながらも、その場では番組の進行に調子を合わせていたようです。 ところがその3日後、シュミッツは、なんとアメデュアを殺害してしまったのです。シュミッツは殺人を犯したことは認めつつ、アメデュアの告白に怒りを覚え、また辱められたと主張しました。 もちろん、これは彼の行為を正当化できる言い分ではなく、シュミッツには第2級殺人罪が適用され、25年から最高で50年までの懲役刑の判決を受けました。 一方で、殺されたアメデュアの遺族は、番組プロデューサーの責任を追及しました。シュミッツの精神疾患と薬物乱用の経歴を考えれば、番組の演出が彼の自尊心を傷つけることは予想できたとして、7000万ドル余(=約70億円)をもとめる裁判を起こしたのです。 第一審において陪審員は、番組側の責任を認め、番組プロデューサーに対して、遺族に2933万ドル(=約27億円)超を支払うよう命じました。 これに対し、第二審は、番組には「スタジオを出てから3日後にシュミッツが殺人行為を犯すことを予測する義務も、これを防ぐ義務も存在しない」として、番組側の責任を否定しました。 番組側の責任をめぐって第一審と第二審で、正反対の判決が出ている点が興味深いところです』、「アメリカ」では「殺人事件」まで起きていたとは、「リアリティショー」の危険性を十分に示している。
・『「テラスハウス」のケースではどうなるのか? では「テラスハウス」のケースではどうなるのか。木村さんの死について番組側の責任は認められるでしょうか。 本件では、番組があえて木村さんの“悪役っぷり”を煽るような演出がなされ、木村さんが傷つくに任せていたとも言われる点が問題とされそうです。 木村さんが番組に出演するにあたって結んだ契約の中には、出演者の安全を図るような最低限度の義務は含まれるはずです。ですから、(1)番組側がそうした義務に違反したのか、(2)違反したとして死についてまで責任を負うか、という点が検討されることになります。 上記のシュミッツの事件のように、出演者への加害行為が予測されるような演出をあえて行うことについては、番組の作り方次第で責任が認められる余地はありそうです。 しかし、(1)のような番組作りの問題点を裁判所が認める状況になったとしても、(2)の木村さんの死そのものについて、番組制作者に責任を問うことは、よほどの事情がないと容易ではないと考えます。 なぜなら、番組が煽ることでSNSで誹謗中傷がなされることまでは予想できる流れだったとしても、今明らかになっている事実を前提とする限り、やはり殆どの人にとって、それがゆえに木村さんが命を落とすという結果は、想定の域を超えていたと思われるためです』、「SNSで誹謗中傷」、に対し、局として「木村さん」をフォローする責任はある筈で、これを果たしていないとすれば、損害賠償責任があるのではなかろうか。
・『出演者は、本当に割の合う取引をしているのか? 海外でのケースを見ていると、多くの場合、出演者は契約書にサインしたことで、番組に登場する代わりにプライバシーなどの権利を放棄し、結果、裁判に敗訴しています。出演者にとって、番組への出演により得られるメリットは魅力的には違いありませんが、大企業である番組制作側に対して、本当に割の合う取引をしているのかといえば、そうではないように見えます。 番組編成の自由は重要です。しかし、視聴者の下世話な興味に合わせて誇張された虚構の「リアリティ」のために、出演者から次の死者が出てしまうような事態は避けなければなりません。 木村さんの死に対して、番組側の法的責任を問うことは難しくとも、放送事業者として、また出演者に対して圧倒的な力を持つ事業者として問われるべき道義的責任はあろうかと思います。 また、今回のような事件は、番組制作者が予見すべき事情の範囲が広がる方向に影響する可能性があります。 第二の犠牲者をださないために変わるべきなのは、番組制作者なのか、視聴者なのか、はたまたSNSの仕組みなのか。木村さんの死は、我々に多くのことを問いかけています』、「事業者として問われるべき道義的責任はあろうかと思います」、少なくともBPOでは徹底的に審議してほしいところだ。
先ずは、5月31日付け日刊ゲンダイが掲載した髙橋裕樹弁護士氏による「木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/273906
・『「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなられたことが大きく報道され、世間の注目を浴びています。亡くなる直前まで木村花さんに対する苛烈なネット上での誹謗中傷が行われていたことが注目の大きな理由だと思います。 SNSが浸透したことで、今や市民一人一人がマスメディアに、裏を返せば一人一人が言葉の凶器を持っている状態になっています。そして昨今の問題はこの凶器を匿名で振り回すことに快感を得ているのではないかという方が相当数いるということです。 ここ数年、ネット上での名誉毀損・プライバシー侵害の法律相談が激増しています。数日前、私がSNSでネットでの誹謗中傷の無料相談の概要告知をしただけで、相談希望者からの多くのDMが届きました。木村花さんの件を受けて、誹謗中傷と戦おうという気持ちになられた方が増えているのだと思います』、「この凶器を匿名で振り回すことに快感を得ているのではないかという方が相当数いる」、困ったことだ。
・『しかしながら、現在の法制度ではネットでの誹謗中傷加害者に賠償責任を負わせるまでのハードルは高いといわざるを得ません。その理由は簡単にいうと3つあります ①手間がかかる(匿名投稿者の特定のための裁判と慰謝料を求める裁判が必要) ②金がかかる(裁判費用・担保金・弁護士費用) ③タイムリミットがある(投稿者情報をSNS運営会社などは3カ月程度しか保存しない) SNS運営会社やプロバイダー(NTTコミュニケーションズ、auなど)の立場からすれば、顧客情報・通信情報を開示することにはなりますが、明らかな名誉毀損や侮辱がなされた場合にまで個人情報保護を押し通す必要はないのではないでしょうか。 ですので弁護士の立場で必要だと思うのは、①の明らかな名誉毀損・侮辱の場合の投稿者情報の開示と、③の投稿者情報の1年程度の保存が法制化・義務化だと思います。この法改正がなされれば、②の費用も相当抑えられることになります。何をもって明らかな名誉毀損とするかは難しいところですが、一歩踏み込んで早期の法改正に進んでいただきたいです』、「SNS運営会社やプロバイダー」への規制強化は当然だろう。
次に、6月5日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したジャーナリスト・作家の渋井哲也氏による「テラハ事件、テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/239340
・『恋愛リアリティ番組『テラスハウス』(フジテレビ系)に出演していた、女子プロレスラーの木村花さん(享年22)が亡くなった。遺書があったことから、警視庁は自殺と見ている。同番組では、木村さんと参加メンバーの男性との間に起きたトラブルの模様が放送された。それをきっかけに、Twitterなどで木村さんに対する名誉毀損や誹謗中傷などの疑いがある書き込みが大量に行われ、自殺との関連が指摘されている。この「事件」の教訓を探る』、興味深そうだ。
・『SNSを利用した番組づくりが生んでしまった「悲劇」 「生きててごめなさい。良い人じゃなくてごめんなさい。嫌な気持ちにさせてごめんなさい。消えてなくなったら許してくれますか?」(ママ)。 木村さんはInstagramでこう書いていた。自殺直前の書き込みであることから、遺書的なニュアンスを感じ取ることができる。 彼女が出演していた『テラスハウス』は、台本がないことが売りの番組。しかし、演出はあったようだ。 「集合したら、撮影前に『どんな設定でどんな方向に恋愛を動かしていくのか』という説明を制作者から出演者に伝えます」「デートに行く組み合わせなども制作者側の指示通りに動いてもらっていましたね」という元スタッフのコメントが、ポストセブン(5月27日)で紹介されている。 指示に従うかどうかは個人の判断のようだが、従うと出番が増えるということも語られている。つまりは、制作者の意図を素人が忖度して、面白くつくり上げていったわけだ。もちろん、木村さんについても、同じような指示があったようで、同記事には、「昨年のある放送回では、嫉妬を映像で見せる演出に花さんを使いました」とのコメントも載っていた。) こうした演出での反応はSNSにも現れ、拡散されていく。ネット・ユーザーの中には、その演出を本気にしたり、感想を書き込む人がいたりした。本気と思わないにしても「ネタ」として、楽しみ、煽ったりする人もいただろう。これらの相乗効果でSNSは盛り上がる。それを見つつ、次の番組の方向性がつくられていく。『テラスハウス』は、番組制作側とSNSユーザーとの「共犯関係」で成り立っていたとも言える』、「番組制作側とSNSユーザーとの「共犯関係」で成り立っていた」、言い得て妙だ。
・『海外番組のトラブルを尻目に対策を取らなかった制作側 クリエイター向けのウェブサービス「note」では、「YOU&山里亮太が明かす、『テラスハウス』ここだけのハナシ。」(2019年12月30日付)が掲載された。スタジオメンバーのYOUさんは、ここで「基本、女子もめは……アガりますね」と答えている。元スタッフのコメントと合わせて考えれば、番組内で揉めごとを起こさせて炎上させるという方向性が、暗黙の了解として存在していたのかもしれない。 有名人でも、ネット上の誹謗中傷に悩む。藤田ニコルさんは、Twitterで「知らない顔も見えない人に/心ない事言われ/知らない顔も見えない人に/殺害予告されたり/人間がいっちばん怖い生き物だよ/ストレス発散のため?」(5月23日)などとつぶやき、22万以上の「いいね」がついた。誹謗中傷はプロでも傷つく。まして、『テラスハウス』の出演者はプロではない。出演で被った心理的ダメージのケアを、自分でするしかない。 同様の番組は海外でも放送されているが、木村さんと同様に、自殺者が出ているとも言われる。スタッフがそうした情報を知らなかったはずはない。それでも番組を制作するなら、誹謗中傷の予防策として「演出や編集がある」とアナウンスすること、また誹謗中傷が起きたときのために、ケアスタッフやSNS監視スタッフを用意することが必要だった。一部では、木村さんは番組出演をやめたがっていたとの報道もある(『東スポWeb』5月29日付)。 現在でも、ニュースやバラエティではSNS連動の番組が多くなっているが、ドラマやドキュメンタリーでも試行錯誤を重ねながら、今後もそうした番組がつくられていくことだろう。事件を受けて、フジテレビは『テラスハウス』の打ち切りと制作の検証を決めた。今後のためにも、この検証は大切になる』、「検証」に当たっては、中立的な第三者委員会で行うべきだろう。「誹謗中傷の予防策として「演出や編集がある」とアナウンスすること、また誹謗中傷が起きたときのために、ケアスタッフやSNS監視スタッフを用意することが必要」、同感だ。
・『アンチコメントが拡大していく「負のループ」のメカニズム そもそも木村さんを死に追い込んだネット上の誹謗中傷は、どんなメカニズムによって生まれたのか。 ネット・ユーザーが、番組の感想をリアルタイムで投稿し、共感したり、反発したりすることは、「5ちゃんねる」や「爆サイト」などの匿名掲示板などで、以前から行われてきた。そこでは、常に誹謗中傷も付きまとっていた。そうした投稿に反論すべく、匿名掲示板に誹謗中傷された本人が投稿することもあった。 一方SNSの場合は、書き込まれる対象のアカウントがある。木村さんの場合もそうだった。だから誹謗中傷される本人は、匿名掲示板と比べてより直接的な攻撃を受けることになる。Twitterの場合なら、本人への賛同も反発もリプライをする(@とIDをつけて、返信すること)と、本人がわかる設定になっている。本人がリプライを気にしなければ読まずにスルーすることもできるが、自身のアカウントが炎上しているときは、気になってリプライを1つ1つ読んでしまう人が多い。そうなると、大きな精神的ダメージを被りかねない。 また、ネット・コミュニケーションには両義性がある。1つは、同じテーマで感じたことを呟き、共感的な感情を交換する場として機能するので、これがうまく作用すれば、共感のコミュニティができ上がる。 半面、ネットの中の投稿は「他人との差異を見つけたい」という競争的な感情を引き起こす。時にはそれが排除的になり、差別的な言動に繋がって、ヘイトスピーチが横行したりする。 アンチコメントで盛り上がるユーザーは、誹謗中傷された人のことを想像するよりは、そのコメントへの反応(当事者かどうかにかかわらず)を見て楽しむ。そして、それらのアンチでの盛り上がりをさらに過熱させ、回数を増やしたり、極端なコメントを書き込んだりしていく。実際、木村さんへのアンチコメントには「いいね」が多かったとも言われる』、「アンチコメントで盛り上がるユーザーは、誹謗中傷された人のことを想像するよりは、そのコメントへの反応・・・を見て楽しむ。そして、それらのアンチでの盛り上がりをさらに過熱させ、回数を増やしたり、極端なコメントを書き込んだりしていく」、法改正で訴訟を起こし易くし、現実に無責任な投稿者が罰せられることで、ブレーキにしていくほかないのかも知れない。
・『法整備には時間もかかる 現行制度でできることは? こうした自殺者まで生みかねないSNS上の誹謗中傷を、防ぐ仕組みはつくれないものなのか。 木村さんの死を受けて、国会も動き出した。高市早苗総務大臣は、ネット上の名誉を毀損する内容の投稿者の情報を特定しやすい法制度の検討を始めると、会見で発言した。自民党内ではプロジェクトチームができた。ただ、法整備にはある程度の時間を要するだろう。 現行の制度は、プロバイダらに削除依頼や開示請求をすることはできるが、すぐには判断できない内容もある。業界団体がつくった『プロバイダ責任法 名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン』によると、現行制度では、プロバイダなどには常時監視の義務はない。他人の権利が侵害されていると認められる相当の理由がなければ、プロバイダらには賠償責任はない。 同ガイドラインには、著名人についての記述もある。「その私生活の一部も社会の正当な関心事とされ得ること及びそのような職業を選びまた著名となる過程で一定の限度でプライバシーを放棄していると解されることから、当該著名となった分野に関連する情報については、その公開が違法でないとされることがある」とされている。ここから考えれば、今回の木村さんの番組内の言動についての批判だけであれば、プライバシー侵害には当たらない。 筆者も、無料サービスを使って複数の某匿名掲示板を管理している。筆者が名誉毀損やプライバシー侵害に相当すると判断すれば、メールアドレスがわかる場合には削除要請のメールをしたり、こちらが独断で削除したりすることもある。また、サービス提供会社から時折、削除要請の連絡が入ることもある。そうした場合は、当事者からの申請がほとんどで、実名や住所、学校名、企業名が書かれてしまったようなケースだ。特有の名前か、検索すればすぐにわかるような学校名や企業名の場合は、すぐに削除することにしている。 ただ、こうした削除依頼には課題がある。まず、プロバイダなどの管理者が機能しているかどうかだ。私が利用している掲示板サービス提供会社は、申請者からすぐにメールが寄せられる。しかし、管理者が機能してない場合や、連絡先もわからないこともある。その場合は、削除要請は意味をなさない。個人情報開示請求に必要なIPアドレスが、判明するかもわからない。 仮に、発信者情報開示請求を行うにしても、それに基づいたプライバシー侵害や名誉毀損の訴訟には時間がかかる。IPアドレスから、携帯電話会社やプロバイダが分かり、そこからユーザーに辿り着き、やっと、プライバシー侵害や名誉毀損の訴訟に移行できる。仮に訴訟となっても、判決までさらに時間がかかる。 こうした手続きの煩雑さや費用、時間を考えると、SNSのようなリアルタイム・メディアのコミュニケーション速度の特性に応じた、ネット上の名誉毀損には適応しにくい。ミクシィやグリー、モバゲーが流行していた2007年当時、ミニメールが問題になったことがある。ユーザー同士のやりとりの中に、援助交際や犯罪を誘発させかねない内容が含まれており、2008年に青少年ネット規制法を生むベースになった』、「筆者も、無料サービスを使って複数の某匿名掲示板を管理」、さすが情報が詳しい。ただ、「管理者が機能してない場合や、連絡先もわからないこともある」、「管理者」の対応を義務化すべきだろう。
・『リアルタイム・メディア時代に即した制度設計が必要 その動きを受け、SNS側が不適切な内容の書き込みを事前に削除できるようになった。(1)急迫不正の侵害に対して、(2)自己または他人の権利の防衛のために、(3)止むを得ずした行為である、という「正当防衛」や、(1)現在の危難の存在、(2)法益の権衡、(3)補充性、という「緊急避難」と判断できれば、削除しても違法性は問われないというものだ(総務省「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」第二次提言 2010年5月)。 ただし高市大臣は、「青少年ネット規制法」の議論の際、国家統制を鮮明にした自民党案の責任者でもあった。当時の民主党が反対したことに加え、自民党内でも反対の声があがったという点を考えると、政府がこれから講じる法制度の整備には一抹の不安も感じる。 多様な議論を踏まえて、リアルタイム・メディア時代に即し、言論・表現の自由、利用者の利便性、権利侵害のバランスに配慮した法整備が望まれる。とりわけ、公人に対する批評ができにくい制度設計にならないようにしなければならない。 番組制作側とSNSユーザーが「共犯者」となった今回の事件は、多方面に波紋を広げている。残された課題は大きい』、確かに「政府がこれから講じる法制度の整備には一抹の不安も感じる」、「とりわけ、公人に対する批評ができにくい制度設計にならないようにしなければならない」、同感である。なお、番組を制作したフジテレビについては、放送倫理・番組向上機構(BPO)の場で、審議するべきだろう。
第三に、6月6日付け文春オンラインが掲載した弁護士の田畑 淳氏による「弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/38270
・『「テラスハウス」(フジテレビ系/Netflix)に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(享年22)が急死した事件から、2週間が経とうとしている。 この間、木村さんの死をめぐり、様々な観点から問題点が指摘されてきたが、SNS上で匿名の誹謗中傷を行った“加害者”に加えて、そうした状況を煽った番組側の責任を問う声も少なくない。 実はリアリティショーの「本場」であるアメリカでも、番組出演者が死に至り、番組側の責任を問う裁判へと発展したケースがある。リアリティショーにおける過激な演出の法的責任は問えるのか。リスクマネジメントに詳しい田畑淳弁護士が解説する』、興味深そうだ。
・『「局部が無修正で放送された」と賠償訴訟を起こした例も 今回、編集部の依頼をうけて、リアリティショーの「本場」であるアメリカの事情を調べてみました。さすが訴訟でも「本場」な国だけあって、興味深いケースがいくつかありました。以下、ちょっと紹介してみます。
+2014年、男女がほぼ裸でさまざまなアクティビティをこなし、恋愛感情を確かめ合うリアリティショー、「デイティング・ネイキッド」において、出演者であるジェシー・ニゼビッツは、彼女の局部が無修正で放送されたとして、1000万ドル(=約11億円)の賠償を求めて番組側に訴訟を起こしました。この訴訟は最終的に原告の敗訴に終わっています。
+また、出演者が太った恋愛相手を求める様子を追うリアリティショー「チャビー(ぽっちゃり、程度の意味)・チェイサー」において、出演者のトリスタン・ワトソンとルームメイトのナディーン・クロスビーがMTVと番組プロデューサーに対して250万ドル(=約2億7000万円)を求めて訴訟を起こし、詐欺、契約違反を主張しました。こちらの訴訟も棄却され、上訴はされなかったようです。
これ以外にも、著名ラッパーのザ・ゲームがリアリティショー内で女性への性的暴行をしたとして710万ドル(=約7億円)の賠償を命じられたケース、キャスティングに人種的な偏りがあるとして争いになったケースなど、リアリティショーを巡る法的紛争は枚挙にいとまがありません』、「アメリカ」でこれだけ訴訟になっていることは、フジテレビも承知していた筈だ。
・『リアリティショーで同性に告白され、相手を殺害 もっとも衝撃的な事件は、1995年、TVショー「ジェニー・ジョーンズ・ショー」(スタジオに招かれた視聴者に秘密のゲストが秘密を告白する番組)で起きました。 この番組に招かれたジョナサン・シュミッツに対して、“秘密のゲスト”として登場したスコット・アメデュアが告白した秘密とは、シュミッツに性的な好意を抱いているということでした。シュミッツは、同性の友人であるアメデュアの告白に混乱しながらも、その場では番組の進行に調子を合わせていたようです。 ところがその3日後、シュミッツは、なんとアメデュアを殺害してしまったのです。シュミッツは殺人を犯したことは認めつつ、アメデュアの告白に怒りを覚え、また辱められたと主張しました。 もちろん、これは彼の行為を正当化できる言い分ではなく、シュミッツには第2級殺人罪が適用され、25年から最高で50年までの懲役刑の判決を受けました。 一方で、殺されたアメデュアの遺族は、番組プロデューサーの責任を追及しました。シュミッツの精神疾患と薬物乱用の経歴を考えれば、番組の演出が彼の自尊心を傷つけることは予想できたとして、7000万ドル余(=約70億円)をもとめる裁判を起こしたのです。 第一審において陪審員は、番組側の責任を認め、番組プロデューサーに対して、遺族に2933万ドル(=約27億円)超を支払うよう命じました。 これに対し、第二審は、番組には「スタジオを出てから3日後にシュミッツが殺人行為を犯すことを予測する義務も、これを防ぐ義務も存在しない」として、番組側の責任を否定しました。 番組側の責任をめぐって第一審と第二審で、正反対の判決が出ている点が興味深いところです』、「アメリカ」では「殺人事件」まで起きていたとは、「リアリティショー」の危険性を十分に示している。
・『「テラスハウス」のケースではどうなるのか? では「テラスハウス」のケースではどうなるのか。木村さんの死について番組側の責任は認められるでしょうか。 本件では、番組があえて木村さんの“悪役っぷり”を煽るような演出がなされ、木村さんが傷つくに任せていたとも言われる点が問題とされそうです。 木村さんが番組に出演するにあたって結んだ契約の中には、出演者の安全を図るような最低限度の義務は含まれるはずです。ですから、(1)番組側がそうした義務に違反したのか、(2)違反したとして死についてまで責任を負うか、という点が検討されることになります。 上記のシュミッツの事件のように、出演者への加害行為が予測されるような演出をあえて行うことについては、番組の作り方次第で責任が認められる余地はありそうです。 しかし、(1)のような番組作りの問題点を裁判所が認める状況になったとしても、(2)の木村さんの死そのものについて、番組制作者に責任を問うことは、よほどの事情がないと容易ではないと考えます。 なぜなら、番組が煽ることでSNSで誹謗中傷がなされることまでは予想できる流れだったとしても、今明らかになっている事実を前提とする限り、やはり殆どの人にとって、それがゆえに木村さんが命を落とすという結果は、想定の域を超えていたと思われるためです』、「SNSで誹謗中傷」、に対し、局として「木村さん」をフォローする責任はある筈で、これを果たしていないとすれば、損害賠償責任があるのではなかろうか。
・『出演者は、本当に割の合う取引をしているのか? 海外でのケースを見ていると、多くの場合、出演者は契約書にサインしたことで、番組に登場する代わりにプライバシーなどの権利を放棄し、結果、裁判に敗訴しています。出演者にとって、番組への出演により得られるメリットは魅力的には違いありませんが、大企業である番組制作側に対して、本当に割の合う取引をしているのかといえば、そうではないように見えます。 番組編成の自由は重要です。しかし、視聴者の下世話な興味に合わせて誇張された虚構の「リアリティ」のために、出演者から次の死者が出てしまうような事態は避けなければなりません。 木村さんの死に対して、番組側の法的責任を問うことは難しくとも、放送事業者として、また出演者に対して圧倒的な力を持つ事業者として問われるべき道義的責任はあろうかと思います。 また、今回のような事件は、番組制作者が予見すべき事情の範囲が広がる方向に影響する可能性があります。 第二の犠牲者をださないために変わるべきなのは、番組制作者なのか、視聴者なのか、はたまたSNSの仕組みなのか。木村さんの死は、我々に多くのことを問いかけています』、「事業者として問われるべき道義的責任はあろうかと思います」、少なくともBPOでは徹底的に審議してほしいところだ。
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トランプ大統領(その45)(小田嶋氏2題:トランプ大統領の島国根性、荒れるアメリカがうらやましい理由) [世界情勢]
トランプ大統領については、4月26日に取上げた。今日は、(その45)(小田嶋氏2題:トランプ大統領の島国根性、荒れるアメリカがうらやましい理由)である。
先ずは、5月8日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏による「トランプ大統領の島国根性」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00069/?P=1
・『トランプ大統領がまたぞろ奇妙なことを言い始めている。 読売新聞が伝えているところによれば、彼は、このたびのコロナ禍について 「米国が経験した最悪の攻撃だ。(旧日本軍に攻撃された)真珠湾よりひどい」と述べている。 なんと。 トランプ氏は、新型コロナウイルスによる被害が「中国による攻撃」であると言いたいようだ。 彼は、これまでにも、ツイッター上の書き込みやテレビ演説の中で「中国ウイルス」という言葉を繰り返し使うことを通じて、このたびの新型コロナウイルスが「中国発」(つまり中国で生まれて世界に伝播した)の災厄である旨をほのめかしていた。それが、ここへきて、ついに真正面からの中国攻撃に舵を切ったわけなのだろう。いずれにせよ、トランプ氏は、国務長官のポンペオ氏あたりを巻き込んだ上で、件のウイルスが武漢の研究所から外に出たものである旨を、アメリカ合衆国政府の公式見解として、あらためて真正面から主張し始めている。容易ならざる事態だ。 これは、ただごとではない。 ふつうに考えて、宣戦布告に近い言明だと思う。 思い出すのは、ブッシュ元大統領が、例の9.11の事件の直後 「これは戦争(“act of war”)だ」と断じた時のことだ。 あの時、私は 「なにを大げさな(笑)」と思って笑っていた、愚かな日本人の一人だった。というのも、ブッシュ氏の口から出てきた「戦争」という言葉を、単なる比喩以上の言葉として受け止めることができなかったからだ。 なんという愚かな耳を持ったお気楽な外国人であったことだろう』、確かにブッシュの「これは戦争だ」発言を深刻に捉えた日本人識者は少なかった。「件のウイルスが武漢の研究所から外に出たものである」証拠を「ポンペオ」は示すことができず、拍子抜けした。
・『ブッシュ氏の言った「戦争」は、もちろん比喩なんかではなかった。 大統領が「戦争」という言葉を使ったのは、彼が、航空機による自爆攻撃を、「宣戦布告」と見なしたことを意味している。ということは、米国は、あの時点ですでに、国家としての「戦争」に突入していたわけで、当然、米国による反撃も、国際法上の戦争行為として敢行されることになる。 事実、アメリカはあの後、アフガニスタンへの空爆をはじめとする文字通りの国家を挙げた軍事行動としての「戦争」を開始している。そして、その「戦争」は、やがて「対テロ戦争」という概念に拡大し、対イラク、対ターリバーン、対ISILの、より大規模な戦争に発展した。 かように、大統領の言葉は、軽んじてよいものではない。 トランプ氏の場合、ふだんから突飛な発言が多すぎるため、周囲の人間はもちろん、専門家や国際社会も含めて、彼の言いざまにどこか麻痺しているところがある。 しかし、油断してはいけない。 「なにを大げさな(笑)」などと笑っていると、いずれ、青い顔で原稿を書き直さなければならなくなる。トランプ氏の口からびっくりする言葉が飛び出すこと自体は、さして珍しいことではないし、なんなら「日常茶飯事」と表現しても差し支えない。しかしながら、中国を名指しにして、世界中を危機に陥れている具体的なウイルス被害を「攻撃」「真珠湾よりひどい」「9.11よりひどい」と言ってしまったのだからして、これは取り返しがつかない。 中国側は、アメリカ側の主張を真っ向から否定している。当然だ。こんな話をおとなしく聞き流せるはずがない。 真相がどうであれ(というよりも、こういうお話の「真相」は、どうせ何年かたたないとはっきりしない)、この種の論争を外部から観察する人間は、「真相」や「結論」の行方を気にする視点とは別に、とりあえずこの種の水掛け論に持ち込むことで利益を得るのが誰であるのかを見極める視点を確保した上で事態を注視せねばならない。 トランプ氏は、この種の泥仕合(彼の言葉で言えば「ディール」ということになる)の達人を自認していて、なおかつその旨を幾度となく公言している。このことはつまりトランプ氏が事態を有利に運ぶためには、どんな材料であれ(つまり「ウソ」であれ「目くらまし」であれ「脅し」であれ「泣き落とし」であれ)持ち出す人間であることを意味している。しかも、大切なポイントは、トランプ氏自身が、自分がディールの達人であることに相応の自負を抱いていることで、ということはつまり、彼は、危機に直面した場面では、平気で(というよりも「正々堂々と」)ウソをつき通せる人物なのである』、「危機に直面した場面では、平気で・・・ウソをつき通せる人物」、は「トランプ氏」に限ったことではなく、多くの政治家に共通しているように思える。
・『この先、米国と中国は、互いの言葉尻をとらえ合っては相手を誹謗するテの、不毛な言い争いを展開することになるのだろうが、無論のこと、この話は、それだけでは済まない。どうせ2大国による中傷合戦は、経済や国際政治の舞台での主導権争いに発展するはずだし、悪くすると軍事的な衝突にだってつながりかねない。 大切なのは、トランプ氏が、自国の外に敵を作るという見え透いた作戦に打って出たことだ。そして、もっと大切なのは、大国のリーダーによる外敵捏造作戦が、これまでの歴史の中で、低くない確率で成功してきたという事実だ。ちなみにここでいう「成功」とは、戦争に勝つことではなくて、戦争を起こすことそのものを指している。混乱した国家の指導者は、内政の混乱を直視させないために外敵を仮定する。で、その外敵との戦いに目を向けさせることで内政の失敗を糊塗することに成功するわけなのだが、その結果として、戦争というより巨大な失敗によって、内政の混乱という小さな失敗を埋め合わせる歴史の皮肉を達成することになる。 実は、ちょっと前に別の媒体(「日経ビジネス」本誌ですが)のために書いた原稿の中で、「ウイルスという外敵と戦う前に、われわれは、自分たちの内部にある島国根性と対峙せねばならない」という趣旨の説教をカマしたばかりで、自分ながらやや居心地の悪い気持ちを抱いている。 というのも、《自分たちが直面している災厄や不幸を「外からやってくる外敵」と見なして排除することで良しとする島国根性こそが、われら日本人の「内なる敵」なのである》と、わりと大上段に振りかぶった言い方で断言したその原稿のインクの匂いもまだ消えきらないうちに、アメリカからの外電が、トランプ大統領の島国根性を伝えてきたからだ。 なんということだろう。島国根性はうちの国の専売特許ではなかった。 むしろ、「日本はどうしようもない田舎の島国だ」と考えていた私の思い込みのほうが、典型的な島国根性だった。 いずれにせよ、米中という世界の2大国がいずれ劣らぬ視野の狭い独善に陥っているところからみても、このたび猖獗を極めている新型コロナウイルスの主たる症状が視野狭窄であることははっきりしている』、「外敵との戦いに目を向けさせることで内政の失敗を糊塗することに成功するわけなのだが、その結果として、戦争というより巨大な失敗によって、内政の混乱という小さな失敗を埋め合わせる歴史の皮肉を達成することになる」、歴史の教訓だ。「島国根性はうちの国の専売特許ではなかった。 むしろ、「日本はどうしようもない田舎の島国だ」と考えていた私の思い込みのほうが、典型的な島国根性だった」、思わず微笑んでしまった。
・『ただ、視野が狭いとか広いとかいうこととは別に、国際社会は、軍事力と経済力を備えた大国のエゴが動かすものだ。 その意味で、大国の島国根性は一笑に付して片付けられるものではない。 どっちにしても、スタンダードは彼らが決めることになっている。 その意味で、私は、米国と中国がどのあたりで折り合いをつけるのかという問題とは別に、この先、うちの国が、ウイルス収束という物語(←個人的には「パンデミック」がリアルな脅威であったのに比べて「収束」は、よりフィクションの要素を多く持った「物語」として共有されるものなのであろうと考えています)の一員に加えてもらえるのかどうかを、心配している。 日本には日本の物語がある。 その物語は、日本の国内ではなんとか通用するかもしれない。 でも、その、エビデンスやファクトに乏しいドメスティックでセンチメンタルな物語を、国際社会がシェアしてくれるのかどうかは、わからない。 へたをすると、しばらくの間、鎖国を余儀なくされるかもしれない。 「Stay Home」も「新しい生活様式」も、そう考えてみれば、鎖国を示唆しているようにも思える。 してみると、次の開国までの間、私たちは、しばらく、歌舞伎と浄瑠璃と落語(あとは浮世絵くらいでしょうか)あたりで憂さを晴らすことになるのだろうか。 まあ、それも悪くないのかなと思い始めている』、「日本には日本の物語がある・・・その、エビデンスやファクトに乏しいドメスティックでセンチメンタルな物語を、国際社会がシェアしてくれるのかどうかは、わからない」、「次の開国までの間、私たちは、しばらく、歌舞伎と浄瑠璃と落語・・・あたりで憂さを晴らすことになるのだろうか」、傑作な落ちだ。
次に、同じ小田嶋氏による6月5日付け日経ビジネスオンライン「荒れるアメリカがうらやましい理由」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00073/?P=1
・『アメリカが大変なことになっている。 海外のニュースサイトやTwitter経由で流れてくる動画を見る限り、ほとんど内戦が勃発しているように見える。 こういう時は、頭を冷やさないといけない。 現地で暮らしている複数の日本人の証言に耳を傾けると、デモが暴徒化しているのはあくまでも一部のできごとであるようで、アメリカ全土に火が放たれているわけではない。報道メディアのカメラが、武装した警官隊と群衆との衝突のような、扇情的な映像をとらえるのは、彼らの責務でもあれば商売でもある。しかし、その映像をリビングの液晶画面越しに視聴しながら、全米がニュース映像そのままの混乱に陥っていると考えるのは、やはり早計だ。 とはいえ、トランプ大統領のTwitterを眺めていると、やはり心配になる。彼は、デモのために集まっている市民や、暴徒化しつつある一部の人々をむしろ煽りにかかっている。それどころか、この混乱に乗じて、全米の市民をトランプ派と反トランプ派に分断することを画策しているようにさえ見える。 太平洋をはさんだこちら側から事態を傍観していて、とりわけ物騒に感じられるのは、トランプ大統領が、このたびのデモの暴徒化を「ANTIFA(アンティファ)」のせいだと、いとも無造作に決めつけているその、ものの言い方だ。 トランプ大統領は、5月31日に自身のTwitter経由で 《The United States of America will be designating ANTIFA as a Terrorist Organization.》(アメリカ合衆国は、ANTIFAをテロ組織として指定することになる)と断言している。 このトランプ大統領の無思慮なツイートを鵜呑みにして、わが国でも、ANTIFAをまっすぐに「テロ組織」と断定したうえで、そのANTIFAと関係のありそうな団体や組織をあげつらいにかかっている論客や、アメリカ政府がANTIFAを「テロ組織」として公式に認定したかのごとく、既定の事実とした前提で原稿を書きはじめてしまう軽率な人々がポツポツとあらわれている。なんともバカな反応だと思う。トランプさんのツイートは、最低でも3日は「寝かせて」からでないと実戦使用できない。この程度のことは、ぜひ心にとめておきたいものだ』、「ANTIFA」は、「ファシストに反対する勢力」という意味で、通常緩やかに構造化された左派から極左までを含む様々な自主的潮流の総称。中心組織や指導者がない(Wikipedia)。それを「テロ組織として指定することになる」、余りに無理が多い主張だ。
・『トランプ大統領のツイートのかなりの部分は、その時々の感情にまかせて口走った捨て台詞以上のものではない。根拠のない断定や、八つ当たりの罵詈雑言も少なくない。年間を通してウォッチしている者として言わせてもらうなら、あの人のツイートは、介護スタッフのスタンスで受け止めるべき言葉だ。 「はいはいそうですねおじいちゃん。お昼のお薬はもう飲みましたか?」てな調子で、適当に受け流しておかないといけない。いちいち鵜呑みにして騒ぎ立てたり走り回ったりするのは感情の浪費以外のナニモノでもない。 トランプ大統領のTwitter発言に関しては、これまでにも事実と異なった言及が散見されていたり、大統領としての権限を踏み外した発言がたびたび問題視されたりしてきたわけなのだが、ツイッター社は、この5月の「郵送投票に関する誤解を招くツイート」に「要事実確認」の警告ラベルを付与した。で、この時の注意喚起を皮切りに、トランプ大統領のツイート姿勢に正面から対峙する姿勢を明らかにしつつある。 このツイッター社の強硬な対応に反応するカタチで、トランプ大統領は、5月28日、ツイッター社などのソーシャルメディアプラットフォーム企業の法的保護を制限することを目的とした大統領令に署名した。大統領は、この時の記者会見で、 《「現在、Twitterのようなソーシャルメディアの巨人は、彼らが中立的なプラットフォームであり、編集者ではないという前提に基づいて、前例のない保護を受けている。私の大統領令は、Communications Decency Actのセクション230に基づく新たな規制を要求し、検閲や政治的コンテキストにかかわるSNS企業の保護を維持できないようにする」》と述べている。 大統領としては、新たな規制を持ち出すことで、ツイッター社をはじめとするSNSの企業活動に制限を加える可能性を示唆したカタチだ。 もちろん、ツイッター社とて、大統領に圧力をかけられて、そのままおとなしく引き下がるわけにはいかない。 マッチョの国では、脅された側がそのまま尻尾を巻いたら、永遠に見限られる。脅されたら、脅し返さないといけない。めんどうくさいやり取りだが、仕方がないのだ』、「ツイッター社は、この5月の「郵送投票に関する誤解を招くツイート」に「要事実確認」の警告ラベルを付与した」、勇気ある行動だ。他方で、フェイスブック社は、投稿に対し意見を付けることに否定的だが、社内では反乱が起きたようだ。
・『ツイッター社は、このたびのミネアポリスでの事態(黒人男性ジョージ・フロイド氏が、白人の警察官に殺された事件)に関する大統領の一連のツイートに対して、「暴力賛美」の警告ラベルを付与して、一時的に非表示とする措置(ユーザーがクリックすることで再表示される)を発動することで報いている。一歩も引き下がらずに全面対決の構えを示したわけだ。 当該のツイートには、《This Tweet violated the Twitter rules about glorifying violence.However, Twitter determined that it may be the public's interest for the Tweet to remain accessible. (このツイートは、暴力を賛美することに関するツイッター社のルールに違反しています。ただしツイッター社は、このツイートがアクセス可能な状態を維持することが公共の利益になる可能性があると判断しました。)》 という表示が付け加えられる。 昔なつかしい西部劇のガンファイトそのまんまだ。 相手が構えている拳銃に縮み上がっていないことを証明するためには、結局のところ、自分のガンの引き金を引くほかに選択肢がない。物語はそういう筋立てで動いている。だから、誰もが引き金に指をかけながらものを言う。そういうふうにしてあの国における交渉事は展開されることになっている。 こういうやり取りを見ていて、毎度のことながら感心せずにおれないのは、アメリカの国民が、様々な問題を、「対立と分断」という過程を経て解決して行くそのダイナミズムのあざやかさと危うさについてだ。 見ているこっちはハラハラする。 「どうしてそういうふうにわざわざコトを荒立てるのだろうか?」と、海外で暮らした経験を持たない私のような小心者は、彼の国の人々が、トラブルに直面するや、いきなり声を荒らげ、あるいは、互いの胸ぐらをつかむことも辞さない勢いで、自らの思うところを主張しにかかるマナーの激越さに、他人事ながら、いちいち身の縮む思いを味わう。 日本人なら、とりあえず相手の話に耳を傾けているふりをしつつ善後策を考えているはずのタイミングで、アメリカの人たちは、いきなり旗幟鮮明に自分の側の主張を明らかにし、先方との対立点をはっきりさせにかかる。 みごとと言えばみごとなのだが、家族以外の人間と対立することに慣れていないわたくしども街場の日本人は、彼我の主張の当否や勝ち負けの見込みを勘案する以前に、人間同士が異なった旗を掲げて対決している状況そのものに神経を擦り減らしてしまう。 アメリカで始まった反レイシズムの運動(なのか、人種間対立なのか、でなければ、より広い範囲の矛盾を踏まえたより根源的な対立なのか)が、この先、どんなカタチで展開し、どういうふうにして収束に向かうのかは、正直なところ、現段階ではほとんどまったく想像がつかない』、「家族以外の人間と対立することに慣れていないわたくしども街場の日本人は・・・人間同士が異なった旗を掲げて対決している状況そのものに神経を擦り減らしてしまう」、確かにその通りだ。
・『現時点でわりとはっきりしているのは、人種をめぐる社会的な対立の問題がこれほどまでに明白な亀裂をあらわにしてしまった以上、新型コロナウイルスがアメリカ社会に投げかけているかに見えた諸問題は、むしろ背景に引っこんでしまうだろうということだ。 もちろん、ウイルスとの戦いが解決したということではない。終了したわけでもないし忘れてもかまわない話になり変わってしまったのでもない。 ウイルスが引き起こすであろう様々なトラブルの中で、感染症の問題は、もはや喫緊の課題というよりは、腰を据えて取り組むべき長期的な宿題になって行くはずだということだ。われわれは、むしろ、ウイルス禍によって蓋を開けられた社会的、政治的、経済的な問題への対応に追われることになる。 結局、新型コロナウイルスは、その感染圧力によって、パンデミック以前の社会に潜在していた、より深刻な問題をあぶり出したことになる。 同じ事態を、ウイルスの側から観察してみると、ウイルスは、自らが掘り起こした問題の深刻さによって、脇役の位置に退くことになるわけだ。 かように、新型コロナウイルスは、様々な場所で、その息苦しくも無差別な圧力によって、それまで隠されていた社会の問題を顕在化させている。 新型コロナウイルス以前に、アメリカに人種問題が存在していなかったわけではない。人種をめぐる問題は、あの国の歴史が始まって以来、常に底流していた。当然だ。1964年に公民権法が成立した後も、社会のあらゆる場所で対立と緊張を生み出していたというふうに考えなければならない。 それが、今回、ウイルスがもたらした緊張と不安の中で爆発したわけだ。 あるタイプのウイルスは、感染者の免疫力がなんらかの理由で低下したタイミングで突然、症状を明らかにしはじめる。 面白いのは(いや、実際には面白くもなんともないのだが)、アメリカ社会において、人種問題に着せかけられていたマスクを剥ぎ取る役割を果たした新型コロナウイルスが、日本では、むしろ既にある様々な矛盾や不都合を隠蔽する方向の圧力として機能していることだ』、「新型コロナウイルスは、様々な場所で、その息苦しくも無差別な圧力によって、それまで隠されていた社会の問題を顕在化させている」、鋭い指摘だ。「新型コロナウイルスが、日本では、むしろ既にある様々な矛盾や不都合を隠蔽する方向の圧力として機能していることだ」、どういうことだろう。
・『既に報道されているところによれば、中小企業に最大二百万円を支給する持続化給付金で、一般社団法人サービスデザイン推進協議会から事業の再委託を受けた広告大手の電通がさらに、人材派遣のパソナやIT業のトランスコスモスに業務を外注していたことが判明している。 さらに、新型コロナウイルスをめぐる専門家会議の初回と3回目について、議事録が作成されていなかったのみならず、速記者さえ入っていなかったことが明らかになっている。 また、赤羽一嘉国交相は、6月3日の衆院国交委員会で、新型コロナウイルスで需要が落ち込んだ観光や飲食産業を支援する政府の「Go Toキャンペーン事業」で、事業者を選定する第三者委員会についても、メンバーや議事録などを公表する予定がないことを明らかにしている。 日米両国のニュース報道を見比べていると、「対立と分断」を繰り返しつつ、その軋轢と矛盾を乗り越えることで社会の基盤を整えてきた国と、「忖度と同調」を第一とし、危機に陥れば陥るほど、いよいよあらゆるものを隠蔽しにかかる国の違いに、しばし呆然としてしまう。 われわれは、この先、誰かにとって都合の悪いすべてのものを隠蔽し、曖昧にし、忘却し、廃棄し、改ざんしながら、寄ってたかって歴史を推敲して行くことになるはずだ。 混乱している国の荒れ果てた現状をうらやむのが、奇妙な心理であることは承知している。 でも、互いの顔色をうかがってはウソばかりを言い合っている不潔な食卓よりは、口論の多い食卓のほうが健康的だ、と私はそう考えています。 イエローなライブはマターではないのかもしれないので』、安部政権の「新型コロナウイルス」対策での、徹底した隠蔽体質には呆れ果てた。「互いの顔色をうかがってはウソばかりを言い合っている不潔な食卓よりは、口論の多い食卓のほうが健康的だ、と私はそう考えています」、同感である。「イエローなライブはマターではないのかもしれないので」、イエロー・モンキーに関連しているようだが、私には残念ながら意味不明だ。
先ずは、5月8日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏による「トランプ大統領の島国根性」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00069/?P=1
・『トランプ大統領がまたぞろ奇妙なことを言い始めている。 読売新聞が伝えているところによれば、彼は、このたびのコロナ禍について 「米国が経験した最悪の攻撃だ。(旧日本軍に攻撃された)真珠湾よりひどい」と述べている。 なんと。 トランプ氏は、新型コロナウイルスによる被害が「中国による攻撃」であると言いたいようだ。 彼は、これまでにも、ツイッター上の書き込みやテレビ演説の中で「中国ウイルス」という言葉を繰り返し使うことを通じて、このたびの新型コロナウイルスが「中国発」(つまり中国で生まれて世界に伝播した)の災厄である旨をほのめかしていた。それが、ここへきて、ついに真正面からの中国攻撃に舵を切ったわけなのだろう。いずれにせよ、トランプ氏は、国務長官のポンペオ氏あたりを巻き込んだ上で、件のウイルスが武漢の研究所から外に出たものである旨を、アメリカ合衆国政府の公式見解として、あらためて真正面から主張し始めている。容易ならざる事態だ。 これは、ただごとではない。 ふつうに考えて、宣戦布告に近い言明だと思う。 思い出すのは、ブッシュ元大統領が、例の9.11の事件の直後 「これは戦争(“act of war”)だ」と断じた時のことだ。 あの時、私は 「なにを大げさな(笑)」と思って笑っていた、愚かな日本人の一人だった。というのも、ブッシュ氏の口から出てきた「戦争」という言葉を、単なる比喩以上の言葉として受け止めることができなかったからだ。 なんという愚かな耳を持ったお気楽な外国人であったことだろう』、確かにブッシュの「これは戦争だ」発言を深刻に捉えた日本人識者は少なかった。「件のウイルスが武漢の研究所から外に出たものである」証拠を「ポンペオ」は示すことができず、拍子抜けした。
・『ブッシュ氏の言った「戦争」は、もちろん比喩なんかではなかった。 大統領が「戦争」という言葉を使ったのは、彼が、航空機による自爆攻撃を、「宣戦布告」と見なしたことを意味している。ということは、米国は、あの時点ですでに、国家としての「戦争」に突入していたわけで、当然、米国による反撃も、国際法上の戦争行為として敢行されることになる。 事実、アメリカはあの後、アフガニスタンへの空爆をはじめとする文字通りの国家を挙げた軍事行動としての「戦争」を開始している。そして、その「戦争」は、やがて「対テロ戦争」という概念に拡大し、対イラク、対ターリバーン、対ISILの、より大規模な戦争に発展した。 かように、大統領の言葉は、軽んじてよいものではない。 トランプ氏の場合、ふだんから突飛な発言が多すぎるため、周囲の人間はもちろん、専門家や国際社会も含めて、彼の言いざまにどこか麻痺しているところがある。 しかし、油断してはいけない。 「なにを大げさな(笑)」などと笑っていると、いずれ、青い顔で原稿を書き直さなければならなくなる。トランプ氏の口からびっくりする言葉が飛び出すこと自体は、さして珍しいことではないし、なんなら「日常茶飯事」と表現しても差し支えない。しかしながら、中国を名指しにして、世界中を危機に陥れている具体的なウイルス被害を「攻撃」「真珠湾よりひどい」「9.11よりひどい」と言ってしまったのだからして、これは取り返しがつかない。 中国側は、アメリカ側の主張を真っ向から否定している。当然だ。こんな話をおとなしく聞き流せるはずがない。 真相がどうであれ(というよりも、こういうお話の「真相」は、どうせ何年かたたないとはっきりしない)、この種の論争を外部から観察する人間は、「真相」や「結論」の行方を気にする視点とは別に、とりあえずこの種の水掛け論に持ち込むことで利益を得るのが誰であるのかを見極める視点を確保した上で事態を注視せねばならない。 トランプ氏は、この種の泥仕合(彼の言葉で言えば「ディール」ということになる)の達人を自認していて、なおかつその旨を幾度となく公言している。このことはつまりトランプ氏が事態を有利に運ぶためには、どんな材料であれ(つまり「ウソ」であれ「目くらまし」であれ「脅し」であれ「泣き落とし」であれ)持ち出す人間であることを意味している。しかも、大切なポイントは、トランプ氏自身が、自分がディールの達人であることに相応の自負を抱いていることで、ということはつまり、彼は、危機に直面した場面では、平気で(というよりも「正々堂々と」)ウソをつき通せる人物なのである』、「危機に直面した場面では、平気で・・・ウソをつき通せる人物」、は「トランプ氏」に限ったことではなく、多くの政治家に共通しているように思える。
・『この先、米国と中国は、互いの言葉尻をとらえ合っては相手を誹謗するテの、不毛な言い争いを展開することになるのだろうが、無論のこと、この話は、それだけでは済まない。どうせ2大国による中傷合戦は、経済や国際政治の舞台での主導権争いに発展するはずだし、悪くすると軍事的な衝突にだってつながりかねない。 大切なのは、トランプ氏が、自国の外に敵を作るという見え透いた作戦に打って出たことだ。そして、もっと大切なのは、大国のリーダーによる外敵捏造作戦が、これまでの歴史の中で、低くない確率で成功してきたという事実だ。ちなみにここでいう「成功」とは、戦争に勝つことではなくて、戦争を起こすことそのものを指している。混乱した国家の指導者は、内政の混乱を直視させないために外敵を仮定する。で、その外敵との戦いに目を向けさせることで内政の失敗を糊塗することに成功するわけなのだが、その結果として、戦争というより巨大な失敗によって、内政の混乱という小さな失敗を埋め合わせる歴史の皮肉を達成することになる。 実は、ちょっと前に別の媒体(「日経ビジネス」本誌ですが)のために書いた原稿の中で、「ウイルスという外敵と戦う前に、われわれは、自分たちの内部にある島国根性と対峙せねばならない」という趣旨の説教をカマしたばかりで、自分ながらやや居心地の悪い気持ちを抱いている。 というのも、《自分たちが直面している災厄や不幸を「外からやってくる外敵」と見なして排除することで良しとする島国根性こそが、われら日本人の「内なる敵」なのである》と、わりと大上段に振りかぶった言い方で断言したその原稿のインクの匂いもまだ消えきらないうちに、アメリカからの外電が、トランプ大統領の島国根性を伝えてきたからだ。 なんということだろう。島国根性はうちの国の専売特許ではなかった。 むしろ、「日本はどうしようもない田舎の島国だ」と考えていた私の思い込みのほうが、典型的な島国根性だった。 いずれにせよ、米中という世界の2大国がいずれ劣らぬ視野の狭い独善に陥っているところからみても、このたび猖獗を極めている新型コロナウイルスの主たる症状が視野狭窄であることははっきりしている』、「外敵との戦いに目を向けさせることで内政の失敗を糊塗することに成功するわけなのだが、その結果として、戦争というより巨大な失敗によって、内政の混乱という小さな失敗を埋め合わせる歴史の皮肉を達成することになる」、歴史の教訓だ。「島国根性はうちの国の専売特許ではなかった。 むしろ、「日本はどうしようもない田舎の島国だ」と考えていた私の思い込みのほうが、典型的な島国根性だった」、思わず微笑んでしまった。
・『ただ、視野が狭いとか広いとかいうこととは別に、国際社会は、軍事力と経済力を備えた大国のエゴが動かすものだ。 その意味で、大国の島国根性は一笑に付して片付けられるものではない。 どっちにしても、スタンダードは彼らが決めることになっている。 その意味で、私は、米国と中国がどのあたりで折り合いをつけるのかという問題とは別に、この先、うちの国が、ウイルス収束という物語(←個人的には「パンデミック」がリアルな脅威であったのに比べて「収束」は、よりフィクションの要素を多く持った「物語」として共有されるものなのであろうと考えています)の一員に加えてもらえるのかどうかを、心配している。 日本には日本の物語がある。 その物語は、日本の国内ではなんとか通用するかもしれない。 でも、その、エビデンスやファクトに乏しいドメスティックでセンチメンタルな物語を、国際社会がシェアしてくれるのかどうかは、わからない。 へたをすると、しばらくの間、鎖国を余儀なくされるかもしれない。 「Stay Home」も「新しい生活様式」も、そう考えてみれば、鎖国を示唆しているようにも思える。 してみると、次の開国までの間、私たちは、しばらく、歌舞伎と浄瑠璃と落語(あとは浮世絵くらいでしょうか)あたりで憂さを晴らすことになるのだろうか。 まあ、それも悪くないのかなと思い始めている』、「日本には日本の物語がある・・・その、エビデンスやファクトに乏しいドメスティックでセンチメンタルな物語を、国際社会がシェアしてくれるのかどうかは、わからない」、「次の開国までの間、私たちは、しばらく、歌舞伎と浄瑠璃と落語・・・あたりで憂さを晴らすことになるのだろうか」、傑作な落ちだ。
次に、同じ小田嶋氏による6月5日付け日経ビジネスオンライン「荒れるアメリカがうらやましい理由」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00073/?P=1
・『アメリカが大変なことになっている。 海外のニュースサイトやTwitter経由で流れてくる動画を見る限り、ほとんど内戦が勃発しているように見える。 こういう時は、頭を冷やさないといけない。 現地で暮らしている複数の日本人の証言に耳を傾けると、デモが暴徒化しているのはあくまでも一部のできごとであるようで、アメリカ全土に火が放たれているわけではない。報道メディアのカメラが、武装した警官隊と群衆との衝突のような、扇情的な映像をとらえるのは、彼らの責務でもあれば商売でもある。しかし、その映像をリビングの液晶画面越しに視聴しながら、全米がニュース映像そのままの混乱に陥っていると考えるのは、やはり早計だ。 とはいえ、トランプ大統領のTwitterを眺めていると、やはり心配になる。彼は、デモのために集まっている市民や、暴徒化しつつある一部の人々をむしろ煽りにかかっている。それどころか、この混乱に乗じて、全米の市民をトランプ派と反トランプ派に分断することを画策しているようにさえ見える。 太平洋をはさんだこちら側から事態を傍観していて、とりわけ物騒に感じられるのは、トランプ大統領が、このたびのデモの暴徒化を「ANTIFA(アンティファ)」のせいだと、いとも無造作に決めつけているその、ものの言い方だ。 トランプ大統領は、5月31日に自身のTwitter経由で 《The United States of America will be designating ANTIFA as a Terrorist Organization.》(アメリカ合衆国は、ANTIFAをテロ組織として指定することになる)と断言している。 このトランプ大統領の無思慮なツイートを鵜呑みにして、わが国でも、ANTIFAをまっすぐに「テロ組織」と断定したうえで、そのANTIFAと関係のありそうな団体や組織をあげつらいにかかっている論客や、アメリカ政府がANTIFAを「テロ組織」として公式に認定したかのごとく、既定の事実とした前提で原稿を書きはじめてしまう軽率な人々がポツポツとあらわれている。なんともバカな反応だと思う。トランプさんのツイートは、最低でも3日は「寝かせて」からでないと実戦使用できない。この程度のことは、ぜひ心にとめておきたいものだ』、「ANTIFA」は、「ファシストに反対する勢力」という意味で、通常緩やかに構造化された左派から極左までを含む様々な自主的潮流の総称。中心組織や指導者がない(Wikipedia)。それを「テロ組織として指定することになる」、余りに無理が多い主張だ。
・『トランプ大統領のツイートのかなりの部分は、その時々の感情にまかせて口走った捨て台詞以上のものではない。根拠のない断定や、八つ当たりの罵詈雑言も少なくない。年間を通してウォッチしている者として言わせてもらうなら、あの人のツイートは、介護スタッフのスタンスで受け止めるべき言葉だ。 「はいはいそうですねおじいちゃん。お昼のお薬はもう飲みましたか?」てな調子で、適当に受け流しておかないといけない。いちいち鵜呑みにして騒ぎ立てたり走り回ったりするのは感情の浪費以外のナニモノでもない。 トランプ大統領のTwitter発言に関しては、これまでにも事実と異なった言及が散見されていたり、大統領としての権限を踏み外した発言がたびたび問題視されたりしてきたわけなのだが、ツイッター社は、この5月の「郵送投票に関する誤解を招くツイート」に「要事実確認」の警告ラベルを付与した。で、この時の注意喚起を皮切りに、トランプ大統領のツイート姿勢に正面から対峙する姿勢を明らかにしつつある。 このツイッター社の強硬な対応に反応するカタチで、トランプ大統領は、5月28日、ツイッター社などのソーシャルメディアプラットフォーム企業の法的保護を制限することを目的とした大統領令に署名した。大統領は、この時の記者会見で、 《「現在、Twitterのようなソーシャルメディアの巨人は、彼らが中立的なプラットフォームであり、編集者ではないという前提に基づいて、前例のない保護を受けている。私の大統領令は、Communications Decency Actのセクション230に基づく新たな規制を要求し、検閲や政治的コンテキストにかかわるSNS企業の保護を維持できないようにする」》と述べている。 大統領としては、新たな規制を持ち出すことで、ツイッター社をはじめとするSNSの企業活動に制限を加える可能性を示唆したカタチだ。 もちろん、ツイッター社とて、大統領に圧力をかけられて、そのままおとなしく引き下がるわけにはいかない。 マッチョの国では、脅された側がそのまま尻尾を巻いたら、永遠に見限られる。脅されたら、脅し返さないといけない。めんどうくさいやり取りだが、仕方がないのだ』、「ツイッター社は、この5月の「郵送投票に関する誤解を招くツイート」に「要事実確認」の警告ラベルを付与した」、勇気ある行動だ。他方で、フェイスブック社は、投稿に対し意見を付けることに否定的だが、社内では反乱が起きたようだ。
・『ツイッター社は、このたびのミネアポリスでの事態(黒人男性ジョージ・フロイド氏が、白人の警察官に殺された事件)に関する大統領の一連のツイートに対して、「暴力賛美」の警告ラベルを付与して、一時的に非表示とする措置(ユーザーがクリックすることで再表示される)を発動することで報いている。一歩も引き下がらずに全面対決の構えを示したわけだ。 当該のツイートには、《This Tweet violated the Twitter rules about glorifying violence.However, Twitter determined that it may be the public's interest for the Tweet to remain accessible. (このツイートは、暴力を賛美することに関するツイッター社のルールに違反しています。ただしツイッター社は、このツイートがアクセス可能な状態を維持することが公共の利益になる可能性があると判断しました。)》 という表示が付け加えられる。 昔なつかしい西部劇のガンファイトそのまんまだ。 相手が構えている拳銃に縮み上がっていないことを証明するためには、結局のところ、自分のガンの引き金を引くほかに選択肢がない。物語はそういう筋立てで動いている。だから、誰もが引き金に指をかけながらものを言う。そういうふうにしてあの国における交渉事は展開されることになっている。 こういうやり取りを見ていて、毎度のことながら感心せずにおれないのは、アメリカの国民が、様々な問題を、「対立と分断」という過程を経て解決して行くそのダイナミズムのあざやかさと危うさについてだ。 見ているこっちはハラハラする。 「どうしてそういうふうにわざわざコトを荒立てるのだろうか?」と、海外で暮らした経験を持たない私のような小心者は、彼の国の人々が、トラブルに直面するや、いきなり声を荒らげ、あるいは、互いの胸ぐらをつかむことも辞さない勢いで、自らの思うところを主張しにかかるマナーの激越さに、他人事ながら、いちいち身の縮む思いを味わう。 日本人なら、とりあえず相手の話に耳を傾けているふりをしつつ善後策を考えているはずのタイミングで、アメリカの人たちは、いきなり旗幟鮮明に自分の側の主張を明らかにし、先方との対立点をはっきりさせにかかる。 みごとと言えばみごとなのだが、家族以外の人間と対立することに慣れていないわたくしども街場の日本人は、彼我の主張の当否や勝ち負けの見込みを勘案する以前に、人間同士が異なった旗を掲げて対決している状況そのものに神経を擦り減らしてしまう。 アメリカで始まった反レイシズムの運動(なのか、人種間対立なのか、でなければ、より広い範囲の矛盾を踏まえたより根源的な対立なのか)が、この先、どんなカタチで展開し、どういうふうにして収束に向かうのかは、正直なところ、現段階ではほとんどまったく想像がつかない』、「家族以外の人間と対立することに慣れていないわたくしども街場の日本人は・・・人間同士が異なった旗を掲げて対決している状況そのものに神経を擦り減らしてしまう」、確かにその通りだ。
・『現時点でわりとはっきりしているのは、人種をめぐる社会的な対立の問題がこれほどまでに明白な亀裂をあらわにしてしまった以上、新型コロナウイルスがアメリカ社会に投げかけているかに見えた諸問題は、むしろ背景に引っこんでしまうだろうということだ。 もちろん、ウイルスとの戦いが解決したということではない。終了したわけでもないし忘れてもかまわない話になり変わってしまったのでもない。 ウイルスが引き起こすであろう様々なトラブルの中で、感染症の問題は、もはや喫緊の課題というよりは、腰を据えて取り組むべき長期的な宿題になって行くはずだということだ。われわれは、むしろ、ウイルス禍によって蓋を開けられた社会的、政治的、経済的な問題への対応に追われることになる。 結局、新型コロナウイルスは、その感染圧力によって、パンデミック以前の社会に潜在していた、より深刻な問題をあぶり出したことになる。 同じ事態を、ウイルスの側から観察してみると、ウイルスは、自らが掘り起こした問題の深刻さによって、脇役の位置に退くことになるわけだ。 かように、新型コロナウイルスは、様々な場所で、その息苦しくも無差別な圧力によって、それまで隠されていた社会の問題を顕在化させている。 新型コロナウイルス以前に、アメリカに人種問題が存在していなかったわけではない。人種をめぐる問題は、あの国の歴史が始まって以来、常に底流していた。当然だ。1964年に公民権法が成立した後も、社会のあらゆる場所で対立と緊張を生み出していたというふうに考えなければならない。 それが、今回、ウイルスがもたらした緊張と不安の中で爆発したわけだ。 あるタイプのウイルスは、感染者の免疫力がなんらかの理由で低下したタイミングで突然、症状を明らかにしはじめる。 面白いのは(いや、実際には面白くもなんともないのだが)、アメリカ社会において、人種問題に着せかけられていたマスクを剥ぎ取る役割を果たした新型コロナウイルスが、日本では、むしろ既にある様々な矛盾や不都合を隠蔽する方向の圧力として機能していることだ』、「新型コロナウイルスは、様々な場所で、その息苦しくも無差別な圧力によって、それまで隠されていた社会の問題を顕在化させている」、鋭い指摘だ。「新型コロナウイルスが、日本では、むしろ既にある様々な矛盾や不都合を隠蔽する方向の圧力として機能していることだ」、どういうことだろう。
・『既に報道されているところによれば、中小企業に最大二百万円を支給する持続化給付金で、一般社団法人サービスデザイン推進協議会から事業の再委託を受けた広告大手の電通がさらに、人材派遣のパソナやIT業のトランスコスモスに業務を外注していたことが判明している。 さらに、新型コロナウイルスをめぐる専門家会議の初回と3回目について、議事録が作成されていなかったのみならず、速記者さえ入っていなかったことが明らかになっている。 また、赤羽一嘉国交相は、6月3日の衆院国交委員会で、新型コロナウイルスで需要が落ち込んだ観光や飲食産業を支援する政府の「Go Toキャンペーン事業」で、事業者を選定する第三者委員会についても、メンバーや議事録などを公表する予定がないことを明らかにしている。 日米両国のニュース報道を見比べていると、「対立と分断」を繰り返しつつ、その軋轢と矛盾を乗り越えることで社会の基盤を整えてきた国と、「忖度と同調」を第一とし、危機に陥れば陥るほど、いよいよあらゆるものを隠蔽しにかかる国の違いに、しばし呆然としてしまう。 われわれは、この先、誰かにとって都合の悪いすべてのものを隠蔽し、曖昧にし、忘却し、廃棄し、改ざんしながら、寄ってたかって歴史を推敲して行くことになるはずだ。 混乱している国の荒れ果てた現状をうらやむのが、奇妙な心理であることは承知している。 でも、互いの顔色をうかがってはウソばかりを言い合っている不潔な食卓よりは、口論の多い食卓のほうが健康的だ、と私はそう考えています。 イエローなライブはマターではないのかもしれないので』、安部政権の「新型コロナウイルス」対策での、徹底した隠蔽体質には呆れ果てた。「互いの顔色をうかがってはウソばかりを言い合っている不潔な食卓よりは、口論の多い食卓のほうが健康的だ、と私はそう考えています」、同感である。「イエローなライブはマターではないのかもしれないので」、イエロー・モンキーに関連しているようだが、私には残念ながら意味不明だ。
タグ:アメリカ合衆国は、ANTIFAをテロ組織として指定することになる)と断言 フェイスブック社は、投稿に対し意見を付けることに否定的だが、社内では反乱が起きた トランプ大統領 小田嶋 隆 ツイッター社は、この5月の「郵送投票に関する誤解を招くツイート」に「要事実確認」の警告ラベルを付与した 「荒れるアメリカがうらやましい理由」 「テロ組織として指定することになる」、余りに無理が多い主張 事業者を選定する第三者委員会についても、メンバーや議事録などを公表する予定がない (その45)(小田嶋氏2題:トランプ大統領の島国根性、荒れるアメリカがうらやましい理由) 互いの顔色をうかがってはウソばかりを言い合っている不潔な食卓よりは、口論の多い食卓のほうが健康的だ、と私はそう考えています 持続化給付金 「Go Toキャンペーン事業」 次の開国までの間、私たちは、しばらく、歌舞伎と浄瑠璃と落語・・・あたりで憂さを晴らすことになるのだろうか の、エビデンスやファクトに乏しいドメスティックでセンチメンタルな物語を、国際社会がシェアしてくれるのかどうかは、わからない 新型コロナウイルスが、日本では、むしろ既にある様々な矛盾や不都合を隠蔽する方向の圧力として機能している 専門家会議の初回と3回目について、議事録が作成されていなかったのみならず、速記者さえ入っていなかった ファシストに反対する勢力」という意味で、通常緩やかに構造化された左派から極左までを含む様々な自主的潮流の総称。中心組織や指導者がない 日本には日本の物語がある 島国根性はうちの国の専売特許ではなかった。 むしろ、「日本はどうしようもない田舎の島国だ」と考えていた私の思い込みのほうが、典型的な島国根性だった ANTIFA 外敵との戦いに目を向けさせることで内政の失敗を糊塗することに成功するわけなのだが、その結果として、戦争というより巨大な失敗によって、内政の混乱という小さな失敗を埋め合わせる歴史の皮肉を達成することになる 危機に直面した場面では、平気で・・・ウソをつき通せる人物 家族以外の人間と対立することに慣れていないわたくしども街場の日本人は・・・人間同士が異なった旗を掲げて対決している状況そのものに神経を擦り減らしてしまう 新型コロナウイルスは、様々な場所で、その息苦しくも無差別な圧力によって、それまで隠されていた社会の問題を顕在化させている 「トランプ大統領の島国根性」 安部政権の「新型コロナウイルス」対策での、徹底した隠蔽体質には呆れ果てた サービスデザイン推進協議会から事業の再委託を受けた広告大手の電通がさらに、人材派遣のパソナやIT業のトランスコスモスに業務を外注 日経ビジネスオンライン
中国情勢(軍事・外交)(その6)(コロナとの戦いで見えた中国の本質的な問題 IT強権国家のルールが世界を支配する日、コロナ“一抜け”の中国について囁かれる「2つの野心」は本当か、中国がドイツに「報復」 経済的攻防がコロナで激化 「企業版社会信用システム」で外国企業の命運握ろうと画策) [世界情勢]
中国情勢(軍事・外交)については、4月4日に取上げた。今日は、(その6)(コロナとの戦いで見えた中国の本質的な問題 IT強権国家のルールが世界を支配する日、コロナ“一抜け”の中国について囁かれる「2つの野心」は本当か、中国がドイツに「報復」 経済的攻防がコロナで激化 「企業版社会信用システム」で外国企業の命運握ろうと画策)である。
先ずは、4月29日付け東洋経済オンラインが掲載した大蔵省出身で早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 の野口 悠紀雄氏による「コロナとの戦いで見えた中国の本質的な問題 IT強権国家のルールが世界を支配する日」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/346510
・『中国が新型コロナウイルスへの対策として、武漢という1000万人都市を即座に封鎖したことは、世界を驚かせた。その強権国家ぶりは、実は、2018年ごろからの米中貿易戦争の背景ともつながっている。ITで国民を監視するという発想は、自由主義社会の基本原理と相容れない。そうしたことが米中摩擦を激化させたのだ。われわれはいま、未来社会の原理を選択する岐路に立っている。 新刊『中国が世界を攪乱する――AI・コロナ・デジタル人民元』の著者・野口悠紀雄氏が、いまグローバルに起きていることの本質を読み解く』、興味深そうだ。
・『中国発コロナで世界が未曽有の危機に 中国がさまざまな意味において、世界を大きく撹乱しています。 『中国が世界を攪乱する――AI・コロナ・デジタル人民元』のKindle版を5月6日(水)まで無料で全文公開中。5月7日(木)~21日(木)まで電子書籍版を先行販売(画像をクリックするとKindleにジャンプします) 2019年12月に中国武漢で発生した新型コロナウイルスが、その後瞬く間に世界各国に広がりました。 各国は、外出規制や外出禁止措置など、いままでなかった対応を取らざるをえなくなり、経済活動が急激に縮小しました。 現在のところ、ワクチンも治療薬も開発されていないため、この状態がいつまで続くのか、どのように収束するのか、まったく見通しがつかない状態です。 世界は、第二次世界大戦以降初めての、大きな危機に直面しています。 コロナウイルスの感染拡大とその後の経緯に関連して、中国という国家の特異性が浮かび上がりました。 感染の初期の段階で、中国当局は、疫病の発生という都合の悪い情報を抑え込もうとしました。勇気ある医師の告発も、デマであるとして処分の対象とされ、葬られてしまったのです。 このようにして、中国は初期段階での感染封じ込めに失敗しました。 こうなったのは、中国の中央政府・共産党の力が強すぎて、武漢市という地方政府が自らの判断で情報を発信したり対処したりすることができなかったからです。 事態を真剣に把握し、早期に移動の禁止等の立場を取っていれば、感染はこれほど拡大しなかったと考えざるをえません。これは、中国の強すぎる中央集権的権力体制の負の側面を示しています。 しかし、その後の対応ぶりには、中国の強い権力体制があったからこそ可能になったと考えられる側面が見られます』、「中国の強すぎる中央集権的権力体制」が、「初期段階での感染封じ込めに失敗」、したが、「その後の対応」では成功したというのは皮肉だ。
・『強権国家ゆえにできたこと 人口1000万人以上の大都市を即座に封鎖したり、わずか10日間で病院を建設したり、人々の移動を強制的に停止したりするなどの措置が取られました。 さらには、AIとビッグデータを用いて、感染状況をスマートフォンで個別に判断できるアプリも開発され、多くの人々に使われました。 このような強権的な対策の結果、3月下旬には中国における感染状態が抑えられたようです。4月上旬には、武漢およびその周辺地域の封鎖が解除され、経済活動が再開されました。 ところが、アメリカやヨーロッパなどの自由主義国では、新型コロナの爆発的な感染拡大が起こり、イタリアやスペインでは医療崩壊の状況に陥っています。 こうした状況を見ていると、「疫病を抑えるためには、中国に見られるように人権を無視した強権的な政策が必要ではないのか?」という考えを否定できなくなってきます。 「自由か、それとも強権による管理か?」という古くからある問題に対して、極めて深刻な新しい事実が突きつけられていることになります。 自由か、強権による管理かという問題は、コロナ以前から、中国において顕在化していたものです。それは、 AIやビッグデータとの関連において、問われてきました。 例えば、電子マネーの使用実績から個人の信用度を測定する信用スコアリングが、数年前から中国で実用化されています。また、顔認証の技術も発達しており、店舗の無人化などが可能になっています。 こうした技術によって、これまではできなかった経済取引ができるようになっていることは事実です。これは、明らかに望ましい動きです。 しかし、公権力がこうした技術を用いることの危険もあります。警察や公安が、顔認証の技術を用いて犯人の検挙を行っていると言われます。また、信用スコアリングが、本来の目的である融資の審査以外にも用いられるようになっています。 これらの技術は、悪用されれば、権力が国民の生活を思うままにコントロールする道具になってしまうのです。中国ではこの数年、こうしたことが進展しつつありました。 『中国が世界を攪乱する――AI・コロナ・デジタル人民元』のもともとの目的は、 AI、 ビッグデータ、顔認証、信用スコアリング、プロファイリングなどといったことについて、自由と権力との関係を考察したいということでした。 本書を準備する途中でコロナウイルスの問題が生じたわけですが、これはまさしく本書が追求していた問題そのものであったのです。 本書は当初は、2018年ごろから始まった米中経済戦争をテーマとしていました。これがトランプ大統領の単なる気まぐれによるものではなく、未来世界における覇権をめぐる、アメリカと中国の基本的思想の衝突であるという理解から、さまざまな分析を行っていました。 特に強調したかったのは、超長期的視点からの歴史の理解です』、「超長期的視点からの歴史の理解」、とは面白そうだ。
・『西欧に屈服した中国が20世紀末に変貌 中国は、人類の歴史の長い期間において、世界の最先端国でした。ところが明の時代からそれが変化し始め、ヨーロッパに後れをとるようになります。そして1840年に始まったアヘン戦争によって、中国は西欧に屈することになります。 ところが、こうした屈辱の歴史が、1990年代の末ごろから大きく変わり始めたのです。鄧小平による改革開放政策が成功し、中国は工業化への道を驀進しました。 その後、eコマース、電子マネーなどの面で目覚ましい発展をとげ、最近では、AIやビッグデータ、顔認証、プロファイリングなどの分野でアメリカを抜いて世界最先端に立つような状態になっているのです。 本書はなぜこのような変化が生じてきたかについて、長期的な歴史のパースペクティブから考察しています。 つい数か月前まで、われわれは、中国という強権管理国家が未来の世界で覇権を取ることはない、と考えていました。なぜなら、覇権国家の必要条件は「寛容」(他民族を認めること)であり、中国はその条件を欠いているからです。 しかし、この信念が、いま大きく揺らいでいることを認めざるをえません。 アルベール・カミュは、その著書『ペスト』において、「ペスト菌は死ぬことも消えることもない」と言っています。 カミュがペスト菌という言葉で表現しようとしたのは、ナチスに代表される管理国家です。「それは、ナチスが消えても、なおかつ世界から消えることはない」というのが、カミュの警告なのです。 カミュのこの予言が現代の世界における最も基本的な問いであることを、われわれはいま、思い知らされています』、「カミュのこの予言が現代の世界における最も基本的な問い」、確かに大いに考えさせられる問題提起だ。
次に、5月20日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの吉田陽介氏による「コロナ“一抜け”の中国について囁かれる「2つの野心」は本当か」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/237745
・『なぜコロナから「一抜け」できたか? 他国には真似できない絶対的権力 5月22日に、2カ月あまり延期されていた一大政治イベント、全人代の開催が決まり、中国は経済社会活動の本格的な回復に向けて大きく動き出した。世界が新型コロナウイルスの感染拡大に喘ぐ中で、中国は「一抜け」の感がある。 4月30日付の『環球時報』は、中国の大規模な政治会議が開かれることは「14億の人口を抱える中国の能力と自信を示している」と述べ、こうした大きな政治イベントが行われることになったのは、中国の感染症との戦いの成果であることを強調した。 日本メディアの報道は、中国は全人代で感染症の拡大を基本的に押さえ込んだことを内外にアピールしているのでは、と分析しているが、ウイルスとの戦いを「人民戦争」と表現していた中国が、国民と政府が一体となって勝利を得たということを文書に盛り込む可能性はあるだろう。 中国はどうしてコロナウイルスとの戦いで「一抜け」できたのだろうか。1つ目の要因は、徹底した「都市封鎖」を行ったことだ。中国政府はコロナウイルスの感染拡大を抑えるために、武漢市・湖北省へのアクセス道路の封鎖や感染が深刻な地域の封鎖を行うだけでなく、徹底した外出制限を行い、政府の感染症対策に協力しなかった者、感染地域に行ったことがあることを隠した者は、社会の秩序を乱したという罪で罰せられた。 2つ目の要因は、“計画経済”的な社会経済運営だ。計画経済は多様化するニーズ、科学技術の発展に対応できないという欠点があるが、限られた資源をある目的に投入できるという利点がある。今回のコロナウイルス騒動で中国政府は、マスクなど必要な防護具や人々の生活に必要なモノの生産を重視した。中国の左翼系の論者も、これが社会主義計画経済の強さだと述べているが、その見方はあながち間違いとは言えない。 3つ目の要因は、段階的に規制措置を緩和したことだ。感染拡大が深刻な時期、中国政府は感染者が多い地域を高リスク地域にして、徹底した規制を行った。感染患者の増加ペースが鈍化し、企業活動が徐々に再開されても、第2波の襲来を警戒して慎重な姿勢を保っていた。) たとえば北京市は警戒レベルが第一級(最高レベル)だったが、感染のピークが過ぎたと見られる時期も、警戒レベルを引き下げることなく、国内の他地域、または海外から帰ってきた人を対象にした厳格な隔離措置、団地に入る際の規制などは継続された。 最近、北京市の警戒レベルが第二級に引き下げられ、国内の低リスク地域から北京に戻ってきた人の隔離措置は免除され、社会経済活動が徐々に戻りつつある。第二波のリスクが完全になくなったとは言い切れないが、中国政府の慎重な規制緩和が「一抜け」の要因になったことは間違いない。 このような要因で、中国は感染拡大を抑え込んだが、中国の経験が他国で通用するかといえばそうではない。ここに挙げたことは、特定の党が“別格の存在”で、強いリーダーシップをとって様々な措置を講じることができる体制でしかできないことだ。その体制の良し悪しはここで論じないが、感染拡大の抑え込みに有効なことは事実だ』、「特定の党が“別格の存在”で、強いリーダーシップをとって様々な措置を講じることができる体制」が、「感染拡大の抑え込みに有効なことは事実だ」、残念ながらその通りだ。
・『国際主義を掲げる中国共産党の積極外交は本物か 今回のコロナウイルス騒動は、中国共産党にとってチャンスにもなった。その1つは党内改革をより進めることだ。感染症との戦いのなかで、一部幹部の職務怠慢が明らかになったことで、党中央は怠慢幹部を更迭、武漢市に調査チームを派遣し、習近平の“側近”を送り込むなどの措置をとった。 習近平自身が幹部の能力不足を認めたように、党中央の考え方が末端レベルにまで浸透していなかったことが露わになった。そのため、今回のコロナウイルス騒動は習指導部がさらに党内改革を進めるきっかけとなった。 今回のコロナウイルス騒動が中国にもたらしたもう1つのチャンスは、国際的影響力をより高めることだ。中国共産党は国際協調の姿勢を強め、感染拡大の時期も活発な外交活動を展開しており、責任ある大国として世界に貢献することを強調している。 習近平は3月26日、新型コロナウイルス肺炎への対応を協議するG20の首脳特別会議に出席して次の4つの提案を行い、それは中国の感染症との戦いの方針になっている。 (1)感染症の防止・抑制に向けた世界規模での戦いを断固として行う (2)各国との感染症防止・抑制を効果的に展開する (3)国際組織が役割を果たすのを積極的に支持する (4)マクロ経済政策の国際協調を強化する 感染が深刻な国にマスクを贈ったり、専門家を派遣して中国の経験を伝えたり、ウイルスの遺伝子情報を各国と共有したりして、活発な外交活動を行っている。さらに、中国は自国の理論・政策を対外発信することも重要視しており、感染症専門の学者が書いた新型コロナウイルス肺炎の予防や感染症のなどに関する著書が翻訳・出版されるなど、専門家レベルでの「中国の経験」を一般の人々にも伝えようとしている。 習近平は2013年に「人類運命共同体」の考え方を打ち出し、外国にはっきりとものを言うだけでなく、「互恵・ウィンウィン」を旨とする「国際主義」的な外交政策を展開してきた。中国の感染症との戦いをめぐる国際協力もこの考えに基づいている』、「互恵・ウィンウィン」とは表向きで、実態は「一帯一路路線」など中国にとってメリット追及だろう。
・『ポストコロナの中国に感じる「2つの疑問」 だが、ここで2つの疑問が湧いてくる。 (1) 中国が国際協調の姿勢を強めたのは、震源地であることの責任追及を逃れるためではないか。 (2) かつての「革命輸出」のように、中国の経験を世界に「輸出」して影響力を強めようとしているのではないか。 まず責任回避についてだが、中国は「感染症は人類共通の敵」という言葉は発しているが、世界に対してもっと明確なメッセージを発する必要があろう。 ウイルスの起源についての中米の意見対立は、中国は責任回避しているのではないかと言う疑念から出てきたものともいえる。ウイルスの起源は中国の一部の見方のようにアメリカ軍の生物兵器か、アメリカが主張するように武漢の研究所を起源とするのかという問題は、それぞれの国家利益も関わっており、すぐには明らかにはならないだろう。問題は起源より、感染症が起こったときの対処にあったのではないかと筆者は考える。 中国政府が、中央に情報がうまく伝わっていなかったことや、下級組織の職務怠慢などで初動の対処が遅れ、感染拡大の一因をつくったことは否定できない。ただ、その後の中国は軌道修正が徐々に進み、感染者の数字もリアルタイムで出すようになった。その数字も隠蔽されていたのではないかという疑問も出てくるが、それが何らかのきっかけで明るみに出たときに中国共産党が被るダメージは大きいので、著しい隠蔽があったとは考えにくい。 ただ、中国はすでに世界の政治・経済に影響を与える大国になっており、自国のすることを国際社会へ明確に発信することが求められる。この全人代では、自国の感染拡大の抑制を自画自賛するだけでなく、世界に向けてどんなメッセージを発するかが重要となってくる』、「一帯一路路線」でイタリアやドイツで多数の中国人が働いていたことの影響は、今後各国当局の調べで明らかにされるだろう。
・『かつての「革命輸出」のような野心はなさそう 次に、中国が「中国式のガバナンスモデル」を「輸出」することを目的としているのかという点だが、前述のように、中国式モデルは共産党の絶対的指導のもとで行われるものであり、他国には馴染まない。中国は国際主義を掲げているが、今のそれとは違い、友好国の革命を支援するためのものだ。 中国共産党は文化大革命の時代に、中国共産党式の「武装闘争革命」モデルを他国に「輸出」しようとしたが、それは当時の中国共産党が世界革命を起こすことを最重要課題としていたからだ。現在は革命によって世界の主導権を奪う時代ではないし、中国も国内に問題を抱えていて、アメリカに代わる超大国にすぐになれると考えるのは現実的ではない。 周知のように、今中国の公式メディアはほぼ毎日アメリカ批判の記事を掲載し、アメリカを批判している。たとえば、中国はアメリカの感染症対策について「人命よりも資本を重視する」ものとして批判している。 中国のこの言い分は、資本主義国は金儲けが第一で、人命を二の次に考えるが、中国のような社会主義国は、人々の生命と生活を第一に考えるというものだ。このように、相手国に批判されたら果敢に反論するのは、独立国として当然の権利だが、共産党式の「お前が誤りで、私が真実」という論争のやり方は、その方法に馴染みの薄い国の人々にとってはなかなか理解できないだろう。 中国のやり方の良し悪しは長期的スパンでしか証明されない。過去にも中国は自国の立場を示した白書を発表してきたが、この問題についての白書も発表されるのではないかと筆者は見ている』、「この問題についての白書」、どうせ手前勝手なものなのだろう。
・『過去の冷戦と「新しいタイプの冷戦」の違い 中米間の意見の対立についていうと、一部の中国人専門家が指摘するように、「新しいタイプの冷戦の始まり」ともいえるが、それは主にイデオロギー面のものだ。中国の専門家は、中米両国には経済貿易、反テロリズムなどの分野で協力の余地があり、過去の冷戦とは違うと分析している。 その分析通りならば、中国は中米関係改善の「ドアをオープンにしている」ことになる。この状況はしばらくそのまま続くだろうが、コロナ収束後に何らかのアクションがあるのではないかと思う。 そのシナリオは中国の堅持する「国際主義」にも合致するものだが、課題もある。当時は鉄道、高速道路、インフラなどに投資したことによりV字回復を達成したが、当時の中国経済は高度成長期にあったので、短期的に経済を回復し、このようなシナリオが可能だった。 しかし、今の中国経済は中高速成長の段階にあり、以前のように投資のアクセルを大きくふかして急速な経済回復を実現するかは疑問だ。この数年間、中国政府は投資主導型から内需主導の経済発展を模索しており、感染症流行期間中に「凍りついた」需要が解き放たれた後の消費の力強さが重要だ』、「消費の力強さ」は確かだろうが、輸入が大幅増加する一方で、輸出の低迷は持続するので、貿易・経常収支は大赤字となり、人民元相場下落を促進するだろう。
・『中国はどこへ進むのか 全人代でのポストコロナ戦略に注目 また、中国は自国のことにしっかりと取り組むと公言しているが、今年は中国共産党の掲げた貧困脱却の取り組みの最終年であり、その目標達成も課題だ。今回のコロナウイルス騒動の前、中国政府は貧困脱却に向けての取り組みの成果を公式メディアでアピールし、この目標が達成されつつあると強調していた。 しかし、コロナウイルス騒動のなかで収入が大幅に減った人、職を失った人も少なくなく、「新たな貧困層」も出てきた。こうした人々への救済がなければ、中国共産党の掲げた目標はただのスローガンに終わる可能性がある。 昨年の全人代は、中米貿易摩擦の影響を受けて失業した人への支援策など、経済の減速の衝撃を緩和することを目的とする政策が打ち出されたが、今回の全人代も、コロナウイルス騒動の影響を緩和するための支援策が打ち出されることは間違いない。中国政府は全人代の「政府活動報告」で、中国経済を回復させて、世界の経済を支えるシナリオを実現するためにどのような政策を打ち出すか、注目したい』、「全人代」では成長率目標の発表はなかったが、李首相は、雇用の維持などを実現できれば通年でプラス成長を実現できるとした。外交では悪化する米中関係について「たしかに新たな問題、試練が生じている。両国首脳の共通認識に基づき、協調と協力、安定を基調とする米中関係を築きたい」と述べたようだ。
第三に、5月21日付けJBPressが掲載した在米作家の譚 璐美氏による「中国がドイツに「報復」、経済的攻防がコロナで激化 「企業版社会信用システム」で外国企業の命運握ろうと画策」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60553
・『4月15日、欧州でコロナ禍が吹き荒れる中、ドイツ最大のタブロイド紙「ビルト」が社説「私たちへの中国の負債」を掲載して激しく中国を批判した。コロナウイルスが世界中に拡大したのは「中国が全世界を欺いた」からであり、ドイツが受けた経済的損失の約1650億ドル(約18兆1500億円)を、中国は支払うべきだとも要求した。 翌日、中国は「劣悪な要求だ」と反論したが、同紙は一歩も引かず、習近平主席を名指しして、「あなたの友好とは・・・微笑で偽装した帝国主義であり、トロイの木馬なのだ」と、激烈な批判を展開し、激しい舌戦はなおも続いている』、「「あなたの友好とは・・・微笑で偽装した帝国主義であり、トロイの木馬なのだ」、極めて激烈だが、本質を突いた批判だ。
・『“経済的パートナー”ドイツからの厳しい言葉 メルケル首相も4月20日、「中国がウイルスの発生源について、より透明性を持てば、各国がよりくわしく学ぶことができる」と、控えめながら中国政府に「透明性」を求めた。 習近平主席にとって、メルケル首相の言葉は予想外のものだったろう。というのも、ほんのひと月前の3月22日、習近平主席はドイツに電報を送り、コロナウイルスの感染が拡大中のドイツに慰問の意を表し、「ドイツと共に努力することで両国の全方位的なパートナー関係を深め、中国とヨーロッパの関係発展を促進していきたい」と強調したばかりだったからだ。 新型コロナウイルスの発生源などをめぐり、各国首脳から中国の対応に疑念の声が相次ぐ中で、唯一、経済的に重要なパートナーだと思いこんでいたドイツの冷めたい反応は、大きな衝撃だったにちがいない。 コロナ禍をきっかけにして、今、ドイツと中国の間で再び経済的攻防が火花を散らしている』、面白い展開だ。
・『蜜月関係にあるドイツの優良企業が中国企業のM&Aの標的に 振り返れば、ドイツと中国の間には歴史的な禍根が少ない。20世紀初頭にドイツ帝国が清国の山東省膠州湾を租借したものの、第一次世界大戦の時期に、中国侵略を企てた日本がドイツの権益を奪って以降、ドイツはヨーロッパ戦線に忙殺されて、どちらかといえば中国と疎遠な関係にあった。そのためドイツ人も中国に対して固定観念を持たず、悪感情を抱いていなかったのである。それが21世紀に入り、中国が経済成長すると、両国は急接近した。 2005年、メルケル首相は首相就任後、景気低迷にあえぐドイツ経済を再興しようと、対中貿易の促進に踏み切り、現在まで合計12回の訪中をしている。日本には、2回のサミットを含めて5回しか訪問していないのとは大違いだ。 中国にとっても「渡りに船」だった。 中国は建国100年目の2049年に世界制覇を目指して、国家的大構想「一帯一路」プロジェクトを立ち上げ、欧州と中国を陸と海で結んで貿易取引を発展させようと考えた。長距離鉄道を敷設して「陸のルート」を開設する一方、「海のルート」を確立するため、航路沿線にあるアジア、中東各国の港湾を強引な手段で次々と獲得していった。 2015年には具体的な戦略「中国製造2025」も打ち出した。2025年までに欧米先進国と日本に追いつき、追い越すために、10の重点分野を発展させる計画だ。重点分野は、省エネルギー産業、新エネルギー自動車、電力設備、バイオ医療、ロボット分野などの最先端技術ばかりだ。だが、中国はこれらを自ら研究開発するのではなく、外国企業を買収して手っ取り早く最先端技術を奪おうと目論んだ。その主要なターゲットとなったのが、「蜜月関係」にあるドイツの先端企業だった。 JETROのレポート『中国からの直接投資とドイツのジレンマ』(2020年1月9日付)が紹介したドイツ連邦銀行の経済統計によれば、中国からドイツへの直接投資が急増したのは2016年。手法は主としてM&Aだった。 2016年6月、中国の大手家電メーカーの美的集団がドイツの産業用ロボットメーカーのクーカを買収したのを皮切りに、中国企業は次々にドイツ企業にM&Aをしかけた。 2016年の中国のドイツへの投資総額は、前年比24倍の125億6000万ドルに達し、2017年には過去最高額の136億8400万ドルを記録した』、「中国は・・・外国企業を買収して手っ取り早く最先端技術を奪おうと目論んだ。その主要なターゲットとなったのが、「蜜月関係」にあるドイツの先端企業」、これでは大人しい「ドイツ」もさすがに黙ってられないだろう。
・『ドイツで急速に高まった対中警戒感 そこまで事態が進むと、さすがにドイツ人は貴重な先端技術が流出するのではないかと不安になり、ドイツ政府は2017年7月、対外経済法施行令を改正して、軍事産業や安全保障、ハイテク、インフラ、エネルギー分野で、EUおよび欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国以外の外国企業がドイツ企業を買収する場合、買収通知の提出と資本参加の審査を義務化するなど、規制を強化した。 だが、中国の勢いは止まらず、2018年2月、吉利汽車がダイムラーへ資本参加して筆頭株主になり、寧波の自動車部品メーカー、継峰汽車零部件もドイツの自動車内装部品メーカー大手のグラマーの株式を取得して、議決権を84%取得した。 危機感を覚えたドイツ政府はついに「拒否権」を発動した。 2018年7月、国家電網(SGCC)による送電大手の50ヘルツ(50Hertz)の株式取得を阻止するため、ドイツ復興金融公庫(KFW)が株式20%を買い取った。同年8月、煙台市台海集団による精密機械メーカーのライフェルト・メタル・スピニングの買収も拒否した。同社は従業員200人の小規模ながら、宇宙船や航空機の部品製造の技術は世界的に評価が高く、原子力発電や核関連分野にも利用されている優良企業だ。 5カ月後の12月、ドイツは万全を期すため、EUおよびEFTA加盟国以外の外国企業が、安全保障上重要なインフラ企業の株式を取得する際の審査基準を、従来の決議権25%以上から10%以上に引き下げ、中国企業による買収に歯止めをかけた。 その結果、2018年のドイツ企業に対する中国企業の直接投資は2割減の106億8100万ドルとなり、2019年上半期には5億500万ドルと激減した。 だが、二度にわたる規制強化にも関わらず、2019年1月、中国のアリババ集団はドイツのデータ分析のスタートアップ企業であるデータ・アルチザンスを9000万ユーロで買収し、なおもM&A攻勢の手を緩めてはいない』、「二度にわたる規制強化にも関わらず」、「中国」企業のM&A熱は高いようだ。
・『一帯一路の“要所”となる地域で集中的にM&A ところで、中国企業によるM&Aの約60%は、ドイツの特定地域に集中している。バーデン・ヴュルテンベルク州、ノルトライン・ヴェストファーレン州、バイエルン州の3州で、最先端技術をもつ企業がひしめく地域だ。 3州のひとつ、ノルトライン・ヴェストファーレン州はドイツ経済の中心地で、現在、華為技術(ファーウェイ)、中興通訊(ZTE)、徐工集団(XCMG)、三一重工(Sany Heavy Industry)など、中国の有名企業の欧州本部が置かれているほか、1100社の中国企業があり、約1万人の従業員がいる。また、同州のドイツ企業2700社以上が中国に駐在員事務所をもち、ドイツの対中投資額の4分の1を占めている。メルケル首相がかつて推進した経済交流の蜜月時代の所産でもある。 実は、同州はドイツで最初に中国の「一帯一路」プロジェクトに署名した州で、州政府の官員の中には共産主義者も少なくないと指摘されている。 中国が同州に目を付けた最大の利点は、同州にあるデュイスブルク港だ。欧州最大の内陸港として知られ、720キロメートルの内陸航路に120の港湾があり、北海、バルト海、大西洋、地中海、黒海に通じ、欧州の重要なハブになっている。2018年の中国政府の公式ウェブサイトによれば、デュイスブルク港には、中国の重慶を起点として、週に35~40本の長距離鉄道が運行されている。 同州の州都デュッセルドルフ市は、2015年に中国総領事館が設置された後、武漢市と姉妹都市を締結して、毎年「中国祭」を開催するなど密接な関係を保っている。2019年9月には、米国が強く警告する中で、ファーウェイと「スマートシティ」プロジェクトの開発契約を結んだ。 一言でいえば、ノルトライン・ヴェストファーレン州などドイツ3州は、ここ5年間で中国と深く結びつき、ドイツ経済の根幹を中国に握られるほど密着してしまったのである。そして、この経済的な密着こそ、今回のコロナウイルスが感染拡大した最大の要因となったのである。 ドイツでは、コロナウイルスの感染者は17.2万人で、死者は7551人(5月8日現在)にのぼる。その中で被害が最も多いのが、バイエルン州(感染者4万4265人、死者2153人)、ノルトライン・ヴェストファーレン州(同3万4964人、1425人)、バーデン・ヴュルテンベルク州(同3万3287人、1542人)の3州である。 武漢で発生した新型コロナウイルスは、文字通り「一帯一路」プロジェクトの「陸のルート」を通って、武漢から長距離鉄道でドイツに伝わり、「海のルート」の欧州の入り口であるイタリア同様、欧州各国へと感染が拡大していったのである。事ここに至って、冒頭で触れた「ビルト」紙のような、公然とした中国批判が噴出するようになった。 だが、コロナ禍を巡ってドイツ政府やメディアが中国を非難する中で、中国は「報復外交」ともいえる対抗手段で、すでに布石を打っていた。 ドイツの「ドイチェベレ中国語電子版」(2020年1月16日付)は、ドイツ公共放送連盟の経済番組「プラスマイナス」を引用する形で、中国が2020年に導入予定の「企業版社会信用システム」に、数社のドイツ企業を「ブラックリスト」に載せたことが判明したと報じた。 同報道によれば、ドイツのフォルクスワーゲン・フィナンシャル・リーシング社(天津大衆汽車公司)、ドイツ大手建設会社ツプリン社の中国子会社など数社が「ブラックリスト」に掲載されているという。理由はいずれも商取引上の行き違いや、10年も前の税金申告漏れなど、些細な内容ばかりのようだが、はっきりとはわからない。 ボッシュ、BMW、ZFフリードリヒハーフェン社の上海子会社なども、企業データ、金融データ、社会的交流、ネット言論の内容に至るまで、逐一中国政府のデータ庫に保存されているとされる』、「デュイスブルク港には、中国の重慶を起点として、週に35~40本の長距離鉄道が運行されている」、こんなにつながりが深くなっていたとは、初めて知った。「コロナウイルスの・・・被害が最も多いのが、バイエルン州・・・ノルトライン・ヴェストファーレン州・・・バーデン・ヴュルテンベルク州・・・の3州」というのも頷ける。
・『中国の意に沿わない外国企業を窮地に追いやることもできる 中国ですでに導入されている個人対象の「社会信用システム」は、AIを使った厳しい監視体制が国民のプライバシーを過度に侵害するものとして外国でも知られているが、「企業版社会信用システム」が本格的に導入されれば、ドイツ企業ばかりか、中国でビジネスを展開する外国企業にとって、まことに深刻な事態である。すべての外国企業や合弁企業は中国政府に企業データを提供する義務が生じ、中国政府は外国企業の先端技術をたやすく獲得して、政治的に活用することが可能になる。 中国政府の意に沿わない外国企業は信用度が低くなり、融資や商取引の面で数々の不利が生じる。高級管理職の外国人の言動も制限され、企業イメージにも大きな影響を及ぼす。取引相手の信用度とも関連するため、企業同士で互いに疑心暗鬼に陥ることも考えられる。「ブラックリスト」に載せられたら、取り消されるまで数年もかかり、ビジネス展開のうえで致命的なダメージを被る。そしてなにより「企業版社会信用システム」の評価基準があいまいで、中国政府の腹ひとつで信用度が大きく左右されることが、最大の懸念になっている。 ドイツへの直接投資を阻止された中国は、なりふり構わず「報復外交」を展開し、留まるところを知らない。両国の経済的攻防はこれからも続いていくのは必定だろう。 コロナ禍を契機に、今、ドイツを含めたEU諸国が一致協力して、中国の脅威に対抗しようと動き出したことこそ、未来への明るい希望である』、「「企業版社会信用システム・・・すべての外国企業や合弁企業は中国政府に企業データを提供する義務が生じ、中国政府は外国企業の先端技術をたやすく獲得して、政治的に活用することが可能に」、なんと中国に都合がいい制度なのだろう。しかし、中国ビジネスの蜜の味を知ってしまった後では、対応は難しいが、「ドイツを含めたEU諸国が一致協力して、中国の脅威に対抗しようと動き出したことこそ、未来への明るい希望である」、その通りだろう。
先ずは、4月29日付け東洋経済オンラインが掲載した大蔵省出身で早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 の野口 悠紀雄氏による「コロナとの戦いで見えた中国の本質的な問題 IT強権国家のルールが世界を支配する日」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/346510
・『中国が新型コロナウイルスへの対策として、武漢という1000万人都市を即座に封鎖したことは、世界を驚かせた。その強権国家ぶりは、実は、2018年ごろからの米中貿易戦争の背景ともつながっている。ITで国民を監視するという発想は、自由主義社会の基本原理と相容れない。そうしたことが米中摩擦を激化させたのだ。われわれはいま、未来社会の原理を選択する岐路に立っている。 新刊『中国が世界を攪乱する――AI・コロナ・デジタル人民元』の著者・野口悠紀雄氏が、いまグローバルに起きていることの本質を読み解く』、興味深そうだ。
・『中国発コロナで世界が未曽有の危機に 中国がさまざまな意味において、世界を大きく撹乱しています。 『中国が世界を攪乱する――AI・コロナ・デジタル人民元』のKindle版を5月6日(水)まで無料で全文公開中。5月7日(木)~21日(木)まで電子書籍版を先行販売(画像をクリックするとKindleにジャンプします) 2019年12月に中国武漢で発生した新型コロナウイルスが、その後瞬く間に世界各国に広がりました。 各国は、外出規制や外出禁止措置など、いままでなかった対応を取らざるをえなくなり、経済活動が急激に縮小しました。 現在のところ、ワクチンも治療薬も開発されていないため、この状態がいつまで続くのか、どのように収束するのか、まったく見通しがつかない状態です。 世界は、第二次世界大戦以降初めての、大きな危機に直面しています。 コロナウイルスの感染拡大とその後の経緯に関連して、中国という国家の特異性が浮かび上がりました。 感染の初期の段階で、中国当局は、疫病の発生という都合の悪い情報を抑え込もうとしました。勇気ある医師の告発も、デマであるとして処分の対象とされ、葬られてしまったのです。 このようにして、中国は初期段階での感染封じ込めに失敗しました。 こうなったのは、中国の中央政府・共産党の力が強すぎて、武漢市という地方政府が自らの判断で情報を発信したり対処したりすることができなかったからです。 事態を真剣に把握し、早期に移動の禁止等の立場を取っていれば、感染はこれほど拡大しなかったと考えざるをえません。これは、中国の強すぎる中央集権的権力体制の負の側面を示しています。 しかし、その後の対応ぶりには、中国の強い権力体制があったからこそ可能になったと考えられる側面が見られます』、「中国の強すぎる中央集権的権力体制」が、「初期段階での感染封じ込めに失敗」、したが、「その後の対応」では成功したというのは皮肉だ。
・『強権国家ゆえにできたこと 人口1000万人以上の大都市を即座に封鎖したり、わずか10日間で病院を建設したり、人々の移動を強制的に停止したりするなどの措置が取られました。 さらには、AIとビッグデータを用いて、感染状況をスマートフォンで個別に判断できるアプリも開発され、多くの人々に使われました。 このような強権的な対策の結果、3月下旬には中国における感染状態が抑えられたようです。4月上旬には、武漢およびその周辺地域の封鎖が解除され、経済活動が再開されました。 ところが、アメリカやヨーロッパなどの自由主義国では、新型コロナの爆発的な感染拡大が起こり、イタリアやスペインでは医療崩壊の状況に陥っています。 こうした状況を見ていると、「疫病を抑えるためには、中国に見られるように人権を無視した強権的な政策が必要ではないのか?」という考えを否定できなくなってきます。 「自由か、それとも強権による管理か?」という古くからある問題に対して、極めて深刻な新しい事実が突きつけられていることになります。 自由か、強権による管理かという問題は、コロナ以前から、中国において顕在化していたものです。それは、 AIやビッグデータとの関連において、問われてきました。 例えば、電子マネーの使用実績から個人の信用度を測定する信用スコアリングが、数年前から中国で実用化されています。また、顔認証の技術も発達しており、店舗の無人化などが可能になっています。 こうした技術によって、これまではできなかった経済取引ができるようになっていることは事実です。これは、明らかに望ましい動きです。 しかし、公権力がこうした技術を用いることの危険もあります。警察や公安が、顔認証の技術を用いて犯人の検挙を行っていると言われます。また、信用スコアリングが、本来の目的である融資の審査以外にも用いられるようになっています。 これらの技術は、悪用されれば、権力が国民の生活を思うままにコントロールする道具になってしまうのです。中国ではこの数年、こうしたことが進展しつつありました。 『中国が世界を攪乱する――AI・コロナ・デジタル人民元』のもともとの目的は、 AI、 ビッグデータ、顔認証、信用スコアリング、プロファイリングなどといったことについて、自由と権力との関係を考察したいということでした。 本書を準備する途中でコロナウイルスの問題が生じたわけですが、これはまさしく本書が追求していた問題そのものであったのです。 本書は当初は、2018年ごろから始まった米中経済戦争をテーマとしていました。これがトランプ大統領の単なる気まぐれによるものではなく、未来世界における覇権をめぐる、アメリカと中国の基本的思想の衝突であるという理解から、さまざまな分析を行っていました。 特に強調したかったのは、超長期的視点からの歴史の理解です』、「超長期的視点からの歴史の理解」、とは面白そうだ。
・『西欧に屈服した中国が20世紀末に変貌 中国は、人類の歴史の長い期間において、世界の最先端国でした。ところが明の時代からそれが変化し始め、ヨーロッパに後れをとるようになります。そして1840年に始まったアヘン戦争によって、中国は西欧に屈することになります。 ところが、こうした屈辱の歴史が、1990年代の末ごろから大きく変わり始めたのです。鄧小平による改革開放政策が成功し、中国は工業化への道を驀進しました。 その後、eコマース、電子マネーなどの面で目覚ましい発展をとげ、最近では、AIやビッグデータ、顔認証、プロファイリングなどの分野でアメリカを抜いて世界最先端に立つような状態になっているのです。 本書はなぜこのような変化が生じてきたかについて、長期的な歴史のパースペクティブから考察しています。 つい数か月前まで、われわれは、中国という強権管理国家が未来の世界で覇権を取ることはない、と考えていました。なぜなら、覇権国家の必要条件は「寛容」(他民族を認めること)であり、中国はその条件を欠いているからです。 しかし、この信念が、いま大きく揺らいでいることを認めざるをえません。 アルベール・カミュは、その著書『ペスト』において、「ペスト菌は死ぬことも消えることもない」と言っています。 カミュがペスト菌という言葉で表現しようとしたのは、ナチスに代表される管理国家です。「それは、ナチスが消えても、なおかつ世界から消えることはない」というのが、カミュの警告なのです。 カミュのこの予言が現代の世界における最も基本的な問いであることを、われわれはいま、思い知らされています』、「カミュのこの予言が現代の世界における最も基本的な問い」、確かに大いに考えさせられる問題提起だ。
次に、5月20日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの吉田陽介氏による「コロナ“一抜け”の中国について囁かれる「2つの野心」は本当か」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/237745
・『なぜコロナから「一抜け」できたか? 他国には真似できない絶対的権力 5月22日に、2カ月あまり延期されていた一大政治イベント、全人代の開催が決まり、中国は経済社会活動の本格的な回復に向けて大きく動き出した。世界が新型コロナウイルスの感染拡大に喘ぐ中で、中国は「一抜け」の感がある。 4月30日付の『環球時報』は、中国の大規模な政治会議が開かれることは「14億の人口を抱える中国の能力と自信を示している」と述べ、こうした大きな政治イベントが行われることになったのは、中国の感染症との戦いの成果であることを強調した。 日本メディアの報道は、中国は全人代で感染症の拡大を基本的に押さえ込んだことを内外にアピールしているのでは、と分析しているが、ウイルスとの戦いを「人民戦争」と表現していた中国が、国民と政府が一体となって勝利を得たということを文書に盛り込む可能性はあるだろう。 中国はどうしてコロナウイルスとの戦いで「一抜け」できたのだろうか。1つ目の要因は、徹底した「都市封鎖」を行ったことだ。中国政府はコロナウイルスの感染拡大を抑えるために、武漢市・湖北省へのアクセス道路の封鎖や感染が深刻な地域の封鎖を行うだけでなく、徹底した外出制限を行い、政府の感染症対策に協力しなかった者、感染地域に行ったことがあることを隠した者は、社会の秩序を乱したという罪で罰せられた。 2つ目の要因は、“計画経済”的な社会経済運営だ。計画経済は多様化するニーズ、科学技術の発展に対応できないという欠点があるが、限られた資源をある目的に投入できるという利点がある。今回のコロナウイルス騒動で中国政府は、マスクなど必要な防護具や人々の生活に必要なモノの生産を重視した。中国の左翼系の論者も、これが社会主義計画経済の強さだと述べているが、その見方はあながち間違いとは言えない。 3つ目の要因は、段階的に規制措置を緩和したことだ。感染拡大が深刻な時期、中国政府は感染者が多い地域を高リスク地域にして、徹底した規制を行った。感染患者の増加ペースが鈍化し、企業活動が徐々に再開されても、第2波の襲来を警戒して慎重な姿勢を保っていた。) たとえば北京市は警戒レベルが第一級(最高レベル)だったが、感染のピークが過ぎたと見られる時期も、警戒レベルを引き下げることなく、国内の他地域、または海外から帰ってきた人を対象にした厳格な隔離措置、団地に入る際の規制などは継続された。 最近、北京市の警戒レベルが第二級に引き下げられ、国内の低リスク地域から北京に戻ってきた人の隔離措置は免除され、社会経済活動が徐々に戻りつつある。第二波のリスクが完全になくなったとは言い切れないが、中国政府の慎重な規制緩和が「一抜け」の要因になったことは間違いない。 このような要因で、中国は感染拡大を抑え込んだが、中国の経験が他国で通用するかといえばそうではない。ここに挙げたことは、特定の党が“別格の存在”で、強いリーダーシップをとって様々な措置を講じることができる体制でしかできないことだ。その体制の良し悪しはここで論じないが、感染拡大の抑え込みに有効なことは事実だ』、「特定の党が“別格の存在”で、強いリーダーシップをとって様々な措置を講じることができる体制」が、「感染拡大の抑え込みに有効なことは事実だ」、残念ながらその通りだ。
・『国際主義を掲げる中国共産党の積極外交は本物か 今回のコロナウイルス騒動は、中国共産党にとってチャンスにもなった。その1つは党内改革をより進めることだ。感染症との戦いのなかで、一部幹部の職務怠慢が明らかになったことで、党中央は怠慢幹部を更迭、武漢市に調査チームを派遣し、習近平の“側近”を送り込むなどの措置をとった。 習近平自身が幹部の能力不足を認めたように、党中央の考え方が末端レベルにまで浸透していなかったことが露わになった。そのため、今回のコロナウイルス騒動は習指導部がさらに党内改革を進めるきっかけとなった。 今回のコロナウイルス騒動が中国にもたらしたもう1つのチャンスは、国際的影響力をより高めることだ。中国共産党は国際協調の姿勢を強め、感染拡大の時期も活発な外交活動を展開しており、責任ある大国として世界に貢献することを強調している。 習近平は3月26日、新型コロナウイルス肺炎への対応を協議するG20の首脳特別会議に出席して次の4つの提案を行い、それは中国の感染症との戦いの方針になっている。 (1)感染症の防止・抑制に向けた世界規模での戦いを断固として行う (2)各国との感染症防止・抑制を効果的に展開する (3)国際組織が役割を果たすのを積極的に支持する (4)マクロ経済政策の国際協調を強化する 感染が深刻な国にマスクを贈ったり、専門家を派遣して中国の経験を伝えたり、ウイルスの遺伝子情報を各国と共有したりして、活発な外交活動を行っている。さらに、中国は自国の理論・政策を対外発信することも重要視しており、感染症専門の学者が書いた新型コロナウイルス肺炎の予防や感染症のなどに関する著書が翻訳・出版されるなど、専門家レベルでの「中国の経験」を一般の人々にも伝えようとしている。 習近平は2013年に「人類運命共同体」の考え方を打ち出し、外国にはっきりとものを言うだけでなく、「互恵・ウィンウィン」を旨とする「国際主義」的な外交政策を展開してきた。中国の感染症との戦いをめぐる国際協力もこの考えに基づいている』、「互恵・ウィンウィン」とは表向きで、実態は「一帯一路路線」など中国にとってメリット追及だろう。
・『ポストコロナの中国に感じる「2つの疑問」 だが、ここで2つの疑問が湧いてくる。 (1) 中国が国際協調の姿勢を強めたのは、震源地であることの責任追及を逃れるためではないか。 (2) かつての「革命輸出」のように、中国の経験を世界に「輸出」して影響力を強めようとしているのではないか。 まず責任回避についてだが、中国は「感染症は人類共通の敵」という言葉は発しているが、世界に対してもっと明確なメッセージを発する必要があろう。 ウイルスの起源についての中米の意見対立は、中国は責任回避しているのではないかと言う疑念から出てきたものともいえる。ウイルスの起源は中国の一部の見方のようにアメリカ軍の生物兵器か、アメリカが主張するように武漢の研究所を起源とするのかという問題は、それぞれの国家利益も関わっており、すぐには明らかにはならないだろう。問題は起源より、感染症が起こったときの対処にあったのではないかと筆者は考える。 中国政府が、中央に情報がうまく伝わっていなかったことや、下級組織の職務怠慢などで初動の対処が遅れ、感染拡大の一因をつくったことは否定できない。ただ、その後の中国は軌道修正が徐々に進み、感染者の数字もリアルタイムで出すようになった。その数字も隠蔽されていたのではないかという疑問も出てくるが、それが何らかのきっかけで明るみに出たときに中国共産党が被るダメージは大きいので、著しい隠蔽があったとは考えにくい。 ただ、中国はすでに世界の政治・経済に影響を与える大国になっており、自国のすることを国際社会へ明確に発信することが求められる。この全人代では、自国の感染拡大の抑制を自画自賛するだけでなく、世界に向けてどんなメッセージを発するかが重要となってくる』、「一帯一路路線」でイタリアやドイツで多数の中国人が働いていたことの影響は、今後各国当局の調べで明らかにされるだろう。
・『かつての「革命輸出」のような野心はなさそう 次に、中国が「中国式のガバナンスモデル」を「輸出」することを目的としているのかという点だが、前述のように、中国式モデルは共産党の絶対的指導のもとで行われるものであり、他国には馴染まない。中国は国際主義を掲げているが、今のそれとは違い、友好国の革命を支援するためのものだ。 中国共産党は文化大革命の時代に、中国共産党式の「武装闘争革命」モデルを他国に「輸出」しようとしたが、それは当時の中国共産党が世界革命を起こすことを最重要課題としていたからだ。現在は革命によって世界の主導権を奪う時代ではないし、中国も国内に問題を抱えていて、アメリカに代わる超大国にすぐになれると考えるのは現実的ではない。 周知のように、今中国の公式メディアはほぼ毎日アメリカ批判の記事を掲載し、アメリカを批判している。たとえば、中国はアメリカの感染症対策について「人命よりも資本を重視する」ものとして批判している。 中国のこの言い分は、資本主義国は金儲けが第一で、人命を二の次に考えるが、中国のような社会主義国は、人々の生命と生活を第一に考えるというものだ。このように、相手国に批判されたら果敢に反論するのは、独立国として当然の権利だが、共産党式の「お前が誤りで、私が真実」という論争のやり方は、その方法に馴染みの薄い国の人々にとってはなかなか理解できないだろう。 中国のやり方の良し悪しは長期的スパンでしか証明されない。過去にも中国は自国の立場を示した白書を発表してきたが、この問題についての白書も発表されるのではないかと筆者は見ている』、「この問題についての白書」、どうせ手前勝手なものなのだろう。
・『過去の冷戦と「新しいタイプの冷戦」の違い 中米間の意見の対立についていうと、一部の中国人専門家が指摘するように、「新しいタイプの冷戦の始まり」ともいえるが、それは主にイデオロギー面のものだ。中国の専門家は、中米両国には経済貿易、反テロリズムなどの分野で協力の余地があり、過去の冷戦とは違うと分析している。 その分析通りならば、中国は中米関係改善の「ドアをオープンにしている」ことになる。この状況はしばらくそのまま続くだろうが、コロナ収束後に何らかのアクションがあるのではないかと思う。 そのシナリオは中国の堅持する「国際主義」にも合致するものだが、課題もある。当時は鉄道、高速道路、インフラなどに投資したことによりV字回復を達成したが、当時の中国経済は高度成長期にあったので、短期的に経済を回復し、このようなシナリオが可能だった。 しかし、今の中国経済は中高速成長の段階にあり、以前のように投資のアクセルを大きくふかして急速な経済回復を実現するかは疑問だ。この数年間、中国政府は投資主導型から内需主導の経済発展を模索しており、感染症流行期間中に「凍りついた」需要が解き放たれた後の消費の力強さが重要だ』、「消費の力強さ」は確かだろうが、輸入が大幅増加する一方で、輸出の低迷は持続するので、貿易・経常収支は大赤字となり、人民元相場下落を促進するだろう。
・『中国はどこへ進むのか 全人代でのポストコロナ戦略に注目 また、中国は自国のことにしっかりと取り組むと公言しているが、今年は中国共産党の掲げた貧困脱却の取り組みの最終年であり、その目標達成も課題だ。今回のコロナウイルス騒動の前、中国政府は貧困脱却に向けての取り組みの成果を公式メディアでアピールし、この目標が達成されつつあると強調していた。 しかし、コロナウイルス騒動のなかで収入が大幅に減った人、職を失った人も少なくなく、「新たな貧困層」も出てきた。こうした人々への救済がなければ、中国共産党の掲げた目標はただのスローガンに終わる可能性がある。 昨年の全人代は、中米貿易摩擦の影響を受けて失業した人への支援策など、経済の減速の衝撃を緩和することを目的とする政策が打ち出されたが、今回の全人代も、コロナウイルス騒動の影響を緩和するための支援策が打ち出されることは間違いない。中国政府は全人代の「政府活動報告」で、中国経済を回復させて、世界の経済を支えるシナリオを実現するためにどのような政策を打ち出すか、注目したい』、「全人代」では成長率目標の発表はなかったが、李首相は、雇用の維持などを実現できれば通年でプラス成長を実現できるとした。外交では悪化する米中関係について「たしかに新たな問題、試練が生じている。両国首脳の共通認識に基づき、協調と協力、安定を基調とする米中関係を築きたい」と述べたようだ。
第三に、5月21日付けJBPressが掲載した在米作家の譚 璐美氏による「中国がドイツに「報復」、経済的攻防がコロナで激化 「企業版社会信用システム」で外国企業の命運握ろうと画策」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60553
・『4月15日、欧州でコロナ禍が吹き荒れる中、ドイツ最大のタブロイド紙「ビルト」が社説「私たちへの中国の負債」を掲載して激しく中国を批判した。コロナウイルスが世界中に拡大したのは「中国が全世界を欺いた」からであり、ドイツが受けた経済的損失の約1650億ドル(約18兆1500億円)を、中国は支払うべきだとも要求した。 翌日、中国は「劣悪な要求だ」と反論したが、同紙は一歩も引かず、習近平主席を名指しして、「あなたの友好とは・・・微笑で偽装した帝国主義であり、トロイの木馬なのだ」と、激烈な批判を展開し、激しい舌戦はなおも続いている』、「「あなたの友好とは・・・微笑で偽装した帝国主義であり、トロイの木馬なのだ」、極めて激烈だが、本質を突いた批判だ。
・『“経済的パートナー”ドイツからの厳しい言葉 メルケル首相も4月20日、「中国がウイルスの発生源について、より透明性を持てば、各国がよりくわしく学ぶことができる」と、控えめながら中国政府に「透明性」を求めた。 習近平主席にとって、メルケル首相の言葉は予想外のものだったろう。というのも、ほんのひと月前の3月22日、習近平主席はドイツに電報を送り、コロナウイルスの感染が拡大中のドイツに慰問の意を表し、「ドイツと共に努力することで両国の全方位的なパートナー関係を深め、中国とヨーロッパの関係発展を促進していきたい」と強調したばかりだったからだ。 新型コロナウイルスの発生源などをめぐり、各国首脳から中国の対応に疑念の声が相次ぐ中で、唯一、経済的に重要なパートナーだと思いこんでいたドイツの冷めたい反応は、大きな衝撃だったにちがいない。 コロナ禍をきっかけにして、今、ドイツと中国の間で再び経済的攻防が火花を散らしている』、面白い展開だ。
・『蜜月関係にあるドイツの優良企業が中国企業のM&Aの標的に 振り返れば、ドイツと中国の間には歴史的な禍根が少ない。20世紀初頭にドイツ帝国が清国の山東省膠州湾を租借したものの、第一次世界大戦の時期に、中国侵略を企てた日本がドイツの権益を奪って以降、ドイツはヨーロッパ戦線に忙殺されて、どちらかといえば中国と疎遠な関係にあった。そのためドイツ人も中国に対して固定観念を持たず、悪感情を抱いていなかったのである。それが21世紀に入り、中国が経済成長すると、両国は急接近した。 2005年、メルケル首相は首相就任後、景気低迷にあえぐドイツ経済を再興しようと、対中貿易の促進に踏み切り、現在まで合計12回の訪中をしている。日本には、2回のサミットを含めて5回しか訪問していないのとは大違いだ。 中国にとっても「渡りに船」だった。 中国は建国100年目の2049年に世界制覇を目指して、国家的大構想「一帯一路」プロジェクトを立ち上げ、欧州と中国を陸と海で結んで貿易取引を発展させようと考えた。長距離鉄道を敷設して「陸のルート」を開設する一方、「海のルート」を確立するため、航路沿線にあるアジア、中東各国の港湾を強引な手段で次々と獲得していった。 2015年には具体的な戦略「中国製造2025」も打ち出した。2025年までに欧米先進国と日本に追いつき、追い越すために、10の重点分野を発展させる計画だ。重点分野は、省エネルギー産業、新エネルギー自動車、電力設備、バイオ医療、ロボット分野などの最先端技術ばかりだ。だが、中国はこれらを自ら研究開発するのではなく、外国企業を買収して手っ取り早く最先端技術を奪おうと目論んだ。その主要なターゲットとなったのが、「蜜月関係」にあるドイツの先端企業だった。 JETROのレポート『中国からの直接投資とドイツのジレンマ』(2020年1月9日付)が紹介したドイツ連邦銀行の経済統計によれば、中国からドイツへの直接投資が急増したのは2016年。手法は主としてM&Aだった。 2016年6月、中国の大手家電メーカーの美的集団がドイツの産業用ロボットメーカーのクーカを買収したのを皮切りに、中国企業は次々にドイツ企業にM&Aをしかけた。 2016年の中国のドイツへの投資総額は、前年比24倍の125億6000万ドルに達し、2017年には過去最高額の136億8400万ドルを記録した』、「中国は・・・外国企業を買収して手っ取り早く最先端技術を奪おうと目論んだ。その主要なターゲットとなったのが、「蜜月関係」にあるドイツの先端企業」、これでは大人しい「ドイツ」もさすがに黙ってられないだろう。
・『ドイツで急速に高まった対中警戒感 そこまで事態が進むと、さすがにドイツ人は貴重な先端技術が流出するのではないかと不安になり、ドイツ政府は2017年7月、対外経済法施行令を改正して、軍事産業や安全保障、ハイテク、インフラ、エネルギー分野で、EUおよび欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国以外の外国企業がドイツ企業を買収する場合、買収通知の提出と資本参加の審査を義務化するなど、規制を強化した。 だが、中国の勢いは止まらず、2018年2月、吉利汽車がダイムラーへ資本参加して筆頭株主になり、寧波の自動車部品メーカー、継峰汽車零部件もドイツの自動車内装部品メーカー大手のグラマーの株式を取得して、議決権を84%取得した。 危機感を覚えたドイツ政府はついに「拒否権」を発動した。 2018年7月、国家電網(SGCC)による送電大手の50ヘルツ(50Hertz)の株式取得を阻止するため、ドイツ復興金融公庫(KFW)が株式20%を買い取った。同年8月、煙台市台海集団による精密機械メーカーのライフェルト・メタル・スピニングの買収も拒否した。同社は従業員200人の小規模ながら、宇宙船や航空機の部品製造の技術は世界的に評価が高く、原子力発電や核関連分野にも利用されている優良企業だ。 5カ月後の12月、ドイツは万全を期すため、EUおよびEFTA加盟国以外の外国企業が、安全保障上重要なインフラ企業の株式を取得する際の審査基準を、従来の決議権25%以上から10%以上に引き下げ、中国企業による買収に歯止めをかけた。 その結果、2018年のドイツ企業に対する中国企業の直接投資は2割減の106億8100万ドルとなり、2019年上半期には5億500万ドルと激減した。 だが、二度にわたる規制強化にも関わらず、2019年1月、中国のアリババ集団はドイツのデータ分析のスタートアップ企業であるデータ・アルチザンスを9000万ユーロで買収し、なおもM&A攻勢の手を緩めてはいない』、「二度にわたる規制強化にも関わらず」、「中国」企業のM&A熱は高いようだ。
・『一帯一路の“要所”となる地域で集中的にM&A ところで、中国企業によるM&Aの約60%は、ドイツの特定地域に集中している。バーデン・ヴュルテンベルク州、ノルトライン・ヴェストファーレン州、バイエルン州の3州で、最先端技術をもつ企業がひしめく地域だ。 3州のひとつ、ノルトライン・ヴェストファーレン州はドイツ経済の中心地で、現在、華為技術(ファーウェイ)、中興通訊(ZTE)、徐工集団(XCMG)、三一重工(Sany Heavy Industry)など、中国の有名企業の欧州本部が置かれているほか、1100社の中国企業があり、約1万人の従業員がいる。また、同州のドイツ企業2700社以上が中国に駐在員事務所をもち、ドイツの対中投資額の4分の1を占めている。メルケル首相がかつて推進した経済交流の蜜月時代の所産でもある。 実は、同州はドイツで最初に中国の「一帯一路」プロジェクトに署名した州で、州政府の官員の中には共産主義者も少なくないと指摘されている。 中国が同州に目を付けた最大の利点は、同州にあるデュイスブルク港だ。欧州最大の内陸港として知られ、720キロメートルの内陸航路に120の港湾があり、北海、バルト海、大西洋、地中海、黒海に通じ、欧州の重要なハブになっている。2018年の中国政府の公式ウェブサイトによれば、デュイスブルク港には、中国の重慶を起点として、週に35~40本の長距離鉄道が運行されている。 同州の州都デュッセルドルフ市は、2015年に中国総領事館が設置された後、武漢市と姉妹都市を締結して、毎年「中国祭」を開催するなど密接な関係を保っている。2019年9月には、米国が強く警告する中で、ファーウェイと「スマートシティ」プロジェクトの開発契約を結んだ。 一言でいえば、ノルトライン・ヴェストファーレン州などドイツ3州は、ここ5年間で中国と深く結びつき、ドイツ経済の根幹を中国に握られるほど密着してしまったのである。そして、この経済的な密着こそ、今回のコロナウイルスが感染拡大した最大の要因となったのである。 ドイツでは、コロナウイルスの感染者は17.2万人で、死者は7551人(5月8日現在)にのぼる。その中で被害が最も多いのが、バイエルン州(感染者4万4265人、死者2153人)、ノルトライン・ヴェストファーレン州(同3万4964人、1425人)、バーデン・ヴュルテンベルク州(同3万3287人、1542人)の3州である。 武漢で発生した新型コロナウイルスは、文字通り「一帯一路」プロジェクトの「陸のルート」を通って、武漢から長距離鉄道でドイツに伝わり、「海のルート」の欧州の入り口であるイタリア同様、欧州各国へと感染が拡大していったのである。事ここに至って、冒頭で触れた「ビルト」紙のような、公然とした中国批判が噴出するようになった。 だが、コロナ禍を巡ってドイツ政府やメディアが中国を非難する中で、中国は「報復外交」ともいえる対抗手段で、すでに布石を打っていた。 ドイツの「ドイチェベレ中国語電子版」(2020年1月16日付)は、ドイツ公共放送連盟の経済番組「プラスマイナス」を引用する形で、中国が2020年に導入予定の「企業版社会信用システム」に、数社のドイツ企業を「ブラックリスト」に載せたことが判明したと報じた。 同報道によれば、ドイツのフォルクスワーゲン・フィナンシャル・リーシング社(天津大衆汽車公司)、ドイツ大手建設会社ツプリン社の中国子会社など数社が「ブラックリスト」に掲載されているという。理由はいずれも商取引上の行き違いや、10年も前の税金申告漏れなど、些細な内容ばかりのようだが、はっきりとはわからない。 ボッシュ、BMW、ZFフリードリヒハーフェン社の上海子会社なども、企業データ、金融データ、社会的交流、ネット言論の内容に至るまで、逐一中国政府のデータ庫に保存されているとされる』、「デュイスブルク港には、中国の重慶を起点として、週に35~40本の長距離鉄道が運行されている」、こんなにつながりが深くなっていたとは、初めて知った。「コロナウイルスの・・・被害が最も多いのが、バイエルン州・・・ノルトライン・ヴェストファーレン州・・・バーデン・ヴュルテンベルク州・・・の3州」というのも頷ける。
・『中国の意に沿わない外国企業を窮地に追いやることもできる 中国ですでに導入されている個人対象の「社会信用システム」は、AIを使った厳しい監視体制が国民のプライバシーを過度に侵害するものとして外国でも知られているが、「企業版社会信用システム」が本格的に導入されれば、ドイツ企業ばかりか、中国でビジネスを展開する外国企業にとって、まことに深刻な事態である。すべての外国企業や合弁企業は中国政府に企業データを提供する義務が生じ、中国政府は外国企業の先端技術をたやすく獲得して、政治的に活用することが可能になる。 中国政府の意に沿わない外国企業は信用度が低くなり、融資や商取引の面で数々の不利が生じる。高級管理職の外国人の言動も制限され、企業イメージにも大きな影響を及ぼす。取引相手の信用度とも関連するため、企業同士で互いに疑心暗鬼に陥ることも考えられる。「ブラックリスト」に載せられたら、取り消されるまで数年もかかり、ビジネス展開のうえで致命的なダメージを被る。そしてなにより「企業版社会信用システム」の評価基準があいまいで、中国政府の腹ひとつで信用度が大きく左右されることが、最大の懸念になっている。 ドイツへの直接投資を阻止された中国は、なりふり構わず「報復外交」を展開し、留まるところを知らない。両国の経済的攻防はこれからも続いていくのは必定だろう。 コロナ禍を契機に、今、ドイツを含めたEU諸国が一致協力して、中国の脅威に対抗しようと動き出したことこそ、未来への明るい希望である』、「「企業版社会信用システム・・・すべての外国企業や合弁企業は中国政府に企業データを提供する義務が生じ、中国政府は外国企業の先端技術をたやすく獲得して、政治的に活用することが可能に」、なんと中国に都合がいい制度なのだろう。しかし、中国ビジネスの蜜の味を知ってしまった後では、対応は難しいが、「ドイツを含めたEU諸国が一致協力して、中国の脅威に対抗しようと動き出したことこそ、未来への明るい希望である」、その通りだろう。
タグ:その後の対応ぶりには、中国の強い権力体制があったからこそ可能になったと考えられる側面 中国の強すぎる中央集権的権力体制の負の側面 カミュがペスト菌という言葉で表現しようとしたのは、ナチスに代表される管理国家 デュイスブルク港には、中国の重慶を起点として、週に35~40本の長距離鉄道が運行されている 中国は初期段階での感染封じ込めに失敗しました 譚 璐美 一帯一路の“要所”となる地域で集中的にM&A コロナウイルスの感染拡大とその後の経緯に関連して、中国という国家の特異性が浮かび上がりました 中国発コロナで世界が未曽有の危機に 今の中国経済は中高速成長の段階 『中国が世界を攪乱する――AI・コロナ・デジタル人民元』 「ペスト菌は死ぬことも消えることもない」 過去の冷戦と「新しいタイプの冷戦」の違い 「コロナとの戦いで見えた中国の本質的な問題 IT強権国家のルールが世界を支配する日」 野口 悠紀雄 東洋経済オンライン ポストコロナの中国に感じる「2つの疑問」 ドイツ最大のタブロイド紙「ビルト」が社説「私たちへの中国の負債」を掲載して激しく中国を批判 アルベール・カミュ “経済的パートナー”ドイツからの厳しい言葉 (その6)(コロナとの戦いで見えた中国の本質的な問題 IT強権国家のルールが世界を支配する日、コロナ“一抜け”の中国について囁かれる「2つの野心」は本当か、中国がドイツに「報復」 経済的攻防がコロナで激化 「企業版社会信用システム」で外国企業の命運握ろうと画策) なぜコロナから「一抜け」できたか? 他国には真似できない絶対的権力 ダイヤモンド・オンライン ナチスが消えても、なおかつ世界から消えることはない」というのが、カミュの警告 「コロナ“一抜け”の中国について囁かれる「2つの野心」は本当か」 中国はどこへ進むのか 全人代でのポストコロナ戦略に注目 ドイツで急速に高まった対中警戒感 「互恵・ウィンウィン」を旨とする「国際主義」的な外交政策を展開 習近平 人民元相場下落 かつての「革命輸出」のような野心はなさそう 一帯一路路線 (軍事・外交) 貿易・経常収支は大赤字 中国情勢 中国の意に沿わない外国企業を窮地に追いやることもできる (2) かつての「革命輸出」のように、中国の経験を世界に「輸出」して影響力を強めようとしているのではないか 国際主義を掲げる中国共産党の積極外交は本物か 西欧に屈服した中国が20世紀末に変貌 蜜月関係にあるドイツの優良企業が中国企業のM&Aの標的に 「中国がドイツに「報復」、経済的攻防がコロナで激化 「企業版社会信用システム」で外国企業の命運握ろうと画策」 覇権国家の必要条件は「寛容」(他民族を認めること)であり、中国はその条件を欠いている JBPRESS 1) 中国が国際協調の姿勢を強めたのは、震源地であることの責任追及を逃れるためではないか ドイツを含めたEU諸国が一致協力して、中国の脅威に対抗しようと動き出したことこそ、未来への明るい希望 すべての外国企業や合弁企業は中国政府に企業データを提供する義務が生じ、中国政府は外国企業の先端技術をたやすく獲得して、政治的に活用することが可能になる 強権国家ゆえにできたこと 以前のように投資のアクセルを大きくふかして急速な経済回復を実現するかは疑問 超長期的視点からの歴史の理解 「企業版社会信用システム」 「凍りついた」需要が解き放たれた後の消費の力強さが重要 吉田陽介
米中経済戦争(その11)(コロナ後の米中 「対立から衝突」の可能性に備える必要、英ジョンソン、中国ファーウェイの5G参入制限へ 新型コロナ危機で方針転換、半導体の歴史に重大事件 ファーウェイは“詰んだ” 台湾TSMCが米国陣営に 中国「一帯一路」構想に大打撃) [世界情勢]
米中経済戦争については、5月19日に取上げた。今日は、(その11)(コロナ後の米中 「対立から衝突」の可能性に備える必要、英ジョンソン、中国ファーウェイの5G参入制限へ 新型コロナ危機で方針転換、半導体の歴史に重大事件 ファーウェイは“詰んだ” 台湾TSMCが米国陣営に 中国「一帯一路」構想に大打撃)である。
先ずは、5月24日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元外務審議官で日本総合研究所国際戦略研究所理事長の田中 均氏による「コロナ後の米中、「対立から衝突」の可能性に備える必要」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/237650
・『コロナ後、米中対立が深刻化し、火を噴く可能性に備えなければならない。 東アジアは日米中という大国の興亡の歴史の舞台であり、飛躍的に台頭を遂げた国と既成の勢力との対立は、国内要因にも起因し、幾度となく戦争へとつながった。 コロナ危機は今日の相対的国力の変化の中で各国の国内情勢を揺さぶり、米中はさらなる厳しい対峙となるだろう。 それが軍事的衝突に至る前に、何としてでも止めなければならない』、興味深そうだ。
・『コロナで失策のトランプ氏 大統領選に向け「中国カード」 コロナ危機は11月の米国大統領選挙が佳境に入っていく時期に大きな影を落としている。 再選をかけた大統領選挙ではほとんどの場合、現職大統領が圧倒的に有利だが、その前提は経済が大きく落ち込んでいないことだ。 現職が敗北したまれな例である1980年の大統領選挙でカーター大統領が敗北した理由は、イランによる米大使館員人質問題での屈辱と、またインフレと失業による経済不況が大きかった。 コロナ危機が米国にもたらしたのは、リーマンショックを超える経済成長率の大幅な落ち込みと14.7%という戦後最悪の失業率だ(4月末時点)。トランプ大統領はコロナ感染防止のためのロックダウンから早急に脱し、経済のV字的回復を11月の大統領選挙前に示すことで「コロナ危機を克服した大統領」として打って出る戦略だと思われる。 しかしその見通しはどんどん暗くなっている。 ニューヨークなど大都市での新規感染者は減りつつあるが、内陸部ではまだこれから感染拡大が起こり得るし、大都市周辺では2次、3次と感染の波が押し寄せる可能性は強い。 大統領選挙までにコロナ危機を克服したと宣言できるか。仮に克服できたとしても人々の生活形態や企業の活動形態はコロナ前と同じではあり得ず、「ソーシャル・ディスタンス」は残り、経済の回復には相当長い期間を要する。 トランプ大統領は初動の段階で新型ウイルスの脅威を過小評価し対策が遅れたことが米国の爆発的感染の大きな要因だっただけでなく、大統領の発言が一貫性を欠くことに国内で強い批判がある。 支持率は低下傾向にあり、トランプ大統領再選の見通しは明らかに暗くなっている。このことを背景にトランプ大統領は民主党のバイデン候補との差異を際立たせるため「中国カード」を使い始めた』、「トランプ大統領は初動の段階で新型ウイルスの脅威を過小評価し対策が遅れた」、のは致命的な打撃だ。
・『再選見通し暗くなるほど対中姿勢、厳しくなる懸念 オバマ前大統領とともにバイデン前副大統領を対中融和派と位置づけ、自身が中国に強硬なことを際立たせる作戦だ。 中国の新型コロナウイルス発生源としての責任や初動が遅れたことで武漢から感染を大規模に拡大させた責任を問う姿勢を鮮明にしているだけではなく、本年1月に合意された中国との「第1段階の貿易合意」の中国側の履行が進んでいないことも、攻撃の材料にしていくつもりだろう。 トランプ大統領は再選の国内的見通しが暗くなればなるほど、中国を厳しくたたく行動に出るのだろう。 大統領選挙キャンペーンとしての対中批判にとどまるばかりか、中国側の反応いかんでは両国間の熾烈な対立にエスカレートしていくのは必至だ。 特に11月までに、香港での立法会選挙や台湾問題が引き金になって対立が燃え盛る可能性もある』、「再選見通し暗くなるほど対中姿勢、厳しくなる懸念」、困ったことだ。
・『経済回復を印象付ける中国 年率5.6%の成長軌道目指す 習近平総書記にとって最大の関心は国内だ。 コロナ危機は習近平体制、ひいては共産党体制を崩壊させかねないと考えているのだろう。初動の誤りに対する批判を抑える上でも、何としてでも早くコロナ問題に終止符を打ち、経済成長を取り戻す必要がある。 すでに武漢の封鎖も解除し、国内での北京への出入りも通常に戻した。そして3月に延期した全人代・政治協商会議をそれぞれ5月22日および5月21日に開催すると発表した。 ただ感染を完全に終息させることにはならないだろうし、感染拡大の第2波、第3波が起きるリスクはある。 しかし共産党独裁体制の下、感染防止の管理体制は主要先進国に比べはるかに有効であるようにみえ、経済回復を一刻も早く軌道に乗せることを優先するのだろう。 その観点では、全人代で李克強首相が2020年の経済成長目標をどう掲げるかが大きな意味を持つ。 おそらく2010年比でGDPを倍増させる公約実現に必要な年率5.6%の成長に向かって邁進するという図式を描くのではないか。 また中国がコロナ・パンデミックに責任があるという議論は国内の体制批判につながりかねず、トランプ大統領やポンペオ国務長官の批判に対しては今後も極めて敏感に反応するだろう。 米国だけではなく、独立した調査を要求する豪州などの動きにも神経をとがらせている』、昨日のブログでも紹介したように、「全人代で李克強首相」は「2020年の経済成長目標」の発表を見送ったようだ。
・『「マスク外交」と経済支援 東南アジアでの存在感強める 経済活動の再開という点では、中国は他の主要国の数カ月先を走りだし、この優位性を最大限使おうとするだろう。 中国発の新型コロナウイルスが「一帯一路」構想に象徴される中国人の大規模な移動により感染拡大につながったことも事実だろうし、「一帯一路」構想の参加国が感染拡大で大きな経済的打撃を受け、債務負担に苦しむ諸国が救済を求めることも容易に想像できる。 おそらく中国はマスクや医療機器の支援という「マスク外交」に加え、積極的に経済支援に乗り出すのではないか。その試金石は東南アジアだ。 特にASEAN諸国は中国との貿易拡大に支えられ高い経済成長率を達成してきたが、新型コロナ感染拡大によりその経済活動を大きく制限されることになった。 輸出先の日米をはじめとする先進国市場が当面厳しいマイナス成長に落ち込むと予想される中で、東南アジア諸国が成長軌道に戻るためには、政治的な躊躇はあっても結果的に中国依存が増すことになるのではないか。 先進国企業はサプライチェーンを見直し、中国以外の市場にシフトする動きも出てくるのだろうが、中国市場が真っ先に回復していく中では、中国離れは大きな流れとはならない』、「中国はマスクや医療機器の支援という「マスク外交」に加え、積極的に経済支援に乗り出すのではないか」、「中国市場が真っ先に回復していく中では、中国離れは大きな流れとはならない」、「中国」は悪運が強いようだ。
・『中国は「米国依存」に見切りをつけるか 独自の経済圏構築で動きだすことも ここ数年の飛躍的な中国の台頭が決定的な米中衝突にまでならなかった最大の理由は、米中間の経済相互依存関係が圧倒的に大きかったからだ。 東西冷戦時代の米国と旧ソ連との間とは比較にならない経済相互依存関係と、米中間の軍事力格差の大きさが背景にある。 しかし、習近平総書記が2049年に達成を公約する「社会主義現代化強国」では、中国は経済規模だけでなく軍事力でも米国と肩を並べることを目標としている。 米国でも昨今は、議会や国家安全保障担当機関といった伝統的エスタブリッシュメントが中国の追い上げを深刻に懸念する。 そのような認識が、貿易不均衡是正や5G技術を独占するファーウェイ制裁をはじめとする先端分野での制限、サイバー分野での規律強化、中国からの投資・中国への投資の制限、留学生を含む人的交流の制限などあらゆる面での中国との交流の制限につながっている。 今後も、こうした制限はトランプ大統領の再選戦略と軌を一にして強化されていくのだろう。 中国は経済面で米国と競争できる体力はないことから、米中協議では貿易不均衡是正に取り組む「第1段階の合意」を受け入れた。中国は引き続き米国と正面から決定的に対決するような対抗措置は取らず米国と協力を続ける素振りを見せ続けるのだろう。 しかし、コロナ危機は中国に新しい展望を開いたといえるかもしれない。 米国は、世界最大の感染国になり、消費や生産の落ち込みで圧倒的な経済的打撃を受けているだけでなく、国内の社会的分断はますます深刻化し、どんどん内向きになっている。 一方で、中国は国際協力を前面に出し影響力を世界に浸透させようとするだろう。 国際社会にも中国の経済回復の早さは魅力的に映るに違いない。そのような中で、中国は米国が対中制限措置をエスカレートすれば米国との経済相互依存関係に見切りをつけ、また米国との全面的な対決を覚悟しながら、独自の経済圏の構築に大きく踏み切る可能性は高い』、「トランプ大統領」は、次の先進国首脳会議で、「中国」を「コロナ危機」に責任重大として、孤立させる意向のようだが、そうは問屋が卸さないだろう。「中国」が「独自の経済圏の構築に大きく踏み切る可能性は高い」、日本にとっての悩みの種が1つ増えることになるだろう。
・『中国、「核心的利益」では強硬姿勢を強める可能性 米中対立の火に油を注ぎ全面的対決の引き金になり得るのは香港、ウイグル、南シナ海、台湾といった中国が「核心的利益」とする問題の帰趨だ。 南シナ海や東シナ海への海洋進出に中国は積極的な姿勢を変えておらず、領土や漁業権を巡って係争するフィリピンやベトナム、インドネシアなどとの間で緊張が高まる事態も考えられる。 香港では、6月から7月にかけて天安門事件記念日や200万人デモ1周年、香港返還記念日があり、そして9月には立法会選挙が予定されている。 おそらくどこかの段階で民主化デモが再び起きるだろうし、中国はそれに備え、強権的な取り締まりをする体制作りに人事面などで着々と手を打っているようにみえる。 米国では「香港人権民主主義法」に基づく議会への中間報告が義務付けられており、香港でデモが再開され、香港当局の呵責なき弾圧がまた繰り返されれば、国際社会の非難の強まりとともに、米国が新たな対中制裁措置を取るといったことが起こり得る。 香港情勢の悪化は台湾に飛び火する。コロナ危機の対処で支持率を上げ自信をつけた蔡英文総統は独立的傾向を強め、中国を刺激するのだろう。 これに対して、コロナ危機を他国に先駆けて克服し経済を回復軌道に戻した中国は、米国の指導力低下の間隙を縫って国際的な影響力拡大を狙い、対外的にも従来以上に強硬な態度を取ることを躊躇しないだろう』、「香港」に対しては、全人代で突如、「香港版国家安全法」を成立させ、表立って締め付けを一気に強化した。ここまでは、さすがの田中氏も想定できなかったようだ。
・『トランプ大統領の思惑次第で軍事的衝突も起こり得る こうした中国を抑止する力は米国に求めざるを得ないが、トランプ大統領が再選に向けた国内政治的な思惑が優先し、中国に強硬に出れば、米中が軍事的に衝突する事態もあり得ないことではない。 現段階では米中の軍事力格差は大きく、全面的戦争になるとは考えられないが、限定的にしても軍事的衝突は避けなければならない。 そのために考えられるおそらく唯一の方策は、日本が前面に出てEUやASEANとともに国際的な協調体制を構築し、米中に自制を求めることだ。 単に米国側に立って米国の行動に追随するわけにはいかない。日本が新型コロナウイルスの感染防止で、国際的な協力体制を敷くために積極的な役割を果たせていないのは残念だが、米中の衝突回避では日本が最も効果的な役割を果たし得る国だ。 日本政府はこのことをよく認識すべきだ』、「米中の衝突回避では日本が最も効果的な役割を果たし得る国」であることは確かだが、そのためには、安部首相がトランプべったりの姿勢を転換する必要がある。
次に、5月24日付けNewsweek日本版「英ジョンソン、中国ファーウェイの5G参入制限へ 新型コロナ危機で方針転換」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2020/05/5g-11.php
・『英国のジョンソン首相は、次世代通信規格「5G」の通信網構築で、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の参入余地を制限する方針だ。英紙デーリー・テレグラフ(電子版)が22日、伝えた。 今年1月に限定的な参入を容認する方針を示していたが、新型コロナウイルス危機で方針を修正したもようだ。これに先立ち、英紙タイムズは、ジョンソン首相が、新型コロナ危機を踏まえ、必要不可欠な医療用品などの調達で中国への依存をやめる計画の策定を指示したと伝えていた。 英首相官邸はコメントを差し控えた。ファーウェイのコメントは現時点で得られていない。 英政府は今年1月、ファーウェイの5G参入を限定的に容認すると発表、4月下旬に政府高官が、その方針を確認していた。 テレグラフによると、関係筋は「ジョンソン氏は依然、中国との関係を望んでいるが、ファーウェイとの契約は大幅に縮小しようとしている。ファーウェイの参入を減らす計画を早急に策定する指示が出ている」と述べた。 米政府は、安全保障上の懸念があるとして、同盟国にファーウェイ製品を使用しないよう要請。ファーウェイ製品を使用する国とは機密情報を共有しないと警告している』、「ジョンソン首相」が自らも「新型コロナウイルス」感染で、一時は集中治療室に入るほど重体だったことも影響しているのかも知れない。
第三に、6月2日付けJBPressが掲載した技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長の湯之上 隆氏による「半導体の歴史に重大事件、ファーウェイは“詰んだ” 台湾TSMCが米国陣営に、中国「一帯一路」構想に大打撃」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60730
・『2020年5月14日は、世界半導体産業の歴史に刻まれる日になる――と直感した。この日に、次の2つの“重大な事件”が明らかになったからだ。 (1)台湾のファウンドリ(半導体受託生産メーカー)TSMCが120億ドルを投じて、12インチウエハで月産2万枚の半導体工場を米アリゾナ州に建設することを発表した。 (2)同日、米商務省が中国のファーウェイ(華為技術)への輸出規制を強化すると発表した。それを受けて、TSMCは2020年9月以降、ファーウェイ向けの新規半導体の出荷を停止する。 ここ数年、TSMCは、米中ハイテク戦争に揺さぶられ、両大国からの綱引きにあっていた。しかし結局、TSMCは、中国ではなく、米国に付くことにしたわけだ。 TSMCにとっては、ファーウェイ向けの半導体受託製造ビジネスは全売上高の約15%を占めており、これは最大顧客の米アップルに次ぐ規模である。にもかかわらず、全面的に米国の要請を受け入れたのは、TSMCの売上高の約60%が米国向けだからである(図1)。 図1 TSMCの直近5年間の地域別売上高比率(リンク先参照)) TSMCが120億ドルを投じる半導体工場は、2021年に着工し、2024年から月産2万枚で、5nm(ナノメートル)プロセスの量産を開始する。120億ドルの投資は、2021~2029年の長期間としており、月産2万枚で留まらず、もっと規模を拡大すると予想される。 というのは、TSMCの台湾の工場群の半導体製造キャパシテイは、12インチウエハ換算で月産約110万枚もある。120億ドルを投じる米国の半導体工場が、わずか月産2万枚で留まるはずがない。 また、TSMCは、台南のサイエンスパークに、2022年に157億ドルを投じて3nmプロセスによる量産を開始する。したがって、いずれ、米国工場にも3nmプロセスをコピーするだろう』、「TSMCの売上高の約60%が米国向け」、「ファーウェイ向けの半導体受託製造ビジネスは全売上高の約15%」、というのでは、「ファーウェイ」切り捨ても理解できる。
・『TSMCの米国の半導体工場建設が差し止め ・・・などと想像していたら、3人の米上院議員が、TSMCの米国工場建設に待ったをかけた(EE Times Japan、5月15日)。この記事の中で、TSMCの元主席弁護士のディック・サーストン(Dick Thurston)氏は、「TSMCがアリゾナ州を選んだのは、『知事が共和党の州を支援したい』というトランプ大統領の都合が優先されたためだろう」と述べている。 つまり、TSMCがアリゾナ州に半導体工場の建設を決めた背景には、トランプ大統領が再選されるか否かに注目が集まる今年の大統領選など、政治的要因が関わっている可能性が高いというわけだ。そのため、チャック・シューマー(Chuck Schumer)氏ら3人の民主党上院議員が、米商務長官のウィルバー・ロス(Wilbur Ross)氏および米国防長官のマーク・エスパー(Mark Esper)氏宛に書簡を送付し、調査を行って、関連当局や歳出委員会が概要について十分把握するまでは、TSMCの米工場建設に関するあらゆる交渉や議論を中止することを要求したのである。 このような経緯から、TSMCが本当に米国に半導体工場を建設するのかどうかが分からなくなってしまった。 そこで、本稿では、TSMCの米国半導体工場建設には触れず、TSMCがファーウェイ向けの半導体受託製造を停止することの影響について論じたい。結論として、TSMCのこの決断は、ファーウェイにも、中国にも、そして日本のサプライヤーにも甚大な影響が出ることを指摘する』、「「TSMCがアリゾナ州を選んだのは、『知事が共和党の州を支援したい』というトランプ大統領の都合が優先されたためだろう」、「調査を行って、関連当局や歳出委員会が概要について十分把握するまでは、TSMCの米工場建設に関するあらゆる交渉や議論を中止することを要求」、米国はこうした公正さにはうるさいようだ。
・『米商務省によるファーウェイへの輸出規制強化 米商務省は、ファーウェイが世界中に配置している通信基地局にバックドアを仕掛け、米国の秘密情報などを不正に入手しているとして、昨年2019年5月に、ファーウェイをエンティティーリスト(EL)に追加した。 その結果、クアルコム、ブロードコム、インテルなど、米国製の半導体は、ファーウェイへの輸出が禁止された。また、ELに載ると、米国製でなくても、米国の知財が25%以上含まれている場合、輸出が禁止される。そのため、スマートフォンのOS(Operating System)のAndroid上で動くアプリ(例えばGmailなど)をファーウェイは、使うことができなくなった。 ここで、TSMCの挙動に注目が集まった。というのは、ファーウェイは、傘下のファブレス(工場を持たない半導体設計会社)のハイシリコンにスマートフォン用プロセッサや5G通信基地局用半導体を設計させ、これらの半導体をTSMCに生産委託していた。そして、TSMCは、アプライドマテリアルズ、ラムリサーチ、KLAなどの米国製の製造装置を使って、ファーウェイ向け半導体を製造していたからだ。 そのような中、TSMCは、米国の弁護士事務所に徹底的な調査を行わせた結果、「25%規制には該当しない」と結論し、ファーウェイ向けの半導体製造を継続していた。冒頭で述べた通り、TSMCにとってファーウェイは、売上の15%を占めるビッグカスタマーであるという理由もあっただろう。 しかし、これを問題視した米政府は、2019年後半から、「ファーウェイに限っては、米国の知財が10%以上含まれている場合、輸出を禁止する」という法案を検討していた。 筆者は「一体どうなるのだろう」と推移を見守っていたが、今年5月14日、とうとう、米商務省は、ファーウェイ向けに特別な設計がなされている半導体の輸出を全面的に禁止した。この規制は、「米国知財が10%以上含まれていたら輸出禁止」ではなく、「全面的に禁止」という厳しい内容である。そして、TSMCはこれに従うことを発表したのである。このTSMCの決断は、ファーウェイにとって、あまりにも甚大である』、「半導体の輸出を全面的に禁止」とは、米国の「ファーウェイ」潰しは本気のようだ。
・『ファーウェイにとって致命的な打撃 図2に、2018年と2019年における企業別のスマートフォンの出荷台数を示す。ファーウェイは、米国から輸出規制を受けていたにもかかわらず、2019年に2.4億台のスマートフォンを出荷した。ファーウェイは、3位のアップル(1.9億台)に5000万台の差をつけて突き放し、1位のサムスン電子(2.9億台)にあと5000万台に迫る勢いである。図2 企業別スマートフォン出荷台数(リンク先参照) また、ファーウェイは、5Gの通信基地局でも、世界の約70%を独占しようとしている。ファーウェイを排除しようとしているのは、米国、日本、オーストラリアくらいしかなく、それ以外の多くの国々はファーウェイ製の5G通信基地局を導入する予定である(図3)。 図3 ファーウェイの5G通信基地局を導入する国と排除する国(リンク先参照) 通信基地局メーカーとしては、欧州のノキアやエリクソン、韓国のサムスン電子などがあるが、ファーウェイ製はこれらより3~4割も安価である上に性能が優れているとされ、それが日米豪以外の国々が導入を決めた要因となっている。 しかし、年間2.4億台のスマートフォン用プロセッサや世界の約70%を占める5G基地局用通信半導体は、ほぼすべてをTSMCに生産委託している。 そして、TSMCは世界最先端の微細加工技術で、ファーウェイ向けの半導体を製造してきた。2018年第3四半期には、7nmプロセス(N7)の量産を開始した(図4)。図4 TSMCの微細化の状況(リンク先参照) また、2019年後半からは、最先端露光装置EUVを使った「N7+」で先端半導体の量産を実現した。そして、今年2020年第2四半期からは、さらに微細化を進めた5nmプロセス(N5)での量産を開始する。加えて、10月から3nmプロセス(N3)の開発に着手し、2021年前半にN3による量産を立ち上げる予定である。 昨年、ファーウェイが出荷したスマートフォンのハイエンド機種「Mate 30 Pro」用プロセッサは、TSMCのN7+プロセスが使われた。同時期、アップルのiPhone11用プロセッサはEUVを使わないN7プロセスで製造された。したがって2019年に、ファーウェイのスマートフォン用プロセッサが世界最先端であることが明らかになったわけだ。 今年、ファーウェイは、TSMCがN5プロセスで製造するプロセッサを使ってハイエンドのスマートフォンを生産する計画だった。来年2021年は、TSMCのN3プロセスを使うことを視野に入れただろう。しかし、これらの計画が全て瓦解した。 さらに、5G通信基地局には、N7プロセスを使った通信半導体を搭載する予定だったが、これも雲散霧消した。TSMCの生産委託を打ち切られたファーウェイに、打開策はあるのか?』、「5G通信基地局」が「3~4割も安価である上に性能が優れている」、「スマートフォン用プロセッサが世界最先端」、これらが全て崩壊するようだ。
・『ファーウェイへの打撃 いま一度、図1に示したTSMCの地域別売上高構成比を見ていただきたい。2019年第4四半期に20%以上あった中国比率が、2020年第1四半期に約10%に低下していることが分かる。これは、米国による規制強化の動きを察知したファーウェイが、半導体の生産委託先の一部を、TSMCから中国のSMIC(中芯国際集成電路製造)に切り替えていることを意味している。 今年の第3四半期以降は、ファーウェイは、TSMCに生産委託できなくなるため、ほぼすべてをSMICに変更せざるを得なくなる。しかし、SMICに、ファーウェイ向けの半導体を製造する能力があるのだろうか? その答えは、2つの観点から「No」ということになる。 第1に、SMICには、TSMCのような最先端の微細加工技術がない。図5は、SMICの半導体受託ビジネスにおけるプロセスノード(微細加工技術)の割合を示している。SMICでは、2019年第4四半期に、やっと14nmプロセスのリスク生産が始まったところで、そのビジネス規模は、2020年第1四半期でもわずか1.3%しかない。これでは、ファーウェイが必要とする7nmや5nmプロセスによる半導体はまったく製造することができない。 比較のために、TSMCの微細加工技術の全貌を図6に示す。ただし、これは、ビジネスではなく、各プロセスノードの12インチウエハ換算の出荷枚数であるため、あくまで間接的な比較であることを断っておく。 図6によれば、SMICの14nmに相当する16/20nmをTSMCが量産に使い始めたのは、2014年第3四半期である。その後、TSMCは、2017年第2四半期に10nm、2018年第3四半期に7nmを立ち上げ、2020年第2四半期には5nmが立ち上がる。したがって、SMICは微細加工技術において、TSMCより5年ほど遅れを取っていることが分かる。 図6 TSMCの四半期ごとのウエハ出荷枚数(12インチウエハ換算)(リンク先参照) ▽SMICは生産キャパシテイも足りない(第2に、生産キャパシテイの問題がある(図7)。たとえ、SMICが奇跡的に微細加工技術を進めることができたとしても、ファーウェイ用の半導体をすべて製造するのは困難である。というのは、2019年の平均月産ウエハ出荷枚数(12インチ換算)で、TSMCが108.3万枚であるのに対して、SMICはその5分の1以下の20.5万枚しかないからだ。 図7 TSMCとSMICの月産ウエハ出荷枚数(12インチウエハ換算)(リンク先参照) もし、売上高とウエハ出荷枚数が比例していると仮定すると、TSMCのファーウェイ向けのウエハ出荷枚数は毎月、108.3万枚×15%=16.2万枚となる。これは、SMICの全ウエハ出荷枚数の約80%に相当する。要するに、大雑把に言えば、SMICの生産キャパのほぼすべてをファーウェイ向けにするようなものであり、いくらなんでもこれは無理だろう。 このように、SMICの微細加工技術はTSMCの5年遅れであり、その生産キャパシテイはあまりにも貧弱である。そこで、生産キャパシテイを拡大するために、中国政府がSMICに対して、約2400億円の出資を決めた。 しかし、この程度の出資では、一気に微細加工技術を進めることは難しく、生産キャパシテイを飛躍的に拡大することもできない。国家的な支援としては、1桁金額が小さいように思う』、中国の「SMIC」では、当面、「TSMC」を代替するのは無理なようだ。
・『メンツ丸潰れの中国政府 中国政府は、建国100年の2049年までに、「一帯一路」と呼ばれる世界最大のインフラ群を構築しようとしている。その一環として、5G通信で世界を制することが掲げられている。そして、この構想を実現するべく、図3に示したように、ファーウェイは、世界の約70%の国や地域に、5G通信基地局を導入する契約締結を進めてきた。 ところが、TSMCがファーウェイ向けの半導体製造を停止するため、7nmプロセスを使った世界最先端の通信半導体が調達できなくなってしまった。ということは、ファーウェイは、安価で高性能な5G通信基地局を、契約を結んだ世界の国や地域に提供できなくなるということだ。 このことは、中国の一帯一路構想が頓挫することを意味する。中国政府にとっては、メンツが丸潰れになるということだ。 中国の政府系新聞「環球時報」は、米企業のアップル、クアルコム、シスコ、ボーイングを名指しで警告し、中国政府が報復措置を取る構えを見せていることを報じている。しかし、いくら報復措置をとろうとも、TSMCの最先端技術と生産能力がなければ、5G通信で世界を制する夢は叶わない。TSMCの代わりになるファウンドリは、世界のどこにもないのである』、「メンツ丸潰れの中国政府」、「一帯一路構想」などで舞い上がった周近平が米国の虎の尾を踏んだということなのだろう。
・『ファーウェイの悪あがき ファーウェイは、この窮地を何とか回避するべく、打開策を講じようとしている。例えば、日経新聞(5月23日付)は、「ファーウェイの半導体は、傘下のハイシリコンが設計しているが、これを台湾MediaTekと紫光集団傘下のUNISOCが設計するよう打診している」と報道している。 しかし、MediaTekもUNISOCもファブレスであり、どこかのファウンドリに生産委託するしかない。 MediaTekは、TSMCに生産委託するしかなく、そのTSMCはファーウェイ向けの半導体を製造しない。また、UNISOCは、SMICに生産委託するしかなく、SMICではどうにもならないことは既に述べた通りである。 MediaTekとUNISOCが、7nmの量産を開始しようとしている韓国サムスン電子に生産委託するという方法もあるが、もしそのようなことになったら、米商務省は、サムスンにもファーウェイ向け半導体の出荷停止を要求するだろう。 さらに、奇跡が起きて、SMICが、10nm、7nm、5nmの技術の開発に成功したとしても、米商務省は、SMICをELに加え、AMAT、Lam、KLAの装置輸出を禁止するかもしれない。実際、SMICは、最先端露光装置EUVを、2019年にASMLから導入しようとした。ところが、米国政府がオランダ政府を通じて圧力をかけたため、ASMLはEUVを出荷できなかった。 結局、ファーウェイにとっては八方塞がりの状態であり、最先端の半導体を調達する道は閉ざされたように思う』、「ファーウェイは“詰んだ”」のは確かなようだ。
・『日本のサプライヤーも打撃を受ける 個人的な憶測だが、米国政府がこれほど厳しい輸出規制をファーウェイに課した背景には、「中国が新型コロナウイルスの情報を隠蔽した結果、米国で最も多数の感染者と死亡者が出た」ことに対する恨みが込められているように感じる。 いずれにしても、TSMCがファーウェイ向けの半導体製造を停止することをきっかけとして、米中ハイテク戦争は、ますます激化するだろう。 そして、TSMCのこの決断は、日本のサプライヤーにも波及する。 ファーウェイは、2019年に世界2位の2.4億台のスマートフォンを出荷した。しかし、今年9月以降、TSMCがファーウェイ向け半導体の出荷を停止するため、今後ファーウェイのスマートフォン出荷台数は激減する可能性が高い。すると、ファーウェイのスマートフォンに使われているKIOXIA(旧東芝メモリ)のNAND、ソニーのCMOSセンサ、村田製作所の積層型セラミックコンデンサなど、日本のサプライヤーのビジネスが打撃を受けることになる。そして、これら半導体や電子部品を製造するために必要となる製造装置や材料ビジネスにも、ドミノ倒し的に、その影響が波及する。 2020年はコロナ騒動で幕を開けた。日米欧で、やっとコロナの第1波のピークが収まったと思ったら、今度は米中ハイテク戦争の激化である。さらに、TSMCの米国工場建設を巡っては、一波乱も二波乱もありそうである。まったく心休まる暇がない。なんという年になったのかと溜息が出る思いだ』、「日本のサプライヤーのビジネス」や「製造装置や材料ビジネス」に影響があることは事実だが、納入先が「ファーウェイ」以外になるだけで、それほど深刻視する必要はないのではなかろうか。
先ずは、5月24日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元外務審議官で日本総合研究所国際戦略研究所理事長の田中 均氏による「コロナ後の米中、「対立から衝突」の可能性に備える必要」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/237650
・『コロナ後、米中対立が深刻化し、火を噴く可能性に備えなければならない。 東アジアは日米中という大国の興亡の歴史の舞台であり、飛躍的に台頭を遂げた国と既成の勢力との対立は、国内要因にも起因し、幾度となく戦争へとつながった。 コロナ危機は今日の相対的国力の変化の中で各国の国内情勢を揺さぶり、米中はさらなる厳しい対峙となるだろう。 それが軍事的衝突に至る前に、何としてでも止めなければならない』、興味深そうだ。
・『コロナで失策のトランプ氏 大統領選に向け「中国カード」 コロナ危機は11月の米国大統領選挙が佳境に入っていく時期に大きな影を落としている。 再選をかけた大統領選挙ではほとんどの場合、現職大統領が圧倒的に有利だが、その前提は経済が大きく落ち込んでいないことだ。 現職が敗北したまれな例である1980年の大統領選挙でカーター大統領が敗北した理由は、イランによる米大使館員人質問題での屈辱と、またインフレと失業による経済不況が大きかった。 コロナ危機が米国にもたらしたのは、リーマンショックを超える経済成長率の大幅な落ち込みと14.7%という戦後最悪の失業率だ(4月末時点)。トランプ大統領はコロナ感染防止のためのロックダウンから早急に脱し、経済のV字的回復を11月の大統領選挙前に示すことで「コロナ危機を克服した大統領」として打って出る戦略だと思われる。 しかしその見通しはどんどん暗くなっている。 ニューヨークなど大都市での新規感染者は減りつつあるが、内陸部ではまだこれから感染拡大が起こり得るし、大都市周辺では2次、3次と感染の波が押し寄せる可能性は強い。 大統領選挙までにコロナ危機を克服したと宣言できるか。仮に克服できたとしても人々の生活形態や企業の活動形態はコロナ前と同じではあり得ず、「ソーシャル・ディスタンス」は残り、経済の回復には相当長い期間を要する。 トランプ大統領は初動の段階で新型ウイルスの脅威を過小評価し対策が遅れたことが米国の爆発的感染の大きな要因だっただけでなく、大統領の発言が一貫性を欠くことに国内で強い批判がある。 支持率は低下傾向にあり、トランプ大統領再選の見通しは明らかに暗くなっている。このことを背景にトランプ大統領は民主党のバイデン候補との差異を際立たせるため「中国カード」を使い始めた』、「トランプ大統領は初動の段階で新型ウイルスの脅威を過小評価し対策が遅れた」、のは致命的な打撃だ。
・『再選見通し暗くなるほど対中姿勢、厳しくなる懸念 オバマ前大統領とともにバイデン前副大統領を対中融和派と位置づけ、自身が中国に強硬なことを際立たせる作戦だ。 中国の新型コロナウイルス発生源としての責任や初動が遅れたことで武漢から感染を大規模に拡大させた責任を問う姿勢を鮮明にしているだけではなく、本年1月に合意された中国との「第1段階の貿易合意」の中国側の履行が進んでいないことも、攻撃の材料にしていくつもりだろう。 トランプ大統領は再選の国内的見通しが暗くなればなるほど、中国を厳しくたたく行動に出るのだろう。 大統領選挙キャンペーンとしての対中批判にとどまるばかりか、中国側の反応いかんでは両国間の熾烈な対立にエスカレートしていくのは必至だ。 特に11月までに、香港での立法会選挙や台湾問題が引き金になって対立が燃え盛る可能性もある』、「再選見通し暗くなるほど対中姿勢、厳しくなる懸念」、困ったことだ。
・『経済回復を印象付ける中国 年率5.6%の成長軌道目指す 習近平総書記にとって最大の関心は国内だ。 コロナ危機は習近平体制、ひいては共産党体制を崩壊させかねないと考えているのだろう。初動の誤りに対する批判を抑える上でも、何としてでも早くコロナ問題に終止符を打ち、経済成長を取り戻す必要がある。 すでに武漢の封鎖も解除し、国内での北京への出入りも通常に戻した。そして3月に延期した全人代・政治協商会議をそれぞれ5月22日および5月21日に開催すると発表した。 ただ感染を完全に終息させることにはならないだろうし、感染拡大の第2波、第3波が起きるリスクはある。 しかし共産党独裁体制の下、感染防止の管理体制は主要先進国に比べはるかに有効であるようにみえ、経済回復を一刻も早く軌道に乗せることを優先するのだろう。 その観点では、全人代で李克強首相が2020年の経済成長目標をどう掲げるかが大きな意味を持つ。 おそらく2010年比でGDPを倍増させる公約実現に必要な年率5.6%の成長に向かって邁進するという図式を描くのではないか。 また中国がコロナ・パンデミックに責任があるという議論は国内の体制批判につながりかねず、トランプ大統領やポンペオ国務長官の批判に対しては今後も極めて敏感に反応するだろう。 米国だけではなく、独立した調査を要求する豪州などの動きにも神経をとがらせている』、昨日のブログでも紹介したように、「全人代で李克強首相」は「2020年の経済成長目標」の発表を見送ったようだ。
・『「マスク外交」と経済支援 東南アジアでの存在感強める 経済活動の再開という点では、中国は他の主要国の数カ月先を走りだし、この優位性を最大限使おうとするだろう。 中国発の新型コロナウイルスが「一帯一路」構想に象徴される中国人の大規模な移動により感染拡大につながったことも事実だろうし、「一帯一路」構想の参加国が感染拡大で大きな経済的打撃を受け、債務負担に苦しむ諸国が救済を求めることも容易に想像できる。 おそらく中国はマスクや医療機器の支援という「マスク外交」に加え、積極的に経済支援に乗り出すのではないか。その試金石は東南アジアだ。 特にASEAN諸国は中国との貿易拡大に支えられ高い経済成長率を達成してきたが、新型コロナ感染拡大によりその経済活動を大きく制限されることになった。 輸出先の日米をはじめとする先進国市場が当面厳しいマイナス成長に落ち込むと予想される中で、東南アジア諸国が成長軌道に戻るためには、政治的な躊躇はあっても結果的に中国依存が増すことになるのではないか。 先進国企業はサプライチェーンを見直し、中国以外の市場にシフトする動きも出てくるのだろうが、中国市場が真っ先に回復していく中では、中国離れは大きな流れとはならない』、「中国はマスクや医療機器の支援という「マスク外交」に加え、積極的に経済支援に乗り出すのではないか」、「中国市場が真っ先に回復していく中では、中国離れは大きな流れとはならない」、「中国」は悪運が強いようだ。
・『中国は「米国依存」に見切りをつけるか 独自の経済圏構築で動きだすことも ここ数年の飛躍的な中国の台頭が決定的な米中衝突にまでならなかった最大の理由は、米中間の経済相互依存関係が圧倒的に大きかったからだ。 東西冷戦時代の米国と旧ソ連との間とは比較にならない経済相互依存関係と、米中間の軍事力格差の大きさが背景にある。 しかし、習近平総書記が2049年に達成を公約する「社会主義現代化強国」では、中国は経済規模だけでなく軍事力でも米国と肩を並べることを目標としている。 米国でも昨今は、議会や国家安全保障担当機関といった伝統的エスタブリッシュメントが中国の追い上げを深刻に懸念する。 そのような認識が、貿易不均衡是正や5G技術を独占するファーウェイ制裁をはじめとする先端分野での制限、サイバー分野での規律強化、中国からの投資・中国への投資の制限、留学生を含む人的交流の制限などあらゆる面での中国との交流の制限につながっている。 今後も、こうした制限はトランプ大統領の再選戦略と軌を一にして強化されていくのだろう。 中国は経済面で米国と競争できる体力はないことから、米中協議では貿易不均衡是正に取り組む「第1段階の合意」を受け入れた。中国は引き続き米国と正面から決定的に対決するような対抗措置は取らず米国と協力を続ける素振りを見せ続けるのだろう。 しかし、コロナ危機は中国に新しい展望を開いたといえるかもしれない。 米国は、世界最大の感染国になり、消費や生産の落ち込みで圧倒的な経済的打撃を受けているだけでなく、国内の社会的分断はますます深刻化し、どんどん内向きになっている。 一方で、中国は国際協力を前面に出し影響力を世界に浸透させようとするだろう。 国際社会にも中国の経済回復の早さは魅力的に映るに違いない。そのような中で、中国は米国が対中制限措置をエスカレートすれば米国との経済相互依存関係に見切りをつけ、また米国との全面的な対決を覚悟しながら、独自の経済圏の構築に大きく踏み切る可能性は高い』、「トランプ大統領」は、次の先進国首脳会議で、「中国」を「コロナ危機」に責任重大として、孤立させる意向のようだが、そうは問屋が卸さないだろう。「中国」が「独自の経済圏の構築に大きく踏み切る可能性は高い」、日本にとっての悩みの種が1つ増えることになるだろう。
・『中国、「核心的利益」では強硬姿勢を強める可能性 米中対立の火に油を注ぎ全面的対決の引き金になり得るのは香港、ウイグル、南シナ海、台湾といった中国が「核心的利益」とする問題の帰趨だ。 南シナ海や東シナ海への海洋進出に中国は積極的な姿勢を変えておらず、領土や漁業権を巡って係争するフィリピンやベトナム、インドネシアなどとの間で緊張が高まる事態も考えられる。 香港では、6月から7月にかけて天安門事件記念日や200万人デモ1周年、香港返還記念日があり、そして9月には立法会選挙が予定されている。 おそらくどこかの段階で民主化デモが再び起きるだろうし、中国はそれに備え、強権的な取り締まりをする体制作りに人事面などで着々と手を打っているようにみえる。 米国では「香港人権民主主義法」に基づく議会への中間報告が義務付けられており、香港でデモが再開され、香港当局の呵責なき弾圧がまた繰り返されれば、国際社会の非難の強まりとともに、米国が新たな対中制裁措置を取るといったことが起こり得る。 香港情勢の悪化は台湾に飛び火する。コロナ危機の対処で支持率を上げ自信をつけた蔡英文総統は独立的傾向を強め、中国を刺激するのだろう。 これに対して、コロナ危機を他国に先駆けて克服し経済を回復軌道に戻した中国は、米国の指導力低下の間隙を縫って国際的な影響力拡大を狙い、対外的にも従来以上に強硬な態度を取ることを躊躇しないだろう』、「香港」に対しては、全人代で突如、「香港版国家安全法」を成立させ、表立って締め付けを一気に強化した。ここまでは、さすがの田中氏も想定できなかったようだ。
・『トランプ大統領の思惑次第で軍事的衝突も起こり得る こうした中国を抑止する力は米国に求めざるを得ないが、トランプ大統領が再選に向けた国内政治的な思惑が優先し、中国に強硬に出れば、米中が軍事的に衝突する事態もあり得ないことではない。 現段階では米中の軍事力格差は大きく、全面的戦争になるとは考えられないが、限定的にしても軍事的衝突は避けなければならない。 そのために考えられるおそらく唯一の方策は、日本が前面に出てEUやASEANとともに国際的な協調体制を構築し、米中に自制を求めることだ。 単に米国側に立って米国の行動に追随するわけにはいかない。日本が新型コロナウイルスの感染防止で、国際的な協力体制を敷くために積極的な役割を果たせていないのは残念だが、米中の衝突回避では日本が最も効果的な役割を果たし得る国だ。 日本政府はこのことをよく認識すべきだ』、「米中の衝突回避では日本が最も効果的な役割を果たし得る国」であることは確かだが、そのためには、安部首相がトランプべったりの姿勢を転換する必要がある。
次に、5月24日付けNewsweek日本版「英ジョンソン、中国ファーウェイの5G参入制限へ 新型コロナ危機で方針転換」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2020/05/5g-11.php
・『英国のジョンソン首相は、次世代通信規格「5G」の通信網構築で、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の参入余地を制限する方針だ。英紙デーリー・テレグラフ(電子版)が22日、伝えた。 今年1月に限定的な参入を容認する方針を示していたが、新型コロナウイルス危機で方針を修正したもようだ。これに先立ち、英紙タイムズは、ジョンソン首相が、新型コロナ危機を踏まえ、必要不可欠な医療用品などの調達で中国への依存をやめる計画の策定を指示したと伝えていた。 英首相官邸はコメントを差し控えた。ファーウェイのコメントは現時点で得られていない。 英政府は今年1月、ファーウェイの5G参入を限定的に容認すると発表、4月下旬に政府高官が、その方針を確認していた。 テレグラフによると、関係筋は「ジョンソン氏は依然、中国との関係を望んでいるが、ファーウェイとの契約は大幅に縮小しようとしている。ファーウェイの参入を減らす計画を早急に策定する指示が出ている」と述べた。 米政府は、安全保障上の懸念があるとして、同盟国にファーウェイ製品を使用しないよう要請。ファーウェイ製品を使用する国とは機密情報を共有しないと警告している』、「ジョンソン首相」が自らも「新型コロナウイルス」感染で、一時は集中治療室に入るほど重体だったことも影響しているのかも知れない。
第三に、6月2日付けJBPressが掲載した技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長の湯之上 隆氏による「半導体の歴史に重大事件、ファーウェイは“詰んだ” 台湾TSMCが米国陣営に、中国「一帯一路」構想に大打撃」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60730
・『2020年5月14日は、世界半導体産業の歴史に刻まれる日になる――と直感した。この日に、次の2つの“重大な事件”が明らかになったからだ。 (1)台湾のファウンドリ(半導体受託生産メーカー)TSMCが120億ドルを投じて、12インチウエハで月産2万枚の半導体工場を米アリゾナ州に建設することを発表した。 (2)同日、米商務省が中国のファーウェイ(華為技術)への輸出規制を強化すると発表した。それを受けて、TSMCは2020年9月以降、ファーウェイ向けの新規半導体の出荷を停止する。 ここ数年、TSMCは、米中ハイテク戦争に揺さぶられ、両大国からの綱引きにあっていた。しかし結局、TSMCは、中国ではなく、米国に付くことにしたわけだ。 TSMCにとっては、ファーウェイ向けの半導体受託製造ビジネスは全売上高の約15%を占めており、これは最大顧客の米アップルに次ぐ規模である。にもかかわらず、全面的に米国の要請を受け入れたのは、TSMCの売上高の約60%が米国向けだからである(図1)。 図1 TSMCの直近5年間の地域別売上高比率(リンク先参照)) TSMCが120億ドルを投じる半導体工場は、2021年に着工し、2024年から月産2万枚で、5nm(ナノメートル)プロセスの量産を開始する。120億ドルの投資は、2021~2029年の長期間としており、月産2万枚で留まらず、もっと規模を拡大すると予想される。 というのは、TSMCの台湾の工場群の半導体製造キャパシテイは、12インチウエハ換算で月産約110万枚もある。120億ドルを投じる米国の半導体工場が、わずか月産2万枚で留まるはずがない。 また、TSMCは、台南のサイエンスパークに、2022年に157億ドルを投じて3nmプロセスによる量産を開始する。したがって、いずれ、米国工場にも3nmプロセスをコピーするだろう』、「TSMCの売上高の約60%が米国向け」、「ファーウェイ向けの半導体受託製造ビジネスは全売上高の約15%」、というのでは、「ファーウェイ」切り捨ても理解できる。
・『TSMCの米国の半導体工場建設が差し止め ・・・などと想像していたら、3人の米上院議員が、TSMCの米国工場建設に待ったをかけた(EE Times Japan、5月15日)。この記事の中で、TSMCの元主席弁護士のディック・サーストン(Dick Thurston)氏は、「TSMCがアリゾナ州を選んだのは、『知事が共和党の州を支援したい』というトランプ大統領の都合が優先されたためだろう」と述べている。 つまり、TSMCがアリゾナ州に半導体工場の建設を決めた背景には、トランプ大統領が再選されるか否かに注目が集まる今年の大統領選など、政治的要因が関わっている可能性が高いというわけだ。そのため、チャック・シューマー(Chuck Schumer)氏ら3人の民主党上院議員が、米商務長官のウィルバー・ロス(Wilbur Ross)氏および米国防長官のマーク・エスパー(Mark Esper)氏宛に書簡を送付し、調査を行って、関連当局や歳出委員会が概要について十分把握するまでは、TSMCの米工場建設に関するあらゆる交渉や議論を中止することを要求したのである。 このような経緯から、TSMCが本当に米国に半導体工場を建設するのかどうかが分からなくなってしまった。 そこで、本稿では、TSMCの米国半導体工場建設には触れず、TSMCがファーウェイ向けの半導体受託製造を停止することの影響について論じたい。結論として、TSMCのこの決断は、ファーウェイにも、中国にも、そして日本のサプライヤーにも甚大な影響が出ることを指摘する』、「「TSMCがアリゾナ州を選んだのは、『知事が共和党の州を支援したい』というトランプ大統領の都合が優先されたためだろう」、「調査を行って、関連当局や歳出委員会が概要について十分把握するまでは、TSMCの米工場建設に関するあらゆる交渉や議論を中止することを要求」、米国はこうした公正さにはうるさいようだ。
・『米商務省によるファーウェイへの輸出規制強化 米商務省は、ファーウェイが世界中に配置している通信基地局にバックドアを仕掛け、米国の秘密情報などを不正に入手しているとして、昨年2019年5月に、ファーウェイをエンティティーリスト(EL)に追加した。 その結果、クアルコム、ブロードコム、インテルなど、米国製の半導体は、ファーウェイへの輸出が禁止された。また、ELに載ると、米国製でなくても、米国の知財が25%以上含まれている場合、輸出が禁止される。そのため、スマートフォンのOS(Operating System)のAndroid上で動くアプリ(例えばGmailなど)をファーウェイは、使うことができなくなった。 ここで、TSMCの挙動に注目が集まった。というのは、ファーウェイは、傘下のファブレス(工場を持たない半導体設計会社)のハイシリコンにスマートフォン用プロセッサや5G通信基地局用半導体を設計させ、これらの半導体をTSMCに生産委託していた。そして、TSMCは、アプライドマテリアルズ、ラムリサーチ、KLAなどの米国製の製造装置を使って、ファーウェイ向け半導体を製造していたからだ。 そのような中、TSMCは、米国の弁護士事務所に徹底的な調査を行わせた結果、「25%規制には該当しない」と結論し、ファーウェイ向けの半導体製造を継続していた。冒頭で述べた通り、TSMCにとってファーウェイは、売上の15%を占めるビッグカスタマーであるという理由もあっただろう。 しかし、これを問題視した米政府は、2019年後半から、「ファーウェイに限っては、米国の知財が10%以上含まれている場合、輸出を禁止する」という法案を検討していた。 筆者は「一体どうなるのだろう」と推移を見守っていたが、今年5月14日、とうとう、米商務省は、ファーウェイ向けに特別な設計がなされている半導体の輸出を全面的に禁止した。この規制は、「米国知財が10%以上含まれていたら輸出禁止」ではなく、「全面的に禁止」という厳しい内容である。そして、TSMCはこれに従うことを発表したのである。このTSMCの決断は、ファーウェイにとって、あまりにも甚大である』、「半導体の輸出を全面的に禁止」とは、米国の「ファーウェイ」潰しは本気のようだ。
・『ファーウェイにとって致命的な打撃 図2に、2018年と2019年における企業別のスマートフォンの出荷台数を示す。ファーウェイは、米国から輸出規制を受けていたにもかかわらず、2019年に2.4億台のスマートフォンを出荷した。ファーウェイは、3位のアップル(1.9億台)に5000万台の差をつけて突き放し、1位のサムスン電子(2.9億台)にあと5000万台に迫る勢いである。図2 企業別スマートフォン出荷台数(リンク先参照) また、ファーウェイは、5Gの通信基地局でも、世界の約70%を独占しようとしている。ファーウェイを排除しようとしているのは、米国、日本、オーストラリアくらいしかなく、それ以外の多くの国々はファーウェイ製の5G通信基地局を導入する予定である(図3)。 図3 ファーウェイの5G通信基地局を導入する国と排除する国(リンク先参照) 通信基地局メーカーとしては、欧州のノキアやエリクソン、韓国のサムスン電子などがあるが、ファーウェイ製はこれらより3~4割も安価である上に性能が優れているとされ、それが日米豪以外の国々が導入を決めた要因となっている。 しかし、年間2.4億台のスマートフォン用プロセッサや世界の約70%を占める5G基地局用通信半導体は、ほぼすべてをTSMCに生産委託している。 そして、TSMCは世界最先端の微細加工技術で、ファーウェイ向けの半導体を製造してきた。2018年第3四半期には、7nmプロセス(N7)の量産を開始した(図4)。図4 TSMCの微細化の状況(リンク先参照) また、2019年後半からは、最先端露光装置EUVを使った「N7+」で先端半導体の量産を実現した。そして、今年2020年第2四半期からは、さらに微細化を進めた5nmプロセス(N5)での量産を開始する。加えて、10月から3nmプロセス(N3)の開発に着手し、2021年前半にN3による量産を立ち上げる予定である。 昨年、ファーウェイが出荷したスマートフォンのハイエンド機種「Mate 30 Pro」用プロセッサは、TSMCのN7+プロセスが使われた。同時期、アップルのiPhone11用プロセッサはEUVを使わないN7プロセスで製造された。したがって2019年に、ファーウェイのスマートフォン用プロセッサが世界最先端であることが明らかになったわけだ。 今年、ファーウェイは、TSMCがN5プロセスで製造するプロセッサを使ってハイエンドのスマートフォンを生産する計画だった。来年2021年は、TSMCのN3プロセスを使うことを視野に入れただろう。しかし、これらの計画が全て瓦解した。 さらに、5G通信基地局には、N7プロセスを使った通信半導体を搭載する予定だったが、これも雲散霧消した。TSMCの生産委託を打ち切られたファーウェイに、打開策はあるのか?』、「5G通信基地局」が「3~4割も安価である上に性能が優れている」、「スマートフォン用プロセッサが世界最先端」、これらが全て崩壊するようだ。
・『ファーウェイへの打撃 いま一度、図1に示したTSMCの地域別売上高構成比を見ていただきたい。2019年第4四半期に20%以上あった中国比率が、2020年第1四半期に約10%に低下していることが分かる。これは、米国による規制強化の動きを察知したファーウェイが、半導体の生産委託先の一部を、TSMCから中国のSMIC(中芯国際集成電路製造)に切り替えていることを意味している。 今年の第3四半期以降は、ファーウェイは、TSMCに生産委託できなくなるため、ほぼすべてをSMICに変更せざるを得なくなる。しかし、SMICに、ファーウェイ向けの半導体を製造する能力があるのだろうか? その答えは、2つの観点から「No」ということになる。 第1に、SMICには、TSMCのような最先端の微細加工技術がない。図5は、SMICの半導体受託ビジネスにおけるプロセスノード(微細加工技術)の割合を示している。SMICでは、2019年第4四半期に、やっと14nmプロセスのリスク生産が始まったところで、そのビジネス規模は、2020年第1四半期でもわずか1.3%しかない。これでは、ファーウェイが必要とする7nmや5nmプロセスによる半導体はまったく製造することができない。 比較のために、TSMCの微細加工技術の全貌を図6に示す。ただし、これは、ビジネスではなく、各プロセスノードの12インチウエハ換算の出荷枚数であるため、あくまで間接的な比較であることを断っておく。 図6によれば、SMICの14nmに相当する16/20nmをTSMCが量産に使い始めたのは、2014年第3四半期である。その後、TSMCは、2017年第2四半期に10nm、2018年第3四半期に7nmを立ち上げ、2020年第2四半期には5nmが立ち上がる。したがって、SMICは微細加工技術において、TSMCより5年ほど遅れを取っていることが分かる。 図6 TSMCの四半期ごとのウエハ出荷枚数(12インチウエハ換算)(リンク先参照) ▽SMICは生産キャパシテイも足りない(第2に、生産キャパシテイの問題がある(図7)。たとえ、SMICが奇跡的に微細加工技術を進めることができたとしても、ファーウェイ用の半導体をすべて製造するのは困難である。というのは、2019年の平均月産ウエハ出荷枚数(12インチ換算)で、TSMCが108.3万枚であるのに対して、SMICはその5分の1以下の20.5万枚しかないからだ。 図7 TSMCとSMICの月産ウエハ出荷枚数(12インチウエハ換算)(リンク先参照) もし、売上高とウエハ出荷枚数が比例していると仮定すると、TSMCのファーウェイ向けのウエハ出荷枚数は毎月、108.3万枚×15%=16.2万枚となる。これは、SMICの全ウエハ出荷枚数の約80%に相当する。要するに、大雑把に言えば、SMICの生産キャパのほぼすべてをファーウェイ向けにするようなものであり、いくらなんでもこれは無理だろう。 このように、SMICの微細加工技術はTSMCの5年遅れであり、その生産キャパシテイはあまりにも貧弱である。そこで、生産キャパシテイを拡大するために、中国政府がSMICに対して、約2400億円の出資を決めた。 しかし、この程度の出資では、一気に微細加工技術を進めることは難しく、生産キャパシテイを飛躍的に拡大することもできない。国家的な支援としては、1桁金額が小さいように思う』、中国の「SMIC」では、当面、「TSMC」を代替するのは無理なようだ。
・『メンツ丸潰れの中国政府 中国政府は、建国100年の2049年までに、「一帯一路」と呼ばれる世界最大のインフラ群を構築しようとしている。その一環として、5G通信で世界を制することが掲げられている。そして、この構想を実現するべく、図3に示したように、ファーウェイは、世界の約70%の国や地域に、5G通信基地局を導入する契約締結を進めてきた。 ところが、TSMCがファーウェイ向けの半導体製造を停止するため、7nmプロセスを使った世界最先端の通信半導体が調達できなくなってしまった。ということは、ファーウェイは、安価で高性能な5G通信基地局を、契約を結んだ世界の国や地域に提供できなくなるということだ。 このことは、中国の一帯一路構想が頓挫することを意味する。中国政府にとっては、メンツが丸潰れになるということだ。 中国の政府系新聞「環球時報」は、米企業のアップル、クアルコム、シスコ、ボーイングを名指しで警告し、中国政府が報復措置を取る構えを見せていることを報じている。しかし、いくら報復措置をとろうとも、TSMCの最先端技術と生産能力がなければ、5G通信で世界を制する夢は叶わない。TSMCの代わりになるファウンドリは、世界のどこにもないのである』、「メンツ丸潰れの中国政府」、「一帯一路構想」などで舞い上がった周近平が米国の虎の尾を踏んだということなのだろう。
・『ファーウェイの悪あがき ファーウェイは、この窮地を何とか回避するべく、打開策を講じようとしている。例えば、日経新聞(5月23日付)は、「ファーウェイの半導体は、傘下のハイシリコンが設計しているが、これを台湾MediaTekと紫光集団傘下のUNISOCが設計するよう打診している」と報道している。 しかし、MediaTekもUNISOCもファブレスであり、どこかのファウンドリに生産委託するしかない。 MediaTekは、TSMCに生産委託するしかなく、そのTSMCはファーウェイ向けの半導体を製造しない。また、UNISOCは、SMICに生産委託するしかなく、SMICではどうにもならないことは既に述べた通りである。 MediaTekとUNISOCが、7nmの量産を開始しようとしている韓国サムスン電子に生産委託するという方法もあるが、もしそのようなことになったら、米商務省は、サムスンにもファーウェイ向け半導体の出荷停止を要求するだろう。 さらに、奇跡が起きて、SMICが、10nm、7nm、5nmの技術の開発に成功したとしても、米商務省は、SMICをELに加え、AMAT、Lam、KLAの装置輸出を禁止するかもしれない。実際、SMICは、最先端露光装置EUVを、2019年にASMLから導入しようとした。ところが、米国政府がオランダ政府を通じて圧力をかけたため、ASMLはEUVを出荷できなかった。 結局、ファーウェイにとっては八方塞がりの状態であり、最先端の半導体を調達する道は閉ざされたように思う』、「ファーウェイは“詰んだ”」のは確かなようだ。
・『日本のサプライヤーも打撃を受ける 個人的な憶測だが、米国政府がこれほど厳しい輸出規制をファーウェイに課した背景には、「中国が新型コロナウイルスの情報を隠蔽した結果、米国で最も多数の感染者と死亡者が出た」ことに対する恨みが込められているように感じる。 いずれにしても、TSMCがファーウェイ向けの半導体製造を停止することをきっかけとして、米中ハイテク戦争は、ますます激化するだろう。 そして、TSMCのこの決断は、日本のサプライヤーにも波及する。 ファーウェイは、2019年に世界2位の2.4億台のスマートフォンを出荷した。しかし、今年9月以降、TSMCがファーウェイ向け半導体の出荷を停止するため、今後ファーウェイのスマートフォン出荷台数は激減する可能性が高い。すると、ファーウェイのスマートフォンに使われているKIOXIA(旧東芝メモリ)のNAND、ソニーのCMOSセンサ、村田製作所の積層型セラミックコンデンサなど、日本のサプライヤーのビジネスが打撃を受けることになる。そして、これら半導体や電子部品を製造するために必要となる製造装置や材料ビジネスにも、ドミノ倒し的に、その影響が波及する。 2020年はコロナ騒動で幕を開けた。日米欧で、やっとコロナの第1波のピークが収まったと思ったら、今度は米中ハイテク戦争の激化である。さらに、TSMCの米国工場建設を巡っては、一波乱も二波乱もありそうである。まったく心休まる暇がない。なんという年になったのかと溜息が出る思いだ』、「日本のサプライヤーのビジネス」や「製造装置や材料ビジネス」に影響があることは事実だが、納入先が「ファーウェイ」以外になるだけで、それほど深刻視する必要はないのではなかろうか。
タグ:ファーウェイへの打撃 ファーウェイにとって致命的な打撃 米商務省によるファーウェイへの輸出規制強化 「英ジョンソン、中国ファーウェイの5G参入制限へ 新型コロナ危機で方針転換」 米中経済戦争 (その11)(コロナ後の米中 「対立から衝突」の可能性に備える必要、英ジョンソン、中国ファーウェイの5G参入制限へ 新型コロナ危機で方針転換、半導体の歴史に重大事件 ファーウェイは“詰んだ” 台湾TSMCが米国陣営に 中国「一帯一路」構想に大打撃) ダイヤモンド・オンライン 田中 均 再選見通し暗くなるほど対中姿勢、厳しくなる懸念 「2020年の経済成長目標」の発表を見送った トランプ大統領の思惑次第で軍事的衝突も起こり得る 「コロナ後の米中、「対立から衝突」の可能性に備える必要」 経済回復を印象付ける中国 年率5.6%の成長軌道目指す 「マスク外交」と経済支援 東南アジアでの存在感強める 中国は「米国依存」に見切りをつけるか 独自の経済圏構築で動きだすことも 中国、「核心的利益」では強硬姿勢を強める可能性 コロナで失策のトランプ氏 大統領選に向け「中国カード」 Newsweek日本版 湯之上 隆 (1)台湾のファウンドリ(半導体受託生産メーカー)TSMCが120億ドルを投じて、12インチウエハで月産2万枚の半導体工場を米アリゾナ州に建設することを発表 JBPRESS 「半導体の歴史に重大事件、ファーウェイは“詰んだ” 台湾TSMCが米国陣営に、中国「一帯一路」構想に大打撃」 2)同日、米商務省が中国のファーウェイ(華為技術)への輸出規制を強化すると発表した。それを受けて、TSMCは2020年9月以降、ファーウェイ向けの新規半導体の出荷を停止する TSMCの米国の半導体工場建設が差し止め メンツ丸潰れの中国政府 「一帯一路構想」 ファーウェイの悪あがき 日本のサプライヤーも打撃を受ける 舞い上がった周近平が米国の虎の尾を踏んだ
中国国内政治(その8)(コロナ危機のウラで 中国・習近平が「ヤバすぎる計画」を進めていた…! いままで以上の警戒が必要だ、中国全人代 異例の「短縮ずくめ」が示す習近平主席の権力増大 李克強首相の見せ場はわずか56分に) [世界情勢]
中国国内政治については、昨年12月1日に取上げた。全人代終了を踏まえた今日は、(その8)(コロナ危機のウラで 中国・習近平が「ヤバすぎる計画」を進めていた…! いままで以上の警戒が必要だ、中国全人代 異例の「短縮ずくめ」が示す習近平主席の権力増大 李克強首相の見せ場はわずか56分に)である。
先ずは、5月8日付け現代ビジネスが掲載した社会学者の橋爪 大三郎氏による「コロナ危機のウラで、中国・習近平が「ヤバすぎる計画」を進めていた…! いままで以上の警戒が必要だ」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71086
・『新型コロナウイルスの感染後遺症が中国経済を直撃している――。中国の2020年1-3月期のGDPは「初のマイナス」に大きく沈みこみ、中国経済の急落下ぶりが明らかになってきたのだ。 そんなコロナ危機の衝撃が走るウラで、いま中国では習近平国家主席がみずからの権力維持のための「ある企て」を進めていることをご存じだろうか。習近平の計画がこのまま進めば、世界にとって新型コロナウイルス以上に警戒を要する事態にすらなりかねない――そう警告する社会学者・橋爪大三郎氏による緊急レポート!』、「ある企て」とはどんなものなのだろう。
・『習近平が「死ぬまで権力の座に」…!? 習近平とプーチン。両大国のリーダーが、このところますます、独裁の傾向を強めている。果たしてこれは、あの忌まわしい全体主義の再来なのだろうか。その権力の正体を、見すえてみよう。 習近平は、二期10年で交替するというこれまでのルールに従わず、後継者を選ばなかった。本来なら、2017年の全国代表大会で、若い世代のリーダーが後継候補に抜擢されるはずだった。トウ小平(とう・しょうへい)の決めたルールである。 それを無視したのは、三期目も、もしかするとそれ以降も続投するつもりではないか。毛沢東のように終生、権力の座にとどまるつもりか。さまざまな憶測をよんでいる。 習近平が長期政権を望んでも、彼ひとりの考えで実現するわけではない。それを支持する、大勢の共産党の幹部がいるということだ』、「習近平が「死ぬまで権力の座に」、前代未聞の事態が起きつつあるようだ。
・『世界でも「初めての出来事」 習近平政権を支える力学は、どのようなものか。それを考えるには、「社会主義市場経済」なるものを、理解しなければならない。 1949年に建国した中華人民共和国は、社会主義計画経済を進めようとした。まず農業。地主から土地を取り上げて小作農らに分配し、そのあとそれをまた取り上げて人民公社に集約した。人民公社は改革開放のすぐあとやめになった。 工業はどうか。当時、工業は立ち遅れていて、いくつかの地域経済の寄せ集めだった。国単位の計画経済どころではない。それでも国の計画にもとづいて、地方政府が製品の価格や数量を管理していた。都市部の土地、家屋や工場がすべて接収されて、国有になったのは言うまでもない。 この計画経済を三○年続けたあと、始まったのが改革開放だ。初めはおっかなびっくりで、価格の一部を自由化し、商品経済です、と言い訳をした。 計画経済の一部が商品経済なのは、まあよいとされていた。市場経済です、と言おうものなら大変なことになった。市場経済とは資本主義経済の同義語、がマルクス主義の常識であるからだ。 1992年に、トウ小平が「社会主義市場経済」と言い出したので、みんなびっくりした。これからは共産党が資本主義経済をやる、という意味になるからだ。 共産党が、資本主義経済をやる。こんなことは、経済学の教科書にも、マルクス主義の教科書にも書いてない。世界史でも初めての出来事だ。いったいどうやるのか』、「社会主義市場経済」の実態はどうなのだろう。
・『「資本家」は中国共産幹部…? まず、価格統制をやめる。計画もやめ、需要・供給は市場に任せる。 つぎに、国営企業を株式会社にする。就職も、国が分配するのではなく自由契約にする。国中の土地建物も私有にする(建前は国有のままなので、七○年の使用権、などを私有させる)。 こうやって、資本市場、労働市場、土地市場(いずれも資本主義に必須のもの)を成立させたのだ。 私企業(株式会社)が成立して、資本家が出現する。でもどうやって?マルクスは言った、原始蓄積過程だ。なりかけの資本家は労働者をとことん搾取し、資本を貯め込む。それが資本主義の始まりだと。 中国には、工場や生産設備も、労働者も、社会インフラも、もう存在した。国有の工場や生産設備を、私有財産にすればよかった。 政府の指示で、地元の省や市が、工場を民間企業にする。株券を発行して、一部を政府に渡し、一部を労働者に渡し、残りを共産党の幹部で分けてしまう。共産党の幹部が資本家をやります、が社会主義市場経済のなかみである。 改革開放が進むと、企業のオーナーが中国共産党に加入してよいのか、問題になった。 結局、加入できることになった。共産党は、資本主義経済を推進するための政党に、性格が変わったということだ』、情報開示がないなかでは、企業や「共産党の幹部」が、私腹をこやすことが可能な仕組みだ。
・『「おいしい仕組み」だ 冷戦が終わってもなぜ、中国共産党は解体しなかったのか。なぜ、中国では独裁が必要なのか。その謎を解き明かす秘密が、ここにある。 そもそもマルクスは、なぜ資本主義に反対したのか。資本の所有者である資本家が、剰余価値(労働者が賃金以上にうみだした価値)を手にするからだ。こんな不公正があるだろうか。そこで資本家から資本を奪い取って、労働者のものにする。プロレタリア独裁である。 さて、資本家から資本を奪い取っても、資本がなくなるわけではない。誰かが資本を管理しなければならない。それが共産党だ。共産党は労働者を代表して、国全体の資本を管理する。絶大な権力だ。しかしこれは、効率が悪い。国全体にひとりの資本家しかいないのと同じで、資本を適切に配分できないからだ。 そこで中国共産党は、市場経済を採り入れ、共産党の幹部みずから、資本を私的に所有することにした。経済の私物化だ。世にも奇妙な、共産主義と資本主義の二人三脚が始まった。 共産党は、社会を管理し、経済を管理し、国家を指導する権力をもっている。この権力(の一部)をばらばらにし、共産党の幹部に企業の所有権としてばらまいた。 幹部は莫大な利益を手にする。企業のトップにならなかった共産党幹部も、それぞれ権力をもっている。権力があれば、それを経済的利益に変換することができる。いずれにしても、共産党幹部にとっておいしい仕組みが、社会主義市場経済だ』、「共産党幹部にとっておいしい仕組み」、利権は巨大だ。
・『共産党の思惑 共産党の一党支配はなんのためか。 もともとは、資本家をやっつけて共産主義革命を実行するため、つまり人民のためだった。それがいまや、資本家である共産党の幹部の利益を守るため、になった。こんな政党が存在する必要があるだろうか。中国の人民は、だんだん疑問に思い始める。 だから中国共産党は締めつけを、強化する必要がある。まず、共産党の必要性を強調する。共産党がなくなると、政治的混乱が生じますよ。これまでの実績のことも、思い出してください。共産党は人民のために、がんばっているのです。そして、反対の声が上がらないようにする。それには、単位制度が役に立つ。 「単位」というものがあるのが、現代中国だ。新中国では、都市部の職場がすべて単位に再編された。 単位は職住接近の共同体で、労働者とその家族の福利はもちろん、物資の配給やアパートの分配や、身分の証明や旅行の許可や、医療サーヴィスや年金や、個人情報の管理や、すべてを丸がかえにした。そして単位には党委員会があって書記がいて、単位を指導する。どの単位にも党委員会があるので、中国共産党の支配は磐石だ。 単位の縛りは改革開放が進むと、緩くなった。物資やアパートや医療や年金や、多くのことがアウトソーシングされて、市場に任されるようになった。その代わり、単位は企業に生まれ変わり、幹部を中心とする利害のネットワークに組み込まれた』、「単位は企業に生まれ変わり、幹部を中心とする利害のネットワークに組み込まれた」、巧妙な仕組みだ。
・『コロナウイルス以上に「警戒」を要する こうした利権は、巨大な闇経済をうみだす。GDPの10%以上になるという推計もある。言葉を変えれば、腐敗である。 中国共産党の高級幹部は大半が、子弟が海外に市民権か永住権をもち、巨額の資産を海外に持ち出している。 習近平が、独裁の傾向を強めているのはなぜか。それは、習近平を担ぎ出した共産党の幹部らが、共通の危機を感じているからだ。1)共産党の幹部の利害と人民の利害とは、矛盾している。2)幹部らは政治的権力から、大きな経済的利益をえている。3)以上のことを、正当化することができない。 正当化できないのに現状を維持しようとすれば、強権支配に頼るしかない。そのための監視技術を、大々的に使用している。 こういう政治体制をそなえた国家が、世界をリードしてよいのか。国際社会はますます疑惑を目を向けている。 ロシアのプーチン政権の独裁は、中国の習近平政権とはまた違ったメカニズムにもとづいている。ロシアには共産党がない。単位もない。国家権力を操る旧内務省(秘密警察)系の人脈が、有力な独占企業と結びついて、ロシアを支配している。旧ロシア帝国の時代のやり方と、よく似ている。 中国の習近平政権も、ロシアのプーチン政権も、近代化が不徹底な伝統社会にグローバル経済が浸透した結果うまれた、新しいタイプの独裁体制だ。新型のコロナウイルス以上に、警戒を要する。 心ある人びとは継続的に、監視を続けて行かなければならない』、時たま、余りに酷い「腐敗」が摘発されるが、これらは氷山の一角に過ぎないようだ。中国共産党政権そのものが「腐敗」体質を持っており、「強権支配・・・のための監視技術を、大々的に使用」、やれやれだ。ただ、経済的存在の大きさから、経済交流は深めていく必要があるが、脆さも抱えていることを忘れないようにしたいものだ。
次に、5月26日付け現代ビジネスが掲載した『週刊現代』特別編集委員の近藤 大介氏による「中国全人代、異例の「短縮ずくめ」が示す習近平主席の権力増大 李克強首相の見せ場はわずか56分に」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72856
・『今年の全人代の「隠れた主旋律」 常に前例を踏襲して、「例年通り」執り行うことを良しとする中国共産党政権が、例年より79日も遅らせて、中国の国会にあたる第13期第3回全国人民代表大会(通称「人大」=レンダー)を、北京の人民大会堂で開始した。 会期は、5月22日から28日までの6日間。例年は10日から15日程度行うので、会期も短縮された。 今回の「人大」を日々、見ていて思うのは、何かと「省略形」が多いことだ。表向きは「新型コロナウイルスの影響」ということになっているが、決してそれだけではない気がする。それは、14億中国人のトップに立つ習近平(Xi Jinping)国家主席の身になって考えると、分かりやすい。 習主席とすれば、本心では「人大」など開くのも億劫なのではないだろうか。そもそも中国では、国の重要事はすべて、「中国共産党中央政治局常務委員会」(トップ7)で決めるため、「人大」の形骸化は常々、指摘されているところだ。それでも毎年開いているのは、国会を開かないと、政権の正統性(レジティマシー)が保てないからである。 日本の右派の論客たちは、「中国は独裁国家だ」と非難するが、少なくとも形式的には、いかなることも法に基づき、手続きを踏んで決定している。例えば、次期国家主席など5年も前から内定していたりするのだが、形式的には「人大」の3000人近い代表が一人ひとり壇上に上がって、候補者の名前を書いた紙を投票箱に投票し、決定している。 私が言いたいことは、習近平主席及びその周辺が、新型コロナウイルスにかこつけて、今年の「人大」を、一気呵成に「短縮形」にしてしまったのではないかということだ。短縮形だろうが、手続きを踏んで決定すればよいのである。ちなみに隣国の北朝鮮は、毎年の最高人民会議は、たったの1日だ。 中国も、理由はともかく、前例に逆らって短縮形を可能にしたということは、習近平主席の権力基盤が強まっている証左とも読み取れる。このことが今回の「人大」の「隠れた主旋律」になっている』、「習近平主席の権力基盤が強まっている」のが、「隠れた主旋律」とはやれやれだ。「習主席とすれば、本心では「人大」など開くのも億劫」、比べるのは必ずしも適切ではないが、安部首相も外遊などで国会から逃げまくろうとしているようだ。
・『階級の違いを表す道具 5月22日の開会式に話を戻そう。私は日がな、CCTV(中央電視台)のインターネット生放送に齧りついていた。 北京時間の朝9時ジャストに、習近平主席を筆頭に、ひな壇最前列の最高幹部たちが入場した。 「人大」での習主席は、無表情もしくは厳めしい表情をしているが常だが、この日は作り笑いを浮かべていた。この辺りも権力掌握の順調さを暗示している。 興味深いことに、ひな壇の最前列(中央政治局常務委員+王岐山副主席)と2段目(中央政治局委員)だけは、マスクをしていなかった。その後ろの中央委員クラスは、全員マスク着用である。客席側に座っている全国から集まった人大代表たちも、一人残らずマスクを着用している。中国共産党政権にとって、マスクとは階級(序列)の違いを表す道具でもあることを知った。 開会式の司会進行役は、栗戦書(Li Zhanshu)人大常務委員長(国会議長・共産党序列3位)である。いまから約40年前、河北省の故郷でくすぶっていた際、北京から派遣されてきた習近平青年と知り合ったことが、この男の運命を変えた。 いまの習近平政権の面々を見ると、朴訥従順なタイプと阿諛追従が上手なタイプとが、幹部の「2大潮流」を占めている気がする。栗戦書委員長は、前者の代表格だ。ちなみに後者の代表格は、24日に1時間40分にわたる記者会見を開いた王毅(Wang Yi)国務委員兼外相だ。 そんな栗委員長が、いかにも自信なさげな河北省訛りの声で、開会を宣言した。 「第13期全国人民代表大会の代表は2956人、本日の出席者は2897人、欠席59人。よって第13期第3回全国人民代表大会の開会を宣言する。国歌斉唱!」 ここまでは通常通りだったが、国歌斉唱の後、新型コロナウイルスの犠牲者たちに対する黙祷を、全員で行った。 続いて、この日のメインイベントである李克強(Li Keqiang)首相による「政府活動報告」が行われた』、「中国共産党政権にとって、マスクとは階級(序列)の違いを表す道具でもあることを知った」、思わず微笑んでしまった。「王毅国務委員兼外相」は確かに「阿諛追従が上手なタイプ」のようだ。
・『改革開放以降、最短の政府活動報告 政府活動報告は、毎年「人大」初日の3月5日午前中に首相が行うことになっていて、通常は2章立てか3章立てにした草稿を、2時間近くかけて詳細に述べていく。 内容は、2章立ての場合、第1章が前年の中国経済の回顧で、第2章がその年の中国経済の計画である。3章立ての場合は、第2章に中国の長期的な経済計画や、特にトピックにしたい内容を織り込んだりして、第3章にその年の経済計画を持ってくる。 ところが今年は、なんと8章立てだった。それでは例年よりも長くなったのかと言えば、その逆で、わずか56分で、李克強首相は、そそくさと引き上げてしまったのだ。CCTVの解説者も、「(1978年の)改革開放以降、最短の政府活動報告になりました」とつぶやいていた。 なぜこれほど「短縮形」の演説になったのか? 新型コロナウイルスという未曽有の脅威が起こったのだから、本来ならそのことに言及する分、むしろ長くなって然るべきではないのか。 スピーチを短縮した理由は、中国当局は特に説明していない。代わりに、やはりおしゃべりなCCTVの解説者が、ポツリと漏らした一言が引っかかった。それは、「今回の政府活動報告の草稿は、2回も全面的に書き直しました」というものだ。 この一言を聞いて、私はいまから4年前の3月5日に起こった「政府活動報告事件」を思い起こした。 2016年の政府活動報告は3章立て、時間にして1時間53分だった。だが、後半の第3章に差しかかった時、李克強首相の顔が真っ青になって来て、声は擦れ、脂汗を流し始めた。 李首相は持病を抱えているので、緊張のあまり体調が急変したようだった(今年の演説でも何度も咳き込み、体調の悪さを感じさせた)。そんな中で、重要なワンフレーズを口にした。 「鄧小平同志の一連の重要講話の精神を深く貫徹する」 ところが最終的な草稿では、重要講話の主は「鄧小平同志」ではなく「習近平同志」だったのだ。習近平主席が「建国の父」毛沢東元主席を崇拝しているのに対し、李克強首相が鄧小平元中央軍事委員会主席を敬愛していることは、広く知られている。 李首相が言い間違えた時、すぐ近くに座っていた習主席は、苦虫を噛み潰したような表情に変わった。そして李克強首相が演説を終えると、李首相をねぎらうこともなく、憮然とした表情で、そそくさと壇上から立ち去ってしまったのである。 この日、国営新華社通信は、意味深な記事を配信した。「今年の政府活動報告は李克強首相が自ら起草し、党中央(習近平総書記)に提出したが、4回も改稿した」。つまり、李首相は習主席に4回も「ダメ出し」を喰らったということだ。この記事は瞬く間に削除されてしまったが、李首相は4回もの改稿で、強いストレスを感じていたことが想像できた。 そして、今年も2回もの書き直しなのである。ここからも、ナンバー1(習主席)とナンバー2(李首相)が、決して一枚岩ではないこと、かつ習主席の権力が絶大だということが読み取れる』、「2016年の政府活動報告」で、「李首相」が「習近平同志」を「鄧小平同志」と、「言い間違えた」のは、実は「李首相」の抵抗だったのかも知れない。今回は「4回も「ダメ出し」を喰らった」、とは「李首相」もご苦労なことだ。
・『習近平グループの巻き返し それでは、どの部分を、どう書き直しさせられたのだろうか? これは中国当局は絶対に発表しないので、想像するしかない。 これは私の単なる仮説だが、もしかしたら李克強首相が当初、作成した草稿には、例年通り、約2時間分のボリュームがあったのではないか。重ねて言うが、新型コロナウイルスの発生によって、「政府がやるべきこと」や「国民に知らせるべきこと」は激増しているのである。 ところが習近平主席は、李首相が上奏した草稿に、大量の赤を入れた(習主席は毛沢東元主席を見習って赤鉛筆で書類を直す習性がある)。その結果、例年の半分以下というスカスカ草稿になってしまった。そして、「新型コロナウイルスのため不確定要素が大きい」とかいう理屈を、後付けで加えた。 1月以来の新型コロナウイルスを巡る中国政府の対応に接していて、中国政府内部では、二つの潮流があることを感じた。 一つは習近平主席とその周辺で、情報の隠蔽とまでは言わないが、なるべく発表を少なくしようとしていた。それは多くを発表すれば、どこかの部分でアメリカにあらぬ火種を提供することにもなりかねないので、リスクを極力減らそうということでもあった。 それに対し、李首相及びその周辺は、なるべく情報を公開しようとしていた。それは中国側に都合の悪い情報も含めてである。 例えば、先月のこのコラムで詳述したが、4月17日に国家統計局が、「今年第1四半期のGDP成長率はマイナス6.8%だった」と発表した。これを日本のメディアは「初のマイナス成長」と大々的に報じた。 だが、私が驚いたのはむしろ、初のマイナス成長をそのまま発表したことだった。そしてそのことから、新型コロナウイルス騒動によって、李克強グループの発言力が、相対的に増してきていることを感じ取ったのである。 ところが、それから1ヵ月余りを経て、今回は習近平グループがだいぶ盛り返しつつあるという印象だ。その一例として、短縮形のスピーチの中でも、習近平主席を称える箇所が12回も登場した。例年その程度は登場しているのだが、分量が半分になったにしては、そこの部分は削られていない』、「新型コロナウイルスを巡る中国政府の対応に接していて、中国政府内部では、二つの潮流がある」、「習近平主席とその周辺で、情報の隠蔽とまでは言わないが、なるべく発表を少なくしようとしていた」、さしずめ、現在、トランプ大統領が中国側の隠蔽を非難しているのは、「習近平主席」派には不都合だろう。
・『GDP目標はなぜ未発表か もっと象徴的な例がある。今年のGDP成長率の目標を発表しなかったことだ。 例年の政府活動報告の「4大重要データ」と言われるGDP成長率、新規就業者数、失業率、CPI(消費者物価指数)のうち、GDPの目標値は、最も重要な指標である。極言すれば、中国が掲げる社会主義市場経済システムの象徴とも言える数値なのだ。 ところが今回、初めてそれを怠った。「新型コロナウイルスで内外に不確定要素が多いため」というのは、これまで述べてきたように後付けである。おそらくは、習近平主席が目標数値に赤を入れ、削ってしまったのである。 中国政府は、先代の胡錦濤(Hu Jintao)政権の時代に、2010年に較べて2020年のGDPを2倍にするという公約を掲げた。だが、2010年のGDPは40兆1513億元で、2019年のGDPは99兆865億元だから、すでにこの公約は達成している。 それでも、もし2020年のGDP成長率の目標を強気に設定した場合、それが達成されないと、中国共産党内部で習近平主席の責任が問われる可能性がある。逆に弱気の目標を設定した場合、中国内外のマーケットがマイナスに反応して、中国経済の復興に水を差すリスクがある。 習近平主席としては、来年7月1日に迎える中国共産党創建100周年で華々しい成果を発表して、半永久政権につなげたいという野望がある。そのためには、自己に降りかかって来るリスクを極力避けた方がよいという考えなのである。 GDP成長率目標の未発表以外にも、中国共産党内部で、後に政局になりかねない部分や、アメリカに足を引っ張られるかもしれない部分に、どんどん赤を入れていった。というよりバッサリ削っていった。それでスカスカの完成稿となったのではないだろうか。 ということを前提に、以下、各章ごとにトピックを箇条書きにし、合わせて短評を載せる』、「習近平主席としては、来年7月1日に迎える中国共産党創建100周年で華々しい成果を発表して、半永久政権につなげたいという野望がある」ので、リスク要因になる「GDP成長率目標」は削除したというのは、説得力がある。
・『スカスカの政府活動報告概要 <緒語 第1章 2019年と今年に入っての活動の回顧> ・今回の新型コロナウイルスは、新中国成立以来わが国が遭遇した、伝播速度が最も速く、感染範囲が最も広く、防止難度が最も高い公共衛生事件だった。習近平同志を核心とする党中央の堅強な指導のもと、全国上から下までの広大な国民の艱苦卓絶の努力と犠牲によって、ウイルス防止は大きな戦略的成果を得た。 ・昨年GDPは99.1兆元、対前年比6.1%成長だった。都市部の新規就業者は1352万人で、調査失業率は5.3%以下。CPI上昇率は2.9%で、国際収支は基本的に平衡を保った。 ・社会消費品小売総額は40兆元を超え、食糧生産量は1.3兆斤以上を保持した。常住人口の都市化率は初めて60%を超えた。 ・科学技術のイノベーションは大きな成果を得た。新興産業は引き続き大きく伸びており、伝統産業もバージョンアップしている。新規企業は毎日平均で1万社以上増えている。 ・減税は、当初予定の2兆元規模を超えて、2.36兆元に達し、製造業及び中小零細企業の受益が最も多かった。「一帯一路」も新たな成功を見た。 ・「3大攻撃戦」(貧困・大気汚染・金融不安の撲滅)は、カギとなる進展を見た。農村の貧困人口は1109万人減少し、貧困発生率は0.6%まで落ちた。主要な汚染物の排出量は継続して下降し、生態環境は総体的に改善された。金融の運行も総体的に安定している。 ・民生もさらに改善し、平均収入は3万元を超えた。義務教育学生生活補助人数を40%近く増やし、高等職業学校の募集人数も100万人増やした。 ・新型コロナウイルス発生後、習近平総書記が自ら指揮し、自ら手配し、生命安全と身体健康を第一に考え、ウイルスとの人民戦争、総合戦、防撃戦を展開した。14億人の発展途上国である中国は、比較的短期間に有効な防御を行い、国民の基本生活を保障したが、これは容易なことではなく、艱難の末に成就したものだった。 ・「復工復産」(工業と産業の復興)では、8方面に90項目の政策を実施した。企業の雇用を守り、税金を減免し、高速道路を無料にし、できる限りコストを抑えられるようにし、資金の貸し出しを追加した。 【短評】新型コロナウイルスが発生した1月当初は、社会主義のマイナス部分である官僚の不作為や隠蔽が目立った。だが、2月以降は社会主義のプラス部分である強制執行力やスピードが功を奏して、湖北省を除く全国的に収まりを見せた。それで2月の早期から「復工復産」に舵を切り、製造業の復興を優先させることができた』、「新型コロナウイルス・・・2月以降は社会主義のプラス部分である強制執行力やスピードが功を奏して、湖北省を除く全国的に収まりを見せた」、なるほど。
・『<第2章 今年の発展の主要目標と次の段階の活動の総合的な手配> ・都市部の新規雇用目標を900万人以上、都市部の調査失業率を6%程度、都市部の登記失業率を5.5%前後、CPIの伸びを3.5%前後とする。 ・農村の貧困人口をゼロにし、貧困県をなくす。 ・「6穏」(就業・金融・貿易・外資・投資・貯蓄の安定)の今年の活動の中で、「6保」(就業・民生・市場・食糧とエネルギー・インダストリアルチェーンとサプライチェーン・基本的社会インフラの保持)のボトムラインを守り抜く。 ・積極財政を加速させる。財政赤字率を3.6%以上とし、財政赤字規模を昨年より1兆元増やし、同時に1兆元のウイルス対策特別国債を発行する。この2兆元はすべて地方に渡す。 【短評】「6穏」は、アメリカとの貿易戦争が「開戦」した2018年7月、党中央政治局会議で決定し、これまで繰り返し唱えてきたが、今回初めて「6保」が登場した。私は中国の経済回復が遅れれば、中国国内に1億人規模の失業者が出るリスクがあると見ている。すでに5000万人もの「農民工」(出稼ぎ労働者)が職にあふれて帰京したという話も、中国国内で出ている。中国の場合、失業者の増大は暴動発生に直結する。その意味では、やはり「6保」の筆頭に就業を持ってきて、国を挙げて国民の就業を確保しようということなのだ』、「私は中国の経済回復が遅れれば、中国国内に1億人規模の失業者が出るリスクがあると見ている」、「「6保」の筆頭に就業を持ってきて、国を挙げて国民の就業を確保しようということなのだ」、納得した。
・『<第3章 マクロ経済政策の実施を強化し、企業の安定と就業の保持に尽力する> ・今年も増値税率と企業年金保険費率の低下などの制度を継続し、5000億元の新規減税を行う。 ・今年通年で2.5兆元を超える企業減税を計画する。 ・工商業の電力費を5%カットする政策を今年年末まで延長する。ブロードバンド・ケーブルなどの費用も平均15%減らす。 ・大型商業銀行の中小零細企業への融資を40%以上高める。 ・今年大学を卒業する874万人の就業を促進する。 【短評】減税は昨年、2兆元規模で行ったが、さらなる減税に迫られた(それまでの税金が高すぎたとも言える!)。また銀行の貸し渋り問題は、全国的に社会問題化しているが、あまりむやみに貸し出すと銀行倒産にもつながる(実際に地方でそのような案件が起こり始めている)。7月に出現する874万人の大学卒業生は、本当に就職先がなくて困っている。ただでさえ前述のように未曽有の就職難というのに、火に油を注ぐ格好だ』、「7月に出現する874万人の大学卒業生」への「就職先」の確保は確かに重要な課題だろう。
・『<第4章 改革によって市場主体の活力を刺激し、発展の新たなエンジンを増強する> ・国有企業改革3年行動を実施する。 ・民営経済の発展の環境を良化する。 ・製造業のグレードアップと新興産業の発展を推進する。 ・科学技術のイノベーションの支柱となる能力を強化する。 「大衆創業、万衆創新」を深く推進する。 【短評】国有企業改革は、習近平政権が発足した2013年にしっかり進めていれば、現在どれほど中国経済は健全化していたかと思う。2018年以降、米ドナルド・トランプ政権に糾弾されてようやく重い腰を上げたが、もしトランプ大統領が再選されれば、米中貿易交渉第2ラウンドの主要テーマは国有企業改革となる。その他は、李克強首相のいつもの決まり文句を並べ立てただけで新鮮味はない。 <第5章 内需戦略の拡大を実施し、経済発展方式の変転加速を推進する> ・今年の地方政府の専用債権を、昨年より1.6兆元増やして3.75兆元とする。中央政府から6000億元投資する。 ・鉄道建設の資本金を1000億元増加する。 【短評】地方債は、先代の胡錦濤政権までは違法だったが、いまや増える一方で、昨年分も昨年9月までに使い果たしてしまったほどだ。その意味では、コロナが起こったから地方が疲弊したわけでは、決してない。そして地方が疲弊すれば、地方に高速鉄道を作って雇用を増やすというヤブヘビな投資を行ってきた結果、鉄道総公司の負債は5兆元を超えてしまった』、「鉄道総公司の負債は5兆元を超えてしまった」、一体、どうするのだろう。
・『<第6章 脱貧困攻略の目標実現を確保し、農業の豊作と農民の増収を促進する> ・脱貧困攻略と農村振興措置をしっかり行い、重要な農産品の供給を保障し、農民の生活水準を引き上げる。 ・高レベルの水田8000万亩(ムー)を新たに作る。 ・帰郷した「農民工」(出稼ぎ労働者)が臨時の仕事に就き、収入を得られるようにする。 【短評】コロナで都市部で職にあふれた農民工はすでに5000万人を超えたという中国のレポートも読んだ。習近平政権は、農民の土地を国有化する壮大な計画を立てているが、これについては先延ばしした模様だ。 <第7章 対外開放のレベルをさらに上げ、貿易と外資の基盤を安定化させる> ・越境ECなど新たな業態の発展を加速し、国際貨物の運送能力を引き上げる。 ・中国内外の企業を一視同仁に扱い、公平な競争の市場環境を作る。 【短評】習近平政権には「困った時のアリババ頼み」という言葉があるほどだが、これだけ中国経済がドン底になっても、アリババは今年第1四半期の売り上げを22%も増やし、世界企業ランキングで7位につけている(4月現在)。4月7日には、コロナで中小企業を救済する「春雷計画2020」を発表した。今後、日本企業の越境CDでの「アリババ依存度」も高まるかもしれない。一方、外資系企業の一視同仁政策は、日系企業の間では「またいつもの絵空事でしょう」くらいにしか捉えられていない。 <第8章 保障を拡充、民生を改善し、社会事業改革の発展を推進させる> ・生命至上主義を堅持し、疾病予防防止体制を改革し、伝染病の直接報告と警戒システムを改善し、速やかかつ公開透明にウイルスの情報を発布することを堅持する。 ・基本的な医療サービスのレベルを引き上げ、医療保険の一人当たり財政補助レベルを30元増やす。 ・全国の3億人近い人が受け取っている年金を、必ず遅らせずに満額渡すようにする。 【短評】今回のコロナウイルス対応の反省を、サラリと述べたが、今後のWHO(世界保健機関)の特別調査が注目される。年金問題は日本と同様、中国も破綻に向かっており、来年から始まる第14次5ヵ年計画の重要なテーマとなっている』、「年金問題は日本と同様、中国も破綻に向かっており」、今後どうするのか見物だ。
・『<結語> ・習近平強軍思想と新時代の軍事戦略方針を深く貫徹し、政治建軍・改革強軍・科技強軍・人材強軍・法治強軍を堅持する。 ・国防動員システムを完備させ、軍と政、軍と民の団結を終始、盤石のものとさせる。 ・香港特別行政区の国家安全を維持、保護する法律制度と執行機構制度を健全に打ち建て、香港特別行政区政府の憲法制度の責任を根づかせる。 ・広範な台湾同胞と「台湾独立」反対で団結し、統一を促進する。 ・富強・民主・文明・和諧の素晴らしい社会主義現代化強国を建設し、中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現させるため、たゆまず奮闘していく! 【短評】今年の軍事費は別途発表されたが、前年比6.6%増の1兆2680億元。非公表の研究開発費を含めれば、日本の防衛予算の4~5倍に上る。香港に対する国家安全法は今週定める予定だが、国際社会から猛烈な非難を浴びることは必至だ。台湾も、5月20日に2期目を始動させた蔡英文政権は、アメリカをバックに「NO CHINA」政策を貫く方針を崩しておらず、米中対立の最大の火薬庫になって来る予感がする。 香港のデモと台湾の中国離れについては、下記の新著『アジア燃ゆ』で詳述しているので、ご高覧下さい。(本のPRは省略)』、「香港」については、昨日のブログで取上げた。「軍事費は・・・非公表の研究開発費を含めれば、日本の防衛予算の4~5倍に上る」、これだけの格差があるのであれば、なまじの対抗策を考えるより、共存の道を探ってゆくべきだろう。
先ずは、5月8日付け現代ビジネスが掲載した社会学者の橋爪 大三郎氏による「コロナ危機のウラで、中国・習近平が「ヤバすぎる計画」を進めていた…! いままで以上の警戒が必要だ」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71086
・『新型コロナウイルスの感染後遺症が中国経済を直撃している――。中国の2020年1-3月期のGDPは「初のマイナス」に大きく沈みこみ、中国経済の急落下ぶりが明らかになってきたのだ。 そんなコロナ危機の衝撃が走るウラで、いま中国では習近平国家主席がみずからの権力維持のための「ある企て」を進めていることをご存じだろうか。習近平の計画がこのまま進めば、世界にとって新型コロナウイルス以上に警戒を要する事態にすらなりかねない――そう警告する社会学者・橋爪大三郎氏による緊急レポート!』、「ある企て」とはどんなものなのだろう。
・『習近平が「死ぬまで権力の座に」…!? 習近平とプーチン。両大国のリーダーが、このところますます、独裁の傾向を強めている。果たしてこれは、あの忌まわしい全体主義の再来なのだろうか。その権力の正体を、見すえてみよう。 習近平は、二期10年で交替するというこれまでのルールに従わず、後継者を選ばなかった。本来なら、2017年の全国代表大会で、若い世代のリーダーが後継候補に抜擢されるはずだった。トウ小平(とう・しょうへい)の決めたルールである。 それを無視したのは、三期目も、もしかするとそれ以降も続投するつもりではないか。毛沢東のように終生、権力の座にとどまるつもりか。さまざまな憶測をよんでいる。 習近平が長期政権を望んでも、彼ひとりの考えで実現するわけではない。それを支持する、大勢の共産党の幹部がいるということだ』、「習近平が「死ぬまで権力の座に」、前代未聞の事態が起きつつあるようだ。
・『世界でも「初めての出来事」 習近平政権を支える力学は、どのようなものか。それを考えるには、「社会主義市場経済」なるものを、理解しなければならない。 1949年に建国した中華人民共和国は、社会主義計画経済を進めようとした。まず農業。地主から土地を取り上げて小作農らに分配し、そのあとそれをまた取り上げて人民公社に集約した。人民公社は改革開放のすぐあとやめになった。 工業はどうか。当時、工業は立ち遅れていて、いくつかの地域経済の寄せ集めだった。国単位の計画経済どころではない。それでも国の計画にもとづいて、地方政府が製品の価格や数量を管理していた。都市部の土地、家屋や工場がすべて接収されて、国有になったのは言うまでもない。 この計画経済を三○年続けたあと、始まったのが改革開放だ。初めはおっかなびっくりで、価格の一部を自由化し、商品経済です、と言い訳をした。 計画経済の一部が商品経済なのは、まあよいとされていた。市場経済です、と言おうものなら大変なことになった。市場経済とは資本主義経済の同義語、がマルクス主義の常識であるからだ。 1992年に、トウ小平が「社会主義市場経済」と言い出したので、みんなびっくりした。これからは共産党が資本主義経済をやる、という意味になるからだ。 共産党が、資本主義経済をやる。こんなことは、経済学の教科書にも、マルクス主義の教科書にも書いてない。世界史でも初めての出来事だ。いったいどうやるのか』、「社会主義市場経済」の実態はどうなのだろう。
・『「資本家」は中国共産幹部…? まず、価格統制をやめる。計画もやめ、需要・供給は市場に任せる。 つぎに、国営企業を株式会社にする。就職も、国が分配するのではなく自由契約にする。国中の土地建物も私有にする(建前は国有のままなので、七○年の使用権、などを私有させる)。 こうやって、資本市場、労働市場、土地市場(いずれも資本主義に必須のもの)を成立させたのだ。 私企業(株式会社)が成立して、資本家が出現する。でもどうやって?マルクスは言った、原始蓄積過程だ。なりかけの資本家は労働者をとことん搾取し、資本を貯め込む。それが資本主義の始まりだと。 中国には、工場や生産設備も、労働者も、社会インフラも、もう存在した。国有の工場や生産設備を、私有財産にすればよかった。 政府の指示で、地元の省や市が、工場を民間企業にする。株券を発行して、一部を政府に渡し、一部を労働者に渡し、残りを共産党の幹部で分けてしまう。共産党の幹部が資本家をやります、が社会主義市場経済のなかみである。 改革開放が進むと、企業のオーナーが中国共産党に加入してよいのか、問題になった。 結局、加入できることになった。共産党は、資本主義経済を推進するための政党に、性格が変わったということだ』、情報開示がないなかでは、企業や「共産党の幹部」が、私腹をこやすことが可能な仕組みだ。
・『「おいしい仕組み」だ 冷戦が終わってもなぜ、中国共産党は解体しなかったのか。なぜ、中国では独裁が必要なのか。その謎を解き明かす秘密が、ここにある。 そもそもマルクスは、なぜ資本主義に反対したのか。資本の所有者である資本家が、剰余価値(労働者が賃金以上にうみだした価値)を手にするからだ。こんな不公正があるだろうか。そこで資本家から資本を奪い取って、労働者のものにする。プロレタリア独裁である。 さて、資本家から資本を奪い取っても、資本がなくなるわけではない。誰かが資本を管理しなければならない。それが共産党だ。共産党は労働者を代表して、国全体の資本を管理する。絶大な権力だ。しかしこれは、効率が悪い。国全体にひとりの資本家しかいないのと同じで、資本を適切に配分できないからだ。 そこで中国共産党は、市場経済を採り入れ、共産党の幹部みずから、資本を私的に所有することにした。経済の私物化だ。世にも奇妙な、共産主義と資本主義の二人三脚が始まった。 共産党は、社会を管理し、経済を管理し、国家を指導する権力をもっている。この権力(の一部)をばらばらにし、共産党の幹部に企業の所有権としてばらまいた。 幹部は莫大な利益を手にする。企業のトップにならなかった共産党幹部も、それぞれ権力をもっている。権力があれば、それを経済的利益に変換することができる。いずれにしても、共産党幹部にとっておいしい仕組みが、社会主義市場経済だ』、「共産党幹部にとっておいしい仕組み」、利権は巨大だ。
・『共産党の思惑 共産党の一党支配はなんのためか。 もともとは、資本家をやっつけて共産主義革命を実行するため、つまり人民のためだった。それがいまや、資本家である共産党の幹部の利益を守るため、になった。こんな政党が存在する必要があるだろうか。中国の人民は、だんだん疑問に思い始める。 だから中国共産党は締めつけを、強化する必要がある。まず、共産党の必要性を強調する。共産党がなくなると、政治的混乱が生じますよ。これまでの実績のことも、思い出してください。共産党は人民のために、がんばっているのです。そして、反対の声が上がらないようにする。それには、単位制度が役に立つ。 「単位」というものがあるのが、現代中国だ。新中国では、都市部の職場がすべて単位に再編された。 単位は職住接近の共同体で、労働者とその家族の福利はもちろん、物資の配給やアパートの分配や、身分の証明や旅行の許可や、医療サーヴィスや年金や、個人情報の管理や、すべてを丸がかえにした。そして単位には党委員会があって書記がいて、単位を指導する。どの単位にも党委員会があるので、中国共産党の支配は磐石だ。 単位の縛りは改革開放が進むと、緩くなった。物資やアパートや医療や年金や、多くのことがアウトソーシングされて、市場に任されるようになった。その代わり、単位は企業に生まれ変わり、幹部を中心とする利害のネットワークに組み込まれた』、「単位は企業に生まれ変わり、幹部を中心とする利害のネットワークに組み込まれた」、巧妙な仕組みだ。
・『コロナウイルス以上に「警戒」を要する こうした利権は、巨大な闇経済をうみだす。GDPの10%以上になるという推計もある。言葉を変えれば、腐敗である。 中国共産党の高級幹部は大半が、子弟が海外に市民権か永住権をもち、巨額の資産を海外に持ち出している。 習近平が、独裁の傾向を強めているのはなぜか。それは、習近平を担ぎ出した共産党の幹部らが、共通の危機を感じているからだ。1)共産党の幹部の利害と人民の利害とは、矛盾している。2)幹部らは政治的権力から、大きな経済的利益をえている。3)以上のことを、正当化することができない。 正当化できないのに現状を維持しようとすれば、強権支配に頼るしかない。そのための監視技術を、大々的に使用している。 こういう政治体制をそなえた国家が、世界をリードしてよいのか。国際社会はますます疑惑を目を向けている。 ロシアのプーチン政権の独裁は、中国の習近平政権とはまた違ったメカニズムにもとづいている。ロシアには共産党がない。単位もない。国家権力を操る旧内務省(秘密警察)系の人脈が、有力な独占企業と結びついて、ロシアを支配している。旧ロシア帝国の時代のやり方と、よく似ている。 中国の習近平政権も、ロシアのプーチン政権も、近代化が不徹底な伝統社会にグローバル経済が浸透した結果うまれた、新しいタイプの独裁体制だ。新型のコロナウイルス以上に、警戒を要する。 心ある人びとは継続的に、監視を続けて行かなければならない』、時たま、余りに酷い「腐敗」が摘発されるが、これらは氷山の一角に過ぎないようだ。中国共産党政権そのものが「腐敗」体質を持っており、「強権支配・・・のための監視技術を、大々的に使用」、やれやれだ。ただ、経済的存在の大きさから、経済交流は深めていく必要があるが、脆さも抱えていることを忘れないようにしたいものだ。
次に、5月26日付け現代ビジネスが掲載した『週刊現代』特別編集委員の近藤 大介氏による「中国全人代、異例の「短縮ずくめ」が示す習近平主席の権力増大 李克強首相の見せ場はわずか56分に」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72856
・『今年の全人代の「隠れた主旋律」 常に前例を踏襲して、「例年通り」執り行うことを良しとする中国共産党政権が、例年より79日も遅らせて、中国の国会にあたる第13期第3回全国人民代表大会(通称「人大」=レンダー)を、北京の人民大会堂で開始した。 会期は、5月22日から28日までの6日間。例年は10日から15日程度行うので、会期も短縮された。 今回の「人大」を日々、見ていて思うのは、何かと「省略形」が多いことだ。表向きは「新型コロナウイルスの影響」ということになっているが、決してそれだけではない気がする。それは、14億中国人のトップに立つ習近平(Xi Jinping)国家主席の身になって考えると、分かりやすい。 習主席とすれば、本心では「人大」など開くのも億劫なのではないだろうか。そもそも中国では、国の重要事はすべて、「中国共産党中央政治局常務委員会」(トップ7)で決めるため、「人大」の形骸化は常々、指摘されているところだ。それでも毎年開いているのは、国会を開かないと、政権の正統性(レジティマシー)が保てないからである。 日本の右派の論客たちは、「中国は独裁国家だ」と非難するが、少なくとも形式的には、いかなることも法に基づき、手続きを踏んで決定している。例えば、次期国家主席など5年も前から内定していたりするのだが、形式的には「人大」の3000人近い代表が一人ひとり壇上に上がって、候補者の名前を書いた紙を投票箱に投票し、決定している。 私が言いたいことは、習近平主席及びその周辺が、新型コロナウイルスにかこつけて、今年の「人大」を、一気呵成に「短縮形」にしてしまったのではないかということだ。短縮形だろうが、手続きを踏んで決定すればよいのである。ちなみに隣国の北朝鮮は、毎年の最高人民会議は、たったの1日だ。 中国も、理由はともかく、前例に逆らって短縮形を可能にしたということは、習近平主席の権力基盤が強まっている証左とも読み取れる。このことが今回の「人大」の「隠れた主旋律」になっている』、「習近平主席の権力基盤が強まっている」のが、「隠れた主旋律」とはやれやれだ。「習主席とすれば、本心では「人大」など開くのも億劫」、比べるのは必ずしも適切ではないが、安部首相も外遊などで国会から逃げまくろうとしているようだ。
・『階級の違いを表す道具 5月22日の開会式に話を戻そう。私は日がな、CCTV(中央電視台)のインターネット生放送に齧りついていた。 北京時間の朝9時ジャストに、習近平主席を筆頭に、ひな壇最前列の最高幹部たちが入場した。 「人大」での習主席は、無表情もしくは厳めしい表情をしているが常だが、この日は作り笑いを浮かべていた。この辺りも権力掌握の順調さを暗示している。 興味深いことに、ひな壇の最前列(中央政治局常務委員+王岐山副主席)と2段目(中央政治局委員)だけは、マスクをしていなかった。その後ろの中央委員クラスは、全員マスク着用である。客席側に座っている全国から集まった人大代表たちも、一人残らずマスクを着用している。中国共産党政権にとって、マスクとは階級(序列)の違いを表す道具でもあることを知った。 開会式の司会進行役は、栗戦書(Li Zhanshu)人大常務委員長(国会議長・共産党序列3位)である。いまから約40年前、河北省の故郷でくすぶっていた際、北京から派遣されてきた習近平青年と知り合ったことが、この男の運命を変えた。 いまの習近平政権の面々を見ると、朴訥従順なタイプと阿諛追従が上手なタイプとが、幹部の「2大潮流」を占めている気がする。栗戦書委員長は、前者の代表格だ。ちなみに後者の代表格は、24日に1時間40分にわたる記者会見を開いた王毅(Wang Yi)国務委員兼外相だ。 そんな栗委員長が、いかにも自信なさげな河北省訛りの声で、開会を宣言した。 「第13期全国人民代表大会の代表は2956人、本日の出席者は2897人、欠席59人。よって第13期第3回全国人民代表大会の開会を宣言する。国歌斉唱!」 ここまでは通常通りだったが、国歌斉唱の後、新型コロナウイルスの犠牲者たちに対する黙祷を、全員で行った。 続いて、この日のメインイベントである李克強(Li Keqiang)首相による「政府活動報告」が行われた』、「中国共産党政権にとって、マスクとは階級(序列)の違いを表す道具でもあることを知った」、思わず微笑んでしまった。「王毅国務委員兼外相」は確かに「阿諛追従が上手なタイプ」のようだ。
・『改革開放以降、最短の政府活動報告 政府活動報告は、毎年「人大」初日の3月5日午前中に首相が行うことになっていて、通常は2章立てか3章立てにした草稿を、2時間近くかけて詳細に述べていく。 内容は、2章立ての場合、第1章が前年の中国経済の回顧で、第2章がその年の中国経済の計画である。3章立ての場合は、第2章に中国の長期的な経済計画や、特にトピックにしたい内容を織り込んだりして、第3章にその年の経済計画を持ってくる。 ところが今年は、なんと8章立てだった。それでは例年よりも長くなったのかと言えば、その逆で、わずか56分で、李克強首相は、そそくさと引き上げてしまったのだ。CCTVの解説者も、「(1978年の)改革開放以降、最短の政府活動報告になりました」とつぶやいていた。 なぜこれほど「短縮形」の演説になったのか? 新型コロナウイルスという未曽有の脅威が起こったのだから、本来ならそのことに言及する分、むしろ長くなって然るべきではないのか。 スピーチを短縮した理由は、中国当局は特に説明していない。代わりに、やはりおしゃべりなCCTVの解説者が、ポツリと漏らした一言が引っかかった。それは、「今回の政府活動報告の草稿は、2回も全面的に書き直しました」というものだ。 この一言を聞いて、私はいまから4年前の3月5日に起こった「政府活動報告事件」を思い起こした。 2016年の政府活動報告は3章立て、時間にして1時間53分だった。だが、後半の第3章に差しかかった時、李克強首相の顔が真っ青になって来て、声は擦れ、脂汗を流し始めた。 李首相は持病を抱えているので、緊張のあまり体調が急変したようだった(今年の演説でも何度も咳き込み、体調の悪さを感じさせた)。そんな中で、重要なワンフレーズを口にした。 「鄧小平同志の一連の重要講話の精神を深く貫徹する」 ところが最終的な草稿では、重要講話の主は「鄧小平同志」ではなく「習近平同志」だったのだ。習近平主席が「建国の父」毛沢東元主席を崇拝しているのに対し、李克強首相が鄧小平元中央軍事委員会主席を敬愛していることは、広く知られている。 李首相が言い間違えた時、すぐ近くに座っていた習主席は、苦虫を噛み潰したような表情に変わった。そして李克強首相が演説を終えると、李首相をねぎらうこともなく、憮然とした表情で、そそくさと壇上から立ち去ってしまったのである。 この日、国営新華社通信は、意味深な記事を配信した。「今年の政府活動報告は李克強首相が自ら起草し、党中央(習近平総書記)に提出したが、4回も改稿した」。つまり、李首相は習主席に4回も「ダメ出し」を喰らったということだ。この記事は瞬く間に削除されてしまったが、李首相は4回もの改稿で、強いストレスを感じていたことが想像できた。 そして、今年も2回もの書き直しなのである。ここからも、ナンバー1(習主席)とナンバー2(李首相)が、決して一枚岩ではないこと、かつ習主席の権力が絶大だということが読み取れる』、「2016年の政府活動報告」で、「李首相」が「習近平同志」を「鄧小平同志」と、「言い間違えた」のは、実は「李首相」の抵抗だったのかも知れない。今回は「4回も「ダメ出し」を喰らった」、とは「李首相」もご苦労なことだ。
・『習近平グループの巻き返し それでは、どの部分を、どう書き直しさせられたのだろうか? これは中国当局は絶対に発表しないので、想像するしかない。 これは私の単なる仮説だが、もしかしたら李克強首相が当初、作成した草稿には、例年通り、約2時間分のボリュームがあったのではないか。重ねて言うが、新型コロナウイルスの発生によって、「政府がやるべきこと」や「国民に知らせるべきこと」は激増しているのである。 ところが習近平主席は、李首相が上奏した草稿に、大量の赤を入れた(習主席は毛沢東元主席を見習って赤鉛筆で書類を直す習性がある)。その結果、例年の半分以下というスカスカ草稿になってしまった。そして、「新型コロナウイルスのため不確定要素が大きい」とかいう理屈を、後付けで加えた。 1月以来の新型コロナウイルスを巡る中国政府の対応に接していて、中国政府内部では、二つの潮流があることを感じた。 一つは習近平主席とその周辺で、情報の隠蔽とまでは言わないが、なるべく発表を少なくしようとしていた。それは多くを発表すれば、どこかの部分でアメリカにあらぬ火種を提供することにもなりかねないので、リスクを極力減らそうということでもあった。 それに対し、李首相及びその周辺は、なるべく情報を公開しようとしていた。それは中国側に都合の悪い情報も含めてである。 例えば、先月のこのコラムで詳述したが、4月17日に国家統計局が、「今年第1四半期のGDP成長率はマイナス6.8%だった」と発表した。これを日本のメディアは「初のマイナス成長」と大々的に報じた。 だが、私が驚いたのはむしろ、初のマイナス成長をそのまま発表したことだった。そしてそのことから、新型コロナウイルス騒動によって、李克強グループの発言力が、相対的に増してきていることを感じ取ったのである。 ところが、それから1ヵ月余りを経て、今回は習近平グループがだいぶ盛り返しつつあるという印象だ。その一例として、短縮形のスピーチの中でも、習近平主席を称える箇所が12回も登場した。例年その程度は登場しているのだが、分量が半分になったにしては、そこの部分は削られていない』、「新型コロナウイルスを巡る中国政府の対応に接していて、中国政府内部では、二つの潮流がある」、「習近平主席とその周辺で、情報の隠蔽とまでは言わないが、なるべく発表を少なくしようとしていた」、さしずめ、現在、トランプ大統領が中国側の隠蔽を非難しているのは、「習近平主席」派には不都合だろう。
・『GDP目標はなぜ未発表か もっと象徴的な例がある。今年のGDP成長率の目標を発表しなかったことだ。 例年の政府活動報告の「4大重要データ」と言われるGDP成長率、新規就業者数、失業率、CPI(消費者物価指数)のうち、GDPの目標値は、最も重要な指標である。極言すれば、中国が掲げる社会主義市場経済システムの象徴とも言える数値なのだ。 ところが今回、初めてそれを怠った。「新型コロナウイルスで内外に不確定要素が多いため」というのは、これまで述べてきたように後付けである。おそらくは、習近平主席が目標数値に赤を入れ、削ってしまったのである。 中国政府は、先代の胡錦濤(Hu Jintao)政権の時代に、2010年に較べて2020年のGDPを2倍にするという公約を掲げた。だが、2010年のGDPは40兆1513億元で、2019年のGDPは99兆865億元だから、すでにこの公約は達成している。 それでも、もし2020年のGDP成長率の目標を強気に設定した場合、それが達成されないと、中国共産党内部で習近平主席の責任が問われる可能性がある。逆に弱気の目標を設定した場合、中国内外のマーケットがマイナスに反応して、中国経済の復興に水を差すリスクがある。 習近平主席としては、来年7月1日に迎える中国共産党創建100周年で華々しい成果を発表して、半永久政権につなげたいという野望がある。そのためには、自己に降りかかって来るリスクを極力避けた方がよいという考えなのである。 GDP成長率目標の未発表以外にも、中国共産党内部で、後に政局になりかねない部分や、アメリカに足を引っ張られるかもしれない部分に、どんどん赤を入れていった。というよりバッサリ削っていった。それでスカスカの完成稿となったのではないだろうか。 ということを前提に、以下、各章ごとにトピックを箇条書きにし、合わせて短評を載せる』、「習近平主席としては、来年7月1日に迎える中国共産党創建100周年で華々しい成果を発表して、半永久政権につなげたいという野望がある」ので、リスク要因になる「GDP成長率目標」は削除したというのは、説得力がある。
・『スカスカの政府活動報告概要 <緒語 第1章 2019年と今年に入っての活動の回顧> ・今回の新型コロナウイルスは、新中国成立以来わが国が遭遇した、伝播速度が最も速く、感染範囲が最も広く、防止難度が最も高い公共衛生事件だった。習近平同志を核心とする党中央の堅強な指導のもと、全国上から下までの広大な国民の艱苦卓絶の努力と犠牲によって、ウイルス防止は大きな戦略的成果を得た。 ・昨年GDPは99.1兆元、対前年比6.1%成長だった。都市部の新規就業者は1352万人で、調査失業率は5.3%以下。CPI上昇率は2.9%で、国際収支は基本的に平衡を保った。 ・社会消費品小売総額は40兆元を超え、食糧生産量は1.3兆斤以上を保持した。常住人口の都市化率は初めて60%を超えた。 ・科学技術のイノベーションは大きな成果を得た。新興産業は引き続き大きく伸びており、伝統産業もバージョンアップしている。新規企業は毎日平均で1万社以上増えている。 ・減税は、当初予定の2兆元規模を超えて、2.36兆元に達し、製造業及び中小零細企業の受益が最も多かった。「一帯一路」も新たな成功を見た。 ・「3大攻撃戦」(貧困・大気汚染・金融不安の撲滅)は、カギとなる進展を見た。農村の貧困人口は1109万人減少し、貧困発生率は0.6%まで落ちた。主要な汚染物の排出量は継続して下降し、生態環境は総体的に改善された。金融の運行も総体的に安定している。 ・民生もさらに改善し、平均収入は3万元を超えた。義務教育学生生活補助人数を40%近く増やし、高等職業学校の募集人数も100万人増やした。 ・新型コロナウイルス発生後、習近平総書記が自ら指揮し、自ら手配し、生命安全と身体健康を第一に考え、ウイルスとの人民戦争、総合戦、防撃戦を展開した。14億人の発展途上国である中国は、比較的短期間に有効な防御を行い、国民の基本生活を保障したが、これは容易なことではなく、艱難の末に成就したものだった。 ・「復工復産」(工業と産業の復興)では、8方面に90項目の政策を実施した。企業の雇用を守り、税金を減免し、高速道路を無料にし、できる限りコストを抑えられるようにし、資金の貸し出しを追加した。 【短評】新型コロナウイルスが発生した1月当初は、社会主義のマイナス部分である官僚の不作為や隠蔽が目立った。だが、2月以降は社会主義のプラス部分である強制執行力やスピードが功を奏して、湖北省を除く全国的に収まりを見せた。それで2月の早期から「復工復産」に舵を切り、製造業の復興を優先させることができた』、「新型コロナウイルス・・・2月以降は社会主義のプラス部分である強制執行力やスピードが功を奏して、湖北省を除く全国的に収まりを見せた」、なるほど。
・『<第2章 今年の発展の主要目標と次の段階の活動の総合的な手配> ・都市部の新規雇用目標を900万人以上、都市部の調査失業率を6%程度、都市部の登記失業率を5.5%前後、CPIの伸びを3.5%前後とする。 ・農村の貧困人口をゼロにし、貧困県をなくす。 ・「6穏」(就業・金融・貿易・外資・投資・貯蓄の安定)の今年の活動の中で、「6保」(就業・民生・市場・食糧とエネルギー・インダストリアルチェーンとサプライチェーン・基本的社会インフラの保持)のボトムラインを守り抜く。 ・積極財政を加速させる。財政赤字率を3.6%以上とし、財政赤字規模を昨年より1兆元増やし、同時に1兆元のウイルス対策特別国債を発行する。この2兆元はすべて地方に渡す。 【短評】「6穏」は、アメリカとの貿易戦争が「開戦」した2018年7月、党中央政治局会議で決定し、これまで繰り返し唱えてきたが、今回初めて「6保」が登場した。私は中国の経済回復が遅れれば、中国国内に1億人規模の失業者が出るリスクがあると見ている。すでに5000万人もの「農民工」(出稼ぎ労働者)が職にあふれて帰京したという話も、中国国内で出ている。中国の場合、失業者の増大は暴動発生に直結する。その意味では、やはり「6保」の筆頭に就業を持ってきて、国を挙げて国民の就業を確保しようということなのだ』、「私は中国の経済回復が遅れれば、中国国内に1億人規模の失業者が出るリスクがあると見ている」、「「6保」の筆頭に就業を持ってきて、国を挙げて国民の就業を確保しようということなのだ」、納得した。
・『<第3章 マクロ経済政策の実施を強化し、企業の安定と就業の保持に尽力する> ・今年も増値税率と企業年金保険費率の低下などの制度を継続し、5000億元の新規減税を行う。 ・今年通年で2.5兆元を超える企業減税を計画する。 ・工商業の電力費を5%カットする政策を今年年末まで延長する。ブロードバンド・ケーブルなどの費用も平均15%減らす。 ・大型商業銀行の中小零細企業への融資を40%以上高める。 ・今年大学を卒業する874万人の就業を促進する。 【短評】減税は昨年、2兆元規模で行ったが、さらなる減税に迫られた(それまでの税金が高すぎたとも言える!)。また銀行の貸し渋り問題は、全国的に社会問題化しているが、あまりむやみに貸し出すと銀行倒産にもつながる(実際に地方でそのような案件が起こり始めている)。7月に出現する874万人の大学卒業生は、本当に就職先がなくて困っている。ただでさえ前述のように未曽有の就職難というのに、火に油を注ぐ格好だ』、「7月に出現する874万人の大学卒業生」への「就職先」の確保は確かに重要な課題だろう。
・『<第4章 改革によって市場主体の活力を刺激し、発展の新たなエンジンを増強する> ・国有企業改革3年行動を実施する。 ・民営経済の発展の環境を良化する。 ・製造業のグレードアップと新興産業の発展を推進する。 ・科学技術のイノベーションの支柱となる能力を強化する。 「大衆創業、万衆創新」を深く推進する。 【短評】国有企業改革は、習近平政権が発足した2013年にしっかり進めていれば、現在どれほど中国経済は健全化していたかと思う。2018年以降、米ドナルド・トランプ政権に糾弾されてようやく重い腰を上げたが、もしトランプ大統領が再選されれば、米中貿易交渉第2ラウンドの主要テーマは国有企業改革となる。その他は、李克強首相のいつもの決まり文句を並べ立てただけで新鮮味はない。 <第5章 内需戦略の拡大を実施し、経済発展方式の変転加速を推進する> ・今年の地方政府の専用債権を、昨年より1.6兆元増やして3.75兆元とする。中央政府から6000億元投資する。 ・鉄道建設の資本金を1000億元増加する。 【短評】地方債は、先代の胡錦濤政権までは違法だったが、いまや増える一方で、昨年分も昨年9月までに使い果たしてしまったほどだ。その意味では、コロナが起こったから地方が疲弊したわけでは、決してない。そして地方が疲弊すれば、地方に高速鉄道を作って雇用を増やすというヤブヘビな投資を行ってきた結果、鉄道総公司の負債は5兆元を超えてしまった』、「鉄道総公司の負債は5兆元を超えてしまった」、一体、どうするのだろう。
・『<第6章 脱貧困攻略の目標実現を確保し、農業の豊作と農民の増収を促進する> ・脱貧困攻略と農村振興措置をしっかり行い、重要な農産品の供給を保障し、農民の生活水準を引き上げる。 ・高レベルの水田8000万亩(ムー)を新たに作る。 ・帰郷した「農民工」(出稼ぎ労働者)が臨時の仕事に就き、収入を得られるようにする。 【短評】コロナで都市部で職にあふれた農民工はすでに5000万人を超えたという中国のレポートも読んだ。習近平政権は、農民の土地を国有化する壮大な計画を立てているが、これについては先延ばしした模様だ。 <第7章 対外開放のレベルをさらに上げ、貿易と外資の基盤を安定化させる> ・越境ECなど新たな業態の発展を加速し、国際貨物の運送能力を引き上げる。 ・中国内外の企業を一視同仁に扱い、公平な競争の市場環境を作る。 【短評】習近平政権には「困った時のアリババ頼み」という言葉があるほどだが、これだけ中国経済がドン底になっても、アリババは今年第1四半期の売り上げを22%も増やし、世界企業ランキングで7位につけている(4月現在)。4月7日には、コロナで中小企業を救済する「春雷計画2020」を発表した。今後、日本企業の越境CDでの「アリババ依存度」も高まるかもしれない。一方、外資系企業の一視同仁政策は、日系企業の間では「またいつもの絵空事でしょう」くらいにしか捉えられていない。 <第8章 保障を拡充、民生を改善し、社会事業改革の発展を推進させる> ・生命至上主義を堅持し、疾病予防防止体制を改革し、伝染病の直接報告と警戒システムを改善し、速やかかつ公開透明にウイルスの情報を発布することを堅持する。 ・基本的な医療サービスのレベルを引き上げ、医療保険の一人当たり財政補助レベルを30元増やす。 ・全国の3億人近い人が受け取っている年金を、必ず遅らせずに満額渡すようにする。 【短評】今回のコロナウイルス対応の反省を、サラリと述べたが、今後のWHO(世界保健機関)の特別調査が注目される。年金問題は日本と同様、中国も破綻に向かっており、来年から始まる第14次5ヵ年計画の重要なテーマとなっている』、「年金問題は日本と同様、中国も破綻に向かっており」、今後どうするのか見物だ。
・『<結語> ・習近平強軍思想と新時代の軍事戦略方針を深く貫徹し、政治建軍・改革強軍・科技強軍・人材強軍・法治強軍を堅持する。 ・国防動員システムを完備させ、軍と政、軍と民の団結を終始、盤石のものとさせる。 ・香港特別行政区の国家安全を維持、保護する法律制度と執行機構制度を健全に打ち建て、香港特別行政区政府の憲法制度の責任を根づかせる。 ・広範な台湾同胞と「台湾独立」反対で団結し、統一を促進する。 ・富強・民主・文明・和諧の素晴らしい社会主義現代化強国を建設し、中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現させるため、たゆまず奮闘していく! 【短評】今年の軍事費は別途発表されたが、前年比6.6%増の1兆2680億元。非公表の研究開発費を含めれば、日本の防衛予算の4~5倍に上る。香港に対する国家安全法は今週定める予定だが、国際社会から猛烈な非難を浴びることは必至だ。台湾も、5月20日に2期目を始動させた蔡英文政権は、アメリカをバックに「NO CHINA」政策を貫く方針を崩しておらず、米中対立の最大の火薬庫になって来る予感がする。 香港のデモと台湾の中国離れについては、下記の新著『アジア燃ゆ』で詳述しているので、ご高覧下さい。(本のPRは省略)』、「香港」については、昨日のブログで取上げた。「軍事費は・・・非公表の研究開発費を含めれば、日本の防衛予算の4~5倍に上る」、これだけの格差があるのであれば、なまじの対抗策を考えるより、共存の道を探ってゆくべきだろう。
タグ:緒語 第1章 2019年と今年に入っての活動の回顧 中国共産党政権にとって、マスクとは階級(序列)の違いを表す道具でもあることを知った 2016年の政府活動報告 習近平グループの巻き返し 第8章 保障を拡充、民生を改善し、社会事業改革の発展を推進させる スカスカの政府活動報告概要 (その8)(コロナ危機のウラで 中国・習近平が「ヤバすぎる計画」を進めていた…! いままで以上の警戒が必要だ、中国全人代 異例の「短縮ずくめ」が示す習近平主席の権力増大 李克強首相の見せ場はわずか56分に) 現代ビジネス GDP目標はなぜ未発表か 第2章 今年の発展の主要目標と次の段階の活動の総合的な手配 「中国全人代、異例の「短縮ずくめ」が示す習近平主席の権力増大 李克強首相の見せ場はわずか56分に」 世界でも「初めての出来事」 習近平主席としては、来年7月1日に迎える中国共産党創建100周年で華々しい成果を発表して、半永久政権につなげたいという野望がある 第4章 改革によって市場主体の活力を刺激し、発展の新たなエンジンを増強する 橋爪 大三郎 第6章 脱貧困攻略の目標実現を確保し、農業の豊作と農民の増収を促進する 第5章 内需戦略の拡大を実施し、経済発展方式の変転加速を推進する 「資本家」は中国共産幹部…? 「おいしい仕組み」だ 「李首相」が「習近平同志」を「鄧小平同志」と、「言い間違えた」のは、実は「李首相」の抵抗だったのかも知れない 階級の違いを表す道具 習近平主席の権力基盤が強まっている 社会主義市場経済 共産党の思惑 第3章 マクロ経済政策の実施を強化し、企業の安定と就業の保持に尽力する 近藤 大介 今年の全人代の「隠れた主旋律」 習近平が「死ぬまで権力の座に」 改革開放以降、最短の政府活動報告 「コロナ危機のウラで、中国・習近平が「ヤバすぎる計画」を進めていた…! いままで以上の警戒が必要だ」 中国国内政治 結語 軍事費は 共産党幹部にとっておいしい仕組み 非公表の研究開発費を含めれば、日本の防衛予算の4~5倍に上る
香港(その4)(「何でもアリ」が合法に 香港版国家安全法は何が衝撃なのか、香港を殺す習近平 アメリカと同盟国はレッドラインを定めよ、香港「国家安全法」めぐるトランプ砲は不発か コロナ禍に焦り制裁を連打するが「弾切れ」に) [世界情勢]
香港については、昨年12月7日に取上げた。今日は、(その4)(「何でもアリ」が合法に 香港版国家安全法は何が衝撃なのか、香港を殺す習近平 アメリカと同盟国はレッドラインを定めよ、香港「国家安全法」めぐるトランプ砲は不発か コロナ禍に焦り制裁を連打するが「弾切れ」に)である。
先ずは、5月27日付け日経ビジネスオンラインが掲載した香港中文大学大学院博士課程の石井 大智氏による「「何でもアリ」が合法に、香港版国家安全法は何が衝撃なのか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00030/052600103/?P=1
・『5月24日、香港で再び大規模な抗議活動が起きた。中国本土で全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が開催され、香港立法府の頭越しに「香港版国家安全法」を本土側で策定する方針が決まったのが原因だ。この「香港版国家安全法」はどのような歴史的経緯で制定されることになり、なぜ香港の民主派に深刻な懸念を抱かせているのかを、分かりやすく解説する』、基本的事項からの「解説」とは参考になりそうだ。
・『再び動き出した香港の抗議活動 5月24日、香港島の中心部である銅鑼湾(コーズウェイベイ)で新型コロナウイルス流行以降最大規模の抗議活動が発生した。この抗議活動は警察の許可を受けておらず、なおかつ香港政府は新型コロナウイルスの感染防止のために9人以上で集まることを禁止している。そのため、香港におけるリアルな抗議活動は平和的なものも含めて基本的に全て違法なものだ。それにもかかわらず、実際に何人が参加したかは不明なものの、一時は銅鑼湾を東西に貫く大通りである軒尼詩道(ヘネシーロード)には人が溢れた。 この抗議活動は中国による「香港版国家安全法」制定に対して実施されたものだ。国家安全法が単に香港の言論・政治活動の自由をさらに制約するという懸念のみならず、香港の議会(立法会)ではなく中国の全国人民代表大会(全人代)がその法を制定するという点が、これまでにないレベルでの一国二制度の「破壊」であると捉えられ波紋が広がっている』、「一国二制度」がこれほど早く空文化されるとは「中国」のやり方も強引なようだ。
・『かつてデモで阻止された国家安全法 もともと国家安全法は香港の「憲法」に当たる香港基本法23条において、香港特別行政区自身が、香港の法制度の下で「国家安全条例」として定めるものとされていたものだ。23条は国家への反逆、国家の分裂、反乱の扇動、中央政府の転覆、国家機密の不正な取得を禁止し、外国の政治組織が香港で政治活動を行ったり香港の政治団体が外国の政治団体と関係を持ったりすることを禁止するための法制定を求めている。 同じ特別行政区であるマカオ基本法23条にも同様の規定がある。民主派の力が香港ほど強くなかったマカオの場合、2009年に立法会で何厚鏵行政長官の下、国家安全法を成立させた。一方、香港は2003年に董建華行政長官の下、法律制定を進めようとした。03年7月1日に民間人権陣線が実施した抗議活動には、SARS(重症急性呼吸器症候群)への香港政府の対応に批判が高まっていたこともあり主催者発表で約50万人が集まった。財界に支持基盤を持つ自由党が反対に回ったこともあって、2003年9月には国家安全条例の草案は撤回されている。 その後も国家安全条例に関する言及は何度かあったが今回、事態が急転直下で動いたのは、もちろん2019年6月から続く一連の大規模な抗議活動が原因だ。逃亡犯条例の改正反対運動から続く香港での抗議活動に対し、中央政府やその強い影響力の下にあるメディアは度々外国勢力や一部の過激な国家分裂主義者が「中国の内政問題」である香港問題に介入してきたと批判してきた。香港での反政府的な動きが「国家安全」に直接的に関わることとして、全人代が「香港版国家安全法」を制定する動きを見せたのだ』、香港独自の法案は「2003年9月」に「撤回されている」、いわくつきのもののようだ。
・『新たな法律はどう香港の議会を迂回しているのか 香港は「一国二制度」の下、中国本土とは大きく異なり、判例などの積み上げに基づく「コモン・ロー」に基づく法体系を採っている。それは香港基本法において担保されたシステムであるが、今回の「香港版国家安全法」は香港での議会を通した法制定プロセスを採らず、全人代がいわば香港の議会を迂回して直接制定するという形を採ろうとしている。 どのようなロジックで全人代はこれを可能としているのか。香港には中国本土の法律は原則適用されないが、その例外として香港基本法の18条において全人代が定めた法律でありながら香港にも適用可能な「全国性法律」というものが定められている。この18条では、全人代は香港特別行政区基本法委員会と香港特別行政区政府に意見を尋ねた後にこの法律を追加または削除ができると定められている。ただしどんな法律でも香港に適用可能というわけではなく、香港特別行政区に権限がない国防、外交などに限定されるとも定められている。 これらの法律は香港基本法の「附件三」(Annex III)にリストアップされ、その追加と削除については全人代常務委員会の決定という形で発表される。「附件三」でリストアップされた法律は香港の中国への返還直後の1997年7月1日に追加と削除が行われた後、1998年、2005年、2017年に追加が行われている。現在「附件三」には13の法律が含まれており、そのうち建国記念日、国旗、国歌など国家の儀礼的なことを定めた法律が5つ、領海やEEZ(排他的経済水域)に関する法律が3つ、外交特権・領事特権に関する条例が2つである。その他に国籍法、香港特別行政区に人民解放軍を置く法的根拠となる香港特別行政区駐軍法、さらに外国の中央銀行に法的特権を認める法律(いわゆる「外国央行法」)がリストアップされている。 今回の「香港版国家安全法」は「附件三」に追加される形で施行される。ただしそれは2015年に施行された既存の国家安全法を全国性法律として「附件三」に追加する形ではなく、新たに全人代が法律を作り、それを「附件三」に盛り込むことで施行される。そのためにこの香港向けの国家安全法は中国本土の従来の国家安全法との区別を行うために「香港版国家安全法」と呼ばれている。 これまで見てきたように、全国性法律という枠組みが使われるのは、これが初めてというわけではない。だが、香港の言論の自由に対し中央政府の機関が中国本土の法律によって直接的に介入するという点で懸念が集まっている。 なお、この懸念は5月22日に発表された「全国人民代表大会関於建立健全香港特別行政区維護国家安全的法律制度和執行機制的決定」(草案)に、「全人代常務委員会に香港で国家の安全を守るための法律を制定する権限を与える」という文言があったことで明確化した。なお、この決定が示しているのは中央政府が国家安全を守るための法律を制定するということだけではない。中央政府の国家安全に関わる機関が必要に応じて香港にも機関を設置することが定められている。これは中国の公安機関が直接香港で活動を行う可能性があり、その場合は既存の一国二制度の形を相当大きく変えることになる。その他にも香港政府が国家安全を推進するための教育や国家安全を脅かす行為への取り締まりの状況を定期的に中央政府に報告することも定められている』、「中国の公安機関が直接香港で活動を行う可能性があり」、ということであれば、「一国二制度」は事実上崩壊するようだ。
・『2つの国家安全法 なお、香港版国家安全法は香港基本法で香港特別行政区自身が制定すべきだとした国家安全法の完全な代替となるものではない。先述の決定は「香港は香港基本法に基づいた国家安全法を制定すべきだ」と依然として求めているし、中央政府の機関だけではなく香港の行政機関、立法機関、司法機関自身が法に従って国家安全を守るための取り組みを行うように求めている。また2つの法律が言及している国家の安全を損なうとされる行為は若干異なる。 まず、香港基本法が制定を求めている国家安全法と全人代が定める香港版国家安全法は「国家分裂」や「転覆」(顛覆)をもくろむ活動を禁止するという点では一致している。ただしこの転覆は香港基本法においては「中央人民政府を転覆させる行為」と明確に定められているのに対し、全人代の決定は「国家政権を転覆させる行為」とあり香港政府もそこに含まれる可能性がある。もしそうなれば、中央政府とは無関係な香港政府への抗議活動が、全国性法律としての香港版国家安全法で取り締まられる可能性もある。全人代が定める香港版国家安全法のみが組織的テロリズムの取り締まりについて言及しているのも注目すべきポイントだ。これは中央政府がテロリズムに類するものとみている香港の抗議活動を強く想定したものと思われる。 また、「外国勢力」のどのような介入を禁止するのかも異なる。香港基本法は香港特別行政区自身が「外国の政治団体が香港で支持活動をすること」「香港の政治団体が外国の政治団体と関係を持つこと」を禁止する法律を制定することを求めている。一方で全人代の決定は香港の政治問題に対しての外国勢力の介入を禁止するものとしかなく、香港への外国勢力(原文には「境外勢力」ともあり、台湾も想定していると思われる)の幅広い関与が禁止されることが予想される。ここで言う外国勢力が一体何を指すのかは現時点ではよく分からず、香港の抗議活動における様々な反政府勢力や報道関係者が外国勢力と見なされるという懸念もある。 2つの国家安全法が今後どのように施行されるか、そしてそれが実際にどのように運用されるかは現時点でははっきりと分からない。だが、仮に2つの国家安全法が実際に施行されるとかなり幅広い分野の反政府活動が規制される可能性が生じる』、「かなり幅広い分野の反政府活動が規制される可能性が生じる」、言論の自由もなくなりそうだ。
・『「一国二制度」への認識の違い こうした事態は、中央政府と香港の民主派の間の「一国二制度」の考え方が相当に異なることを示している。このような違いはしばしば、民主派は一国二制度の「二制度」の維持を強調する一方で、中央政府は一国二制度の「一国」の維持を強調している──、というように説明される。香港の民主派は中央政府が一国二制度を破壊しようとしていると批判しているが、中央政府側は一国二制度を守るためにこのような法律が必要だとしている。 実際、中央政府や香港政府は香港基本法の定める範囲内、つまり一国二制度の枠組みを壊すことなく国家安全法を定めようとしていると主張している。例えば5月25日に香港政府の法務当局(律政司)は「国家安全は中央政府の管轄で香港特別行政区の自治の範囲外」と声明を出している。体制側から見ると香港版国家安全法の扱う国家安全は香港の自治の範囲外であり、従って全国性法律として中央政府側が定めることは一国二制度の枠組みに従っており、合法的なものであるということだ。しかしこのようなロジックを使えば、中央政府は香港の議会を通すことなく、様々な法律を容易に香港に適用できてしまう。 さらに、このことは体制側が香港基本法をかなり幅広く解釈できるということを示している。そもそも香港基本法の最終解釈権は香港の司法機構ではなく全人代にある。つまり、その解釈が正しいと全人代が言えばそれが正しいものとされる。香港の自治が扱う範囲とは何か、国家安全とは何かというのは曖昧なものではあるが、それは全て中央政府の解釈で決定され、その解釈の妥当性を中央政府と立場が違う第三者が審査することもない』、「そもそも香港基本法の最終解釈権は香港の司法機構ではなく全人代にある」、もともと「一国二制度」は見かけだけで、大きな穴が開いていたようだ。
・『数々の懸念を生み出す国家安全法 ここまでの議論をまとめると香港の民主派の国家安全法に対する懸念は以下のような3層に分けて説明できる。 1.国家安全法そのものによる言論の自由への制限への懸念 2.香港の議会を通さずに中央政府が直接香港で適用可能な法律を制定できる前例を作ってしまうかもしれないという懸念 3.中央政府がどのようにでも香港基本法を解釈でき、それを「合法」としてしまえることへの懸念 つまり香港版国家安全法は、単に中央政府が香港の言論の自由を制限しようとしている、というだけではなく一国二制度の構造を大きく変え、一国二制度を担保していた香港基本法を形骸化させてしまうという懸念を発生させる。そのような点で逃亡犯条例よりも深刻に受け止めている人も多い。 これらの懸念はあくまで全人代で決議された決定の文言から発生したものであり、実際に法がどのように整備され運用されるのか、これらの懸念がどの程度正しいものなのかは現時点では分からない。ただこの法律がどう運用されるかが香港の未来、さらには中国を取り巻く国際情勢に大きく影響するのは間違いない。■変更履歴(省略)』、コロナ騒動のどさくさに紛れて、このような悪法を企んだ中国政府は非難されるべきだ。
次に、6月1日付けNewsweek日本版「香港を殺す習近平、アメリカと同盟国はレッドラインを定めよ」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93563_1.php
・『<全人代が国家安全法を香港に導入へ──。諸外国の警告にも動じない中国政府を前に、自由と民主化運動と「一国二制度」は風前の灯火なのか。できることは限られているが、まだ交渉の時間はある> 一国二制度の約束など、とうの昔に忘れたのだろう。中国政府はいよいよ、反体制運動を抑え込む国家安全法を「特別行政区」であるはずの香港に力ずくでも適用しようとしている。それを許したら終わりだ。香港は中国本土の専制的なシステムに組み込まれ、窒息してしまう。 1997年にイギリスから中国へ返還されて以来、香港の行政府は基本的に中国本土の御用機関だった。それでも当初、北京からの締め付けは緩かった。それで香港市民の間にも、いずれは本土のほうが「香港化」するだろうという淡い期待が膨らんだ。 しかし、甘かった。中国政府は反抗的な市民を拉致し、立法会(香港議会)の選挙制度を改悪し、民主派が立候補できないようにした。 今年1月、国家主席の習近平(シー・チンピン)は中国政府の出先機関である香港連絡弁公室の長に強硬派を送り込んだ。2月には香港・マカオ事務弁公室の主任を降格させてやはり強硬派をトップに据えた。こうなると現地の行政府は北京の言いなりだ。香港市民を中国本土の法律で縛る準備は整った。 地元紙サウスチャイナ・モーニングポストによれば、国家安全法が取り締まるのは「分離独立派や体制転覆の活動、外国からの干渉やテロ行為」だ。当然、民主派の運動の大半が対象になるだろう。現に中国外務省は諸外国の外交官に宛てた文書で、「香港の抵抗派は以前から外部勢力と結託して本土からの分離独立や政権転覆、不正工作、破壊行為などに関わってきた」と非難している。 ちなみに中国政府の言う国家安全保障上の脅威には中国国歌への不敬行為も含まれ、それを香港で禁錮刑の対象としようとしている。さらに国家安全法の下で香港に「国家安全保障機関」を設置し、「国家安全保障に必要な義務を果たさせる」つもりだ。 5月末の時点で、習政権は香港に適用する国家安全法の具体的な条文を明らかにしていない。だからまだ、中国側が手加減してくる可能性は残されている。法制化の脅しだけで抗議運動は抑え込めると考え、それ以上には踏み込まない可能性もある。だが習政権が中国本土の全域で行ってきた容赦ない反対派弾圧の実態を見れば、そんな期待は吹き飛ぶはずだ。 中国政府が香港の反体制派を徹底的にたたきつぶそうとするのは間違いない。彼らが新疆ウイグル自治区でやってきたことを見れば一目瞭然だ。彼らは既に香港での抗議行動を「テロ行為」と呼んでいる。ひとたびテロリストの烙印を押せば、何でもできることになる。 想定外の事態ではない。イギリスは香港の「返還」に合意した時点で、あらゆる影響力を失った。香港の自治を50年間(2047年まで)は維持するとの約束は取り付けたが、約束を守らせる手段は何もなかった。 中国側の本音はすぐ明らかになった。2003年、北京の意向を受けた香港政府は今回と同じくらい露骨な国家安全条例を持ち出し、議会で成立させようとした。あのときは市民の大規模な抗議行動で撤回を強いられた。しかし当時の中国政府は今とは違う。当時の指導者・胡錦濤(フー・チンタオ)は、習ほど強引ではなかった』、「イギリスは香港の「返還」に合意」したが、「約束を守らせる手段は何もなかった」、というのもイギリス外交の伝統かも知れないが、無責任な話だ。「2003年」に「国家安全条例」が流産した際に、「当時の指導者・胡錦濤は、習ほど強引ではなかった」、当時と現在では中国の国際的地位も大きく向上したことも「習」を「強引」にさせたのだろう。
・『コロナの隙に一斉逮捕 2012年に習が実権を握って以来、中国は毛沢東の時代に後戻りしている。習は共産党と政府の権限を拡大する一方、自分自身への権力集中に努めてきた。毛沢東の死後はそれなりに共産党の権威が揺らぎ、統制が緩む時期もあったが、今は違う。10年前に比べてもずっと自由が少なく、統制が強まっている。 そして今、中国政府は香港の現状を放置できないと考えているようだ。昨年には香港在住の容疑者を中国本土に引き渡す逃亡犯条例改正案が、住民の大規模な抗議運動によって葬られてしまった。 もはや現地の行政府や議会には任せられない。習政権はそう判断し、だからこそ本土の国家安全法を香港にも適用すると決めた。年内には香港の立法会選もある。制度上は親中派が絶対に勝てる仕組みになっているが、昨年の香港区議選では親中派が惨敗を喫している。 油断はできない。議会の多数を民主派に握られてからでは遅い。だから習政権は先の全国人民代表大会(日本の国会に相当)で、国家安全法を香港にも適用すると決した。これが施行されたら、香港の民主派も中国本土の法律で裁かれることになる。 民主派の政治家を立法会から排除するのは簡単だ。タイの軍事政権がしたように、新法を過去にさかのぼって適用できることにすれば、今までの言動を理由に民主派の立候補資格を取り消すことができる。そうすれば、立法会での親中派優位は今後も揺るがないことになるだろう。 当然のことながら、中国共産党も自分たちが嫌われていることは承知している。昨年6月末に発表された香港の世論調査でも、自分のことを「中国人」と見なす香港市民は約10人に1人しかおらず、30歳以下の若者の大半は自分を「香港人」と見なしていた。 それでも中国側は、外国の勢力が反感をあおっているせいだと非難する。香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官も、学校教育の偏向を批判している。 その一方、新型コロナウイルスのせいで大規模な街頭行動がしにくくなった状況を、香港警察が見逃さなかった。4月下旬には民主派の有力な指導者15人を逮捕。その中には「香港民主主義の父」と呼ばれる81歳の弁護士・李柱銘(リー・チューミン)や民主派の新聞「蘋果日報」(アップル・デイリー)の発行人・黎智英(リー・チーイン)もいた。 この15人の容疑は、昨年の夏に若者たちの大規模な抗議行動が起きたとき「違法な集会」を組織したというもの。中国外務省も彼らに「香港における問題分子」というレッテルを貼った。彼らは長期にわたり収監される可能性が高い。当然、民主派の市民は大挙して街頭に繰り出して抗議したが、重武装の警官隊に蹴散らされた。 それでも今までなら、これほどの弾圧に対してはもっと大規模な抗議行動が起きたはずだ。習政権としては、ウイルス感染の恐れがあれば抗議行動は盛り上がらないと踏んでいるのかもしれない』、「コロナの隙に一斉逮捕」、とは準備は周到なようだ。
・『制裁で困るのは香港人 なにしろ習にとって、新型コロナウイルスの蔓延は想定外だったようで、初期対応の遅さは一般の国民からも批判された。だからこそ、ここで強い指導者のイメージを打ち出したいという思惑もあるようだ。なりふり構わず、ここで香港を締め付ければ国内の保守派は喜ぶ。批判派に対しても、いかなる抵抗も許さない姿勢を改めて伝えることができる。 香港に約束した高度の自治を守れと諸外国から迫られても、習政権はずっと無視してきた。新華社通信によれば、今回も外務省の趙立堅(チャオ・リーチエン)副報道局長は「(香港問題は)純粋に中国の内政問題」であり「いかなる外国も干渉する権利はない」と述べている。 諸外国にできることは限られている。香港に対する主権は23年前から中国にあるので手を出せないし、中国の領土に軍隊を出すという選択肢もあり得ない。 ドナルド・トランプ米大統領も介入には及び腰だ。国家安全法についても、「実際にそうなったら極めて強い取り組みをする」と述べるにとどめている。 そもそもトランプ政権は、人権問題を敵対国家との駆け引きに使える戦術的なものと位置付けている。そしてロシアやサウジアラビア、トルコ、エジプトなどの強権的な政権の肩を持つ。 その一方、今秋の大統領選で激突するはずの民主党候補ジョー・バイデン前副大統領に対しては「中国に甘い」と攻撃している。大統領だけでなく、政府高官の頭にも選挙のことしかない。諸外国の首脳も、今のトランプ政権は11月の選挙に勝つことしか考えていないと割り切っている。 アメリカ議会が理性的に行動する見込みもない。「弾圧を糾弾する」決議案や、国家安全法の施行に関与する中国側当局者と関連企業への制裁が提案された程度だ。 実効性のある経済制裁も望めない。たとえアメリカが中国に経済戦争を仕掛けても、中国は一歩も引かず、その政治目標に向かって突き進むだろう。ベネズエラでもイランでも北朝鮮でも、トランプ政権による「最大限の圧力」は失敗の連続だ。 一方で経済制裁の強化はアメリカ企業に深刻な影響をもたらす。新型コロナウイルスの感染拡大で止まった経済活動の再開を急がねばならない時期に、それは避けたい。 それに、再選を期すトランプとしては一刻も早く中国との貿易協定をまとめ、自らの貿易戦争が招いた経済的損失を帳消しにしたいところだ。新疆で膨大な数のウイグル人が「再教育」キャンプに送り込まれても中国を非難しなかった政権であり、議会である。同じ中国領の香港での中国政府の横暴を止める姿は想像し難い。 アメリカ側に打てる手があるとすれば、香港に対する貿易上の優遇措置を定めた「香港人権・民主主義法」だ。この特別待遇は、香港に一定の自治が存在することを前提としている。自治がなくなれば、香港も中国本土と同様、高率関税などの対象となる。現にマイク・ポンペオ国務長官は5月27日にこの法律を持ち出して、今の香港で「高度な自治が維持されているとは言えない」と警告している(編集部注:トランプは30日、優遇措置を停止し、中国当局者に制裁を科す方針を発表した)。 しかし優遇措置を取り消した場合に最も困るのは、中国政府ではなく香港の人たちだろう。アメリカ政府は日頃から、そういう現地の事情を無視しがちだ。しかし今回に限って言えば、まず香港市民と香港にいる多国籍企業に及ぼす甚大な影響を熟慮してから動くべきだった。 そもそも中国政府は、ポンペオの警告など軽く受け流すだろう。この20年で中国経済は劇的な急成長を遂げ、香港への経済的な依存を大幅に減らしている。1997年には香港が中国全体のGDPの20%弱を占めていたが、今は約3%だ。もちろん無視できる存在ではないが、中国政府がその政治的な意思を貫徹するためなら、香港の経済力低下もやむなしと判断するだろう。 そうは言っても、国際的な金融センターとしての香港の役割は依然として重要だ。国際NGOのホンコン・ウォッチも、「アジア太平洋地域における傑出した金融サービスの中心地として、香港は今なお中国政府にとっても世界にとっても重要な役割を果たしている」とみる。 また中国企業によるIPO(新規株式公開)の4分の3近くは香港市場で行われているから、香港が「欧米の投資家にとって、中国本土市場へのアクセスを獲得する上で好適なルート」である事情に変わりはない。こうした点を考慮すれば、中国政府が香港の「本土化」にブレーキをかける可能性も残されている。 だからこそ、ポンペオの発言は拙速だったと言える。国家安全法の新たな条文が作成され、正式に施行されるのは夏の終わりだろう。それまでの間、米中両国には交渉の時間がある。香港人権法の発動はアメリカにとって最後の、そして最大の切り札だ』、「1997年には香港が中国全体のGDPの20%弱を占めていたが、今は約3%だ」、中国にとってのGDPで見た香港の重要性がここまで低下していたとは初めて知った。ただ、「中国企業によるIPOの4分の3近くは香港市場で行われているから、香港が「欧米の投資家にとって、中国本土市場へのアクセスを獲得する上で好適なルート」である事情に変わりはない」、金融市場としての重要性は依然大きいようだ。「そもそも中国政府は、ポンペオの警告など軽く受け流すだろう」、アメリカも軽く見られたものだ。
・『レッドラインを定めよ 切り札は有効に使わねばならない。中国側が結論を出すまで、アメリカ政府は手の内を明かしてはならない。まずはヨーロッパやアジアの同盟諸国と歩調を合わせ、共通のレッドライン(越えてはならない一線)を定めるべきだ。その上で、もしも中国がこのまま強硬路線を突き進むなら、世界の主要国は一致団結して、香港に対する経済面の優遇措置を取り下げると警告すればいい。 そうして世界中で中国に対する反発が強まれば、今までは中国の顔色を気にしていた企業や投資家も逃げていくだろう。それこそが中国の恐れる事態であり、そうなれば中国政府も強硬路線を見直す可能性がある。国家安全法の適用という大筋は変えないまでも、深刻な影響を与えそうな条項を削除するなどの」妥協に応じる可能性がある。それでも中国政府がレッドラインを踏み越えたら? その時は国際社会が団結して、強硬な対応を取るほかない。 そうなれば「香港は終わりだ」と言ったのは、民主派の立法会議員・郭栄鏗(デニス・クォック)。その先に見えるのは誰にとっても最悪の展開だ。あえて「一国二制度」の約束を破り、経済面の深刻なリスクを冒してまで香港に本土と同じ強権支配の構造を持ち込むようなら、習の中国は今後、一段と敵対的な反米・反民主主義の道を突き進むことだろう。 あいにく習には争いを避けようという意欲がほとんど見られない。協力が必要なのは言うまでもないが、中国人民との良好な未来を築くためにも、今こそ習近平の暴走を止める必要がある』、日本も「習近平」を国賓で迎える予定だったが、どうするのだろう。安部政権としては、せっかく好転した日中関係を維持したいのかも知れないが、欧米主要国が「中国」に厳しい姿勢で臨むようであれば、日本だけ抜け駆けする訳にもいかないだろう。国内の政局不安定化を口実に再び延期するのが、現実的なのかも知れない。
第三に、6月2日付け東洋経済オンライン「香港「国家安全法」めぐるトランプ砲は不発か コロナ禍に焦り制裁を連打するが「弾切れ」に」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/353841
・『「中国は約束された『1国2制度』を『1国1制度』に変えてしまった。香港を特別に扱う優遇措置を撤廃するプロセスを開始するよう指示した」 5月29日午後2時48分(アメリカ東部時間)、アメリカのトランプ大統領がホワイトハウスのローズガーデンで行った記者会見に世界の投資家が注目した。トランプ氏は中国が香港に国家安全法制を導入する方針が伝わった5月21日の段階で「非常に強力な対応」を用意すると宣言していただけに、この日の発言には株式市場からの注目度も高かったのだ。 同27日にはポンぺオ国務長官が「もはや香港が『高度な自治』を維持しているとは言えない」として、これまでアメリカが香港に認めてきた優遇措置の撤廃を示唆していた。アメリカは1992年に定めた香港政策法で、1国2制度のもと香港に一定の自治があることを前提に関税やビザ発行などで中国本土とは別の扱いを認めてきた。 しかし、昨年夏に香港で「逃亡犯条例」への反対デモが大規模化すると、アメリカでは強権化する香港政庁やその背景にいる中国政府への反感が強まった。アメリカ議会では香港政策法の見直しを求める声が高まり、昨年11月に「香港人権・民主主義法」が新たに成立した。新法では、アメリカの国務長官が最低でも年1回、香港への優遇措置継続の是非を判断することが求められている』、「アメリカ」は「香港」に対する一応の武器は持っているようだ。
・『「荒業」を見送ったトランプ大統領 その答えをすでにポンぺオ氏が表明している以上、優遇措置の撤廃は投資家も織り込み済みである。それ以上の制裁措置、たとえば1月に米中が合意した貿易交渉の第一段階合意を破棄するといった荒業が飛び出すかが焦点だった。 結論からいえば、トランプ氏の発言は想定内のもので投資家は安堵したようだ。香港への優遇措置撤廃の時期も示されなかった。S&P総合500種指数は小幅高の3044.31ポイントで終了し、ダウ平均株価は会見終了後に値を戻し17ドル安の 2万5383.1ドルで引けた。週明けの6月1日の香港株式市場ではハンセン指数が大幅高。日本市場でも終値は184円高の2万2062円となった。 アメリカでの新型コロナウイルスによる死者が10万人を超えたことで11月の再選が危うくなったトランプ氏は、中国批判のボルテージをどんどん上げている。29日の会見でも、最近は控えていた「武漢ウイルス」という呼称を使ったうえ、中国が新型コロナについて情報を隠蔽してきたと非難。その中国に牛耳られているとしてWHO(世界保健機関)への資金拠出をやめると発表した。 ほかにも、中国が長年アメリカの産業機密を狙うスパイ活動をしてきたとして、疑わしいとみなす中国人の入国を禁止。さらにアメリカに上場する中国企業がアメリカ当局の検査を拒んだ場合は上場を廃止するなど、10分間の会見の間にトランプ氏は中国がらみの制裁措置をいくつも列挙すると、記者の質問を受け付けずにその場を去った。 「アメリカはまた、香港の自治を侵食し、香港の自由を絶対的に窒息させることに直接または間接的に関与している中国と香港の当局者を制裁するために必要な措置を講じる。われわれのアクションは強力で、意味のあるものになるだろう」。29日の会見でトランプ氏はそう語った。 では、香港の優遇措置撤廃はどれほどの効果を持つだろうか。中国政府の「本音」の発信を担っているとみられる共産党系メディア「環球時報」が先回りして興味深い記事を載せていた。香港政府の財政・経済政策のトップである陳茂波・財政長官へのインタビューで、取材日は5月29日。同日の23時過ぎに電子版に掲載されており、トランプ氏の会見に数時間先行している』、「10分間の会見の間にトランプ氏は中国がらみの制裁措置をいくつも列挙すると、記者の質問を受け付けずにその場を去った」、「トランプ氏の発言は想定内のもので投資家は安堵したようだ。香港への優遇措置撤廃の時期も示されなかった」、「トランプ氏」はどうも口先だけのようだ。
・『香港政府は対応に自信あり 陳氏は「香港政府は、アメリカが近く香港に対して行う経済制裁措置に十分な対応をする用意がある」と話した。環球時報の記者は、アメリカが採るであろう対応の中から、①大陸から独立した関税区としての香港の地位、②アメリカから香港へのハイテク輸出の認可、③香港ドルと米ドルのペッグ制度の維持可能性、の3分野について質問している。 まず①の、アメリカが香港に対する特別関税待遇を撤廃する可能性について、陳氏は「独立した関税区としての待遇は香港基本法で与えられたもので、アメリカとは関係ない」としたうえで、「香港政府はすでに特別関税待遇が一方的に撤廃される可能性を検討し、対策を策定した」と述べた。香港にとって、この措置の影響は小さいという。「香港の製造業の生産額のうちアメリカへの輸出は2%未満。香港の総輸出量の0.1%未満だ」(陳氏)。 ここで陳氏は語っていないが、アメリカ政府の真の狙いは香港を対中制裁関税の抜け道にする中国企業にある。香港とアメリカの間の貿易が基本的にゼロ関税であることで抜け道が生じているのだ。 だが、アメリカが関税合戦に出ることは考えにくい。昨年のアメリカの対香港輸出額は308億ドルに上り、260億ドルもの貿易黒字を計上している。アメリカの最大の輸出先であり、その関係を壊すのは得策ではない。 ②のハイテク輸出認可の撤回について陳氏は、「機微なハイテクの輸出制限は香港に一定の影響を与える」と認めている。しかし、「すでにアメリカからハイテクを香港に輸入するのは難しくなっている。最先端の技術でないなら、ヨーロッパと日本からも代替品を見つけやすい。アメリカ以外の貿易相手との関係をうまく処理できれば、技術輸入の面では香港に大きな問題は起きない」としている。 ③の香港ドルと米ドルとのペッグ制維持が難しくなるのではないかとの懸念は金融市場にくすぶっている。アメリカが香港政策法で定めた「優遇措置」の中に「米ドルと香港ドルの自由両替」という項目があり、これを見直す可能性が指摘されているためだ。 香港のドルペッグ制度は香港金融管理局(HKMA)が発行する香港ドルと同等の米ドルを発行保証資産として保有し、香港ドルと米ドルのレートを一定のレンジ(現在は1米ドル=7.75~7.85香港ドル)で固定するというものだ。これについて陳氏は「アメリカが1992年に香港政策法を成立させる前の1983年から続いているものだ。アメリカの同意や承認は必要ない」と断言している。 李克強首相のブレーンである著名エコノミストの鐘正生氏は、「香港の金融システムが動揺すると、香港も大陸もアメリカも損をする。海外から大陸への投資、人民元の国際化、中国企業の海外からの資金調達などが影響を受ける」と指摘する。 香港では1300社以上のアメリカ企業と8.5万人のアメリカ人が活動している。香港ドルと米ドルのペッグが外れたら、これらの企業と個人の影響は非常に大きい。 一方、香港はペッグ制維持のために今年4月末時点で4412億米ドルもの外貨準備を持っている。他国のようにバスケット制に移行するためにその一部を放出することになれば、ドル市場の混乱は不可避とみられる。一方で、ペッグ制をやめたとしても金融政策を独自に行うように制度改正すれば、香港経済にとって決定的なダメージにはなるまい』、「昨年のアメリカの対香港輸出額は308億ドルに上り、260億ドルもの貿易黒字を計上している。アメリカの最大の輸出先であり、その関係を壊すのは得策ではない」、「貿易黒字」を異常に重視する「トランプ」にとってはなおさらだろう。「香港では1300社以上のアメリカ企業と8.5万人のアメリカ人が活動している。香港ドルと米ドルのペッグが外れたら、これらの企業と個人の影響は非常に大きい」、どうも「ペッグ制」も武器にはなりそうもないようだ。
・『「雷鳴は大きいが雨は少ない」 鐘氏は「アメリカが香港の関税区としての地位を取り消すことはあるかもしれないが、米ドルと香港ドルの自由両替を中止する可能性はあまりないだろう」として、トランプ氏が打ち出した制裁について “雷鳴は大きいが雨は少ない”と総括した。 中国外交に詳しい東洋学園大学の朱建栄教授は、トランプ政権が制裁を宣言する中で中国政府が国家安全法制の香港への導入を強行した背景には、「中国経済における香港のウエートが低下している現在、制裁の影響は限られるという判断がある」と解説する。また、これ以上に米中対立を激化させれば、1月の第1段階の貿易合意の履行も難しくなり、トランプ氏の再選戦略に影響するとも見ているという。つまりは、「トランプ砲」はもう弾切れだというわけだ。 次のカードとしては両院で可決済みのウイグル人権法案もあるが、中国側はトランプ氏の足元を見ている。香港問題と同様で、「トランプ砲」が中国を実際に動かすことは期待できそうもない』、「雷鳴は大きいが雨は少ない」と馬鹿にされるようでは、アメリカ大統領の権威も地に落ちたものだ。「ウイグル人権法案」も「香港問題と同様で、「トランプ砲」が中国を実際に動かすことは期待できそうもない」、やれやれだ。これでは、民主化を求める香港市民は、英米などに移民するしかなさそうだ。
先ずは、5月27日付け日経ビジネスオンラインが掲載した香港中文大学大学院博士課程の石井 大智氏による「「何でもアリ」が合法に、香港版国家安全法は何が衝撃なのか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00030/052600103/?P=1
・『5月24日、香港で再び大規模な抗議活動が起きた。中国本土で全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が開催され、香港立法府の頭越しに「香港版国家安全法」を本土側で策定する方針が決まったのが原因だ。この「香港版国家安全法」はどのような歴史的経緯で制定されることになり、なぜ香港の民主派に深刻な懸念を抱かせているのかを、分かりやすく解説する』、基本的事項からの「解説」とは参考になりそうだ。
・『再び動き出した香港の抗議活動 5月24日、香港島の中心部である銅鑼湾(コーズウェイベイ)で新型コロナウイルス流行以降最大規模の抗議活動が発生した。この抗議活動は警察の許可を受けておらず、なおかつ香港政府は新型コロナウイルスの感染防止のために9人以上で集まることを禁止している。そのため、香港におけるリアルな抗議活動は平和的なものも含めて基本的に全て違法なものだ。それにもかかわらず、実際に何人が参加したかは不明なものの、一時は銅鑼湾を東西に貫く大通りである軒尼詩道(ヘネシーロード)には人が溢れた。 この抗議活動は中国による「香港版国家安全法」制定に対して実施されたものだ。国家安全法が単に香港の言論・政治活動の自由をさらに制約するという懸念のみならず、香港の議会(立法会)ではなく中国の全国人民代表大会(全人代)がその法を制定するという点が、これまでにないレベルでの一国二制度の「破壊」であると捉えられ波紋が広がっている』、「一国二制度」がこれほど早く空文化されるとは「中国」のやり方も強引なようだ。
・『かつてデモで阻止された国家安全法 もともと国家安全法は香港の「憲法」に当たる香港基本法23条において、香港特別行政区自身が、香港の法制度の下で「国家安全条例」として定めるものとされていたものだ。23条は国家への反逆、国家の分裂、反乱の扇動、中央政府の転覆、国家機密の不正な取得を禁止し、外国の政治組織が香港で政治活動を行ったり香港の政治団体が外国の政治団体と関係を持ったりすることを禁止するための法制定を求めている。 同じ特別行政区であるマカオ基本法23条にも同様の規定がある。民主派の力が香港ほど強くなかったマカオの場合、2009年に立法会で何厚鏵行政長官の下、国家安全法を成立させた。一方、香港は2003年に董建華行政長官の下、法律制定を進めようとした。03年7月1日に民間人権陣線が実施した抗議活動には、SARS(重症急性呼吸器症候群)への香港政府の対応に批判が高まっていたこともあり主催者発表で約50万人が集まった。財界に支持基盤を持つ自由党が反対に回ったこともあって、2003年9月には国家安全条例の草案は撤回されている。 その後も国家安全条例に関する言及は何度かあったが今回、事態が急転直下で動いたのは、もちろん2019年6月から続く一連の大規模な抗議活動が原因だ。逃亡犯条例の改正反対運動から続く香港での抗議活動に対し、中央政府やその強い影響力の下にあるメディアは度々外国勢力や一部の過激な国家分裂主義者が「中国の内政問題」である香港問題に介入してきたと批判してきた。香港での反政府的な動きが「国家安全」に直接的に関わることとして、全人代が「香港版国家安全法」を制定する動きを見せたのだ』、香港独自の法案は「2003年9月」に「撤回されている」、いわくつきのもののようだ。
・『新たな法律はどう香港の議会を迂回しているのか 香港は「一国二制度」の下、中国本土とは大きく異なり、判例などの積み上げに基づく「コモン・ロー」に基づく法体系を採っている。それは香港基本法において担保されたシステムであるが、今回の「香港版国家安全法」は香港での議会を通した法制定プロセスを採らず、全人代がいわば香港の議会を迂回して直接制定するという形を採ろうとしている。 どのようなロジックで全人代はこれを可能としているのか。香港には中国本土の法律は原則適用されないが、その例外として香港基本法の18条において全人代が定めた法律でありながら香港にも適用可能な「全国性法律」というものが定められている。この18条では、全人代は香港特別行政区基本法委員会と香港特別行政区政府に意見を尋ねた後にこの法律を追加または削除ができると定められている。ただしどんな法律でも香港に適用可能というわけではなく、香港特別行政区に権限がない国防、外交などに限定されるとも定められている。 これらの法律は香港基本法の「附件三」(Annex III)にリストアップされ、その追加と削除については全人代常務委員会の決定という形で発表される。「附件三」でリストアップされた法律は香港の中国への返還直後の1997年7月1日に追加と削除が行われた後、1998年、2005年、2017年に追加が行われている。現在「附件三」には13の法律が含まれており、そのうち建国記念日、国旗、国歌など国家の儀礼的なことを定めた法律が5つ、領海やEEZ(排他的経済水域)に関する法律が3つ、外交特権・領事特権に関する条例が2つである。その他に国籍法、香港特別行政区に人民解放軍を置く法的根拠となる香港特別行政区駐軍法、さらに外国の中央銀行に法的特権を認める法律(いわゆる「外国央行法」)がリストアップされている。 今回の「香港版国家安全法」は「附件三」に追加される形で施行される。ただしそれは2015年に施行された既存の国家安全法を全国性法律として「附件三」に追加する形ではなく、新たに全人代が法律を作り、それを「附件三」に盛り込むことで施行される。そのためにこの香港向けの国家安全法は中国本土の従来の国家安全法との区別を行うために「香港版国家安全法」と呼ばれている。 これまで見てきたように、全国性法律という枠組みが使われるのは、これが初めてというわけではない。だが、香港の言論の自由に対し中央政府の機関が中国本土の法律によって直接的に介入するという点で懸念が集まっている。 なお、この懸念は5月22日に発表された「全国人民代表大会関於建立健全香港特別行政区維護国家安全的法律制度和執行機制的決定」(草案)に、「全人代常務委員会に香港で国家の安全を守るための法律を制定する権限を与える」という文言があったことで明確化した。なお、この決定が示しているのは中央政府が国家安全を守るための法律を制定するということだけではない。中央政府の国家安全に関わる機関が必要に応じて香港にも機関を設置することが定められている。これは中国の公安機関が直接香港で活動を行う可能性があり、その場合は既存の一国二制度の形を相当大きく変えることになる。その他にも香港政府が国家安全を推進するための教育や国家安全を脅かす行為への取り締まりの状況を定期的に中央政府に報告することも定められている』、「中国の公安機関が直接香港で活動を行う可能性があり」、ということであれば、「一国二制度」は事実上崩壊するようだ。
・『2つの国家安全法 なお、香港版国家安全法は香港基本法で香港特別行政区自身が制定すべきだとした国家安全法の完全な代替となるものではない。先述の決定は「香港は香港基本法に基づいた国家安全法を制定すべきだ」と依然として求めているし、中央政府の機関だけではなく香港の行政機関、立法機関、司法機関自身が法に従って国家安全を守るための取り組みを行うように求めている。また2つの法律が言及している国家の安全を損なうとされる行為は若干異なる。 まず、香港基本法が制定を求めている国家安全法と全人代が定める香港版国家安全法は「国家分裂」や「転覆」(顛覆)をもくろむ活動を禁止するという点では一致している。ただしこの転覆は香港基本法においては「中央人民政府を転覆させる行為」と明確に定められているのに対し、全人代の決定は「国家政権を転覆させる行為」とあり香港政府もそこに含まれる可能性がある。もしそうなれば、中央政府とは無関係な香港政府への抗議活動が、全国性法律としての香港版国家安全法で取り締まられる可能性もある。全人代が定める香港版国家安全法のみが組織的テロリズムの取り締まりについて言及しているのも注目すべきポイントだ。これは中央政府がテロリズムに類するものとみている香港の抗議活動を強く想定したものと思われる。 また、「外国勢力」のどのような介入を禁止するのかも異なる。香港基本法は香港特別行政区自身が「外国の政治団体が香港で支持活動をすること」「香港の政治団体が外国の政治団体と関係を持つこと」を禁止する法律を制定することを求めている。一方で全人代の決定は香港の政治問題に対しての外国勢力の介入を禁止するものとしかなく、香港への外国勢力(原文には「境外勢力」ともあり、台湾も想定していると思われる)の幅広い関与が禁止されることが予想される。ここで言う外国勢力が一体何を指すのかは現時点ではよく分からず、香港の抗議活動における様々な反政府勢力や報道関係者が外国勢力と見なされるという懸念もある。 2つの国家安全法が今後どのように施行されるか、そしてそれが実際にどのように運用されるかは現時点でははっきりと分からない。だが、仮に2つの国家安全法が実際に施行されるとかなり幅広い分野の反政府活動が規制される可能性が生じる』、「かなり幅広い分野の反政府活動が規制される可能性が生じる」、言論の自由もなくなりそうだ。
・『「一国二制度」への認識の違い こうした事態は、中央政府と香港の民主派の間の「一国二制度」の考え方が相当に異なることを示している。このような違いはしばしば、民主派は一国二制度の「二制度」の維持を強調する一方で、中央政府は一国二制度の「一国」の維持を強調している──、というように説明される。香港の民主派は中央政府が一国二制度を破壊しようとしていると批判しているが、中央政府側は一国二制度を守るためにこのような法律が必要だとしている。 実際、中央政府や香港政府は香港基本法の定める範囲内、つまり一国二制度の枠組みを壊すことなく国家安全法を定めようとしていると主張している。例えば5月25日に香港政府の法務当局(律政司)は「国家安全は中央政府の管轄で香港特別行政区の自治の範囲外」と声明を出している。体制側から見ると香港版国家安全法の扱う国家安全は香港の自治の範囲外であり、従って全国性法律として中央政府側が定めることは一国二制度の枠組みに従っており、合法的なものであるということだ。しかしこのようなロジックを使えば、中央政府は香港の議会を通すことなく、様々な法律を容易に香港に適用できてしまう。 さらに、このことは体制側が香港基本法をかなり幅広く解釈できるということを示している。そもそも香港基本法の最終解釈権は香港の司法機構ではなく全人代にある。つまり、その解釈が正しいと全人代が言えばそれが正しいものとされる。香港の自治が扱う範囲とは何か、国家安全とは何かというのは曖昧なものではあるが、それは全て中央政府の解釈で決定され、その解釈の妥当性を中央政府と立場が違う第三者が審査することもない』、「そもそも香港基本法の最終解釈権は香港の司法機構ではなく全人代にある」、もともと「一国二制度」は見かけだけで、大きな穴が開いていたようだ。
・『数々の懸念を生み出す国家安全法 ここまでの議論をまとめると香港の民主派の国家安全法に対する懸念は以下のような3層に分けて説明できる。 1.国家安全法そのものによる言論の自由への制限への懸念 2.香港の議会を通さずに中央政府が直接香港で適用可能な法律を制定できる前例を作ってしまうかもしれないという懸念 3.中央政府がどのようにでも香港基本法を解釈でき、それを「合法」としてしまえることへの懸念 つまり香港版国家安全法は、単に中央政府が香港の言論の自由を制限しようとしている、というだけではなく一国二制度の構造を大きく変え、一国二制度を担保していた香港基本法を形骸化させてしまうという懸念を発生させる。そのような点で逃亡犯条例よりも深刻に受け止めている人も多い。 これらの懸念はあくまで全人代で決議された決定の文言から発生したものであり、実際に法がどのように整備され運用されるのか、これらの懸念がどの程度正しいものなのかは現時点では分からない。ただこの法律がどう運用されるかが香港の未来、さらには中国を取り巻く国際情勢に大きく影響するのは間違いない。■変更履歴(省略)』、コロナ騒動のどさくさに紛れて、このような悪法を企んだ中国政府は非難されるべきだ。
次に、6月1日付けNewsweek日本版「香港を殺す習近平、アメリカと同盟国はレッドラインを定めよ」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93563_1.php
・『<全人代が国家安全法を香港に導入へ──。諸外国の警告にも動じない中国政府を前に、自由と民主化運動と「一国二制度」は風前の灯火なのか。できることは限られているが、まだ交渉の時間はある> 一国二制度の約束など、とうの昔に忘れたのだろう。中国政府はいよいよ、反体制運動を抑え込む国家安全法を「特別行政区」であるはずの香港に力ずくでも適用しようとしている。それを許したら終わりだ。香港は中国本土の専制的なシステムに組み込まれ、窒息してしまう。 1997年にイギリスから中国へ返還されて以来、香港の行政府は基本的に中国本土の御用機関だった。それでも当初、北京からの締め付けは緩かった。それで香港市民の間にも、いずれは本土のほうが「香港化」するだろうという淡い期待が膨らんだ。 しかし、甘かった。中国政府は反抗的な市民を拉致し、立法会(香港議会)の選挙制度を改悪し、民主派が立候補できないようにした。 今年1月、国家主席の習近平(シー・チンピン)は中国政府の出先機関である香港連絡弁公室の長に強硬派を送り込んだ。2月には香港・マカオ事務弁公室の主任を降格させてやはり強硬派をトップに据えた。こうなると現地の行政府は北京の言いなりだ。香港市民を中国本土の法律で縛る準備は整った。 地元紙サウスチャイナ・モーニングポストによれば、国家安全法が取り締まるのは「分離独立派や体制転覆の活動、外国からの干渉やテロ行為」だ。当然、民主派の運動の大半が対象になるだろう。現に中国外務省は諸外国の外交官に宛てた文書で、「香港の抵抗派は以前から外部勢力と結託して本土からの分離独立や政権転覆、不正工作、破壊行為などに関わってきた」と非難している。 ちなみに中国政府の言う国家安全保障上の脅威には中国国歌への不敬行為も含まれ、それを香港で禁錮刑の対象としようとしている。さらに国家安全法の下で香港に「国家安全保障機関」を設置し、「国家安全保障に必要な義務を果たさせる」つもりだ。 5月末の時点で、習政権は香港に適用する国家安全法の具体的な条文を明らかにしていない。だからまだ、中国側が手加減してくる可能性は残されている。法制化の脅しだけで抗議運動は抑え込めると考え、それ以上には踏み込まない可能性もある。だが習政権が中国本土の全域で行ってきた容赦ない反対派弾圧の実態を見れば、そんな期待は吹き飛ぶはずだ。 中国政府が香港の反体制派を徹底的にたたきつぶそうとするのは間違いない。彼らが新疆ウイグル自治区でやってきたことを見れば一目瞭然だ。彼らは既に香港での抗議行動を「テロ行為」と呼んでいる。ひとたびテロリストの烙印を押せば、何でもできることになる。 想定外の事態ではない。イギリスは香港の「返還」に合意した時点で、あらゆる影響力を失った。香港の自治を50年間(2047年まで)は維持するとの約束は取り付けたが、約束を守らせる手段は何もなかった。 中国側の本音はすぐ明らかになった。2003年、北京の意向を受けた香港政府は今回と同じくらい露骨な国家安全条例を持ち出し、議会で成立させようとした。あのときは市民の大規模な抗議行動で撤回を強いられた。しかし当時の中国政府は今とは違う。当時の指導者・胡錦濤(フー・チンタオ)は、習ほど強引ではなかった』、「イギリスは香港の「返還」に合意」したが、「約束を守らせる手段は何もなかった」、というのもイギリス外交の伝統かも知れないが、無責任な話だ。「2003年」に「国家安全条例」が流産した際に、「当時の指導者・胡錦濤は、習ほど強引ではなかった」、当時と現在では中国の国際的地位も大きく向上したことも「習」を「強引」にさせたのだろう。
・『コロナの隙に一斉逮捕 2012年に習が実権を握って以来、中国は毛沢東の時代に後戻りしている。習は共産党と政府の権限を拡大する一方、自分自身への権力集中に努めてきた。毛沢東の死後はそれなりに共産党の権威が揺らぎ、統制が緩む時期もあったが、今は違う。10年前に比べてもずっと自由が少なく、統制が強まっている。 そして今、中国政府は香港の現状を放置できないと考えているようだ。昨年には香港在住の容疑者を中国本土に引き渡す逃亡犯条例改正案が、住民の大規模な抗議運動によって葬られてしまった。 もはや現地の行政府や議会には任せられない。習政権はそう判断し、だからこそ本土の国家安全法を香港にも適用すると決めた。年内には香港の立法会選もある。制度上は親中派が絶対に勝てる仕組みになっているが、昨年の香港区議選では親中派が惨敗を喫している。 油断はできない。議会の多数を民主派に握られてからでは遅い。だから習政権は先の全国人民代表大会(日本の国会に相当)で、国家安全法を香港にも適用すると決した。これが施行されたら、香港の民主派も中国本土の法律で裁かれることになる。 民主派の政治家を立法会から排除するのは簡単だ。タイの軍事政権がしたように、新法を過去にさかのぼって適用できることにすれば、今までの言動を理由に民主派の立候補資格を取り消すことができる。そうすれば、立法会での親中派優位は今後も揺るがないことになるだろう。 当然のことながら、中国共産党も自分たちが嫌われていることは承知している。昨年6月末に発表された香港の世論調査でも、自分のことを「中国人」と見なす香港市民は約10人に1人しかおらず、30歳以下の若者の大半は自分を「香港人」と見なしていた。 それでも中国側は、外国の勢力が反感をあおっているせいだと非難する。香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官も、学校教育の偏向を批判している。 その一方、新型コロナウイルスのせいで大規模な街頭行動がしにくくなった状況を、香港警察が見逃さなかった。4月下旬には民主派の有力な指導者15人を逮捕。その中には「香港民主主義の父」と呼ばれる81歳の弁護士・李柱銘(リー・チューミン)や民主派の新聞「蘋果日報」(アップル・デイリー)の発行人・黎智英(リー・チーイン)もいた。 この15人の容疑は、昨年の夏に若者たちの大規模な抗議行動が起きたとき「違法な集会」を組織したというもの。中国外務省も彼らに「香港における問題分子」というレッテルを貼った。彼らは長期にわたり収監される可能性が高い。当然、民主派の市民は大挙して街頭に繰り出して抗議したが、重武装の警官隊に蹴散らされた。 それでも今までなら、これほどの弾圧に対してはもっと大規模な抗議行動が起きたはずだ。習政権としては、ウイルス感染の恐れがあれば抗議行動は盛り上がらないと踏んでいるのかもしれない』、「コロナの隙に一斉逮捕」、とは準備は周到なようだ。
・『制裁で困るのは香港人 なにしろ習にとって、新型コロナウイルスの蔓延は想定外だったようで、初期対応の遅さは一般の国民からも批判された。だからこそ、ここで強い指導者のイメージを打ち出したいという思惑もあるようだ。なりふり構わず、ここで香港を締め付ければ国内の保守派は喜ぶ。批判派に対しても、いかなる抵抗も許さない姿勢を改めて伝えることができる。 香港に約束した高度の自治を守れと諸外国から迫られても、習政権はずっと無視してきた。新華社通信によれば、今回も外務省の趙立堅(チャオ・リーチエン)副報道局長は「(香港問題は)純粋に中国の内政問題」であり「いかなる外国も干渉する権利はない」と述べている。 諸外国にできることは限られている。香港に対する主権は23年前から中国にあるので手を出せないし、中国の領土に軍隊を出すという選択肢もあり得ない。 ドナルド・トランプ米大統領も介入には及び腰だ。国家安全法についても、「実際にそうなったら極めて強い取り組みをする」と述べるにとどめている。 そもそもトランプ政権は、人権問題を敵対国家との駆け引きに使える戦術的なものと位置付けている。そしてロシアやサウジアラビア、トルコ、エジプトなどの強権的な政権の肩を持つ。 その一方、今秋の大統領選で激突するはずの民主党候補ジョー・バイデン前副大統領に対しては「中国に甘い」と攻撃している。大統領だけでなく、政府高官の頭にも選挙のことしかない。諸外国の首脳も、今のトランプ政権は11月の選挙に勝つことしか考えていないと割り切っている。 アメリカ議会が理性的に行動する見込みもない。「弾圧を糾弾する」決議案や、国家安全法の施行に関与する中国側当局者と関連企業への制裁が提案された程度だ。 実効性のある経済制裁も望めない。たとえアメリカが中国に経済戦争を仕掛けても、中国は一歩も引かず、その政治目標に向かって突き進むだろう。ベネズエラでもイランでも北朝鮮でも、トランプ政権による「最大限の圧力」は失敗の連続だ。 一方で経済制裁の強化はアメリカ企業に深刻な影響をもたらす。新型コロナウイルスの感染拡大で止まった経済活動の再開を急がねばならない時期に、それは避けたい。 それに、再選を期すトランプとしては一刻も早く中国との貿易協定をまとめ、自らの貿易戦争が招いた経済的損失を帳消しにしたいところだ。新疆で膨大な数のウイグル人が「再教育」キャンプに送り込まれても中国を非難しなかった政権であり、議会である。同じ中国領の香港での中国政府の横暴を止める姿は想像し難い。 アメリカ側に打てる手があるとすれば、香港に対する貿易上の優遇措置を定めた「香港人権・民主主義法」だ。この特別待遇は、香港に一定の自治が存在することを前提としている。自治がなくなれば、香港も中国本土と同様、高率関税などの対象となる。現にマイク・ポンペオ国務長官は5月27日にこの法律を持ち出して、今の香港で「高度な自治が維持されているとは言えない」と警告している(編集部注:トランプは30日、優遇措置を停止し、中国当局者に制裁を科す方針を発表した)。 しかし優遇措置を取り消した場合に最も困るのは、中国政府ではなく香港の人たちだろう。アメリカ政府は日頃から、そういう現地の事情を無視しがちだ。しかし今回に限って言えば、まず香港市民と香港にいる多国籍企業に及ぼす甚大な影響を熟慮してから動くべきだった。 そもそも中国政府は、ポンペオの警告など軽く受け流すだろう。この20年で中国経済は劇的な急成長を遂げ、香港への経済的な依存を大幅に減らしている。1997年には香港が中国全体のGDPの20%弱を占めていたが、今は約3%だ。もちろん無視できる存在ではないが、中国政府がその政治的な意思を貫徹するためなら、香港の経済力低下もやむなしと判断するだろう。 そうは言っても、国際的な金融センターとしての香港の役割は依然として重要だ。国際NGOのホンコン・ウォッチも、「アジア太平洋地域における傑出した金融サービスの中心地として、香港は今なお中国政府にとっても世界にとっても重要な役割を果たしている」とみる。 また中国企業によるIPO(新規株式公開)の4分の3近くは香港市場で行われているから、香港が「欧米の投資家にとって、中国本土市場へのアクセスを獲得する上で好適なルート」である事情に変わりはない。こうした点を考慮すれば、中国政府が香港の「本土化」にブレーキをかける可能性も残されている。 だからこそ、ポンペオの発言は拙速だったと言える。国家安全法の新たな条文が作成され、正式に施行されるのは夏の終わりだろう。それまでの間、米中両国には交渉の時間がある。香港人権法の発動はアメリカにとって最後の、そして最大の切り札だ』、「1997年には香港が中国全体のGDPの20%弱を占めていたが、今は約3%だ」、中国にとってのGDPで見た香港の重要性がここまで低下していたとは初めて知った。ただ、「中国企業によるIPOの4分の3近くは香港市場で行われているから、香港が「欧米の投資家にとって、中国本土市場へのアクセスを獲得する上で好適なルート」である事情に変わりはない」、金融市場としての重要性は依然大きいようだ。「そもそも中国政府は、ポンペオの警告など軽く受け流すだろう」、アメリカも軽く見られたものだ。
・『レッドラインを定めよ 切り札は有効に使わねばならない。中国側が結論を出すまで、アメリカ政府は手の内を明かしてはならない。まずはヨーロッパやアジアの同盟諸国と歩調を合わせ、共通のレッドライン(越えてはならない一線)を定めるべきだ。その上で、もしも中国がこのまま強硬路線を突き進むなら、世界の主要国は一致団結して、香港に対する経済面の優遇措置を取り下げると警告すればいい。 そうして世界中で中国に対する反発が強まれば、今までは中国の顔色を気にしていた企業や投資家も逃げていくだろう。それこそが中国の恐れる事態であり、そうなれば中国政府も強硬路線を見直す可能性がある。国家安全法の適用という大筋は変えないまでも、深刻な影響を与えそうな条項を削除するなどの」妥協に応じる可能性がある。それでも中国政府がレッドラインを踏み越えたら? その時は国際社会が団結して、強硬な対応を取るほかない。 そうなれば「香港は終わりだ」と言ったのは、民主派の立法会議員・郭栄鏗(デニス・クォック)。その先に見えるのは誰にとっても最悪の展開だ。あえて「一国二制度」の約束を破り、経済面の深刻なリスクを冒してまで香港に本土と同じ強権支配の構造を持ち込むようなら、習の中国は今後、一段と敵対的な反米・反民主主義の道を突き進むことだろう。 あいにく習には争いを避けようという意欲がほとんど見られない。協力が必要なのは言うまでもないが、中国人民との良好な未来を築くためにも、今こそ習近平の暴走を止める必要がある』、日本も「習近平」を国賓で迎える予定だったが、どうするのだろう。安部政権としては、せっかく好転した日中関係を維持したいのかも知れないが、欧米主要国が「中国」に厳しい姿勢で臨むようであれば、日本だけ抜け駆けする訳にもいかないだろう。国内の政局不安定化を口実に再び延期するのが、現実的なのかも知れない。
第三に、6月2日付け東洋経済オンライン「香港「国家安全法」めぐるトランプ砲は不発か コロナ禍に焦り制裁を連打するが「弾切れ」に」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/353841
・『「中国は約束された『1国2制度』を『1国1制度』に変えてしまった。香港を特別に扱う優遇措置を撤廃するプロセスを開始するよう指示した」 5月29日午後2時48分(アメリカ東部時間)、アメリカのトランプ大統領がホワイトハウスのローズガーデンで行った記者会見に世界の投資家が注目した。トランプ氏は中国が香港に国家安全法制を導入する方針が伝わった5月21日の段階で「非常に強力な対応」を用意すると宣言していただけに、この日の発言には株式市場からの注目度も高かったのだ。 同27日にはポンぺオ国務長官が「もはや香港が『高度な自治』を維持しているとは言えない」として、これまでアメリカが香港に認めてきた優遇措置の撤廃を示唆していた。アメリカは1992年に定めた香港政策法で、1国2制度のもと香港に一定の自治があることを前提に関税やビザ発行などで中国本土とは別の扱いを認めてきた。 しかし、昨年夏に香港で「逃亡犯条例」への反対デモが大規模化すると、アメリカでは強権化する香港政庁やその背景にいる中国政府への反感が強まった。アメリカ議会では香港政策法の見直しを求める声が高まり、昨年11月に「香港人権・民主主義法」が新たに成立した。新法では、アメリカの国務長官が最低でも年1回、香港への優遇措置継続の是非を判断することが求められている』、「アメリカ」は「香港」に対する一応の武器は持っているようだ。
・『「荒業」を見送ったトランプ大統領 その答えをすでにポンぺオ氏が表明している以上、優遇措置の撤廃は投資家も織り込み済みである。それ以上の制裁措置、たとえば1月に米中が合意した貿易交渉の第一段階合意を破棄するといった荒業が飛び出すかが焦点だった。 結論からいえば、トランプ氏の発言は想定内のもので投資家は安堵したようだ。香港への優遇措置撤廃の時期も示されなかった。S&P総合500種指数は小幅高の3044.31ポイントで終了し、ダウ平均株価は会見終了後に値を戻し17ドル安の 2万5383.1ドルで引けた。週明けの6月1日の香港株式市場ではハンセン指数が大幅高。日本市場でも終値は184円高の2万2062円となった。 アメリカでの新型コロナウイルスによる死者が10万人を超えたことで11月の再選が危うくなったトランプ氏は、中国批判のボルテージをどんどん上げている。29日の会見でも、最近は控えていた「武漢ウイルス」という呼称を使ったうえ、中国が新型コロナについて情報を隠蔽してきたと非難。その中国に牛耳られているとしてWHO(世界保健機関)への資金拠出をやめると発表した。 ほかにも、中国が長年アメリカの産業機密を狙うスパイ活動をしてきたとして、疑わしいとみなす中国人の入国を禁止。さらにアメリカに上場する中国企業がアメリカ当局の検査を拒んだ場合は上場を廃止するなど、10分間の会見の間にトランプ氏は中国がらみの制裁措置をいくつも列挙すると、記者の質問を受け付けずにその場を去った。 「アメリカはまた、香港の自治を侵食し、香港の自由を絶対的に窒息させることに直接または間接的に関与している中国と香港の当局者を制裁するために必要な措置を講じる。われわれのアクションは強力で、意味のあるものになるだろう」。29日の会見でトランプ氏はそう語った。 では、香港の優遇措置撤廃はどれほどの効果を持つだろうか。中国政府の「本音」の発信を担っているとみられる共産党系メディア「環球時報」が先回りして興味深い記事を載せていた。香港政府の財政・経済政策のトップである陳茂波・財政長官へのインタビューで、取材日は5月29日。同日の23時過ぎに電子版に掲載されており、トランプ氏の会見に数時間先行している』、「10分間の会見の間にトランプ氏は中国がらみの制裁措置をいくつも列挙すると、記者の質問を受け付けずにその場を去った」、「トランプ氏の発言は想定内のもので投資家は安堵したようだ。香港への優遇措置撤廃の時期も示されなかった」、「トランプ氏」はどうも口先だけのようだ。
・『香港政府は対応に自信あり 陳氏は「香港政府は、アメリカが近く香港に対して行う経済制裁措置に十分な対応をする用意がある」と話した。環球時報の記者は、アメリカが採るであろう対応の中から、①大陸から独立した関税区としての香港の地位、②アメリカから香港へのハイテク輸出の認可、③香港ドルと米ドルのペッグ制度の維持可能性、の3分野について質問している。 まず①の、アメリカが香港に対する特別関税待遇を撤廃する可能性について、陳氏は「独立した関税区としての待遇は香港基本法で与えられたもので、アメリカとは関係ない」としたうえで、「香港政府はすでに特別関税待遇が一方的に撤廃される可能性を検討し、対策を策定した」と述べた。香港にとって、この措置の影響は小さいという。「香港の製造業の生産額のうちアメリカへの輸出は2%未満。香港の総輸出量の0.1%未満だ」(陳氏)。 ここで陳氏は語っていないが、アメリカ政府の真の狙いは香港を対中制裁関税の抜け道にする中国企業にある。香港とアメリカの間の貿易が基本的にゼロ関税であることで抜け道が生じているのだ。 だが、アメリカが関税合戦に出ることは考えにくい。昨年のアメリカの対香港輸出額は308億ドルに上り、260億ドルもの貿易黒字を計上している。アメリカの最大の輸出先であり、その関係を壊すのは得策ではない。 ②のハイテク輸出認可の撤回について陳氏は、「機微なハイテクの輸出制限は香港に一定の影響を与える」と認めている。しかし、「すでにアメリカからハイテクを香港に輸入するのは難しくなっている。最先端の技術でないなら、ヨーロッパと日本からも代替品を見つけやすい。アメリカ以外の貿易相手との関係をうまく処理できれば、技術輸入の面では香港に大きな問題は起きない」としている。 ③の香港ドルと米ドルとのペッグ制維持が難しくなるのではないかとの懸念は金融市場にくすぶっている。アメリカが香港政策法で定めた「優遇措置」の中に「米ドルと香港ドルの自由両替」という項目があり、これを見直す可能性が指摘されているためだ。 香港のドルペッグ制度は香港金融管理局(HKMA)が発行する香港ドルと同等の米ドルを発行保証資産として保有し、香港ドルと米ドルのレートを一定のレンジ(現在は1米ドル=7.75~7.85香港ドル)で固定するというものだ。これについて陳氏は「アメリカが1992年に香港政策法を成立させる前の1983年から続いているものだ。アメリカの同意や承認は必要ない」と断言している。 李克強首相のブレーンである著名エコノミストの鐘正生氏は、「香港の金融システムが動揺すると、香港も大陸もアメリカも損をする。海外から大陸への投資、人民元の国際化、中国企業の海外からの資金調達などが影響を受ける」と指摘する。 香港では1300社以上のアメリカ企業と8.5万人のアメリカ人が活動している。香港ドルと米ドルのペッグが外れたら、これらの企業と個人の影響は非常に大きい。 一方、香港はペッグ制維持のために今年4月末時点で4412億米ドルもの外貨準備を持っている。他国のようにバスケット制に移行するためにその一部を放出することになれば、ドル市場の混乱は不可避とみられる。一方で、ペッグ制をやめたとしても金融政策を独自に行うように制度改正すれば、香港経済にとって決定的なダメージにはなるまい』、「昨年のアメリカの対香港輸出額は308億ドルに上り、260億ドルもの貿易黒字を計上している。アメリカの最大の輸出先であり、その関係を壊すのは得策ではない」、「貿易黒字」を異常に重視する「トランプ」にとってはなおさらだろう。「香港では1300社以上のアメリカ企業と8.5万人のアメリカ人が活動している。香港ドルと米ドルのペッグが外れたら、これらの企業と個人の影響は非常に大きい」、どうも「ペッグ制」も武器にはなりそうもないようだ。
・『「雷鳴は大きいが雨は少ない」 鐘氏は「アメリカが香港の関税区としての地位を取り消すことはあるかもしれないが、米ドルと香港ドルの自由両替を中止する可能性はあまりないだろう」として、トランプ氏が打ち出した制裁について “雷鳴は大きいが雨は少ない”と総括した。 中国外交に詳しい東洋学園大学の朱建栄教授は、トランプ政権が制裁を宣言する中で中国政府が国家安全法制の香港への導入を強行した背景には、「中国経済における香港のウエートが低下している現在、制裁の影響は限られるという判断がある」と解説する。また、これ以上に米中対立を激化させれば、1月の第1段階の貿易合意の履行も難しくなり、トランプ氏の再選戦略に影響するとも見ているという。つまりは、「トランプ砲」はもう弾切れだというわけだ。 次のカードとしては両院で可決済みのウイグル人権法案もあるが、中国側はトランプ氏の足元を見ている。香港問題と同様で、「トランプ砲」が中国を実際に動かすことは期待できそうもない』、「雷鳴は大きいが雨は少ない」と馬鹿にされるようでは、アメリカ大統領の権威も地に落ちたものだ。「ウイグル人権法案」も「香港問題と同様で、「トランプ砲」が中国を実際に動かすことは期待できそうもない」、やれやれだ。これでは、民主化を求める香港市民は、英米などに移民するしかなさそうだ。
タグ:全人代が国家安全法を香港に導入へ──。諸外国の警告にも動じない中国政府を前に、自由と民主化運動と「一国二制度」は風前の灯火なのか。できることは限られているが、まだ交渉の時間はある レッドラインを定めよ 日経ビジネスオンライン 2つの国家安全法 制裁で困るのは香港人 新たな法律はどう香港の議会を迂回しているのか コロナの隙に一斉逮捕 「荒業」を見送ったトランプ大統領 香港 石井 大智 (その4)(「何でもアリ」が合法に 香港版国家安全法は何が衝撃なのか、香港を殺す習近平 アメリカと同盟国はレッドラインを定めよ、香港「国家安全法」めぐるトランプ砲は不発か コロナ禍に焦り制裁を連打するが「弾切れ」に) 「「何でもアリ」が合法に、香港版国家安全法は何が衝撃なのか」 再び動き出した香港の抗議活動 かつてデモで阻止された国家安全法 「一国二制度」への認識の違い 数々の懸念を生み出す国家安全法 Newsweek日本版 「香港を殺す習近平、アメリカと同盟国はレッドラインを定めよ」 「香港「国家安全法」めぐるトランプ砲は不発か コロナ禍に焦り制裁を連打するが「弾切れ」に」 東洋経済オンライン 香港政府は対応に自信あり 「雷鳴は大きいが雨は少ない」
日本の政治情勢(その46)(本誌スクープ 国会で追及 竹中平蔵氏と首相諮問会議の“闇”〈週刊朝日〉、大原則 政治家も宗教家も「政教分離」意味を知らないのか、コロナ禍で宗教法人に給付金はおかしくないか これだけの問題点、内閣支持率急落で囁かれる安倍首相辞任のタイミング 党則第6条で揉める可能性) [国内政治]
日本の政治情勢については、5月4日に取上げた。今日は、(その46)(本誌スクープ 国会で追及 竹中平蔵氏と首相諮問会議の“闇”〈週刊朝日〉、大原則 政治家も宗教家も「政教分離」意味を知らないのか、コロナ禍で宗教法人に給付金はおかしくないか これだけの問題点、内閣支持率急落で囁かれる安倍首相辞任のタイミング 党則第6条で揉める可能性)である。
先ずは、5月22日付けAERAdot「本誌スクープ、国会で追及 竹中平蔵氏と首相諮問会議の“闇”〈週刊朝日〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2020052000010.html?page=1
・『国会で追及が始まった。アベノミクスの成長戦略を議論する未来投資会議(議長・安倍晋三首相)で、民間議員の一人であるオリックス社外取締役の竹中平蔵東洋大教授が、1月15日に官僚を集めて開催した“秘密会議”。本誌が5月8・15日号で報じたものだ。 会議では、国土交通省の官僚が竹中氏に対し、非公表の内部資料を提供。そこには、国が管理する空港の民間運営事業について、国交省が<運営権対価の期待値を申し上げる話になる>として、竹中氏への開示をためらっていた数字などが書かれていた。資料の開示は、竹中氏の強い要求で実現した。 オリックスは、関西空港などの民間運営事業に参入している。これには、自民党議員からも「明らかな利益相反行為だ」との声があがっている。 同会議の運営要領は、会議で使用された資料や議事要旨は原則公開することを定めている。竹中氏が会長を務める同会議の分科会「構造改革徹底推進会合・第4次産業革命会合」に具体的な規定はないが、過去の会議ではすべて公開されていた。ところが、1月15日の会議の議事要旨だけが現在も開示されないままだ』、「国交省が<運営権対価の期待値を申し上げる話になる>として、竹中氏への開示をためらっていた数字など・・・資料の開示は、竹中氏の強い要求で実現した」、ここまで露骨に「オリックス」のために、極秘数字を入手したとは信じられないような酷い「利益相反行為」だ。
・『5月14日の参院国土交通委員会では、そのことが問題視された。 追及したのは、前埼玉県知事の上田清司議員。竹中氏が得た資料が、国会議員を含む一般の国民には黒塗りでしか開示されていないことから、「竹中教授に守秘義務があるのか」と問いただした。これに対し内閣官房の官僚は「守秘義務は課されておりません」と答弁。資料についても「公開されても差し支えのない資料」との見解を示した。 上田氏が「そうであれば黒塗りにする必要はないではないか」と反論すると、最後には赤羽一嘉国交相が「利益相反とか、なぜその方が(会議の民間議員なのか)とかというのは、内閣官房が説明責任を果たさなければならない」との認識を示した。上田氏は言う。 「竹中氏は、過去の会議で官僚の説明に不満を感じた時に『国会答弁はそれでいいが』と発言している。国会軽視もはなはだしい。自身の企業に関連する規制改革にも複数関わっていて、問題がある。竹中氏は民間議員の職を退くべきだ」 森友問題や加計問題でも、民間人と官僚の隠されたやりとりが問題になった。やましいことがなければ、すべての情報を公開すべきだ』、「赤羽一嘉国交相」の「内閣官房が説明責任を果たさなければならない」との答弁は確かに正論で、質問は菅官房長官にすべきだった。本件はもっと追及してゆくべき問題だ。知らん顔をしている大新聞も共同正犯に近い。
次に、5月31日付け日刊ゲンダイが掲載した慶応大名誉教授の小林節氏による「大原則 政治家も宗教家も「政教分離」意味を知らないのか」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/273897
・『自民党の総務会で、新型コロナウイルスに起因する経済の後退に対する中小企業支援策の一環として宗教法人にも家賃の補助を行うか否か? について議論が行われて、まとまらなかった……との報道に接して、驚かされた。 憲法20条と89条が明記する政教分離の原則は、要するに、公権力と宗教はお互いに支援も干渉もしない……という原則である。それは、中世のフランスで政治権力そのものになってしまったカトリックが堕落して人々を不幸にした体験と、その後のイギリス国教会が清教徒を不当に弾圧した体験を経て、アメリカ憲政史の中で確立され、日本国憲法にも導入された憲法原則である。 つまり、政治家はその施政の良し悪しで国民の信を問うべきで、宗教家はその言葉と行いの良し悪しで民衆の心を開くべきで、政治と宗教はそれぞれに自分の活動に他方の力を借りてはならない……という原則である』、「宗教法人にも家賃の補助」、などという主張をする自民党議員は何を考えているのだろう。
・『だから、宗教団体は公権力を占有または代行してはならず、同時に、公権力は宗教団体に物心いずれの面でも支援を与えてはならない。もとより「自由」とは何ものにも頼らないことであったはずだ。 だから、まともな宗教者なら、今回のコロナ禍で経済的に苦しくなったなら、それは「己の不徳の致すところ」と反省するか、「天が与えてくれた試練」として甘受すべきであろう。にもかかわらず、もしも「家賃に公的補助がほしい」と考えたとしたら、その者はそれこそ「商売宗教屋」で宗教家ではない。それは恥ずべきことである。 公権力が宗教に資金援助をしてはならないのは、それを通して政治が宗教を支配した史実が枚挙にいとまがなく、それにより政治家と宗教家が共に堕落してしまったからである。この理由から宗教は非課税なのである。つまり、課税権の裁量により公権力が宗教の自由を害することが忌避されたのである。だから、「非課税の宗教法人が税金から補助を受けるのはおかしい」といった議論も、そもそも前提から的外れも甚だしい。 改憲を党是とする自民党と宗教団体が設立した公明党が憲法の大原則のひとつである政教分離の意味を知らないようで、心配だ』、同感だが、一般マスコミも監視役を放棄してしまったのだろうか。
第三に、この問題をより詳しくみたものとして、6月1日付けデイリー新潮「コロナ禍で宗教法人に給付金はおかしくないか これだけの問題点」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/06010559/?all=1&page=1
・『1人10万円給付、雇用調整助成金、さらに持続化給付金……。政府は新型コロナの感染拡大対策として、さまざまな形で国民に現金を出そうとしている。緊急事態宣言で働きたくとも働けないのだから、当然の処置だろう。だが、それが宗教法人にまで及ぶとなると話は別だ。ジャーナリストの山田直樹氏が、警鐘を鳴らす。 「これで、本堂の修繕費用が少し賄えるんじゃないの?」「檀家に頼んで、架空のアルバイト名簿を作っておけば、休業補償を申請できるんじゃないか……」 こう本音を漏らすのは、檀家数3~400を数えるお寺の僧侶たちだ。 コロナ禍によって、特例の“大盤振る舞い”となった雇用調整助成金。「解雇しないで従業員を休業させれば、手当の一部を国が負担する」というこの制度は、もともと申請が煩雑で、給付に至るまで半年待ちもザラだった。その間、企業は自力で持ちこたえなければならず、待たされた末に「不受理」というケースもあった。 ところが今回、ざっくり言えば、全業種でパートや正社員といった雇用形態は問わず、労災保険や雇用保険に「加入」さえしていれば、1日8330円(上限)の調整金が支給されることになったのだ。これまでの「雇用保険加入6カ月間以上」という縛りも、あっさり取り払われた。休業計画書の事前提出という条件も、事後でもOKと大緩和。さらに安倍首相は“その額を1万5000円にまで引き上げたい”と答弁したが、この対象業種に「宗教法人」が含まれるというのだ。 文化庁が日本宗教連盟へ宛てた情報提供文書には、こうある。 〈雇用調整助成金と同様に、本特例措置も基本的には宗教法人も対象となり、例えば、巫女さんなどをアルバイトで雇っている場合、その休業手当についても雇用調整助成金の支給対象となることが確認できましたので、情報提供させていただきます〉 要するに、労災保険のみの零細宗教法人でも休業手当を出せば、調整金が出るし、アルバイト等でも構わないということになる。 これの何が問題かといえば、わが国では政教分離が憲法で規定されているからだ。憲法20条で「いかなる宗教団体も、国から特権を受け……てはならない」と定めているし、89条では「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため……これを支出し、又はその利用に供してはならない」ともある。その原理・原則が、「際限なきコロナ対策のバラマキ」によってねじ曲げられようとしているのだ』、小林氏の記事では「家賃補助」については、自民党で話は「まとまらなかった」とあるが、「雇用調整助成金」については、「文化庁が日本宗教連盟へ宛てた情報提供文書」を出したようなので、既定路線のようだ。
・『東日本大震災でも… そもそも宗教法人に「コロナ補償」を行う必要があるのか。 2011年の東日本大震災では、多数の寺社や教会も倒壊、破損する大被害を受けた(と報道された)。ところが、再建にあたっては、建物や構造物など文化財指定修理を除けば、宗教法人は、国から「ビタ一文」も補助金や給付金を受け取ら(れ)なかった。公的助成の不備を申し立てる宗教者は、ごく一部だったのだ。 当時、一部のメディアは「倒壊(全壊)などした寺社が再建しようにも政教分離の建前から、資金の手当てがつかない」と、大々的な報道に及んだ。しかし実際のところ、全壊や大規模倒壊の被害を受けた宗教施設は、全体の7%にも満たなかったという統計がある(文化庁『東日本大震災における宗教法の復興状況に関する調査報告書=2014年=青森から千葉まで東北関東8県が対象)。加えて調査時点で「再建工事完了法人」は、4割。ほぼ同比率で「被害無し」の回答があり、被害を受けた施設のうち「未着手」や「再建しない」の回答比率は12%程度だった。 念のため再建資金の出所(複数回答)を記せば、自己資金や法人代表などの個人資金が約70%。信者寄附が35%で、保険金を使ったのは26%だった。つまり、東日本大震災で大小問わずの被害を受けた宗教施設は全体の約半分であり、そのほとんどが、公的資金を受けずに立ち直ったと数字的には言えることになる。 たしかに再建費用調達の目途がつかず、取り壊されてしまった施設はある。その点だけを強調するから、「お気の毒」に映るが、東日本震災規模の災害でさえこうなのだ。では今回はどうなのか? 震災時のように宗教施設は建物が壊れたわけでもなければ、関係者が避難しているわけでもない。特定地域ないし特別警戒地域内に所在して、「宗教行事の自粛」を求められたケースは希有だ。むしろ自粛要請の対象外とされているのがほとんどだ。 にもかかわらず、コロナ禍で収入が減ったと申告すれば、公金が投じられるのだ』、憲法違反を公然とやるとは、恐れ入った。「公的助成」の違法性を誰か訴えないのだろうか。
・『持続化給付金までいただく 小規模寺院からは、こんな声も聞こえてくる。 「身内や檀家で口裏合わせをすれば、法人が助成金を受け取れると税理士から言われています」 同様の声は、取材した限りひとつやふたつではない。ちなみに国内約18万を数える宗教法人のうち、6割強が3人以下の規模(文化庁『平成26年度宗教法人等の運営に係る調査』)である。 しかも1996年の宗教法人法の改正で、個々の宗教法人が所轄庁に役員名簿や財産目録の提出が義務づけられたが、「年収八千万円以下で、収益事業を行っていない」法人には、収支計算書や賃借対照表の提出義務が原則ない(作成していなければの条件あり)。国内約18万の宗教法人のほとんどは、このクラスにあてはまる。 「要するに、“隠れ商売”は可能ということなんです。財産にならない、現物の売買が伴わないフローのビジネスだったら、税務署や文化庁は掌握しようがありません。領収書がなくても構わないお金のやりとりでごまかせばいいわけです」 と、宗教法人の売買を手がけるブローカーは言う。 「税務署から摘発されるのは、たとえば住職の私物購入、あるいは便宜供与が法人経費として計上されるケースです。逆に言えば、法律上、最低で3人の役員が必要ですから、責任役員1名(だいたいが、住職など聖職者が就く)の息のかかった2人の役員さえ用意すればいいわけです」(同前) 実際、高齢の檀家をアルバイトで雇ったことにするなどのやり口で、架空の人件費を計上しているケースは、後を絶たない。 宗教法人が受け取るのは雇用調整助成金だけではない。テレビ東京は、「持続化給付金は宗教法人にも」と報じた。こちらは一事業者あたり、マックス200万円の公金が支給される。 ところが、この算定基準も大甘。「売上げが前年同月比で5割以上減少した月のある事業者」に200万円が支給されるというが、要はコロナ禍以降の帳簿を細工して、5割以下の数字をデッチあげればよいという脱法的やり口が可能なのだ。逆に完全に無収入の法人でも、「昨年の売り上げ」を修正申告しておけば、粉飾した数字をもとに給付金がもらえるのだ。 「何らかの行事で臨時収入があったことにすれば、法人としてまさに“臨時収入”がいただけるし、お寺のないフリーの僧侶も『個人事業主』としてマックス100万円の支給に預かれる可能性も」と、先のブローカー氏は語る。彼のもとには、雇用調整助成金や持続化給付金をだまし取るために、「休眠宗教法人」を買いたいという話が持ち込まれ始めたという。もっとも、これから休眠宗教法人を購入(実際は、法人役員の変更)するには、最低でも2000万円はかかるとされる。購入額のモトすらとれないことを説明すると、沙汰止みという結果になるんだとか。 罰則はあるとしても、雇用調整助成金は厚生労働省、持続化給付金は経済産業省という所管違いもあるうえに、申請をチェックする側の圧倒的なマンパワー不足は、不正の温床になりかねない。それを分かっていながら、かつて創価学会を徹底攻撃した政権与党の自民党も、コロナ禍で「宗教を助けろ」に舵を切る。 宗教法人側にも問題点はある。真宗大谷派やカソリック中央会議、生長の家など多くの宗教団体は、つい5年前まで「安保法制反対」で息巻いていたはずではないか。金をもらう話となるとだんまりを決め込むのか。 もっとも、ここまで見てきたような不届き者ばかりの宗教界ではない。最後に、佐渡の日蓮宗寺院のある住職の言葉を紹介しよう。 「(給付金は)最初からあてにしてませんし興味もありません。我が宗門にも、困っている人はたくさんいるとは聞きますが、果たして貰えるものなら何でも、みたいな考えを起こす僧侶はどのくらいいるのでしょうか。鎌倉には疫病蔓延の折、世の中に向かった日蓮大聖人、今こそと思い、毎日合掌しています。我が宗門の管長がマスクして緋の衣を纏い、日蓮宗の新聞の一面に乗るありさまです。奇しくも今年は日蓮聖人の佐渡に配流された750年のご報恩の年、マスクなど着けず、来るなら来いと言わんばかりにお経をあげています」』、「宗教法人」に対し、「雇用調整助成金」だけでなく、「持続化給付金」まで支給するとは、無駄遣いになるのみならず、憲法違反だ。さらに、不正受給も横行するだろう。安部政権にとって、宗教団体の票獲得のためには、憲法遵守などどうでもよくなったのだろうか。
第四に、6月1日付けデイリー新潮「内閣支持率急落で囁かれる安倍首相辞任のタイミング 党則第6条で揉める可能性」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/06010557/?all=1&page=1
・『辞任が得策!? 有権者はもちろん、自民党内にも衝撃が走った。毎日新聞と朝日新聞の内閣支持率が共に30%を割り込んでしまったのだ。自民党の国会議員からも「下がるとは思っていたが、これほどの急落は予想できなかった」との声が上がっている。 両紙の報道により、安倍晋三首相(65)の党内影響力が低下、“ポスト安倍”レースが一気に加速する可能性が取り沙汰されているという。 だが、その前に支持率急落の理由について、しっかりと報道を見ておこう。 毎日新聞(電子版)は5月23日、「内閣支持率27%に急落 黒川氏『懲戒免職にすべきだ』52% 毎日新聞世論調査」の記事を配信した。 《安倍内閣の支持率は27%で、今月6日に行った前回調査の40%から急落した。不支持率は64%(前回45%)に跳ね上がった。社会調査研究センターとの共同調査は3回目で、最初の4月8日に44%あった支持率が1カ月半で17ポイント落ち込んだ》 さらに朝日新聞(同)は24日、「内閣支持率29%、発足以来最低に 朝日新聞世論調査」の記事を配信した。 《安倍内閣の支持率は29%(前回5月16、17日は33%)で、2012年12月に第2次安倍政権が発足して以来、最低となった。不支持率は52%(同47%)に増え、5割を超えた》 《男性の支持率は33%で、女性は25%。特に50~60代女性の支持は2割以下で、7割近くが不支持と答えた。支持政党別では、自民支持層の内閣支持率は68%だったが、無党派層では14%にとどまった。第2次安倍政権のこれまでの最低支持率は、森友・加計問題への批判が高まった18年3月と4月の調査の31%だった》 モリカケ問題より現在のほうが、安倍政権を見つめる有権者の目は厳しいことが指摘されている。 一体、何に有権者は怒り、不満を感じているのだろうか。政治記事を担当するデスクが解説する。 「毎日新聞の記事では、《東京高検の黒川弘務検事長が賭けマージャンをしていた問題で辞職したことについては「懲戒免職にすべきだ」が52%と半数を超えた》とあり、安倍政権の支持率が急降下した原因の1つだと考えられます。さらにアベノマスクの不評や特別定額給付金の10万円がなかなか届かないといった、新型コロナウイルス対策に関する不満が重なったことも大きいでしょう」 黒川弘務氏(63)の問題に有権者が不満を感じているのは、森まさこ法務大臣(55)に対する、安倍首相の“弱腰”も影響しているようだ。 「黒川氏の問題で、森法相が進退伺いを提出したところ、安倍首相が『強く慰留』したと大手マスコミは報じました。これも有権者には不評だったようです。責任を取り、森法相を辞任させるべきだったという意見のほうが多いのでしょう」(同) デスク氏は「安倍首相と距離のある自民党の国会議員ほど、支持率急落の報道に驚いている」とも指摘する。 ならば逆に、安倍首相に近い議員は、報道にどう反応したのだろうか。官邸中枢はどう受け止めたのかというと、どうも有権者の感覚とは距離があるようだ。 「官邸にいる安倍さんの周辺は、新型コロナ対策を『そこそこ、うまくいっているのではないか』と分析しています。『何よりの死者を出さないよう万全の策を講じてきたし、実際に死者を少なく抑えられている』というわけです。ところが有権者は、何よりも黒川氏の問題に怒っており、コロナ対策でも死者数ではなく、マスクや給付金の件で批判しています。その現状を、いまいち理解できていないようです」(同)』、「官邸中枢」はもはや正常な判断力を失ってしまったようだ。
・『両院議員総会で一点突破!? 世論と官邸の間に乖離があるというわけだが、そうなると、内閣支持率の立て直しも、なかなか難しくなる。 「実際、打つ手が限られているのも事実だと思います。多くの専門家が指摘しているように、新型コロナを完全に収束させる、つまり感染者ゼロに抑え込むのは医学的に厳しい。安倍首相も『非常事態宣言の再発令はあり得る』と認めました」(同) そうなると、安倍首相は来年秋までが任期だが、衆院を解散できるタイミングもなかなかないという。 「小選挙区制のドブ板選挙で候補者は有権者と握手をかわし、選挙事務所は関係者が密集します。要するに三密の極みなのです。仮に安倍政権が総選挙を強行すれば、それだけで有権者の一部は“不要不急の選挙”と反発するでしょうね。このまま支持率も回復しないようだと、コロナ禍が一段落したあたりで、辞任する可能性もあるでしょう」 そこで注目を集めているのが、自民党の党則だ。第6条は自民党総裁を「別に定める総裁公選規定により公選する」と定めているのだが、第2項は以下のように書かれている。 《総裁が任期中に欠けた場合には、原則として、前項の規定により後任の総裁を公選する。ただし、特に緊急を要するときは、党大会に代わる両院議員総会においてその後任を選任することができる》 更に第3項には、こうある。《前項ただし書の規定により総裁を選任する際の選挙人は、両院議員及び都道府県支部連合会代表各三名によるものとする》 つまり両院議員総会で後継総裁を決める場合は、国会議員の投票がメインとなるわけだ。都道府県の党員票を最小限に抑えることができる。 「当然、安倍首相が辞任した場合、自民党総裁選を制した政治家が、次期首相に選出されます。その際、党内で『特に緊急を要するとき』であると認められれば、両院議員総会で選出することが可能です。このシナリオですと、“安倍元首相”が党内影響力を維持することが可能になります。ただし、これだと安倍さんが院政を敷きたいという思惑が丸見えです。党内からは『通常通りの全党員による総裁選を行うべき』という声が出るはず。間違いなく揉めると思います」 安倍首相は何を考えているのか。それは「自分が首相を辞めるにしても、石破茂元幹事長(63)だけは首相にしない」との1点に尽きるという。安倍首相と石破氏の“確執”については、これまでにも多くのメディアが報じている。 「石破さんは特に地方の党員票を強いとされ、実際、“ポスト安倍”を問う世論調査では1位になることも珍しくありません。一方、派閥の石破派は小所帯です。もし国会議員がメインの両院議員総会で後継総裁を決めることになれば、安倍首相の“意中の人”が勝利する可能性は高くなります」(同) ただし、シナリオは完璧でも、肝心の“ポスト安倍”がなかなかいないという。大手マスコミが報じる“候補者”は多くとも、いずれも「帯に短し襷に長し」のようだ。 「安倍首相の後継者と目されていたのは、岸田文雄政調会長(62)です。いわゆる“禅譲”シナリオがたびたび、報じられていますが、少なくとも自民党内では新型コロナの対策を巡って、最も男を下げた政治家の1人です。官邸中枢から『政調会長のくせに、ろくな政策を持ってこない』と批判が高まっており、安倍首相も失望していると言われています」(同) “安倍側近”の一部からは、麻生太郎財務相(79)を推す声も根強いという。 「じっと我慢して安倍内閣を支え続け、長期政権を実現した功労者であるのは間違いないと思います。『その労に報いたい』という党内の意見は理解できなくもありませんが、麻生さんは有権者の評判が非常に悪い。失言癖もあり、下手をすると内閣発足時から支持率が低迷したり、自民党の支持率に悪影響を与える可能性も否定できません。麻生首相を推す国会議員の中には、『あくまでワンポイントの起用だから大丈夫』という意見もあります。ただし、麻生さんには高齢の問題がありますし、やっぱり人気がない。そう簡単に党内がまとまるとは思いません」(同)』、「このまま支持率も回復しないようだと、コロナ禍が一段落したあたりで、辞任する可能性もある」、「国会議員がメインの両院議員総会で後継総裁を決めることになれば、安倍首相の“意中の人”が勝利する可能性は高くなります」、「“安倍側近”の一部からは、麻生太郎財務相(79)を推す声も根強い」、やれやれだ。ただ、麻生首相が復活すれば、「ワンポイント」とはいえ、総選挙では自民党に不利だろう。しばらく、政治情勢の展開から目が離せなくなってきたようだ。
先ずは、5月22日付けAERAdot「本誌スクープ、国会で追及 竹中平蔵氏と首相諮問会議の“闇”〈週刊朝日〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2020052000010.html?page=1
・『国会で追及が始まった。アベノミクスの成長戦略を議論する未来投資会議(議長・安倍晋三首相)で、民間議員の一人であるオリックス社外取締役の竹中平蔵東洋大教授が、1月15日に官僚を集めて開催した“秘密会議”。本誌が5月8・15日号で報じたものだ。 会議では、国土交通省の官僚が竹中氏に対し、非公表の内部資料を提供。そこには、国が管理する空港の民間運営事業について、国交省が<運営権対価の期待値を申し上げる話になる>として、竹中氏への開示をためらっていた数字などが書かれていた。資料の開示は、竹中氏の強い要求で実現した。 オリックスは、関西空港などの民間運営事業に参入している。これには、自民党議員からも「明らかな利益相反行為だ」との声があがっている。 同会議の運営要領は、会議で使用された資料や議事要旨は原則公開することを定めている。竹中氏が会長を務める同会議の分科会「構造改革徹底推進会合・第4次産業革命会合」に具体的な規定はないが、過去の会議ではすべて公開されていた。ところが、1月15日の会議の議事要旨だけが現在も開示されないままだ』、「国交省が<運営権対価の期待値を申し上げる話になる>として、竹中氏への開示をためらっていた数字など・・・資料の開示は、竹中氏の強い要求で実現した」、ここまで露骨に「オリックス」のために、極秘数字を入手したとは信じられないような酷い「利益相反行為」だ。
・『5月14日の参院国土交通委員会では、そのことが問題視された。 追及したのは、前埼玉県知事の上田清司議員。竹中氏が得た資料が、国会議員を含む一般の国民には黒塗りでしか開示されていないことから、「竹中教授に守秘義務があるのか」と問いただした。これに対し内閣官房の官僚は「守秘義務は課されておりません」と答弁。資料についても「公開されても差し支えのない資料」との見解を示した。 上田氏が「そうであれば黒塗りにする必要はないではないか」と反論すると、最後には赤羽一嘉国交相が「利益相反とか、なぜその方が(会議の民間議員なのか)とかというのは、内閣官房が説明責任を果たさなければならない」との認識を示した。上田氏は言う。 「竹中氏は、過去の会議で官僚の説明に不満を感じた時に『国会答弁はそれでいいが』と発言している。国会軽視もはなはだしい。自身の企業に関連する規制改革にも複数関わっていて、問題がある。竹中氏は民間議員の職を退くべきだ」 森友問題や加計問題でも、民間人と官僚の隠されたやりとりが問題になった。やましいことがなければ、すべての情報を公開すべきだ』、「赤羽一嘉国交相」の「内閣官房が説明責任を果たさなければならない」との答弁は確かに正論で、質問は菅官房長官にすべきだった。本件はもっと追及してゆくべき問題だ。知らん顔をしている大新聞も共同正犯に近い。
次に、5月31日付け日刊ゲンダイが掲載した慶応大名誉教授の小林節氏による「大原則 政治家も宗教家も「政教分離」意味を知らないのか」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/273897
・『自民党の総務会で、新型コロナウイルスに起因する経済の後退に対する中小企業支援策の一環として宗教法人にも家賃の補助を行うか否か? について議論が行われて、まとまらなかった……との報道に接して、驚かされた。 憲法20条と89条が明記する政教分離の原則は、要するに、公権力と宗教はお互いに支援も干渉もしない……という原則である。それは、中世のフランスで政治権力そのものになってしまったカトリックが堕落して人々を不幸にした体験と、その後のイギリス国教会が清教徒を不当に弾圧した体験を経て、アメリカ憲政史の中で確立され、日本国憲法にも導入された憲法原則である。 つまり、政治家はその施政の良し悪しで国民の信を問うべきで、宗教家はその言葉と行いの良し悪しで民衆の心を開くべきで、政治と宗教はそれぞれに自分の活動に他方の力を借りてはならない……という原則である』、「宗教法人にも家賃の補助」、などという主張をする自民党議員は何を考えているのだろう。
・『だから、宗教団体は公権力を占有または代行してはならず、同時に、公権力は宗教団体に物心いずれの面でも支援を与えてはならない。もとより「自由」とは何ものにも頼らないことであったはずだ。 だから、まともな宗教者なら、今回のコロナ禍で経済的に苦しくなったなら、それは「己の不徳の致すところ」と反省するか、「天が与えてくれた試練」として甘受すべきであろう。にもかかわらず、もしも「家賃に公的補助がほしい」と考えたとしたら、その者はそれこそ「商売宗教屋」で宗教家ではない。それは恥ずべきことである。 公権力が宗教に資金援助をしてはならないのは、それを通して政治が宗教を支配した史実が枚挙にいとまがなく、それにより政治家と宗教家が共に堕落してしまったからである。この理由から宗教は非課税なのである。つまり、課税権の裁量により公権力が宗教の自由を害することが忌避されたのである。だから、「非課税の宗教法人が税金から補助を受けるのはおかしい」といった議論も、そもそも前提から的外れも甚だしい。 改憲を党是とする自民党と宗教団体が設立した公明党が憲法の大原則のひとつである政教分離の意味を知らないようで、心配だ』、同感だが、一般マスコミも監視役を放棄してしまったのだろうか。
第三に、この問題をより詳しくみたものとして、6月1日付けデイリー新潮「コロナ禍で宗教法人に給付金はおかしくないか これだけの問題点」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/06010559/?all=1&page=1
・『1人10万円給付、雇用調整助成金、さらに持続化給付金……。政府は新型コロナの感染拡大対策として、さまざまな形で国民に現金を出そうとしている。緊急事態宣言で働きたくとも働けないのだから、当然の処置だろう。だが、それが宗教法人にまで及ぶとなると話は別だ。ジャーナリストの山田直樹氏が、警鐘を鳴らす。 「これで、本堂の修繕費用が少し賄えるんじゃないの?」「檀家に頼んで、架空のアルバイト名簿を作っておけば、休業補償を申請できるんじゃないか……」 こう本音を漏らすのは、檀家数3~400を数えるお寺の僧侶たちだ。 コロナ禍によって、特例の“大盤振る舞い”となった雇用調整助成金。「解雇しないで従業員を休業させれば、手当の一部を国が負担する」というこの制度は、もともと申請が煩雑で、給付に至るまで半年待ちもザラだった。その間、企業は自力で持ちこたえなければならず、待たされた末に「不受理」というケースもあった。 ところが今回、ざっくり言えば、全業種でパートや正社員といった雇用形態は問わず、労災保険や雇用保険に「加入」さえしていれば、1日8330円(上限)の調整金が支給されることになったのだ。これまでの「雇用保険加入6カ月間以上」という縛りも、あっさり取り払われた。休業計画書の事前提出という条件も、事後でもOKと大緩和。さらに安倍首相は“その額を1万5000円にまで引き上げたい”と答弁したが、この対象業種に「宗教法人」が含まれるというのだ。 文化庁が日本宗教連盟へ宛てた情報提供文書には、こうある。 〈雇用調整助成金と同様に、本特例措置も基本的には宗教法人も対象となり、例えば、巫女さんなどをアルバイトで雇っている場合、その休業手当についても雇用調整助成金の支給対象となることが確認できましたので、情報提供させていただきます〉 要するに、労災保険のみの零細宗教法人でも休業手当を出せば、調整金が出るし、アルバイト等でも構わないということになる。 これの何が問題かといえば、わが国では政教分離が憲法で規定されているからだ。憲法20条で「いかなる宗教団体も、国から特権を受け……てはならない」と定めているし、89条では「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため……これを支出し、又はその利用に供してはならない」ともある。その原理・原則が、「際限なきコロナ対策のバラマキ」によってねじ曲げられようとしているのだ』、小林氏の記事では「家賃補助」については、自民党で話は「まとまらなかった」とあるが、「雇用調整助成金」については、「文化庁が日本宗教連盟へ宛てた情報提供文書」を出したようなので、既定路線のようだ。
・『東日本大震災でも… そもそも宗教法人に「コロナ補償」を行う必要があるのか。 2011年の東日本大震災では、多数の寺社や教会も倒壊、破損する大被害を受けた(と報道された)。ところが、再建にあたっては、建物や構造物など文化財指定修理を除けば、宗教法人は、国から「ビタ一文」も補助金や給付金を受け取ら(れ)なかった。公的助成の不備を申し立てる宗教者は、ごく一部だったのだ。 当時、一部のメディアは「倒壊(全壊)などした寺社が再建しようにも政教分離の建前から、資金の手当てがつかない」と、大々的な報道に及んだ。しかし実際のところ、全壊や大規模倒壊の被害を受けた宗教施設は、全体の7%にも満たなかったという統計がある(文化庁『東日本大震災における宗教法の復興状況に関する調査報告書=2014年=青森から千葉まで東北関東8県が対象)。加えて調査時点で「再建工事完了法人」は、4割。ほぼ同比率で「被害無し」の回答があり、被害を受けた施設のうち「未着手」や「再建しない」の回答比率は12%程度だった。 念のため再建資金の出所(複数回答)を記せば、自己資金や法人代表などの個人資金が約70%。信者寄附が35%で、保険金を使ったのは26%だった。つまり、東日本大震災で大小問わずの被害を受けた宗教施設は全体の約半分であり、そのほとんどが、公的資金を受けずに立ち直ったと数字的には言えることになる。 たしかに再建費用調達の目途がつかず、取り壊されてしまった施設はある。その点だけを強調するから、「お気の毒」に映るが、東日本震災規模の災害でさえこうなのだ。では今回はどうなのか? 震災時のように宗教施設は建物が壊れたわけでもなければ、関係者が避難しているわけでもない。特定地域ないし特別警戒地域内に所在して、「宗教行事の自粛」を求められたケースは希有だ。むしろ自粛要請の対象外とされているのがほとんどだ。 にもかかわらず、コロナ禍で収入が減ったと申告すれば、公金が投じられるのだ』、憲法違反を公然とやるとは、恐れ入った。「公的助成」の違法性を誰か訴えないのだろうか。
・『持続化給付金までいただく 小規模寺院からは、こんな声も聞こえてくる。 「身内や檀家で口裏合わせをすれば、法人が助成金を受け取れると税理士から言われています」 同様の声は、取材した限りひとつやふたつではない。ちなみに国内約18万を数える宗教法人のうち、6割強が3人以下の規模(文化庁『平成26年度宗教法人等の運営に係る調査』)である。 しかも1996年の宗教法人法の改正で、個々の宗教法人が所轄庁に役員名簿や財産目録の提出が義務づけられたが、「年収八千万円以下で、収益事業を行っていない」法人には、収支計算書や賃借対照表の提出義務が原則ない(作成していなければの条件あり)。国内約18万の宗教法人のほとんどは、このクラスにあてはまる。 「要するに、“隠れ商売”は可能ということなんです。財産にならない、現物の売買が伴わないフローのビジネスだったら、税務署や文化庁は掌握しようがありません。領収書がなくても構わないお金のやりとりでごまかせばいいわけです」 と、宗教法人の売買を手がけるブローカーは言う。 「税務署から摘発されるのは、たとえば住職の私物購入、あるいは便宜供与が法人経費として計上されるケースです。逆に言えば、法律上、最低で3人の役員が必要ですから、責任役員1名(だいたいが、住職など聖職者が就く)の息のかかった2人の役員さえ用意すればいいわけです」(同前) 実際、高齢の檀家をアルバイトで雇ったことにするなどのやり口で、架空の人件費を計上しているケースは、後を絶たない。 宗教法人が受け取るのは雇用調整助成金だけではない。テレビ東京は、「持続化給付金は宗教法人にも」と報じた。こちらは一事業者あたり、マックス200万円の公金が支給される。 ところが、この算定基準も大甘。「売上げが前年同月比で5割以上減少した月のある事業者」に200万円が支給されるというが、要はコロナ禍以降の帳簿を細工して、5割以下の数字をデッチあげればよいという脱法的やり口が可能なのだ。逆に完全に無収入の法人でも、「昨年の売り上げ」を修正申告しておけば、粉飾した数字をもとに給付金がもらえるのだ。 「何らかの行事で臨時収入があったことにすれば、法人としてまさに“臨時収入”がいただけるし、お寺のないフリーの僧侶も『個人事業主』としてマックス100万円の支給に預かれる可能性も」と、先のブローカー氏は語る。彼のもとには、雇用調整助成金や持続化給付金をだまし取るために、「休眠宗教法人」を買いたいという話が持ち込まれ始めたという。もっとも、これから休眠宗教法人を購入(実際は、法人役員の変更)するには、最低でも2000万円はかかるとされる。購入額のモトすらとれないことを説明すると、沙汰止みという結果になるんだとか。 罰則はあるとしても、雇用調整助成金は厚生労働省、持続化給付金は経済産業省という所管違いもあるうえに、申請をチェックする側の圧倒的なマンパワー不足は、不正の温床になりかねない。それを分かっていながら、かつて創価学会を徹底攻撃した政権与党の自民党も、コロナ禍で「宗教を助けろ」に舵を切る。 宗教法人側にも問題点はある。真宗大谷派やカソリック中央会議、生長の家など多くの宗教団体は、つい5年前まで「安保法制反対」で息巻いていたはずではないか。金をもらう話となるとだんまりを決め込むのか。 もっとも、ここまで見てきたような不届き者ばかりの宗教界ではない。最後に、佐渡の日蓮宗寺院のある住職の言葉を紹介しよう。 「(給付金は)最初からあてにしてませんし興味もありません。我が宗門にも、困っている人はたくさんいるとは聞きますが、果たして貰えるものなら何でも、みたいな考えを起こす僧侶はどのくらいいるのでしょうか。鎌倉には疫病蔓延の折、世の中に向かった日蓮大聖人、今こそと思い、毎日合掌しています。我が宗門の管長がマスクして緋の衣を纏い、日蓮宗の新聞の一面に乗るありさまです。奇しくも今年は日蓮聖人の佐渡に配流された750年のご報恩の年、マスクなど着けず、来るなら来いと言わんばかりにお経をあげています」』、「宗教法人」に対し、「雇用調整助成金」だけでなく、「持続化給付金」まで支給するとは、無駄遣いになるのみならず、憲法違反だ。さらに、不正受給も横行するだろう。安部政権にとって、宗教団体の票獲得のためには、憲法遵守などどうでもよくなったのだろうか。
第四に、6月1日付けデイリー新潮「内閣支持率急落で囁かれる安倍首相辞任のタイミング 党則第6条で揉める可能性」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/06010557/?all=1&page=1
・『辞任が得策!? 有権者はもちろん、自民党内にも衝撃が走った。毎日新聞と朝日新聞の内閣支持率が共に30%を割り込んでしまったのだ。自民党の国会議員からも「下がるとは思っていたが、これほどの急落は予想できなかった」との声が上がっている。 両紙の報道により、安倍晋三首相(65)の党内影響力が低下、“ポスト安倍”レースが一気に加速する可能性が取り沙汰されているという。 だが、その前に支持率急落の理由について、しっかりと報道を見ておこう。 毎日新聞(電子版)は5月23日、「内閣支持率27%に急落 黒川氏『懲戒免職にすべきだ』52% 毎日新聞世論調査」の記事を配信した。 《安倍内閣の支持率は27%で、今月6日に行った前回調査の40%から急落した。不支持率は64%(前回45%)に跳ね上がった。社会調査研究センターとの共同調査は3回目で、最初の4月8日に44%あった支持率が1カ月半で17ポイント落ち込んだ》 さらに朝日新聞(同)は24日、「内閣支持率29%、発足以来最低に 朝日新聞世論調査」の記事を配信した。 《安倍内閣の支持率は29%(前回5月16、17日は33%)で、2012年12月に第2次安倍政権が発足して以来、最低となった。不支持率は52%(同47%)に増え、5割を超えた》 《男性の支持率は33%で、女性は25%。特に50~60代女性の支持は2割以下で、7割近くが不支持と答えた。支持政党別では、自民支持層の内閣支持率は68%だったが、無党派層では14%にとどまった。第2次安倍政権のこれまでの最低支持率は、森友・加計問題への批判が高まった18年3月と4月の調査の31%だった》 モリカケ問題より現在のほうが、安倍政権を見つめる有権者の目は厳しいことが指摘されている。 一体、何に有権者は怒り、不満を感じているのだろうか。政治記事を担当するデスクが解説する。 「毎日新聞の記事では、《東京高検の黒川弘務検事長が賭けマージャンをしていた問題で辞職したことについては「懲戒免職にすべきだ」が52%と半数を超えた》とあり、安倍政権の支持率が急降下した原因の1つだと考えられます。さらにアベノマスクの不評や特別定額給付金の10万円がなかなか届かないといった、新型コロナウイルス対策に関する不満が重なったことも大きいでしょう」 黒川弘務氏(63)の問題に有権者が不満を感じているのは、森まさこ法務大臣(55)に対する、安倍首相の“弱腰”も影響しているようだ。 「黒川氏の問題で、森法相が進退伺いを提出したところ、安倍首相が『強く慰留』したと大手マスコミは報じました。これも有権者には不評だったようです。責任を取り、森法相を辞任させるべきだったという意見のほうが多いのでしょう」(同) デスク氏は「安倍首相と距離のある自民党の国会議員ほど、支持率急落の報道に驚いている」とも指摘する。 ならば逆に、安倍首相に近い議員は、報道にどう反応したのだろうか。官邸中枢はどう受け止めたのかというと、どうも有権者の感覚とは距離があるようだ。 「官邸にいる安倍さんの周辺は、新型コロナ対策を『そこそこ、うまくいっているのではないか』と分析しています。『何よりの死者を出さないよう万全の策を講じてきたし、実際に死者を少なく抑えられている』というわけです。ところが有権者は、何よりも黒川氏の問題に怒っており、コロナ対策でも死者数ではなく、マスクや給付金の件で批判しています。その現状を、いまいち理解できていないようです」(同)』、「官邸中枢」はもはや正常な判断力を失ってしまったようだ。
・『両院議員総会で一点突破!? 世論と官邸の間に乖離があるというわけだが、そうなると、内閣支持率の立て直しも、なかなか難しくなる。 「実際、打つ手が限られているのも事実だと思います。多くの専門家が指摘しているように、新型コロナを完全に収束させる、つまり感染者ゼロに抑え込むのは医学的に厳しい。安倍首相も『非常事態宣言の再発令はあり得る』と認めました」(同) そうなると、安倍首相は来年秋までが任期だが、衆院を解散できるタイミングもなかなかないという。 「小選挙区制のドブ板選挙で候補者は有権者と握手をかわし、選挙事務所は関係者が密集します。要するに三密の極みなのです。仮に安倍政権が総選挙を強行すれば、それだけで有権者の一部は“不要不急の選挙”と反発するでしょうね。このまま支持率も回復しないようだと、コロナ禍が一段落したあたりで、辞任する可能性もあるでしょう」 そこで注目を集めているのが、自民党の党則だ。第6条は自民党総裁を「別に定める総裁公選規定により公選する」と定めているのだが、第2項は以下のように書かれている。 《総裁が任期中に欠けた場合には、原則として、前項の規定により後任の総裁を公選する。ただし、特に緊急を要するときは、党大会に代わる両院議員総会においてその後任を選任することができる》 更に第3項には、こうある。《前項ただし書の規定により総裁を選任する際の選挙人は、両院議員及び都道府県支部連合会代表各三名によるものとする》 つまり両院議員総会で後継総裁を決める場合は、国会議員の投票がメインとなるわけだ。都道府県の党員票を最小限に抑えることができる。 「当然、安倍首相が辞任した場合、自民党総裁選を制した政治家が、次期首相に選出されます。その際、党内で『特に緊急を要するとき』であると認められれば、両院議員総会で選出することが可能です。このシナリオですと、“安倍元首相”が党内影響力を維持することが可能になります。ただし、これだと安倍さんが院政を敷きたいという思惑が丸見えです。党内からは『通常通りの全党員による総裁選を行うべき』という声が出るはず。間違いなく揉めると思います」 安倍首相は何を考えているのか。それは「自分が首相を辞めるにしても、石破茂元幹事長(63)だけは首相にしない」との1点に尽きるという。安倍首相と石破氏の“確執”については、これまでにも多くのメディアが報じている。 「石破さんは特に地方の党員票を強いとされ、実際、“ポスト安倍”を問う世論調査では1位になることも珍しくありません。一方、派閥の石破派は小所帯です。もし国会議員がメインの両院議員総会で後継総裁を決めることになれば、安倍首相の“意中の人”が勝利する可能性は高くなります」(同) ただし、シナリオは完璧でも、肝心の“ポスト安倍”がなかなかいないという。大手マスコミが報じる“候補者”は多くとも、いずれも「帯に短し襷に長し」のようだ。 「安倍首相の後継者と目されていたのは、岸田文雄政調会長(62)です。いわゆる“禅譲”シナリオがたびたび、報じられていますが、少なくとも自民党内では新型コロナの対策を巡って、最も男を下げた政治家の1人です。官邸中枢から『政調会長のくせに、ろくな政策を持ってこない』と批判が高まっており、安倍首相も失望していると言われています」(同) “安倍側近”の一部からは、麻生太郎財務相(79)を推す声も根強いという。 「じっと我慢して安倍内閣を支え続け、長期政権を実現した功労者であるのは間違いないと思います。『その労に報いたい』という党内の意見は理解できなくもありませんが、麻生さんは有権者の評判が非常に悪い。失言癖もあり、下手をすると内閣発足時から支持率が低迷したり、自民党の支持率に悪影響を与える可能性も否定できません。麻生首相を推す国会議員の中には、『あくまでワンポイントの起用だから大丈夫』という意見もあります。ただし、麻生さんには高齢の問題がありますし、やっぱり人気がない。そう簡単に党内がまとまるとは思いません」(同)』、「このまま支持率も回復しないようだと、コロナ禍が一段落したあたりで、辞任する可能性もある」、「国会議員がメインの両院議員総会で後継総裁を決めることになれば、安倍首相の“意中の人”が勝利する可能性は高くなります」、「“安倍側近”の一部からは、麻生太郎財務相(79)を推す声も根強い」、やれやれだ。ただ、麻生首相が復活すれば、「ワンポイント」とはいえ、総選挙では自民党に不利だろう。しばらく、政治情勢の展開から目が離せなくなってきたようだ。
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