経営学(その1)(日本と「世界の経営学」がこんなにも違う理由 「大学で教える経営学」は本当に役に立つのか、世界の経営理論に「ビジネスモデル」がない理由 持続的繁栄には「センスメイキング」が不可欠、知識創造理論が「ビジネス最強の武器」になる訳 四半世紀で「日本企業が失ったもの」は何か) [企業経営]
今日は、経営学(その1)(日本と「世界の経営学」がこんなにも違う理由 「大学で教える経営学」は本当に役に立つのか、世界の経営理論に「ビジネスモデル」がない理由 持続的繁栄には「センスメイキング」が不可欠、知識創造理論が「ビジネス最強の武器」になる訳 四半世紀で「日本企業が失ったもの」は何か)を取上げよう。
先ずは、2020年5月20日付け東洋経済オンラインが掲載した:早稲田大学商学学術院教授の井上 達彦氏と早稲田大学ビジネススクール教授の 入山 章栄氏の対談「日本と「世界の経営学」がこんなにも違う理由 「大学で教える経営学」は本当に役に立つのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/346557
・『2019年末に刊行された早稲田大学の2人の経営学者の著作が話題となっている。井上達彦氏の『ゼロからつくるビジネスモデル』と、入山章栄氏の『世界標準の経営理論』だ。前者が500ページ強、後者が800ページ強ものボリュームだ。 井上氏の所属は商学部で大学生に、入山氏はビジネススクールで実務家に経営学を教えている。それぞれのフィールドも異なる。かたや日本発の経営学、入山氏はアメリカを中心とする世界の経営学だ。そんな立場が対照的な名物教授である2人が、経営学という学問が、役に立つかについて、自由に語りあった』、興味深そうだ。
・『未経験者に経営学は学べないのか? 井上:入山さんとは、アメリカにいらした頃からの知り合いです。2012年に研究休暇でアメリカに行ったときには、入山さんにナイアガラの名物レストランを案内していただいたり、ご自宅で息子の遊び相手になっていただくなど、お世話になりました。 入山:こちらこそ、いろいろお世話になっています。井上さんは今、ビジネス経験のない学部生に経営やビジネスを教えていますが、雲をつかむようなところはありませんか。 井上:確かに、経験があるほうが必要な理論や知識がわかるというアプローチもあります。現在、文科省の次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)に協力し、海外のカリキュラムにも注目しているのですが、例えば、アメリカのバブソン大学では1年目に起業を経験させますよね。実際に経験してみれば、その後の理論だとか知識の理解度が深まるという考えです。 ただし、私は未経験者に教えても意義がないとは思いません。実は、学生から「先生の話は具体的すぎて、わかりません」と言われたこともあります(笑)。まさに名言で、実務経験がないから、抽象的な話のほうがわかると言うのです。 入山:面白いですね。井上さんの『ゼロからつくるビジネスモデル』と私の本に共通するのは、具体と抽象の往復をしていることです。私の『世界標準の経営理論』では、具体感を持っている実務家向けに、経営理論という抽象を思い切り攻めています。) 例えば、私は単独企業向けの研修講師は基本的に受けていないのですが、唯一引き受けているのが、大手企業4社が合同になっての研修です。ここでは、多様な背景を持つ4社の方々に『世界標準の経営理論』の章をいくつかを読んでもらい、そこで知った経営理論をベースに業界横断で自社・他社の課題や方向性などを議論してもらいます。 業種・業界が違っても、理論をベースにして具体的な悩みごとを話し合うと、すごく盛り上がるし、すごく学びが多いんですよ。考える「軸」が共通であれば、いくらでも議論ができる。これは究極の具体と抽象の往復ですよね。その点、ビジネス経験のない学部生に抽象を説明した後で、井上さんはそれをどう具体と往復させるのですか。 井上:つねに具体を感じている学生もいます。例えば、リーダーシップのテーマであれば、サークルやゼミの体験をふまえて、あれだとピンとくる。グランドデザインなど戦略の大きなところは、それでかなり理解できます。ただし、管理会計などのお金や利益については、アルバイトの経験なども必要になってきますが。 (井上達彦氏の略歴はリンク先参照) 入山:なるほど……。経営学は結局、人間の本質を突き詰めた学問だから、ビジネスである必要はないわけですね。面白いですね。 井上:そうだと思います。それから、学生は頭が柔らかいので、たとえ話やアナロジーを使うと、直感的にわかることもありますね。 むしろビジネスパーソンは業界が違ったりすると「うちとは違う」と言って、アナロジーとして受けつけにくいことがあるかもしれません。具体を知っているからこそ、「うちとは違う」と考えがちですが、本質を理解して自分事として考えてほしいものです。 逆に、学生には自身の経験に当てはめてもらう必要があります。そこで私がよく使うのは、恋愛にたとえること。例えば、SWOT分析で自分の強みは何かと聞いたりします。 」、入山:なるほど。例えば自分の強みは、イケメンではないけれど、お金はあるとか。脅威は周りにイケメンがたくさんいる場合、とかね(笑)。 井上:そして機会は、例えばクリスマスが来ているなら、彼女が好きなのはこれだと(笑)。 入山:確かに、恋愛はわかりやすいですね(笑)』、「私は未経験者に教えても意義がないとは思いません。実は、学生から「先生の話は具体的すぎて、わかりません」と言われたこともあります(笑)。まさに名言で、実務経験がないから、抽象的な話のほうがわかると言うのです」、意外だがよく考えてみればそうなのかも知れない。
・『日本の経営学はガラパゴスか? 井上:入山さんは日本の経営学について、どんな印象を持っていますか。 入山:僕はアメリカでしか経営学の教育を受けていないので、日本の実情はそれほど詳しく知らないのですが、面白い研究をしている人は多いなと思います。 例えば、以前に井上さんの研究を紹介してもらったことがありますが、「3人1組の結束力」や「粋」の概念などを取り上げていますよね。これは、日本のコンテクストだから出てくることだと思うので、すごく面白い。 しかし残念なのは、それが海外に十分に発信されていない。もう少し日本の研究成果を海外に橋渡ししたり、つながっていけばよいと思います。私が今回の本を書いた理由の1つも、国内の経営学の研究者に読んでもらい、日本のコンテクストで自分の研究内容を理論とつなげて、情報発信する材料に使ってもらえればと思ったからなのです。 井上:世界の標準の言語、作法、スタイルなど、プロトコルに合わせて発信するのが、今後、日本の経営学がこれから目指すべきところだと私も思っています。 (入山章栄氏の略歴はリンク先参照) 入山:グローバルに見ると、経営学では標準化が進んでいます。同じ理論を使い、実証研究では、定性分析と統計解析をうまく組み合わせながら普遍的な法則を発見していく。 井上:私の印象では、アメリカを中心にするアカデミーは、標準化を進めようとしているのに対し、日本はそうではない。だから、先生の数だけ経営学がある、なんて言われますよね。 私が『ブラックスワンの経営学』を書いたのは、日本の経営学のケーススタディのやり方を海外の標準様式に合わせれば、海外のジャーナルにも掲載してもらえる可能性が出てくると思ったからです。プロトコルは世界に合わせて、問題意識はアメリカの経営学の中ではなかなか語り尽くせないところを見つけて、固有の考え方や現象を探せばよいのです。 入山:そうですね。日本で大事にされているものがあるなら、プロトコルに合わせた形でグローバルに発表できればよいでしょうね』、「アメリカを中心にするアカデミーは、標準化を進めようとしているのに対し、日本はそうではない。だから、先生の数だけ経営学がある、なんて言われますよね」、日本は皆がお山の大将なのだろうか。
・『経営という現象は理論化できるのか? 井上:ところで、私は経営理論というものが本当にあるのかと、たまに思ったりします。入山さんは理論を説明するときに「ディシプリン」という言葉を使っていますが、本をたどれば、経営理論のルーツはすべて社会科学や人文科学の理論ですよね。 入山:海外でも、経営学はセオリー・ボローイング(他分野からの借り物の理論)だと言う人がいます。というのも、経営は現象であり、やっているのは人間だから、人間の根本的な意思決定・行動原理を取り扱う心理学や経済学の考えを借りてくるからです。 私自身はそこにこだわりはなく、「経営学独自の理論でなくてもよい」と思っています。大事なのは経営学という領域の独自性ではなく、あくまで企業・組織・人の真理法則に迫ることですから。例えば、エンジニアリングは背景に物理理論、化学理論があるけれども、だからエンジニアリングに価値がないわけではない。経営学も同じです。 井上:しかし、工学部の人はそれを使って橋が作れますが、経営学では理論を知っているだけでは経営はできません。 入山:うーん、これはどうなんだろう。これは、自然科学と社会科学の違いではないでしょうか。土木は橋を作るのは物理法則が明確だから、こうなったら倒壊する、これなら絶対に大丈夫だとわかる。そういう自然科学と比べて、社会科学は人間を扱います。人間はすごくいい加減で、「絶対こうだ」と言い切れないところが難しい。 井上:普遍的かつ一般化可能な法則を求めないと、科学ではないと言われます。人間を相手にする学問で、果たして科学は成り立ちうるのかと、私はかなり疑問に思っています。) 入山:とはいえ、経済学や経営学でも、ある一定の条件だと再現可能なものはすでにかなりあります。例えば、マーケティングの世界では、データ分析をもとに、方程式を作って予測するとそれなりに当たったり、マイケル・ポーター教授のSCP理論にしても、独占に近いほうが儲かりやすいという法則性はほぼ明らかですよね。 でも、それは100%ではない。自然科学はよほどのことがない限り「外れない」のに対し、人間の科学はそれなりに外れるけれども、大まかな予測ができる。そういう感覚だと思うのです。むしろ重要なのは、とりあえず組織を作った後で、なんで自分はちゃんと組織が作れたのか、失敗したのかと、論理的に説明できることではないかとも思います。 拙著もそうなのですが、ビジネスパーソンにとって「経営理論は自分のやりたいこと、やってきたことを言語化して説明できるツール」だと思っています。 井上:振り返りができるという話ですね。ただし、研究者になろうとする大学院生を見ていて思うのは、どうでもよい細かいことで、重箱の隅をつつくような研究に入り込みやすいことです。変数を1つ加えて統計的に有意になればよいという世界で、それで説明力がどれだけ高まったかは省みられなくなる。 海外のスタイルや様式を使いつつも、問題意識の志や面白さが足りない。現実の経営では、「そこさえ押さえればいい経営ができる」というように、もっと大事なことがほかにもあると思うのです。 入山:面白いご指摘ですね。海外でもそこは問題視されているように思います。特に、「Pハッキング」と呼ばれるように、いかに統計的に有意な結果を特定の変数で出すかという姿勢がよろしくない、という流れに最近はなっています』、「どうでもよい細かいことで、重箱の隅をつつくような研究に入り込みやすいことです。変数を1つ加えて統計的に有意になればよいという世界で、それで説明力がどれだけ高まったかは省みられなくなる」、嘆かわしい傾向だ。
・『経営学は本当に役立つのか? 入山:ここまでの話の中で感じたのは、おそらく井上さんの問題意識の背景には、「経営学は実学だから、役に立たなくてはならない」という感覚があるのではないでしょうか。 井上:まさにそのとおりです。私の学部時代の指導教授の丸山康則先生は、産業心理学で博士号を取得された後、実務家として企業の研究所で鉄道事故など人の生死がかかった切実な状況で安全学を究めました。 その先生から、心理学の切り口は小刀みたいだが、経営学はそういうものではない。多様な理論がある「マネジメント・セオリー・ジャングル」の時代に、小刀を持って歩いても進めないから、あなたは大ナタをふるいなさい。もっと大きなもので切ったほうが、経営はわかってくるよ、と指摘されたのです。 入山:それは、マクロ的なことをやれという意味でしょうか。 井上:それは、大局を見る「ものの見方」という意味でのパースペクティブだと思います。そのときに引き合いに出されたのは、梅棹忠夫先生の『文明の生態史観』のような観点です。私の大学院時代の師匠の加護野忠男先生(神戸大学名誉教授)も25年前にまったく同じことをおっしゃっていて、驚かされました。「ものの見方」や「考える軸」という話をして、テクニカルなことは、大学で学ぶビジネスパーソンに必要ではない。考えるときの軸が必要だ、と。現象は無限にあっても、軸の数は少なくても間に合います。) 入山:おっしゃるとおりで、「考える軸」を持つことは大切ですよね。僕も『世界標準の経営理論』でさんざん「思考の軸」と書いていますし、とても共感します。 一方で、あえて議論のためにスタンスを取るとすれば、経営学をピュアに学問だとすると、「学問なのだから、重要なのは『知』を膨らませることであって、別に実社会に役に立たなくたってよいではないか」という考え方もあるのではないでしょうか。 例えば私が今、研究しているのは、インド企業と中国企業のどちらがどういう条件で賄賂をするかというもの。これはおそらく実社会には1ミリも役に立ちません(笑)』、なるほど。
・『「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルか? 井上:そうでもないと思いますが。入山さんは知的好奇心から研究するとしても、それをほかの人が面白いと思えば、きっと役に立ちます。 入山:井上さんはいい方だから、ポジティブに見ていただければそうですね。問題はその「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルかどうか。 ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生が、取材であなたの研究は役に立つのかと聞かれて、「役に立つ必要があるの?」とあっさり答えられたというエピソードがあります。ここは重要なポイントで、素粒子衝突実験装置のリニアコライダーを国家レベルで巨額の費用をかけて作っても、当面は役に立たない。 これは企業のイノベーション施策と似たところがあり、「業務に直結」と言い出した途端に、斬新なアイデアが生まれなくなる傾向があると思います。でも、素粒子衝突にしても何にしても、長い目で見ると、結果的にそういう役に立っていないように見えたものの蓄積の一部が世の中で役に立つ可能性がある。 そう考えると、私の経営学へのスタンスは純粋に好奇心から組織や人間の行動を説明したい、というものです。しかも私はデータ解析が好きなので、それをデータで検証していけばよい、という入り方です。「役に立つ研究をやる」ことに自分の興味はありません。 他方で、先人たちの教えの中で役に立ったり、思考の軸になるかもしれないものが、経営理論としてそれなりに普遍化されつつあるのも事実。「興味のあるビジネスパーソンは、それを思考の軸にしてみてください」というスタンスで書いたのが、今回の本なのです。 井上:入山さんはご自身の研究と、一般向けの書籍の執筆などを分けて考えていらっしゃるわけですね。普通は研究結果を社会に発信しようとするのです。入山さんはせっかく関心を持って世界水準の研究もたくさんされているのに、そこでわかったことを人に伝えたくならないのでしょうか。 入山:まず、自分の研究結果は、あくまで1個の研究から得られたものにすぎませんので、それがどのくらい普遍性があるかの保証が十分ではありません。ですから、自分の研究そのものを「役に立つ」と見せかけて一般の方に伝えるスタンスは取らないようにしています。自分の研究は、同業の研究者の人たちに「面白い」と思ってもらえばいい。 とはいえ確かに、自分の興味があることを解明し、それを伝えることは根本的に好きですね。しかし、それは雑誌の連載でも、ラジオでも何でもいいですね。 井上:私の場合は、「役に立ちそうです」と言われるほうがむちゃくちゃうれしいです。だから、「役に立ちそうだ」という雰囲気で話を聞いてくれるほうが燃えるし、もっとそういうものを提供しようと思います。この書籍を書くための取材でも、それが原動力となりました。 入山:この2人のスタンスの違いも面白いですね』、「「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルか?」、での「2人のスタンスの違い」は確かに面白い。
次に、この続きを2000年5月20東日付け東洋経済オンライン「世界の経営理論に「ビジネスモデル」がない理由 持続的繁栄には「センスメイキング」が不可欠」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/346559
・『2019年末に刊行された早稲田大学の2人の経営学者の著作が話題となっている。井上達彦氏の『ゼロからつくるビジネスモデル』と、入山章栄氏の『世界標準の経営理論』だ。前者が500ページ強、後者が800ページ強ものボリュームだ。 井上氏の所属は商学部で大学生に、入山氏はビジネススクールで実務家に経営学を教えている。それぞれのフィールドも異なる。かたや日本発の経営学、入山氏はアメリカを中心とする世界の経営学だ。前回に続いて、そんな立場が対照的な名物教授である2人が、「ビジネスモデル」の研究と実践について、自由に語りあった』、興味深そうだ。
・『なぜビジネスモデルは科学との相性が悪いのか? 入山:私は井上さんの新著『ゼロからつくるビジネスモデル』にすごく関心があるんです。なぜなら、海外の経営学では、トップジャーナル(学術誌)に「ビジネスモデル」をテーマにした研究が載ることはほとんどありません。 なぜかというと、私の理解では、ビジネスモデルとエコシステムは、既存の経営学で扱いづらいから。両方ともフワッとしていて、いろんな要素があり、全体性が重要になってくる。 現代の科学は要素還元主義なので、分解して、分解して細かいメカニズムを解き明かす傾向にあります。経営学もそう。細かいメカニズムを解明し、それが積み上がっていくと全体が説明できるだろうと考える。しかし、現実はそう簡単ではない。だから、もともと「全体」を説明しようとするビジネスモデルとは相性がよくないのです。 かといって、海外の経営学者はビジネスモデルに興味がないというと、まったくそうではありません。学会でビジネスモデルのセッションを開くと、大勢の人が集まりますから。その意味でいうと、実務には絶対に意味がありそうだけど、科学的には捉えづらいビジネスモデルというテーマで本を書かれたところは、井上さんっぽいですね。 井上:私は基本的な姿勢として、経営学者は役に立ってなんぼだと思っています。要素に還元できるもの、科学で語りやすいものだけを語って、経営のためになるかというと、決してそんなことはない。むしろ、経営は総合だと思います。 私の師匠の加護野忠男先生(神戸大学名誉教授)も伊丹敬之先生(国際大学学長、一橋大学名誉教授)も『ゼミナール経営学入門』の中で、「経営の神髄は矛盾のマネジメントだ」と書いています。 矛盾というのは、複数の要素があり、ここの組織を正常化すれば、別のところで別の問題が起きるからです。そして、これに絶えず直面するのが経営者だ、と。だから経営者は複数の視点から同じ現象に切り込んで、総合的に判断しなければならないというのです。 入山:私も、そのとおりだと思います。 井上:それを特に強く感じたエピソードがあって。以前、私が広島大学で社会人教育を行っていたときに、子会社を垂直統合するのか、自由に活動できるよう独立させるかを考えるケースをつくりました。 (井上達彦氏の略歴はリンク先参照) 取引コストの観点でどう判断すべきかという問いを立てたので、学生たちはコストや情報の非対称性を中心に議論しましたが、終盤で実際に会社を経営している受講生が「これはこうすべきだ」と指摘したのです。多面的な視点で問題を捉えていたので、すごく説得力があり、みんなも納得しました。 ビジネスモデルもそれと同じで、事業の仕組みとか、収益をあげる仕組みを議論するなら、多面的に見ればいい。1つのディシプリンや構成概念で定義するのではなく、戦略、製品開発、イノベーションと同じような形で見ていけば、何とかなるのではないかと私は思っています。 例えば、起業家がどうやって発想しながら、ビジネスを起こすのか。異業種の例を参照しながらつくっていることがわかれば、事業創造にはそういう方法があるとわかる。そういう努力を積み重ねれば、ビジネスモデルとしての研究は十分に成り立ちます。 入山:そういう意味では、たぶん私の『世界標準の経営理論』が目指しているところも同じですね。特定の理論だけを見るのは学者の仕事なので、学問としてはそれでいいのですが、実務は多面的に見る必要がある。 だからビジネスパーソンは特定の事象でも、経済学ディシプリン、心理学ディシプリン、社会学ディシプリンの理論を総合的に踏まえて、全体で考え、意思決定しないといけない』、「私は基本的な姿勢として・・・要素に還元できるもの、科学で語りやすいものだけを語って、経営のためになるかというと、決してそんなことはない。むしろ、経営は総合だと思います」、「実務は多面的に見る必要がある。 だからビジネスパーソンは特定の事象でも、経済学ディシプリン、心理学ディシプリン、社会学ディシプリンの理論を総合的に踏まえて、全体で考え、意思決定しないといけない」、「ビジネスパーソン」の方が大変なようにも思える。
・『ビジネスモデルは卵か鶏か? 入山:例えばアメリカのウォルマートのビジネスモデルは非常によくできたものですが、それは事後的にそう見えるだけで、現実には、いろんな企業のアイデアを模倣していくうちに、結果的にできあがったものと言われています。 そういうビジネスモデルのつくり方のほうが役に立つのか。それとも、模範的なビジネスモデルを置いて、この部分はこのメカニズムを入れようとか、演繹的に考えるべきなのか。井上さんはどうお考えでしょうか。) 井上:日本の経営学では、以前に「ビジネスシステム」という言葉がありました。ほぼビジネスモデルと同じことですが、結果として生み出された仕組みを指します。それに対して、「ビジネスモデル」は型であり、木の幹に当たります。こういう儲け方をしたらいいな、こういうカスタマー・セグメントにこんな価値提案をして、こういうリソースを使ったらいいなと、枝葉をつけていく。 したがって、経営者は枝葉のないビジネスモデルを参照するのですが、現実はそのとおりにいかないので、創発的に元々の木がすごく複雑に茂ったビジネスシステムができあがるのです。 持続的競争優位を説明するときは、ウォルマートの仕組みの枝葉の茂った部分まで注目して、ここに複雑性や模倣困難性があると見ていく。でも、つくるときには、そんな複雑な部分まで真似できないので、型としてのビジネスモデルが大事だと分けて考えていくと、かなり整理できます。 入山:へえ、そういう型みたいなものがあるのですね。 井上:例えば、広告モデル、マッチングモデル、フリーミアムモデルなどです。30~40の型があるとする書籍もあれば、私たちみたいに、具体と抽象の往復運動しながら、自分で型をつくらないとうまく使えないというスタンスもあります。 型だけあってもつくれないので、「あのビジネスはいい」と思えるお手本を自分で抽象化し、適用してみる。その往復運動をするうちに、本当にいいものになっていくのだと思います』、「「あのビジネスはいい」と思えるお手本を自分で抽象化し、適用してみる。その往復運動をするうちに、本当にいいものになっていくのだと思います」、ずいぶん大変なようだ。
・『引用する言葉によるアプローチの違い 入山章栄氏の略歴はリンク先参照) 入山:基本的に本の内容を鵜呑みにするよりは、それを前提にもっと考えてもらいたい、と。それは私の本でも同じです。 井上:そうですね。しかし、私はそれを学術の言葉を使わずにやりたいのです。「日常の理論」と言ったりしますが、本でもなるべく現場の人たちが使っている言葉を引用するようにしました。 もちろん、標準の言葉を使ったほうがいい場合もあるのですが、例えばデザイン・シンキングの話をするときには、学問の言葉よりも、デザイナーたちが普段使っている言葉遣いのほうが腹落ち感、納得感があり、脈絡や歴史も拾ってこられる。だから、一見するとすごく学術っぽくならない。 入山:私の本は逆で、むしろアカデミックな言葉をわかりやすく使って説明しようとしています。アカデミックな理論をそのまま知って読者に納得してもらうことで、思考の軸にしてもらいたい。 井上さんはダイレクトに「役に立つ」ことに関心があるから、現場の言葉に落として伝えていく。私は「思考の軸」としての腹落ちにまずは関心があるから、理論をそのまま解説する。私と井上さんで目指していることは近くても、アプローチが違うところは面白いですね。 入山:いろいろな企業を見てくる中で、「このビジネスモデルは面白い」と思ったものはありますか。 井上:やはり公文教育研究会のモデルでしょうか。イギリスのソーシャル・インパクト・ボンドの調査を行い、そこから認知症患者の学習療法に応用して展開するなど、面白いですね。それに、すぐに儲けようと短絡的な考え方をしていない。 ビジネスモデルを設計しようとする中間管理職は、収益モデルばかりにこだわりますが、それではお客さんは誰か、どんな価値を提供するのかという点を忘れてしまう。 その点、公文のグローバル化を進めてきた歴代の社長も、スノーピークの山井太社長も、自分の実現したい世界を実現させるために一生懸命やってきたら、こういう仕組みができていたという展開になっています。 入山:いい会社のいい経営者はたいてい、長期目線で社会にどう影響を与えるかをつねに考えていますよね。私の本で紹介しているのが「センスメイキング」の理論です。 実は、イノベーションに関する講演をするときに、私はいつも「最も日本に足りていないのがセンスメイキングです」と話しています。目先で考えると収益に向かい、いわゆる経営学で言う「Exploitation(深化)」になる。「Exploration(探索)」を続けるには、会社の長期の方向感について腹落ちすることが重要です。 井上:長期的に繁栄する仕組みをつくろうと思ったときの発想や考え方として、すごくこだわる準拠点を意識して、理念をしっかりと持てば、自然にできあがっていきますよね。ビジネスモデルづくりは一朝一夕にはできなくて、持続的に収益を上げる仕組みとなると10年がかりだったりします。そこに一貫性を持たせるのが理念ではないでしょうか」、「井上さんはダイレクトに「役に立つ」ことに関心があるから、現場の言葉に落として伝えていく。私は「思考の軸」としての腹落ちにまずは関心があるから、理論をそのまま解説する。私と井上さんで目指していることは近くても、アプローチが違うところは面白いですね」、学者による「アプローチ」の違いが理解できた。
・『グローバル企業が用いる腹落ちの仕組み 入山:日本でファミリービジネスが強いのは、経営者が方向感について腹落ちがあるからだと思います。いい経営者は30年くらい先のことまでを見て、会社の方向感に自分が腹落ちしています。 しかも、ファミリー企業の場合は、経営者があっちへ行けと言えば、みんながそっちへ動く。だから、長い目で見ると業績もいいというのが、私の理解です。その一方で、日本の同族企業の弱点は、この作業を経営者1人が自分だけの脳内でやっていること。自分は腹落ちしていても、引退した後、たぶんその腹落ちが会社に残らないことも多い。 では、優れたグローバル企業はどうしているかというと、それを仕組みで入れています。例えばデュポンには100年委員会とでもいうべきものがあり、経営幹部が年に1度集まって、専門家も呼んで100年後の未来を死ぬ気で考えて、腹落ちさせるプロセスを実施しています。シーメンスもメガトレンドとして30年先について考えています。 日本企業が「青臭い」とバカにするような会社の方向性やビジョンの腹落ちの刷り込みを、実は優れたグローバル企業は一番大事にしている。そこが日本企業との決定的な違いだと思います。) 井上:そういう腹落ち感でいうと、私の本で紹介したスノーピークの社員はみんなキャンパーなので、キャンプの価値観、自然に対する向き合い方、必要な準備がわかっていて、だから経営ではこれが必要だという考え方をします。社内の雰囲気はいいし、一丸となっている空気があって、面白いですよ。 入山:そういうのが前提にあり、結果的にみんなの方向が揃っているから、気づいたらたぶんビジネスモデルも、一見突飛なように見えるけど、面白い仕組みが出てくるのでしょうね。 井上:理念や仕組みで維持しようとする場合、少数の細かいルールで縛っても、仕組みはいい感じで進化していかないように思います。官僚制がどんどんできていくばかりで。「これだけは守る」という基本原則や、経営者が日々語っている一言のほうが重要です。 例えば、京都では歴史的に、絶対に競争してはいけない、地域に迷惑をかけてはいけないという不文律があり、それが棲み分けにつながり、新しいものをつくろうというチャレンジ精神を育んだと言われています。だから、仕組みづくりのためのプロセス、ルールは面白いと思います。 入山:本当に重要なことですよね。特に日本では、そういうものが現場レベルではあっても、会社の理念になると方向感の腹落ちがすごく弱く、すぐに目先の収益の話になってしまう企業も多い。 ビジネスモデルを考えるときも、どうやってお金を落としてもらえるかではなく、そもそもどうしたらこのビジネスモデルで、経営理念でいう社会問題を解決できるのかを考えることが必要なのでしょうね。まさに自らのビジネスの意味づけ、センスメイキングをすることが大切だということでしょう』、「京都では歴史的に、絶対に競争してはいけない、地域に迷惑をかけてはいけないという不文律があり、それが棲み分けにつながり、新しいものをつくろうというチャレンジ精神を育んだと言われています」、しかし、「日本では、そういうものが現場レベルではあっても、会社の理念になると方向感の腹落ちがすごく弱く、すぐに目先の収益の話になってしまう企業も多い」、なるほど。
・『「センスメイキング」×「ビジネスモデル」 井上:ビジネスモデルは価値の創造と獲得です。相手にもメリットを与えて、こちらもメリットを得て永続する。これは誘因と貢献で、本当は協力し合えないようなパートナーや取引先と一緒に価値を生み出して大きなことをやろうという、マネジメントの基本です。そう考えていくと、入山さんの言うセンスメイキングの話にもつながりますね。 継続的に儲けるための仕組みづくりの大事なキーワードとして、出てくるのがセンスメイキング。収益モデルの設計というのは、ある意味で技術ではあるけれど、理念なき技術は危ういとも言われます。入山さんの本の第23章(センスメイキング理論)をもう一度読み直しますね。 入山:ありがとうございます(笑)。 井上:入山先生の本でセンスメイキングを読んだ後で、私の本でスノーピークのビジネスモデルを読んでもらうとよいかもしれません。そして、「自分にとってビジネスモデルは何か」と問いかけてみる。 入山:自分の夢や願いを全うするという意志は、日本の会社に足りないですよね。井上さんの本の中でそういう話が出てくるのは第3章、意志の話は第12章。となれば、私の推奨としては、井上さんの本は第1章から読むよりも、まず第3章「ビジネスモデルを学ぶ意義」を読むのがいい読み方かも。 井上:2冊をセットで読み比べて、具体と抽象を行き来させるとよいのかもしれません。合わせると1300ページになってしまいますが(笑)、私も読み直してみます』、「自分の夢や願いを全うするという意志は、日本の会社に足りない」、なんでなのだろう。もっとも、「1300ページ」もある原典を読む気は起きないが・・・。
第三に、本年1月28日付け東洋経済オンラインが掲載した 一橋大学名誉教授の野中 郁次郎氏とシナ・コーポレーション代表取締役の 遠藤 功氏の対談「知識創造理論が「ビジネス最強の武器」になる訳 四半世紀で「日本企業が失ったもの」は何か」を紹介しよう。
・『『現場力を鍛える』『見える化』など数多くの著作があり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏。遠藤氏が緊急出版した『コロナ後に生き残る会社食える仕事稼げる働き方』はいまも反響が大きい。 わずか半年ほどで世界を震撼させ、経済活動や社会活動をいっきに停滞させ、世界中の人々の生活をどん底に陥れた「コロナ・ショック」。2020年は「コロナ・ショック」で経済的な側面だけでなく、日本人の価値観や働き方も大きく変わっていったが、2021年もその変化は続いている。 このたび『ワイズカンパニー』『知識創造企業新装版』を上梓した一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏と遠藤氏が対談を行った。これからは「『知識創造理論』はビジネス最強の武器になる」という。その理由について両氏が語る。※対談第1回、第2回』、興味深そうだ。
・『SECIモデルの起点は「共同化プロセス」にある 遠藤:1995年に英語版の『知識創造企業』が世に出て、翌年出版された日本語版を当時の私もむさぼり読みました。 つい最近、24年ぶりに新装版が発売されました。おめでとうございます。2020年は続編の『ワイズカンパニー』の翻訳版も出ていますから、「知識創造理論」の当たり年ですね(笑)。 野中:ありがとうございます。『知識創造企業』と『ワイズカンパニー』を一緒に読むと、前著で取り上げられた日本企業と後著のそれの顔ぶれががらりと変わっています。 前著では知識創造のメカニズム、つまり「SECI(セキ)モデル」がうまく合致する新製品開発プロセスにフォーカスしているのに対し、後著は経営全般に光を当てています。 そのため、顔ぶれが違って当然といえば当然なのですが、例えば、前著で取り上げたシャープは、後著では候補にもなりませんでした。「イノベーションを生む経営の持続力」という面で、この四半世紀、「日本企業が失ったもの」は何なのか、一度考えてみたいと思っています。 遠藤:それはとても興味深いテーマですね。ぜひ考察をお願いします。「SECIモデル」の大前提は、最初の「Sの共同化(Socialization)」、つまりは「暗黙知」を互いに共有するプロセスにあると考えてよいのでしょうか?) 野中:そのとおりです。もっと簡単に言うと、「お互いが裃を脱ぎ、向き合って共感すること」です』、「「暗黙知」を互いに共有するプロセス」とは、「お互いが裃を脱ぎ、向き合って共感すること」、なるほど。
・『「共感」は相手の行動を目にした途端「無意識に起こる」 野中:そうすると「相手の視点」に無意識に達することができ、「唯一無二のペア」になる。その結果、「相手が何か困っているなら、何とかしてやりたい」と悩むことになります。ひとしきり悩んだ後、「では一緒に解決しよう」となると、そこに「対話」が生まれます。 「思い」が「言葉」に、「暗黙知」が「形式知」に変わる。それが「Eの表出化(Externalization)」です。 次の段階として、「暗黙知」が「形式知」となり、その「形式知」と「新たな形式知」が組み合わさって、「コンセプト」や「モデル」となります。それが「Cの連結化(Combination)」で、それらを実践することで、各自が「新たな暗黙知」を獲得し身体化するのが「Iの内面化(Internalization)」です。 こうやって組織内を「SECIモデル」がぐるぐると廻っていくわけです。 遠藤:改めてそう聞くと「SECIモデル」はとても手間のかかるプロセスですね(笑)。だからこそ最初に、お互いがペアになるための「共感」が必要になるのでしょうか。 野中:それはそうかもしれません(笑)。興味深いのは、「共感」というのは、「相手の行動を目にした途端、無意識に起こる」ということです。 人間の脳には、他者の行動を外から眺めているだけで、あたかも鏡のように、その行動を自分が行っているような働きをする細胞があります。これを脳科学では「ミラーニューロン」と呼んでいます。それがあるから、2人の人間が出会ったら、すぐにシンクロナイズできるのです。 遠藤:「SECIモデル」は哲学だけではなく、脳科学も取り込んでいるということですね。 野中:そうです。その共感関係の原型は「親子関係」なのです。 赤ん坊にとっては、いま触れている肌が自分のものか母親のものか、いま聞こえた声が、自分が発したのか母親なのかが、よくわからない主客未分関係にある。そこには母親との一心同体の共感しかありません。その状態を現象学では相互主観性(が成立した状態)と呼んでいます。) 遠藤:現象学まで取り込んでしまうとは、つくづく奥が深い。私が「知識創造理論」をすごいと思うのは、世界で唯一といっていい、「組織において新しい知がつくり出されるプロセスをしっかり説明した理論」だからです。「知識社会」という言葉を発明したピーター・ドラッカーも、『知識創造理論』を「現代の名著」と絶賛していたくらいですから。 野中:ありがとうございます。 (野中郁次郎氏の略歴はリンク先参照) 遠藤:さらに言うと、2つの意味ですごいと思っています。ひとつは、「経営における『情報』と『知識』の違いを明らかにした」こと。 すごくはしょっていうと、「情報」というのは、「人間の目的や信念とは関係なく外からもたらされるもの」であるのに対し、「知識」は「目的や信念に深く関わり、人間自身が作り上げるものである」ということです。 現代の企業を制するのは「情報」よりも「知識」なんですよ。そういう意味では、「知識創造理論」は競争力の源泉となる革新、つまり、イノベーションが起こるメカニズムを説明する際にも活用できる。 野中:そのとおりですね。 遠藤:もうひとつは、その「知識」にも2種類があることを明らかにしたことです。ひとつは言語化あるいは記号化された「形式知」であり、もうひとつが言語化や記号化が困難な、その人の身体に深く根差した「暗黙知」です。その2つをもった個人が全人格的に交流しながら新たな知を紡いでいく。それが知識創造のプロセス、すなわち「SECIモデル」ということですよね。 野中:おっしゃるとおりです。「形式知」と「暗黙知」の区別は氷山で考えるとわかりやすいんです。海の上に出ていて、その正体がよく見えるのが「形式知」であり、逆に海の底に潜って見えないのが「暗黙知」なんです。暗黙知と形式知はグラデーションでつながっていますが、「暗黙知」こそが人間の創造力の源泉なのです』、「「SECIモデル」はとても手間のかかるプロセス」、「「ミラーニューロン」・・・があるから、2人の人間が出会ったら、すぐにシンクロナイズできるのです」、「「知識創造理論」をすごいと思うのは、世界で唯一といっていい、「組織において新しい知がつくり出されるプロセスをしっかり説明した理論」だから」、「暗黙知と形式知はグラデーションでつながっていますが、「暗黙知」こそが人間の創造力の源泉なのです」、なるほど。
・『知識創造が「神棚に供えられて」しまっている 遠藤:なるほど。私が最近思っているのは、この「SECIモデル」にしても、知識創造にしても、多くの日本人が日本企業の現場で日々取り組んでいることにほかならないということです。ほかの国ではなかなかそうはいかないでしょう。 知識創造が「大衆化」「民主化」されているところに日本の強みがあったはずなのに、それがどんどん薄れてきた。知識創造が神棚に供えられ、「特殊な人しか実行できない特別なもの」のように思われている。私はそこを大変残念に思っています。 野中:最初に「思いや共感ありき」ではなく「理論や分析ありき」になっているからではないでしょうか。 野中:同志社大学教授の佐藤郁哉さんが、いみじくもこう言っています。「ビジネスの現場に相当、浸透しているPDCAサイクルは、得てして『PdCaサイクル』になりがちで、『P』と『C』は大きいが、『d』と『a』は尻すぼみだ」と。 何を言いたいかというと、肝心の「実行(Do)」と「行動(Action)」がほとんど行われず、「計画(Plan)」と「検証(Check)」ばかりになってしまうというわけです。 その結果、「オーバープランニング(過剰計画)」「オーバーアナリシス(過剰分析)」「オーバーコンプライアンス(過剰規則)」という3つの過剰病にかかって、実行力が衰え、組織が弱体化しているのです。 理屈をこいている暇があったら、まずやってみる。うまくいったら儲けもの、うまくいかなかったら反省して「別の方法」を試す。何が真理かといったら、うまくいったものが真理になるのです。 遠藤:私が思うに、いい経営をしている企業は結局、「SECIモデル」を廻しているのです。しかも、それは世界中の企業に当てはまるはずです』、「知識創造が「大衆化」「民主化」されているところに日本の強みがあったはずなのに、それがどんどん薄れてきた。知識創造が神棚に供えられ、「特殊な人しか実行できない特別なもの」のように思われている。私はそこを大変残念に思っています」、「「オーバープランニング(過剰計画)」「オーバーアナリシス(過剰分析)」「オーバーコンプライアンス(過剰規則)」という3つの過剰病にかかって、実行力が衰え、組織が弱体化しているのです」、その通りなのだろう。
・『数値至上経営の「虚妄」 野中:「われ思うゆえにわれあり」と説いたデカルト以来、サイエンスは分析至上主義できました。 (遠藤功氏の略歴はリンク先参照) サイエンスは分析と不即不離の関係にあるので、仕方がありません。でも、そのサイエンスだって、最初に「分析ありき」ではないはずです。 人間には身体がありますから、物事を認識する最初のプロセスにはその身体を通した主観的な経験がくる。その主観的な経験の本質を極めていくと客観的な数値やモデルになり、それがサイエンスになる。最初に「経験ありき」で、その後に分析がくる。その順番は揺らがない。 遠藤:それが逆転しているのが、一部コンサルタントや経営学者が、アメリカの受け売りで一時盛んに唱えていた「ROE(株主資本利益率)経営」ですね。 野中:そのとおりです。ROEの値は、何の価値も生まない自社株買いや社員の解雇による経費削減でも高まります。 「ROEの値ありき」で走ると、株主しかハッピーになりませんから、「経営の持続性」が損なわれ、結局、「何のためのROEなのか」わからない。 最近はさすがに流行らなくなってきたので、「ESG(環境・社会・ガバナンス重視)経営」に乗り換える輩もいる。SDGsへの熱狂などを見ると、「バッジを付け替えればいいのか、もうやめてよ」と言いたくなります(笑)。 遠藤:情けない話ですね。 野中:最近、伊藤忠商事が企業理念を「三方よし」に変えました。清水建設は「論語と算盤」を社是にしました。日本企業は古くからSDGsに取り組んできたわけです。 それには頬かむりして、バッジ付け替え組は、さも新しい経営手法のように唱道してしまう。実に嘆かわしいことです』、「一部コンサルタントや経営学者が、アメリカの受け売りで一時盛んに唱えていた「ROE・・・経営」ですね」、「「ROEの値ありき」で走ると、株主しかハッピーになりませんから、「経営の持続性」が損なわれ、結局、「何のためのROEなのか」わからない」、「最近はさすがに流行らなくなってきたので、「ESG・・・経営」に乗り換える輩もいる」、「「バッジを付け替えればいいのか、もうやめてよ」と言いたくなります」、同感である。
先ずは、2020年5月20日付け東洋経済オンラインが掲載した:早稲田大学商学学術院教授の井上 達彦氏と早稲田大学ビジネススクール教授の 入山 章栄氏の対談「日本と「世界の経営学」がこんなにも違う理由 「大学で教える経営学」は本当に役に立つのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/346557
・『2019年末に刊行された早稲田大学の2人の経営学者の著作が話題となっている。井上達彦氏の『ゼロからつくるビジネスモデル』と、入山章栄氏の『世界標準の経営理論』だ。前者が500ページ強、後者が800ページ強ものボリュームだ。 井上氏の所属は商学部で大学生に、入山氏はビジネススクールで実務家に経営学を教えている。それぞれのフィールドも異なる。かたや日本発の経営学、入山氏はアメリカを中心とする世界の経営学だ。そんな立場が対照的な名物教授である2人が、経営学という学問が、役に立つかについて、自由に語りあった』、興味深そうだ。
・『未経験者に経営学は学べないのか? 井上:入山さんとは、アメリカにいらした頃からの知り合いです。2012年に研究休暇でアメリカに行ったときには、入山さんにナイアガラの名物レストランを案内していただいたり、ご自宅で息子の遊び相手になっていただくなど、お世話になりました。 入山:こちらこそ、いろいろお世話になっています。井上さんは今、ビジネス経験のない学部生に経営やビジネスを教えていますが、雲をつかむようなところはありませんか。 井上:確かに、経験があるほうが必要な理論や知識がわかるというアプローチもあります。現在、文科省の次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)に協力し、海外のカリキュラムにも注目しているのですが、例えば、アメリカのバブソン大学では1年目に起業を経験させますよね。実際に経験してみれば、その後の理論だとか知識の理解度が深まるという考えです。 ただし、私は未経験者に教えても意義がないとは思いません。実は、学生から「先生の話は具体的すぎて、わかりません」と言われたこともあります(笑)。まさに名言で、実務経験がないから、抽象的な話のほうがわかると言うのです。 入山:面白いですね。井上さんの『ゼロからつくるビジネスモデル』と私の本に共通するのは、具体と抽象の往復をしていることです。私の『世界標準の経営理論』では、具体感を持っている実務家向けに、経営理論という抽象を思い切り攻めています。) 例えば、私は単独企業向けの研修講師は基本的に受けていないのですが、唯一引き受けているのが、大手企業4社が合同になっての研修です。ここでは、多様な背景を持つ4社の方々に『世界標準の経営理論』の章をいくつかを読んでもらい、そこで知った経営理論をベースに業界横断で自社・他社の課題や方向性などを議論してもらいます。 業種・業界が違っても、理論をベースにして具体的な悩みごとを話し合うと、すごく盛り上がるし、すごく学びが多いんですよ。考える「軸」が共通であれば、いくらでも議論ができる。これは究極の具体と抽象の往復ですよね。その点、ビジネス経験のない学部生に抽象を説明した後で、井上さんはそれをどう具体と往復させるのですか。 井上:つねに具体を感じている学生もいます。例えば、リーダーシップのテーマであれば、サークルやゼミの体験をふまえて、あれだとピンとくる。グランドデザインなど戦略の大きなところは、それでかなり理解できます。ただし、管理会計などのお金や利益については、アルバイトの経験なども必要になってきますが。 (井上達彦氏の略歴はリンク先参照) 入山:なるほど……。経営学は結局、人間の本質を突き詰めた学問だから、ビジネスである必要はないわけですね。面白いですね。 井上:そうだと思います。それから、学生は頭が柔らかいので、たとえ話やアナロジーを使うと、直感的にわかることもありますね。 むしろビジネスパーソンは業界が違ったりすると「うちとは違う」と言って、アナロジーとして受けつけにくいことがあるかもしれません。具体を知っているからこそ、「うちとは違う」と考えがちですが、本質を理解して自分事として考えてほしいものです。 逆に、学生には自身の経験に当てはめてもらう必要があります。そこで私がよく使うのは、恋愛にたとえること。例えば、SWOT分析で自分の強みは何かと聞いたりします。 」、入山:なるほど。例えば自分の強みは、イケメンではないけれど、お金はあるとか。脅威は周りにイケメンがたくさんいる場合、とかね(笑)。 井上:そして機会は、例えばクリスマスが来ているなら、彼女が好きなのはこれだと(笑)。 入山:確かに、恋愛はわかりやすいですね(笑)』、「私は未経験者に教えても意義がないとは思いません。実は、学生から「先生の話は具体的すぎて、わかりません」と言われたこともあります(笑)。まさに名言で、実務経験がないから、抽象的な話のほうがわかると言うのです」、意外だがよく考えてみればそうなのかも知れない。
・『日本の経営学はガラパゴスか? 井上:入山さんは日本の経営学について、どんな印象を持っていますか。 入山:僕はアメリカでしか経営学の教育を受けていないので、日本の実情はそれほど詳しく知らないのですが、面白い研究をしている人は多いなと思います。 例えば、以前に井上さんの研究を紹介してもらったことがありますが、「3人1組の結束力」や「粋」の概念などを取り上げていますよね。これは、日本のコンテクストだから出てくることだと思うので、すごく面白い。 しかし残念なのは、それが海外に十分に発信されていない。もう少し日本の研究成果を海外に橋渡ししたり、つながっていけばよいと思います。私が今回の本を書いた理由の1つも、国内の経営学の研究者に読んでもらい、日本のコンテクストで自分の研究内容を理論とつなげて、情報発信する材料に使ってもらえればと思ったからなのです。 井上:世界の標準の言語、作法、スタイルなど、プロトコルに合わせて発信するのが、今後、日本の経営学がこれから目指すべきところだと私も思っています。 (入山章栄氏の略歴はリンク先参照) 入山:グローバルに見ると、経営学では標準化が進んでいます。同じ理論を使い、実証研究では、定性分析と統計解析をうまく組み合わせながら普遍的な法則を発見していく。 井上:私の印象では、アメリカを中心にするアカデミーは、標準化を進めようとしているのに対し、日本はそうではない。だから、先生の数だけ経営学がある、なんて言われますよね。 私が『ブラックスワンの経営学』を書いたのは、日本の経営学のケーススタディのやり方を海外の標準様式に合わせれば、海外のジャーナルにも掲載してもらえる可能性が出てくると思ったからです。プロトコルは世界に合わせて、問題意識はアメリカの経営学の中ではなかなか語り尽くせないところを見つけて、固有の考え方や現象を探せばよいのです。 入山:そうですね。日本で大事にされているものがあるなら、プロトコルに合わせた形でグローバルに発表できればよいでしょうね』、「アメリカを中心にするアカデミーは、標準化を進めようとしているのに対し、日本はそうではない。だから、先生の数だけ経営学がある、なんて言われますよね」、日本は皆がお山の大将なのだろうか。
・『経営という現象は理論化できるのか? 井上:ところで、私は経営理論というものが本当にあるのかと、たまに思ったりします。入山さんは理論を説明するときに「ディシプリン」という言葉を使っていますが、本をたどれば、経営理論のルーツはすべて社会科学や人文科学の理論ですよね。 入山:海外でも、経営学はセオリー・ボローイング(他分野からの借り物の理論)だと言う人がいます。というのも、経営は現象であり、やっているのは人間だから、人間の根本的な意思決定・行動原理を取り扱う心理学や経済学の考えを借りてくるからです。 私自身はそこにこだわりはなく、「経営学独自の理論でなくてもよい」と思っています。大事なのは経営学という領域の独自性ではなく、あくまで企業・組織・人の真理法則に迫ることですから。例えば、エンジニアリングは背景に物理理論、化学理論があるけれども、だからエンジニアリングに価値がないわけではない。経営学も同じです。 井上:しかし、工学部の人はそれを使って橋が作れますが、経営学では理論を知っているだけでは経営はできません。 入山:うーん、これはどうなんだろう。これは、自然科学と社会科学の違いではないでしょうか。土木は橋を作るのは物理法則が明確だから、こうなったら倒壊する、これなら絶対に大丈夫だとわかる。そういう自然科学と比べて、社会科学は人間を扱います。人間はすごくいい加減で、「絶対こうだ」と言い切れないところが難しい。 井上:普遍的かつ一般化可能な法則を求めないと、科学ではないと言われます。人間を相手にする学問で、果たして科学は成り立ちうるのかと、私はかなり疑問に思っています。) 入山:とはいえ、経済学や経営学でも、ある一定の条件だと再現可能なものはすでにかなりあります。例えば、マーケティングの世界では、データ分析をもとに、方程式を作って予測するとそれなりに当たったり、マイケル・ポーター教授のSCP理論にしても、独占に近いほうが儲かりやすいという法則性はほぼ明らかですよね。 でも、それは100%ではない。自然科学はよほどのことがない限り「外れない」のに対し、人間の科学はそれなりに外れるけれども、大まかな予測ができる。そういう感覚だと思うのです。むしろ重要なのは、とりあえず組織を作った後で、なんで自分はちゃんと組織が作れたのか、失敗したのかと、論理的に説明できることではないかとも思います。 拙著もそうなのですが、ビジネスパーソンにとって「経営理論は自分のやりたいこと、やってきたことを言語化して説明できるツール」だと思っています。 井上:振り返りができるという話ですね。ただし、研究者になろうとする大学院生を見ていて思うのは、どうでもよい細かいことで、重箱の隅をつつくような研究に入り込みやすいことです。変数を1つ加えて統計的に有意になればよいという世界で、それで説明力がどれだけ高まったかは省みられなくなる。 海外のスタイルや様式を使いつつも、問題意識の志や面白さが足りない。現実の経営では、「そこさえ押さえればいい経営ができる」というように、もっと大事なことがほかにもあると思うのです。 入山:面白いご指摘ですね。海外でもそこは問題視されているように思います。特に、「Pハッキング」と呼ばれるように、いかに統計的に有意な結果を特定の変数で出すかという姿勢がよろしくない、という流れに最近はなっています』、「どうでもよい細かいことで、重箱の隅をつつくような研究に入り込みやすいことです。変数を1つ加えて統計的に有意になればよいという世界で、それで説明力がどれだけ高まったかは省みられなくなる」、嘆かわしい傾向だ。
・『経営学は本当に役立つのか? 入山:ここまでの話の中で感じたのは、おそらく井上さんの問題意識の背景には、「経営学は実学だから、役に立たなくてはならない」という感覚があるのではないでしょうか。 井上:まさにそのとおりです。私の学部時代の指導教授の丸山康則先生は、産業心理学で博士号を取得された後、実務家として企業の研究所で鉄道事故など人の生死がかかった切実な状況で安全学を究めました。 その先生から、心理学の切り口は小刀みたいだが、経営学はそういうものではない。多様な理論がある「マネジメント・セオリー・ジャングル」の時代に、小刀を持って歩いても進めないから、あなたは大ナタをふるいなさい。もっと大きなもので切ったほうが、経営はわかってくるよ、と指摘されたのです。 入山:それは、マクロ的なことをやれという意味でしょうか。 井上:それは、大局を見る「ものの見方」という意味でのパースペクティブだと思います。そのときに引き合いに出されたのは、梅棹忠夫先生の『文明の生態史観』のような観点です。私の大学院時代の師匠の加護野忠男先生(神戸大学名誉教授)も25年前にまったく同じことをおっしゃっていて、驚かされました。「ものの見方」や「考える軸」という話をして、テクニカルなことは、大学で学ぶビジネスパーソンに必要ではない。考えるときの軸が必要だ、と。現象は無限にあっても、軸の数は少なくても間に合います。) 入山:おっしゃるとおりで、「考える軸」を持つことは大切ですよね。僕も『世界標準の経営理論』でさんざん「思考の軸」と書いていますし、とても共感します。 一方で、あえて議論のためにスタンスを取るとすれば、経営学をピュアに学問だとすると、「学問なのだから、重要なのは『知』を膨らませることであって、別に実社会に役に立たなくたってよいではないか」という考え方もあるのではないでしょうか。 例えば私が今、研究しているのは、インド企業と中国企業のどちらがどういう条件で賄賂をするかというもの。これはおそらく実社会には1ミリも役に立ちません(笑)』、なるほど。
・『「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルか? 井上:そうでもないと思いますが。入山さんは知的好奇心から研究するとしても、それをほかの人が面白いと思えば、きっと役に立ちます。 入山:井上さんはいい方だから、ポジティブに見ていただければそうですね。問題はその「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルかどうか。 ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生が、取材であなたの研究は役に立つのかと聞かれて、「役に立つ必要があるの?」とあっさり答えられたというエピソードがあります。ここは重要なポイントで、素粒子衝突実験装置のリニアコライダーを国家レベルで巨額の費用をかけて作っても、当面は役に立たない。 これは企業のイノベーション施策と似たところがあり、「業務に直結」と言い出した途端に、斬新なアイデアが生まれなくなる傾向があると思います。でも、素粒子衝突にしても何にしても、長い目で見ると、結果的にそういう役に立っていないように見えたものの蓄積の一部が世の中で役に立つ可能性がある。 そう考えると、私の経営学へのスタンスは純粋に好奇心から組織や人間の行動を説明したい、というものです。しかも私はデータ解析が好きなので、それをデータで検証していけばよい、という入り方です。「役に立つ研究をやる」ことに自分の興味はありません。 他方で、先人たちの教えの中で役に立ったり、思考の軸になるかもしれないものが、経営理論としてそれなりに普遍化されつつあるのも事実。「興味のあるビジネスパーソンは、それを思考の軸にしてみてください」というスタンスで書いたのが、今回の本なのです。 井上:入山さんはご自身の研究と、一般向けの書籍の執筆などを分けて考えていらっしゃるわけですね。普通は研究結果を社会に発信しようとするのです。入山さんはせっかく関心を持って世界水準の研究もたくさんされているのに、そこでわかったことを人に伝えたくならないのでしょうか。 入山:まず、自分の研究結果は、あくまで1個の研究から得られたものにすぎませんので、それがどのくらい普遍性があるかの保証が十分ではありません。ですから、自分の研究そのものを「役に立つ」と見せかけて一般の方に伝えるスタンスは取らないようにしています。自分の研究は、同業の研究者の人たちに「面白い」と思ってもらえばいい。 とはいえ確かに、自分の興味があることを解明し、それを伝えることは根本的に好きですね。しかし、それは雑誌の連載でも、ラジオでも何でもいいですね。 井上:私の場合は、「役に立ちそうです」と言われるほうがむちゃくちゃうれしいです。だから、「役に立ちそうだ」という雰囲気で話を聞いてくれるほうが燃えるし、もっとそういうものを提供しようと思います。この書籍を書くための取材でも、それが原動力となりました。 入山:この2人のスタンスの違いも面白いですね』、「「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルか?」、での「2人のスタンスの違い」は確かに面白い。
次に、この続きを2000年5月20東日付け東洋経済オンライン「世界の経営理論に「ビジネスモデル」がない理由 持続的繁栄には「センスメイキング」が不可欠」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/346559
・『2019年末に刊行された早稲田大学の2人の経営学者の著作が話題となっている。井上達彦氏の『ゼロからつくるビジネスモデル』と、入山章栄氏の『世界標準の経営理論』だ。前者が500ページ強、後者が800ページ強ものボリュームだ。 井上氏の所属は商学部で大学生に、入山氏はビジネススクールで実務家に経営学を教えている。それぞれのフィールドも異なる。かたや日本発の経営学、入山氏はアメリカを中心とする世界の経営学だ。前回に続いて、そんな立場が対照的な名物教授である2人が、「ビジネスモデル」の研究と実践について、自由に語りあった』、興味深そうだ。
・『なぜビジネスモデルは科学との相性が悪いのか? 入山:私は井上さんの新著『ゼロからつくるビジネスモデル』にすごく関心があるんです。なぜなら、海外の経営学では、トップジャーナル(学術誌)に「ビジネスモデル」をテーマにした研究が載ることはほとんどありません。 なぜかというと、私の理解では、ビジネスモデルとエコシステムは、既存の経営学で扱いづらいから。両方ともフワッとしていて、いろんな要素があり、全体性が重要になってくる。 現代の科学は要素還元主義なので、分解して、分解して細かいメカニズムを解き明かす傾向にあります。経営学もそう。細かいメカニズムを解明し、それが積み上がっていくと全体が説明できるだろうと考える。しかし、現実はそう簡単ではない。だから、もともと「全体」を説明しようとするビジネスモデルとは相性がよくないのです。 かといって、海外の経営学者はビジネスモデルに興味がないというと、まったくそうではありません。学会でビジネスモデルのセッションを開くと、大勢の人が集まりますから。その意味でいうと、実務には絶対に意味がありそうだけど、科学的には捉えづらいビジネスモデルというテーマで本を書かれたところは、井上さんっぽいですね。 井上:私は基本的な姿勢として、経営学者は役に立ってなんぼだと思っています。要素に還元できるもの、科学で語りやすいものだけを語って、経営のためになるかというと、決してそんなことはない。むしろ、経営は総合だと思います。 私の師匠の加護野忠男先生(神戸大学名誉教授)も伊丹敬之先生(国際大学学長、一橋大学名誉教授)も『ゼミナール経営学入門』の中で、「経営の神髄は矛盾のマネジメントだ」と書いています。 矛盾というのは、複数の要素があり、ここの組織を正常化すれば、別のところで別の問題が起きるからです。そして、これに絶えず直面するのが経営者だ、と。だから経営者は複数の視点から同じ現象に切り込んで、総合的に判断しなければならないというのです。 入山:私も、そのとおりだと思います。 井上:それを特に強く感じたエピソードがあって。以前、私が広島大学で社会人教育を行っていたときに、子会社を垂直統合するのか、自由に活動できるよう独立させるかを考えるケースをつくりました。 (井上達彦氏の略歴はリンク先参照) 取引コストの観点でどう判断すべきかという問いを立てたので、学生たちはコストや情報の非対称性を中心に議論しましたが、終盤で実際に会社を経営している受講生が「これはこうすべきだ」と指摘したのです。多面的な視点で問題を捉えていたので、すごく説得力があり、みんなも納得しました。 ビジネスモデルもそれと同じで、事業の仕組みとか、収益をあげる仕組みを議論するなら、多面的に見ればいい。1つのディシプリンや構成概念で定義するのではなく、戦略、製品開発、イノベーションと同じような形で見ていけば、何とかなるのではないかと私は思っています。 例えば、起業家がどうやって発想しながら、ビジネスを起こすのか。異業種の例を参照しながらつくっていることがわかれば、事業創造にはそういう方法があるとわかる。そういう努力を積み重ねれば、ビジネスモデルとしての研究は十分に成り立ちます。 入山:そういう意味では、たぶん私の『世界標準の経営理論』が目指しているところも同じですね。特定の理論だけを見るのは学者の仕事なので、学問としてはそれでいいのですが、実務は多面的に見る必要がある。 だからビジネスパーソンは特定の事象でも、経済学ディシプリン、心理学ディシプリン、社会学ディシプリンの理論を総合的に踏まえて、全体で考え、意思決定しないといけない』、「私は基本的な姿勢として・・・要素に還元できるもの、科学で語りやすいものだけを語って、経営のためになるかというと、決してそんなことはない。むしろ、経営は総合だと思います」、「実務は多面的に見る必要がある。 だからビジネスパーソンは特定の事象でも、経済学ディシプリン、心理学ディシプリン、社会学ディシプリンの理論を総合的に踏まえて、全体で考え、意思決定しないといけない」、「ビジネスパーソン」の方が大変なようにも思える。
・『ビジネスモデルは卵か鶏か? 入山:例えばアメリカのウォルマートのビジネスモデルは非常によくできたものですが、それは事後的にそう見えるだけで、現実には、いろんな企業のアイデアを模倣していくうちに、結果的にできあがったものと言われています。 そういうビジネスモデルのつくり方のほうが役に立つのか。それとも、模範的なビジネスモデルを置いて、この部分はこのメカニズムを入れようとか、演繹的に考えるべきなのか。井上さんはどうお考えでしょうか。) 井上:日本の経営学では、以前に「ビジネスシステム」という言葉がありました。ほぼビジネスモデルと同じことですが、結果として生み出された仕組みを指します。それに対して、「ビジネスモデル」は型であり、木の幹に当たります。こういう儲け方をしたらいいな、こういうカスタマー・セグメントにこんな価値提案をして、こういうリソースを使ったらいいなと、枝葉をつけていく。 したがって、経営者は枝葉のないビジネスモデルを参照するのですが、現実はそのとおりにいかないので、創発的に元々の木がすごく複雑に茂ったビジネスシステムができあがるのです。 持続的競争優位を説明するときは、ウォルマートの仕組みの枝葉の茂った部分まで注目して、ここに複雑性や模倣困難性があると見ていく。でも、つくるときには、そんな複雑な部分まで真似できないので、型としてのビジネスモデルが大事だと分けて考えていくと、かなり整理できます。 入山:へえ、そういう型みたいなものがあるのですね。 井上:例えば、広告モデル、マッチングモデル、フリーミアムモデルなどです。30~40の型があるとする書籍もあれば、私たちみたいに、具体と抽象の往復運動しながら、自分で型をつくらないとうまく使えないというスタンスもあります。 型だけあってもつくれないので、「あのビジネスはいい」と思えるお手本を自分で抽象化し、適用してみる。その往復運動をするうちに、本当にいいものになっていくのだと思います』、「「あのビジネスはいい」と思えるお手本を自分で抽象化し、適用してみる。その往復運動をするうちに、本当にいいものになっていくのだと思います」、ずいぶん大変なようだ。
・『引用する言葉によるアプローチの違い 入山章栄氏の略歴はリンク先参照) 入山:基本的に本の内容を鵜呑みにするよりは、それを前提にもっと考えてもらいたい、と。それは私の本でも同じです。 井上:そうですね。しかし、私はそれを学術の言葉を使わずにやりたいのです。「日常の理論」と言ったりしますが、本でもなるべく現場の人たちが使っている言葉を引用するようにしました。 もちろん、標準の言葉を使ったほうがいい場合もあるのですが、例えばデザイン・シンキングの話をするときには、学問の言葉よりも、デザイナーたちが普段使っている言葉遣いのほうが腹落ち感、納得感があり、脈絡や歴史も拾ってこられる。だから、一見するとすごく学術っぽくならない。 入山:私の本は逆で、むしろアカデミックな言葉をわかりやすく使って説明しようとしています。アカデミックな理論をそのまま知って読者に納得してもらうことで、思考の軸にしてもらいたい。 井上さんはダイレクトに「役に立つ」ことに関心があるから、現場の言葉に落として伝えていく。私は「思考の軸」としての腹落ちにまずは関心があるから、理論をそのまま解説する。私と井上さんで目指していることは近くても、アプローチが違うところは面白いですね。 入山:いろいろな企業を見てくる中で、「このビジネスモデルは面白い」と思ったものはありますか。 井上:やはり公文教育研究会のモデルでしょうか。イギリスのソーシャル・インパクト・ボンドの調査を行い、そこから認知症患者の学習療法に応用して展開するなど、面白いですね。それに、すぐに儲けようと短絡的な考え方をしていない。 ビジネスモデルを設計しようとする中間管理職は、収益モデルばかりにこだわりますが、それではお客さんは誰か、どんな価値を提供するのかという点を忘れてしまう。 その点、公文のグローバル化を進めてきた歴代の社長も、スノーピークの山井太社長も、自分の実現したい世界を実現させるために一生懸命やってきたら、こういう仕組みができていたという展開になっています。 入山:いい会社のいい経営者はたいてい、長期目線で社会にどう影響を与えるかをつねに考えていますよね。私の本で紹介しているのが「センスメイキング」の理論です。 実は、イノベーションに関する講演をするときに、私はいつも「最も日本に足りていないのがセンスメイキングです」と話しています。目先で考えると収益に向かい、いわゆる経営学で言う「Exploitation(深化)」になる。「Exploration(探索)」を続けるには、会社の長期の方向感について腹落ちすることが重要です。 井上:長期的に繁栄する仕組みをつくろうと思ったときの発想や考え方として、すごくこだわる準拠点を意識して、理念をしっかりと持てば、自然にできあがっていきますよね。ビジネスモデルづくりは一朝一夕にはできなくて、持続的に収益を上げる仕組みとなると10年がかりだったりします。そこに一貫性を持たせるのが理念ではないでしょうか」、「井上さんはダイレクトに「役に立つ」ことに関心があるから、現場の言葉に落として伝えていく。私は「思考の軸」としての腹落ちにまずは関心があるから、理論をそのまま解説する。私と井上さんで目指していることは近くても、アプローチが違うところは面白いですね」、学者による「アプローチ」の違いが理解できた。
・『グローバル企業が用いる腹落ちの仕組み 入山:日本でファミリービジネスが強いのは、経営者が方向感について腹落ちがあるからだと思います。いい経営者は30年くらい先のことまでを見て、会社の方向感に自分が腹落ちしています。 しかも、ファミリー企業の場合は、経営者があっちへ行けと言えば、みんながそっちへ動く。だから、長い目で見ると業績もいいというのが、私の理解です。その一方で、日本の同族企業の弱点は、この作業を経営者1人が自分だけの脳内でやっていること。自分は腹落ちしていても、引退した後、たぶんその腹落ちが会社に残らないことも多い。 では、優れたグローバル企業はどうしているかというと、それを仕組みで入れています。例えばデュポンには100年委員会とでもいうべきものがあり、経営幹部が年に1度集まって、専門家も呼んで100年後の未来を死ぬ気で考えて、腹落ちさせるプロセスを実施しています。シーメンスもメガトレンドとして30年先について考えています。 日本企業が「青臭い」とバカにするような会社の方向性やビジョンの腹落ちの刷り込みを、実は優れたグローバル企業は一番大事にしている。そこが日本企業との決定的な違いだと思います。) 井上:そういう腹落ち感でいうと、私の本で紹介したスノーピークの社員はみんなキャンパーなので、キャンプの価値観、自然に対する向き合い方、必要な準備がわかっていて、だから経営ではこれが必要だという考え方をします。社内の雰囲気はいいし、一丸となっている空気があって、面白いですよ。 入山:そういうのが前提にあり、結果的にみんなの方向が揃っているから、気づいたらたぶんビジネスモデルも、一見突飛なように見えるけど、面白い仕組みが出てくるのでしょうね。 井上:理念や仕組みで維持しようとする場合、少数の細かいルールで縛っても、仕組みはいい感じで進化していかないように思います。官僚制がどんどんできていくばかりで。「これだけは守る」という基本原則や、経営者が日々語っている一言のほうが重要です。 例えば、京都では歴史的に、絶対に競争してはいけない、地域に迷惑をかけてはいけないという不文律があり、それが棲み分けにつながり、新しいものをつくろうというチャレンジ精神を育んだと言われています。だから、仕組みづくりのためのプロセス、ルールは面白いと思います。 入山:本当に重要なことですよね。特に日本では、そういうものが現場レベルではあっても、会社の理念になると方向感の腹落ちがすごく弱く、すぐに目先の収益の話になってしまう企業も多い。 ビジネスモデルを考えるときも、どうやってお金を落としてもらえるかではなく、そもそもどうしたらこのビジネスモデルで、経営理念でいう社会問題を解決できるのかを考えることが必要なのでしょうね。まさに自らのビジネスの意味づけ、センスメイキングをすることが大切だということでしょう』、「京都では歴史的に、絶対に競争してはいけない、地域に迷惑をかけてはいけないという不文律があり、それが棲み分けにつながり、新しいものをつくろうというチャレンジ精神を育んだと言われています」、しかし、「日本では、そういうものが現場レベルではあっても、会社の理念になると方向感の腹落ちがすごく弱く、すぐに目先の収益の話になってしまう企業も多い」、なるほど。
・『「センスメイキング」×「ビジネスモデル」 井上:ビジネスモデルは価値の創造と獲得です。相手にもメリットを与えて、こちらもメリットを得て永続する。これは誘因と貢献で、本当は協力し合えないようなパートナーや取引先と一緒に価値を生み出して大きなことをやろうという、マネジメントの基本です。そう考えていくと、入山さんの言うセンスメイキングの話にもつながりますね。 継続的に儲けるための仕組みづくりの大事なキーワードとして、出てくるのがセンスメイキング。収益モデルの設計というのは、ある意味で技術ではあるけれど、理念なき技術は危ういとも言われます。入山さんの本の第23章(センスメイキング理論)をもう一度読み直しますね。 入山:ありがとうございます(笑)。 井上:入山先生の本でセンスメイキングを読んだ後で、私の本でスノーピークのビジネスモデルを読んでもらうとよいかもしれません。そして、「自分にとってビジネスモデルは何か」と問いかけてみる。 入山:自分の夢や願いを全うするという意志は、日本の会社に足りないですよね。井上さんの本の中でそういう話が出てくるのは第3章、意志の話は第12章。となれば、私の推奨としては、井上さんの本は第1章から読むよりも、まず第3章「ビジネスモデルを学ぶ意義」を読むのがいい読み方かも。 井上:2冊をセットで読み比べて、具体と抽象を行き来させるとよいのかもしれません。合わせると1300ページになってしまいますが(笑)、私も読み直してみます』、「自分の夢や願いを全うするという意志は、日本の会社に足りない」、なんでなのだろう。もっとも、「1300ページ」もある原典を読む気は起きないが・・・。
第三に、本年1月28日付け東洋経済オンラインが掲載した 一橋大学名誉教授の野中 郁次郎氏とシナ・コーポレーション代表取締役の 遠藤 功氏の対談「知識創造理論が「ビジネス最強の武器」になる訳 四半世紀で「日本企業が失ったもの」は何か」を紹介しよう。
・『『現場力を鍛える』『見える化』など数多くの著作があり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏。遠藤氏が緊急出版した『コロナ後に生き残る会社食える仕事稼げる働き方』はいまも反響が大きい。 わずか半年ほどで世界を震撼させ、経済活動や社会活動をいっきに停滞させ、世界中の人々の生活をどん底に陥れた「コロナ・ショック」。2020年は「コロナ・ショック」で経済的な側面だけでなく、日本人の価値観や働き方も大きく変わっていったが、2021年もその変化は続いている。 このたび『ワイズカンパニー』『知識創造企業新装版』を上梓した一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏と遠藤氏が対談を行った。これからは「『知識創造理論』はビジネス最強の武器になる」という。その理由について両氏が語る。※対談第1回、第2回』、興味深そうだ。
・『SECIモデルの起点は「共同化プロセス」にある 遠藤:1995年に英語版の『知識創造企業』が世に出て、翌年出版された日本語版を当時の私もむさぼり読みました。 つい最近、24年ぶりに新装版が発売されました。おめでとうございます。2020年は続編の『ワイズカンパニー』の翻訳版も出ていますから、「知識創造理論」の当たり年ですね(笑)。 野中:ありがとうございます。『知識創造企業』と『ワイズカンパニー』を一緒に読むと、前著で取り上げられた日本企業と後著のそれの顔ぶれががらりと変わっています。 前著では知識創造のメカニズム、つまり「SECI(セキ)モデル」がうまく合致する新製品開発プロセスにフォーカスしているのに対し、後著は経営全般に光を当てています。 そのため、顔ぶれが違って当然といえば当然なのですが、例えば、前著で取り上げたシャープは、後著では候補にもなりませんでした。「イノベーションを生む経営の持続力」という面で、この四半世紀、「日本企業が失ったもの」は何なのか、一度考えてみたいと思っています。 遠藤:それはとても興味深いテーマですね。ぜひ考察をお願いします。「SECIモデル」の大前提は、最初の「Sの共同化(Socialization)」、つまりは「暗黙知」を互いに共有するプロセスにあると考えてよいのでしょうか?) 野中:そのとおりです。もっと簡単に言うと、「お互いが裃を脱ぎ、向き合って共感すること」です』、「「暗黙知」を互いに共有するプロセス」とは、「お互いが裃を脱ぎ、向き合って共感すること」、なるほど。
・『「共感」は相手の行動を目にした途端「無意識に起こる」 野中:そうすると「相手の視点」に無意識に達することができ、「唯一無二のペア」になる。その結果、「相手が何か困っているなら、何とかしてやりたい」と悩むことになります。ひとしきり悩んだ後、「では一緒に解決しよう」となると、そこに「対話」が生まれます。 「思い」が「言葉」に、「暗黙知」が「形式知」に変わる。それが「Eの表出化(Externalization)」です。 次の段階として、「暗黙知」が「形式知」となり、その「形式知」と「新たな形式知」が組み合わさって、「コンセプト」や「モデル」となります。それが「Cの連結化(Combination)」で、それらを実践することで、各自が「新たな暗黙知」を獲得し身体化するのが「Iの内面化(Internalization)」です。 こうやって組織内を「SECIモデル」がぐるぐると廻っていくわけです。 遠藤:改めてそう聞くと「SECIモデル」はとても手間のかかるプロセスですね(笑)。だからこそ最初に、お互いがペアになるための「共感」が必要になるのでしょうか。 野中:それはそうかもしれません(笑)。興味深いのは、「共感」というのは、「相手の行動を目にした途端、無意識に起こる」ということです。 人間の脳には、他者の行動を外から眺めているだけで、あたかも鏡のように、その行動を自分が行っているような働きをする細胞があります。これを脳科学では「ミラーニューロン」と呼んでいます。それがあるから、2人の人間が出会ったら、すぐにシンクロナイズできるのです。 遠藤:「SECIモデル」は哲学だけではなく、脳科学も取り込んでいるということですね。 野中:そうです。その共感関係の原型は「親子関係」なのです。 赤ん坊にとっては、いま触れている肌が自分のものか母親のものか、いま聞こえた声が、自分が発したのか母親なのかが、よくわからない主客未分関係にある。そこには母親との一心同体の共感しかありません。その状態を現象学では相互主観性(が成立した状態)と呼んでいます。) 遠藤:現象学まで取り込んでしまうとは、つくづく奥が深い。私が「知識創造理論」をすごいと思うのは、世界で唯一といっていい、「組織において新しい知がつくり出されるプロセスをしっかり説明した理論」だからです。「知識社会」という言葉を発明したピーター・ドラッカーも、『知識創造理論』を「現代の名著」と絶賛していたくらいですから。 野中:ありがとうございます。 (野中郁次郎氏の略歴はリンク先参照) 遠藤:さらに言うと、2つの意味ですごいと思っています。ひとつは、「経営における『情報』と『知識』の違いを明らかにした」こと。 すごくはしょっていうと、「情報」というのは、「人間の目的や信念とは関係なく外からもたらされるもの」であるのに対し、「知識」は「目的や信念に深く関わり、人間自身が作り上げるものである」ということです。 現代の企業を制するのは「情報」よりも「知識」なんですよ。そういう意味では、「知識創造理論」は競争力の源泉となる革新、つまり、イノベーションが起こるメカニズムを説明する際にも活用できる。 野中:そのとおりですね。 遠藤:もうひとつは、その「知識」にも2種類があることを明らかにしたことです。ひとつは言語化あるいは記号化された「形式知」であり、もうひとつが言語化や記号化が困難な、その人の身体に深く根差した「暗黙知」です。その2つをもった個人が全人格的に交流しながら新たな知を紡いでいく。それが知識創造のプロセス、すなわち「SECIモデル」ということですよね。 野中:おっしゃるとおりです。「形式知」と「暗黙知」の区別は氷山で考えるとわかりやすいんです。海の上に出ていて、その正体がよく見えるのが「形式知」であり、逆に海の底に潜って見えないのが「暗黙知」なんです。暗黙知と形式知はグラデーションでつながっていますが、「暗黙知」こそが人間の創造力の源泉なのです』、「「SECIモデル」はとても手間のかかるプロセス」、「「ミラーニューロン」・・・があるから、2人の人間が出会ったら、すぐにシンクロナイズできるのです」、「「知識創造理論」をすごいと思うのは、世界で唯一といっていい、「組織において新しい知がつくり出されるプロセスをしっかり説明した理論」だから」、「暗黙知と形式知はグラデーションでつながっていますが、「暗黙知」こそが人間の創造力の源泉なのです」、なるほど。
・『知識創造が「神棚に供えられて」しまっている 遠藤:なるほど。私が最近思っているのは、この「SECIモデル」にしても、知識創造にしても、多くの日本人が日本企業の現場で日々取り組んでいることにほかならないということです。ほかの国ではなかなかそうはいかないでしょう。 知識創造が「大衆化」「民主化」されているところに日本の強みがあったはずなのに、それがどんどん薄れてきた。知識創造が神棚に供えられ、「特殊な人しか実行できない特別なもの」のように思われている。私はそこを大変残念に思っています。 野中:最初に「思いや共感ありき」ではなく「理論や分析ありき」になっているからではないでしょうか。 野中:同志社大学教授の佐藤郁哉さんが、いみじくもこう言っています。「ビジネスの現場に相当、浸透しているPDCAサイクルは、得てして『PdCaサイクル』になりがちで、『P』と『C』は大きいが、『d』と『a』は尻すぼみだ」と。 何を言いたいかというと、肝心の「実行(Do)」と「行動(Action)」がほとんど行われず、「計画(Plan)」と「検証(Check)」ばかりになってしまうというわけです。 その結果、「オーバープランニング(過剰計画)」「オーバーアナリシス(過剰分析)」「オーバーコンプライアンス(過剰規則)」という3つの過剰病にかかって、実行力が衰え、組織が弱体化しているのです。 理屈をこいている暇があったら、まずやってみる。うまくいったら儲けもの、うまくいかなかったら反省して「別の方法」を試す。何が真理かといったら、うまくいったものが真理になるのです。 遠藤:私が思うに、いい経営をしている企業は結局、「SECIモデル」を廻しているのです。しかも、それは世界中の企業に当てはまるはずです』、「知識創造が「大衆化」「民主化」されているところに日本の強みがあったはずなのに、それがどんどん薄れてきた。知識創造が神棚に供えられ、「特殊な人しか実行できない特別なもの」のように思われている。私はそこを大変残念に思っています」、「「オーバープランニング(過剰計画)」「オーバーアナリシス(過剰分析)」「オーバーコンプライアンス(過剰規則)」という3つの過剰病にかかって、実行力が衰え、組織が弱体化しているのです」、その通りなのだろう。
・『数値至上経営の「虚妄」 野中:「われ思うゆえにわれあり」と説いたデカルト以来、サイエンスは分析至上主義できました。 (遠藤功氏の略歴はリンク先参照) サイエンスは分析と不即不離の関係にあるので、仕方がありません。でも、そのサイエンスだって、最初に「分析ありき」ではないはずです。 人間には身体がありますから、物事を認識する最初のプロセスにはその身体を通した主観的な経験がくる。その主観的な経験の本質を極めていくと客観的な数値やモデルになり、それがサイエンスになる。最初に「経験ありき」で、その後に分析がくる。その順番は揺らがない。 遠藤:それが逆転しているのが、一部コンサルタントや経営学者が、アメリカの受け売りで一時盛んに唱えていた「ROE(株主資本利益率)経営」ですね。 野中:そのとおりです。ROEの値は、何の価値も生まない自社株買いや社員の解雇による経費削減でも高まります。 「ROEの値ありき」で走ると、株主しかハッピーになりませんから、「経営の持続性」が損なわれ、結局、「何のためのROEなのか」わからない。 最近はさすがに流行らなくなってきたので、「ESG(環境・社会・ガバナンス重視)経営」に乗り換える輩もいる。SDGsへの熱狂などを見ると、「バッジを付け替えればいいのか、もうやめてよ」と言いたくなります(笑)。 遠藤:情けない話ですね。 野中:最近、伊藤忠商事が企業理念を「三方よし」に変えました。清水建設は「論語と算盤」を社是にしました。日本企業は古くからSDGsに取り組んできたわけです。 それには頬かむりして、バッジ付け替え組は、さも新しい経営手法のように唱道してしまう。実に嘆かわしいことです』、「一部コンサルタントや経営学者が、アメリカの受け売りで一時盛んに唱えていた「ROE・・・経営」ですね」、「「ROEの値ありき」で走ると、株主しかハッピーになりませんから、「経営の持続性」が損なわれ、結局、「何のためのROEなのか」わからない」、「最近はさすがに流行らなくなってきたので、「ESG・・・経営」に乗り換える輩もいる」、「「バッジを付け替えればいいのか、もうやめてよ」と言いたくなります」、同感である。
タグ:経営学 「私は未経験者に教えても意義がないとは思いません。実は、学生から「先生の話は具体的すぎて、わかりません」と言われたこともあります(笑)。まさに名言で、実務経験がないから、抽象的な話のほうがわかると言うのです」、意外だがよく考えてみればそうなのかも知れない。 遠藤 功 「一部コンサルタントや経営学者が、アメリカの受け売りで一時盛んに唱えていた「ROE・・・経営」ですね」、「「ROEの値ありき」で走ると、株主しかハッピーになりませんから、「経営の持続性」が損なわれ、結局、「何のためのROEなのか」わからない」、「最近はさすがに流行らなくなってきたので、「ESG・・・経営」に乗り換える輩もいる」、「「バッジを付け替えればいいのか、もうやめてよ」と言いたくなります」、同感である。 「「SECIモデル」はとても手間のかかるプロセス」、「「ミラーニューロン」・・・があるから、2人の人間が出会ったら、すぐにシンクロナイズできるのです」、「「知識創造理論」をすごいと思うのは、世界で唯一といっていい、「組織において新しい知がつくり出されるプロセスをしっかり説明した理論」だから」、「暗黙知と形式知はグラデーションでつながっていますが、「暗黙知」こそが人間の創造力の源泉なのです」、なるほど。 「「暗黙知」を互いに共有するプロセス」とは、「お互いが裃を脱ぎ、向き合って共感すること」、なるほど。 「知識創造が「大衆化」「民主化」されているところに日本の強みがあったはずなのに、それがどんどん薄れてきた。知識創造が神棚に供えられ、「特殊な人しか実行できない特別なもの」のように思われている。私はそこを大変残念に思っています」、「「オーバープランニング(過剰計画)」「オーバーアナリシス(過剰分析)」「オーバーコンプライアンス(過剰規則)」という3つの過剰病にかかって、実行力が衰え、組織が弱体化しているのです」、その通りなのだろう。 「知識創造理論が「ビジネス最強の武器」になる訳 四半世紀で「日本企業が失ったもの」は何か」 「どうでもよい細かいことで、重箱の隅をつつくような研究に入り込みやすいことです。変数を1つ加えて統計的に有意になればよいという世界で、それで説明力がどれだけ高まったかは省みられなくなる」、嘆かわしい傾向だ。 「アメリカを中心にするアカデミーは、標準化を進めようとしているのに対し、日本はそうではない。だから、先生の数だけ経営学がある、なんて言われますよね」、日本は皆がお山の大将なのだろうか。 「日本と「世界の経営学」がこんなにも違う理由 「大学で教える経営学」は本当に役に立つのか」 東洋経済オンライン 入山 章栄 野中 郁次郎 「自分の夢や願いを全うするという意志は、日本の会社に足りない」、なんでなのだろう。もっとも、「1300ページ」もある原典を読む気は起きないが・・・。 「京都では歴史的に、絶対に競争してはいけない、地域に迷惑をかけてはいけないという不文律があり、それが棲み分けにつながり、新しいものをつくろうというチャレンジ精神を育んだと言われています」、しかし、「日本では、そういうものが現場レベルではあっても、会社の理念になると方向感の腹落ちがすごく弱く、すぐに目先の収益の話になってしまう企業も多い」、なるほど。 「井上さんはダイレクトに「役に立つ」ことに関心があるから、現場の言葉に落として伝えていく。私は「思考の軸」としての腹落ちにまずは関心があるから、理論をそのまま解説する。私と井上さんで目指していることは近くても、アプローチが違うところは面白いですね」、学者による「アプローチ」の違いが理解できた。 「「あのビジネスはいい」と思えるお手本を自分で抽象化し、適用してみる。その往復運動をするうちに、本当にいいものになっていくのだと思います」、ずいぶん大変なようだ。 「私は基本的な姿勢として・・・要素に還元できるもの、科学で語りやすいものだけを語って、経営のためになるかというと、決してそんなことはない。むしろ、経営は総合だと思います」、「実務は多面的に見る必要がある。 だからビジネスパーソンは特定の事象でも、経済学ディシプリン、心理学ディシプリン、社会学ディシプリンの理論を総合的に踏まえて、全体で考え、意思決定しないといけない」、「ビジネスパーソン」の方が大変なようにも思える。 東洋経済オンライン「世界の経営理論に「ビジネスモデル」がない理由 持続的繁栄には「センスメイキング」が不可欠」 「「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルか?」、での「2人のスタンスの違い」は確かに面白い。 井上 達彦 (その1)(日本と「世界の経営学」がこんなにも違う理由 「大学で教える経営学」は本当に役に立つのか、世界の経営理論に「ビジネスモデル」がない理由 持続的繁栄には「センスメイキング」が不可欠、知識創造理論が「ビジネス最強の武器」になる訳 四半世紀で「日本企業が失ったもの」は何か)
幸福(その4)(ちきりん:承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(前篇)、(中篇)、(後編)) [人生]
幸福については、昨年9月26日に取上げた。今日は、(その4)(ちきりん:承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(前篇)(中篇、(後編))である。
先ずは、本年2月16日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した社会派ブロガーのちきりんさんによる「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(前篇)」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/296428
・『社会派ブロガー・ちきりんさんの最新刊『自分の意見で生きていこう』が、発売直後から反響を呼んでいます。特に読者の感想として目立つのが、「承認欲求と意見の関係」を説明する一節についてです。今回より3回に分けて、その該当部分を一部編集し公開します。(この記事は3回シリーズの前篇です。続きはこちら) 「承認欲求」という言葉を、よく聞くようになりました。「自分という人間の存在を認めてほしい」という気持ちを表す言葉ですが、もう少し正確にいうと「他の人とは違う、自分というオリジナルな人格を認めてほしい」ということです。 承認欲求自体は誰にでもある自然な気持ちですが、実はそれを得るために不可欠なのが「自分の意見をもつこと」だというのは、あまり認識されていません。 そこでここからは、承認欲求と自分の意見がどのように関係しているのか、考えていきます』、興味深そうだ。
・『● 自分はどんな人間? みなさんが誰か知り合いについて「あの人はどんな人か?」と問われたら、どのように答えるでしょう? ほとんどの場合は性別や年齢、知っていれば職業や肩書きを使って、その人がどのような人か、説明しますよね。 たとえば、「80代の男性で、昔は大企業に勤めていたけど、もうずっと前に定年退職したらしい」とか「子どもがふたりいる専業主婦みたいよ。40代くらいじゃないかな」「彼女は大学生だよ。まだ20歳くらいじゃない?」といったぐあいです。 でもこういった説明は、「その人がどんな人か」をどれほど表しているでしょう? 大企業を定年退職した80代の男性も、ふたりの子どもがいる40代の専業主婦も、20歳くらいの女子学生も、何万人も存在しています。 周りから「20歳くらいの女子学生ってこんな感じなんでしょ? あなたもそうなんですよね?」と言われて素直に肯定できる人、嬉しい人はどれくらいいるでしょう? 大半の人は「女子学生といってもいろんな人がいて、ひとりひとりまったく違うんですよ!」と反発したくなるのではないでしょうか。 承認欲求とはまさにそういう気持ちのことです。誰だって「年代と性別だけで十把一絡げにしてほしくない」と思うものです。つまり私たちは「あなたは20代の女性ですよね」とか「40代の会社員の男性ですよね」などと認知されることを求めているわけではありません。 そうではなく、私たちが承認されたいと求めているのは「他の誰とも異なる個としての自分」なのです』、確かに究極の「個としての自分」を求めているようだ。
・『● 外形情報と内面情報 では、「他の誰とも異なる個としての自分」を認めてもらうためにはどうすればよいのでしょう? そのために必要なのは、あなたと他の人を区別するための情報を提供することです。 そういう情報がなければ、性別や年齢、職業といった情報に頼らざるを得ず、「20代の女性」「40代の男性で会社員」といった認識しかしてもらえません。「他の人と異なる自分」を認めてもらうには、それら外形的な情報を超える、よりパーソナルな情報を提供する必要があるのです。 では、それはいったいどのような情報なのでしょう? 個人を識別する情報には大きく分けてふたつのカテゴリーがあります。ひとつは外形的な情報で、見た目に加え、学歴や職歴など、文字として記録できる情報です。 そしてもうひとつは、性格や人格といった「見た目や資料では判断できない情報」です。ここではそういった情報を「内面情報」と呼ぶことにします。 内面情報はその定義上、他者に伝えるのが簡単ではありません。見た目なら立っているだけで伝えられるし、資料でわかることなら開示するなり配るなりすればよいので簡単です。 しかし自分という人間の性格や人格を深く理解してもらおうと思えば、一定期間、同じ家で暮らすなど、それなりの時間がかかります。家族や学生時代の同級生のように、一定期間、生活空間を共有すれば、性格や人格は自然と伝わります。 しかしこれでは、自分を理解してもらうために多大な時間がかかります。というか、そんな長い時間を共有できる場所は家庭と、あとは学校か職場くらいです。「大人になると友達をつくりにくい」といわれる理由のひとつもこれでしょう。また、「仕事人間」と呼ばれた人たちが、定年後の地域コミュニティで人格さえ認識されない存在になってしまうのも、それまでの共有時間があまりに短すぎるからだと思われます。 ただし、長い時間を共有する家庭においても「親子である」とか「兄妹である」「夫婦である」といった関係性だけでは、性格や人格を深く理解し合うことは不可能です。「お互いに心を開き、相手を理解しようという意思をもって一定の時間と空間を共有する」という経験を経ないと、「自分を理解してくれる人」は手に入りません。実際、同じ家に住んでいるのに会話する機会が少なく、まったくわかり合えないままになっている親子も存在するはずです。 このように、自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり、だからこそ他者からの承認欲求を満たすのは、簡単なことではないのです』、「自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり、だからこそ他者からの承認欲求を満たすのは、簡単なことではないのです」、その通りだ。親子や夫婦の間でも「自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり」、勝手に断念しているケースが多そうだ。
この続きを、2月19日付けダイヤモンド・オンライン「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(中篇)」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/296435
・・・ 『ファンは「キャラクター」につく もうひとつ別の例で、考えてみましょう。みなさんも、テレビでしか見ることのない俳優さんについて、「この人はこんな人だ」というイメージをもつことがあると思います。そのときのイメージは、どのような情報に基づいて作られているでしょうか? まずは、見た目情報ですよね。性別や年齢、目や髪の色なども含めた容姿、身長や体重などのスタイル、さらに髪型や服装などからもイメージが形成されます。 次に経歴情報。親も俳優で二世だとか、歌舞伎界の出身だとか。俳優さんであれば、映画やドラマでの役柄や演技に関する情報もたくさん手に入ります。 では、テレビで観る俳優さんについて、私たちはこういった情報から「その人がどんな人か?」をイメージしているでしょうか? 実は視聴者の多くは、俳優さんの容姿など外形情報や、ドラマでの役どころや演技といった情報よりも、よりパーソナルな情報から会ったこともない俳優さんの人格や性格を想像しています。 具体例を挙げれば、番組宣伝のために出演したトーク番組での日常生活に関するやりとりや、バラエティ番組などで披露されたとっさのリアクションなどです。 視聴者にとってはこういった(彼らの本業とは無関係な、でも、よりパーソナルな)情報のほうが、「本人の性格」を伝える情報として大きな力をもっています。 というのも、映画やドラマで表現されるのは、あくまで「役柄」の人格であって、その俳優さんの人格ではないからです。個人としての人格を理解しようと思えば、当然に、演技をしていないときの、素の本人の情報のほうが重要になります。 今はそういった素の情報が、SNSを通じて本人から提供されるようにもなりました。しかしずっと昔から、こういった情報は各種メディアを通して、積極的に視聴者に提供されていました。 高度成長期には、銀幕のスター(映画俳優)を特集するさまざまな芸能雑誌が発売され、大変な人気でしたし、その後も、週刊誌やテレビ番組(黒柳徹子さんの『徹子の部屋』などはその典型です)を通して、俳優個人の個性は、積極的に視聴者に提供されてきたのです。 なぜなら、もし俳優さんが「若くてきれいな女優さん」とか「任侠映画で迫力抜群の男優さん」としてしか表現されなかったら、たとえ映画が大ヒットしても、その俳優さん本人に心酔するコアなファンは増えないからです。 これはなにを意味しているのでしょう? 実は、ファンというのは、決して演技や音楽性といったアーティスティックな側面だけに惹かれるわけではないのです。もちろんファンの多くはそれらをすばらしいものだと評価しています。 しかし「理屈を超えたファンだという気持ち」が生まれるのは、その俳優やミュージシャンの、より個人的な魅力に惹かれるからです。ミュージシャンのコンサートだって、音楽だけでなく、演奏の間のトークがファン形成に貢献している度合いは相当に大きいのではないでしょうか。 だから、今も昔もスターたちは(というか、彼らが所属する事務所は)、スターの素顔やパーソナリティに関する情報をファンに提供してくれるのです。 結局のところ、「ファン」というのは、プロとしての卓越したパフォーマンスというより、個人としての性格や人格の魅力につくものだといえるでしょう。だからスターではない一般人の場合と同じく、内面情報が開示されないとファンはつかないのです。 そしてまた俳優ら自身も「若くてきれいな女優さん」といった認識のされ方だけでは、承認欲求を満たせません。「若くてきれいな女優さん」などいくらでもいるからです。だから本人も、「自分だけを推してくれるファン」を求めて、積極的にパーソナルな情報を提供するのです。 余談ですが、今と昔では、それら開示されるパーソナルな情報の「真実度」はかなり異なっていそうです。なぜなら昔はそういった情報も、かなり意図的に設計&整形されていたからです。 「こういうイメージで売りたい」という方針に基づいて、飾られた部屋やコーディネートされた私服が公開され、休みの日にはファンからもらったファンレターを読んで過ごしている、といった休日の様子があたかも真実のように開示されていた時代です。 本人や事務所の方針にもよりますが、今はより実態に近い個人情報が提供されていますよね。 同時に、週刊誌によって暴露される生々しい情報が、本人や事務所が伝えようとするイメージとはまったく異なる「パーソナルな情報」を視聴者に提供してしまい、ファンの間に失望や軽蔑を生んでしまうことも増えています。 いずれにしてもファンや視聴者は、その俳優、ミュージシャン、タレントさんの作品やパフォーマンスだけでなく、個人としての性格や人格に基づき、自分がその人を好きかどうかを判断しているのです』、「「ファン」というのは、プロとしての卓越したパフォーマンスというより、個人としての性格や人格の魅力につくものだといえるでしょう。だからスターではない一般人の場合と同じく、内面情報が開示されないとファンはつかないのです」、「ファンや視聴者は、その俳優、ミュージシャン、タレントさんの作品やパフォーマンスだけでなく、個人としての性格や人格に基づき、自分がその人を好きかどうかを判断しているのです」、その通りなのだろう。
・『「ちきりん」という人格 次は私自身の話です。私には本名での生活のほか、「ちきりん」というペンネームでの生活があります。このふたつの関係は、自我と承認欲求の関係を理解するのにとても役立つので、ここからは私自身の例を使ってその関係を説明してみます。 なお、「自我」にも「承認欲求」にも学問的に研究された定義が存在すると思いますが、ここではざっくりと次のような意味で使われていると理解しておいてください。 「自我」=自分は誰か、どんな人間かという自分自身の意識 「承認欲求」=他の人とは異なる個としての自分を認めてほしいという気持ち 私は過去10年以上にわたり、社会のさまざまな事柄について自分の意見をブログに書いてきました。けれどそれは、「他者や社会に影響を与えたいから」でも「人気ブロガーになって承認欲求を満たしたいから」でもありません。 本やブログを書くようになるずっと前から、私は何十年も日記を書いてきました。最初に日記をつけ始めたのは小学校5年生の頃です。 当時から私の日記は、「今日はなにを食べました」「今日はどこに行きました」といった行動の記録ではありませんでした。そうではなく「今日はこのコトについてこう考えた」とか、「今日知ったある事件について、こう感じた」という、自分の感情や思考の記録だったのです。 当然、その日記を読むのは自分だけです。誰かに見せるために書いていたのではありません。ではいったいなぜ、私は何十年も自分の気持ちや意見を言語化し続けてこられたのでしょう? そうすることのモチベーションはどこにあったのでしょう? 端的にいえばそれは「自分で自分という人間を理解したい」という欲求に基づくものでした。つまりは自分自身のため、「自我の確立のため」だったのです。 小学校の高学年、思春期を迎えた多感な時期に「自分はどういう人間なんだろう?」「自分はなんのために生きているんだろう?」といった哲学的な問いにとらわれる子どもは少なくありません。私もそのひとりでした。 その問いへの答えを手に入れること、すなわち、自分はどのような人間なのか、自分で自分という人間を理解することこそ、私が日記を書く目的だったのです。 それは一種の自己探求プロセスともいえるものです。私にとって「自分の意見をもつ」というのは、自分自身と向きあって自我を確立し、ひとりの人格として自立するために、すなわち、大人になるために不可欠な行為でした』、「自分はどのような人間なのか、自分で自分という人間を理解することこそ、私が日記を書く目的だったのです。 それは一種の自己探求プロセスともいえるものです」、なるほど。
・『内面情報だけで承認される人格 そんな私の前にインターネットというツールが現れたのは、日記を書き始めてから数十年後、すっかり大人になってからのことでした。 2005年、日記を紙のノートではなくネット上のブログとして書き始めて以来、それまで誰にも読まれることのなかった「私の意見」は、広く多くの人に読まれるようになりました。これが「Chikirinの日記」というブログであり、「ちきりん」は、それを書くために使ったペンネームです。 ブログが有名になると、「ちきりん」という人格が認知され、「ちきりん」のファンだという人も増えてきました。これはとても興味深いことです。 当時の「ちきりん」は、経歴はおろか、年齢や性別さえ開示していませんでした。写真も出さず、イラストのアイコンだけで活動していたため、対談で会った人から「男性だと思っていました!」と驚かれることもあったほどです。 ほとんどの人は私と話したこともなければ、私の顔さえ見たことがありません。にもかかわらず、読者やフォロワーの間では、「ちきりんとはこんな人である」という、極めて具体的なイメージが形成されていきました。それが証拠に、SNS上では会ったこともない人から「ちきりんらしい」とか「ちきりんらしくない」などと頻繁に指摘されるのです。 多くの人がもつこのイメージこそ、私が常日頃、書籍やブログ、ツイッターやボイシー(音声配信)を通して発信している「さまざまな事柄に関する私の意見」から形成されたものです。換言すれば「ちきりん」というキャラクター、すなわち人格は、私がこれまで表明してきた、私の意見の集合体として認識されているのです。 「自分で自分をもっと理解したい」という思春期の純粋な思い(自分という人間に対する好奇心)から始まった「自分の意見を言語化する」という営みは、自分のための行為であって、誰かに認められたり、メッセージを送るための行為ではありませんでした。 私はいつも「あなたの意見は?」と聞かれたとき、それがなんであれどう答えるべきか明確にしておきたいと考えていたのです。なぜならそれこそが「私」という人間だからです。そして、その(自分のアタマで考え、自分の意見を明確化する)プロセスを通して、私は「私」になりました。 けれども、そうやって自分の意見を次々と言語化していくことで、副産物として他者にも私の人格(キャラクター)が伝わりました。それがネット上での「ちきりん」というキャラクター(人格)として「承認」されたのです。 しかも、そんなキャラクターに何十万人もの読者がつき、熱烈なファンが現れたことは、人が誰かのファンになるのに、必ずしも外形情報は必要とされていない、ということを意味しています。 これは、私だけに起こったことではありません。SNS時代が始まって以来、経歴を隠し、匿名やペンネームで発信を続けているうちに、多くのファンやフォロワーを獲得した人はいくらでもいます。彼らもまた内面情報のみによって承認されています。 もちろん、「承認」というのは必ずしも好かれることだけを指すわけではありません。「他の誰とも違う個人」として認められても、好かれる人と嫌われる人はいます。それでもネットの時代になり、「内面情報だけでも、オリジナルな個人として承認される」ということが証明されたのはとても意義深いことと思います。 というのも、将来、身体さえもたないコンピューター上のAIが自分のさまざまな意見を開示し始めれば、私たちはそれを「ひとりの人格」として認知するだろうと予想できるからです。そして、その人(?)に多くの支持者やファンが現れたとしても、けっして不思議ではありません。 私もときどき、「ちきりんに政治家になってほしい!」と言われることがありますが、AIだってその意見により人格が認められ、「ぜひ選挙に立候補してほしい!」と言われるようになるかもしれないのです。 しかしこれは、なかなか実現しないかもしれません。というのも、実はAIにとってもっとも難しいことこそ、「自分の意見をもつ」ことだと言われているからです。どれだけ情報を集めても、どれだけ知識が豊富でも、それで意見がもてるわけではありません。「自分の意見をもてる」のは、(今のところ?)人間の、とても貴重な特権なのです』、私も「ちきりん」さんのファンだった。「AIにとってもっとも難しいことこそ、「自分の意見をもつ」ことだと言われている」、「「自分の意見をもてる」のは、(今のところ?)人間の、とても貴重な特権なのです」、確かに、その通りだ。
第三に、この続きを、2月23日付けダイヤモンド・オンライン「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(後篇)」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/296442
・・・『「意見の束」が人格を創る 「ちきりん」というキャラクターがその「意見の束」によって認知されたように、他者から「30代の会社員」とか「40代のワーキングマザー」と一括りにされるのではなく、きちんと個人として認めてほしいと思うなら、必要なのは「さまざまなコトに関して、自分の意見を表明すること」です。 ひとりの人間の人格の全体像を伝えるためには、なにかひとつのトピックについて意見を言えば十分ということはなく、継続的に、さまざまなことについて意見を表明する必要があります。 というのも、ひとつやふたつのことについてなら、「たまたま、自分と同じ意見の人」もいるけれど、千のことについて、万のことについて、日常のあらゆる場面で「自分の意見」を明確にしていたら、それらの意見がすべて同じ人など存在しないからです。 だから、多くのことについて意見を明らかにすればするほど、「他の誰とも違う○○さん」として認知されるようになります。「あなただけの意見の束」こそが、あなたを他者から区別する、あなただけの人格を創るのです。 そういわれても、「意見」を言うなんて難しいと感じるかもしれません。「知識不足で、よくわからない」と思えることもあるでしょう。でも、間違いを怖れたり、遠慮したりする必要はありません。意見には間違いも正解もないからです。 そもそも、他者と意見が異なることを怖れ、常に周囲と同じ意見を言っていたら、いつまでたっても「その他大勢のひとり」としてしか認知されません。 「他者と意見が異なることが怖い」のに、「その他大勢のひとりではなく、私という個人を承認してほしい」と考えるのは矛盾していますよね。 とはいえ、無理矢理に突飛な意見をひねりだす必要も、格好をつける必要もありません。ただ素直に、自分の「こう思う」を、言葉にすればいいだけです。素の自分とは異なる「すてきな私」や「尊敬される自分」を人為的に作り上げるなど、誰にもできません。 またその意見は、誰かに言う必要さえありません。私が長く続けてきたように、自分しか読まない日記帳に書き留めるだけでもいいし、匿名のブログやSNSで呟くだけでもいいのです。 大切なことは、自分自身で自分の意見をしっかり理解しておくことだけです。そうすれば、意見を表明すべきと考える機会にいつ遭遇しても、「わからない」「そんなこと考えたこともない」と答えるのではなく、しっかり具体的な意見が言える人として認知されるでしょう』、「「あなただけの意見の束」こそが、あなたを他者から区別する、あなただけの人格を創るのです」、「間違いを怖れたり、遠慮したりする必要はありません。意見には間違いも正解もないからです」、「その意見は、誰かに言う必要さえありません。私が長く続けてきたように、自分しか読まない日記」、帳に書き留めるだけでもいいし、匿名のブログやSNSで呟くだけでもいいのです」、なるほど。
・『自我と他者からの認知の乖離 ただし大切なのは多くの人から認知されることではなく、正しく認知されることです。たとえ大勢から認知されても、そのイメージが「自分が理解している自分=自我」とズレていると、むしろ認知されていないほうが幸せだと感じられるほどつらいものです。 たとえば、ずっと無名のクリエイターだったのに、世界的に有名な賞をとったことである日突然メディアから注目され、あれよあれよという間に自分の実態とはかけ離れたイメージが作られてしまう人がいます。 これではいくら有名になっても、本人はずっと居心地の悪さを感じ続けることになります。しかも、それがイヤで「本当の自分」を見せ始めると、「イメージが崩れた!」「いい人だと思っていたのに」といった理不尽な非難を受けてしまったりします。 このように、たとえ他者からの大きな認知が得られても、認知された人格が本当の自分(自分自身が認知している自分)と乖離してしまうと、意味がありません。 大手プロダクションから本来の自分とはまったく異なるイメージで売りだされるアイドルやスターのなかにも、まだ自我も確立していない年齢なのに、外部から多大な承認を得てしまう人(というか子ども)がいます。 こういう場合も、多くのファンから承認されること自体は嬉しくても、自己肯定感がもてない、すなわち、自分で自分を承認できない状態のままとなり、不安な気持ちから逃れられなかったりします。 周りの人に承認された人格が、本当の自分とは異なる虚像のように思えたり、ものすごく多くの人から知られているにもかかわらず、「誰もわかってくれない」と不安を感じたりもします。 「オレも多くの人に認知されたい!」「私も有名になりたい!」と望む人にとっては想像しにくいかもしれませんが、ものすごく多くの人に認知されていながら「誰にも理解してもらえない」と悩んだり、「本当の自分とは異なるイメージが一人歩きしてしまってつらい」と感じる人は少なくありません。それはときに、まったく誰からも承認されないのと同じくらい、つらいことだったりするのです』、「「本当の自分とは異なるイメージが一人歩きしてしまってつらい」と感じる人は少なくありません。それはときに、まったく誰からも承認されないのと同じくらい、つらいことだったりするのです」、そんなこともあるのだろう。
・『最初に必要なのは自我の確立 だからこそ、他者から承認されたいと考える人にとって必要な最初の一歩とは、自分で自分を承認できるようになることなのです。他者からの認知を得ようと考える前に、自分で自分を理解し、肯定する。そういうプロセスを経てこそ、高い自己肯定感につつまれた人生が手に入ります。 この順番はとても大切なので言語化しておきましょう。 【承認欲求が充足するステップ】
1.日常生活で見聞きし、体験したさまざまなことについて、自分の意見を明確にする。外部に表明する必要はなく、日記帳や他者が閲覧できないブログやメモに書き記すだけでもOK。↓
2.それらの「自分の意見の束」によって、自分という人間がどのような人間なのかを、自分で理解する。[自我の確立]↓
3.そのありのままの自分を、自分で肯定する。[自己承認、自己肯定感] ↓
4.それらの意見の束を(自分を理解してほしい、と思える人に)開示することにより、自分という人格を、外部からも承認してもらう。[承認欲求の充足]
ここでなにより大切なのが最初のプロセスです。「他者から承認されたい」と思うなら、まずは「承認される対象としての自己」を確立しないと始まりません。 自分で理解できていない自分を、誰かに伝えることなどできませんよね? そんな状態では、外部からの承認など得られるはずがありません。だからまずは、自分だけが読む日記帳やメモでよいので、自分の意見を言語化することから始めましょう。 ちなみに3番目の「ありのままの自分を自分で肯定する」ところまで到達できると、実は最後のステップである「他者からの承認の有無」はあまり気にならなくなります。 これはおそらく「誰に自分を承認してほしいのか」という問いの答えが「まずは自分自身」だからでしょう。 「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無(もしくは大小)をむやみに気にすることがなくなるのです。 換言すれば、外部からの承認が得られず焦りを感じている人というのは、多くの場合、自分で自分を承認できていないことのほうが根本的な問題なのかもしれません。そして、なぜ自分で自分を承認できていないのかといえば、それは、自分で自分という人間について、しっかりと理解できていないからでしょう。 SNSで自分と同じように見えるごく普通の人が突然、有名になり人気者になるのを目にしてしまうと、「自分もそうなりたい!」と焦る人もいるでしょう。 でも、急がば回れです。自我も確立していないのに外部からの承認ばかりを求めてしまうと、とにかく突飛なことをすればよい、といったおかしな方向に進んでしまったり、やたらと周りに迎合し、「自分を失ってしまう」状態に陥ったりします。 まずは自分の意見を明確にすることにより、自分で自分をしっかり理解する。それがすべての始まりなのだということを忘れないでください』、「「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無(もしくは大小)をむやみに気にすることがなくなるのです」、「「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無・・・をむやみに気にすることがなくなるのです」、確かに「自己肯定感」は生きてゆく上で、極めて重要な要素だ。
先ずは、本年2月16日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した社会派ブロガーのちきりんさんによる「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(前篇)」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/296428
・『社会派ブロガー・ちきりんさんの最新刊『自分の意見で生きていこう』が、発売直後から反響を呼んでいます。特に読者の感想として目立つのが、「承認欲求と意見の関係」を説明する一節についてです。今回より3回に分けて、その該当部分を一部編集し公開します。(この記事は3回シリーズの前篇です。続きはこちら) 「承認欲求」という言葉を、よく聞くようになりました。「自分という人間の存在を認めてほしい」という気持ちを表す言葉ですが、もう少し正確にいうと「他の人とは違う、自分というオリジナルな人格を認めてほしい」ということです。 承認欲求自体は誰にでもある自然な気持ちですが、実はそれを得るために不可欠なのが「自分の意見をもつこと」だというのは、あまり認識されていません。 そこでここからは、承認欲求と自分の意見がどのように関係しているのか、考えていきます』、興味深そうだ。
・『● 自分はどんな人間? みなさんが誰か知り合いについて「あの人はどんな人か?」と問われたら、どのように答えるでしょう? ほとんどの場合は性別や年齢、知っていれば職業や肩書きを使って、その人がどのような人か、説明しますよね。 たとえば、「80代の男性で、昔は大企業に勤めていたけど、もうずっと前に定年退職したらしい」とか「子どもがふたりいる専業主婦みたいよ。40代くらいじゃないかな」「彼女は大学生だよ。まだ20歳くらいじゃない?」といったぐあいです。 でもこういった説明は、「その人がどんな人か」をどれほど表しているでしょう? 大企業を定年退職した80代の男性も、ふたりの子どもがいる40代の専業主婦も、20歳くらいの女子学生も、何万人も存在しています。 周りから「20歳くらいの女子学生ってこんな感じなんでしょ? あなたもそうなんですよね?」と言われて素直に肯定できる人、嬉しい人はどれくらいいるでしょう? 大半の人は「女子学生といってもいろんな人がいて、ひとりひとりまったく違うんですよ!」と反発したくなるのではないでしょうか。 承認欲求とはまさにそういう気持ちのことです。誰だって「年代と性別だけで十把一絡げにしてほしくない」と思うものです。つまり私たちは「あなたは20代の女性ですよね」とか「40代の会社員の男性ですよね」などと認知されることを求めているわけではありません。 そうではなく、私たちが承認されたいと求めているのは「他の誰とも異なる個としての自分」なのです』、確かに究極の「個としての自分」を求めているようだ。
・『● 外形情報と内面情報 では、「他の誰とも異なる個としての自分」を認めてもらうためにはどうすればよいのでしょう? そのために必要なのは、あなたと他の人を区別するための情報を提供することです。 そういう情報がなければ、性別や年齢、職業といった情報に頼らざるを得ず、「20代の女性」「40代の男性で会社員」といった認識しかしてもらえません。「他の人と異なる自分」を認めてもらうには、それら外形的な情報を超える、よりパーソナルな情報を提供する必要があるのです。 では、それはいったいどのような情報なのでしょう? 個人を識別する情報には大きく分けてふたつのカテゴリーがあります。ひとつは外形的な情報で、見た目に加え、学歴や職歴など、文字として記録できる情報です。 そしてもうひとつは、性格や人格といった「見た目や資料では判断できない情報」です。ここではそういった情報を「内面情報」と呼ぶことにします。 内面情報はその定義上、他者に伝えるのが簡単ではありません。見た目なら立っているだけで伝えられるし、資料でわかることなら開示するなり配るなりすればよいので簡単です。 しかし自分という人間の性格や人格を深く理解してもらおうと思えば、一定期間、同じ家で暮らすなど、それなりの時間がかかります。家族や学生時代の同級生のように、一定期間、生活空間を共有すれば、性格や人格は自然と伝わります。 しかしこれでは、自分を理解してもらうために多大な時間がかかります。というか、そんな長い時間を共有できる場所は家庭と、あとは学校か職場くらいです。「大人になると友達をつくりにくい」といわれる理由のひとつもこれでしょう。また、「仕事人間」と呼ばれた人たちが、定年後の地域コミュニティで人格さえ認識されない存在になってしまうのも、それまでの共有時間があまりに短すぎるからだと思われます。 ただし、長い時間を共有する家庭においても「親子である」とか「兄妹である」「夫婦である」といった関係性だけでは、性格や人格を深く理解し合うことは不可能です。「お互いに心を開き、相手を理解しようという意思をもって一定の時間と空間を共有する」という経験を経ないと、「自分を理解してくれる人」は手に入りません。実際、同じ家に住んでいるのに会話する機会が少なく、まったくわかり合えないままになっている親子も存在するはずです。 このように、自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり、だからこそ他者からの承認欲求を満たすのは、簡単なことではないのです』、「自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり、だからこそ他者からの承認欲求を満たすのは、簡単なことではないのです」、その通りだ。親子や夫婦の間でも「自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり」、勝手に断念しているケースが多そうだ。
この続きを、2月19日付けダイヤモンド・オンライン「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(中篇)」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/296435
・・・ 『ファンは「キャラクター」につく もうひとつ別の例で、考えてみましょう。みなさんも、テレビでしか見ることのない俳優さんについて、「この人はこんな人だ」というイメージをもつことがあると思います。そのときのイメージは、どのような情報に基づいて作られているでしょうか? まずは、見た目情報ですよね。性別や年齢、目や髪の色なども含めた容姿、身長や体重などのスタイル、さらに髪型や服装などからもイメージが形成されます。 次に経歴情報。親も俳優で二世だとか、歌舞伎界の出身だとか。俳優さんであれば、映画やドラマでの役柄や演技に関する情報もたくさん手に入ります。 では、テレビで観る俳優さんについて、私たちはこういった情報から「その人がどんな人か?」をイメージしているでしょうか? 実は視聴者の多くは、俳優さんの容姿など外形情報や、ドラマでの役どころや演技といった情報よりも、よりパーソナルな情報から会ったこともない俳優さんの人格や性格を想像しています。 具体例を挙げれば、番組宣伝のために出演したトーク番組での日常生活に関するやりとりや、バラエティ番組などで披露されたとっさのリアクションなどです。 視聴者にとってはこういった(彼らの本業とは無関係な、でも、よりパーソナルな)情報のほうが、「本人の性格」を伝える情報として大きな力をもっています。 というのも、映画やドラマで表現されるのは、あくまで「役柄」の人格であって、その俳優さんの人格ではないからです。個人としての人格を理解しようと思えば、当然に、演技をしていないときの、素の本人の情報のほうが重要になります。 今はそういった素の情報が、SNSを通じて本人から提供されるようにもなりました。しかしずっと昔から、こういった情報は各種メディアを通して、積極的に視聴者に提供されていました。 高度成長期には、銀幕のスター(映画俳優)を特集するさまざまな芸能雑誌が発売され、大変な人気でしたし、その後も、週刊誌やテレビ番組(黒柳徹子さんの『徹子の部屋』などはその典型です)を通して、俳優個人の個性は、積極的に視聴者に提供されてきたのです。 なぜなら、もし俳優さんが「若くてきれいな女優さん」とか「任侠映画で迫力抜群の男優さん」としてしか表現されなかったら、たとえ映画が大ヒットしても、その俳優さん本人に心酔するコアなファンは増えないからです。 これはなにを意味しているのでしょう? 実は、ファンというのは、決して演技や音楽性といったアーティスティックな側面だけに惹かれるわけではないのです。もちろんファンの多くはそれらをすばらしいものだと評価しています。 しかし「理屈を超えたファンだという気持ち」が生まれるのは、その俳優やミュージシャンの、より個人的な魅力に惹かれるからです。ミュージシャンのコンサートだって、音楽だけでなく、演奏の間のトークがファン形成に貢献している度合いは相当に大きいのではないでしょうか。 だから、今も昔もスターたちは(というか、彼らが所属する事務所は)、スターの素顔やパーソナリティに関する情報をファンに提供してくれるのです。 結局のところ、「ファン」というのは、プロとしての卓越したパフォーマンスというより、個人としての性格や人格の魅力につくものだといえるでしょう。だからスターではない一般人の場合と同じく、内面情報が開示されないとファンはつかないのです。 そしてまた俳優ら自身も「若くてきれいな女優さん」といった認識のされ方だけでは、承認欲求を満たせません。「若くてきれいな女優さん」などいくらでもいるからです。だから本人も、「自分だけを推してくれるファン」を求めて、積極的にパーソナルな情報を提供するのです。 余談ですが、今と昔では、それら開示されるパーソナルな情報の「真実度」はかなり異なっていそうです。なぜなら昔はそういった情報も、かなり意図的に設計&整形されていたからです。 「こういうイメージで売りたい」という方針に基づいて、飾られた部屋やコーディネートされた私服が公開され、休みの日にはファンからもらったファンレターを読んで過ごしている、といった休日の様子があたかも真実のように開示されていた時代です。 本人や事務所の方針にもよりますが、今はより実態に近い個人情報が提供されていますよね。 同時に、週刊誌によって暴露される生々しい情報が、本人や事務所が伝えようとするイメージとはまったく異なる「パーソナルな情報」を視聴者に提供してしまい、ファンの間に失望や軽蔑を生んでしまうことも増えています。 いずれにしてもファンや視聴者は、その俳優、ミュージシャン、タレントさんの作品やパフォーマンスだけでなく、個人としての性格や人格に基づき、自分がその人を好きかどうかを判断しているのです』、「「ファン」というのは、プロとしての卓越したパフォーマンスというより、個人としての性格や人格の魅力につくものだといえるでしょう。だからスターではない一般人の場合と同じく、内面情報が開示されないとファンはつかないのです」、「ファンや視聴者は、その俳優、ミュージシャン、タレントさんの作品やパフォーマンスだけでなく、個人としての性格や人格に基づき、自分がその人を好きかどうかを判断しているのです」、その通りなのだろう。
・『「ちきりん」という人格 次は私自身の話です。私には本名での生活のほか、「ちきりん」というペンネームでの生活があります。このふたつの関係は、自我と承認欲求の関係を理解するのにとても役立つので、ここからは私自身の例を使ってその関係を説明してみます。 なお、「自我」にも「承認欲求」にも学問的に研究された定義が存在すると思いますが、ここではざっくりと次のような意味で使われていると理解しておいてください。 「自我」=自分は誰か、どんな人間かという自分自身の意識 「承認欲求」=他の人とは異なる個としての自分を認めてほしいという気持ち 私は過去10年以上にわたり、社会のさまざまな事柄について自分の意見をブログに書いてきました。けれどそれは、「他者や社会に影響を与えたいから」でも「人気ブロガーになって承認欲求を満たしたいから」でもありません。 本やブログを書くようになるずっと前から、私は何十年も日記を書いてきました。最初に日記をつけ始めたのは小学校5年生の頃です。 当時から私の日記は、「今日はなにを食べました」「今日はどこに行きました」といった行動の記録ではありませんでした。そうではなく「今日はこのコトについてこう考えた」とか、「今日知ったある事件について、こう感じた」という、自分の感情や思考の記録だったのです。 当然、その日記を読むのは自分だけです。誰かに見せるために書いていたのではありません。ではいったいなぜ、私は何十年も自分の気持ちや意見を言語化し続けてこられたのでしょう? そうすることのモチベーションはどこにあったのでしょう? 端的にいえばそれは「自分で自分という人間を理解したい」という欲求に基づくものでした。つまりは自分自身のため、「自我の確立のため」だったのです。 小学校の高学年、思春期を迎えた多感な時期に「自分はどういう人間なんだろう?」「自分はなんのために生きているんだろう?」といった哲学的な問いにとらわれる子どもは少なくありません。私もそのひとりでした。 その問いへの答えを手に入れること、すなわち、自分はどのような人間なのか、自分で自分という人間を理解することこそ、私が日記を書く目的だったのです。 それは一種の自己探求プロセスともいえるものです。私にとって「自分の意見をもつ」というのは、自分自身と向きあって自我を確立し、ひとりの人格として自立するために、すなわち、大人になるために不可欠な行為でした』、「自分はどのような人間なのか、自分で自分という人間を理解することこそ、私が日記を書く目的だったのです。 それは一種の自己探求プロセスともいえるものです」、なるほど。
・『内面情報だけで承認される人格 そんな私の前にインターネットというツールが現れたのは、日記を書き始めてから数十年後、すっかり大人になってからのことでした。 2005年、日記を紙のノートではなくネット上のブログとして書き始めて以来、それまで誰にも読まれることのなかった「私の意見」は、広く多くの人に読まれるようになりました。これが「Chikirinの日記」というブログであり、「ちきりん」は、それを書くために使ったペンネームです。 ブログが有名になると、「ちきりん」という人格が認知され、「ちきりん」のファンだという人も増えてきました。これはとても興味深いことです。 当時の「ちきりん」は、経歴はおろか、年齢や性別さえ開示していませんでした。写真も出さず、イラストのアイコンだけで活動していたため、対談で会った人から「男性だと思っていました!」と驚かれることもあったほどです。 ほとんどの人は私と話したこともなければ、私の顔さえ見たことがありません。にもかかわらず、読者やフォロワーの間では、「ちきりんとはこんな人である」という、極めて具体的なイメージが形成されていきました。それが証拠に、SNS上では会ったこともない人から「ちきりんらしい」とか「ちきりんらしくない」などと頻繁に指摘されるのです。 多くの人がもつこのイメージこそ、私が常日頃、書籍やブログ、ツイッターやボイシー(音声配信)を通して発信している「さまざまな事柄に関する私の意見」から形成されたものです。換言すれば「ちきりん」というキャラクター、すなわち人格は、私がこれまで表明してきた、私の意見の集合体として認識されているのです。 「自分で自分をもっと理解したい」という思春期の純粋な思い(自分という人間に対する好奇心)から始まった「自分の意見を言語化する」という営みは、自分のための行為であって、誰かに認められたり、メッセージを送るための行為ではありませんでした。 私はいつも「あなたの意見は?」と聞かれたとき、それがなんであれどう答えるべきか明確にしておきたいと考えていたのです。なぜならそれこそが「私」という人間だからです。そして、その(自分のアタマで考え、自分の意見を明確化する)プロセスを通して、私は「私」になりました。 けれども、そうやって自分の意見を次々と言語化していくことで、副産物として他者にも私の人格(キャラクター)が伝わりました。それがネット上での「ちきりん」というキャラクター(人格)として「承認」されたのです。 しかも、そんなキャラクターに何十万人もの読者がつき、熱烈なファンが現れたことは、人が誰かのファンになるのに、必ずしも外形情報は必要とされていない、ということを意味しています。 これは、私だけに起こったことではありません。SNS時代が始まって以来、経歴を隠し、匿名やペンネームで発信を続けているうちに、多くのファンやフォロワーを獲得した人はいくらでもいます。彼らもまた内面情報のみによって承認されています。 もちろん、「承認」というのは必ずしも好かれることだけを指すわけではありません。「他の誰とも違う個人」として認められても、好かれる人と嫌われる人はいます。それでもネットの時代になり、「内面情報だけでも、オリジナルな個人として承認される」ということが証明されたのはとても意義深いことと思います。 というのも、将来、身体さえもたないコンピューター上のAIが自分のさまざまな意見を開示し始めれば、私たちはそれを「ひとりの人格」として認知するだろうと予想できるからです。そして、その人(?)に多くの支持者やファンが現れたとしても、けっして不思議ではありません。 私もときどき、「ちきりんに政治家になってほしい!」と言われることがありますが、AIだってその意見により人格が認められ、「ぜひ選挙に立候補してほしい!」と言われるようになるかもしれないのです。 しかしこれは、なかなか実現しないかもしれません。というのも、実はAIにとってもっとも難しいことこそ、「自分の意見をもつ」ことだと言われているからです。どれだけ情報を集めても、どれだけ知識が豊富でも、それで意見がもてるわけではありません。「自分の意見をもてる」のは、(今のところ?)人間の、とても貴重な特権なのです』、私も「ちきりん」さんのファンだった。「AIにとってもっとも難しいことこそ、「自分の意見をもつ」ことだと言われている」、「「自分の意見をもてる」のは、(今のところ?)人間の、とても貴重な特権なのです」、確かに、その通りだ。
第三に、この続きを、2月23日付けダイヤモンド・オンライン「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(後篇)」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/296442
・・・『「意見の束」が人格を創る 「ちきりん」というキャラクターがその「意見の束」によって認知されたように、他者から「30代の会社員」とか「40代のワーキングマザー」と一括りにされるのではなく、きちんと個人として認めてほしいと思うなら、必要なのは「さまざまなコトに関して、自分の意見を表明すること」です。 ひとりの人間の人格の全体像を伝えるためには、なにかひとつのトピックについて意見を言えば十分ということはなく、継続的に、さまざまなことについて意見を表明する必要があります。 というのも、ひとつやふたつのことについてなら、「たまたま、自分と同じ意見の人」もいるけれど、千のことについて、万のことについて、日常のあらゆる場面で「自分の意見」を明確にしていたら、それらの意見がすべて同じ人など存在しないからです。 だから、多くのことについて意見を明らかにすればするほど、「他の誰とも違う○○さん」として認知されるようになります。「あなただけの意見の束」こそが、あなたを他者から区別する、あなただけの人格を創るのです。 そういわれても、「意見」を言うなんて難しいと感じるかもしれません。「知識不足で、よくわからない」と思えることもあるでしょう。でも、間違いを怖れたり、遠慮したりする必要はありません。意見には間違いも正解もないからです。 そもそも、他者と意見が異なることを怖れ、常に周囲と同じ意見を言っていたら、いつまでたっても「その他大勢のひとり」としてしか認知されません。 「他者と意見が異なることが怖い」のに、「その他大勢のひとりではなく、私という個人を承認してほしい」と考えるのは矛盾していますよね。 とはいえ、無理矢理に突飛な意見をひねりだす必要も、格好をつける必要もありません。ただ素直に、自分の「こう思う」を、言葉にすればいいだけです。素の自分とは異なる「すてきな私」や「尊敬される自分」を人為的に作り上げるなど、誰にもできません。 またその意見は、誰かに言う必要さえありません。私が長く続けてきたように、自分しか読まない日記帳に書き留めるだけでもいいし、匿名のブログやSNSで呟くだけでもいいのです。 大切なことは、自分自身で自分の意見をしっかり理解しておくことだけです。そうすれば、意見を表明すべきと考える機会にいつ遭遇しても、「わからない」「そんなこと考えたこともない」と答えるのではなく、しっかり具体的な意見が言える人として認知されるでしょう』、「「あなただけの意見の束」こそが、あなたを他者から区別する、あなただけの人格を創るのです」、「間違いを怖れたり、遠慮したりする必要はありません。意見には間違いも正解もないからです」、「その意見は、誰かに言う必要さえありません。私が長く続けてきたように、自分しか読まない日記」、帳に書き留めるだけでもいいし、匿名のブログやSNSで呟くだけでもいいのです」、なるほど。
・『自我と他者からの認知の乖離 ただし大切なのは多くの人から認知されることではなく、正しく認知されることです。たとえ大勢から認知されても、そのイメージが「自分が理解している自分=自我」とズレていると、むしろ認知されていないほうが幸せだと感じられるほどつらいものです。 たとえば、ずっと無名のクリエイターだったのに、世界的に有名な賞をとったことである日突然メディアから注目され、あれよあれよという間に自分の実態とはかけ離れたイメージが作られてしまう人がいます。 これではいくら有名になっても、本人はずっと居心地の悪さを感じ続けることになります。しかも、それがイヤで「本当の自分」を見せ始めると、「イメージが崩れた!」「いい人だと思っていたのに」といった理不尽な非難を受けてしまったりします。 このように、たとえ他者からの大きな認知が得られても、認知された人格が本当の自分(自分自身が認知している自分)と乖離してしまうと、意味がありません。 大手プロダクションから本来の自分とはまったく異なるイメージで売りだされるアイドルやスターのなかにも、まだ自我も確立していない年齢なのに、外部から多大な承認を得てしまう人(というか子ども)がいます。 こういう場合も、多くのファンから承認されること自体は嬉しくても、自己肯定感がもてない、すなわち、自分で自分を承認できない状態のままとなり、不安な気持ちから逃れられなかったりします。 周りの人に承認された人格が、本当の自分とは異なる虚像のように思えたり、ものすごく多くの人から知られているにもかかわらず、「誰もわかってくれない」と不安を感じたりもします。 「オレも多くの人に認知されたい!」「私も有名になりたい!」と望む人にとっては想像しにくいかもしれませんが、ものすごく多くの人に認知されていながら「誰にも理解してもらえない」と悩んだり、「本当の自分とは異なるイメージが一人歩きしてしまってつらい」と感じる人は少なくありません。それはときに、まったく誰からも承認されないのと同じくらい、つらいことだったりするのです』、「「本当の自分とは異なるイメージが一人歩きしてしまってつらい」と感じる人は少なくありません。それはときに、まったく誰からも承認されないのと同じくらい、つらいことだったりするのです」、そんなこともあるのだろう。
・『最初に必要なのは自我の確立 だからこそ、他者から承認されたいと考える人にとって必要な最初の一歩とは、自分で自分を承認できるようになることなのです。他者からの認知を得ようと考える前に、自分で自分を理解し、肯定する。そういうプロセスを経てこそ、高い自己肯定感につつまれた人生が手に入ります。 この順番はとても大切なので言語化しておきましょう。 【承認欲求が充足するステップ】
1.日常生活で見聞きし、体験したさまざまなことについて、自分の意見を明確にする。外部に表明する必要はなく、日記帳や他者が閲覧できないブログやメモに書き記すだけでもOK。↓
2.それらの「自分の意見の束」によって、自分という人間がどのような人間なのかを、自分で理解する。[自我の確立]↓
3.そのありのままの自分を、自分で肯定する。[自己承認、自己肯定感] ↓
4.それらの意見の束を(自分を理解してほしい、と思える人に)開示することにより、自分という人格を、外部からも承認してもらう。[承認欲求の充足]
ここでなにより大切なのが最初のプロセスです。「他者から承認されたい」と思うなら、まずは「承認される対象としての自己」を確立しないと始まりません。 自分で理解できていない自分を、誰かに伝えることなどできませんよね? そんな状態では、外部からの承認など得られるはずがありません。だからまずは、自分だけが読む日記帳やメモでよいので、自分の意見を言語化することから始めましょう。 ちなみに3番目の「ありのままの自分を自分で肯定する」ところまで到達できると、実は最後のステップである「他者からの承認の有無」はあまり気にならなくなります。 これはおそらく「誰に自分を承認してほしいのか」という問いの答えが「まずは自分自身」だからでしょう。 「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無(もしくは大小)をむやみに気にすることがなくなるのです。 換言すれば、外部からの承認が得られず焦りを感じている人というのは、多くの場合、自分で自分を承認できていないことのほうが根本的な問題なのかもしれません。そして、なぜ自分で自分を承認できていないのかといえば、それは、自分で自分という人間について、しっかりと理解できていないからでしょう。 SNSで自分と同じように見えるごく普通の人が突然、有名になり人気者になるのを目にしてしまうと、「自分もそうなりたい!」と焦る人もいるでしょう。 でも、急がば回れです。自我も確立していないのに外部からの承認ばかりを求めてしまうと、とにかく突飛なことをすればよい、といったおかしな方向に進んでしまったり、やたらと周りに迎合し、「自分を失ってしまう」状態に陥ったりします。 まずは自分の意見を明確にすることにより、自分で自分をしっかり理解する。それがすべての始まりなのだということを忘れないでください』、「「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無(もしくは大小)をむやみに気にすることがなくなるのです」、「「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無・・・をむやみに気にすることがなくなるのです」、確かに「自己肯定感」は生きてゆく上で、極めて重要な要素だ。
タグ:幸福 (その4)(ちきりん:承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(前篇)、(中篇)、(後編)) ダイヤモンド・オンライン ちきりんさんによる「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(前篇)」 確かに究極の「個としての自分」を求めているようだ。 「自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり、だからこそ他者からの承認欲求を満たすのは、簡単なことではないのです」、その通りだ。親子や夫婦の間でも「自分の内面情報を他者に伝えるのは、とても時間のかかるプロセスであり」、勝手に断念しているケースが多そうだ。 「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(中篇)」 「「ファン」というのは、プロとしての卓越したパフォーマンスというより、個人としての性格や人格の魅力につくものだといえるでしょう。だからスターではない一般人の場合と同じく、内面情報が開示されないとファンはつかないのです」、「ファンや視聴者は、その俳優、ミュージシャン、タレントさんの作品やパフォーマンスだけでなく、個人としての性格や人格に基づき、自分がその人を好きかどうかを判断しているのです」、その通りなのだろう。 「自分はどのような人間なのか、自分で自分という人間を理解することこそ、私が日記を書く目的だったのです。 それは一種の自己探求プロセスともいえるものです」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(中篇)」 私も「ちきりん」さんのファンだった。「AIにとってもっとも難しいことこそ、「自分の意見をもつ」ことだと言われている」、「「自分の意見をもてる」のは、(今のところ?)人間の、とても貴重な特権なのです」、確かに、その通りだ。 ダイヤモンド・オンライン「承認欲求の充足は「自分の意見」から始まる(後篇)」 「「あなただけの意見の束」こそが、あなたを他者から区別する、あなただけの人格を創るのです」、「間違いを怖れたり、遠慮したりする必要はありません。意見には間違いも正解もないからです」、「その意見は、誰かに言う必要さえありません。私が長く続けてきたように、自分しか読まない日記」、帳に書き留めるだけでもいいし、匿名のブログやSNSで呟くだけでもいいのです」、なるほど。 「「本当の自分とは異なるイメージが一人歩きしてしまってつらい」と感じる人は少なくありません。それはときに、まったく誰からも承認されないのと同じくらい、つらいことだったりするのです」、そんなこともあるのだろう。 「「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無(もしくは大小)をむやみに気にすることがなくなるのです」、「「自分で自分を理解し、承認する」──これこそが「自己肯定感」と呼ばれるものであり、自己肯定感さえ得られれば、自分に自信がつき、他者からの承認の有無・・・をむやみに気にすることがなくなるのです」、確かに「自己肯定感」は生きてゆく上で、極めて重要な要素だ。
ブラック企業(その14)(<音声入手> 「月45時間を超えても構わない」 ワタミ執行役員が“残業要求”で厳重注意、「100万円以上の赤字負担で シェアハウス住まい」世界一周の国際NGOが職員に隠していたこと ピースボートという「やりがい搾取」) [社会]
ブラック企業については、昨年4月4日に取上げた。今日は、(その14)(<音声入手> 「月45時間を超えても構わない」 ワタミ執行役員が“残業要求”で厳重注意、「100万円以上の赤字負担で シェアハウス住まい」世界一周の国際NGOが職員に隠していたこと ピースボートという「やりがい搾取」)である。
先ずは、昨年11月17日付け文春オンライン「<音声入手> 「月45時間を超えても構わない」 ワタミ執行役員が“残業要求”で厳重注意」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/50112
・『大手外食チェーン「ワタミ」の執行役員が、社員に対し、労働基準法で定められた残業時間の上限を超える労働を求めたと受け取れる発言をしていたことが、「週刊文春」の取材でわかった。社内ネットで配信された動画を入手した。 創業者の渡邉美樹氏(62)が12年ぶりに社長に復帰したワタミ。コロナ禍で外食事業が厳しい中、渡邉氏が新たな収益源として力を注いでいるのが、「ワタミの宅食」だ。11月12日発表の中間決算でも、宅食事業の売上高は約178億円で、国内外食事業の約75億円を大きく上回った。 一方、ワタミを巡っては、過去に新入社員が過労自殺するなどブラックぶりが問題視されてきた。宅食事業を巡っても、昨年9月、営業所長の残業代未払いに関して労働基準監督署から是正勧告が出されている。さらに今年3月にも、月75時間を超える残業をさせていたとして、是正勧告が出されていた。 その宅食事業のトップである宅食事業本部長に10月1日付で起用されたのが、執行役員の肱岡彰彦氏だ。 10月の最終週、全国で数百名いる「ワタミの宅食」営業所の所長に向け、社内ネットで1本の動画が配信された。「週刊文春」が入手した動画によれば、肱岡氏は以下のように語っている(音声のみ公開)。 肱岡「11月の残業が増えるということは……増えるということは問題がありませんし、逆に言うと、増やして下さい。で、必ずいま述べたような施策を、必ずやるというふうに考えて下さい」 労働基準法で定められた残業時間の上限は原則的に月45時間だが、次のように続けた。 肱岡「残業に関してはですね、会社の考え方として、残業は必要に応じてして下さい、というスタンスですけれども。ただし皆さんの健康を考えて45時間というのを目安にしてます。ですから45時間というのを一つの目安として、上長とご相談をしてみて下さい。ただ11月はですね、強化月間ということで、45時間を超えるということがあってもいいというふうに考えてます。どうしても労働基準法に触れるので80時間というのはできませんけれども、45時間超えるということも、会社としては構いませんので」 そして、動画の最後はこう締めくくったのだった。 肱岡「一番の優先順位を営業活動にすると。残業守る、ということじゃなく、営業活動するということを最重要に考えて頂いて、11月、頑張って下さい」) 労働法に詳しい光永享央弁護士が指摘する。 「新入社員が過労自殺した際、渡邉氏らは全面的に責任を認め、再発防止を誓約した。ところが昨年、再び残業を巡って是正勧告を受け、悪弊を断ち切れていないことが窺えます。そんな中で、労基法の原則的上限である45時間を守るより営業活動が優先と発信すれば、長時間労働に苦しむ社員が生まれ、新たな犠牲者も出しかねません。明らかに不適切な発言です」』、「ワタミ」の「ブラック体質」は根深そうだ。
・『ワタミは肱岡氏の発言をどう受け止めているのか ワタミに事実関係の確認を求めたところ、以下のように回答した。 「当該執行役員はご指摘の動画内で『労働基準法を守った上で、残業する場合は上司に相談して適切な手続きをするように』とも発言し法令を遵守する姿勢の発言を明確にしております。実際、ワタミ宅食事業の今年度の平均残業時間は法令を下回る水準となっており、法令遵守を徹底しております。 一方で会長兼社長の渡邉美樹が、労働環境改善を掲げる企業方針を打ち出している中で、今回の発言は誤解を生む表現であり適切でないと真摯に受け止め改善致します。 渡邉からは、当該執行役員に対して今回の発言は誤解を生む表現であり、適切ではないと厳しく注意がなされました」 ワタミを巡っては、社員の労働環境を巡る問題が相次ぎ、そのたびに渡邉氏は労働環境の改善を掲げてきた。そうした中で、宅食事業部門のトップ自らが残業を求める動画の存在が明るみに出たことで、社員に過大な労働を求める同社の企業体質が改めて問われることになりそうだ。 11月17日(水)16時配信の「週刊文春 電子版」および11月18日(木)発売の「週刊文春」では、「ワタミの宅食」の営業所長らの証言、残業を求める発言を行った肱岡氏の経歴などについても報じている』、「渡邉からは、当該執行役員に対して今回の発言は誤解を生む表現であり、適切ではないと厳しく注意がなされました」、「発言」の「不適切さ」の割には穏やかな「注意」だ。「会長兼社長の渡邉美樹」自身の反省が不十分なのかも知れない。
次に、本年2月16日付けPRESIDENT Onlineが掲載したジャーナリストの田中 圭太郎氏による「「100万円以上の赤字負担で、シェアハウス住まい」世界一周の国際NGOが職員に隠していたこと ピースボートという「やりがい搾取」」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54575
・『「地球一周の船旅」を支える疑問だらけの労働環境 「地球一周の船旅」と書かれたポスターを見たことがある人は多いだろう。旅行会社のジャパングレイスが販売し、業務委託を受けたNGOのピースボート(本部:東京都・新宿区)が運営する世界一周クルーズを宣伝するポスターだ。 2020年春、筆者はプレジデントオンラインで、ジャパングレイスがキャンセルの返金をめぐって観光庁や業界団体から指導を受けたことを報じた(20年4月28日「『200万円は返せない』世界一周クルーズ“ピースボート”の開き直り」)。クルーズの販売は継続されているものの、コロナ禍で今もクルーズは実施できないままだ。 記事公開後、筆者の元にピースボートのスタッフの労働環境に関する疑問の声が寄せられた。ピースボートでは「専従スタッフ」と「ボランティアスタッフ」が働いている。このうち専従スタッフはフルタイム勤務だが「給与は低く、手当は不十分」であるという。しかも、「赤字」が出た場合に多額の費用を負担する「責任パートナー制度」といった不透明な制度もある。 「ずっとこんな給料で生活していくのだろうか」「給料は本当に安くて、ずっとこんな給料で生活していくのだろうかと随分悩みました。夜10時過ぎまで残業する日が続いても、残業代は一切出ません。しんどくなって辞めました。あまりに大変だったので、辞める直前のことはよく覚えていません」 こう話すのは、以前ピースボートで専従スタッフとして働いていたAさんだ。すでに給与明細は捨ててしまったそうだが、通帳を見せてもらうと、20代前半の給与の振込額は15万円弱。ピースボートは、健康保険と厚生年金を会社負担する制度がなく、自分で国民健康保険と国民年金を支払っていたという。そうなると、実質的な手取りはさらに減ってしまう』、「ピースボートは、健康保険と厚生年金を会社負担する制度がなく」、酷い仕組みだ。まるでボランティア扱いだ。
・『クルーズ中の3カ月間は休みが一切ない 勤務実態を聞くと、時期によっては長時間の残業が続くが、基本的にはどれだけ働いてもサービス残業。日曜日にはクルーズの説明会のために出勤することが多かったが、残業代などの手当は支払われなかった。 世界一周クルーズにスタッフとして乗船すると、勤務はさらに過酷になる。クルーズ中の約3カ月間は休みがない。シフト勤務の考え方すらないため、睡眠時間が十分に取れない日も珍しくない。それでも残業代や手当は出ないのだという。 話を聞いていると、どのような雇用形態になっているのだろうかと疑問が湧く。しかし、本人も「よく分かりませんでした」と話す。ある程度の年数勤務したものの、退職金はなかった』、権利意識に乏しい人もいたものだ。
・『「世界一周の船旅」のポスターを貼るのはボランティア ピースボートの設立は1983年。この年に小笠原、グアム、サイパンなどを訪れ、第2次世界大戦を知る当事者に会いに行く旅を実施した。以後、世界一周クルーズを実施するようになり、国際的な社会問題に対して取り組む国際NGOとして活動している。 一方で、クルーズの販売については、95年からジャパングレイスが行うようになる。ピースボートの現在の収入は、クルーズの船内企画や、交流ツアーのコーディネートの費用など、ジャパングレイスからの業務委託費が中心とみられる。 ピースボートの運営には多くのボランティアスタッフも関わっている。街で見かける「世界一周の船旅」のポスターを貼るのはボランティア。お店に頼んでポスターを貼ってもらい、3枚ごとに1000円分のポイントが付与される。そのポイントをためることで、クルーズに参加できるシステムだ。また、クルーズに通訳などのボランティアで参加すると、やはり乗船費用が免除される。 ジャパングレイスの社員の採用は、就職情報サイトなどに載っている。一方、ピースボートの専従スタッフの募集は見つからない。関係者によると、専従スタッフの募集はボランティアスタッフの経験者に声をかけることが多いそうだ。世界一周クルーズに感動し、自分も一緒に働きたいと意欲をもった若い世代が、専従スタッフになることが多いという』、「専従スタッフの募集はボランティアスタッフの経験者に声をかけることが多い」、なるほど。
・『事業の「赤字」を負担する「責任パートナー制度」 ところが、専従スタッフになると、程なくしてさまざまな問題に直面する。給与の低さや、社会保険制度の未整備、サービス残業などの労働環境については前述したが、それだけではない。「責任パートナー制度」という赤字補塡ほてんの仕組みがあるのだ。 ピースボートのホームページを見ると、責任パートナーを「複数の共同代表」と表現している。関係者によると、専従スタッフから責任パートナーになるには、3人の推薦人が必要で、その上で立候補を宣言して、認められる必要がある。 その際、誓約書にサインを求められる。コピーなどの控えはもらえない。Aさんが疑問に感じたのは、「出資金」を支払わなければならないことだ。 「責任パートナーとなると毎年5万円を払います。『出資金』と説明を受けました。さらに、何年かに1度は、『赤字が出たから』といって、お金を払うことが求められます。決して少ない金額ではありません。70万円のときもあれば、100万円以上になるときもあります。給料が安いので貯金はなく、どこかで工面するか、払えない場合は毎月の分割払いで給料から天引きされて、少ない手取りがさらに減ることになります」』、「責任パートナー」は「出資金」を求められ、「赤字」補填まで求められるようだ。
・『責パにならないと「本気でやっていない」と馬鹿にされる これだけの金額を負担しなければならないのであれば、誰も責任パートナーになりたいとは思わないのではないだろうか。しかし、専従スタッフの間では、責任パートナーに立候補せざるを得ない雰囲気があるようだ。Aさんは話す。 「ピースボートのために働きたいのであれば、やっぱり責パ(責任パートナー)になるべきだと言われることが多いです。でも、ならなければいけない明確な理由は誰も言いません」 「立候補しないままでいると、『ピースボートのスタッフを本気でやっていない』と馬鹿にされることもあります。仕方がないので立候補しました。ただ、出資金も含め、責任パートナーから集めた金がどのように使われているのかは分かりません」 確かにピースボートのホームページを見ても、財務情報は掲載されていない。関連団体としての一般社団法人ピースボートいしのまき(現在は一般社団法人ほやほや学会に改称)は、財務情報を公開しているが、ピースボート自体はどうやら法人化していないように見てとれる』、「「立候補しないままでいると、『ピースボートのスタッフを本気でやっていない』と馬鹿にされることもあります。仕方がないので立候補しました」、頼りない限りだ。
・『「年を重ねるにつれて将来を不安に感じるようになる」 一般的なNGOと比べて、ピースボートの労働環境に問題はないのだろうか。国際協力NGOセンター(JANIC)は、NGO職員の待遇や福利厚生の実態を明らかにする調査「NGOセンサス」を実施している。2019年の調査では、10月から12月にかけて、46団体から回答を得た。 給与と福利厚生について見ると、健康保険と厚生年金保険の制度を整備しているNGOは96%に上った。残業手当については70%、賞与は65%、退職金は57%と、半数以上のNGOで支給されている。住居手当は37%が支給されている。ピースボートはこの調査の対象ではないが、ピースボートの専従スタッフにはどの手当もない。 昇給制度はピースボートにもある。しかし、その基準は不明瞭で、年度初めに昇給額が告げられるだけ。Aさんは「数年ほど勤務しても、2万円アップするかどうかだった」という。 ピースボートの本部があり、多くのスタッフが勤務するのは東京・高田馬場。給与の低さから、スタッフ同士がシェアハウスで暮らすケースが多い。スタッフの誰かが所有する部屋を、複数のスタッフで借りる。部屋で飲み会を開くなど「楽しく過ごすことができる」そうだが、この労働条件では、年を重ねるにつれて将来を不安に感じるようになるという。 「労働関係の法律などが守られているのか、疑問に思いました。スタッフには40代の人もいますが、おそらく20代や30代前半で辞めていく人が多いのではないでしょうか」』、「NGOセンサス」によれば、「健康保険と厚生年金保険の制度を整備しているNGOは96%に上った」、「ピースボート」は一般のNGOに比べても待遇が悪いようだ。「給与の低さから、スタッフ同士がシェアハウスで暮らすケースが多い」、なるほど。
・『ピースボートは法人格のない「民法上の任意の組合」だった Aさんの証言にもとづき、ピースボートに質問した。運営形態について、広報担当者は「民法上の任意の組合です。発足当初からこの形態で運営しています」と答えた。 民法上の任意の組合とは、基本的には2人以上の事業主が、利益の獲得や費用損失を負担するといった共通の目的のために出資する組合だ。つまり、法人格はない。また、社会保険の適用事業所ではないため、スタッフは自分で健康保険や国民年金を支払うことになる。スタッフの労働条件は、この運営方法に起因している。 一方、責任パートナーが赤字を負担する制度については、次のように説明している。 「クルーズのコーディネートをおこなう業務委託費などの収入に対し、家賃や人件費などの活動費が上回ると収支がマイナスとなり、責任パートナーが負担します。現在の責任パートナーの負担の有無、金額についてはお答えしかねます。当団体は、責任パートナーではない専従スタッフも活動しており、その方々に出資や経済的負担はありません」』、「民法上の任意の組合」で「法人格はない」、「社会保険の適用事業所ではないため、スタッフは自分で健康保険や国民年金を支払うことになる」、こんな中途半端な位置づけが問題の根源にあるようだ。
・『クラウドファンディングで3655万円超を集めたが…… コロナ禍になって20年以降の世界一周の船旅は延期になり、現在も実施には至っていない。苦境に立っていると考えられるピースボートを支援しようと、20年にはクラウドファンディングが立ち上がった。 「#がんばれピースボート コロナショックで船旅を出せないピースボートを助けたい!」と題したプロジェクトで、支援の中心となったのは過去にピースボートに乗船した人たちのようだ。20年7月30日までに、目標金額の3000万円を超える3655万円余りを集めた。 使途を聞いたところ、広報担当者は「家賃や人件費などの活動費として、全額を使用させていただきました」と回答した。しかし、収支報告などは公開されていない』、「クラウドファンディング」で資金を集めたのであれば、道義上は「収支報告」などを「公開」すべきだ。
・『「説明を受けたことはまったくありません」 以前専従スタッフとして働いていたAさんは、ピースボートが民法上の組合として運営されていたことは「まったく知らなかった」と話す。労働環境が法人とは異なり、責任パートナーになれば出資や赤字負担が求められる性質上、本来であれば事前に説明されるべきだが、説明を受けた記憶はないという。「民法上の組合という形での運営という説明を受けたことはまったくありません。在職中もそのような説明をされていたという話は、他のスタッフから聞いたことがないですね。今回お話しさせていただいたのは、本来あってはならない返金のトラブルを20年に起こし、そして今もいつ始まるか分からないクルーズの販売を続けている陰で、苦しんでいるスタッフがいると思ったからです」 「クルーズに参加すれば楽しいですし、スタッフの仕事にもやりがいを感じます。けれども、その思いを踏みにじるような労働環境や責任パートナー制度には、やはり問題があるのではないでしょうか」 ピースボートは国際NGOとして長い歴史を誇り、知名度もある。今回、証言を寄せたAさんはピースボートの活動の意義を評価し、船内での勤務も「楽しかった」と振り返る。しかし、その活動内容は「やりがい搾取」だった恐れがある。どれだけ崇高な意義があるとしても、「好きでやっているのだから仕方ない」として若者から搾取するのは、ここでやめるべきではないだろうか』、「「好きでやっているのだから仕方ない」として若者から」「やりがい搾取」するのは、ここでやめるべきではないだろうか」、同感である。
先ずは、昨年11月17日付け文春オンライン「<音声入手> 「月45時間を超えても構わない」 ワタミ執行役員が“残業要求”で厳重注意」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/50112
・『大手外食チェーン「ワタミ」の執行役員が、社員に対し、労働基準法で定められた残業時間の上限を超える労働を求めたと受け取れる発言をしていたことが、「週刊文春」の取材でわかった。社内ネットで配信された動画を入手した。 創業者の渡邉美樹氏(62)が12年ぶりに社長に復帰したワタミ。コロナ禍で外食事業が厳しい中、渡邉氏が新たな収益源として力を注いでいるのが、「ワタミの宅食」だ。11月12日発表の中間決算でも、宅食事業の売上高は約178億円で、国内外食事業の約75億円を大きく上回った。 一方、ワタミを巡っては、過去に新入社員が過労自殺するなどブラックぶりが問題視されてきた。宅食事業を巡っても、昨年9月、営業所長の残業代未払いに関して労働基準監督署から是正勧告が出されている。さらに今年3月にも、月75時間を超える残業をさせていたとして、是正勧告が出されていた。 その宅食事業のトップである宅食事業本部長に10月1日付で起用されたのが、執行役員の肱岡彰彦氏だ。 10月の最終週、全国で数百名いる「ワタミの宅食」営業所の所長に向け、社内ネットで1本の動画が配信された。「週刊文春」が入手した動画によれば、肱岡氏は以下のように語っている(音声のみ公開)。 肱岡「11月の残業が増えるということは……増えるということは問題がありませんし、逆に言うと、増やして下さい。で、必ずいま述べたような施策を、必ずやるというふうに考えて下さい」 労働基準法で定められた残業時間の上限は原則的に月45時間だが、次のように続けた。 肱岡「残業に関してはですね、会社の考え方として、残業は必要に応じてして下さい、というスタンスですけれども。ただし皆さんの健康を考えて45時間というのを目安にしてます。ですから45時間というのを一つの目安として、上長とご相談をしてみて下さい。ただ11月はですね、強化月間ということで、45時間を超えるということがあってもいいというふうに考えてます。どうしても労働基準法に触れるので80時間というのはできませんけれども、45時間超えるということも、会社としては構いませんので」 そして、動画の最後はこう締めくくったのだった。 肱岡「一番の優先順位を営業活動にすると。残業守る、ということじゃなく、営業活動するということを最重要に考えて頂いて、11月、頑張って下さい」) 労働法に詳しい光永享央弁護士が指摘する。 「新入社員が過労自殺した際、渡邉氏らは全面的に責任を認め、再発防止を誓約した。ところが昨年、再び残業を巡って是正勧告を受け、悪弊を断ち切れていないことが窺えます。そんな中で、労基法の原則的上限である45時間を守るより営業活動が優先と発信すれば、長時間労働に苦しむ社員が生まれ、新たな犠牲者も出しかねません。明らかに不適切な発言です」』、「ワタミ」の「ブラック体質」は根深そうだ。
・『ワタミは肱岡氏の発言をどう受け止めているのか ワタミに事実関係の確認を求めたところ、以下のように回答した。 「当該執行役員はご指摘の動画内で『労働基準法を守った上で、残業する場合は上司に相談して適切な手続きをするように』とも発言し法令を遵守する姿勢の発言を明確にしております。実際、ワタミ宅食事業の今年度の平均残業時間は法令を下回る水準となっており、法令遵守を徹底しております。 一方で会長兼社長の渡邉美樹が、労働環境改善を掲げる企業方針を打ち出している中で、今回の発言は誤解を生む表現であり適切でないと真摯に受け止め改善致します。 渡邉からは、当該執行役員に対して今回の発言は誤解を生む表現であり、適切ではないと厳しく注意がなされました」 ワタミを巡っては、社員の労働環境を巡る問題が相次ぎ、そのたびに渡邉氏は労働環境の改善を掲げてきた。そうした中で、宅食事業部門のトップ自らが残業を求める動画の存在が明るみに出たことで、社員に過大な労働を求める同社の企業体質が改めて問われることになりそうだ。 11月17日(水)16時配信の「週刊文春 電子版」および11月18日(木)発売の「週刊文春」では、「ワタミの宅食」の営業所長らの証言、残業を求める発言を行った肱岡氏の経歴などについても報じている』、「渡邉からは、当該執行役員に対して今回の発言は誤解を生む表現であり、適切ではないと厳しく注意がなされました」、「発言」の「不適切さ」の割には穏やかな「注意」だ。「会長兼社長の渡邉美樹」自身の反省が不十分なのかも知れない。
次に、本年2月16日付けPRESIDENT Onlineが掲載したジャーナリストの田中 圭太郎氏による「「100万円以上の赤字負担で、シェアハウス住まい」世界一周の国際NGOが職員に隠していたこと ピースボートという「やりがい搾取」」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54575
・『「地球一周の船旅」を支える疑問だらけの労働環境 「地球一周の船旅」と書かれたポスターを見たことがある人は多いだろう。旅行会社のジャパングレイスが販売し、業務委託を受けたNGOのピースボート(本部:東京都・新宿区)が運営する世界一周クルーズを宣伝するポスターだ。 2020年春、筆者はプレジデントオンラインで、ジャパングレイスがキャンセルの返金をめぐって観光庁や業界団体から指導を受けたことを報じた(20年4月28日「『200万円は返せない』世界一周クルーズ“ピースボート”の開き直り」)。クルーズの販売は継続されているものの、コロナ禍で今もクルーズは実施できないままだ。 記事公開後、筆者の元にピースボートのスタッフの労働環境に関する疑問の声が寄せられた。ピースボートでは「専従スタッフ」と「ボランティアスタッフ」が働いている。このうち専従スタッフはフルタイム勤務だが「給与は低く、手当は不十分」であるという。しかも、「赤字」が出た場合に多額の費用を負担する「責任パートナー制度」といった不透明な制度もある。 「ずっとこんな給料で生活していくのだろうか」「給料は本当に安くて、ずっとこんな給料で生活していくのだろうかと随分悩みました。夜10時過ぎまで残業する日が続いても、残業代は一切出ません。しんどくなって辞めました。あまりに大変だったので、辞める直前のことはよく覚えていません」 こう話すのは、以前ピースボートで専従スタッフとして働いていたAさんだ。すでに給与明細は捨ててしまったそうだが、通帳を見せてもらうと、20代前半の給与の振込額は15万円弱。ピースボートは、健康保険と厚生年金を会社負担する制度がなく、自分で国民健康保険と国民年金を支払っていたという。そうなると、実質的な手取りはさらに減ってしまう』、「ピースボートは、健康保険と厚生年金を会社負担する制度がなく」、酷い仕組みだ。まるでボランティア扱いだ。
・『クルーズ中の3カ月間は休みが一切ない 勤務実態を聞くと、時期によっては長時間の残業が続くが、基本的にはどれだけ働いてもサービス残業。日曜日にはクルーズの説明会のために出勤することが多かったが、残業代などの手当は支払われなかった。 世界一周クルーズにスタッフとして乗船すると、勤務はさらに過酷になる。クルーズ中の約3カ月間は休みがない。シフト勤務の考え方すらないため、睡眠時間が十分に取れない日も珍しくない。それでも残業代や手当は出ないのだという。 話を聞いていると、どのような雇用形態になっているのだろうかと疑問が湧く。しかし、本人も「よく分かりませんでした」と話す。ある程度の年数勤務したものの、退職金はなかった』、権利意識に乏しい人もいたものだ。
・『「世界一周の船旅」のポスターを貼るのはボランティア ピースボートの設立は1983年。この年に小笠原、グアム、サイパンなどを訪れ、第2次世界大戦を知る当事者に会いに行く旅を実施した。以後、世界一周クルーズを実施するようになり、国際的な社会問題に対して取り組む国際NGOとして活動している。 一方で、クルーズの販売については、95年からジャパングレイスが行うようになる。ピースボートの現在の収入は、クルーズの船内企画や、交流ツアーのコーディネートの費用など、ジャパングレイスからの業務委託費が中心とみられる。 ピースボートの運営には多くのボランティアスタッフも関わっている。街で見かける「世界一周の船旅」のポスターを貼るのはボランティア。お店に頼んでポスターを貼ってもらい、3枚ごとに1000円分のポイントが付与される。そのポイントをためることで、クルーズに参加できるシステムだ。また、クルーズに通訳などのボランティアで参加すると、やはり乗船費用が免除される。 ジャパングレイスの社員の採用は、就職情報サイトなどに載っている。一方、ピースボートの専従スタッフの募集は見つからない。関係者によると、専従スタッフの募集はボランティアスタッフの経験者に声をかけることが多いそうだ。世界一周クルーズに感動し、自分も一緒に働きたいと意欲をもった若い世代が、専従スタッフになることが多いという』、「専従スタッフの募集はボランティアスタッフの経験者に声をかけることが多い」、なるほど。
・『事業の「赤字」を負担する「責任パートナー制度」 ところが、専従スタッフになると、程なくしてさまざまな問題に直面する。給与の低さや、社会保険制度の未整備、サービス残業などの労働環境については前述したが、それだけではない。「責任パートナー制度」という赤字補塡ほてんの仕組みがあるのだ。 ピースボートのホームページを見ると、責任パートナーを「複数の共同代表」と表現している。関係者によると、専従スタッフから責任パートナーになるには、3人の推薦人が必要で、その上で立候補を宣言して、認められる必要がある。 その際、誓約書にサインを求められる。コピーなどの控えはもらえない。Aさんが疑問に感じたのは、「出資金」を支払わなければならないことだ。 「責任パートナーとなると毎年5万円を払います。『出資金』と説明を受けました。さらに、何年かに1度は、『赤字が出たから』といって、お金を払うことが求められます。決して少ない金額ではありません。70万円のときもあれば、100万円以上になるときもあります。給料が安いので貯金はなく、どこかで工面するか、払えない場合は毎月の分割払いで給料から天引きされて、少ない手取りがさらに減ることになります」』、「責任パートナー」は「出資金」を求められ、「赤字」補填まで求められるようだ。
・『責パにならないと「本気でやっていない」と馬鹿にされる これだけの金額を負担しなければならないのであれば、誰も責任パートナーになりたいとは思わないのではないだろうか。しかし、専従スタッフの間では、責任パートナーに立候補せざるを得ない雰囲気があるようだ。Aさんは話す。 「ピースボートのために働きたいのであれば、やっぱり責パ(責任パートナー)になるべきだと言われることが多いです。でも、ならなければいけない明確な理由は誰も言いません」 「立候補しないままでいると、『ピースボートのスタッフを本気でやっていない』と馬鹿にされることもあります。仕方がないので立候補しました。ただ、出資金も含め、責任パートナーから集めた金がどのように使われているのかは分かりません」 確かにピースボートのホームページを見ても、財務情報は掲載されていない。関連団体としての一般社団法人ピースボートいしのまき(現在は一般社団法人ほやほや学会に改称)は、財務情報を公開しているが、ピースボート自体はどうやら法人化していないように見てとれる』、「「立候補しないままでいると、『ピースボートのスタッフを本気でやっていない』と馬鹿にされることもあります。仕方がないので立候補しました」、頼りない限りだ。
・『「年を重ねるにつれて将来を不安に感じるようになる」 一般的なNGOと比べて、ピースボートの労働環境に問題はないのだろうか。国際協力NGOセンター(JANIC)は、NGO職員の待遇や福利厚生の実態を明らかにする調査「NGOセンサス」を実施している。2019年の調査では、10月から12月にかけて、46団体から回答を得た。 給与と福利厚生について見ると、健康保険と厚生年金保険の制度を整備しているNGOは96%に上った。残業手当については70%、賞与は65%、退職金は57%と、半数以上のNGOで支給されている。住居手当は37%が支給されている。ピースボートはこの調査の対象ではないが、ピースボートの専従スタッフにはどの手当もない。 昇給制度はピースボートにもある。しかし、その基準は不明瞭で、年度初めに昇給額が告げられるだけ。Aさんは「数年ほど勤務しても、2万円アップするかどうかだった」という。 ピースボートの本部があり、多くのスタッフが勤務するのは東京・高田馬場。給与の低さから、スタッフ同士がシェアハウスで暮らすケースが多い。スタッフの誰かが所有する部屋を、複数のスタッフで借りる。部屋で飲み会を開くなど「楽しく過ごすことができる」そうだが、この労働条件では、年を重ねるにつれて将来を不安に感じるようになるという。 「労働関係の法律などが守られているのか、疑問に思いました。スタッフには40代の人もいますが、おそらく20代や30代前半で辞めていく人が多いのではないでしょうか」』、「NGOセンサス」によれば、「健康保険と厚生年金保険の制度を整備しているNGOは96%に上った」、「ピースボート」は一般のNGOに比べても待遇が悪いようだ。「給与の低さから、スタッフ同士がシェアハウスで暮らすケースが多い」、なるほど。
・『ピースボートは法人格のない「民法上の任意の組合」だった Aさんの証言にもとづき、ピースボートに質問した。運営形態について、広報担当者は「民法上の任意の組合です。発足当初からこの形態で運営しています」と答えた。 民法上の任意の組合とは、基本的には2人以上の事業主が、利益の獲得や費用損失を負担するといった共通の目的のために出資する組合だ。つまり、法人格はない。また、社会保険の適用事業所ではないため、スタッフは自分で健康保険や国民年金を支払うことになる。スタッフの労働条件は、この運営方法に起因している。 一方、責任パートナーが赤字を負担する制度については、次のように説明している。 「クルーズのコーディネートをおこなう業務委託費などの収入に対し、家賃や人件費などの活動費が上回ると収支がマイナスとなり、責任パートナーが負担します。現在の責任パートナーの負担の有無、金額についてはお答えしかねます。当団体は、責任パートナーではない専従スタッフも活動しており、その方々に出資や経済的負担はありません」』、「民法上の任意の組合」で「法人格はない」、「社会保険の適用事業所ではないため、スタッフは自分で健康保険や国民年金を支払うことになる」、こんな中途半端な位置づけが問題の根源にあるようだ。
・『クラウドファンディングで3655万円超を集めたが…… コロナ禍になって20年以降の世界一周の船旅は延期になり、現在も実施には至っていない。苦境に立っていると考えられるピースボートを支援しようと、20年にはクラウドファンディングが立ち上がった。 「#がんばれピースボート コロナショックで船旅を出せないピースボートを助けたい!」と題したプロジェクトで、支援の中心となったのは過去にピースボートに乗船した人たちのようだ。20年7月30日までに、目標金額の3000万円を超える3655万円余りを集めた。 使途を聞いたところ、広報担当者は「家賃や人件費などの活動費として、全額を使用させていただきました」と回答した。しかし、収支報告などは公開されていない』、「クラウドファンディング」で資金を集めたのであれば、道義上は「収支報告」などを「公開」すべきだ。
・『「説明を受けたことはまったくありません」 以前専従スタッフとして働いていたAさんは、ピースボートが民法上の組合として運営されていたことは「まったく知らなかった」と話す。労働環境が法人とは異なり、責任パートナーになれば出資や赤字負担が求められる性質上、本来であれば事前に説明されるべきだが、説明を受けた記憶はないという。「民法上の組合という形での運営という説明を受けたことはまったくありません。在職中もそのような説明をされていたという話は、他のスタッフから聞いたことがないですね。今回お話しさせていただいたのは、本来あってはならない返金のトラブルを20年に起こし、そして今もいつ始まるか分からないクルーズの販売を続けている陰で、苦しんでいるスタッフがいると思ったからです」 「クルーズに参加すれば楽しいですし、スタッフの仕事にもやりがいを感じます。けれども、その思いを踏みにじるような労働環境や責任パートナー制度には、やはり問題があるのではないでしょうか」 ピースボートは国際NGOとして長い歴史を誇り、知名度もある。今回、証言を寄せたAさんはピースボートの活動の意義を評価し、船内での勤務も「楽しかった」と振り返る。しかし、その活動内容は「やりがい搾取」だった恐れがある。どれだけ崇高な意義があるとしても、「好きでやっているのだから仕方ない」として若者から搾取するのは、ここでやめるべきではないだろうか』、「「好きでやっているのだから仕方ない」として若者から」「やりがい搾取」するのは、ここでやめるべきではないだろうか」、同感である。
タグ:文春オンライン「<音声入手> 「月45時間を超えても構わない」 ワタミ執行役員が“残業要求”で厳重注意」 田中 圭太郎氏による「「100万円以上の赤字負担で、シェアハウス住まい」世界一周の国際NGOが職員に隠していたこと ピースボートという「やりがい搾取」」 PRESIDENT ONLINE 「渡邉からは、当該執行役員に対して今回の発言は誤解を生む表現であり、適切ではないと厳しく注意がなされました」、「発言」の「不適切さ」の割には穏やかな「注意」だ。「会長兼社長の渡邉美樹」自身の反省が不十分なのかも知れない。 ブラック企業 (その14)(<音声入手> 「月45時間を超えても構わない」 ワタミ執行役員が“残業要求”で厳重注意、「100万円以上の赤字負担で シェアハウス住まい」世界一周の国際NGOが職員に隠していたこと ピースボートという「やりがい搾取」) 「ワタミ」の「ブラック体質」は根深そうだ。 「ピースボートは、健康保険と厚生年金を会社負担する制度がなく」、酷い仕組みだ。まるでボランティア扱いだ。 権利意識に乏しい人もいたものだ。 「専従スタッフの募集はボランティアスタッフの経験者に声をかけることが多い」、なるほど。 「責任パートナー」は「出資金」を求められ、「赤字」補填まで求められるようだ。 「「立候補しないままでいると、『ピースボートのスタッフを本気でやっていない』と馬鹿にされることもあります。仕方がないので立候補しました」、頼りない限りだ。 「NGOセンサス」によれば、「健康保険と厚生年金保険の制度を整備しているNGOは96%に上った」、「ピースボート」は一般のNGOに比べても待遇が悪いようだ。「給与の低さから、スタッフ同士がシェアハウスで暮らすケースが多い」、なるほど。 「民法上の任意の組合」で「法人格はない」、「社会保険の適用事業所ではないため、スタッフは自分で健康保険や国民年金を支払うことになる」、こんな中途半端な位置づけが問題の根源にあるようだ。 「クラウドファンディング」で資金を集めたのであれば、道義上は「収支報告」などを「公開」すべきだ。 「「好きでやっているのだから仕方ない」として若者から」「やりがい搾取」するのは、ここでやめるべきではないだろうか」、同感である。
歴史問題(16)(中国史とつなげて学ぶと日本史の常識が覆る理由 「アジア史の視点」から日本史を捉えなおす意義、元寇「蒙古は神風吹く前に撤退決めた」驚きの事実 日本の反撃に貢献した対馬、壱岐での前日譚、昭和天皇の側近まで...陸軍親ソ派による「共産主義国家の建設」という野望) [国内政治]
歴史問題については、昨年8月25日に取上げた。今日は、(16)(中国史とつなげて学ぶと日本史の常識が覆る理由 「アジア史の視点」から日本史を捉えなおす意義、元寇「蒙古は神風吹く前に撤退決めた」驚きの事実 日本の反撃に貢献した対馬、壱岐での前日譚、昭和天皇の側近まで...陸軍親ソ派による「共産主義国家の建設」という野望)である。
先ずは、昨年10月23日付け東洋経済オンラインが掲載した京都府立大学文学部教授の岡本 隆司氏による「中国史とつなげて学ぶと日本史の常識が覆る理由 「アジア史の視点」から日本史を捉えなおす意義」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/462036
・『現代の地球温暖化は人類が直面する重大問題となっている。では、過去の歴史において、気候変動はどう影響したのか。『中国史とつなげて学ぶ日本全史』を上梓した京都府立大学・岡本隆司氏が、気候変動と日本史の関係について、さらには気候変動、人口動態、経済ネットワークなどアジア史の視点から日本史を捉えることの意義を解き明かす』、興味深そうだ。
・『気候変動と日本史の関係 過去の日本史において、温暖化・気候変動ということばや課題が、現代ほど身近にあったとは思えません。それでも気候変動の実体が、歴史上なかったはずはないでしょう。あったとすれば、どのような影響を及ぼしていたのでしょうか。 なかでも、われわれの来し方・日本史でどうだったのか、実はあまりよくわかっていないように思うのは、筆者だけでしょうか。近年はいわゆるグローバル・ヒストリーの観点から、環境や気候が歴史学の研究対象となり、関心も集まってきました。それでもまだ検討は緒に就いたばかり、体系的な史実の理解・叙述には至っていません。 そもそも史実に影響を及ぼす地球規模の気候変動は、日本の歴史だけをみていますと、わかりづらいように感じます。 日本列島は温暖湿潤で、すぐれて農耕に適した生態環境です。住民の社会的な分業は種々あったにせよ、その主たる生業が農業生産だったことは疑えません。そうした一元的な環境条件では、たとえ気象変動が発生しましても、社会経済的な史実では、おおむね作柄の豊凶や饑饉の有無に還元、包摂されてしまいます。それにともなって、政治の動きも単調にならざるをえません。かくて列島では、ヒトの歴史と気候変動の相関がよくみえなくなっているのです。 それでも日本史は、大きな時代の画期をたびたび迎えました。7世紀から8世紀の律令国家の形成、11世紀からの武家政権の勃興、16世紀以降の天下統一の達成など、やはりダイナミックな歴史です。そんな歴史の展開と気象の変動は、はたして関係していなかったのでしょうか。 その実地の、具体的で直接的な因果関係を論証するには、もちろん厳密な史料調査を通じた研究が欠かせません。ですがそれは、専門家の仕事です。アマチュアのわれわれは、むしろ大掴みな見通しを示し議論の足がかりをつくって、専門家の厳密な指導・批正を仰げるようにしておけばよいかと思います。) そのよすがの1つになるのが、中国史とつなげてみることでしょう。日本は島国ですから、外界との連絡・交渉に乏しい初期条件があります。勢い外との関わりにあまり立ち入らずに歴史をみがちですし、またそれでも十分に内容のある歴史が書けてしまいます。 ですが、それだけではみえないことも、またたくさんあります。気候変動の関連などは、その最たるものでしょう。そこでたとえば、日本の史実経過を近接する中国史の動向と照らし合わせて考えてみると、みえなかったものが視界に入り、新たな視野も開けてくるかもしれません』、「日本の史実経過を近接する中国史の動向と照らし合わせて考えてみると、みえなかったものが視界に入り、新たな視野も開けてくるかもしれません」、面白い考え方だ。
・『古代の日本が目指した唐の律令体制 律令国家の形成は、日本の古代史の画期です。その律令とは中国由来の法制ですから、中国・東アジアとのつながりは、つとに意識されてきました。それでも、輸入した律令・土地制度など、日本の立場からみるばかりで、相手の中国・唐が全体として、実際にはどんな国家だったのか、なぜその律令ができたのか、あまり考慮しているようには思えません。 唐は中国の長い分立時代を経て、ようやくできた統一政権です。それまでの分立は、主として黄河流域に遊牧民が南下移住してきたことで起こったものでした。ではなぜ、かれらが移住してきたかといえば、気候の寒冷化によります。北方の草原地帯で暮らしてきた遊牧民は、寒冷化で草原の植生が激減、生業の牧畜ができなくなり、生存のため移住せざるをえませんでした。 移民と既存の住民のあいだでは、しばしば摩擦が生じます。そこで治安を継続的に維持しうる秩序は、なかなか構築できません。そうした秩序回復がひとまず実現をみたのが、唐の統一でした。つまり唐の律令体制とは、従前の分立時代、ひいては気象変動の歴史が刻印されているものなのです。 かたや日本列島は、ようやく国家形成の黎明期でした。建国にあたってモデルとできるのは、すでに数百年以上先んじている大陸の体制しかありません。そこで律令をコピーして、国家体制をアップデートしました。 ただ日唐の国情・経歴には、あまりにも隔たりがあります。列島は寒冷化・移民による動乱、政権の分立や統合といったことに未経験ですから、オリジナルな律令そのままのコピーは困難でした。日本版の律令を作るにあたって、かなりの改編を経たのはよく知られたところですが、それでも日本の実情に合わないところが少なくありません。 そうしたいきさつをもっと突きつめて考えてやれば、気象変動に大きく影響をうけてきた大陸の履歴と、さほど問題になったようにみえない日本の歴史過程とのちがいがいっそうはっきりして、古代史の位置づけを捉えなおすこともできるでしょう。 律令体制からの逸脱、それにともなう武家政治の形成が、古代から中世への日本の歩みでした。北半球の気象は同じ時期、温暖化に転じています。それは大陸では、寒冷化に適応した唐とその律令体制の崩壊過程でもありました。日本の中世はそうした動きと並行していたのです。) 寒冷が緩んで移動交通が活性化、各地の生産も回復し、それに応じて在地勢力が伸張する。こうした現象が世界的な潮流でして、列島内部の動きもおそらく同じ現象の一環のように思われます。そしてコピー法制の律令ではいよいよ対応しきれなくなって、政治も文化も土俗化していきました。鎌倉時代の到来はそのピークをなしています。 ユーラシア大陸は13世紀にモンゴル帝国の建設を経て、大統合に向かいました。そこで日本へも直接の圧力がきます。いわゆる「蒙古襲来」ですが、このモンゴルの動きこそ、それまでの温暖化の総決算ともいえるでしょう。 といいますのも、9世紀ごろから本格化した温暖化は、草原の植生を回復させ、遊牧民の活動をうながし、遊牧国家の強大化をもたしました。東アジアではウイグル・契丹・女真を経てモンゴルにいきつく動きです。また農耕世界の中国では、環境の好転・競争の激化・資源の開発にともない、唐宋変革という技術革新・経済成長・文藝復興がおこりました。そうした政治軍事・経済文化の飛躍的伸張が結集したのが、モンゴル帝国の大統合だったわけです』、「寒冷が緩んで移動交通が活性化、各地の生産も回復し、それに応じて在地勢力が伸張する。こうした現象が世界的な潮流でして、列島内部の動きもおそらく同じ現象の一環のように思われます。そしてコピー法制の律令ではいよいよ対応しきれなくなって、政治も文化も土俗化していきました。鎌倉時代の到来はそのピークをなしています」、「政治軍事・経済文化の飛躍的伸張が結集したのが、モンゴル帝国の大統合だった」、なるほど。
・『14世紀の危機から大航海時代へ 日本は「蒙古襲来」を撃退して、その大統合に加わりませんでした。このあたりも日本と大陸の隔たりをあらわしています。温暖化という気候変動を共有し、類似の社会経済現象を経験しながら、しかも異なる道をたどったところに、日本史の特性をみることができます。 世界史ではこのモンゴル帝国、日本史では「蒙古襲来」は、1つの分水嶺をなしています。といいますのも、それからまもない14世紀に、気候が寒冷化に転じたからです。ヨーロッパのペスト蔓延が典型的ですが、世界全体が疫病と不況で暗転しました。 以後の世界史はその「危機」から脱却すべく、新たな営為をはじめることになります。日本列島でも、鎌倉幕府の崩壊とそれ以降の騒乱が生じました。そこでも中国との関係が、たえず問題になっていたことは見のがせません。 「危機」からおよそ200年。そのブレイクスルーが大航海時代にはじまる環大西洋革命・産業革命・世界経済、つまり西洋近代の形成になります。その動きはもちろん世界中に波及しまして、日本におよんだ影響は、戦国乱世・南蛮渡来・天下統一という16世紀以降の近世へ至る歴史にあらわれています。それが明清交代という大陸の動乱とパラレルなことも注目すべき現象です。 このようにみてまいりますと、中国・東アジア・東洋史の視点から日本史をとらえなおすことの意義がよくわかるのではないでしょうか。 西洋の各国史はもちろん自国史です。ですが英・仏・独いずれも隣り合い、しかも各国は列強として世界を制覇した経験もありますので、各国史は同時に西洋史でもあり、また世界史にもなりえます。 ところが日本の場合は、そうはいきません。いくら日本史を掘り下げても、全体的な世界史は出てきません。折に触れて外国が登場はしても、あくまで日本からする意味づけにとどまって、客観的な文脈はほとんど重視されないのです。それほど日本は世界から孤立して、独自だったともいえるでしょうか』、「大航海時代にはじまる環大西洋革命・産業革命・世界経済、つまり西洋近代の形成になります。その動きはもちろん世界中に波及しまして、日本におよんだ影響は、戦国乱世・南蛮渡来・天下統一という16世紀以降の近世へ至る歴史にあらわれています」、「日本史」だけを読むよりも、確かに立体的に理解できる。
・『東洋史の枠組みでみる「真実の日本史」 そのため明治の日本人が草創したのが、東洋史学という学問でした。江戸時代からすでに漢学で中国の史書・史実には親しんでいましたので、西洋史とは別に東洋の「ワールド・ヒストリー」を作って、あらためて日本自身をみつめなおしてやろう、そして東西あわせた世界全体の世界史を構築しようと考えたのです。 とりわけ東アジアで圧倒的な存在の中国の歴史を抜きにして、空間的にも時系列的にも日本の位置を理解することはできません。日中両国は日本海をはさんで対峙し、お互いに不断の影響をおよぼしてきました。東洋史学によって中国や東アジアという世界を説明できれば、その関係性から日本のありようも明らかにできます。ひいては世界全体における日本の位置づけもみえてくるのです。 にもかかわらず、現在その東洋史学は、解体寸前の絶滅危惧種です。大学にある東洋史・中国史の講座・授業には誰も寄りつきませんし、いまや真っ先に消えてゆく運命にあります。つまり日本人は、先人が築いたはずの東アジアからの目線と日本を世界全体に接続する有力なよすがを失いつつあるのです。 気候変動と日本の歴史との関わりなどは一例にすぎませんが、温暖化の昨今、日本史を学ぶにあたって中国史とつなげる意義を示すものでしょう』、「現在その東洋史学は、解体寸前の絶滅危惧種です。大学にある東洋史・中国史の講座・授業には誰も寄りつきませんし、いまや真っ先に消えてゆく運命にあります。つまり日本人は、先人が築いたはずの東アジアからの目線と日本を世界全体に接続する有力なよすがを失いつつあるのです」、誠に残念なことだ。
次に、12月10日付け東洋経済オンラインが掲載した著述家の真山 知幸氏による「元寇「蒙古は神風吹く前に撤退決めた」驚きの事実 日本の反撃に貢献した対馬、壱岐での前日譚」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/472474
・『歴史の教科書にも登場する「元寇(げんこう)」。鎌倉時代末期、二度にわたってモンゴル軍が日本に襲来した事件だ。神風が吹いて切り抜けた――。そう伝えられることが多いが、本当なのか。 その真相と壱岐、対馬における前日譚を、東洋経済オンラインで「近代日本を創造したリアリスト 大久保利通の正体」を連載する真山知幸氏が解説する。 ※本稿は真山氏の新著『泣ける日本史 教科書に残らないけど心に残る歴史』から一部抜粋、再構成したものです』、本当のところはどうだったのか、は興味深い。
・『守護代のところに行くと不穏な空気 福岡県と対馬の中間地点に位置し、玄界灘に浮かぶ壱岐島。対馬海峡に対馬暖流が流れるため温暖な気候で、夏は涼しく冬は暖かく過ごしやすい。 のどかな緑の山々を眺めながら、宗三郎(注)が口笛を吹いて歩いていると、せっせと働く若い夫婦の姿が見える。壱岐島は、高低差が少なく平坦な地形なので、田畑として活用しやすいことで知られている。 (注)宗三郎は壱岐島の守護・平景隆の家臣。詳しい経歴は不明だが、元軍が攻めてきた際、景隆より姫を託され、その戦況を伝えるために太宰府まで遣わされた 「もう稲刈りの季節か。早いものだな」 文永11(1274)年10月、時は鎌倉時代。宗三郎は、主人である守護代の平景隆のもとへと向かっていた。秋風が優しく頬をなでる。何一つ変わらない、平和な島の一日が今日も始まる。 そんなふうに思っていたが、景隆のところに行くと、何やらみながざわざわしており、不穏な空気が流れている。) 宗三郎が急いで場に加わると、景隆が口を開く。 「対馬は全滅したそうだ」 場のどよめきが一段と増す。宗三郎がそばにいた兵に「何事だ」と聞くと、どこか呆然とした面持ちでこう答える。 「蒙古……海の向こうから蒙古が来るらしい……」 宗三郎が口を開く間もなく、景隆は、騒然とする兵たちに「うろたえるでない!」と一喝した。兵の一人を呼び寄せて言う。 「筑前守護の少弐資能(しょうにすけよし)に援軍を頼んでくれ」 「しかし、今からでは……」「いいから、急げ!」 宗三郎はほかの家来と同様に、景隆とともに海岸へと急いだ。蒙古を迎え撃つためである。こちらの兵の数は100あまり。これで十分なものなのかどうかも、見当がつかない。宗三郎は半信半疑で海のほうを見つめた。 「ほんとに蒙古が来るのか、この島に……」 しかし、すでにこのとき、壱岐島での大惨劇までのカウントダウンが始まっていた。ちょうどそのころ、先に攻撃を受けた対馬からなんとか逃げ出した小舟が、大宰府へと急いでいた。惨状を伝えるためである。 実は大宰府にとって、蒙古、つまりモンゴル帝国の襲来は、ありえないことではなかった。時代はややさかのぼって、文永5(1268)年、朝鮮半島の高麗(こうらい)より使節団が大宰府に到着し、モンゴル帝国からの国書が届けられていたからだ。国書は次のような内容だった。 「蒙古国皇帝、書を日本国王に奉じる」 丁寧な国書の文面とは裏腹に、内容は日本の態度を戒めるものだった。すでに高麗もモンゴル帝国の支配下にあるなか、日本から遣いの1人も来ないとはどういうわけか。そう詰問しながら、国交を求めてきたのである』、確かに「モンゴル帝国」の「フビライ」から見れば、「日本」はふざけた国だったろう。
・『逆らうことは許さないという脅し 「相通好せずんば、あに一家の理ならんや。兵を用いるにいたっては、それ、いずくんぞ好むところぞ」 友好関係を結べなければ、兵を出さなければならない。誰がそれを好むだろうか──。国書の最後は「不宣(ふせん)」(十分に意を尽くしていない)という、友人の間で交わされるような友好的な言葉で締めくくられている。 だが、それは表面的なものであり、逆らうことは許さないという脅し以外の何物でもなかった。突然の出来事に、鎌倉幕府と朝廷は正月早々、騒然となる。その日のことを、関白の近衛基平は日記にこう記している。 「国家の珍事、大事なり」 国書は幕府から朝廷へと回されて、激論が交わされることになる。だが、結論はノーと決まっていた。) 当時、他国との通交といえば、平安時代に平清盛が中国の宋朝との貿易を本格化させている。日宋貿易と呼ばれるもので、鎌倉幕府にも引き継がれたが、あくまでも私的な貿易だ。寛平6(894)年に遣唐使を廃止して以来、日本はどの国とも正式な国交を結んではいなかった。 そのため、問題は拒絶の返答をするか、しないかということであった。 実に国書の到着から10日間にわたって朝廷で議論が行われ、幕府とも検討を重ねたが、18 歳の青年が決断を下している。 鎌倉幕府の執権に就いたばかりの北条時宗である。 無礼なるによりて、返事に及ばぬ」 そう毅然とした態度で貫き通すことにしたのである。 なぜ、それほど強気な態度に出たのか。鎌倉幕府は明らかにモンゴル帝国の勢いを見くびっていた。なぜならば、平安時代から鎌倉時代にかけて、日本は日宋貿易を通じてのみ中国の状況を把握しており、北方の諸民族についての情報はかなり限定的だった。 モンゴル帝国の実力を見誤ってしまい、国書をすべて黙殺するというリスクの高い外交につながってしまったと考えられる。無視されたモンゴル帝国は、その後に「元」と国号を改め、7年間にわたり日本に使節を派遣。実際に日本に到着したのは3回だったが、使節を送り込んだのは計6回にも及んだ。それでも日本は黙殺し続けた』、「モンゴル帝国の実力を見誤ってしまい、国書をすべて黙殺するというリスクの高い外交につながってしまった」、「無視されたモンゴル帝国は、その後に「元」と国号を改め、7年間にわたり日本に使節を派遣。実際に日本に到着したのは3回だったが、使節を送り込んだのは計6回にも及んだ。それでも日本は黙殺し続けた」、無知故に「無視」したとはいえ、結果的には正解だった。
・『3000人もの軍勢が対馬に到着 文永11(1274)年、しびれをきらした元は、日本を襲撃することを決意する。3000人もの軍勢が10月5日、対馬に到着した。 対馬の守護代の宗助国(そう・すけくに)が80騎あまりの兵を率いて抵抗を見せるが、わずか2時間で、蒙古軍に討ち死にさせられてしまう。村民の多くは虐殺されるか、捕虜としてとらえられた。そして10月14日、蒙古軍はいよいよ壱岐に到着することになるのだった。 そんな経緯を知る由もない宗三郎は「もしかしたら、何かの間違いではないか」とも思っていたが、過酷な現実は目の前にまで迫ってきていた。 元の先発隊として2隻の船が到着すると、約400人の兵たちが上陸してきたのである。 「カーン」そんな鐘の音とともに、蒙古軍の矢が雨のように降り注いだ。日本の矢に比べて、飛距離は2倍。放たれた瞬間に射抜かれる。おまけに矢には毒が塗られていた。 「名乗りもせず攻撃してくるとは……」 宗三郎が戸惑っていると、「怯むな!」という景隆の声が飛ぶ。その瞬間、爆発音とともに砂埃が舞い、兵士たちが人形のように吹き飛んだ。 「何事だっ!」 陶器製の玉に鉄片と火薬を仕込んだ「てつはう」である。見たこともない武器や、日本とはまったく異なる戦のルールに翻弄され、死傷者が相次ぐ。戦闘が始まってしばらくしたときには、大敗は誰の目にも明らかだった。 「城に退却する!」 景隆の叫び声にも似た指示を聞くや、宗三郎もその場から駆け出そうとしたが、ふと海のほうへ目を凝らした。 「ん……あれは、何だ……」 よく見ると、軍の船のへりに生け捕りにされた女性たちが立たされていた。 「矢よけに、人を……?」 もし船の近くで見たならば、さらに愕然としたことだろう。対馬で残虐の限りを尽くした蒙古軍は、女性の村民たちを生け捕りにし、その手に穴をあけて数珠つなぎにして、矢よけとしていたのである。 「これほど、むごい仕打ちをできる相手と、私たちは戦っているのか……」 宗三郎が背筋に冷たい汗が流れるのを感じていると、てつはうが近くに投げ込まれ、耳をつんざく。われに帰ると宗三郎はひたすら城のほうへと走った。 途中、何度か蒙古軍に襲われたが、至近距離からの戦いであれば、宗三郎の刀さばきが相手に勝った。それでも城に退却したときは、満身創痍でどの傷口から血がしたたり落ちているのか判別がつかなかった』、よくぞ「城に退却」できたものだ。
・『息も絶え絶えに声を絞り出す景隆 「む、宗三郎……」 声のほうへ向けば、景隆がやはり傷だらけで壁にもたれかかって、座り込んでいる。 「景隆様!」 宗三郎が駆け寄ると、景隆は息も絶え絶えに「よくぞ生き延びた……待っておったぞ……」と声をしぼり出して、さらにこう続けた。 「蒙古の襲来を大宰府に伝えに行け」 宗三郎は理解が追い付かない。なぜ、自分だけ島から脱出せねばならないのか。 「みなを置いて私だけ逃げろというのですか!」 「違う……誰かがやらねばならんのだ……。大宰府に……伝えよ、この惨状を……。早く知らせてやらねば、国ごとやられてしまう。わかるな?」 さらに、景隆は自分の娘、姫御前を宗三郎のもとへと押しやった。 「姫御前のことは頼む。どうか一緒に島の外へ……」 「ほかの景隆様のご家族は!」 「さきほど自害させた……あとは頼んだぞ、宗三郎」 それだけ言い終わると、景隆は切腹して、その場で果てた。 「か、景隆様!」 もうとうに限界だったのだろう。見れば、身体のあちこちで傷が深い。死してなお、景隆の眼光はなお鋭く、宗三郎に「早く行け」と言っているかのようだった。) 宗三郎は姫御前を背負い、海のほうへと駆け続けた。あちこちにある小さな洞窟のなかで、女子どもが隠れているのを気配で感じる。 「(……どうかみんな、見つからないでいてくれ)」 そう願いながら駆けていると、洞窟の中の母親が赤ん坊の口を塞いでいるのが見えた。思わず立ち止まり、周囲を見渡すと、蒙古軍は赤ん坊の泣き声を頼りに場所を突き止めて、斬殺を繰り返しているようだった。赤子が泣き声を上げれば、自分だけではなく、洞窟のみなが見つかってしまう。 「許して、許して……」 口を塞がれてぐったりした赤ん坊を抱えて、涙する母の口が静かにそう動くのを見ると、宗三郎はさらにスピードをあげて、がむしゃらに走った。川は血で真っ赤に染まり、あちこちに死体が転がっている。 「一体、どうして……なんで……こんなことに!」 思わず足がもつれそうになった、そのとき、一本の矢が飛んできた。 「危ない!」 思ったときには、すでに遅かった。背負っていた姫御前を降ろすと、その肩には、矢が突き刺さっており、ぐったりしている。 「毒か……今、矢を抜くから、お待ちくだされ」 そう呼びかけるが、姫御前は力を振りしぼって、懸命に首を左右に振る。 「……どうか行ってください、この国のために……」 そういうと、姫御前は懐から短刀を取り出して、即座に自らの首に突き刺した。蒙古軍に蹂躙(じゅうりん)されるくらいならばと、自死を選んだのである。 「姫! なぜ……」 宗三郎は地面に突っ伏して、号泣するも、すぐに立ち上がって駆けだした。 「伝えねば、絶対に伝えねば……」 なんとか海岸までたどり着くと、宗三郎は小さな船に静かに乗り込み、大宰府へと向かった』、「宗三郎」が「大宰府」に行くという目的を完遂したのは大したものだ。
・『北条時宗に対面して惨状を伝えたが… 「なるほど……蒙古軍は集団で攻めて来て、毒矢も使うと……」 「はっ」 これだけの緊急事態である。宗三郎は時の執権、北条時宗との対面が許されると、経験してきた惨状を述べた。 「私の主君、平景隆様は、家族とともに自害されました。私にすべてを託して……」 宗三郎が嗚咽を漏らすが、時宗が関心を持っているのは、あくまでも元の兵力とその戦法のようだった。 「お主が話したことは、対馬から来た者の話と一致するな。間違いなさそうじゃ」 宗三郎は時宗を見て、「え」と発して続けた。 「対馬からも知らせが来ていたのですか」 時宗がうなずくと、宗三郎はわれを忘れて詰め寄った。 「ならばなぜ! 援軍を送ってくださらなかったのですか!」 時宗は「それは時間的に難しかろう」と冷たく言い放つと、立ち上がった。 「おぬしのおかげで、相手の戦い方がわかった。対策をさらに強化できる」 さらに強化? 蒙古が来襲することを事前に知っていたのか? 言葉がすぐに出ない宗三郎を置いて、時宗はそそくさとその場を立ち去った。宗三郎はただ、こうつぶやくことしかできなかった。 「私たちは、捨て駒だったのか……?」』、「勝利」を確実にするには、時には「捨て駒」も必要だ。
・『日本軍の反撃に手こずった蒙古軍 文永11年(1274)年10月20日、元・高麗の蒙古軍は博多湾に上陸。博多から箱崎を攻略して、日本軍の本拠たる大宰府を一挙に占領しようとする。だが、そこで日本軍の反撃にてこずることになる。 時宗は来襲に備えて、九州各地の沿岸に防塁(ぼうるい)を築き、さらに兵を広く募って警備を強化していた。そのうえ、港にいる高麗人や朝鮮人から、蒙古の情報を収集しながら、対抗するための武器づくりも行っている。限られた時間のなかで、対馬、壱岐での惨状を聞いたことも、対策を練るうえで役立ったことは言うまでもない。 それらの万全な準備が功を奏したのだろう。とりわけ日本側の夜襲に苦しめられたようで、蒙古軍は大宰府の占領を諦めて、船に引き上げている。元の総司令官、クドゥンはこんな意見を述べたという。 「疲弊している兵士をこれ以上使い、日増しに増える敵と戦うのは良策ではない」 「神風」といわれる暴風雨が吹くのは、撤退した日の夜半のことであった。「元寇で日本は神風に救われた」とよく言われるが、元はその前から、日本の思わぬ抗戦に、撤退を決めていたことが、文献で明らかになっている。 暴風雨はトドメを刺したにすぎず、日本は実力で蒙古を撃退したしたのである。 そして、その勝利の陰には、対馬や壱岐での語られざる悲劇があったのだった』、「暴風雨はトドメを刺したにすぎず、日本は実力で蒙古を撃退したした」、神風のせいにしている教科書の記述を書き換える必要がありそうだ。
第三に、12月13日付けYahooニュースが転載したVoice「昭和天皇の側近まで...陸軍親ソ派による「共産主義国家の建設」という野望」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/961aa1ddaa89397f633e2e085734d20ce6a79829?page=1
・『敗戦間近、日本政府はこともあろうに、すでに参戦を決意していたソ連に対して、戦争終結の和平仲介を依頼することに決した。その裏には、陸軍に巣くう親ソ派、共産主義者たちの暗躍があった。 ※本稿は、岡部伸著『第二次大戦、諜報戦秘史』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『なぜソ連参戦情報が活用されなかったのか ヤルタ会談直後にストックホルムから小野寺信少将が参謀本部に打電したソ連参戦情報は、大戦末期の日本の政策に活かされることはなかった。大本営の「奥の院」によって、握り潰されたのはこの「小野寺電」だけではない。 3月に入り、ドイツのリッベントロップ外相からソ連参戦の情報を聞いた大島浩駐ドイツ特命全権大使は、これを外務省に伝えたと、戦後に防衛庁(現防衛省)の聴取に答えたことが、「防諜ニ関スル回想聴取録」(防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室所蔵)に書かれている。 つまり、ドイツが降伏した5月以降、欧州の前線から外務省、海軍軍令部、陸軍参謀本部にソ連が参戦するという情報が伝わっていたのだ。 では、なぜこれらのソ連参戦情報が活用されなかったのか。ソ連仲介による終戦工作が先にあったからだ。1944年半ばから、ソ連を通じて連合国と和平交渉を進めようとしていたグループにとって、これらの情報は不都合だった』、なるほど。
・『日本政府の重要メンバーが共産主義者たちに降伏 大戦末期の日本が不毛なソ連仲介に国運を賭けた理由は何だろうか。この謎を解く鍵が英国立公文書館所蔵の「ウルトラ」のなかにあった。スイスのベルンに駐在する中国国民政府の陸軍武官が6月22日付で重慶に打った「アメリカからの最高機密情報」と題された電報があり、次のように記されていた。 国家を救うため、現在の日本政府の重要メンバーの多くが完全に日本の共産主義者たちに降伏している。あらゆる分野部門で行動することを認められている彼ら(共産主義者たち)は、すべての他国の共産党と連携しながら、モスクワ(ソ連)に助けを求めようとしている。日本人は、皇室の維持だけを条件に、完全に共産主義者たちに取り仕切られた日本政府をソ連が助けてくれるはずだと(和平仲介を)提案している すなわち中国の国民政府の武官は、皇室の維持を条件に、ソ連に和平仲介を委ねようとしている日本の重要メンバーが、共産主義者たちに操られていると分析していたのである。ソ連参戦情報は最初から抹殺される運命にあったのだ。 「HW12」のレファレンス番号に分類されている「ウルトラ」文書をヤルタ会談が行なわれた45年2月まで遡り、さらに終戦までチェックした。判明したのは、この中国武官は日本の終戦工作のすべてを把握し、ソ連の対日参戦の動きを逐一、捉えていたことである。 これらの電報を重慶に打っていた中国の武官とは、いかなる人物であろうか。一連の電報のなかには、Robert Chitsuin という名前が記されているものがあった。 国民政府の資料では、大戦末期のベルンにはチツンという武官が駐在しており、「ウルトラ」に登場するChitsuin と同一人物だろう』、「ベルンに駐在する中国国民政府の陸軍武官」からの情報であれば、歪められるおそれも少ないだろう。
・『親ソは時代の「空気」だった このチツンが打ったと見られる電報には、「日本政府の重要メンバーの多くが完全に日本の共産主義者たちに降伏している」とあるが、重要メンバーとはどの勢力を指すのか。 大戦時は陸軍とりわけ統制派が主導権を握っており、陸軍統制派と考えるのが妥当だろう。 もっとも、軍部だけがソ連に傾斜していたわけではない。戦前の国家総動員体制を推し進めたのは、「革新官僚」と呼ばれる左翼から転向した者たちだったことはよく知られている。親ソはいわば時代の「空気」だった。 昭和天皇の側近だった木戸幸一内相も、ソ連に対する見方はきわめて甘かった。1945年3月3日、木戸は日本銀行の調査局長などを務めた友人の宗像久敬に「ソ連仲介工作を進めれば、ソ連は共産主義者の入閣を要求してくる可能性があるが、日本としては条件が不真面目でさえなければ、受け入れてもよい」という話をしている(「宗像久敬日記」)。 さらに木戸は続けた。「共産主義と云うが、今日ではそれほど恐ろしいものではないぞ。世界中が皆共産主義ではないか。欧州も然り、支那も然り。残りは米国位のものではないか」』、「木戸幸一内相」がそこまで発言していたとは、驚かされた。
・『近衛上奏文 このようにソ連に傾く政府、軍部に対して警告を発したのが、近衛文麿元首相である。 1937年7月の盧溝橋事件以来、泥沼の日中戦争から日米開戦に突入したことに、「何者か眼に見えない力にあやつられていたような気がする」(三田村武夫『戦争と共産主義』)と述懐した近衛は、1945年2月14日、早期終戦を唱える上奏文を昭和天皇に提出した。いわゆる近衛上奏文である。 「最悪なる事態に立至ることは我国体の一大瑕瑾たるべきも、英米の與論は今日迄の所未だ国体の変更と迄は進み居らず(勿論一部には過激論あり。又、将来如何に変化するやは測断し難し)随って最悪なる事態丈なれば国体上はさまで憂ふる要なしと存ず。国体護持の立場より最も憂ふべきは、最悪なる事態よりも之に伴うて起ることあるべき共産革命なり」 米英は国体変革までは考えていないとし、それよりも「共産革命達成」のほうが危険と見なす近衛の情勢分析は正鵠を射ていた。この近衛上奏から1カ月半余りのちの同年4月5日、ソ連は日ソ中立条約不延長の通告という離縁状を日本に突きつけてきた。小磯國昭内閣は総辞職し、7日に鈴木貫太郎内閣が成立すると、陸軍は本格的にソ連の仲介による和平工作に動き出した。 しばらくして参謀本部から、東郷外相に参謀本部第20班(戦争指導班)班長、種村佐孝(さこう)が4月29日付で作成した「今後の対ソ施策に対する意見」と「対ソ外交交渉要綱」がもたらされた。 「今後の対ソ施策に対する意見」は「ソ連と結ぶことによって中国本土から米英を駆逐して大戦を終結させるべきだ」という主張に貫かれていた。全面的にソ連に依存して「日ソ中(延安の共産党政府)が連合せよ」というのである。驚くべきは「ソ連の言いなり放題になって眼をつぶる」前提で、「満洲や遼東半島やあるいは南樺太、台湾や琉球や北千島や朝鮮をかなぐり捨てて、日清戦争前の態勢に立ち返り、対米戦争を完遂せよ」としていることだ。 もしこのとおりに日本の南北の領土を差し出していれば、日本は戦後に東欧が辿ったように、ソ連の衛星国になっていたであろう。琉球(沖縄)までソ連に献上せよというのは、ヤルタ密約にすらなかった条件であり、ソ連への傾斜ぶりの深刻さがうかがえる。 同じころ(同年4月)、種村の前任の戦争指導班長で鈴木貫太郎首相の秘書官だった松谷誠(せい)は有識者を集め、国家再建策として「終戦処理案」を作成。やはり驚くようなソ連への傾斜ぶりで貫かれていた。松谷の回顧録『大東亜戦争収拾の真相』によると、「ソ連が7,8月に(米英との)和平勧告の機会をつくってくれる」と、ソ連が和平仲介に乗り出すことを前提に「終戦構想」を記している。 こうした記述からは、事前にソ連側から何らかの感触を得ていたことがうかがえる。すでに対日参戦の腹を固めていたソ連は、最初から和平を仲介する意図はなかった。にもかかわらず、日本政府がそれを可能であると判断したのは、ソ連の工作が巧妙だったからだろう』、「日本政府がそれを可能であると判断したのは、ソ連の工作が巧妙だったからだろう」、最も重要な判断で「ソ連の工作」に騙されたいたのであれば、本当に救い難いほどの能天気だ。
・『外交クーリエとしてモスクワを訪問した過去 なぜ、松谷はこのような「終戦処理案」を作成したのだろうか。『大東亜戦争収拾の真相』によれば、松谷は、参謀本部第20班および杉山陸軍大臣秘書官時代の協力者だった企画院勅任調査官の毛里英於(もうりひでおと)、慶應義塾大学教授の武村忠雄はじめ、各方面の識者数人を極秘裏に集め、終戦後の国策を討議し、また、外務省欧米局米国課の都留重人、太平洋問題調査会の平野義太郎とは個別に懇談したという。 毛里、平野はいわゆる革新官僚だった。とくに平野はフランクフルト大学に留学してマルクス主義を研究した講座派のマルクス主義法学者で、治安維持法で検挙されると転向し、右翼の論客となったが、戦後は再び日ソ友好などで活動した。 また都留重人(経済学者・第6代一橋大学学長)は、治安維持法で検挙され、第八高等学校を除名後、ハーバード大学に留学、同大大学院で博士号を取得したが、戦後、米国留学時代に共産主義者であったことを告白している。 都留は1945年3月から5月まで外交クーリエ(連絡係)としてモスクワを訪問しており、松谷が「終戦処理案」を作成した4月には日本にはいなかった。しかし、松谷とは1943年ごろから面会しており、「終戦処理案」でも何らかの示唆を与えた可能性もある。ソ連仲介和平工作が本格化する時期に都留がモスクワを訪問していたことも謎である。ソ連幹部と面会して何らかの交渉を行なっていたのではないかと推測される。 種村も都留同様に、クーリエとしてモスクワを訪問した過去があった。1939年12月から参謀本部戦争指導班に所属し、1944年7月から戦争指導班長を務めた種村がモスクワに出張していたのは、同年2月5日から3月30日までであった。 帰国した種村は同年4月4日、木戸内相を訪ね、ソ連情勢を説いている。この日の『木戸日記』には、「種村佐孝大佐来庁、武官長と共に最近のソ連の実情を聴く。大いに獲る所ありたり」と記されている。前述したように、木戸は共産主義への甘い幻想を語っているが、それは種村による影響だったのだろう。種村はポツダム宣言が出されたあと、第17方面軍参謀として朝鮮に渡って終戦を迎えたが、1950年までシベリアに抑留された』、「ソ連仲介和平工作が本格化する時期に都留がモスクワを訪問していたことも謎である。ソ連幹部と面会して何らかの交渉を行なっていたのではないかと推測される」「都留重人」氏まで工作に絡んでいたとは初めて知った。
・『敗戦後、共産主義国家を建設するという構想 種村の「素性」が判明するのは、帰国後のことである。1954年、在日ソ連大使館二等書記官だったユーリー・ラストヴォロフ中佐がアメリカに亡命するという事件が起きる(ラストヴォロフ事件)。 亡命先のアメリカでラストヴォロフは、「(シベリア抑留中に)11名の厳格にチェックされた共産主義者の軍人を教育した」と証言したが、志位正二、朝枝繁春(以上、2人はソ連のエージェントだったことを認め、警視庁に自首した)、瀬島龍三などのほかに、種村の名前を挙げている。 種村をはじめ、松谷ら陸軍の親ソ派が練った終戦構想とは、国内では一億玉砕、本土決戦を唱えて国民統制を強化しながら、ソ連に仲介和平交渉を通じて接近し、敗戦後、日本に共産主義国家を建設するというものだった。 そのうえで、日本、ソ連、中国(共産政権)で共産主義同盟を結び、アジアを帝国主義から解放するという革命工作だった可能性が高いのである。当時の日本は、帝国主義国同士を戦わせ、敗戦の混乱を利用して共産主義国家に転換させるというレーニンが唱えた、まさしく「敗戦革命」の瀬戸際に立たされていたといえる。 本稿で挙げたベルン発の中国武官の電報は、コミンテルンの工作が日本の中枢にまで浸透していたことを裏づけているといえよう』、「コミンテルンの工作が日本の中枢にまで浸透していた」、「瀬島龍三」の名前が出てきたのにも驚かされた。
先ずは、昨年10月23日付け東洋経済オンラインが掲載した京都府立大学文学部教授の岡本 隆司氏による「中国史とつなげて学ぶと日本史の常識が覆る理由 「アジア史の視点」から日本史を捉えなおす意義」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/462036
・『現代の地球温暖化は人類が直面する重大問題となっている。では、過去の歴史において、気候変動はどう影響したのか。『中国史とつなげて学ぶ日本全史』を上梓した京都府立大学・岡本隆司氏が、気候変動と日本史の関係について、さらには気候変動、人口動態、経済ネットワークなどアジア史の視点から日本史を捉えることの意義を解き明かす』、興味深そうだ。
・『気候変動と日本史の関係 過去の日本史において、温暖化・気候変動ということばや課題が、現代ほど身近にあったとは思えません。それでも気候変動の実体が、歴史上なかったはずはないでしょう。あったとすれば、どのような影響を及ぼしていたのでしょうか。 なかでも、われわれの来し方・日本史でどうだったのか、実はあまりよくわかっていないように思うのは、筆者だけでしょうか。近年はいわゆるグローバル・ヒストリーの観点から、環境や気候が歴史学の研究対象となり、関心も集まってきました。それでもまだ検討は緒に就いたばかり、体系的な史実の理解・叙述には至っていません。 そもそも史実に影響を及ぼす地球規模の気候変動は、日本の歴史だけをみていますと、わかりづらいように感じます。 日本列島は温暖湿潤で、すぐれて農耕に適した生態環境です。住民の社会的な分業は種々あったにせよ、その主たる生業が農業生産だったことは疑えません。そうした一元的な環境条件では、たとえ気象変動が発生しましても、社会経済的な史実では、おおむね作柄の豊凶や饑饉の有無に還元、包摂されてしまいます。それにともなって、政治の動きも単調にならざるをえません。かくて列島では、ヒトの歴史と気候変動の相関がよくみえなくなっているのです。 それでも日本史は、大きな時代の画期をたびたび迎えました。7世紀から8世紀の律令国家の形成、11世紀からの武家政権の勃興、16世紀以降の天下統一の達成など、やはりダイナミックな歴史です。そんな歴史の展開と気象の変動は、はたして関係していなかったのでしょうか。 その実地の、具体的で直接的な因果関係を論証するには、もちろん厳密な史料調査を通じた研究が欠かせません。ですがそれは、専門家の仕事です。アマチュアのわれわれは、むしろ大掴みな見通しを示し議論の足がかりをつくって、専門家の厳密な指導・批正を仰げるようにしておけばよいかと思います。) そのよすがの1つになるのが、中国史とつなげてみることでしょう。日本は島国ですから、外界との連絡・交渉に乏しい初期条件があります。勢い外との関わりにあまり立ち入らずに歴史をみがちですし、またそれでも十分に内容のある歴史が書けてしまいます。 ですが、それだけではみえないことも、またたくさんあります。気候変動の関連などは、その最たるものでしょう。そこでたとえば、日本の史実経過を近接する中国史の動向と照らし合わせて考えてみると、みえなかったものが視界に入り、新たな視野も開けてくるかもしれません』、「日本の史実経過を近接する中国史の動向と照らし合わせて考えてみると、みえなかったものが視界に入り、新たな視野も開けてくるかもしれません」、面白い考え方だ。
・『古代の日本が目指した唐の律令体制 律令国家の形成は、日本の古代史の画期です。その律令とは中国由来の法制ですから、中国・東アジアとのつながりは、つとに意識されてきました。それでも、輸入した律令・土地制度など、日本の立場からみるばかりで、相手の中国・唐が全体として、実際にはどんな国家だったのか、なぜその律令ができたのか、あまり考慮しているようには思えません。 唐は中国の長い分立時代を経て、ようやくできた統一政権です。それまでの分立は、主として黄河流域に遊牧民が南下移住してきたことで起こったものでした。ではなぜ、かれらが移住してきたかといえば、気候の寒冷化によります。北方の草原地帯で暮らしてきた遊牧民は、寒冷化で草原の植生が激減、生業の牧畜ができなくなり、生存のため移住せざるをえませんでした。 移民と既存の住民のあいだでは、しばしば摩擦が生じます。そこで治安を継続的に維持しうる秩序は、なかなか構築できません。そうした秩序回復がひとまず実現をみたのが、唐の統一でした。つまり唐の律令体制とは、従前の分立時代、ひいては気象変動の歴史が刻印されているものなのです。 かたや日本列島は、ようやく国家形成の黎明期でした。建国にあたってモデルとできるのは、すでに数百年以上先んじている大陸の体制しかありません。そこで律令をコピーして、国家体制をアップデートしました。 ただ日唐の国情・経歴には、あまりにも隔たりがあります。列島は寒冷化・移民による動乱、政権の分立や統合といったことに未経験ですから、オリジナルな律令そのままのコピーは困難でした。日本版の律令を作るにあたって、かなりの改編を経たのはよく知られたところですが、それでも日本の実情に合わないところが少なくありません。 そうしたいきさつをもっと突きつめて考えてやれば、気象変動に大きく影響をうけてきた大陸の履歴と、さほど問題になったようにみえない日本の歴史過程とのちがいがいっそうはっきりして、古代史の位置づけを捉えなおすこともできるでしょう。 律令体制からの逸脱、それにともなう武家政治の形成が、古代から中世への日本の歩みでした。北半球の気象は同じ時期、温暖化に転じています。それは大陸では、寒冷化に適応した唐とその律令体制の崩壊過程でもありました。日本の中世はそうした動きと並行していたのです。) 寒冷が緩んで移動交通が活性化、各地の生産も回復し、それに応じて在地勢力が伸張する。こうした現象が世界的な潮流でして、列島内部の動きもおそらく同じ現象の一環のように思われます。そしてコピー法制の律令ではいよいよ対応しきれなくなって、政治も文化も土俗化していきました。鎌倉時代の到来はそのピークをなしています。 ユーラシア大陸は13世紀にモンゴル帝国の建設を経て、大統合に向かいました。そこで日本へも直接の圧力がきます。いわゆる「蒙古襲来」ですが、このモンゴルの動きこそ、それまでの温暖化の総決算ともいえるでしょう。 といいますのも、9世紀ごろから本格化した温暖化は、草原の植生を回復させ、遊牧民の活動をうながし、遊牧国家の強大化をもたしました。東アジアではウイグル・契丹・女真を経てモンゴルにいきつく動きです。また農耕世界の中国では、環境の好転・競争の激化・資源の開発にともない、唐宋変革という技術革新・経済成長・文藝復興がおこりました。そうした政治軍事・経済文化の飛躍的伸張が結集したのが、モンゴル帝国の大統合だったわけです』、「寒冷が緩んで移動交通が活性化、各地の生産も回復し、それに応じて在地勢力が伸張する。こうした現象が世界的な潮流でして、列島内部の動きもおそらく同じ現象の一環のように思われます。そしてコピー法制の律令ではいよいよ対応しきれなくなって、政治も文化も土俗化していきました。鎌倉時代の到来はそのピークをなしています」、「政治軍事・経済文化の飛躍的伸張が結集したのが、モンゴル帝国の大統合だった」、なるほど。
・『14世紀の危機から大航海時代へ 日本は「蒙古襲来」を撃退して、その大統合に加わりませんでした。このあたりも日本と大陸の隔たりをあらわしています。温暖化という気候変動を共有し、類似の社会経済現象を経験しながら、しかも異なる道をたどったところに、日本史の特性をみることができます。 世界史ではこのモンゴル帝国、日本史では「蒙古襲来」は、1つの分水嶺をなしています。といいますのも、それからまもない14世紀に、気候が寒冷化に転じたからです。ヨーロッパのペスト蔓延が典型的ですが、世界全体が疫病と不況で暗転しました。 以後の世界史はその「危機」から脱却すべく、新たな営為をはじめることになります。日本列島でも、鎌倉幕府の崩壊とそれ以降の騒乱が生じました。そこでも中国との関係が、たえず問題になっていたことは見のがせません。 「危機」からおよそ200年。そのブレイクスルーが大航海時代にはじまる環大西洋革命・産業革命・世界経済、つまり西洋近代の形成になります。その動きはもちろん世界中に波及しまして、日本におよんだ影響は、戦国乱世・南蛮渡来・天下統一という16世紀以降の近世へ至る歴史にあらわれています。それが明清交代という大陸の動乱とパラレルなことも注目すべき現象です。 このようにみてまいりますと、中国・東アジア・東洋史の視点から日本史をとらえなおすことの意義がよくわかるのではないでしょうか。 西洋の各国史はもちろん自国史です。ですが英・仏・独いずれも隣り合い、しかも各国は列強として世界を制覇した経験もありますので、各国史は同時に西洋史でもあり、また世界史にもなりえます。 ところが日本の場合は、そうはいきません。いくら日本史を掘り下げても、全体的な世界史は出てきません。折に触れて外国が登場はしても、あくまで日本からする意味づけにとどまって、客観的な文脈はほとんど重視されないのです。それほど日本は世界から孤立して、独自だったともいえるでしょうか』、「大航海時代にはじまる環大西洋革命・産業革命・世界経済、つまり西洋近代の形成になります。その動きはもちろん世界中に波及しまして、日本におよんだ影響は、戦国乱世・南蛮渡来・天下統一という16世紀以降の近世へ至る歴史にあらわれています」、「日本史」だけを読むよりも、確かに立体的に理解できる。
・『東洋史の枠組みでみる「真実の日本史」 そのため明治の日本人が草創したのが、東洋史学という学問でした。江戸時代からすでに漢学で中国の史書・史実には親しんでいましたので、西洋史とは別に東洋の「ワールド・ヒストリー」を作って、あらためて日本自身をみつめなおしてやろう、そして東西あわせた世界全体の世界史を構築しようと考えたのです。 とりわけ東アジアで圧倒的な存在の中国の歴史を抜きにして、空間的にも時系列的にも日本の位置を理解することはできません。日中両国は日本海をはさんで対峙し、お互いに不断の影響をおよぼしてきました。東洋史学によって中国や東アジアという世界を説明できれば、その関係性から日本のありようも明らかにできます。ひいては世界全体における日本の位置づけもみえてくるのです。 にもかかわらず、現在その東洋史学は、解体寸前の絶滅危惧種です。大学にある東洋史・中国史の講座・授業には誰も寄りつきませんし、いまや真っ先に消えてゆく運命にあります。つまり日本人は、先人が築いたはずの東アジアからの目線と日本を世界全体に接続する有力なよすがを失いつつあるのです。 気候変動と日本の歴史との関わりなどは一例にすぎませんが、温暖化の昨今、日本史を学ぶにあたって中国史とつなげる意義を示すものでしょう』、「現在その東洋史学は、解体寸前の絶滅危惧種です。大学にある東洋史・中国史の講座・授業には誰も寄りつきませんし、いまや真っ先に消えてゆく運命にあります。つまり日本人は、先人が築いたはずの東アジアからの目線と日本を世界全体に接続する有力なよすがを失いつつあるのです」、誠に残念なことだ。
次に、12月10日付け東洋経済オンラインが掲載した著述家の真山 知幸氏による「元寇「蒙古は神風吹く前に撤退決めた」驚きの事実 日本の反撃に貢献した対馬、壱岐での前日譚」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/472474
・『歴史の教科書にも登場する「元寇(げんこう)」。鎌倉時代末期、二度にわたってモンゴル軍が日本に襲来した事件だ。神風が吹いて切り抜けた――。そう伝えられることが多いが、本当なのか。 その真相と壱岐、対馬における前日譚を、東洋経済オンラインで「近代日本を創造したリアリスト 大久保利通の正体」を連載する真山知幸氏が解説する。 ※本稿は真山氏の新著『泣ける日本史 教科書に残らないけど心に残る歴史』から一部抜粋、再構成したものです』、本当のところはどうだったのか、は興味深い。
・『守護代のところに行くと不穏な空気 福岡県と対馬の中間地点に位置し、玄界灘に浮かぶ壱岐島。対馬海峡に対馬暖流が流れるため温暖な気候で、夏は涼しく冬は暖かく過ごしやすい。 のどかな緑の山々を眺めながら、宗三郎(注)が口笛を吹いて歩いていると、せっせと働く若い夫婦の姿が見える。壱岐島は、高低差が少なく平坦な地形なので、田畑として活用しやすいことで知られている。 (注)宗三郎は壱岐島の守護・平景隆の家臣。詳しい経歴は不明だが、元軍が攻めてきた際、景隆より姫を託され、その戦況を伝えるために太宰府まで遣わされた 「もう稲刈りの季節か。早いものだな」 文永11(1274)年10月、時は鎌倉時代。宗三郎は、主人である守護代の平景隆のもとへと向かっていた。秋風が優しく頬をなでる。何一つ変わらない、平和な島の一日が今日も始まる。 そんなふうに思っていたが、景隆のところに行くと、何やらみながざわざわしており、不穏な空気が流れている。) 宗三郎が急いで場に加わると、景隆が口を開く。 「対馬は全滅したそうだ」 場のどよめきが一段と増す。宗三郎がそばにいた兵に「何事だ」と聞くと、どこか呆然とした面持ちでこう答える。 「蒙古……海の向こうから蒙古が来るらしい……」 宗三郎が口を開く間もなく、景隆は、騒然とする兵たちに「うろたえるでない!」と一喝した。兵の一人を呼び寄せて言う。 「筑前守護の少弐資能(しょうにすけよし)に援軍を頼んでくれ」 「しかし、今からでは……」「いいから、急げ!」 宗三郎はほかの家来と同様に、景隆とともに海岸へと急いだ。蒙古を迎え撃つためである。こちらの兵の数は100あまり。これで十分なものなのかどうかも、見当がつかない。宗三郎は半信半疑で海のほうを見つめた。 「ほんとに蒙古が来るのか、この島に……」 しかし、すでにこのとき、壱岐島での大惨劇までのカウントダウンが始まっていた。ちょうどそのころ、先に攻撃を受けた対馬からなんとか逃げ出した小舟が、大宰府へと急いでいた。惨状を伝えるためである。 実は大宰府にとって、蒙古、つまりモンゴル帝国の襲来は、ありえないことではなかった。時代はややさかのぼって、文永5(1268)年、朝鮮半島の高麗(こうらい)より使節団が大宰府に到着し、モンゴル帝国からの国書が届けられていたからだ。国書は次のような内容だった。 「蒙古国皇帝、書を日本国王に奉じる」 丁寧な国書の文面とは裏腹に、内容は日本の態度を戒めるものだった。すでに高麗もモンゴル帝国の支配下にあるなか、日本から遣いの1人も来ないとはどういうわけか。そう詰問しながら、国交を求めてきたのである』、確かに「モンゴル帝国」の「フビライ」から見れば、「日本」はふざけた国だったろう。
・『逆らうことは許さないという脅し 「相通好せずんば、あに一家の理ならんや。兵を用いるにいたっては、それ、いずくんぞ好むところぞ」 友好関係を結べなければ、兵を出さなければならない。誰がそれを好むだろうか──。国書の最後は「不宣(ふせん)」(十分に意を尽くしていない)という、友人の間で交わされるような友好的な言葉で締めくくられている。 だが、それは表面的なものであり、逆らうことは許さないという脅し以外の何物でもなかった。突然の出来事に、鎌倉幕府と朝廷は正月早々、騒然となる。その日のことを、関白の近衛基平は日記にこう記している。 「国家の珍事、大事なり」 国書は幕府から朝廷へと回されて、激論が交わされることになる。だが、結論はノーと決まっていた。) 当時、他国との通交といえば、平安時代に平清盛が中国の宋朝との貿易を本格化させている。日宋貿易と呼ばれるもので、鎌倉幕府にも引き継がれたが、あくまでも私的な貿易だ。寛平6(894)年に遣唐使を廃止して以来、日本はどの国とも正式な国交を結んではいなかった。 そのため、問題は拒絶の返答をするか、しないかということであった。 実に国書の到着から10日間にわたって朝廷で議論が行われ、幕府とも検討を重ねたが、18 歳の青年が決断を下している。 鎌倉幕府の執権に就いたばかりの北条時宗である。 無礼なるによりて、返事に及ばぬ」 そう毅然とした態度で貫き通すことにしたのである。 なぜ、それほど強気な態度に出たのか。鎌倉幕府は明らかにモンゴル帝国の勢いを見くびっていた。なぜならば、平安時代から鎌倉時代にかけて、日本は日宋貿易を通じてのみ中国の状況を把握しており、北方の諸民族についての情報はかなり限定的だった。 モンゴル帝国の実力を見誤ってしまい、国書をすべて黙殺するというリスクの高い外交につながってしまったと考えられる。無視されたモンゴル帝国は、その後に「元」と国号を改め、7年間にわたり日本に使節を派遣。実際に日本に到着したのは3回だったが、使節を送り込んだのは計6回にも及んだ。それでも日本は黙殺し続けた』、「モンゴル帝国の実力を見誤ってしまい、国書をすべて黙殺するというリスクの高い外交につながってしまった」、「無視されたモンゴル帝国は、その後に「元」と国号を改め、7年間にわたり日本に使節を派遣。実際に日本に到着したのは3回だったが、使節を送り込んだのは計6回にも及んだ。それでも日本は黙殺し続けた」、無知故に「無視」したとはいえ、結果的には正解だった。
・『3000人もの軍勢が対馬に到着 文永11(1274)年、しびれをきらした元は、日本を襲撃することを決意する。3000人もの軍勢が10月5日、対馬に到着した。 対馬の守護代の宗助国(そう・すけくに)が80騎あまりの兵を率いて抵抗を見せるが、わずか2時間で、蒙古軍に討ち死にさせられてしまう。村民の多くは虐殺されるか、捕虜としてとらえられた。そして10月14日、蒙古軍はいよいよ壱岐に到着することになるのだった。 そんな経緯を知る由もない宗三郎は「もしかしたら、何かの間違いではないか」とも思っていたが、過酷な現実は目の前にまで迫ってきていた。 元の先発隊として2隻の船が到着すると、約400人の兵たちが上陸してきたのである。 「カーン」そんな鐘の音とともに、蒙古軍の矢が雨のように降り注いだ。日本の矢に比べて、飛距離は2倍。放たれた瞬間に射抜かれる。おまけに矢には毒が塗られていた。 「名乗りもせず攻撃してくるとは……」 宗三郎が戸惑っていると、「怯むな!」という景隆の声が飛ぶ。その瞬間、爆発音とともに砂埃が舞い、兵士たちが人形のように吹き飛んだ。 「何事だっ!」 陶器製の玉に鉄片と火薬を仕込んだ「てつはう」である。見たこともない武器や、日本とはまったく異なる戦のルールに翻弄され、死傷者が相次ぐ。戦闘が始まってしばらくしたときには、大敗は誰の目にも明らかだった。 「城に退却する!」 景隆の叫び声にも似た指示を聞くや、宗三郎もその場から駆け出そうとしたが、ふと海のほうへ目を凝らした。 「ん……あれは、何だ……」 よく見ると、軍の船のへりに生け捕りにされた女性たちが立たされていた。 「矢よけに、人を……?」 もし船の近くで見たならば、さらに愕然としたことだろう。対馬で残虐の限りを尽くした蒙古軍は、女性の村民たちを生け捕りにし、その手に穴をあけて数珠つなぎにして、矢よけとしていたのである。 「これほど、むごい仕打ちをできる相手と、私たちは戦っているのか……」 宗三郎が背筋に冷たい汗が流れるのを感じていると、てつはうが近くに投げ込まれ、耳をつんざく。われに帰ると宗三郎はひたすら城のほうへと走った。 途中、何度か蒙古軍に襲われたが、至近距離からの戦いであれば、宗三郎の刀さばきが相手に勝った。それでも城に退却したときは、満身創痍でどの傷口から血がしたたり落ちているのか判別がつかなかった』、よくぞ「城に退却」できたものだ。
・『息も絶え絶えに声を絞り出す景隆 「む、宗三郎……」 声のほうへ向けば、景隆がやはり傷だらけで壁にもたれかかって、座り込んでいる。 「景隆様!」 宗三郎が駆け寄ると、景隆は息も絶え絶えに「よくぞ生き延びた……待っておったぞ……」と声をしぼり出して、さらにこう続けた。 「蒙古の襲来を大宰府に伝えに行け」 宗三郎は理解が追い付かない。なぜ、自分だけ島から脱出せねばならないのか。 「みなを置いて私だけ逃げろというのですか!」 「違う……誰かがやらねばならんのだ……。大宰府に……伝えよ、この惨状を……。早く知らせてやらねば、国ごとやられてしまう。わかるな?」 さらに、景隆は自分の娘、姫御前を宗三郎のもとへと押しやった。 「姫御前のことは頼む。どうか一緒に島の外へ……」 「ほかの景隆様のご家族は!」 「さきほど自害させた……あとは頼んだぞ、宗三郎」 それだけ言い終わると、景隆は切腹して、その場で果てた。 「か、景隆様!」 もうとうに限界だったのだろう。見れば、身体のあちこちで傷が深い。死してなお、景隆の眼光はなお鋭く、宗三郎に「早く行け」と言っているかのようだった。) 宗三郎は姫御前を背負い、海のほうへと駆け続けた。あちこちにある小さな洞窟のなかで、女子どもが隠れているのを気配で感じる。 「(……どうかみんな、見つからないでいてくれ)」 そう願いながら駆けていると、洞窟の中の母親が赤ん坊の口を塞いでいるのが見えた。思わず立ち止まり、周囲を見渡すと、蒙古軍は赤ん坊の泣き声を頼りに場所を突き止めて、斬殺を繰り返しているようだった。赤子が泣き声を上げれば、自分だけではなく、洞窟のみなが見つかってしまう。 「許して、許して……」 口を塞がれてぐったりした赤ん坊を抱えて、涙する母の口が静かにそう動くのを見ると、宗三郎はさらにスピードをあげて、がむしゃらに走った。川は血で真っ赤に染まり、あちこちに死体が転がっている。 「一体、どうして……なんで……こんなことに!」 思わず足がもつれそうになった、そのとき、一本の矢が飛んできた。 「危ない!」 思ったときには、すでに遅かった。背負っていた姫御前を降ろすと、その肩には、矢が突き刺さっており、ぐったりしている。 「毒か……今、矢を抜くから、お待ちくだされ」 そう呼びかけるが、姫御前は力を振りしぼって、懸命に首を左右に振る。 「……どうか行ってください、この国のために……」 そういうと、姫御前は懐から短刀を取り出して、即座に自らの首に突き刺した。蒙古軍に蹂躙(じゅうりん)されるくらいならばと、自死を選んだのである。 「姫! なぜ……」 宗三郎は地面に突っ伏して、号泣するも、すぐに立ち上がって駆けだした。 「伝えねば、絶対に伝えねば……」 なんとか海岸までたどり着くと、宗三郎は小さな船に静かに乗り込み、大宰府へと向かった』、「宗三郎」が「大宰府」に行くという目的を完遂したのは大したものだ。
・『北条時宗に対面して惨状を伝えたが… 「なるほど……蒙古軍は集団で攻めて来て、毒矢も使うと……」 「はっ」 これだけの緊急事態である。宗三郎は時の執権、北条時宗との対面が許されると、経験してきた惨状を述べた。 「私の主君、平景隆様は、家族とともに自害されました。私にすべてを託して……」 宗三郎が嗚咽を漏らすが、時宗が関心を持っているのは、あくまでも元の兵力とその戦法のようだった。 「お主が話したことは、対馬から来た者の話と一致するな。間違いなさそうじゃ」 宗三郎は時宗を見て、「え」と発して続けた。 「対馬からも知らせが来ていたのですか」 時宗がうなずくと、宗三郎はわれを忘れて詰め寄った。 「ならばなぜ! 援軍を送ってくださらなかったのですか!」 時宗は「それは時間的に難しかろう」と冷たく言い放つと、立ち上がった。 「おぬしのおかげで、相手の戦い方がわかった。対策をさらに強化できる」 さらに強化? 蒙古が来襲することを事前に知っていたのか? 言葉がすぐに出ない宗三郎を置いて、時宗はそそくさとその場を立ち去った。宗三郎はただ、こうつぶやくことしかできなかった。 「私たちは、捨て駒だったのか……?」』、「勝利」を確実にするには、時には「捨て駒」も必要だ。
・『日本軍の反撃に手こずった蒙古軍 文永11年(1274)年10月20日、元・高麗の蒙古軍は博多湾に上陸。博多から箱崎を攻略して、日本軍の本拠たる大宰府を一挙に占領しようとする。だが、そこで日本軍の反撃にてこずることになる。 時宗は来襲に備えて、九州各地の沿岸に防塁(ぼうるい)を築き、さらに兵を広く募って警備を強化していた。そのうえ、港にいる高麗人や朝鮮人から、蒙古の情報を収集しながら、対抗するための武器づくりも行っている。限られた時間のなかで、対馬、壱岐での惨状を聞いたことも、対策を練るうえで役立ったことは言うまでもない。 それらの万全な準備が功を奏したのだろう。とりわけ日本側の夜襲に苦しめられたようで、蒙古軍は大宰府の占領を諦めて、船に引き上げている。元の総司令官、クドゥンはこんな意見を述べたという。 「疲弊している兵士をこれ以上使い、日増しに増える敵と戦うのは良策ではない」 「神風」といわれる暴風雨が吹くのは、撤退した日の夜半のことであった。「元寇で日本は神風に救われた」とよく言われるが、元はその前から、日本の思わぬ抗戦に、撤退を決めていたことが、文献で明らかになっている。 暴風雨はトドメを刺したにすぎず、日本は実力で蒙古を撃退したしたのである。 そして、その勝利の陰には、対馬や壱岐での語られざる悲劇があったのだった』、「暴風雨はトドメを刺したにすぎず、日本は実力で蒙古を撃退したした」、神風のせいにしている教科書の記述を書き換える必要がありそうだ。
第三に、12月13日付けYahooニュースが転載したVoice「昭和天皇の側近まで...陸軍親ソ派による「共産主義国家の建設」という野望」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/961aa1ddaa89397f633e2e085734d20ce6a79829?page=1
・『敗戦間近、日本政府はこともあろうに、すでに参戦を決意していたソ連に対して、戦争終結の和平仲介を依頼することに決した。その裏には、陸軍に巣くう親ソ派、共産主義者たちの暗躍があった。 ※本稿は、岡部伸著『第二次大戦、諜報戦秘史』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『なぜソ連参戦情報が活用されなかったのか ヤルタ会談直後にストックホルムから小野寺信少将が参謀本部に打電したソ連参戦情報は、大戦末期の日本の政策に活かされることはなかった。大本営の「奥の院」によって、握り潰されたのはこの「小野寺電」だけではない。 3月に入り、ドイツのリッベントロップ外相からソ連参戦の情報を聞いた大島浩駐ドイツ特命全権大使は、これを外務省に伝えたと、戦後に防衛庁(現防衛省)の聴取に答えたことが、「防諜ニ関スル回想聴取録」(防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室所蔵)に書かれている。 つまり、ドイツが降伏した5月以降、欧州の前線から外務省、海軍軍令部、陸軍参謀本部にソ連が参戦するという情報が伝わっていたのだ。 では、なぜこれらのソ連参戦情報が活用されなかったのか。ソ連仲介による終戦工作が先にあったからだ。1944年半ばから、ソ連を通じて連合国と和平交渉を進めようとしていたグループにとって、これらの情報は不都合だった』、なるほど。
・『日本政府の重要メンバーが共産主義者たちに降伏 大戦末期の日本が不毛なソ連仲介に国運を賭けた理由は何だろうか。この謎を解く鍵が英国立公文書館所蔵の「ウルトラ」のなかにあった。スイスのベルンに駐在する中国国民政府の陸軍武官が6月22日付で重慶に打った「アメリカからの最高機密情報」と題された電報があり、次のように記されていた。 国家を救うため、現在の日本政府の重要メンバーの多くが完全に日本の共産主義者たちに降伏している。あらゆる分野部門で行動することを認められている彼ら(共産主義者たち)は、すべての他国の共産党と連携しながら、モスクワ(ソ連)に助けを求めようとしている。日本人は、皇室の維持だけを条件に、完全に共産主義者たちに取り仕切られた日本政府をソ連が助けてくれるはずだと(和平仲介を)提案している すなわち中国の国民政府の武官は、皇室の維持を条件に、ソ連に和平仲介を委ねようとしている日本の重要メンバーが、共産主義者たちに操られていると分析していたのである。ソ連参戦情報は最初から抹殺される運命にあったのだ。 「HW12」のレファレンス番号に分類されている「ウルトラ」文書をヤルタ会談が行なわれた45年2月まで遡り、さらに終戦までチェックした。判明したのは、この中国武官は日本の終戦工作のすべてを把握し、ソ連の対日参戦の動きを逐一、捉えていたことである。 これらの電報を重慶に打っていた中国の武官とは、いかなる人物であろうか。一連の電報のなかには、Robert Chitsuin という名前が記されているものがあった。 国民政府の資料では、大戦末期のベルンにはチツンという武官が駐在しており、「ウルトラ」に登場するChitsuin と同一人物だろう』、「ベルンに駐在する中国国民政府の陸軍武官」からの情報であれば、歪められるおそれも少ないだろう。
・『親ソは時代の「空気」だった このチツンが打ったと見られる電報には、「日本政府の重要メンバーの多くが完全に日本の共産主義者たちに降伏している」とあるが、重要メンバーとはどの勢力を指すのか。 大戦時は陸軍とりわけ統制派が主導権を握っており、陸軍統制派と考えるのが妥当だろう。 もっとも、軍部だけがソ連に傾斜していたわけではない。戦前の国家総動員体制を推し進めたのは、「革新官僚」と呼ばれる左翼から転向した者たちだったことはよく知られている。親ソはいわば時代の「空気」だった。 昭和天皇の側近だった木戸幸一内相も、ソ連に対する見方はきわめて甘かった。1945年3月3日、木戸は日本銀行の調査局長などを務めた友人の宗像久敬に「ソ連仲介工作を進めれば、ソ連は共産主義者の入閣を要求してくる可能性があるが、日本としては条件が不真面目でさえなければ、受け入れてもよい」という話をしている(「宗像久敬日記」)。 さらに木戸は続けた。「共産主義と云うが、今日ではそれほど恐ろしいものではないぞ。世界中が皆共産主義ではないか。欧州も然り、支那も然り。残りは米国位のものではないか」』、「木戸幸一内相」がそこまで発言していたとは、驚かされた。
・『近衛上奏文 このようにソ連に傾く政府、軍部に対して警告を発したのが、近衛文麿元首相である。 1937年7月の盧溝橋事件以来、泥沼の日中戦争から日米開戦に突入したことに、「何者か眼に見えない力にあやつられていたような気がする」(三田村武夫『戦争と共産主義』)と述懐した近衛は、1945年2月14日、早期終戦を唱える上奏文を昭和天皇に提出した。いわゆる近衛上奏文である。 「最悪なる事態に立至ることは我国体の一大瑕瑾たるべきも、英米の與論は今日迄の所未だ国体の変更と迄は進み居らず(勿論一部には過激論あり。又、将来如何に変化するやは測断し難し)随って最悪なる事態丈なれば国体上はさまで憂ふる要なしと存ず。国体護持の立場より最も憂ふべきは、最悪なる事態よりも之に伴うて起ることあるべき共産革命なり」 米英は国体変革までは考えていないとし、それよりも「共産革命達成」のほうが危険と見なす近衛の情勢分析は正鵠を射ていた。この近衛上奏から1カ月半余りのちの同年4月5日、ソ連は日ソ中立条約不延長の通告という離縁状を日本に突きつけてきた。小磯國昭内閣は総辞職し、7日に鈴木貫太郎内閣が成立すると、陸軍は本格的にソ連の仲介による和平工作に動き出した。 しばらくして参謀本部から、東郷外相に参謀本部第20班(戦争指導班)班長、種村佐孝(さこう)が4月29日付で作成した「今後の対ソ施策に対する意見」と「対ソ外交交渉要綱」がもたらされた。 「今後の対ソ施策に対する意見」は「ソ連と結ぶことによって中国本土から米英を駆逐して大戦を終結させるべきだ」という主張に貫かれていた。全面的にソ連に依存して「日ソ中(延安の共産党政府)が連合せよ」というのである。驚くべきは「ソ連の言いなり放題になって眼をつぶる」前提で、「満洲や遼東半島やあるいは南樺太、台湾や琉球や北千島や朝鮮をかなぐり捨てて、日清戦争前の態勢に立ち返り、対米戦争を完遂せよ」としていることだ。 もしこのとおりに日本の南北の領土を差し出していれば、日本は戦後に東欧が辿ったように、ソ連の衛星国になっていたであろう。琉球(沖縄)までソ連に献上せよというのは、ヤルタ密約にすらなかった条件であり、ソ連への傾斜ぶりの深刻さがうかがえる。 同じころ(同年4月)、種村の前任の戦争指導班長で鈴木貫太郎首相の秘書官だった松谷誠(せい)は有識者を集め、国家再建策として「終戦処理案」を作成。やはり驚くようなソ連への傾斜ぶりで貫かれていた。松谷の回顧録『大東亜戦争収拾の真相』によると、「ソ連が7,8月に(米英との)和平勧告の機会をつくってくれる」と、ソ連が和平仲介に乗り出すことを前提に「終戦構想」を記している。 こうした記述からは、事前にソ連側から何らかの感触を得ていたことがうかがえる。すでに対日参戦の腹を固めていたソ連は、最初から和平を仲介する意図はなかった。にもかかわらず、日本政府がそれを可能であると判断したのは、ソ連の工作が巧妙だったからだろう』、「日本政府がそれを可能であると判断したのは、ソ連の工作が巧妙だったからだろう」、最も重要な判断で「ソ連の工作」に騙されたいたのであれば、本当に救い難いほどの能天気だ。
・『外交クーリエとしてモスクワを訪問した過去 なぜ、松谷はこのような「終戦処理案」を作成したのだろうか。『大東亜戦争収拾の真相』によれば、松谷は、参謀本部第20班および杉山陸軍大臣秘書官時代の協力者だった企画院勅任調査官の毛里英於(もうりひでおと)、慶應義塾大学教授の武村忠雄はじめ、各方面の識者数人を極秘裏に集め、終戦後の国策を討議し、また、外務省欧米局米国課の都留重人、太平洋問題調査会の平野義太郎とは個別に懇談したという。 毛里、平野はいわゆる革新官僚だった。とくに平野はフランクフルト大学に留学してマルクス主義を研究した講座派のマルクス主義法学者で、治安維持法で検挙されると転向し、右翼の論客となったが、戦後は再び日ソ友好などで活動した。 また都留重人(経済学者・第6代一橋大学学長)は、治安維持法で検挙され、第八高等学校を除名後、ハーバード大学に留学、同大大学院で博士号を取得したが、戦後、米国留学時代に共産主義者であったことを告白している。 都留は1945年3月から5月まで外交クーリエ(連絡係)としてモスクワを訪問しており、松谷が「終戦処理案」を作成した4月には日本にはいなかった。しかし、松谷とは1943年ごろから面会しており、「終戦処理案」でも何らかの示唆を与えた可能性もある。ソ連仲介和平工作が本格化する時期に都留がモスクワを訪問していたことも謎である。ソ連幹部と面会して何らかの交渉を行なっていたのではないかと推測される。 種村も都留同様に、クーリエとしてモスクワを訪問した過去があった。1939年12月から参謀本部戦争指導班に所属し、1944年7月から戦争指導班長を務めた種村がモスクワに出張していたのは、同年2月5日から3月30日までであった。 帰国した種村は同年4月4日、木戸内相を訪ね、ソ連情勢を説いている。この日の『木戸日記』には、「種村佐孝大佐来庁、武官長と共に最近のソ連の実情を聴く。大いに獲る所ありたり」と記されている。前述したように、木戸は共産主義への甘い幻想を語っているが、それは種村による影響だったのだろう。種村はポツダム宣言が出されたあと、第17方面軍参謀として朝鮮に渡って終戦を迎えたが、1950年までシベリアに抑留された』、「ソ連仲介和平工作が本格化する時期に都留がモスクワを訪問していたことも謎である。ソ連幹部と面会して何らかの交渉を行なっていたのではないかと推測される」「都留重人」氏まで工作に絡んでいたとは初めて知った。
・『敗戦後、共産主義国家を建設するという構想 種村の「素性」が判明するのは、帰国後のことである。1954年、在日ソ連大使館二等書記官だったユーリー・ラストヴォロフ中佐がアメリカに亡命するという事件が起きる(ラストヴォロフ事件)。 亡命先のアメリカでラストヴォロフは、「(シベリア抑留中に)11名の厳格にチェックされた共産主義者の軍人を教育した」と証言したが、志位正二、朝枝繁春(以上、2人はソ連のエージェントだったことを認め、警視庁に自首した)、瀬島龍三などのほかに、種村の名前を挙げている。 種村をはじめ、松谷ら陸軍の親ソ派が練った終戦構想とは、国内では一億玉砕、本土決戦を唱えて国民統制を強化しながら、ソ連に仲介和平交渉を通じて接近し、敗戦後、日本に共産主義国家を建設するというものだった。 そのうえで、日本、ソ連、中国(共産政権)で共産主義同盟を結び、アジアを帝国主義から解放するという革命工作だった可能性が高いのである。当時の日本は、帝国主義国同士を戦わせ、敗戦の混乱を利用して共産主義国家に転換させるというレーニンが唱えた、まさしく「敗戦革命」の瀬戸際に立たされていたといえる。 本稿で挙げたベルン発の中国武官の電報は、コミンテルンの工作が日本の中枢にまで浸透していたことを裏づけているといえよう』、「コミンテルンの工作が日本の中枢にまで浸透していた」、「瀬島龍三」の名前が出てきたのにも驚かされた。
タグ:(16)(中国史とつなげて学ぶと日本史の常識が覆る理由 「アジア史の視点」から日本史を捉えなおす意義、元寇「蒙古は神風吹く前に撤退決めた」驚きの事実 日本の反撃に貢献した対馬、壱岐での前日譚、昭和天皇の側近まで...陸軍親ソ派による「共産主義国家の建設」という野望) 歴史問題 東洋経済オンライン 岡本 隆司氏による「中国史とつなげて学ぶと日本史の常識が覆る理由 「アジア史の視点」から日本史を捉えなおす意義」 「日本の史実経過を近接する中国史の動向と照らし合わせて考えてみると、みえなかったものが視界に入り、新たな視野も開けてくるかもしれません」、面白い考え方だ。 「寒冷が緩んで移動交通が活性化、各地の生産も回復し、それに応じて在地勢力が伸張する。こうした現象が世界的な潮流でして、列島内部の動きもおそらく同じ現象の一環のように思われます。そしてコピー法制の律令ではいよいよ対応しきれなくなって、政治も文化も土俗化していきました。鎌倉時代の到来はそのピークをなしています」、「政治軍事・経済文化の飛躍的伸張が結集したのが、モンゴル帝国の大統合だった」、なるほど。 「大航海時代にはじまる環大西洋革命・産業革命・世界経済、つまり西洋近代の形成になります。その動きはもちろん世界中に波及しまして、日本におよんだ影響は、戦国乱世・南蛮渡来・天下統一という16世紀以降の近世へ至る歴史にあらわれています」、「日本史」だけを読むよりも、確かに立体的に理解できる。 「現在その東洋史学は、解体寸前の絶滅危惧種です。大学にある東洋史・中国史の講座・授業には誰も寄りつきませんし、いまや真っ先に消えてゆく運命にあります。つまり日本人は、先人が築いたはずの東アジアからの目線と日本を世界全体に接続する有力なよすがを失いつつあるのです」、誠に残念なことだ。 真山 知幸氏による「元寇「蒙古は神風吹く前に撤退決めた」驚きの事実 日本の反撃に貢献した対馬、壱岐での前日譚」 本当のところはどうだったのか、は興味深い。 確かに「モンゴル帝国」の「フビライ」から見れば、「日本」はふざけた国だったろう。 「モンゴル帝国の実力を見誤ってしまい、国書をすべて黙殺するというリスクの高い外交につながってしまった」、「無視されたモンゴル帝国は、その後に「元」と国号を改め、7年間にわたり日本に使節を派遣。実際に日本に到着したのは3回だったが、使節を送り込んだのは計6回にも及んだ。それでも日本は黙殺し続けた」、無知故に「無視」したとはいえ、結果的には正解だった。 「宗三郎」が「大宰府」に行くという目的を完遂したのは大したものだ。 「勝利」を確実にするには、時には「捨て駒」も必要だ。 「暴風雨はトドメを刺したにすぎず、日本は実力で蒙古を撃退したした」、神風のせいにしている教科書の記述を書き換える必要がありそうだ。 yahooニュース Voice「昭和天皇の側近まで...陸軍親ソ派による「共産主義国家の建設」という野望」 岡部伸著『第二次大戦、諜報戦秘史』(PHP新書) 英国立公文書館所蔵の「ウルトラ」 ベルンに駐在する中国国民政府の陸軍武官 「ベルンに駐在する中国国民政府の陸軍武官」からの情報であれば、歪められるおそれも少ないだろう。 「木戸幸一内相」がそこまで発言していたとは、驚かされた。 「日本政府がそれを可能であると判断したのは、ソ連の工作が巧妙だったからだろう」、最も重要な判断で「ソ連の工作」に騙されたいたのであれば、本当に救い難いほどの能天気だ。 「ソ連仲介和平工作が本格化する時期に都留がモスクワを訪問していたことも謎である。ソ連幹部と面会して何らかの交渉を行なっていたのではないかと推測される」「都留重人」氏まで工作に絡んでいたとは初めて知った。 「コミンテルンの工作が日本の中枢にまで浸透していた」、「瀬島龍三」の名前が出てきたのにも驚かされた。
知的財産(その2)(無印そっくり?「メイソウ」米国で上場の衝撃度 ユニクロやダイソーにもどこかが似ている、「ヒルドイド」闘争は筋違い?類似商品が不正とは言い切れない複雑事情、電磁鋼板の特許侵害で訴訟に踏み切った 日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない) [産業動向]
知的財産については、2019年7月31日に取上げた。久しぶりの今日は、(その2)(無印そっくり?「メイソウ」米国で上場の衝撃度 ユニクロやダイソーにもどこかが似ている、「ヒルドイド」闘争は筋違い?類似商品が不正とは言い切れない複雑事情、電磁鋼板の特許侵害で訴訟に踏み切った 日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない)である。
先ずは、2020年10月21日付け東洋経済オンラインが掲載した 経済ジャーナリストの浦上 早苗氏による「無印そっくり?「メイソウ」米国で上場の衝撃度 ユニクロやダイソーにもどこかが似ている 」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/382378
・『「無印良品とユニクロとダイソーを足して3で割った中国ブランド」と揶揄されることもある名創優品(メイソウ、MINISO)が10月15日、ニューヨーク証券取引所に上場、初値は公募価格の20ドルを上回り、24.4ドルをつけた。 かつて、公式サイトで「無印良品、ユニクロ、ワトソンズから『世界で一番怖い競争相手』と称される」と自称していたメイソウは、2013年の創業から7年で、店舗網を80以上の国と地域、約4200店舗に拡大している。 店舗数ではユニクロ(2196店舗、2019年8月期)と無印(1033店舗、2020年2月期時点)を足した数を上回っている。堂々と既存ブランドを模倣し、中国の消費者からも「パクリ」企業と皮肉られてきたメイソウは、なぜ短期間でここまで急成長できたのか』、「店舗網を80以上の国と地域、約4200店舗に拡大・・・店舗数ではユニクロ(2196店舗、2019年8月期)と無印(1033店舗、2020年2月期時点)を足した数を上回っている」、「パクリ」企業にしては急成長だ。
・『意味不明な日本語にもやもやする在中日本人 メイソウ1号店が中国・広州市に出現したのは2013年秋。以降、全国に猛烈な勢いで増殖し、ユニクロを彷彿させる赤いロゴと、ブランド名は無印良品を思わせる「名創優品」に、2014年には在中日本人がざわつき始めた。 ちなみにロゴや商品は「MINISO」「メイソウ」という英語・日本語が使われている。販売する商品は10元の雑貨が多く(約160円、当時)、ビジネスモデルはダイソーだ。 一見日本ブランドのように見えるメイソウだったが、商品名や商品説明の日本語はほとんど意味不明だった。 無印風のボトルに入った化粧液の商品名は「保湿補水乳だった」と意味不明なうえになぜか過去形だ。 洗剤の容器には「強ぃの洗潔剤」、ボディソープには「と皮膚の皮橡擦」「消しゴムのような肌」と記載されている。 本社は東京・銀座、2017年時点で公式サイトには「2013年に中国に進出」と紹介されていたが、日本の出店は2014年秋と中国より後だ。 だが、「変な日本語」が気になって仕方がないのは日本人だけで、無印良品やイケアが「コンセプトの明確なライフスタイル雑貨」という市場を開拓しつつあった中国では、「おしゃれな雑貨をリーズナブルな価格で扱う日本ブランド」はすぐに受け入れられた。2015年には都市部の商業施設や繁華街で普通に見かけるようになり、中国人消費者に日本ブランドの模倣と気付かれた後も、成長は止まっていない。 今では周知の事実だが、メイソウは「日本ブランド」を巧みに模倣した中国ブランドだ。創業後しばらくは日本人デザイナー三宅順也氏を共同創業者に据えて企業の顔としていたが、今は公式サイトでも本当の創業者、葉国富氏が前面に出ている。 また、グローバル展開とともに、ほとんどの商品から日本語が消え、代わりに多言語の商品説明が添えられるようになった(とは言え今も丁寧に探せば、変な日本語を見つけることはできる)。 上場にあたってメイソウがアメリカ証券取引委員会(SEC)に提出した目論見書からは、ベールに包まれていた同社の経営状況も明らかになった。2020年6月期、同社の流通総額は190億元(約3000億円)。売上高はコロナ禍の逆風で前年同期比4.4%減の89億7900万元(約1400億円)、純損益は2億6000万元(約40億円)の赤字だった』、「ユニクロを彷彿させる赤いロゴと、ブランド名は無印良品を思わせる「名創優品」」、「ビジネスモデルはダイソーだ」、「メイソウは「日本ブランド」を巧みに模倣した中国ブランドだ」、なるほど。
・『世界80以上の国と地域に進出している 6月末時点で世界で80以上の国と地域に進出し、店舗数は4222店。内訳は中国で2500店強、海外では1680社強という。今回の上場で調達した資金は新規出店や物流ネットワークの整備、デジタル化に投じる計画だ。 メイソウが短期間で店舗を増やせた要因は、大きく2つがある。1つ目は、創業者の葉氏が雑貨チェーンのノウハウを保有していたことだ。中国メディアの報道によると、貧困農家出身で最終学歴が中卒の葉氏は、2004年に広州市で当時流行していた10元ショップ「哎呀呀(アイヤヤ)」を開店。メイクアップ用品など女性向け雑貨に特化することで、他店と差別化に成功し、2010年には3000店舗を出店、売上高は10億元(約160億円)を超えるまで成長させた。 とは言え、2010年代に入ると10元ショップも競争が激しくなり、さらには無印良品、イケアなど、より高価格帯の海外ブランドも中国で店舗を広げ始めた。 業態の進化を模索する中で、葉氏がヒントを見つけたのは日本だった。 メイソウの公式サイトによると、葉氏は2013年に家族旅行で日本を訪れた際、インテリア雑貨店で売られている「おしゃれで品質がよく、しかもリーズナブル」な商品のほとんどがメイドインチャイナであることに気づいた。 葉氏は、「中国で商品を作れるなら、自身が10元ショップで積み上げたノウハウを生かし、若者受けする雑貨チェーンを展開できる」とひらめき、メイソウの設立に至った。 葉氏はメディアのインタビューに、「無印のようなおしゃれな雑貨を、ユニクロのような手ごろな価格で提供する」と語ったこともある。 目論見書によるとメイソウの商品の95%が50元(780円)以下だ。中国市場は顧客の80%が40歳以下で、30歳以下が60%と若年層に支持されている。新興国ではメイソウもブランド化し、「ユビソウ」など類似ブランドも生まれている。) メイソウが迅速に規模拡大できたもう1つの理由は、同社が日本のコンビニのようなフランチャイズ制を採用していることだ。メイソウが展開する4222店舗のうち、直営店は129店しかなく、その多くが海外店舗という構成になっている。 公式サイトの加盟店募集情報によると、加盟店は最初に75万元(約1200万円)の保証金を納め(返還あり)、年間8万元(約130万円)のロイヤルティーを支払う。商品はメイソウ所有で、店舗売り上げのうち62%をメイソウが、38%(食品は33%)を加盟店が受け取る。 中国のメイソウ店舗は大型商業施設や人通りの多い繁華街に集中しているが、テナント料は加盟店が負担する。また、中国メディアによると販売スタッフの研修費もスタッフもしくは加盟店持ちとなる。 メイソウは2018年12月、「2022年までに100カ国、1万店舗、売上高1000億元体制を実現する」と発表したが、各店舗の経営リスクの多くは加盟店が負うため、メイソウにとっては店舗あたりの経営効率を上げるよりも出店数を増やすほうが手っ取り早い』、「家族旅行で日本を訪れた際、インテリア雑貨店で売られている「おしゃれで品質がよく、しかもリーズナブル」な商品のほとんどがメイドインチャイナであることに気づいた。 葉氏は、「中国で商品を作れるなら、自身が10元ショップで積み上げたノウハウを生かし、若者受けする雑貨チェーンを展開できる」とひらめき、メイソウの設立に至った」、目のつけどころが素晴らしい。
・『海外店舗は4割に達している また、葉氏は2015年に融資プラットフォーム「分利宝」も設立し、メイソウの加盟店に初期費用なども貸し付けているが、上場申請を控えた8月に分利宝は閉鎖された。 上場申請時に1億ドルを調達予定としていたメイソウは、計画を大きく上回る発行価格がつき、上場初日も好発進した。だが、今後の経営にはリスクもくすぶる。目下直面しているのは、収束の見通しがつかないコロナ禍だ。 目論見書によると、同社の売上高のうち4億1540万ドル(約440億円)が海外店舗によるもので、全体の3分の1を占める。店舗数で見ると、海外店舗は4割に達する。 リアル店舗中心、かつグローバル展開のメイソウは新型コロナによる外出や営業制限の影響をもろに受けた。2020年6月期の中国での売上高は前年比5%減の60億元(約940億円)、さらに海外では店舗の20%以上が撤退したという。 目論見書のリスク開示でも、「サプライヤー、加盟店などパートナーの生存能力やサプライチェーンに問題が生じ、経営が悪化する可能性がある」と記載されている。 また、コロナ禍にかかわらず中国の雑貨店市場はレッドオーシャンであり、メイソウの2019年後半の中国既存店売上高は前年同期比3.8%減だった。 目論見書によると、メイソウは創業者の葉氏が株式の80.8%を保有しているが、2018年に中国IT大手テンセントの出資を受け、同社の出資比率は5.4%となっている。メイソウはすでにスマート店舗などデジタル化を進めているが、今後は10億人超のユーザーを抱えるメッセージアプリWeChatなどテンセントのエコシステムやIT技術との連携をより深めていくようだ』、なるほど。
・『正規ブランドとのコラボも メイソウにとって成長の源泉でもあった「日本風味」「パクリ」のイメージからいかに脱却するかも課題となっている。 グローバル展開を進める同社は、日本人の三宅氏のほか、フィンランド、デンマーク、韓国からデザイナーを起用しているが、トレンドのいいとこどりなため、何らかの著名ブランドを連想される商品が多い。 2019年の長江商報の報道によると、メイソウは68件の訴訟を抱えており、24件は意匠権と商標権絡みだ。原告にはルイ・ヴィトン、メンソレータムなど世界的な著名企業が名を連ねる。 そして「パクリ」から脱却するため、メイソウが最近最も力を入れているのは、正規ブランドとのコラボだ。アメリカの漫画出版社「MARVEL」やディズニー、ハローキティなど、コラボ相手は17件。 目論見書によると、メイソウは2020年6月期に1億元(約16億円)を超えるライセンス料を支払っている。だが、自社での商品開発力にはまだまだ課題も多い。) さらに、メイソウが上場申請した9月23日、上海薬品監督管理局は化粧品のサンプル調査で、メイソウのネイルから基準の1400倍の発がん性物質を検出したと明らかにした』、「68件の訴訟を抱えており、24件は意匠権と商標権絡みだ」、「最近最も力を入れているのは、正規ブランドとのコラボだ」、「ネイルから基準の1400倍の発がん性物質を検出」、後者はブランド・イメージ悪化につながりかねないだけに、要注意だ。
・『日本風味は世界中に広まっている メイソウは、中国では「日系風味」の払拭に力を入れており、公式サイトでも2015年以前の沿革を記載しないなど、過去の経営は黒歴史になっている。共同創業者の三宅氏のTwitterアカウントも2014年以降更新されていない。 だが、カンボジア、メキシコ、ロシアなど日本企業が進出しきれていないブルーオーシャンの新興国では今も堂々と、「日本風味」で売っている。日本、中国両消費者に皮肉られている間にも、メイソウは着々と店舗を拡大、アメリカで上場しブルーオーシャンの新興国では今も堂々と、「日本風味」で売っている。日、日本企業の市場を侵食しているのだ』、「中国では「日系風味」」はアピール力を失っているが、「ブルーオーシャンの新興国では今も堂々と、「日本風味」で売っている」、ただ、「日本企業」には有効な対応策はなさそうだ。
次に、本年1月29日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「「ヒルドイド」闘争は筋違い?類似商品が不正とは言い切れない複雑事情」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/261182
・『「ヒルドイド」が「ヒルマイルド」に徹底抗戦の構えをとるのはなぜか 頭痛薬の「イブA錠」と同じ有効成分の「アダムA錠」が、薬局で売られています。あくまで個人的な趣味の話ですが、こういうネーミングは私は好きです。「マキロンs」と似たデザインの傷薬に「マッキンZ」という商品があります。英語風に発音すると「マッキンズィー」。なんとなく経営者のかすり傷に効きそうです。 「イブA錠」の製造販売元のエスエス製薬や「マキロンs」の第一三共ヘルスケアにとって、こうした競合商品のネーミングには、売り上げへの影響以上にイラつくかもしれません。 世の中には、イラつく程度では済まない経営者もいて、そういった場合は訴訟になります。医療用医薬品「ヒルドイド」を販売するマルホが市販薬品「ヒルマイルド」を製造販売する健栄製薬に対して、販売差し止めの仮処分申請を行いました。これに対して健栄製薬は「当社の信用と信頼を著しく傷つけ、損なう行為」と、徹底抗戦の構えを見せています。 そして今回の訴訟問題は、通常の類似商品を巡る争いとは少しビジネスとしての背景事情が異なります。「ヒルドイド」と「ヒルマイルド」を巡る紛争について、まとめてみたいと思います。 今回、マルホが健栄製薬に対して提訴したのは、「不正競争防止法2条1項1号に定める不正競争行為に該当する」という主張がその根拠です。この条項は広く周知されている商品と同一ないしは類似の商品を販売することで、消費者に混同を生じさせる行為を制限するものです。 古い事例ですが1983年に東京ディズニーランドが開業した直後、浦安駅の沿道の露店で「ミツキー饅頭」というお菓子が売られていたことがあります。ミッキーマウスと名前や表情がちょっと違うネズミのキャラクターと、目黒エンペラー(目黒の老舗ホテル)に似た建物がパッケージに描かれていたのですが、名前とキャラが違っても類似性で消費者が間違えて買ってしまう以上はアウトだというのが、この法律の条項です。) ただ、法律に違反するほどの類似商品かどうかは、機械的に線引きができるわけではありません。判断は裁判官によって行われます。そのときの判断基準が、「周知」された「商品等表示」との「類似性」のために消費者に「混同」が起きるかどうかです。 今回は、1954年に発売され全国的に周知されている「ヒルドイド」という医薬品に対して、「ヒルマイルド」のネーミングと商品パッケージが類似しているために、消費者の混同が起きるかどうか」が、司法判断のポイントになるわけです。 過去の判例でいえば、この類似性に関しては、裁判になると本家に有利な判断が下される例が多いようです。多くの場合、メーカーが訴えないから裁判にならないだけで、裁判になった例では、似たパッケージに対して類似性が認められたケースが多いという感じです』、「多くの場合、メーカーが訴えないから裁判にならないだけで、裁判になった例では、似たパッケージに対して類似性が認められたケースが多いという感じです」、なるほど。
・『「ヒルドイド」と「ヒルマイルド」は市場で本当に競合するのか ただ、今回の訴訟で興味深いのは、論理的には「ヒルドイド」と「ヒルマイルド」は市場で競合しないはずであり、だから消費者の間で混同が起きるはずがない、という争点が存在することです。 ヒルドイドは医師が処方する医療用医薬品です。アトピーで肌が乾燥したり、打撲によるあざを治療したりする際に処方されます。薬局で売られている家庭用医薬品とは、本来市場や使用目的が違う商品のはずなのです。 ところが、主成分の「ヘパリン類似物質」が保湿力に加えて加齢によるしわなどに効能があると口コミで広まり、数年くらい前からアンチエイジングクリーム代わりに利用する女性の数が顕著に増加しました。皮膚科を受診して「ヒルドイドを処方してほしい」と医師にお願いする女性も多いと聞きます。これが医療目的外処方の問題です。 要するに、美容目的で医師にお願いする行為は法律違反なのです。なので、そうならないように阿吽の呼吸が求められます。皮膚科を受診した女性が「私の肌、ヒルドイドで治療したほうがいいでしょうか」と質問し、医師が「そうですね、ヒルドイド、いいかもしれませんね」と処方箋を書くのです。 これならば法律違反ではないので問題ないかというと、そうではありません。理由は医療保険制度を圧迫するからです。) ヒルマイルドは60グラムのクリームで、アマゾンでは税込価格で1650円ですが、ヒルドイドを処方してもらうと健康保険が適用されるため、3割負担の場合は50グラムで355.5円になります。残る7割は保険制度が負担します。つまり「安いアンチエイジングクリームだから、お医者さんに処方してもらおう」という行為自体が、医療費を圧迫する社会問題なのです。 こういった問題が起きたことで、昨年9月、マルホは化粧品目的の消費者に対し、コーセー化粧品との合弁会社、コーセーマルホで「カルテヒルドイド」という医薬部外品の化粧品ラインを立ち上げました。ところがヒルドイドの名称を使うと「医薬品との誤認が起きる」と行政から指摘され、現在では「カルテHD」という商品名に変更したという経緯があります。 この「カルテHD」は40グラムで2530円(税込)です。この商品と消費者が購入を迷う他社商品は、実はカルテヒルドイド発売以前に出そろっています。昨年5月に大正製薬から発売された「アドライズ」という化粧品ラインは、成分的にはカルテHDとダイレクトに競合する商品です。ただこれは、商品表示上の問題はまったくありません』、「数年くらい前からアンチエイジングクリーム代わりに利用する女性の数が顕著に増加しました。皮膚科を受診して「ヒルドイドを処方してほしい」と医師にお願いする女性も多いと聞きます。これが医療目的外処方の問題です。 要するに、美容目的で医師にお願いする行為は法律違反なのです」、「医薬部外品の化粧品ライン」、「「カルテHD」という商品名」立ち上げている。
・『医療目的外処方の解消を目指した「ヒルメナイド」とは 一方でこの市場に、化粧品(医薬部外品)よりも効能が高い第2類医薬品で割って入ることになった先行商品が2つあります。一つが今回問題になっている健栄薬品の「ヒルマイルド」、そしてもうひとつがマツモトキヨシが発売したプライベートブランドの「ヒルメナイド」です。 実は「ヒルドイドについての医療目的外処方の問題」に対する取り組みとしては、マツモトキヨシがいち早く対応をしていて、『ヒルメナイド』は2018年9月に「ヘパリン類似物質含有クリームを本当に必要とする患者さんの不利益になってしまう」ことを避ける目的で発売し、世間の注目を集めたという経緯があります。 そして、その流れに乗るかたちで2020年6月に登場したのが、今回問題になっている「ヒルマイルド」です。King & Princeの永瀬廉さんをCMキャラに起用して、本格的にマツモトキヨシに対抗しようとしていた矢先に、今回の訴訟が起きたわけです。 こうした経緯を踏まえて、野暮を承知で指摘させていただくと、「類似性」によって「混同」して買ってしまう恐れがあるために損害を受ける可能性がある商品は、「ヒルドイド」ではなく、むしろパッケージやネーミングが似ているマツモトキヨシの「ヒルメナイド」のはずなのです。ここが、論理的にはおかしな点ではあります。) ただ現実問題としては、「医師に処方してもらわなくても、ヒルドイドが薬局で簡単に手に入る」と誤認した消費者が「ヒルマイルド」を買うことで、「ヒルドイド」の営業に損害が発生する可能性はあります。ここが裁判で争われることになるのでしょう』、「裁判」が「誤認」をめぐって争われるとは込み入ったことだ。
・『iMac訴訟で思い起こされる「まさか」の判決 本件に関しては、「さて、裁判所の判断はどうなるでしょうか」といった結びになるところですが、実は地方裁判所の判断を見ると、今回と似たようなケースで結構面白い前例があるので、最後にそれを一つ紹介しましょう。 1999年、当時人気だったアップルの「iMac」と外見がよく似たソーテック製の「eOne」というパソコンについて、東京地裁が販売差し止めの仮処分を下しました。 当時のiMacは、本体とモニタが一体化した画期的な外観デザインと奇抜なカラーリングで人気を集めました。ただ難点としては、当時のiOSは圧倒的に市場において少数派だったこと。Windowsユーザーからは「Windowsが使えるiMacのようなパソコンが欲しい」という声が高まり、そこでeOneが発表されたというのが当時の経緯です。 実はこの裁判は、一部のプロの間で「アップルは勝てないんじゃないか?」と言われていました。理由はユーザーの間で「混同が起きるはずがない」からです。iMacを買おうとして、間違えてWindows 搭載のeOneを買う人などいるわけがありません。そうではなく、iMac的なWindowsパソコンが欲しい、比較的ITリテラシーの高いユーザーが買う商品だったわけです。 ところがこの裁判では、「外観の類似性から消費者に混同を与え、メーカーに不利益を与える」として、販売差し止めになったのです。論理的には混同は起きなくても、実質的にiMacに損害を与えることを止めるために、裁判官が非論理的な判決文を書いたという実例です。 その前例から類推すれば、医師に処方してもらわなければ手に入らない医薬品と普通に薬局で手に入る医薬品という、本来混同が起きる可能性がない商品に関しても、裁判所の「画期的な判決」が下る可能性はあるかもしれません。いずれにしても、かなり複雑な経緯がからんだ今回の訴訟、どうなるのか興味深く見守っていきたいと思います』、「論理的には混同は起きなくても、実質的にiMacに損害を与えることを止めるために、裁判官が非論理的な判決文を書いたという実例」、こんな馬鹿な「判決」が出る可能性まであるとは、恐ろしい国だ。無論、上告すれば、「非論理的な判決文」は修正される可能性はあるが、そこまで争う気がなかったのだろう。
第三に、10月27日付け東洋経済Plus「電磁鋼板の特許侵害で訴訟に踏み切った 日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/28511#:~:text=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%A3%BD%E9%89%84%E3%81%AF10%E6%9C%88,%E3%81%AE%E4%BB%AE%E5%87%A6%E5%88%86%E3%82%92%E7%94%B3%E3%81%97%E7%AB%8B%E3%81%A6%E3%81%9F%E3%80%82
・『日本製鉄にとって最重要顧客であるトヨタを特許侵害で訴えた。前代未聞の行動に日鉄を駆り立てたのはいくつかの理由がある。 鉄鋼業界の巨人が、自動車業界の巨人を訴えた。 日本製鉄は10月14日、トヨタ自動車と中国の大手鉄鋼メーカー、宝山鋼鉄を特許侵害で訴えたことを発表した。両社にそれぞれ200億円の損害賠償を請求。トヨタには対象となる電磁鋼板を使用した自動車の製造・販売の差し止めの仮処分を申し立てた。 日本企業が顧客を訴えることは珍しい。まして相手は日鉄にとって最重要顧客のトヨタである。今回の事実が明らかになると、自動車メーカーや鉄鋼メーカーの関係者からは「素材メーカーが取引先まで訴えるのは通常ありえない」「日鉄さんもずいぶんと思いきった」と驚きの声が複数聞かれた。 前代未聞の行動に日鉄を駆り立てたのはいくつかの理由がある。 まず、特許侵害の対象が高効率モーターに使われる電磁鋼板だったこと。電磁鋼板はモーターやトランス(変圧器)などの電気機器の鉄心として不可欠な材料だ。 今回提訴の対象となったのは電磁鋼板の中でも「無方向性電磁鋼板」といわれるもの。日鉄は初代プリウス向けに無方向性電磁鋼板を提供してから、その性能を磨き上げ、トヨタのハイブリッド車を軸とした電動車戦略を支えてきた。 電磁鋼板は脱炭素を支えるキーテクノロジーとして、ハイブリッド車や電気自動車、さらには発電機などへの需要拡大は間違いない。実際、トヨタは2030年には現在の4倍の800万台にまで電動車の生産を増やす計画だ。 他の自動車メーカーも電動車シフトを加速している。トヨタの電動車のモーターにはすべて電磁鋼板が使われている。最大のサプライヤーが日本製鉄であり、この2年で日鉄は約1000億円を投資して生産能力を増強してきた。 近年は電動車の需要増を受け、日本の鉄鋼メーカーの能力が逼迫している。トヨタは調達先を多角化する一環で、宝山製の電磁鋼板を使い始めていた。その中で今回の問題が起きた』、「電磁鋼板は脱炭素を支えるキーテクノロジーとして、ハイブリッド車や電気自動車、さらには発電機などへの需要拡大は間違いない」、「近年は電動車の需要増を受け、日本の鉄鋼メーカーの能力が逼迫している。トヨタは調達先を多角化する一環で、宝山製の電磁鋼板を使い始めていた。その中で今回の問題が起きた」、なるほど。
・『かみ合わない両社の主張 経営コンサルティング会社、アーサー・ディ・リトル・ジャパンの川中拓磨ビジネスアナリストは「電磁鋼板はそんなに簡単に作れるものではない。ただ、鉄鋼製品全般に言えることとして、中国の鉄鋼メーカーの製造の実力は相当上がっている。日鉄は虎の子の技術を守るべく、訴訟に踏み込んだのではないか」と話す。電磁鋼板は収益性が高く、力を増す中国勢に特許侵害があれば見逃すわけにはいかなかったわけだ。 対象となった日鉄の無方向性電磁鋼板の特許は、現状、国内でのみ成立しているため、宝山のみを訴えたのでは実効性が乏しい。日本で使用しているトヨタも対象とすることで圧力を強める狙いだ。 日鉄が最重要顧客であるトヨタまで訴えた背景には、国内生産能力の適正化が進展したこともある。粗鋼を造る高炉は2020年初の15基から足元で11基まで減った。2024年度末には高炉をもう1基休止する。顧客に弓を引いて取引に悪影響が出ることを過度に恐れずにすむようになった。 日鉄による提訴の発表を受けてトヨタは、「本来、材料メーカー同士で協議すべき事案。訴えられたことは大変遺憾。(宝山とは)取引締結前に他社の特許侵害がないことを確認の上契約させていただいている」との声明を出した。しかし、日鉄は「特許を侵害していると判断したため、それぞれ(宝山とトヨタ)と協議を行ってきたが、問題の解決に至らなかった」としており、お互いの言い分はかみ合わない。 トヨタの長田准執行役員は「(日鉄からの指摘を受けて)宝山に確認して特許侵害はないとの回答を得て、日鉄に伝えた。ユーザーのわれわれを訴えたことにビックリしている」と説明する。トヨタの熊倉和生調達本部長は「電磁鋼板の材料の成分をわれわれで測れないこともないが、基本的には材料メーカーの中で確認すべきことだと考える」としている。 一方、日鉄は「特許侵害の事実があれば訴える権利はある」と筋論を展開する。トヨタのサプライヤー関係者からは「電磁鋼板は日鉄にとって極めて重要な技術。一般の資材とは訳が違う。トヨタとしても宝山から調達するに当たり、かなり慎重に検討したはず。なぜこんな問題が起きたのか」と疑問視する声もある。 では、今後の展開はどうなるか。特許侵害が確定的だった場合、トヨタが譲歩を迫られるだろう。ただし、製造が止まる事態は考えにくい。宝山製の電磁鋼板は採用して日が浅く、シェアもわずか。日鉄製に切り替える可能性が濃厚だ』、「特許侵害が確定的だった場合、トヨタが譲歩を迫られるだろう。ただし、製造が止まる事態は考えにくい。宝山製の電磁鋼板は採用して日が浅く、シェアもわずか。日鉄製に切り替える可能性が濃厚だ」、なるほど。
・『揺らぐ自動車メーカーのピラミッド 今夏の鋼材価格の交渉では、日鉄がトヨタとの交渉で供給制限をちらつかせて値上げを勝ち取った。これまで日鉄幹部は「われわれが提供している付加価値が認められていない」と不満を漏らしていた。トヨタOBのサプライヤー幹部も「日鉄とトヨタはいろんな鋼材を共同開発してきた歴史がある。トヨタはグローバルの台数増加で果実を得ているが、日鉄側は(取引価格が安く)十分な果実が取れていなかった」と話す。 しかし、今回の価格交渉と提訴からは、トヨタが圧倒的に優位だった両社の力関係が変わりつつあることが見て取れる。こうした関係変化は、日鉄とトヨタの間だけでとどまらないだろう。自動車の産業ピラミッドが揺らぎ始めているからだ。 多くのサプライヤーにとって自動車向けはは利益率が低いうえ、高い品質と長期間のジャスト・イン・タイムでの納入を求められる厳しい商売だ。それでも他産業向けにはない取引の量と安定性が魅力だった。しかし、電動化により自動車メーカーとの取引は右肩上がりが見込めなくなった。さらに、サプライヤー各社も電動化や脱炭素で多額の投資を迫られている。これまでのように従順ではいられない。 緊張感が高まる中、コロナ禍で供給が需要に追いつかない状況をきっかけに、真っ先に薄利取引に反旗を翻したのが半導体だ。従来ならば自動車向けの量は最優先されていたが、今はそれもなくなってきた。足元では半導体メーカー側からの値上げの動きも出ている。ピラミッドの頂点に立っていた自動車メーカーに対し、声を上げるサプライヤーは増えていくだろう。日鉄による提訴は特殊なケースとはいえ、ほかの自動車メーカーにとって決して対岸の火事ではない。 こうした動きは、自動車メーカーがこれまでどおりの水準で利益を上げにくくなることを意味する。自動車というハードだけでなく、ソフトやサービスで稼ぐビジネスモデルをどう構築できるのか。サプライヤーの変心を受けて、自動車メーカーは収益構造の変革を一段と迫られることになりそうだ』、「ピラミッドの頂点に立っていた自動車メーカーに対し、声を上げるサプライヤーは増えていくだろう」、「サプライヤーの変心を受けて、自動車メーカーは収益構造の変革を一段と迫られることになりそうだ」、今後はどんな「サプライヤー」が「声」を上げるのだろうか。面白い時代になったものだ。
先ずは、2020年10月21日付け東洋経済オンラインが掲載した 経済ジャーナリストの浦上 早苗氏による「無印そっくり?「メイソウ」米国で上場の衝撃度 ユニクロやダイソーにもどこかが似ている 」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/382378
・『「無印良品とユニクロとダイソーを足して3で割った中国ブランド」と揶揄されることもある名創優品(メイソウ、MINISO)が10月15日、ニューヨーク証券取引所に上場、初値は公募価格の20ドルを上回り、24.4ドルをつけた。 かつて、公式サイトで「無印良品、ユニクロ、ワトソンズから『世界で一番怖い競争相手』と称される」と自称していたメイソウは、2013年の創業から7年で、店舗網を80以上の国と地域、約4200店舗に拡大している。 店舗数ではユニクロ(2196店舗、2019年8月期)と無印(1033店舗、2020年2月期時点)を足した数を上回っている。堂々と既存ブランドを模倣し、中国の消費者からも「パクリ」企業と皮肉られてきたメイソウは、なぜ短期間でここまで急成長できたのか』、「店舗網を80以上の国と地域、約4200店舗に拡大・・・店舗数ではユニクロ(2196店舗、2019年8月期)と無印(1033店舗、2020年2月期時点)を足した数を上回っている」、「パクリ」企業にしては急成長だ。
・『意味不明な日本語にもやもやする在中日本人 メイソウ1号店が中国・広州市に出現したのは2013年秋。以降、全国に猛烈な勢いで増殖し、ユニクロを彷彿させる赤いロゴと、ブランド名は無印良品を思わせる「名創優品」に、2014年には在中日本人がざわつき始めた。 ちなみにロゴや商品は「MINISO」「メイソウ」という英語・日本語が使われている。販売する商品は10元の雑貨が多く(約160円、当時)、ビジネスモデルはダイソーだ。 一見日本ブランドのように見えるメイソウだったが、商品名や商品説明の日本語はほとんど意味不明だった。 無印風のボトルに入った化粧液の商品名は「保湿補水乳だった」と意味不明なうえになぜか過去形だ。 洗剤の容器には「強ぃの洗潔剤」、ボディソープには「と皮膚の皮橡擦」「消しゴムのような肌」と記載されている。 本社は東京・銀座、2017年時点で公式サイトには「2013年に中国に進出」と紹介されていたが、日本の出店は2014年秋と中国より後だ。 だが、「変な日本語」が気になって仕方がないのは日本人だけで、無印良品やイケアが「コンセプトの明確なライフスタイル雑貨」という市場を開拓しつつあった中国では、「おしゃれな雑貨をリーズナブルな価格で扱う日本ブランド」はすぐに受け入れられた。2015年には都市部の商業施設や繁華街で普通に見かけるようになり、中国人消費者に日本ブランドの模倣と気付かれた後も、成長は止まっていない。 今では周知の事実だが、メイソウは「日本ブランド」を巧みに模倣した中国ブランドだ。創業後しばらくは日本人デザイナー三宅順也氏を共同創業者に据えて企業の顔としていたが、今は公式サイトでも本当の創業者、葉国富氏が前面に出ている。 また、グローバル展開とともに、ほとんどの商品から日本語が消え、代わりに多言語の商品説明が添えられるようになった(とは言え今も丁寧に探せば、変な日本語を見つけることはできる)。 上場にあたってメイソウがアメリカ証券取引委員会(SEC)に提出した目論見書からは、ベールに包まれていた同社の経営状況も明らかになった。2020年6月期、同社の流通総額は190億元(約3000億円)。売上高はコロナ禍の逆風で前年同期比4.4%減の89億7900万元(約1400億円)、純損益は2億6000万元(約40億円)の赤字だった』、「ユニクロを彷彿させる赤いロゴと、ブランド名は無印良品を思わせる「名創優品」」、「ビジネスモデルはダイソーだ」、「メイソウは「日本ブランド」を巧みに模倣した中国ブランドだ」、なるほど。
・『世界80以上の国と地域に進出している 6月末時点で世界で80以上の国と地域に進出し、店舗数は4222店。内訳は中国で2500店強、海外では1680社強という。今回の上場で調達した資金は新規出店や物流ネットワークの整備、デジタル化に投じる計画だ。 メイソウが短期間で店舗を増やせた要因は、大きく2つがある。1つ目は、創業者の葉氏が雑貨チェーンのノウハウを保有していたことだ。中国メディアの報道によると、貧困農家出身で最終学歴が中卒の葉氏は、2004年に広州市で当時流行していた10元ショップ「哎呀呀(アイヤヤ)」を開店。メイクアップ用品など女性向け雑貨に特化することで、他店と差別化に成功し、2010年には3000店舗を出店、売上高は10億元(約160億円)を超えるまで成長させた。 とは言え、2010年代に入ると10元ショップも競争が激しくなり、さらには無印良品、イケアなど、より高価格帯の海外ブランドも中国で店舗を広げ始めた。 業態の進化を模索する中で、葉氏がヒントを見つけたのは日本だった。 メイソウの公式サイトによると、葉氏は2013年に家族旅行で日本を訪れた際、インテリア雑貨店で売られている「おしゃれで品質がよく、しかもリーズナブル」な商品のほとんどがメイドインチャイナであることに気づいた。 葉氏は、「中国で商品を作れるなら、自身が10元ショップで積み上げたノウハウを生かし、若者受けする雑貨チェーンを展開できる」とひらめき、メイソウの設立に至った。 葉氏はメディアのインタビューに、「無印のようなおしゃれな雑貨を、ユニクロのような手ごろな価格で提供する」と語ったこともある。 目論見書によるとメイソウの商品の95%が50元(780円)以下だ。中国市場は顧客の80%が40歳以下で、30歳以下が60%と若年層に支持されている。新興国ではメイソウもブランド化し、「ユビソウ」など類似ブランドも生まれている。) メイソウが迅速に規模拡大できたもう1つの理由は、同社が日本のコンビニのようなフランチャイズ制を採用していることだ。メイソウが展開する4222店舗のうち、直営店は129店しかなく、その多くが海外店舗という構成になっている。 公式サイトの加盟店募集情報によると、加盟店は最初に75万元(約1200万円)の保証金を納め(返還あり)、年間8万元(約130万円)のロイヤルティーを支払う。商品はメイソウ所有で、店舗売り上げのうち62%をメイソウが、38%(食品は33%)を加盟店が受け取る。 中国のメイソウ店舗は大型商業施設や人通りの多い繁華街に集中しているが、テナント料は加盟店が負担する。また、中国メディアによると販売スタッフの研修費もスタッフもしくは加盟店持ちとなる。 メイソウは2018年12月、「2022年までに100カ国、1万店舗、売上高1000億元体制を実現する」と発表したが、各店舗の経営リスクの多くは加盟店が負うため、メイソウにとっては店舗あたりの経営効率を上げるよりも出店数を増やすほうが手っ取り早い』、「家族旅行で日本を訪れた際、インテリア雑貨店で売られている「おしゃれで品質がよく、しかもリーズナブル」な商品のほとんどがメイドインチャイナであることに気づいた。 葉氏は、「中国で商品を作れるなら、自身が10元ショップで積み上げたノウハウを生かし、若者受けする雑貨チェーンを展開できる」とひらめき、メイソウの設立に至った」、目のつけどころが素晴らしい。
・『海外店舗は4割に達している また、葉氏は2015年に融資プラットフォーム「分利宝」も設立し、メイソウの加盟店に初期費用なども貸し付けているが、上場申請を控えた8月に分利宝は閉鎖された。 上場申請時に1億ドルを調達予定としていたメイソウは、計画を大きく上回る発行価格がつき、上場初日も好発進した。だが、今後の経営にはリスクもくすぶる。目下直面しているのは、収束の見通しがつかないコロナ禍だ。 目論見書によると、同社の売上高のうち4億1540万ドル(約440億円)が海外店舗によるもので、全体の3分の1を占める。店舗数で見ると、海外店舗は4割に達する。 リアル店舗中心、かつグローバル展開のメイソウは新型コロナによる外出や営業制限の影響をもろに受けた。2020年6月期の中国での売上高は前年比5%減の60億元(約940億円)、さらに海外では店舗の20%以上が撤退したという。 目論見書のリスク開示でも、「サプライヤー、加盟店などパートナーの生存能力やサプライチェーンに問題が生じ、経営が悪化する可能性がある」と記載されている。 また、コロナ禍にかかわらず中国の雑貨店市場はレッドオーシャンであり、メイソウの2019年後半の中国既存店売上高は前年同期比3.8%減だった。 目論見書によると、メイソウは創業者の葉氏が株式の80.8%を保有しているが、2018年に中国IT大手テンセントの出資を受け、同社の出資比率は5.4%となっている。メイソウはすでにスマート店舗などデジタル化を進めているが、今後は10億人超のユーザーを抱えるメッセージアプリWeChatなどテンセントのエコシステムやIT技術との連携をより深めていくようだ』、なるほど。
・『正規ブランドとのコラボも メイソウにとって成長の源泉でもあった「日本風味」「パクリ」のイメージからいかに脱却するかも課題となっている。 グローバル展開を進める同社は、日本人の三宅氏のほか、フィンランド、デンマーク、韓国からデザイナーを起用しているが、トレンドのいいとこどりなため、何らかの著名ブランドを連想される商品が多い。 2019年の長江商報の報道によると、メイソウは68件の訴訟を抱えており、24件は意匠権と商標権絡みだ。原告にはルイ・ヴィトン、メンソレータムなど世界的な著名企業が名を連ねる。 そして「パクリ」から脱却するため、メイソウが最近最も力を入れているのは、正規ブランドとのコラボだ。アメリカの漫画出版社「MARVEL」やディズニー、ハローキティなど、コラボ相手は17件。 目論見書によると、メイソウは2020年6月期に1億元(約16億円)を超えるライセンス料を支払っている。だが、自社での商品開発力にはまだまだ課題も多い。) さらに、メイソウが上場申請した9月23日、上海薬品監督管理局は化粧品のサンプル調査で、メイソウのネイルから基準の1400倍の発がん性物質を検出したと明らかにした』、「68件の訴訟を抱えており、24件は意匠権と商標権絡みだ」、「最近最も力を入れているのは、正規ブランドとのコラボだ」、「ネイルから基準の1400倍の発がん性物質を検出」、後者はブランド・イメージ悪化につながりかねないだけに、要注意だ。
・『日本風味は世界中に広まっている メイソウは、中国では「日系風味」の払拭に力を入れており、公式サイトでも2015年以前の沿革を記載しないなど、過去の経営は黒歴史になっている。共同創業者の三宅氏のTwitterアカウントも2014年以降更新されていない。 だが、カンボジア、メキシコ、ロシアなど日本企業が進出しきれていないブルーオーシャンの新興国では今も堂々と、「日本風味」で売っている。日本、中国両消費者に皮肉られている間にも、メイソウは着々と店舗を拡大、アメリカで上場しブルーオーシャンの新興国では今も堂々と、「日本風味」で売っている。日、日本企業の市場を侵食しているのだ』、「中国では「日系風味」」はアピール力を失っているが、「ブルーオーシャンの新興国では今も堂々と、「日本風味」で売っている」、ただ、「日本企業」には有効な対応策はなさそうだ。
次に、本年1月29日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「「ヒルドイド」闘争は筋違い?類似商品が不正とは言い切れない複雑事情」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/261182
・『「ヒルドイド」が「ヒルマイルド」に徹底抗戦の構えをとるのはなぜか 頭痛薬の「イブA錠」と同じ有効成分の「アダムA錠」が、薬局で売られています。あくまで個人的な趣味の話ですが、こういうネーミングは私は好きです。「マキロンs」と似たデザインの傷薬に「マッキンZ」という商品があります。英語風に発音すると「マッキンズィー」。なんとなく経営者のかすり傷に効きそうです。 「イブA錠」の製造販売元のエスエス製薬や「マキロンs」の第一三共ヘルスケアにとって、こうした競合商品のネーミングには、売り上げへの影響以上にイラつくかもしれません。 世の中には、イラつく程度では済まない経営者もいて、そういった場合は訴訟になります。医療用医薬品「ヒルドイド」を販売するマルホが市販薬品「ヒルマイルド」を製造販売する健栄製薬に対して、販売差し止めの仮処分申請を行いました。これに対して健栄製薬は「当社の信用と信頼を著しく傷つけ、損なう行為」と、徹底抗戦の構えを見せています。 そして今回の訴訟問題は、通常の類似商品を巡る争いとは少しビジネスとしての背景事情が異なります。「ヒルドイド」と「ヒルマイルド」を巡る紛争について、まとめてみたいと思います。 今回、マルホが健栄製薬に対して提訴したのは、「不正競争防止法2条1項1号に定める不正競争行為に該当する」という主張がその根拠です。この条項は広く周知されている商品と同一ないしは類似の商品を販売することで、消費者に混同を生じさせる行為を制限するものです。 古い事例ですが1983年に東京ディズニーランドが開業した直後、浦安駅の沿道の露店で「ミツキー饅頭」というお菓子が売られていたことがあります。ミッキーマウスと名前や表情がちょっと違うネズミのキャラクターと、目黒エンペラー(目黒の老舗ホテル)に似た建物がパッケージに描かれていたのですが、名前とキャラが違っても類似性で消費者が間違えて買ってしまう以上はアウトだというのが、この法律の条項です。) ただ、法律に違反するほどの類似商品かどうかは、機械的に線引きができるわけではありません。判断は裁判官によって行われます。そのときの判断基準が、「周知」された「商品等表示」との「類似性」のために消費者に「混同」が起きるかどうかです。 今回は、1954年に発売され全国的に周知されている「ヒルドイド」という医薬品に対して、「ヒルマイルド」のネーミングと商品パッケージが類似しているために、消費者の混同が起きるかどうか」が、司法判断のポイントになるわけです。 過去の判例でいえば、この類似性に関しては、裁判になると本家に有利な判断が下される例が多いようです。多くの場合、メーカーが訴えないから裁判にならないだけで、裁判になった例では、似たパッケージに対して類似性が認められたケースが多いという感じです』、「多くの場合、メーカーが訴えないから裁判にならないだけで、裁判になった例では、似たパッケージに対して類似性が認められたケースが多いという感じです」、なるほど。
・『「ヒルドイド」と「ヒルマイルド」は市場で本当に競合するのか ただ、今回の訴訟で興味深いのは、論理的には「ヒルドイド」と「ヒルマイルド」は市場で競合しないはずであり、だから消費者の間で混同が起きるはずがない、という争点が存在することです。 ヒルドイドは医師が処方する医療用医薬品です。アトピーで肌が乾燥したり、打撲によるあざを治療したりする際に処方されます。薬局で売られている家庭用医薬品とは、本来市場や使用目的が違う商品のはずなのです。 ところが、主成分の「ヘパリン類似物質」が保湿力に加えて加齢によるしわなどに効能があると口コミで広まり、数年くらい前からアンチエイジングクリーム代わりに利用する女性の数が顕著に増加しました。皮膚科を受診して「ヒルドイドを処方してほしい」と医師にお願いする女性も多いと聞きます。これが医療目的外処方の問題です。 要するに、美容目的で医師にお願いする行為は法律違反なのです。なので、そうならないように阿吽の呼吸が求められます。皮膚科を受診した女性が「私の肌、ヒルドイドで治療したほうがいいでしょうか」と質問し、医師が「そうですね、ヒルドイド、いいかもしれませんね」と処方箋を書くのです。 これならば法律違反ではないので問題ないかというと、そうではありません。理由は医療保険制度を圧迫するからです。) ヒルマイルドは60グラムのクリームで、アマゾンでは税込価格で1650円ですが、ヒルドイドを処方してもらうと健康保険が適用されるため、3割負担の場合は50グラムで355.5円になります。残る7割は保険制度が負担します。つまり「安いアンチエイジングクリームだから、お医者さんに処方してもらおう」という行為自体が、医療費を圧迫する社会問題なのです。 こういった問題が起きたことで、昨年9月、マルホは化粧品目的の消費者に対し、コーセー化粧品との合弁会社、コーセーマルホで「カルテヒルドイド」という医薬部外品の化粧品ラインを立ち上げました。ところがヒルドイドの名称を使うと「医薬品との誤認が起きる」と行政から指摘され、現在では「カルテHD」という商品名に変更したという経緯があります。 この「カルテHD」は40グラムで2530円(税込)です。この商品と消費者が購入を迷う他社商品は、実はカルテヒルドイド発売以前に出そろっています。昨年5月に大正製薬から発売された「アドライズ」という化粧品ラインは、成分的にはカルテHDとダイレクトに競合する商品です。ただこれは、商品表示上の問題はまったくありません』、「数年くらい前からアンチエイジングクリーム代わりに利用する女性の数が顕著に増加しました。皮膚科を受診して「ヒルドイドを処方してほしい」と医師にお願いする女性も多いと聞きます。これが医療目的外処方の問題です。 要するに、美容目的で医師にお願いする行為は法律違反なのです」、「医薬部外品の化粧品ライン」、「「カルテHD」という商品名」立ち上げている。
・『医療目的外処方の解消を目指した「ヒルメナイド」とは 一方でこの市場に、化粧品(医薬部外品)よりも効能が高い第2類医薬品で割って入ることになった先行商品が2つあります。一つが今回問題になっている健栄薬品の「ヒルマイルド」、そしてもうひとつがマツモトキヨシが発売したプライベートブランドの「ヒルメナイド」です。 実は「ヒルドイドについての医療目的外処方の問題」に対する取り組みとしては、マツモトキヨシがいち早く対応をしていて、『ヒルメナイド』は2018年9月に「ヘパリン類似物質含有クリームを本当に必要とする患者さんの不利益になってしまう」ことを避ける目的で発売し、世間の注目を集めたという経緯があります。 そして、その流れに乗るかたちで2020年6月に登場したのが、今回問題になっている「ヒルマイルド」です。King & Princeの永瀬廉さんをCMキャラに起用して、本格的にマツモトキヨシに対抗しようとしていた矢先に、今回の訴訟が起きたわけです。 こうした経緯を踏まえて、野暮を承知で指摘させていただくと、「類似性」によって「混同」して買ってしまう恐れがあるために損害を受ける可能性がある商品は、「ヒルドイド」ではなく、むしろパッケージやネーミングが似ているマツモトキヨシの「ヒルメナイド」のはずなのです。ここが、論理的にはおかしな点ではあります。) ただ現実問題としては、「医師に処方してもらわなくても、ヒルドイドが薬局で簡単に手に入る」と誤認した消費者が「ヒルマイルド」を買うことで、「ヒルドイド」の営業に損害が発生する可能性はあります。ここが裁判で争われることになるのでしょう』、「裁判」が「誤認」をめぐって争われるとは込み入ったことだ。
・『iMac訴訟で思い起こされる「まさか」の判決 本件に関しては、「さて、裁判所の判断はどうなるでしょうか」といった結びになるところですが、実は地方裁判所の判断を見ると、今回と似たようなケースで結構面白い前例があるので、最後にそれを一つ紹介しましょう。 1999年、当時人気だったアップルの「iMac」と外見がよく似たソーテック製の「eOne」というパソコンについて、東京地裁が販売差し止めの仮処分を下しました。 当時のiMacは、本体とモニタが一体化した画期的な外観デザインと奇抜なカラーリングで人気を集めました。ただ難点としては、当時のiOSは圧倒的に市場において少数派だったこと。Windowsユーザーからは「Windowsが使えるiMacのようなパソコンが欲しい」という声が高まり、そこでeOneが発表されたというのが当時の経緯です。 実はこの裁判は、一部のプロの間で「アップルは勝てないんじゃないか?」と言われていました。理由はユーザーの間で「混同が起きるはずがない」からです。iMacを買おうとして、間違えてWindows 搭載のeOneを買う人などいるわけがありません。そうではなく、iMac的なWindowsパソコンが欲しい、比較的ITリテラシーの高いユーザーが買う商品だったわけです。 ところがこの裁判では、「外観の類似性から消費者に混同を与え、メーカーに不利益を与える」として、販売差し止めになったのです。論理的には混同は起きなくても、実質的にiMacに損害を与えることを止めるために、裁判官が非論理的な判決文を書いたという実例です。 その前例から類推すれば、医師に処方してもらわなければ手に入らない医薬品と普通に薬局で手に入る医薬品という、本来混同が起きる可能性がない商品に関しても、裁判所の「画期的な判決」が下る可能性はあるかもしれません。いずれにしても、かなり複雑な経緯がからんだ今回の訴訟、どうなるのか興味深く見守っていきたいと思います』、「論理的には混同は起きなくても、実質的にiMacに損害を与えることを止めるために、裁判官が非論理的な判決文を書いたという実例」、こんな馬鹿な「判決」が出る可能性まであるとは、恐ろしい国だ。無論、上告すれば、「非論理的な判決文」は修正される可能性はあるが、そこまで争う気がなかったのだろう。
第三に、10月27日付け東洋経済Plus「電磁鋼板の特許侵害で訴訟に踏み切った 日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/28511#:~:text=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%A3%BD%E9%89%84%E3%81%AF10%E6%9C%88,%E3%81%AE%E4%BB%AE%E5%87%A6%E5%88%86%E3%82%92%E7%94%B3%E3%81%97%E7%AB%8B%E3%81%A6%E3%81%9F%E3%80%82
・『日本製鉄にとって最重要顧客であるトヨタを特許侵害で訴えた。前代未聞の行動に日鉄を駆り立てたのはいくつかの理由がある。 鉄鋼業界の巨人が、自動車業界の巨人を訴えた。 日本製鉄は10月14日、トヨタ自動車と中国の大手鉄鋼メーカー、宝山鋼鉄を特許侵害で訴えたことを発表した。両社にそれぞれ200億円の損害賠償を請求。トヨタには対象となる電磁鋼板を使用した自動車の製造・販売の差し止めの仮処分を申し立てた。 日本企業が顧客を訴えることは珍しい。まして相手は日鉄にとって最重要顧客のトヨタである。今回の事実が明らかになると、自動車メーカーや鉄鋼メーカーの関係者からは「素材メーカーが取引先まで訴えるのは通常ありえない」「日鉄さんもずいぶんと思いきった」と驚きの声が複数聞かれた。 前代未聞の行動に日鉄を駆り立てたのはいくつかの理由がある。 まず、特許侵害の対象が高効率モーターに使われる電磁鋼板だったこと。電磁鋼板はモーターやトランス(変圧器)などの電気機器の鉄心として不可欠な材料だ。 今回提訴の対象となったのは電磁鋼板の中でも「無方向性電磁鋼板」といわれるもの。日鉄は初代プリウス向けに無方向性電磁鋼板を提供してから、その性能を磨き上げ、トヨタのハイブリッド車を軸とした電動車戦略を支えてきた。 電磁鋼板は脱炭素を支えるキーテクノロジーとして、ハイブリッド車や電気自動車、さらには発電機などへの需要拡大は間違いない。実際、トヨタは2030年には現在の4倍の800万台にまで電動車の生産を増やす計画だ。 他の自動車メーカーも電動車シフトを加速している。トヨタの電動車のモーターにはすべて電磁鋼板が使われている。最大のサプライヤーが日本製鉄であり、この2年で日鉄は約1000億円を投資して生産能力を増強してきた。 近年は電動車の需要増を受け、日本の鉄鋼メーカーの能力が逼迫している。トヨタは調達先を多角化する一環で、宝山製の電磁鋼板を使い始めていた。その中で今回の問題が起きた』、「電磁鋼板は脱炭素を支えるキーテクノロジーとして、ハイブリッド車や電気自動車、さらには発電機などへの需要拡大は間違いない」、「近年は電動車の需要増を受け、日本の鉄鋼メーカーの能力が逼迫している。トヨタは調達先を多角化する一環で、宝山製の電磁鋼板を使い始めていた。その中で今回の問題が起きた」、なるほど。
・『かみ合わない両社の主張 経営コンサルティング会社、アーサー・ディ・リトル・ジャパンの川中拓磨ビジネスアナリストは「電磁鋼板はそんなに簡単に作れるものではない。ただ、鉄鋼製品全般に言えることとして、中国の鉄鋼メーカーの製造の実力は相当上がっている。日鉄は虎の子の技術を守るべく、訴訟に踏み込んだのではないか」と話す。電磁鋼板は収益性が高く、力を増す中国勢に特許侵害があれば見逃すわけにはいかなかったわけだ。 対象となった日鉄の無方向性電磁鋼板の特許は、現状、国内でのみ成立しているため、宝山のみを訴えたのでは実効性が乏しい。日本で使用しているトヨタも対象とすることで圧力を強める狙いだ。 日鉄が最重要顧客であるトヨタまで訴えた背景には、国内生産能力の適正化が進展したこともある。粗鋼を造る高炉は2020年初の15基から足元で11基まで減った。2024年度末には高炉をもう1基休止する。顧客に弓を引いて取引に悪影響が出ることを過度に恐れずにすむようになった。 日鉄による提訴の発表を受けてトヨタは、「本来、材料メーカー同士で協議すべき事案。訴えられたことは大変遺憾。(宝山とは)取引締結前に他社の特許侵害がないことを確認の上契約させていただいている」との声明を出した。しかし、日鉄は「特許を侵害していると判断したため、それぞれ(宝山とトヨタ)と協議を行ってきたが、問題の解決に至らなかった」としており、お互いの言い分はかみ合わない。 トヨタの長田准執行役員は「(日鉄からの指摘を受けて)宝山に確認して特許侵害はないとの回答を得て、日鉄に伝えた。ユーザーのわれわれを訴えたことにビックリしている」と説明する。トヨタの熊倉和生調達本部長は「電磁鋼板の材料の成分をわれわれで測れないこともないが、基本的には材料メーカーの中で確認すべきことだと考える」としている。 一方、日鉄は「特許侵害の事実があれば訴える権利はある」と筋論を展開する。トヨタのサプライヤー関係者からは「電磁鋼板は日鉄にとって極めて重要な技術。一般の資材とは訳が違う。トヨタとしても宝山から調達するに当たり、かなり慎重に検討したはず。なぜこんな問題が起きたのか」と疑問視する声もある。 では、今後の展開はどうなるか。特許侵害が確定的だった場合、トヨタが譲歩を迫られるだろう。ただし、製造が止まる事態は考えにくい。宝山製の電磁鋼板は採用して日が浅く、シェアもわずか。日鉄製に切り替える可能性が濃厚だ』、「特許侵害が確定的だった場合、トヨタが譲歩を迫られるだろう。ただし、製造が止まる事態は考えにくい。宝山製の電磁鋼板は採用して日が浅く、シェアもわずか。日鉄製に切り替える可能性が濃厚だ」、なるほど。
・『揺らぐ自動車メーカーのピラミッド 今夏の鋼材価格の交渉では、日鉄がトヨタとの交渉で供給制限をちらつかせて値上げを勝ち取った。これまで日鉄幹部は「われわれが提供している付加価値が認められていない」と不満を漏らしていた。トヨタOBのサプライヤー幹部も「日鉄とトヨタはいろんな鋼材を共同開発してきた歴史がある。トヨタはグローバルの台数増加で果実を得ているが、日鉄側は(取引価格が安く)十分な果実が取れていなかった」と話す。 しかし、今回の価格交渉と提訴からは、トヨタが圧倒的に優位だった両社の力関係が変わりつつあることが見て取れる。こうした関係変化は、日鉄とトヨタの間だけでとどまらないだろう。自動車の産業ピラミッドが揺らぎ始めているからだ。 多くのサプライヤーにとって自動車向けはは利益率が低いうえ、高い品質と長期間のジャスト・イン・タイムでの納入を求められる厳しい商売だ。それでも他産業向けにはない取引の量と安定性が魅力だった。しかし、電動化により自動車メーカーとの取引は右肩上がりが見込めなくなった。さらに、サプライヤー各社も電動化や脱炭素で多額の投資を迫られている。これまでのように従順ではいられない。 緊張感が高まる中、コロナ禍で供給が需要に追いつかない状況をきっかけに、真っ先に薄利取引に反旗を翻したのが半導体だ。従来ならば自動車向けの量は最優先されていたが、今はそれもなくなってきた。足元では半導体メーカー側からの値上げの動きも出ている。ピラミッドの頂点に立っていた自動車メーカーに対し、声を上げるサプライヤーは増えていくだろう。日鉄による提訴は特殊なケースとはいえ、ほかの自動車メーカーにとって決して対岸の火事ではない。 こうした動きは、自動車メーカーがこれまでどおりの水準で利益を上げにくくなることを意味する。自動車というハードだけでなく、ソフトやサービスで稼ぐビジネスモデルをどう構築できるのか。サプライヤーの変心を受けて、自動車メーカーは収益構造の変革を一段と迫られることになりそうだ』、「ピラミッドの頂点に立っていた自動車メーカーに対し、声を上げるサプライヤーは増えていくだろう」、「サプライヤーの変心を受けて、自動車メーカーは収益構造の変革を一段と迫られることになりそうだ」、今後はどんな「サプライヤー」が「声」を上げるのだろうか。面白い時代になったものだ。
タグ:「ピラミッドの頂点に立っていた自動車メーカーに対し、声を上げるサプライヤーは増えていくだろう」、「サプライヤーの変心を受けて、自動車メーカーは収益構造の変革を一段と迫られることになりそうだ」、今後はどんな「サプライヤー」が「声」を上げるのだろうか。面白い時代になったものだ。 「電磁鋼板は脱炭素を支えるキーテクノロジーとして、ハイブリッド車や電気自動車、さらには発電機などへの需要拡大は間違いない」、「近年は電動車の需要増を受け、日本の鉄鋼メーカーの能力が逼迫している。トヨタは調達先を多角化する一環で、宝山製の電磁鋼板を使い始めていた。その中で今回の問題が起きた」、なるほど。 東洋経済Plus「電磁鋼板の特許侵害で訴訟に踏み切った 日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない」 「論理的には混同は起きなくても、実質的にiMacに損害を与えることを止めるために、裁判官が非論理的な判決文を書いたという実例」、こんな馬鹿な「判決」が出る可能性まであるとは、恐ろしい国だ。無論、上告すれば、「非論理的な判決文」は修正される可能性はあるが、そこまで争う気がなかったのだろう 「裁判」が「誤認」をめぐって争われるとは込み入ったことだ。 「68件の訴訟を抱えており、24件は意匠権と商標権絡みだ」、「最近最も力を入れているのは、正規ブランドとのコラボだ」、「ネイルから基準の1400倍の発がん性物質を検出」、後者はブランド・イメージ悪化につながりかねないだけに、要注意だ。 「多くの場合、メーカーが訴えないから裁判にならないだけで、裁判になった例では、似たパッケージに対して類似性が認められたケースが多いという感じです」、なるほど。 鈴木貴博氏による「「ヒルドイド」闘争は筋違い?類似商品が不正とは言い切れない複雑事情」 ダイヤモンド・オンライン 「数年くらい前からアンチエイジングクリーム代わりに利用する女性の数が顕著に増加しました。皮膚科を受診して「ヒルドイドを処方してほしい」と医師にお願いする女性も多いと聞きます。これが医療目的外処方の問題です。 要するに、美容目的で医師にお願いする行為は法律違反なのです」、「医薬部外品の化粧品ライン」、「「カルテHD」という商品名」立ち上げている。 「中国では「日系風味」」はアピール力を失っているが、「ブルーオーシャンの新興国では今も堂々と、「日本風味」で売っている」、ただ、「日本企業」には有効な対応策はなさそうだ。 「特許侵害が確定的だった場合、トヨタが譲歩を迫られるだろう。ただし、製造が止まる事態は考えにくい。宝山製の電磁鋼板は採用して日が浅く、シェアもわずか。日鉄製に切り替える可能性が濃厚だ」、なるほど。 「家族旅行で日本を訪れた際、インテリア雑貨店で売られている「おしゃれで品質がよく、しかもリーズナブル」な商品のほとんどがメイドインチャイナであることに気づいた。 葉氏は、「中国で商品を作れるなら、自身が10元ショップで積み上げたノウハウを生かし、若者受けする雑貨チェーンを展開できる」とひらめき、メイソウの設立に至った」、目のつけどころが素晴らしい。 「店舗網を80以上の国と地域、約4200店舗に拡大・・・店舗数ではユニクロ(2196店舗、2019年8月期)と無印(1033店舗、2020年2月期時点)を足した数を上回っている」、「パクリ」企業にしては急成長だ。 「ユニクロを彷彿させる赤いロゴと、ブランド名は無印良品を思わせる「名創優品」」、「ビジネスモデルはダイソーだ」、「メイソウは「日本ブランド」を巧みに模倣した中国ブランドだ」、なるほど。 東洋経済オンライン 浦上 早苗氏による「無印そっくり?「メイソウ」米国で上場の衝撃度 ユニクロやダイソーにもどこかが似ている 」 知的財産 (その2)(無印そっくり?「メイソウ」米国で上場の衝撃度 ユニクロやダイソーにもどこかが似ている、「ヒルドイド」闘争は筋違い?類似商品が不正とは言い切れない複雑事情、電磁鋼板の特許侵害で訴訟に踏み切った 日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない)
東京オリンピック(五輪)(その22)(「復興五輪」はどこへ行ったのか “長沼ボート場問題”小池百合子さんとの顛末 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#1、森喜朗さんが耳元で「いらんこと言うなよ」…東京五輪で露呈した日本型組織の大きな問題 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#2、日本の深刻実態…3兆円以上がばらまかれた東京五輪に見る「クソどうでもいい仕事」の力学) [国内政治]
北京五輪も終了したので、東京オリンピック(五輪)を取上げておきたい。(その22)(「復興五輪」はどこへ行ったのか “長沼ボート場問題”小池百合子さんとの顛末 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#1、森喜朗さんが耳元で「いらんこと言うなよ」…東京五輪で露呈した日本型組織の大きな問題 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#2、日本の深刻実態…3兆円以上がばらまかれた東京五輪に見る「クソどうでもいい仕事」の力学)である。なお、東京五輪を前回取上げたのは、昨年9月29日である。
先ずは、昨年12月3日付け文春オンラインが掲載したニュースキャスターの長野 智子氏による「「復興五輪」はどこへ行ったのか “長沼ボート場問題”小池百合子さんとの顛末 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#1」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/50253
・『東日本大震災から10年が経った2021年夏、「復興五輪」の旗を掲げた東京オリンピック・パラリンピックが開催された。海外から訪れた観客や選手、関係者たちに道半ばとはいえ復興の進んだ被災地の姿を見てもらい、感謝の気持ちを伝えようという「復興五輪」のコンセプトは、残念ながらコロナ禍によって実現が困難になった。 しかしアジェンダ達成を困難にしたのは新型コロナウイルスだけだったのだろうか。都、国、組織委員会は、果たしてどれだけ「復興五輪」というアジェンダに誠実に向き合ったのか。被災地のリーダーの一人として東京2020に関わった、宮城県の村井嘉浩知事に話を聞いた(Qは聞き手の質問)』、興味深そうだ。
・『オリンピック招致表明に、正直「今やるの?」 Q:2011年3月に東日本大震災が起きて、被災地がまだまだ大変な状況だった7月に、石原慎太郎元東京都知事が2020年オリンピックの招致を表明しました。その動きをどうご覧になっていましたか。 村井 いや、正直、「今やるの?」と。資材もない、人もいない、こちらはもうそれどころじゃないという時期で。たとえば「オリンピックやるから復興予算を確保する期間を何年間か長くします」とでも言ってもらえれば少しは納得するかもしれないけど、それもない。いや、これはますます復興が遅れるのではないか、というのはありました。 Q:でも招致委は「復興五輪」でいくぞと。9年後に元気な被災地の姿を見せようという勢いでしたよね。 村井 それどころじゃない。こちらはほんとてんてこまいでしたから。その中で、「え、オリンピックやるの?」って。その先の4年後(2024年)でもいいんじゃないかと思いました』、確かに作業員や資材の奪い合いで、「復興」にはマイナスの影響があった筈だ。
・『被災地は蚊帳の外の「復興五輪」 Q:事前に被災地のリーダーに相談はあったんですか。 村井 ないです。「復興五輪」というアジェンダも含め、我々抜きでどんどん決まっていったという感じで。我々は蚊帳の外という印象でしたね。 Q:例えば、9年後ですが現実的ですか? とかもなかった。 村井 特になかったです。もちろん、ある程度の骨子が固まって発表する段階では連絡が来ました。でもその段階では引き返せない。いやいやって言ってもどうしようもないわけですよ』、「復興五輪」なのに、「被災地は蚊帳の外」とは看板に偽りありだ。
・『招致決定をテレビで見て「本当にできるのかな」と Q:とにかく人と資材がとられてはたまらんよと。一方で、「復興五輪」として動き出したことに期待はありましたか。 村井 それはありました。どうせやるなら五輪をきっかけにして、さらなる復興に繋げたいとは思って。それは期待しましたよね。 Q:ところが2年後の2013年に、当時招致委員会の理事長だったJOCの竹田恆和氏が「東京と福島は250キロ離れている。東京は安全です」と発言して批判が起きました。 村井 あの発言には私もがっかりしましたね。安心を強調したかったのかもしれませんけど、もう少し言い方があるでしょうと。福島に住んでいる人もいるわけですし、福島の近くで生活している人もいる。むしろ福島の安全をアピールしてほしかったです。 Q:招致が正式に決定したときはどう思いましたか。 村井 招致決定はテレビの中継で観ました。うれしいという気持ちは特になく、本当にできるのかなと。被災地はまだオリンピックの話をする余裕なんてなかったですから。皆さんがまだまだ仮設住宅に入っていましたし、災害公営住宅もほとんどできていない時期ですからね。てんやわんやなんですよ。寒いから断熱材をもうちょっと増やさなければとか、エアコンをもうひとつ入れようとか。 Q:そうすると一気にオリンピックが身近に感じられたのはやはり2016年の長沼ボート場の一件ですか。 村井 その前に宮城スタジアムでサッカーの開催が決まっていたのですが、財源は本当に大丈夫なのかと不安でした。オリンピック仕様にしなければならないので、大きなスクリーンを設置しなきゃとか、トイレなどをバリアフリーにしなきゃとか、芝も全部張り替えなきゃとか、お金がないのにどうするのかという心配があって。そんな中で、長沼のボート場について連絡があったんです』、なるほど。
・『「長沼ボート場」が代替会場の候補に 〈2016年7月に小池百合子氏が東京都知事に当選。その2カ月後、東京都は五輪コスト削減のために整備計画の見直しが必要であるとし、ボート、カヌー競技の会場だった江東区の「海の森水上競技場」の代替会場として、宮城県登米市の「長沼ボート場」を含む3カ所を候補にあげた。〉 Q:連絡はどこから。 村井 都庁の上山信一さん(五輪開催費用調査チーム特別顧問)です。私の中学校の先輩なんですよ。上山さんからメールが届いて、「実はオリンピックはものすごく経費がかかるので、長沼でやったらいいじゃないかと思うのだけどどうか」と。いやそれはいい話ですねって返しました。そこからドドドドドッと進んだんですけど、途中でピッタリ止まっちゃった。 小池さんは「やりましょう」と言っていたが… Q:そのドドドドドの経緯では何があったんですか。 村井 小池さんから私に連絡があって「いいですね、やりましょう」と。その頃は頻繁に小池さんとやりとりしていました。現地にも視察に来ていただいたりして。小池さんと上山さんは「復興五輪」なのだから選手の皆さんに仮設住宅に泊まってもらったらいいんじゃないかというアイデアも出してくれました。非常に面白い発想だなあと思いまして。 Q:この件で、それまで心配だけだったのが、急に五輪を実感として捉えた感じですか。 村井 そうですね、こちらも積極的にやりたいという雰囲気になって。そのときは宮城県庁の職員も面白いって盛り上がりましたよ。長沼ボート場は非常に波も穏やかで国際大会もできる素晴らしい施設だし、江東区の競技場のようなメインテナンスもいらない。予算も3分の1くらいでできる。オリンピックのレガシーとして、これから育つ子供たちがここで毎年、全国大会やインターハイをやればいいよねと、こちらもどんどん準備を進めていたんですよ。してたんですけど、まあ。某会長らがダメだと。 Q:あ、バッハ会長ですか。 村井 そう。反対をする一定の勢力がいることは耳に入ってきていましたが』、「長沼ボート場は・・・予算も3分の1くらいでできる」。「東京開催」派が、「バッハ会長」をかついで「長沼ボート場案」をつぶすとは汚い。
・『長沼ボート場案は見送りに 〈小池都知事が長沼ボート場を視察した3日後の10月18日、IOCのバッハ会長と小池都知事の会談が行われた。その会談でバッハ会長は長沼ボート場開催案について「開催都市に選ばれた後にルールを変えないことこそ利益にかなう」と否定的な発言。日本カヌー連盟も長沼開催に反対を表明し、結局ボート競技は東京で開催されることとなった〉 Q:小池知事は村井知事になんと説明したのですか。 村井 メールが来ました。電話もあったかな。結局みなさん(IOC・組織委・ボートの競技団体など)の理解が得られないと。そこで私は小池さんに「でも小池さんがぜひ宮城でやりたい、もしできないならボートはやりませんと言ってくれたら宮城でできますよ」とは言ったんですけど…。もし私が都知事ならそう言いましたね』、「小池都知事」にとっては、「長沼」だろうと、「東京」だろうとどちらでも開催できればいいので、「長沼」案を主張して欲しかったというのは、「村井知事」の願望に過ぎない。
・『被災者をいじめているとしか思えない 〈当時、組織委は長沼ボート場代替開催の検討過程を「水面下で打診された、極めて不透明なやり方」と批難する声明文を発表。それを受けて村井知事は会見で「水面下で話したことなどない。被災者をいじめているとしか思えない。情けない」と批判した。〉 Q:組織委の対応に不信感を持ったと、当時も知事は発言されていましたね。 村井 県民の皆さんも、地元のボート関係者も、非常に期待をしていましたしね。私自身、多少県からのお金の持ち出しがあっても、復興五輪のレガシーになるなら開催したいと思いました。その後は毎年インターハイなどで学生に使ってもらったり、観光にも繋がるかもしれないので地域の活性化になると期待していたから、本当に残念で、がっかりしました。道路、選手の搬送、仮設住宅、どんどん準備を進めていく中でパシャーンですから。【#2へ続く】』、「水面下で話したことなどない。被災者をいじめているとしか思えない。情けない」、との「村井知事」の批判は正論だ。
次に、この続きを、12月3日付け文春オンライン「森喜朗さんが耳元で「いらんこと言うなよ」…東京五輪で露呈した日本型組織の大きな問題 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#2」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/50254
・『「復興五輪」はなぜ実現できなかったのか。東京オリンピック・パラリンピックで見えた問題点を、村井嘉浩・宮城県知事と振り返る。後編は意思決定が遅く、責任の所在が見えにくい、日本型組織の実態について語る。(#1から続く)』
・『あらゆることが決まらないし、返事もこない Q:東京2020に関わった方の話を取材していると、意思決定の過程や責任の所在がわからないとよく聞くんですよね。 村井 その通りです。やはり意思決定する人を一人置いて、その人が責任をとらないといけません。五輪担当大臣がいて、組織委には元総理がいて、都知事がいて、そこにまた我々みたいのがぶら下がっていて、頭が2つも3つもあるから本当に意思決定が遅かった。これは五輪のような大会を運営する上で最大の問題だと思いましたね。 Q:意思決定が遅いというのは、例えばどんなことで感じましたか。 村井 例えば式典で、誰が挨拶するとかどこに座るとかさえなかなか決まらないし、返事も来ない。また大会中も、県内に滞在している大会関係者に新型コロナ感染者が出たというときに、受け入れ側としてはどこのホテルにいるのか、どこの国の人なのか、どういう行動をしてきたのか、内々にでも情報が欲しい。でも、要求しても詳細を全然教えてくれないし、情報提供も遅いんですよ。意思決定する人がいないからです』、「頭が2つも3つもあるから本当に意思決定が遅かった。これは五輪のような大会を運営する上で最大の問題だと思いましたね」、初めから予想された問題が、その通り問題になったということだ。
・『「復興の火」をどこに展示するのか問題 Q:他にもありましたか。 村井 とにかくたくさんありました。聖火を被災3県で巡回展示する「復興の火」でも、「火をどこに展示するのか問題」が起きました。「復興の火」は宮城だけのものではないので、人が集まりやすくて、かつ火災が起きない安全な場所ならいいですよねと、我々は準備を進めていたのですが、これが決まらないんですよ。 IOCの考え方なのか、聖火が同じ市町村に何度もいくのはダメという話があって、そうなると聖火リレーをやる場所ではなく、別の地区に持っていってほしいとか。いろいろと理解し難いことを言われました。 Q:なるほど。 村井 宮城県としては、石巻市から聖火リレーのスタートをしたいと2017年に申し入れをしていたんです。でも近くに安全に降り立てる飛行場があるかとか、直行便がないとかで、なかなか決まらなかった。何年も時間がかかった末に、結局、航空自衛隊松島基地に聖火が到着することになりました。松島基地で「聖火到着式」をやって、そこから石巻に持っていって式典をやるという。 でもこんな単純な話、我々に任せてもらえばタタターンてすぐに準備できましたよ。聖火をどこに下ろして、どこで点火式やって、どこに展示して、どこをリレーしてとか、地元のことは地元の人が一番わかってる。こんな単純なことだけのために、ずいぶんと長い時間がかかりました。) Q:なんでそんなに時間がかかるんでしょうか? 村井 つまり、意思決定を誰がするのか、明確ではないことが最大の問題点だったんです。担当大臣、組織委の会長、都知事…この3人のうち誰が意思決定するかがわからないんですよ。今もわからない。さらにIOCがいる。様々な問題が常にぐるぐるとして決まらず、そのしわ寄せが我々地方にくるという。 Q:なるほど。ひどいですね』、「意思決定を誰がするのか、明確ではないことが最大の問題点」、「様々な問題が常にぐるぐるとして決まらず、そのしわ寄せが我々地方にくるという」、ひどい話だ。
・『森喜朗氏が耳元で「いらんこと言うなよ」 村井 森喜朗・元会長は、私がお会いしたいと言っても絶対会わせてもらえなかったですからね。 Q:そうなんですか。 村井 長沼ボート場の会場変更問題で、ぜひボートを誘致したいからお話をしたいと言っても、会ってくれなかった。何度言っても。 Q:復興五輪と言っているのに、被災地の知事に会わない。 村井 会ってくれないんですよ。お目にかかったのは石巻市で開催された聖火記念式典のときと、東京で被災3県の食材を使ってIOCのバッハ会長のおもてなしをしたときくらい。しかもそのレセプションが始まる前に森さんが近づいてきて、私の耳元で言うんですよ。「いらんこと言うなよ」って。正直あ然としました(笑)。そのときは何も喋らないように努めましたけどね。 Q:ひどいですね。 村井 元総理が組織委員会の会長を務めたことは、私はミスだと思いますよ』、偉ぶるだけの「森喜朗」氏を「会長」にしたのは、「ミス」以外の何物でもない。
・『橋本聖子氏が会長になり変化が Q:どういうことですか。 村井 あまりにも偉すぎて誰も何も言えない。組織委員会というのは自前でお金を出すわけでもないのだから、本当は下にいなきゃいけない組織だと思うんです。東京都は開催地だし、お金も出すわけだから、本来は東京都知事がトップにいたほうがいいんですよ。組織委の会長に元総理を置くから混乱する。だから橋本聖子さんが会長になってからは、急に回り始めました。 Q:そうなんですか。具体的にどう回ったんですか。 村井 例えば宮城県でサッカー競技を有観客で開催しようとなったときに、橋本さんとはすぐに直接連絡を取れました。橋本さんも会いに来てくれたり、私も会いに行ったり、スムーズに意思の疎通ができました』、「橋本聖子氏」のように「知事」とも「スムーズに意思の疎通ができました」というのは、確かに大きな変化だ。
・『サッカー、有観客開催実現までの舞台裏 〈2021年7月、村井知事は宮城スタジアムで開催される五輪サッカー競技について有観客で行う方針を発表。コロナ対策で共闘する郡和子・仙台市長や医療界からの反対意見もあったが実現させた。〉 Q:反対は凄かったかと思いますが、決行しましたね。 村井 1都3県以外の地方開催の競技では、最初はみんな有観客を予定していましたが、結果的に北海道も福島も無観客となりまして。そのときにすぐに橋本さんから電話がかかってきました。「福島県も無観客になったけど、村井さんはどうお考えですか?」と。私は「宮城県はプロ野球も有観客でやっているし、五輪に出る日本選手の強化試合も有観客でやっている。サッカーもプロの試合は有観客で開催していますし、五輪だけダメだというのもおかしいので、私は有観客でやるつもりです」と伝えました。そうしたら橋本さんは「ありがとうございます」と。 Q:「ありがとうございます」ですか。橋本さんも実は有観客にしたかったんですかね。 村井 したかったというより、橋本さんは元アスリートで実際に観客の前で競技していますから。やはり観客がいるかどうかの違いを、我々じゃわからないレベルで知っているんだろうなと。いずれにしても橋本さんが応援してくれたからスムーズに進みました』、「宮城県」が「サッカー」を「有観客」でやると決断した「村井知事」やそれを支持した「橋本会長」は大したものだ。
・『「批判は当時もいまもあります」 Q:決定権を持つ組織委の会長が、他の地方の無観客判断を認める一方で、有観客を応援するというのも変な話とは思いますが。村井知事はどうしてそこまで有観客にこだわったのですか。 村井 それは「復興五輪」だからです。海外から来てくれた選手や関係者の皆さんに、少しでも我々の気持ちを伝えたいというのが根底にあります。結果的には感染者も出ず、ボランティアも地元の皆さんもとても喜んでくれたのでよかったです。 Q:リスクはあったわけですよね。 村井 もちろんリスクに対する批判は当時も今もあります。10月末に行われた知事選挙の対立候補は医師だったのですが、あのときの私の判断への憤りが出馬の動機だとおっしゃっていました。 Q:反論があっても決断して実行すべきだと思いますか。 村井 辛いんですよ。実際、失敗したらコロナがまた広がる、人命に関わる問題になると本当にかなり悩みましたね。反対派の意見ももっともだと思います。県庁の職員もみんな不安そうな目をしていましたし。 Q:孤独ですね。 村井 リーダーは孤独です。全部私の責任ですから』、「感染者」が出なかったというのは、努力もあるとしても、幸運だった面もある。
・『政治家は落選を考えていたら何もできない Q:そこを避けるリーダーも多いです。 村井 いや、もう知事選に落ちてもいいと思っていたから。政治家というのは落選を考えていたら何もできないので。元々私は宮城に地縁もない。大阪の人間で、宮城との接点は自衛隊時代に仙台の駐屯地に配属されたというだけです。でもだから実行する。二世議員じゃなかなかできないと思います。怖いから。 Q:正しいと思うからやるんですよね。 村井 そう、信念。自分が正しいと思ったことをやろうと。反対派からしたらどうしようもない男に見えるでしょうね(笑)。ただ、有観客でやろうと決断した後は、職員たちも感染対策を完璧にやろうと、テロ対策も含めて徹底的に準備してくれました』、「もう知事選に落ちてもいいと思っていたから。政治家というのは落選を考えていたら何もできないので。元々私は宮城に地縁もない。大阪の人間で、宮城との接点は自衛隊時代に仙台の駐屯地に配属されたというだけです。でもだから実行する。二世議員じゃなかなかできないと思います。怖いから」、大した割り切りだ。
・『日本社会の縮図となった「東京2020」 Q:リーダーの顔がきちんと見えて、その人が最終的な意思決定をし、結果の責任をとるというのは今の日本ではほとんど見られない、まさにそういった意味で東京2020は日本の縮図のように見えます。 村井 見えますね。今の日本を表していたと思います。私は陸上自衛官のとき、ヘリコプターのパイロットだったんです。ヘリコプターを操縦するときは、できるだけ遠方目標をとる。 目の前のことではなく、この先どう進むのかをしっかり決めて飛んでいかなければいけません。政治も同じですよね。遠方目標がないから目の前のA地点やB地点ばかりをぐるぐる回ってしまう。やはりこの先日本がどうなるのかを見定めて、今なにをやるかを決めなければと思っています。 Q:アスリートの活躍は素晴らしかったけれど、一方で多くの人が意義を見いだせなかった、東京2020はその典型でしたね。 村井 そうですね。日本社会を表していましたね。このままだとまずいと思っても、意見を言うと怒られるから控えてしまう。五輪にぶら下がってお金を稼ごうとする人が集まってきて、さらに悪い方向に進む。でも上は偉い人ばかりだから、みんな何も言えない。まさに日本の社会の縮図が、今回の東京2020だったと思います』、「陸上自衛官のとき、ヘリコプターのパイロットだった」というのは初めて知った。「やはりこの先日本がどうなるのかを見定めて、今なにをやるかを決めなければと思っています」、今後の活躍を期待している。
第三に、本年2月7日付け現代ビジネス「日本の深刻実態…3兆円以上がばらまかれた東京五輪に見る「クソどうでもいい仕事」の力学」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92193?imp=0
・『世界のあちこちで起きている「クソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ)」現象。東京五輪には、ブルシットの力学が見られる? 『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』著者の酒井隆史さんが解説します』、興味深そうだ。
・『東京五輪とブルシットの力学 巨額の資金が動くとき、その分配にかかわるシステムにすきまがあれば寄生者のレイヤーがつくりだされる。この力学は日本でも、即座におもいうかぶ事例がないでしょうか? 現在の政権あるいは政府と電通とかパソナとの関係ですね。政府はかつて公共あるいは行政に属していた機能を「市場原理」の導入によって「効率化」するとの名目で、大手広告代理店などに委託しています。 たとえば今回の東京五輪です。そこでは数兆円という巨額の資金が、こうした代理店などを通して大量にばらまかれました。 準備期間中に日給数十万の謎のポストがあることが発覚して、ちょっとしたスキャンダルになりましたよね。おそらく、そこではほとんどなんの意味もないポストがつくられ、そこに資金がばらまかれていたのではないかと想像されます。 もうひとつ、『ブルシット・ジョブ』には、ハリウッドで脚本家をやっているオスカーという人物の証言があらわれます。 かれによれば、ハリウッドにもブルシットの波が押し寄せ、一つの作品をつくるにあたって異様に複雑な過程がうまれ(それまでは良かれ悪しかれワンマンオーナーがやると決めたら、あとは現場にほとんどゆだねて好きにつくらせていたことも多かった)、一つの作品が制作される過程で、謎の肩書きの上司(なんとかなんとかエグゼクティヴみたいな)がうじゃうじゃあらわれて、口をはさんでいく結果、意味不明なものができあがるといっています。 これは経営封建制がどれほど、一つの過程のなかに謎めいた中間的ポストをつくりだすかの事例としてあげられているのですが、ここでわたしたちはなにかをおもいださないでしょうか。東京五輪開会式のパフォーマンスをめぐるゴタゴタです。 ブルシット・ジョブ論は、今回の東京五輪についても、そこでなにが起きているのか、どうしてあのようなことが起きたのか、手がかりを与えてくれるようにおもいます。 細部にわたる検討は、ここではできませんが、大枠でいえば、その資金のほとんどは、税金で、基本的にわたしたちから徴収された富ですよね。 その膨大な富を、かれらは仲間内にばらまき、そしてより土台にあたる必要不可欠な仕事は、なるべく無償でそして医療従事者にもなけなしの報酬しか払いませんでした。 まるでこうした必要不可欠な仕事は報酬はいらないだろ、とでもいわんばかりです』、「細部にわたる検討は、ここではできませんが」と言い訳をしているが、細部の検討なくしては結論は出せない筈だ。もう少し練れば、面白い結論につながる可能性があるのに、荒っぽい論旨を展開したのは誠に残念だ。
先ずは、昨年12月3日付け文春オンラインが掲載したニュースキャスターの長野 智子氏による「「復興五輪」はどこへ行ったのか “長沼ボート場問題”小池百合子さんとの顛末 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#1」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/50253
・『東日本大震災から10年が経った2021年夏、「復興五輪」の旗を掲げた東京オリンピック・パラリンピックが開催された。海外から訪れた観客や選手、関係者たちに道半ばとはいえ復興の進んだ被災地の姿を見てもらい、感謝の気持ちを伝えようという「復興五輪」のコンセプトは、残念ながらコロナ禍によって実現が困難になった。 しかしアジェンダ達成を困難にしたのは新型コロナウイルスだけだったのだろうか。都、国、組織委員会は、果たしてどれだけ「復興五輪」というアジェンダに誠実に向き合ったのか。被災地のリーダーの一人として東京2020に関わった、宮城県の村井嘉浩知事に話を聞いた(Qは聞き手の質問)』、興味深そうだ。
・『オリンピック招致表明に、正直「今やるの?」 Q:2011年3月に東日本大震災が起きて、被災地がまだまだ大変な状況だった7月に、石原慎太郎元東京都知事が2020年オリンピックの招致を表明しました。その動きをどうご覧になっていましたか。 村井 いや、正直、「今やるの?」と。資材もない、人もいない、こちらはもうそれどころじゃないという時期で。たとえば「オリンピックやるから復興予算を確保する期間を何年間か長くします」とでも言ってもらえれば少しは納得するかもしれないけど、それもない。いや、これはますます復興が遅れるのではないか、というのはありました。 Q:でも招致委は「復興五輪」でいくぞと。9年後に元気な被災地の姿を見せようという勢いでしたよね。 村井 それどころじゃない。こちらはほんとてんてこまいでしたから。その中で、「え、オリンピックやるの?」って。その先の4年後(2024年)でもいいんじゃないかと思いました』、確かに作業員や資材の奪い合いで、「復興」にはマイナスの影響があった筈だ。
・『被災地は蚊帳の外の「復興五輪」 Q:事前に被災地のリーダーに相談はあったんですか。 村井 ないです。「復興五輪」というアジェンダも含め、我々抜きでどんどん決まっていったという感じで。我々は蚊帳の外という印象でしたね。 Q:例えば、9年後ですが現実的ですか? とかもなかった。 村井 特になかったです。もちろん、ある程度の骨子が固まって発表する段階では連絡が来ました。でもその段階では引き返せない。いやいやって言ってもどうしようもないわけですよ』、「復興五輪」なのに、「被災地は蚊帳の外」とは看板に偽りありだ。
・『招致決定をテレビで見て「本当にできるのかな」と Q:とにかく人と資材がとられてはたまらんよと。一方で、「復興五輪」として動き出したことに期待はありましたか。 村井 それはありました。どうせやるなら五輪をきっかけにして、さらなる復興に繋げたいとは思って。それは期待しましたよね。 Q:ところが2年後の2013年に、当時招致委員会の理事長だったJOCの竹田恆和氏が「東京と福島は250キロ離れている。東京は安全です」と発言して批判が起きました。 村井 あの発言には私もがっかりしましたね。安心を強調したかったのかもしれませんけど、もう少し言い方があるでしょうと。福島に住んでいる人もいるわけですし、福島の近くで生活している人もいる。むしろ福島の安全をアピールしてほしかったです。 Q:招致が正式に決定したときはどう思いましたか。 村井 招致決定はテレビの中継で観ました。うれしいという気持ちは特になく、本当にできるのかなと。被災地はまだオリンピックの話をする余裕なんてなかったですから。皆さんがまだまだ仮設住宅に入っていましたし、災害公営住宅もほとんどできていない時期ですからね。てんやわんやなんですよ。寒いから断熱材をもうちょっと増やさなければとか、エアコンをもうひとつ入れようとか。 Q:そうすると一気にオリンピックが身近に感じられたのはやはり2016年の長沼ボート場の一件ですか。 村井 その前に宮城スタジアムでサッカーの開催が決まっていたのですが、財源は本当に大丈夫なのかと不安でした。オリンピック仕様にしなければならないので、大きなスクリーンを設置しなきゃとか、トイレなどをバリアフリーにしなきゃとか、芝も全部張り替えなきゃとか、お金がないのにどうするのかという心配があって。そんな中で、長沼のボート場について連絡があったんです』、なるほど。
・『「長沼ボート場」が代替会場の候補に 〈2016年7月に小池百合子氏が東京都知事に当選。その2カ月後、東京都は五輪コスト削減のために整備計画の見直しが必要であるとし、ボート、カヌー競技の会場だった江東区の「海の森水上競技場」の代替会場として、宮城県登米市の「長沼ボート場」を含む3カ所を候補にあげた。〉 Q:連絡はどこから。 村井 都庁の上山信一さん(五輪開催費用調査チーム特別顧問)です。私の中学校の先輩なんですよ。上山さんからメールが届いて、「実はオリンピックはものすごく経費がかかるので、長沼でやったらいいじゃないかと思うのだけどどうか」と。いやそれはいい話ですねって返しました。そこからドドドドドッと進んだんですけど、途中でピッタリ止まっちゃった。 小池さんは「やりましょう」と言っていたが… Q:そのドドドドドの経緯では何があったんですか。 村井 小池さんから私に連絡があって「いいですね、やりましょう」と。その頃は頻繁に小池さんとやりとりしていました。現地にも視察に来ていただいたりして。小池さんと上山さんは「復興五輪」なのだから選手の皆さんに仮設住宅に泊まってもらったらいいんじゃないかというアイデアも出してくれました。非常に面白い発想だなあと思いまして。 Q:この件で、それまで心配だけだったのが、急に五輪を実感として捉えた感じですか。 村井 そうですね、こちらも積極的にやりたいという雰囲気になって。そのときは宮城県庁の職員も面白いって盛り上がりましたよ。長沼ボート場は非常に波も穏やかで国際大会もできる素晴らしい施設だし、江東区の競技場のようなメインテナンスもいらない。予算も3分の1くらいでできる。オリンピックのレガシーとして、これから育つ子供たちがここで毎年、全国大会やインターハイをやればいいよねと、こちらもどんどん準備を進めていたんですよ。してたんですけど、まあ。某会長らがダメだと。 Q:あ、バッハ会長ですか。 村井 そう。反対をする一定の勢力がいることは耳に入ってきていましたが』、「長沼ボート場は・・・予算も3分の1くらいでできる」。「東京開催」派が、「バッハ会長」をかついで「長沼ボート場案」をつぶすとは汚い。
・『長沼ボート場案は見送りに 〈小池都知事が長沼ボート場を視察した3日後の10月18日、IOCのバッハ会長と小池都知事の会談が行われた。その会談でバッハ会長は長沼ボート場開催案について「開催都市に選ばれた後にルールを変えないことこそ利益にかなう」と否定的な発言。日本カヌー連盟も長沼開催に反対を表明し、結局ボート競技は東京で開催されることとなった〉 Q:小池知事は村井知事になんと説明したのですか。 村井 メールが来ました。電話もあったかな。結局みなさん(IOC・組織委・ボートの競技団体など)の理解が得られないと。そこで私は小池さんに「でも小池さんがぜひ宮城でやりたい、もしできないならボートはやりませんと言ってくれたら宮城でできますよ」とは言ったんですけど…。もし私が都知事ならそう言いましたね』、「小池都知事」にとっては、「長沼」だろうと、「東京」だろうとどちらでも開催できればいいので、「長沼」案を主張して欲しかったというのは、「村井知事」の願望に過ぎない。
・『被災者をいじめているとしか思えない 〈当時、組織委は長沼ボート場代替開催の検討過程を「水面下で打診された、極めて不透明なやり方」と批難する声明文を発表。それを受けて村井知事は会見で「水面下で話したことなどない。被災者をいじめているとしか思えない。情けない」と批判した。〉 Q:組織委の対応に不信感を持ったと、当時も知事は発言されていましたね。 村井 県民の皆さんも、地元のボート関係者も、非常に期待をしていましたしね。私自身、多少県からのお金の持ち出しがあっても、復興五輪のレガシーになるなら開催したいと思いました。その後は毎年インターハイなどで学生に使ってもらったり、観光にも繋がるかもしれないので地域の活性化になると期待していたから、本当に残念で、がっかりしました。道路、選手の搬送、仮設住宅、どんどん準備を進めていく中でパシャーンですから。【#2へ続く】』、「水面下で話したことなどない。被災者をいじめているとしか思えない。情けない」、との「村井知事」の批判は正論だ。
次に、この続きを、12月3日付け文春オンライン「森喜朗さんが耳元で「いらんこと言うなよ」…東京五輪で露呈した日本型組織の大きな問題 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#2」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/50254
・『「復興五輪」はなぜ実現できなかったのか。東京オリンピック・パラリンピックで見えた問題点を、村井嘉浩・宮城県知事と振り返る。後編は意思決定が遅く、責任の所在が見えにくい、日本型組織の実態について語る。(#1から続く)』
・『あらゆることが決まらないし、返事もこない Q:東京2020に関わった方の話を取材していると、意思決定の過程や責任の所在がわからないとよく聞くんですよね。 村井 その通りです。やはり意思決定する人を一人置いて、その人が責任をとらないといけません。五輪担当大臣がいて、組織委には元総理がいて、都知事がいて、そこにまた我々みたいのがぶら下がっていて、頭が2つも3つもあるから本当に意思決定が遅かった。これは五輪のような大会を運営する上で最大の問題だと思いましたね。 Q:意思決定が遅いというのは、例えばどんなことで感じましたか。 村井 例えば式典で、誰が挨拶するとかどこに座るとかさえなかなか決まらないし、返事も来ない。また大会中も、県内に滞在している大会関係者に新型コロナ感染者が出たというときに、受け入れ側としてはどこのホテルにいるのか、どこの国の人なのか、どういう行動をしてきたのか、内々にでも情報が欲しい。でも、要求しても詳細を全然教えてくれないし、情報提供も遅いんですよ。意思決定する人がいないからです』、「頭が2つも3つもあるから本当に意思決定が遅かった。これは五輪のような大会を運営する上で最大の問題だと思いましたね」、初めから予想された問題が、その通り問題になったということだ。
・『「復興の火」をどこに展示するのか問題 Q:他にもありましたか。 村井 とにかくたくさんありました。聖火を被災3県で巡回展示する「復興の火」でも、「火をどこに展示するのか問題」が起きました。「復興の火」は宮城だけのものではないので、人が集まりやすくて、かつ火災が起きない安全な場所ならいいですよねと、我々は準備を進めていたのですが、これが決まらないんですよ。 IOCの考え方なのか、聖火が同じ市町村に何度もいくのはダメという話があって、そうなると聖火リレーをやる場所ではなく、別の地区に持っていってほしいとか。いろいろと理解し難いことを言われました。 Q:なるほど。 村井 宮城県としては、石巻市から聖火リレーのスタートをしたいと2017年に申し入れをしていたんです。でも近くに安全に降り立てる飛行場があるかとか、直行便がないとかで、なかなか決まらなかった。何年も時間がかかった末に、結局、航空自衛隊松島基地に聖火が到着することになりました。松島基地で「聖火到着式」をやって、そこから石巻に持っていって式典をやるという。 でもこんな単純な話、我々に任せてもらえばタタターンてすぐに準備できましたよ。聖火をどこに下ろして、どこで点火式やって、どこに展示して、どこをリレーしてとか、地元のことは地元の人が一番わかってる。こんな単純なことだけのために、ずいぶんと長い時間がかかりました。) Q:なんでそんなに時間がかかるんでしょうか? 村井 つまり、意思決定を誰がするのか、明確ではないことが最大の問題点だったんです。担当大臣、組織委の会長、都知事…この3人のうち誰が意思決定するかがわからないんですよ。今もわからない。さらにIOCがいる。様々な問題が常にぐるぐるとして決まらず、そのしわ寄せが我々地方にくるという。 Q:なるほど。ひどいですね』、「意思決定を誰がするのか、明確ではないことが最大の問題点」、「様々な問題が常にぐるぐるとして決まらず、そのしわ寄せが我々地方にくるという」、ひどい話だ。
・『森喜朗氏が耳元で「いらんこと言うなよ」 村井 森喜朗・元会長は、私がお会いしたいと言っても絶対会わせてもらえなかったですからね。 Q:そうなんですか。 村井 長沼ボート場の会場変更問題で、ぜひボートを誘致したいからお話をしたいと言っても、会ってくれなかった。何度言っても。 Q:復興五輪と言っているのに、被災地の知事に会わない。 村井 会ってくれないんですよ。お目にかかったのは石巻市で開催された聖火記念式典のときと、東京で被災3県の食材を使ってIOCのバッハ会長のおもてなしをしたときくらい。しかもそのレセプションが始まる前に森さんが近づいてきて、私の耳元で言うんですよ。「いらんこと言うなよ」って。正直あ然としました(笑)。そのときは何も喋らないように努めましたけどね。 Q:ひどいですね。 村井 元総理が組織委員会の会長を務めたことは、私はミスだと思いますよ』、偉ぶるだけの「森喜朗」氏を「会長」にしたのは、「ミス」以外の何物でもない。
・『橋本聖子氏が会長になり変化が Q:どういうことですか。 村井 あまりにも偉すぎて誰も何も言えない。組織委員会というのは自前でお金を出すわけでもないのだから、本当は下にいなきゃいけない組織だと思うんです。東京都は開催地だし、お金も出すわけだから、本来は東京都知事がトップにいたほうがいいんですよ。組織委の会長に元総理を置くから混乱する。だから橋本聖子さんが会長になってからは、急に回り始めました。 Q:そうなんですか。具体的にどう回ったんですか。 村井 例えば宮城県でサッカー競技を有観客で開催しようとなったときに、橋本さんとはすぐに直接連絡を取れました。橋本さんも会いに来てくれたり、私も会いに行ったり、スムーズに意思の疎通ができました』、「橋本聖子氏」のように「知事」とも「スムーズに意思の疎通ができました」というのは、確かに大きな変化だ。
・『サッカー、有観客開催実現までの舞台裏 〈2021年7月、村井知事は宮城スタジアムで開催される五輪サッカー競技について有観客で行う方針を発表。コロナ対策で共闘する郡和子・仙台市長や医療界からの反対意見もあったが実現させた。〉 Q:反対は凄かったかと思いますが、決行しましたね。 村井 1都3県以外の地方開催の競技では、最初はみんな有観客を予定していましたが、結果的に北海道も福島も無観客となりまして。そのときにすぐに橋本さんから電話がかかってきました。「福島県も無観客になったけど、村井さんはどうお考えですか?」と。私は「宮城県はプロ野球も有観客でやっているし、五輪に出る日本選手の強化試合も有観客でやっている。サッカーもプロの試合は有観客で開催していますし、五輪だけダメだというのもおかしいので、私は有観客でやるつもりです」と伝えました。そうしたら橋本さんは「ありがとうございます」と。 Q:「ありがとうございます」ですか。橋本さんも実は有観客にしたかったんですかね。 村井 したかったというより、橋本さんは元アスリートで実際に観客の前で競技していますから。やはり観客がいるかどうかの違いを、我々じゃわからないレベルで知っているんだろうなと。いずれにしても橋本さんが応援してくれたからスムーズに進みました』、「宮城県」が「サッカー」を「有観客」でやると決断した「村井知事」やそれを支持した「橋本会長」は大したものだ。
・『「批判は当時もいまもあります」 Q:決定権を持つ組織委の会長が、他の地方の無観客判断を認める一方で、有観客を応援するというのも変な話とは思いますが。村井知事はどうしてそこまで有観客にこだわったのですか。 村井 それは「復興五輪」だからです。海外から来てくれた選手や関係者の皆さんに、少しでも我々の気持ちを伝えたいというのが根底にあります。結果的には感染者も出ず、ボランティアも地元の皆さんもとても喜んでくれたのでよかったです。 Q:リスクはあったわけですよね。 村井 もちろんリスクに対する批判は当時も今もあります。10月末に行われた知事選挙の対立候補は医師だったのですが、あのときの私の判断への憤りが出馬の動機だとおっしゃっていました。 Q:反論があっても決断して実行すべきだと思いますか。 村井 辛いんですよ。実際、失敗したらコロナがまた広がる、人命に関わる問題になると本当にかなり悩みましたね。反対派の意見ももっともだと思います。県庁の職員もみんな不安そうな目をしていましたし。 Q:孤独ですね。 村井 リーダーは孤独です。全部私の責任ですから』、「感染者」が出なかったというのは、努力もあるとしても、幸運だった面もある。
・『政治家は落選を考えていたら何もできない Q:そこを避けるリーダーも多いです。 村井 いや、もう知事選に落ちてもいいと思っていたから。政治家というのは落選を考えていたら何もできないので。元々私は宮城に地縁もない。大阪の人間で、宮城との接点は自衛隊時代に仙台の駐屯地に配属されたというだけです。でもだから実行する。二世議員じゃなかなかできないと思います。怖いから。 Q:正しいと思うからやるんですよね。 村井 そう、信念。自分が正しいと思ったことをやろうと。反対派からしたらどうしようもない男に見えるでしょうね(笑)。ただ、有観客でやろうと決断した後は、職員たちも感染対策を完璧にやろうと、テロ対策も含めて徹底的に準備してくれました』、「もう知事選に落ちてもいいと思っていたから。政治家というのは落選を考えていたら何もできないので。元々私は宮城に地縁もない。大阪の人間で、宮城との接点は自衛隊時代に仙台の駐屯地に配属されたというだけです。でもだから実行する。二世議員じゃなかなかできないと思います。怖いから」、大した割り切りだ。
・『日本社会の縮図となった「東京2020」 Q:リーダーの顔がきちんと見えて、その人が最終的な意思決定をし、結果の責任をとるというのは今の日本ではほとんど見られない、まさにそういった意味で東京2020は日本の縮図のように見えます。 村井 見えますね。今の日本を表していたと思います。私は陸上自衛官のとき、ヘリコプターのパイロットだったんです。ヘリコプターを操縦するときは、できるだけ遠方目標をとる。 目の前のことではなく、この先どう進むのかをしっかり決めて飛んでいかなければいけません。政治も同じですよね。遠方目標がないから目の前のA地点やB地点ばかりをぐるぐる回ってしまう。やはりこの先日本がどうなるのかを見定めて、今なにをやるかを決めなければと思っています。 Q:アスリートの活躍は素晴らしかったけれど、一方で多くの人が意義を見いだせなかった、東京2020はその典型でしたね。 村井 そうですね。日本社会を表していましたね。このままだとまずいと思っても、意見を言うと怒られるから控えてしまう。五輪にぶら下がってお金を稼ごうとする人が集まってきて、さらに悪い方向に進む。でも上は偉い人ばかりだから、みんな何も言えない。まさに日本の社会の縮図が、今回の東京2020だったと思います』、「陸上自衛官のとき、ヘリコプターのパイロットだった」というのは初めて知った。「やはりこの先日本がどうなるのかを見定めて、今なにをやるかを決めなければと思っています」、今後の活躍を期待している。
第三に、本年2月7日付け現代ビジネス「日本の深刻実態…3兆円以上がばらまかれた東京五輪に見る「クソどうでもいい仕事」の力学」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92193?imp=0
・『世界のあちこちで起きている「クソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ)」現象。東京五輪には、ブルシットの力学が見られる? 『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』著者の酒井隆史さんが解説します』、興味深そうだ。
・『東京五輪とブルシットの力学 巨額の資金が動くとき、その分配にかかわるシステムにすきまがあれば寄生者のレイヤーがつくりだされる。この力学は日本でも、即座におもいうかぶ事例がないでしょうか? 現在の政権あるいは政府と電通とかパソナとの関係ですね。政府はかつて公共あるいは行政に属していた機能を「市場原理」の導入によって「効率化」するとの名目で、大手広告代理店などに委託しています。 たとえば今回の東京五輪です。そこでは数兆円という巨額の資金が、こうした代理店などを通して大量にばらまかれました。 準備期間中に日給数十万の謎のポストがあることが発覚して、ちょっとしたスキャンダルになりましたよね。おそらく、そこではほとんどなんの意味もないポストがつくられ、そこに資金がばらまかれていたのではないかと想像されます。 もうひとつ、『ブルシット・ジョブ』には、ハリウッドで脚本家をやっているオスカーという人物の証言があらわれます。 かれによれば、ハリウッドにもブルシットの波が押し寄せ、一つの作品をつくるにあたって異様に複雑な過程がうまれ(それまでは良かれ悪しかれワンマンオーナーがやると決めたら、あとは現場にほとんどゆだねて好きにつくらせていたことも多かった)、一つの作品が制作される過程で、謎の肩書きの上司(なんとかなんとかエグゼクティヴみたいな)がうじゃうじゃあらわれて、口をはさんでいく結果、意味不明なものができあがるといっています。 これは経営封建制がどれほど、一つの過程のなかに謎めいた中間的ポストをつくりだすかの事例としてあげられているのですが、ここでわたしたちはなにかをおもいださないでしょうか。東京五輪開会式のパフォーマンスをめぐるゴタゴタです。 ブルシット・ジョブ論は、今回の東京五輪についても、そこでなにが起きているのか、どうしてあのようなことが起きたのか、手がかりを与えてくれるようにおもいます。 細部にわたる検討は、ここではできませんが、大枠でいえば、その資金のほとんどは、税金で、基本的にわたしたちから徴収された富ですよね。 その膨大な富を、かれらは仲間内にばらまき、そしてより土台にあたる必要不可欠な仕事は、なるべく無償でそして医療従事者にもなけなしの報酬しか払いませんでした。 まるでこうした必要不可欠な仕事は報酬はいらないだろ、とでもいわんばかりです』、「細部にわたる検討は、ここではできませんが」と言い訳をしているが、細部の検討なくしては結論は出せない筈だ。もう少し練れば、面白い結論につながる可能性があるのに、荒っぽい論旨を展開したのは誠に残念だ。
タグ:東京オリンピック(五輪) (その22)(「復興五輪」はどこへ行ったのか “長沼ボート場問題”小池百合子さんとの顛末 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#1、森喜朗さんが耳元で「いらんこと言うなよ」…東京五輪で露呈した日本型組織の大きな問題 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#2、日本の深刻実態…3兆円以上がばらまかれた東京五輪に見る「クソどうでもいい仕事」の力学) 文春オンライン 長野 智子氏による「「復興五輪」はどこへ行ったのか “長沼ボート場問題”小池百合子さんとの顛末 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#1」 確かに作業員や資材の奪い合いで、「復興」にはマイナスの影響があった筈だ。 「復興五輪」なのに、「被災地は蚊帳の外」とは看板に偽りありだ。 「長沼ボート場は・・・予算も3分の1くらいでできる」。「東京開催」派が、「バッハ会長」をかついで「長沼ボート場案」をつぶすとは汚い。 「小池都知事」にとっては、「長沼」だろうと、「東京」だろうとどちらでも開催できればいいので、「長沼」案を主張して欲しかったというのは、「村井知事」の願望に過ぎない。 「水面下で話したことなどない。被災者をいじめているとしか思えない。情けない」、との「村井知事」の批判は正論だ。 文春オンライン「森喜朗さんが耳元で「いらんこと言うなよ」…東京五輪で露呈した日本型組織の大きな問題 村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#2」 「頭が2つも3つもあるから本当に意思決定が遅かった。これは五輪のような大会を運営する上で最大の問題だと思いましたね」、初めから予想された問題が、その通り問題になったということだ。 「意思決定を誰がするのか、明確ではないことが最大の問題点」、「様々な問題が常にぐるぐるとして決まらず、そのしわ寄せが我々地方にくるという」、ひどい話だ。 偉ぶるだけの「森喜朗」氏を「会長」にしたのは、「ミス」以外の何物でもない。 「橋本聖子氏」のように「知事」とも「スムーズに意思の疎通ができました」というのは、確かに大きな変化だ。 「宮城県」が「サッカー」を「有観客」でやると決断した「村井知事」やそれを支持した「橋本会長」は大したものだ。 「感染者」が出なかったというのは、努力もあるとしても、幸運だった面もある。 「もう知事選に落ちてもいいと思っていたから。政治家というのは落選を考えていたら何もできないので。元々私は宮城に地縁もない。大阪の人間で、宮城との接点は自衛隊時代に仙台の駐屯地に配属されたというだけです。でもだから実行する。二世議員じゃなかなかできないと思います。怖いから」、大した割り切りだ。 「陸上自衛官のとき、ヘリコプターのパイロットだった」というのは初めて知った。「やはりこの先日本がどうなるのかを見定めて、今なにをやるかを決めなければと思っています」、今後の活躍を期待している。 現代ビジネス「日本の深刻実態…3兆円以上がばらまかれた東京五輪に見る「クソどうでもいい仕事」の力学」 ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』著者の酒井隆史さんが解説 「細部にわたる検討は、ここではできませんが」と言い訳をしているが、細部の検討なくしては結論は出せない筈だ。もう少し練れば、面白い結論につながる可能性があるのに、荒っぽい論旨を展開したのは誠に残念だ。
テスラ(その3)(2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣、パナソニックもテスラも知る男が語りつくした 日本企業がテスラについていけない決定的理由、「車を造って売って終わり」では通用しない テスラ「100万円サービス」が示すEVの稼ぎ方)を取上げよう。 先ずは、本年2月21日つけ東洋経済Plus「2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣」 [産業動向]
昨日の電気自動車(EV)(その12)に続いて、今日は代表格のテスラ(その3)(2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣、パナソニックもテスラも知る男が語りつくした 日本企業がテスラについていけない決定的理由、「車を造って売って終わり」では通用しない テスラ「100万円サービス」が示すEVの稼ぎ方)を取上げよう。
先ずは、本年2月21日つけ東洋経済Plus「2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29795
・『年間のEV販売台数100万台突破も時間の問題だ。なぜ常識破りの成長を続けられるのか。 「もはやEVの可能性や収益性を疑う余地はないはずだ 1月26日に発表されたアメリカのEV(電気自動車)専業メーカー、テスラの2021年度の決算資料にはそう書かれていた。売上高は前期比約7割増の538億ドル、純利益に至っては7.7倍の55億ドル(約6300億円)と驚異的な伸びを示したのだ。 2021年の世界販売台数は前期比約9割増の93万台。四半期ごとに台数が増えており、2021年10~12月には約31万台を売った。このペースが続けば年間120万台を超え、テスラが2022年中に「100万台メーカー」の仲間入りを果たすことがほぼ確実な状勢だ。これは日本の自動車メーカーでいうとマツダ(2021年の販売台数は129万台)と同等の規模だ。 目下、どの自動車メーカーも世界的な半導体不足に悩まされている。にもかかわらず、なぜテスラは販売をここまで伸ばせたのか。 マスクCEOは2021年7月のアナリスト向け電話会見で「サプライヤーとは深夜1時まで何度も電話で連絡を取り合い、多くの欠品を解決することができた」と振り返っている。そして「足りない半導体があれば、代替可能な半導体を探し出し、ソフトウェアを数週間かけて書き換えた。車両との適合性を確認するためのテストも行った」と説明した。 代替品を調達できても安全性の確保は自動車メーカーにとって生命線だ。高度な作業を短期間で実現できたのは、エンジニアの半数がソフトウェア領域とされるテスラの強みが生きたといえる。 販売台数の急拡大とともに、製造コストの大幅な低下も進んでいる。テスラの決算資料によると、量販モデルの「モデル3」を造り始めた2017年は1台当たりの製造コストが8万4000ドルで、直近は3万6000ドルまで下がっている。 これは車種構成の変化が大きい。以前は1000万円を超える高級車の「モデルS」が中心だったが、直近は量販車で400万円台のモデル3にシフトして台数を拡大。さらに、ギガプレスと呼ばれる製造装置の導入でEVの部品点数を大幅に減らすなど、地道な生産コスト削減も効いている。限定した車種の量産効果とコスト削減の両面で6000億円もの利益をたたき出しているのだ』、「もはやEVの可能性や収益性を疑う余地はないはずだ」と大見えを切ったのは、数字の裏付けがあってのことだ。
・『EVで食えるのはテスラぐらい もっとも、テスラのようにEVで収益を出せているところはほぼ皆無だろう。コンサルティング会社のアーサー・ディ・リトル・ジャパンの試算では、テスラのEVは営業利益率が7~8%とガソリン車とほぼ同等だが、既存メーカーのEVは赤字だ。 どのメーカーもリチウムやコバルトなど主材料の高騰による電池調達コストがネックとなる一方、「テスラの電池システムは、セルの温度管理を行うバッテリーマネジメントシステムが効率的に設計されているほか、セルをまとめてパックにするパッケージング技術が優れているため、コスト優位性が高い」(アーサー・ディ・リトル・ジャパンの粟生真行プリンシパル)。 また、テスラがネットで販売していることも収益上有利に働く。既存の自動車メーカーの場合、販売価格の10~15%程度を割いているディーラーマージンを払う必要がないからだ。 そして2021年の決算で注目すべきは、テスラが「クレジット収入」に頼ることなく自動車事業でしっかりと稼げるようになったことだ。 クレジットとは、走行時に排ガスを出さない車を国や州などが定める台数以上販売した企業が、その規制をクリアできない他社に販売できる権利だ。初の通期黒字化を達成した2020年度は、テスラの営業利益の約8割がクレジット収入だった。今後、既存の自動車メーカーがEVの販売拡大を進めればテスラの収入が細るリスクもあり、クレジット依存の脱却が1つの課題だった。 2021年度はクレジット収入の比率が営業利益の約2割にまで低下し、それを除いても営業利益率は9.6%を達成した。会計基準が異なるため単純比較はできないが、トヨタ自動車の2022年3月期の営業利益率予想は9.5%で、大手自動車メーカーと遜色のない収益力を持つ企業へと変貌した。 1月末の決算会見でマスクCEOは2022年の世界販売台数について「(2021年比で)50%を余裕で超える成長が続く」と語った。半導体など部品供給網に懸念が残るとして新型車の投入を見送るが、ドイツのベルリン近郊とアメリカのテキサス州オースティンに建設した2つの完成車工場を本格稼働させ増販を狙う』、「テスラのEVは営業利益率が7~8%とガソリン車とほぼ同等だが、既存メーカーのEVは赤字だ」、「セルの温度管理を行うバッテリーマネジメントシステムが効率的に設計されているほか、セルをまとめてパックにするパッケージング技術が優れているため、コスト優位性が高い」、「「クレジット収入」に頼ることなく自動車事業でしっかりと稼げるようになった」、大したものだ。
・『テスラはかなりのリード テスラの時価総額は約9000億ドル(約100兆円)と、自動車業界の中では断トツのトップ。テスラウォッチャーとして有名なアメリカのモルガン・スタンレーの株式アナリスト、アダム・ジョナス氏は2022年1月11日付のレポートで、EVの販売競争をマラソンに例えてこう記した。 「テスラは21マイル(30キロメートル超)地点までリードを広げ、その他は2マイル地点もしくはまだ靴ひもを結んでいる状態にある」 脱炭素の流れからモビリティのメインストリームに入ってきたEV。はたして、既存の自動車メーカーはテスラとの「差」がどれくらいあると認識しているのだろうか』、「テスラ」の先行者メリットはかなり大きそうだ。
次に、2月21日付け東洋経済Plus「パナソニックもテスラも知る男が語りつくした 日本企業がテスラについていけない決定的理由」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29854
・『「イノベーションが起こるのは、まさにこういう場所からだと痛感した」。テスラ在籍時のことを元パナソニック副社長はそう振り返った。 電動化や自動運転の技術で自動車業界の先端を走るテスラ。その独自性の1つが、リチウムイオン電池を車両の底に数千本敷き詰める設計。この電池を供給しているのがパナソニックだ(中国市場専用モデルを除く)。 2010年、当時は新興ベンチャーにすぎなかったテスラとパナソニックの協業を後押ししたのが、元パナソニック副社長の山田喜彦氏。2017年にはテスラに移籍し、パナソニックと共同で運営する電池工場のバイスプレジデントとして工場の立ち上げを指揮した(2019年7月に退職)。 テスラもパナソニックも知る男が、テスラのすごみと電池の未来を語った。(インタビューは2020年10月に配信した記事の再録です。Qは聞き手の質問、Aは山田氏の回答)』、「テスラもパナソニックも知る男」へのインタビューとは興味深そうだ。
・『大方の予想は見事に外れた Q:パナソニックがテスラに出資したのは2010年のこと。当時のテスラはまだ新興のベンチャー企業でした。 A:当時、テスラが成功するとは誰も思っていなかった。 もちろん今もテスラに半信半疑の人はいるが、当時は10人中10人が「うまくいくはずがない」と答えたことだろう。それでもパナソニックがテスラと組んだのは、成長のポテンシャルがある企業と組むという外的刺激によって、パナソニックを成長させようと考えたからだ。 結果的に、テスラに対する大方の予想は見事に外れた。ギガファクトリーは立ち上げから2年で軌道に乗り、EV(電気自動車)の販売台数は2019年に37万台弱まで拡大した。途中、テスラがモデル3の量産に苦しむなどのスケジュール遅延はあったが、イーロン・マスクCEOが2006年に掲げたテスラの経営目標「マスタープラン」は、今見てもまったくブレていない。 Q:テスラの凄さとは? A:イーロンという個人のカリスマ性もあるとは思うが、会社のミッションが明確で皆が一丸となって目標に向かっている点だろう。 私がテスラで働いた期間は本当に面白く、退屈しない2年間(2017年~2019年)だった。経営者として勉強させてもらうことがたくさんあった。 とくに感心させられたのが、予算の配分方法だ。 会社が成長するためにはお金が必要だが、テスラは限りある予算を何に費やすのか、時間軸に応じてフレキシブルに変えることができる。それでいて、経営の軸はブレない。イノベーションが起こるのは、まさにこういう場所からだと痛感した。 ただし、社員はすさまじい集中力で本当によく働くから、この状態を維持したまま何年も働ける人は少ないだろう』、「予算の配分方法」が「時間軸に応じてフレキシブルに変えることができる」、というのは残念ながらよく分からない。「社員はすさまじい集中力で本当によく働くから、この状態を維持したまま何年も働ける人は少ないだろう」、緊張感の緩め方と上手くバランスを取っているのだろう。
・『日本の大企業はついていけない Q:型破りなテスラと、典型的な日本の大企業であるパナソニックは10年にわたって協業関係を続けてきました。その中では、テスラの生産スケジュールやマスクCEOの言動をめぐってパナソニックが振り回される局面もありました。 A:パナソニックに限ったことではないが、今の日本の大企業は、テスラのような企業のスピードについていけない。課題は、意思決定に慎重すぎる点にある。 (山田喜彦氏の略歴はリンク先参照) 日本の製造業には高い技術力があった。半導体も液晶もリチウムイオン電池も、すべて日本が技術的に先行していた。こうした設備産業の場合、市場が拡大期に入ると生産増強が必要だが、日本企業は目先のPL(損益計算書)を心配し、設備投資に慎重になる。 そのうち、海外勢がエイヤで思い切った投資をする。中国勢は、政府による補助金もある。そして、いつの間にか生産量で抜かれている。その結果、投資した工場をフル稼働するだけの需要が得られず赤字になって、日本勢は敗北する。その繰り返しだ。 Q:車載用の電池も同じ道をたどる、と? A:間違いなく、すでに電池も同ただ、今の日本企業では、よほどのカリスマ経営者がいるか、創業者が経営に関わっている企業でない限り、彼らについていくのは容易ではない。テスラの場合、北米のギガファクトリーはこれから軌道に乗っていくが、上海、ベルリン、テキサスとテスラの拠点はどんどん増えていくのだから』、「日本企業」の「慎重な」「設備投資」が「海外勢」に「追い抜かれ」、「投資した工場をフル稼働するだけの需要が得られず赤字になって、日本勢は敗北する。その繰り返しだ」、典型的な負け「パターン」だ。
・『テスラは同じことをしない Q:北米のギガファクトリーに対するパナソニックの投資額は2000億円程度といわれています。パナソニックは、今後もテスラの需要に応じて投資をしていく方針を示していますが、工場ができるたびにこの規模の投資をするのは現実的ではありません。 もちろん、新工場ができるたびにサプライヤーが巨額投資をするのはありえない話。だがもっとクリエイティブなやり方はある。 例えばテスラは、1つの工場を作ったら、2度と同じ価格で工場を作らない。1~2割減ではなく、もっと劇的なコストダウンをする。 新しく工場やラインを作る際に、何か新しいアイデアを入れないと、イーロンの決裁は下りない。だから、上海のギガファクトリーのコストは、北米よりずっと下がっているはずだ。こうしたクリエイティブなコストダウンを、走りながら考えて実行する。 対して、日本企業の場合は「前回はこれだけかかりました。なので、次の予算はこれくらいです」というやりかた。ある意味で、前例主義だ。 しかも、じっくりと慎重に考えてからではないと投資に踏み切らない。頭のいい人が多いから、リスクが見えすぎてしまうのだろう。慎重なのはけっして悪いことではない。ただ、その結果、日本の製造業が敗北してきたのは事実だ。 Q:今後、日本の電池メーカーが付加価値を出して生き残る道はないのですか。 A:それができるか否かは、また別の話。これまでEV用の電池に求められてきたのは、車の航続距離を延ばすためにエネルギー密度を高めること。だからテスラは、当時世界でいちばん高密度だったパナソニックの電池を採用した。 ある程度航続距離が延びてきた今は、コストの安さ、エネルギー密度の高さは大前提として、何回充放電ができ、どれくらい電池が持つのかを重視する方向に軸足が移っている。電池メーカーは、こうした世の中の動きにいかに対応していくかが問われている。 すでに韓国勢は、電池の持ちを重視する路線に活路を見いだしており、中国勢も一生懸命追随している。このニーズに対応するか否かが、電池業界において今後の大きな分かれ目になるのではないか』、「テスラは、1つの工場を作ったら、2度と同じ価格で工場を作らない。1~2割減ではなく、もっと劇的なコストダウンをする。 新しく工場やラインを作る際に、何か新しいアイデアを入れないと、イーロンの決裁は下りない。だから、上海のギガファクトリーのコストは、北米よりずっと下がっているはずだ。こうしたクリエイティブなコストダウンを、走りながら考えて実行する。 対して、日本企業の場合は「前回はこれだけかかりました。なので、次の予算はこれくらいです」というやりかた。ある意味で、前例主義だ」、「テスラ」の「クリエイティブなコストダウン」は確かに有効そうだ。これでは、「日本企業」は勝負にならないだろう。
第三に、2月21日付け東洋経済Plus「「車を造って売って終わり」では通用しない テスラ「100万円サービス」が示すEVの稼ぎ方」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29797
・『販売台数の急速な拡大が注目されがちだが、テスラには専門家から「先進的で秀逸なビジネスモデル」と評されるサービスもある。 驚異的なスピードで成長を続けるテスラ。注目すべき点は販売台数や業績だけではない。業界関係者がテスラの先進性として口をそろえるのが「FSD(フル・セルフ・ドライビング)」と呼ばれる自動運転機能だ。 現状のFSDの機能は、高速道路での自動追い越しや自動車線変更などに加え、駐車スペースへの自動駐車、信号機や一時停止標識の認識に基づく減速などがある。高速道路では、インターチェンジでの車線変更を含め、入口から出口まで運転することが可能だ。ただし、実際にはドライバーがハンドルに手を添え、前方注意義務を負う「レベル2」の自動運転となっている』、「ドライバーがハンドルに手を添え、前方注意義務を負う「レベル2」の自動運転」とはいえ、緊張感を失った「ドライバー」が突然、「運転」すれば事故も起こりやすいのではと心配してしまう。
・『FSDを「1万ドル」で販売 テスラは将来的に「レベル5」の完全自動運転が可能になるとしており、その機能も使える権利を含めたサービスとしてFSDを1万ドル(現在の為替レートで115万円前後)で販売している。自動運転機能を高めるうえで、「OTA(Over-The-Air)」と呼ばれる無線通信を経由したソフトウェアのアップデートを活用する。 ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表アナリストは、「FSDの粗利率は80%以上。1つ売れたら車が1台売れるよりも利益が出る。先進的で秀逸なビジネスモデルを参考にして、今後は世界の自動車メーカーが展開し出すだろう」と解説する。 これまでFSDの契約車両は数千台にとどまっていたが、2021年第3四半期(9~12月)の決算資料で約6万台に増えたとしている。 これは2021年7月から導入した月額99ドルあるいは199ドルの定額課金制を導入した効果だろう。自動車業界で長らく続いてきたハードウェアの売り切りから脱却し、販売後も顧客に付加価値を提供することで対価を得る。FSDの展開はそれを体現するサービスだ』、「自動車業界で長らく続いてきたハードウェアの売り切りから脱却し、販売後も顧客に付加価値を提供することで対価を得る。FSDの展開はそれを体現するサービスだ」、「契約車両」が「数千台」から「約6万台」に増加したとは頼もしい。
・『ハードとソフトの分離が当たり前に 自動車の電動化や自動運転技術の高度化に伴い、ソフトウェアの重要性は高まる一方だ。 ソフトウェアアップデートが一般的なスマートフォンが普及する一方で、従来の自動車はハードとソフトが一体で開発されていたことが、アップデートのネックとなっていた。ソフトが進化しても、その最新版を搭載するには新車発売から数年後の商品改良や5~6年ごとに1度のフルモデルチェンジを待たざるをえなかったからだ。 テスラはその弊害を打破した。ハードとソフトを分離し、自動車版のOS(基本ソフト)を搭載することで、モデルチェンジを待たずして機能向上をタイムリーにできるようにした。テスラで研究開発に携わる人員は、その半分以上がソフトウェアエンジニアで占めるともいわれる。 既存の自動車メーカーもソフト強化で遅れをとるまいと自動車版OSの開発を進めている。ドイツのメルセデスベンツは2024年からの搭載を目指す。トヨタやドイツのフォルクスワーゲンは車載OSの展開が2025年以降になりそうだ』、「テスラで研究開発に携わる人員は、その半分以上がソフトウェアエンジニアで占めるともいわれる」、「ハードとソフトを分離し、自動車版のOS(基本ソフト)を搭載することで、モデルチェンジを待たずして機能向上をタイムリーにできるようにした」、「テスラ」は新時代に即した人員構成のようだ。
・『販売後の「価値提供」がカギ 日系大手の自動車メーカー幹部は「EVのビジネスモデルを成り立たせるためには、ガソリン車で培ってきた既存のビジネスの延長では駄目だ。自動車メーカーは、ハードではなくソフトウェアに重心を置く必要がある」と話す。車載電池は現状で製造原価の3~4割を占めており、劇的に電池のコストが下がらない限り、EVを売り切るだけでは利幅は非常に少なくなるという危機感がある。 ソニーグループは2022年初め、自社開発したEVの市場投入を本格的に検討すると発表した。開発の指揮を執る川西泉常務は今後の自動車ビジネスについて、「ハードウェアの売り切りで(顧客が)高い、安いと判断する時代ではなくなるのではないか。顧客が購入した後の楽しみ方を考えるフェーズに移っている」と話す。 ハードとソフトを分離した自動車開発は今後当たり前になるだろう。もっとも、車両販売後のソフトウェアアップデート機能を備えたところで、顧客がそこに価値を見いださなければ収益につながらない。既存の自動車メーカーにとってソフトを活用した新たなサービスをどう打ち出すかは、手探りの状況が続きそうだ』、「既存の自動車メーカーにとってソフトを活用した新たなサービスをどう打ち出すかは、手探りの状況が続きそうだ」、どんな新「サービス」が出てくるのか楽しみだ。
先ずは、本年2月21日つけ東洋経済Plus「2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29795
・『年間のEV販売台数100万台突破も時間の問題だ。なぜ常識破りの成長を続けられるのか。 「もはやEVの可能性や収益性を疑う余地はないはずだ 1月26日に発表されたアメリカのEV(電気自動車)専業メーカー、テスラの2021年度の決算資料にはそう書かれていた。売上高は前期比約7割増の538億ドル、純利益に至っては7.7倍の55億ドル(約6300億円)と驚異的な伸びを示したのだ。 2021年の世界販売台数は前期比約9割増の93万台。四半期ごとに台数が増えており、2021年10~12月には約31万台を売った。このペースが続けば年間120万台を超え、テスラが2022年中に「100万台メーカー」の仲間入りを果たすことがほぼ確実な状勢だ。これは日本の自動車メーカーでいうとマツダ(2021年の販売台数は129万台)と同等の規模だ。 目下、どの自動車メーカーも世界的な半導体不足に悩まされている。にもかかわらず、なぜテスラは販売をここまで伸ばせたのか。 マスクCEOは2021年7月のアナリスト向け電話会見で「サプライヤーとは深夜1時まで何度も電話で連絡を取り合い、多くの欠品を解決することができた」と振り返っている。そして「足りない半導体があれば、代替可能な半導体を探し出し、ソフトウェアを数週間かけて書き換えた。車両との適合性を確認するためのテストも行った」と説明した。 代替品を調達できても安全性の確保は自動車メーカーにとって生命線だ。高度な作業を短期間で実現できたのは、エンジニアの半数がソフトウェア領域とされるテスラの強みが生きたといえる。 販売台数の急拡大とともに、製造コストの大幅な低下も進んでいる。テスラの決算資料によると、量販モデルの「モデル3」を造り始めた2017年は1台当たりの製造コストが8万4000ドルで、直近は3万6000ドルまで下がっている。 これは車種構成の変化が大きい。以前は1000万円を超える高級車の「モデルS」が中心だったが、直近は量販車で400万円台のモデル3にシフトして台数を拡大。さらに、ギガプレスと呼ばれる製造装置の導入でEVの部品点数を大幅に減らすなど、地道な生産コスト削減も効いている。限定した車種の量産効果とコスト削減の両面で6000億円もの利益をたたき出しているのだ』、「もはやEVの可能性や収益性を疑う余地はないはずだ」と大見えを切ったのは、数字の裏付けがあってのことだ。
・『EVで食えるのはテスラぐらい もっとも、テスラのようにEVで収益を出せているところはほぼ皆無だろう。コンサルティング会社のアーサー・ディ・リトル・ジャパンの試算では、テスラのEVは営業利益率が7~8%とガソリン車とほぼ同等だが、既存メーカーのEVは赤字だ。 どのメーカーもリチウムやコバルトなど主材料の高騰による電池調達コストがネックとなる一方、「テスラの電池システムは、セルの温度管理を行うバッテリーマネジメントシステムが効率的に設計されているほか、セルをまとめてパックにするパッケージング技術が優れているため、コスト優位性が高い」(アーサー・ディ・リトル・ジャパンの粟生真行プリンシパル)。 また、テスラがネットで販売していることも収益上有利に働く。既存の自動車メーカーの場合、販売価格の10~15%程度を割いているディーラーマージンを払う必要がないからだ。 そして2021年の決算で注目すべきは、テスラが「クレジット収入」に頼ることなく自動車事業でしっかりと稼げるようになったことだ。 クレジットとは、走行時に排ガスを出さない車を国や州などが定める台数以上販売した企業が、その規制をクリアできない他社に販売できる権利だ。初の通期黒字化を達成した2020年度は、テスラの営業利益の約8割がクレジット収入だった。今後、既存の自動車メーカーがEVの販売拡大を進めればテスラの収入が細るリスクもあり、クレジット依存の脱却が1つの課題だった。 2021年度はクレジット収入の比率が営業利益の約2割にまで低下し、それを除いても営業利益率は9.6%を達成した。会計基準が異なるため単純比較はできないが、トヨタ自動車の2022年3月期の営業利益率予想は9.5%で、大手自動車メーカーと遜色のない収益力を持つ企業へと変貌した。 1月末の決算会見でマスクCEOは2022年の世界販売台数について「(2021年比で)50%を余裕で超える成長が続く」と語った。半導体など部品供給網に懸念が残るとして新型車の投入を見送るが、ドイツのベルリン近郊とアメリカのテキサス州オースティンに建設した2つの完成車工場を本格稼働させ増販を狙う』、「テスラのEVは営業利益率が7~8%とガソリン車とほぼ同等だが、既存メーカーのEVは赤字だ」、「セルの温度管理を行うバッテリーマネジメントシステムが効率的に設計されているほか、セルをまとめてパックにするパッケージング技術が優れているため、コスト優位性が高い」、「「クレジット収入」に頼ることなく自動車事業でしっかりと稼げるようになった」、大したものだ。
・『テスラはかなりのリード テスラの時価総額は約9000億ドル(約100兆円)と、自動車業界の中では断トツのトップ。テスラウォッチャーとして有名なアメリカのモルガン・スタンレーの株式アナリスト、アダム・ジョナス氏は2022年1月11日付のレポートで、EVの販売競争をマラソンに例えてこう記した。 「テスラは21マイル(30キロメートル超)地点までリードを広げ、その他は2マイル地点もしくはまだ靴ひもを結んでいる状態にある」 脱炭素の流れからモビリティのメインストリームに入ってきたEV。はたして、既存の自動車メーカーはテスラとの「差」がどれくらいあると認識しているのだろうか』、「テスラ」の先行者メリットはかなり大きそうだ。
次に、2月21日付け東洋経済Plus「パナソニックもテスラも知る男が語りつくした 日本企業がテスラについていけない決定的理由」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29854
・『「イノベーションが起こるのは、まさにこういう場所からだと痛感した」。テスラ在籍時のことを元パナソニック副社長はそう振り返った。 電動化や自動運転の技術で自動車業界の先端を走るテスラ。その独自性の1つが、リチウムイオン電池を車両の底に数千本敷き詰める設計。この電池を供給しているのがパナソニックだ(中国市場専用モデルを除く)。 2010年、当時は新興ベンチャーにすぎなかったテスラとパナソニックの協業を後押ししたのが、元パナソニック副社長の山田喜彦氏。2017年にはテスラに移籍し、パナソニックと共同で運営する電池工場のバイスプレジデントとして工場の立ち上げを指揮した(2019年7月に退職)。 テスラもパナソニックも知る男が、テスラのすごみと電池の未来を語った。(インタビューは2020年10月に配信した記事の再録です。Qは聞き手の質問、Aは山田氏の回答)』、「テスラもパナソニックも知る男」へのインタビューとは興味深そうだ。
・『大方の予想は見事に外れた Q:パナソニックがテスラに出資したのは2010年のこと。当時のテスラはまだ新興のベンチャー企業でした。 A:当時、テスラが成功するとは誰も思っていなかった。 もちろん今もテスラに半信半疑の人はいるが、当時は10人中10人が「うまくいくはずがない」と答えたことだろう。それでもパナソニックがテスラと組んだのは、成長のポテンシャルがある企業と組むという外的刺激によって、パナソニックを成長させようと考えたからだ。 結果的に、テスラに対する大方の予想は見事に外れた。ギガファクトリーは立ち上げから2年で軌道に乗り、EV(電気自動車)の販売台数は2019年に37万台弱まで拡大した。途中、テスラがモデル3の量産に苦しむなどのスケジュール遅延はあったが、イーロン・マスクCEOが2006年に掲げたテスラの経営目標「マスタープラン」は、今見てもまったくブレていない。 Q:テスラの凄さとは? A:イーロンという個人のカリスマ性もあるとは思うが、会社のミッションが明確で皆が一丸となって目標に向かっている点だろう。 私がテスラで働いた期間は本当に面白く、退屈しない2年間(2017年~2019年)だった。経営者として勉強させてもらうことがたくさんあった。 とくに感心させられたのが、予算の配分方法だ。 会社が成長するためにはお金が必要だが、テスラは限りある予算を何に費やすのか、時間軸に応じてフレキシブルに変えることができる。それでいて、経営の軸はブレない。イノベーションが起こるのは、まさにこういう場所からだと痛感した。 ただし、社員はすさまじい集中力で本当によく働くから、この状態を維持したまま何年も働ける人は少ないだろう』、「予算の配分方法」が「時間軸に応じてフレキシブルに変えることができる」、というのは残念ながらよく分からない。「社員はすさまじい集中力で本当によく働くから、この状態を維持したまま何年も働ける人は少ないだろう」、緊張感の緩め方と上手くバランスを取っているのだろう。
・『日本の大企業はついていけない Q:型破りなテスラと、典型的な日本の大企業であるパナソニックは10年にわたって協業関係を続けてきました。その中では、テスラの生産スケジュールやマスクCEOの言動をめぐってパナソニックが振り回される局面もありました。 A:パナソニックに限ったことではないが、今の日本の大企業は、テスラのような企業のスピードについていけない。課題は、意思決定に慎重すぎる点にある。 (山田喜彦氏の略歴はリンク先参照) 日本の製造業には高い技術力があった。半導体も液晶もリチウムイオン電池も、すべて日本が技術的に先行していた。こうした設備産業の場合、市場が拡大期に入ると生産増強が必要だが、日本企業は目先のPL(損益計算書)を心配し、設備投資に慎重になる。 そのうち、海外勢がエイヤで思い切った投資をする。中国勢は、政府による補助金もある。そして、いつの間にか生産量で抜かれている。その結果、投資した工場をフル稼働するだけの需要が得られず赤字になって、日本勢は敗北する。その繰り返しだ。 Q:車載用の電池も同じ道をたどる、と? A:間違いなく、すでに電池も同ただ、今の日本企業では、よほどのカリスマ経営者がいるか、創業者が経営に関わっている企業でない限り、彼らについていくのは容易ではない。テスラの場合、北米のギガファクトリーはこれから軌道に乗っていくが、上海、ベルリン、テキサスとテスラの拠点はどんどん増えていくのだから』、「日本企業」の「慎重な」「設備投資」が「海外勢」に「追い抜かれ」、「投資した工場をフル稼働するだけの需要が得られず赤字になって、日本勢は敗北する。その繰り返しだ」、典型的な負け「パターン」だ。
・『テスラは同じことをしない Q:北米のギガファクトリーに対するパナソニックの投資額は2000億円程度といわれています。パナソニックは、今後もテスラの需要に応じて投資をしていく方針を示していますが、工場ができるたびにこの規模の投資をするのは現実的ではありません。 もちろん、新工場ができるたびにサプライヤーが巨額投資をするのはありえない話。だがもっとクリエイティブなやり方はある。 例えばテスラは、1つの工場を作ったら、2度と同じ価格で工場を作らない。1~2割減ではなく、もっと劇的なコストダウンをする。 新しく工場やラインを作る際に、何か新しいアイデアを入れないと、イーロンの決裁は下りない。だから、上海のギガファクトリーのコストは、北米よりずっと下がっているはずだ。こうしたクリエイティブなコストダウンを、走りながら考えて実行する。 対して、日本企業の場合は「前回はこれだけかかりました。なので、次の予算はこれくらいです」というやりかた。ある意味で、前例主義だ。 しかも、じっくりと慎重に考えてからではないと投資に踏み切らない。頭のいい人が多いから、リスクが見えすぎてしまうのだろう。慎重なのはけっして悪いことではない。ただ、その結果、日本の製造業が敗北してきたのは事実だ。 Q:今後、日本の電池メーカーが付加価値を出して生き残る道はないのですか。 A:それができるか否かは、また別の話。これまでEV用の電池に求められてきたのは、車の航続距離を延ばすためにエネルギー密度を高めること。だからテスラは、当時世界でいちばん高密度だったパナソニックの電池を採用した。 ある程度航続距離が延びてきた今は、コストの安さ、エネルギー密度の高さは大前提として、何回充放電ができ、どれくらい電池が持つのかを重視する方向に軸足が移っている。電池メーカーは、こうした世の中の動きにいかに対応していくかが問われている。 すでに韓国勢は、電池の持ちを重視する路線に活路を見いだしており、中国勢も一生懸命追随している。このニーズに対応するか否かが、電池業界において今後の大きな分かれ目になるのではないか』、「テスラは、1つの工場を作ったら、2度と同じ価格で工場を作らない。1~2割減ではなく、もっと劇的なコストダウンをする。 新しく工場やラインを作る際に、何か新しいアイデアを入れないと、イーロンの決裁は下りない。だから、上海のギガファクトリーのコストは、北米よりずっと下がっているはずだ。こうしたクリエイティブなコストダウンを、走りながら考えて実行する。 対して、日本企業の場合は「前回はこれだけかかりました。なので、次の予算はこれくらいです」というやりかた。ある意味で、前例主義だ」、「テスラ」の「クリエイティブなコストダウン」は確かに有効そうだ。これでは、「日本企業」は勝負にならないだろう。
第三に、2月21日付け東洋経済Plus「「車を造って売って終わり」では通用しない テスラ「100万円サービス」が示すEVの稼ぎ方」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29797
・『販売台数の急速な拡大が注目されがちだが、テスラには専門家から「先進的で秀逸なビジネスモデル」と評されるサービスもある。 驚異的なスピードで成長を続けるテスラ。注目すべき点は販売台数や業績だけではない。業界関係者がテスラの先進性として口をそろえるのが「FSD(フル・セルフ・ドライビング)」と呼ばれる自動運転機能だ。 現状のFSDの機能は、高速道路での自動追い越しや自動車線変更などに加え、駐車スペースへの自動駐車、信号機や一時停止標識の認識に基づく減速などがある。高速道路では、インターチェンジでの車線変更を含め、入口から出口まで運転することが可能だ。ただし、実際にはドライバーがハンドルに手を添え、前方注意義務を負う「レベル2」の自動運転となっている』、「ドライバーがハンドルに手を添え、前方注意義務を負う「レベル2」の自動運転」とはいえ、緊張感を失った「ドライバー」が突然、「運転」すれば事故も起こりやすいのではと心配してしまう。
・『FSDを「1万ドル」で販売 テスラは将来的に「レベル5」の完全自動運転が可能になるとしており、その機能も使える権利を含めたサービスとしてFSDを1万ドル(現在の為替レートで115万円前後)で販売している。自動運転機能を高めるうえで、「OTA(Over-The-Air)」と呼ばれる無線通信を経由したソフトウェアのアップデートを活用する。 ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表アナリストは、「FSDの粗利率は80%以上。1つ売れたら車が1台売れるよりも利益が出る。先進的で秀逸なビジネスモデルを参考にして、今後は世界の自動車メーカーが展開し出すだろう」と解説する。 これまでFSDの契約車両は数千台にとどまっていたが、2021年第3四半期(9~12月)の決算資料で約6万台に増えたとしている。 これは2021年7月から導入した月額99ドルあるいは199ドルの定額課金制を導入した効果だろう。自動車業界で長らく続いてきたハードウェアの売り切りから脱却し、販売後も顧客に付加価値を提供することで対価を得る。FSDの展開はそれを体現するサービスだ』、「自動車業界で長らく続いてきたハードウェアの売り切りから脱却し、販売後も顧客に付加価値を提供することで対価を得る。FSDの展開はそれを体現するサービスだ」、「契約車両」が「数千台」から「約6万台」に増加したとは頼もしい。
・『ハードとソフトの分離が当たり前に 自動車の電動化や自動運転技術の高度化に伴い、ソフトウェアの重要性は高まる一方だ。 ソフトウェアアップデートが一般的なスマートフォンが普及する一方で、従来の自動車はハードとソフトが一体で開発されていたことが、アップデートのネックとなっていた。ソフトが進化しても、その最新版を搭載するには新車発売から数年後の商品改良や5~6年ごとに1度のフルモデルチェンジを待たざるをえなかったからだ。 テスラはその弊害を打破した。ハードとソフトを分離し、自動車版のOS(基本ソフト)を搭載することで、モデルチェンジを待たずして機能向上をタイムリーにできるようにした。テスラで研究開発に携わる人員は、その半分以上がソフトウェアエンジニアで占めるともいわれる。 既存の自動車メーカーもソフト強化で遅れをとるまいと自動車版OSの開発を進めている。ドイツのメルセデスベンツは2024年からの搭載を目指す。トヨタやドイツのフォルクスワーゲンは車載OSの展開が2025年以降になりそうだ』、「テスラで研究開発に携わる人員は、その半分以上がソフトウェアエンジニアで占めるともいわれる」、「ハードとソフトを分離し、自動車版のOS(基本ソフト)を搭載することで、モデルチェンジを待たずして機能向上をタイムリーにできるようにした」、「テスラ」は新時代に即した人員構成のようだ。
・『販売後の「価値提供」がカギ 日系大手の自動車メーカー幹部は「EVのビジネスモデルを成り立たせるためには、ガソリン車で培ってきた既存のビジネスの延長では駄目だ。自動車メーカーは、ハードではなくソフトウェアに重心を置く必要がある」と話す。車載電池は現状で製造原価の3~4割を占めており、劇的に電池のコストが下がらない限り、EVを売り切るだけでは利幅は非常に少なくなるという危機感がある。 ソニーグループは2022年初め、自社開発したEVの市場投入を本格的に検討すると発表した。開発の指揮を執る川西泉常務は今後の自動車ビジネスについて、「ハードウェアの売り切りで(顧客が)高い、安いと判断する時代ではなくなるのではないか。顧客が購入した後の楽しみ方を考えるフェーズに移っている」と話す。 ハードとソフトを分離した自動車開発は今後当たり前になるだろう。もっとも、車両販売後のソフトウェアアップデート機能を備えたところで、顧客がそこに価値を見いださなければ収益につながらない。既存の自動車メーカーにとってソフトを活用した新たなサービスをどう打ち出すかは、手探りの状況が続きそうだ』、「既存の自動車メーカーにとってソフトを活用した新たなサービスをどう打ち出すかは、手探りの状況が続きそうだ」、どんな新「サービス」が出てくるのか楽しみだ。
タグ:テスラ (その3)(2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣、パナソニックもテスラも知る男が語りつくした 日本企業がテスラについていけない決定的理由、「車を造って売って終わり」では通用しない テスラ「100万円サービス」が示すEVの稼ぎ方)を取上げよう。 先ずは、本年2月21日つけ東洋経済Plus「2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣」 東洋経済Plus「2021年は大幅な販売増で純利益が約8倍に テスラがEVで「利益6000億円」をたたき出す秘訣」 「もはやEVの可能性や収益性を疑う余地はないはずだ」と大見えを切ったのは、数字の裏付けがあってのことだ。 「テスラのEVは営業利益率が7~8%とガソリン車とほぼ同等だが、既存メーカーのEVは赤字だ」、「セルの温度管理を行うバッテリーマネジメントシステムが効率的に設計されているほか、セルをまとめてパックにするパッケージング技術が優れているため、コスト優位性が高い」、「「クレジット収入」に頼ることなく自動車事業でしっかりと稼げるようになった」、大したものだ。 「テスラ」の先行者メリットはかなり大きそうだ。 東洋経済Plus「パナソニックもテスラも知る男が語りつくした 日本企業がテスラについていけない決定的理由」 「テスラもパナソニックも知る男」へのインタビューとは興味深そうだ。 「予算の配分方法」が「時間軸に応じてフレキシブルに変えることができる」、というのは残念ながらよく分からない。「社員はすさまじい集中力で本当によく働くから、この状態を維持したまま何年も働ける人は少ないだろう」、緊張感の緩め方と上手くバランスを取っているのだろう。 「日本企業」の「慎重な」「設備投資」が「海外勢」に「追い抜かれ」、「投資した工場をフル稼働するだけの需要が得られず赤字になって、日本勢は敗北する。その繰り返しだ」、典型的な負け「パターン」だ。 「テスラは、1つの工場を作ったら、2度と同じ価格で工場を作らない。1~2割減ではなく、もっと劇的なコストダウンをする。 新しく工場やラインを作る際に、何か新しいアイデアを入れないと、イーロンの決裁は下りない。だから、上海のギガファクトリーのコストは、北米よりずっと下がっているはずだ。こうしたクリエイティブなコストダウンを、走りながら考えて実行する。 対して、日本企業の場合は「前回はこれだけかかりました。なので、次の予算はこれくらいです」というやりかた。ある意味で、前例主義だ」、「テスラ」の「クリエイティブ 東洋経済Plus「「車を造って売って終わり」では通用しない テスラ「100万円サービス」が示すEVの稼ぎ方」 「ドライバーがハンドルに手を添え、前方注意義務を負う「レベル2」の自動運転」とはいえ、緊張感を失った「ドライバー」が突然、「運転」すれば事故も起こりやすいのではと心配してしまう。 「自動車業界で長らく続いてきたハードウェアの売り切りから脱却し、販売後も顧客に付加価値を提供することで対価を得る。FSDの展開はそれを体現するサービスだ」、「契約車両」が「数千台」から「約6万台」に増加したとは頼もしい。 「テスラで研究開発に携わる人員は、その半分以上がソフトウェアエンジニアで占めるともいわれる」、「ハードとソフトを分離し、自動車版のOS(基本ソフト)を搭載することで、モデルチェンジを待たずして機能向上をタイムリーにできるようにした」、「テスラ」は新時代に即した人員構成のようだ。 「既存の自動車メーカーにとってソフトを活用した新たなサービスをどう打ち出すかは、手探りの状況が続きそうだ」、どんな新「サービス」が出てくるのか楽しみだ。
電気自動車(EV)(その12)(ソニーの「いまさらEV参入」に自動車業界が身構える理由 事業の成否は「自動運転の先」のモビリティ像をどう示せるかに、「このままでは日本車は消滅する」和製EVが海外では検討すらされないという現実を見よ 日本メーカーだけが出遅れている) [産業動向]
電気自動車(EV)については、昨年12月12日に取上げた。今日は、(その12)(ソニーの「いまさらEV参入」に自動車業界が身構える理由 事業の成否は「自動運転の先」のモビリティ像をどう示せるかに、「このままでは日本車は消滅する」和製EVが海外では検討すらされないという現実を見よ 日本メーカーだけが出遅れている)である。
先ずは、本年2月2日付けJBPressが掲載した自動車ジャーナリストの井元 康一郎氏による「ソニーの「いまさらEV参入」に自動車業界が身構える理由 事業の成否は「自動運転の先」のモビリティ像をどう示せるかに」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68687
・『アメリカのラスベガスで年に一度開催される世界最大級の家電見本市、CES。近年は自動車メーカーも積極的に出展しているが、今年(2022年)1月のCES2022において自動車分野でとりわけ注目を浴びたのはソニーだった』、興味深そうだ。
・『真の狙いは「技術のプラットフォーマー」になること ブースに登場したのはバッテリー式電気自動車(BEV)のフルサイズSUV「VISION-S 02」。全幅1.9m以上という堂々たる体躯、流麗な外装デザイン、2基の電気モーターの合計出力400kW(544ps)という強大なパワー、上質な内装、前席のダッシュボードや前席のシートバックに所狭しと並べられた液晶ディスプレイ等々、完全に高級車マーケットを意識した仕立てである。 見目麗しさやハイテクを盛り込んだコンセプトカーというだけならインパクトはそれほど大きくはない。ソニーは2年前のCES2020でもセダン型の高級BEVのコンセプトカー「VISION-S」を発表している。当時、ソニーは新時代のモビリティを考えるためのスタディであり、市販する予定はないとしていた。だが、今回は違った。新会社、ソニーモビリティを設立し、完成車の販売を含めた自動車ビジネス参入の検討に入ると宣言したのだ。 今日、BEVブームは高まる一方だが、世界はすでに企業間競争のフェーズに突入している。今後数年のあいだに世界中のメーカーが新商品を多数投入する見通しで、早くも過当競争の様相すら呈しはじめている。 完成車ビジネスについての経験がゼロも同然のソニーがこの時機に自動車分野に本格参入するのは一見“火中の栗を拾う”の類であるようにも思えるが、果たして成算はあるのだろうか。 「あくまで個人的な印象ですが、私はソニーが自動車分野に参入というニュースを見て新たな黒船が来たと思いました」 自動車部品世界大手メーカーの技術系幹部は語る。そして、こう続ける。 「自動車業界はCASE(コネクティビティ、自動運転、シェアリング、電動化)の4技術でモビリティの形態が変わる、いわゆる百年に一度の変革の真っ只中にありますが、4分野のなかで技術革新やビジネス展開のロードマップが本当に明確になっているのは一番利益が薄い電動化だけ。残りの3分野はこの先どうなるのか見通しが立っていませんが、ここはどれもサービスと直結するもので、非常に大きな利益率が期待できます。 ソニーのコンセプトカーはBEVですが、今の時代に新たに立ち上げるのであればそれは当然のこと。狙いはBEVメーカーになることではなく、残りの3分野を実現させる技術のプラットフォーマーになることだと想像します」』、「ソニーの」「狙いはBEVメーカーになることではなく、残りの3分野を実現させる技術のプラットフォーマーになることだと想像」、なるほど
・『ライバルはアップル、グーグル、マイクロソフト VISION-S、VISION-S 02の両コンセプトカーは今日、環境サスティナビリティで持てはやされているBEVだ。しかし、ソニーの吉田憲一郎会長兼社長はプレゼンにおいて、環境ソリューションとしてのクルマづくりという点にはほとんど言及していない。強調しているのはソニーご自慢のセンシング技術を用いた自動運転の実現へのトライ、クルマのオンラインアップデート、そしてクルマという移動空間のエンターテインメント性の革命──の3点。それを統括する言葉として「モビリティを再定義する」と語っている。 この考え方は、実はBEVの世界最大手であるアメリカのテスラときわめて似たものだ。違うのは、テスラは車体からサービスまでを一貫して自社で手がけているのに対し、ソニーはクルマづくり自体は前出のエンジニアのコメントにもあった通り、マグナ・シュタイヤーにアウトソーシングしていることだ。 マグナ・シュタイヤーはすでに世界の自動車ブランドの高級車や高性能車の生産で大きな実績を持っており、受託開発の能力も折り紙付き。ソニーがこの先、市販車ビジネスのフェーズに進めたとしても、クルマの実車開発や生産はこうしたパートナーシップでまかなうことだろう。 マグナ・シュタイヤーのようなメーカーにとっては実車の生産は利益になるが、ソニーにとっては大規模な装置産業である自動車の工場を自前で作って利益の薄い車体を手がける意味はほとんどないからだ。 テスラはこのところ利益率をぐんぐん上げているが、自動車メーカーでコスト分析を手がけたことがあるエンジニアは、 「テスラも車体そのものについては薄利とみています。大きな利益が出始めているのは自動運転、性能を向上させるアップデートなどにユーザーが高い金額を支払うという状況を作り出せているからでしょう。もちろんユーザーの平均年収が非常に高いからこそ為せるワザで、うらやましくはありますが」 という見方を示す。ソニーはテスラのビジネスのうち、美味しい部分を自社でやろうとしているようなものだ。自動車業界におけるライバルは自動車メーカーではなく、アップル、グーグル、マイクロソフトなどのメガプラットフォーマーと言える。 自動車メーカーや部品メーカーはただでさえ、これらのプラットフォーマーが仕掛けてくる自動運転、コネクティビティなどの攻勢に手を焼いている。画像センシングや通信について高い技術力を持ち、エンターテインメント分野で世界的なシェアを持つソニーが割って入ってきた日には、さらに難敵が増えることになる』、「テスラも車体そのものについては薄利とみています。大きな利益が出始めているのは自動運転、性能を向上させるアップデートなどにユーザーが高い金額を支払うという状況を作り出せているからでしょう」、なるほど。
・『「面白そうだからやってみる」社風の復活 だが、ここで疑問が起こる。自動運転にせよコネクティビティにせよ、後発のソニーがメガプラットフォーマーと張り合うことなど、果たして可能なのだろうか。前出の部品メーカーのエンジニアは言う。 「もちろん簡単ではないと思います。ソニーにとっては苦難の道に足を踏み入れるようなものでしょう。カギを握るのはマグナ・シュタイヤーと共同で市販車ビジネスをやるというところまで実際に行けるかどうか。実際に自動運転ができるクルマを作れるのと、自動運転に必要な要素技術を売るのとでは、ビジネスの意味合いがまるで異なる。プラットフォーマーを狙うならもちろん前者です」 もし実現できればソニーに巨額の利益をもたらす可能性があるが、できなかったら時間と資金の無駄になりそうな難技術。そこにあえて手を出してきたのは、ソニーがここ10年ほど進めてきた事業改革と無縁ではないだろう。 リーマンショックと東日本大震災という2つの大波に襲われたとき、ソニーの経営状態はきわめて悪かった。2012年、ハワード・ストリンガー氏の後を受けてソニーのトップとなった前社長の平井一夫氏は、業績の立て直しと並行してかつてのソニーの“面白そうだからやってみる”という社風の復活を試みた。 ソニーを凋落させたと極めて評判が悪かったストリンガー社長時代も、研究所レベルでは実は生体燃料電池など、独創的なことを継続的にやっていたのだが、平井氏がトップになって変わったのは外に広く人材を求めた点だった。人材がバラエティ豊かになると、社内でシナジー効果が生まれやすくなる。このところソニーが異なる分野の中間に立つような技術や商品を出すようになったのは、その成果とみていい。 現社長の吉田氏は財務畑を歩んできた人材だが、氏を知る人物によれば、利益に非常に貪欲なのが特徴だという。 「吉田さんが嫌がるもののひとつに、後で“あれをやっておけば今頃は”と後悔するということがあります。今の自分に何ができるかを考える前に、こういうものを作れれば世の中を変えられるんじゃないかというものをイメージして、それを実現するにはどうしたらいいかは後で考える。 私はセンシングや人工知能とは違う分野にいるので内情はわかりませんが、多分自動運転やエンターテインメントなどを別個のものと考えていないのではないかと思います。それらを統合したらどういうふうな楽しみができるのか。モビリティの再定義というからには、そういう無茶を模索してくんじゃないかなと」(ソニー関係者)』、「研究所レベルでは実は生体燃料電池など、独創的なことを継続的にやっていたのだが、平井氏がトップになって変わったのは外に広く人材を求めた点だった。人材がバラエティ豊かになると、社内でシナジー効果が生まれやすくなる。このところソニーが異なる分野の中間に立つような技術や商品を出すようになったのは、その成果とみていい」、「独創的なことを継続的にやっていた」とはさすが「ソニー」だ。
・『ソニーはメガプラットフォーマーの脅威となるか? 自動運転をどれだけ早く実現できるかという競争だけを考えるのであれば、先行企業を追いかけるようなタイミングで自動車に参入はすまい。ソニーは自動運転の実現はゴールではなく、そこが起点になるとみているのだろう。自動運転技術を使って移動を今までに体験したことのないような素晴らしいものにするシステムを作り上げられれば、ソニーの技術はたしかに高利益を生むプラットフォームになり得る。吉田社長の目指すところだ。 ただし、本当に素晴らしいものを作るには、移動とは何ぞやということについてのイマジネーションの広さと深さが求められる。 もし自動運転で手持ち無沙汰になったぶん、車内でゲームをしたり映画を見たりできますという程度なら、メガプラットフォーマーはもちろん既存のメーカーの脅威にもならない。その意味でも今後ソニーがどのようなアイデアを世の中に披露するか、目が離せないところだ』、「ソニーは自動運転の実現はゴールではなく、そこが起点になるとみているのだろう。自動運転技術を使って移動を今までに体験したことのないような素晴らしいものにするシステムを作り上げられれば、ソニーの技術はたしかに高利益を生むプラットフォームになり得る」、確かに「今後ソニーがどのようなアイデアを世の中に披露するか、目が離せない」。
に、2月7日付けPRESIDENT BOOKSが掲載した元東京大学特任教授、環境経営コンサルタントの村沢 義久氏による「「このままでは日本車は消滅する」和製EVが海外では検討すらされないという現実を見よ 日本メーカーだけが出遅れている」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54373
・『電気自動車(EV)を世界に先駆けて発売したのは、三菱や日産という日本の自動車メーカーだった。ところが、現在のEV市場で日本勢の存在感はほとんどない。元東京大学特任教授の村沢義久さんは「このままでは日本車は消滅してしまう」という――。 ※本稿は、村沢義久『日本車敗北 「EV戦争」の衝撃』(プレジデント社)の一部を再編集したものです』、「EVを世界に先駆けて発売したのは、三菱や日産という日本の自動車メーカー」、すっかり忘れていたのを思い出させてくれた。
・『「i-MiEV」と「リーフ」で世界をリードした勢いはどこへ 日本市場における電動車の新車販売比率は、PHVを入れても1%にも満たない状況だ。 2009年に三菱が「i-MiEV」を、2010年に日産が「リーフ」を発売して一時は世界をリードしながら、日本は今やEV後進国になりつつある。 一方、世界の自動車メーカーはEVシフトを進めている。2020年におけるヨーロッパと中国における電動車(EV+PHV)の新車販売シェアはそれぞれ7%と5%に達した。 世界全体でも3%を超え、EVはいよいよ本格普及期に入った。その中で日本メーカーだけが置き去りにされつつある』、「日本メーカーだけが置き去りにされつつある」、部品メーカーへの悪影響を考慮して、わざとゆっくりさせている面もあるのに、いささかオーバーだ。
・『「恐竜企業」の進化が続々と始まった テスラが「ロードスター」を発売してEV時代の幕開けを宣言したのが2008年。それから現在までの12年間、日本メーカーに限らず、既存の大手自動車メーカーの動きは鈍かった。 一時は、日産「リーフ」がトップグループに入り健闘したが、2020年には年間販売台数が前年比で20%も低下した。世界ランキングでも2019年の3位から、2020年には7位まで下がっている。他の大手メーカーはもっと消極的で、EVをほとんど無視したままだった。 潮目が変わったのは2020年秋のことだ。急成長するテスラ、NIO等に対抗して、フォルクスワーゲン(VW)が9月に純粋EV「ID.3」を発売。VWは、わずか3カ月で5万7000台の「ID.3」を売り、メーカー別ランキングでテスラに次ぐ2位の座にまで上がった。 既存の大手自動車メーカーがEV化に本腰を入れ始めた。いわば「恐竜企業の哺乳類化」が始まったのである。 VWから続いて発売された「ID.4」も出足好調だ。アメリカ市場には2021年3月半ばに第1便が到着。さっそく早期購入者からの高評価が聞こえ始めている。 革命の火は大西洋を越えてアメリカにも広がった。一時は衰退企業の代表のように見られていたGM(ゼネラルモーターズ)だが、2021年1月末に内燃機関車廃止に向けた野心的な方針を発表し、評価が急上昇している。GMは、2020年代の半ばまでにEVを30車種投入し、ガソリン車、ディーゼル車を2035年までに廃止するというからただごとではない』、「既存の大手自動車メーカーがEV化に本腰を入れ始めた。いわば「恐竜企業の哺乳類化」が始まった」、「恐竜企業の哺乳類化」とは言い得て妙だ。
・『「日本で売れるかわからない」は間違っている 日本では、いまだに「EVだけが電動車ではない」「HVの方が現実的だ」などと言われることがある。 だが、そんなのんきな議論が交わされているのは、日本が電動車(EV+PHV)の普及率わずか1%程度の「ガラパゴス」であり、外の世界を知らないからだ。 「世界で受け入れられても、日本で売れるかどうかわからない」という意見もあるかもしれない。だが、それは間違っている。 日系メーカーの年間総生産台数は国内、海外合わせて2千数百万台だが、そのうち国内販売台数は500万台程度。世界で売れなくなれば日本車は滅びる。 むしろ、EVが日本で売れなくても、世界で売れるなら、日本車メーカーはEVに舵を切るしかない。 躊躇ちゅうちょする日本メーカーを尻目に、素早く変身しようとしているのが、VW、GM、フォードなど世界の自動車メーカーだ。 中でもVWの動きはGM、フォードを凌ぐ激しさだ。 まずは、2021年3月15日、オンラインで開催した「Power Day」の会見の場で、バッテリーへの注力と製造工場の大増設計画を発表した。 続いて6月28日には、2033年から2035年までにヨーロッパで内燃機関車から撤退し、しばらく遅れて米国と中国でも撤退するという目標を発表している。 VWの意気込みは、矢継ぎ早にEVを投入していることからも明らかだ』、「VW」の「中国」での生産・販売などは外資系のなかでは群を抜いたNO.1だ。
・『欧州圏で「テスラ超え」したVWの快進撃 コンパクトSUVタイプの「ID.3」は、EV専用に開発されたMEB(Modularer E-Antriebs-Baukasten)と呼ばれる共通プラットフォームを使った「ID」シリーズ第1弾だ(ID=Intelligent Design)。 「ID.3」は2019年9月のフランクフルト・モーターショーで発表され、1年後の2020年9月からドイツ国内で販売開始。人気は上々で、前述のようにわずか3カ月で約5万7000台を販売し、世界電動車年間販売台数ランキング第6位に入った。 ヨーロッパだけなら、テスラ「モデル3」を3割以上引き離し、2020年12月の月間販売台数トップに立った。 バッテリー容量は、「Pro S」バージョンで77kWh(ネット)、航続距離はWLTP基準で550kmという。最も厳しいEPA基準だと490kmぐらいのはずだ。 VWは続いて「ID」シリーズ第2弾となるSUVタイプの「ID.4」を発表。こちらも「ID.3」と同じくMEBプラットフォームを採用している。 「ID.3」は主としてヨーロッパ市場向けだが、「ID.4」はアメリカと中国市場も重視しており、両国での現地生産も計画されている。 こちらも動きは素早く、ヨーロッパでは2020年末から納車開始。アメリカには、2021年3月に第1便が到着した。 「ID.4」にはいくつかのバージョンが用意されているが、最初に発売されたRWDタイプのヨーロッパ向けは、モーター出力146馬力と、168馬力でバッテリー容量52kWh、201馬力で77kWhの合計3バージョンがある』、「「ID」シリーズ」はフル・ラインナップに近いようで、驚いた。
・『「低馬力」こそEVの実力が発揮される モーター・ジャーナリスト達からは、「201馬力では物足りない」という声も聞こえてくる。だが、筆者の考えは全く逆で、むしろ、146馬力、168馬力くらいの比較的安価なラインにEVを投入する点に、VWの意気込みを感じている。 EVでは400~500馬力の車は珍しくないし、今後は1000馬力のEVも複数モデル発売される予定だ。 しかし、それは、EVの魅力をアピールするための行き過ぎた馬力競争であり、必要性に基づくものではない。 実際、146馬力、168馬力と言えば、このクラスのガソリン車としても普通の馬力であり、実用上は問題ないはずだ。 むしろこの程度の比較的低馬力の車でこそEVは実力を発揮する。モーターは低回転域で強いトルクを発揮するので、数字上は低馬力でもキビキビとした走りを実現できる。おそらく日常の足としては十分なはずだ』、「モーターは低回転域で強いトルクを発揮するので、数字上は低馬力でもキビキビとした走りを実現できる」、なるほど。
・『自前のバッテリー生産工場も建てる本気ぶり もちろん、低馬力の車は価格も安い。この比較的安く手に入る「普段着感覚のEV」でこそ、名車「ビートル」以来の、VWの強みが発揮されるだろう。 「ID.4」の出足は予想通り順調だ。2021年1月~5月までに2万6000台余りを売り上げ、世界の電動車販売ランキングで4位につけている。 6位には「ID.3」が入っているので、VWのEV戦略は的中したと言える。VWは今後一番小さい「ID.1」から最大型の「ID.9」までラインナップすると見られている。 VWの本気度はバッテリーへの注力ぶりからも感じ取れる。 VWは全固体電池を開発するアメリカのベンチャー、クアンタムスケープ(QS)に300億円を出資。経営幹部も、「30年までにVWグループの車両の80%にソリッドステートバッテリー(全固体電池)を使う予定」などと発表している。 加えて、2030年までにVW独自の6つのバッテリー生産用ギガファクトリーを建設するという。 「6工場合わせて年産240GWhを目指す」とのことだが、EV1台当たり100kWhずつ搭載したとしても240万台分、50kWh搭載なら480万台分にも相当する。 自前で電池工場を持ち、バッテリーの技術や生産規模を管理しようというVWの強い意気込みが感じられる』、「自前で電池工場を持ち、バッテリーの技術や生産規模を管理しようというVWの強い意気込みが感じられる」、その通りだ。
・『火力発電で走るEVはエコではない? 「EV化で車のCO2排出をゼロにしても、火力発電の電力で走っていればCO2削減にならない」という意見があるが、これはその通りだ。 国内のCO2全排出量のなかで、自動車が占める割合は約16%。一方、最も排出量が多いのは発電部門で、40%以上を占めている。 したがって、自動車と並行して発電のゼロエミッション化も同時に進めねばならない。 日本の総発電量に占める比率を見ると、原子力発電は福島第一原発事故の影響で約3%に落ちている。その分火力発電が増え、80%を超えている。一方、水力を含む再エネは10%を少し超える程度だ。 しかも、日本は火力発電に占める石炭の比率が大きく、世界から非難を浴びている。2021年11月に開催されたCOP26で、日本は化石賞(Fossil Award)を受賞した』、「COP26で、日本は化石賞・・・を受賞」、とは国際的な恥辱だ。
・『「電源の問題は政府の仕事」という姿勢はダメ 化石賞とは、温暖化対策に後ろ向きな国に皮肉を込めて与えられる不名誉な賞であり、日本は前回(COP25)に続く2大会連続の受賞となった。 EVの普及だけでCO2の削減は達成されない。EV化は再エネ発電の増加とセットで考える必要がある。 日本において再エネ活用の中心になりうるのは太陽光だ。幸い、太陽光発電は2012年のFIT導入以来順調に伸びてきている。そのお陰で、2030年には水力を加えた再エネ比率は30%を超えそうだが、今我々はこれを何とか40%まで引き上げようと努力しているところだ。 自動車メーカーも、この動きと連動する必要がある。ガソリン車やHVにこだわり続けるのは、経営戦略上不利である以上に、温暖化対策に後ろ向きだと、世界から批判されかねない。 「我々は自動車メーカーであり、電源の問題は政府が考えること」という姿勢ではなく、自ら再エネ発電に乗り出すぐらいの気概を見せてほしい。われわれが彼らから聞きたいのは「EV用の電力は任せてくれ」という強い決意だ』、「自動車メーカー」から、「「EV用の電力は任せてくれ」という強い決意だ」が聞けるようになることは残念ながら当分、ないだろう。
先ずは、本年2月2日付けJBPressが掲載した自動車ジャーナリストの井元 康一郎氏による「ソニーの「いまさらEV参入」に自動車業界が身構える理由 事業の成否は「自動運転の先」のモビリティ像をどう示せるかに」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68687
・『アメリカのラスベガスで年に一度開催される世界最大級の家電見本市、CES。近年は自動車メーカーも積極的に出展しているが、今年(2022年)1月のCES2022において自動車分野でとりわけ注目を浴びたのはソニーだった』、興味深そうだ。
・『真の狙いは「技術のプラットフォーマー」になること ブースに登場したのはバッテリー式電気自動車(BEV)のフルサイズSUV「VISION-S 02」。全幅1.9m以上という堂々たる体躯、流麗な外装デザイン、2基の電気モーターの合計出力400kW(544ps)という強大なパワー、上質な内装、前席のダッシュボードや前席のシートバックに所狭しと並べられた液晶ディスプレイ等々、完全に高級車マーケットを意識した仕立てである。 見目麗しさやハイテクを盛り込んだコンセプトカーというだけならインパクトはそれほど大きくはない。ソニーは2年前のCES2020でもセダン型の高級BEVのコンセプトカー「VISION-S」を発表している。当時、ソニーは新時代のモビリティを考えるためのスタディであり、市販する予定はないとしていた。だが、今回は違った。新会社、ソニーモビリティを設立し、完成車の販売を含めた自動車ビジネス参入の検討に入ると宣言したのだ。 今日、BEVブームは高まる一方だが、世界はすでに企業間競争のフェーズに突入している。今後数年のあいだに世界中のメーカーが新商品を多数投入する見通しで、早くも過当競争の様相すら呈しはじめている。 完成車ビジネスについての経験がゼロも同然のソニーがこの時機に自動車分野に本格参入するのは一見“火中の栗を拾う”の類であるようにも思えるが、果たして成算はあるのだろうか。 「あくまで個人的な印象ですが、私はソニーが自動車分野に参入というニュースを見て新たな黒船が来たと思いました」 自動車部品世界大手メーカーの技術系幹部は語る。そして、こう続ける。 「自動車業界はCASE(コネクティビティ、自動運転、シェアリング、電動化)の4技術でモビリティの形態が変わる、いわゆる百年に一度の変革の真っ只中にありますが、4分野のなかで技術革新やビジネス展開のロードマップが本当に明確になっているのは一番利益が薄い電動化だけ。残りの3分野はこの先どうなるのか見通しが立っていませんが、ここはどれもサービスと直結するもので、非常に大きな利益率が期待できます。 ソニーのコンセプトカーはBEVですが、今の時代に新たに立ち上げるのであればそれは当然のこと。狙いはBEVメーカーになることではなく、残りの3分野を実現させる技術のプラットフォーマーになることだと想像します」』、「ソニーの」「狙いはBEVメーカーになることではなく、残りの3分野を実現させる技術のプラットフォーマーになることだと想像」、なるほど
・『ライバルはアップル、グーグル、マイクロソフト VISION-S、VISION-S 02の両コンセプトカーは今日、環境サスティナビリティで持てはやされているBEVだ。しかし、ソニーの吉田憲一郎会長兼社長はプレゼンにおいて、環境ソリューションとしてのクルマづくりという点にはほとんど言及していない。強調しているのはソニーご自慢のセンシング技術を用いた自動運転の実現へのトライ、クルマのオンラインアップデート、そしてクルマという移動空間のエンターテインメント性の革命──の3点。それを統括する言葉として「モビリティを再定義する」と語っている。 この考え方は、実はBEVの世界最大手であるアメリカのテスラときわめて似たものだ。違うのは、テスラは車体からサービスまでを一貫して自社で手がけているのに対し、ソニーはクルマづくり自体は前出のエンジニアのコメントにもあった通り、マグナ・シュタイヤーにアウトソーシングしていることだ。 マグナ・シュタイヤーはすでに世界の自動車ブランドの高級車や高性能車の生産で大きな実績を持っており、受託開発の能力も折り紙付き。ソニーがこの先、市販車ビジネスのフェーズに進めたとしても、クルマの実車開発や生産はこうしたパートナーシップでまかなうことだろう。 マグナ・シュタイヤーのようなメーカーにとっては実車の生産は利益になるが、ソニーにとっては大規模な装置産業である自動車の工場を自前で作って利益の薄い車体を手がける意味はほとんどないからだ。 テスラはこのところ利益率をぐんぐん上げているが、自動車メーカーでコスト分析を手がけたことがあるエンジニアは、 「テスラも車体そのものについては薄利とみています。大きな利益が出始めているのは自動運転、性能を向上させるアップデートなどにユーザーが高い金額を支払うという状況を作り出せているからでしょう。もちろんユーザーの平均年収が非常に高いからこそ為せるワザで、うらやましくはありますが」 という見方を示す。ソニーはテスラのビジネスのうち、美味しい部分を自社でやろうとしているようなものだ。自動車業界におけるライバルは自動車メーカーではなく、アップル、グーグル、マイクロソフトなどのメガプラットフォーマーと言える。 自動車メーカーや部品メーカーはただでさえ、これらのプラットフォーマーが仕掛けてくる自動運転、コネクティビティなどの攻勢に手を焼いている。画像センシングや通信について高い技術力を持ち、エンターテインメント分野で世界的なシェアを持つソニーが割って入ってきた日には、さらに難敵が増えることになる』、「テスラも車体そのものについては薄利とみています。大きな利益が出始めているのは自動運転、性能を向上させるアップデートなどにユーザーが高い金額を支払うという状況を作り出せているからでしょう」、なるほど。
・『「面白そうだからやってみる」社風の復活 だが、ここで疑問が起こる。自動運転にせよコネクティビティにせよ、後発のソニーがメガプラットフォーマーと張り合うことなど、果たして可能なのだろうか。前出の部品メーカーのエンジニアは言う。 「もちろん簡単ではないと思います。ソニーにとっては苦難の道に足を踏み入れるようなものでしょう。カギを握るのはマグナ・シュタイヤーと共同で市販車ビジネスをやるというところまで実際に行けるかどうか。実際に自動運転ができるクルマを作れるのと、自動運転に必要な要素技術を売るのとでは、ビジネスの意味合いがまるで異なる。プラットフォーマーを狙うならもちろん前者です」 もし実現できればソニーに巨額の利益をもたらす可能性があるが、できなかったら時間と資金の無駄になりそうな難技術。そこにあえて手を出してきたのは、ソニーがここ10年ほど進めてきた事業改革と無縁ではないだろう。 リーマンショックと東日本大震災という2つの大波に襲われたとき、ソニーの経営状態はきわめて悪かった。2012年、ハワード・ストリンガー氏の後を受けてソニーのトップとなった前社長の平井一夫氏は、業績の立て直しと並行してかつてのソニーの“面白そうだからやってみる”という社風の復活を試みた。 ソニーを凋落させたと極めて評判が悪かったストリンガー社長時代も、研究所レベルでは実は生体燃料電池など、独創的なことを継続的にやっていたのだが、平井氏がトップになって変わったのは外に広く人材を求めた点だった。人材がバラエティ豊かになると、社内でシナジー効果が生まれやすくなる。このところソニーが異なる分野の中間に立つような技術や商品を出すようになったのは、その成果とみていい。 現社長の吉田氏は財務畑を歩んできた人材だが、氏を知る人物によれば、利益に非常に貪欲なのが特徴だという。 「吉田さんが嫌がるもののひとつに、後で“あれをやっておけば今頃は”と後悔するということがあります。今の自分に何ができるかを考える前に、こういうものを作れれば世の中を変えられるんじゃないかというものをイメージして、それを実現するにはどうしたらいいかは後で考える。 私はセンシングや人工知能とは違う分野にいるので内情はわかりませんが、多分自動運転やエンターテインメントなどを別個のものと考えていないのではないかと思います。それらを統合したらどういうふうな楽しみができるのか。モビリティの再定義というからには、そういう無茶を模索してくんじゃないかなと」(ソニー関係者)』、「研究所レベルでは実は生体燃料電池など、独創的なことを継続的にやっていたのだが、平井氏がトップになって変わったのは外に広く人材を求めた点だった。人材がバラエティ豊かになると、社内でシナジー効果が生まれやすくなる。このところソニーが異なる分野の中間に立つような技術や商品を出すようになったのは、その成果とみていい」、「独創的なことを継続的にやっていた」とはさすが「ソニー」だ。
・『ソニーはメガプラットフォーマーの脅威となるか? 自動運転をどれだけ早く実現できるかという競争だけを考えるのであれば、先行企業を追いかけるようなタイミングで自動車に参入はすまい。ソニーは自動運転の実現はゴールではなく、そこが起点になるとみているのだろう。自動運転技術を使って移動を今までに体験したことのないような素晴らしいものにするシステムを作り上げられれば、ソニーの技術はたしかに高利益を生むプラットフォームになり得る。吉田社長の目指すところだ。 ただし、本当に素晴らしいものを作るには、移動とは何ぞやということについてのイマジネーションの広さと深さが求められる。 もし自動運転で手持ち無沙汰になったぶん、車内でゲームをしたり映画を見たりできますという程度なら、メガプラットフォーマーはもちろん既存のメーカーの脅威にもならない。その意味でも今後ソニーがどのようなアイデアを世の中に披露するか、目が離せないところだ』、「ソニーは自動運転の実現はゴールではなく、そこが起点になるとみているのだろう。自動運転技術を使って移動を今までに体験したことのないような素晴らしいものにするシステムを作り上げられれば、ソニーの技術はたしかに高利益を生むプラットフォームになり得る」、確かに「今後ソニーがどのようなアイデアを世の中に披露するか、目が離せない」。
に、2月7日付けPRESIDENT BOOKSが掲載した元東京大学特任教授、環境経営コンサルタントの村沢 義久氏による「「このままでは日本車は消滅する」和製EVが海外では検討すらされないという現実を見よ 日本メーカーだけが出遅れている」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54373
・『電気自動車(EV)を世界に先駆けて発売したのは、三菱や日産という日本の自動車メーカーだった。ところが、現在のEV市場で日本勢の存在感はほとんどない。元東京大学特任教授の村沢義久さんは「このままでは日本車は消滅してしまう」という――。 ※本稿は、村沢義久『日本車敗北 「EV戦争」の衝撃』(プレジデント社)の一部を再編集したものです』、「EVを世界に先駆けて発売したのは、三菱や日産という日本の自動車メーカー」、すっかり忘れていたのを思い出させてくれた。
・『「i-MiEV」と「リーフ」で世界をリードした勢いはどこへ 日本市場における電動車の新車販売比率は、PHVを入れても1%にも満たない状況だ。 2009年に三菱が「i-MiEV」を、2010年に日産が「リーフ」を発売して一時は世界をリードしながら、日本は今やEV後進国になりつつある。 一方、世界の自動車メーカーはEVシフトを進めている。2020年におけるヨーロッパと中国における電動車(EV+PHV)の新車販売シェアはそれぞれ7%と5%に達した。 世界全体でも3%を超え、EVはいよいよ本格普及期に入った。その中で日本メーカーだけが置き去りにされつつある』、「日本メーカーだけが置き去りにされつつある」、部品メーカーへの悪影響を考慮して、わざとゆっくりさせている面もあるのに、いささかオーバーだ。
・『「恐竜企業」の進化が続々と始まった テスラが「ロードスター」を発売してEV時代の幕開けを宣言したのが2008年。それから現在までの12年間、日本メーカーに限らず、既存の大手自動車メーカーの動きは鈍かった。 一時は、日産「リーフ」がトップグループに入り健闘したが、2020年には年間販売台数が前年比で20%も低下した。世界ランキングでも2019年の3位から、2020年には7位まで下がっている。他の大手メーカーはもっと消極的で、EVをほとんど無視したままだった。 潮目が変わったのは2020年秋のことだ。急成長するテスラ、NIO等に対抗して、フォルクスワーゲン(VW)が9月に純粋EV「ID.3」を発売。VWは、わずか3カ月で5万7000台の「ID.3」を売り、メーカー別ランキングでテスラに次ぐ2位の座にまで上がった。 既存の大手自動車メーカーがEV化に本腰を入れ始めた。いわば「恐竜企業の哺乳類化」が始まったのである。 VWから続いて発売された「ID.4」も出足好調だ。アメリカ市場には2021年3月半ばに第1便が到着。さっそく早期購入者からの高評価が聞こえ始めている。 革命の火は大西洋を越えてアメリカにも広がった。一時は衰退企業の代表のように見られていたGM(ゼネラルモーターズ)だが、2021年1月末に内燃機関車廃止に向けた野心的な方針を発表し、評価が急上昇している。GMは、2020年代の半ばまでにEVを30車種投入し、ガソリン車、ディーゼル車を2035年までに廃止するというからただごとではない』、「既存の大手自動車メーカーがEV化に本腰を入れ始めた。いわば「恐竜企業の哺乳類化」が始まった」、「恐竜企業の哺乳類化」とは言い得て妙だ。
・『「日本で売れるかわからない」は間違っている 日本では、いまだに「EVだけが電動車ではない」「HVの方が現実的だ」などと言われることがある。 だが、そんなのんきな議論が交わされているのは、日本が電動車(EV+PHV)の普及率わずか1%程度の「ガラパゴス」であり、外の世界を知らないからだ。 「世界で受け入れられても、日本で売れるかどうかわからない」という意見もあるかもしれない。だが、それは間違っている。 日系メーカーの年間総生産台数は国内、海外合わせて2千数百万台だが、そのうち国内販売台数は500万台程度。世界で売れなくなれば日本車は滅びる。 むしろ、EVが日本で売れなくても、世界で売れるなら、日本車メーカーはEVに舵を切るしかない。 躊躇ちゅうちょする日本メーカーを尻目に、素早く変身しようとしているのが、VW、GM、フォードなど世界の自動車メーカーだ。 中でもVWの動きはGM、フォードを凌ぐ激しさだ。 まずは、2021年3月15日、オンラインで開催した「Power Day」の会見の場で、バッテリーへの注力と製造工場の大増設計画を発表した。 続いて6月28日には、2033年から2035年までにヨーロッパで内燃機関車から撤退し、しばらく遅れて米国と中国でも撤退するという目標を発表している。 VWの意気込みは、矢継ぎ早にEVを投入していることからも明らかだ』、「VW」の「中国」での生産・販売などは外資系のなかでは群を抜いたNO.1だ。
・『欧州圏で「テスラ超え」したVWの快進撃 コンパクトSUVタイプの「ID.3」は、EV専用に開発されたMEB(Modularer E-Antriebs-Baukasten)と呼ばれる共通プラットフォームを使った「ID」シリーズ第1弾だ(ID=Intelligent Design)。 「ID.3」は2019年9月のフランクフルト・モーターショーで発表され、1年後の2020年9月からドイツ国内で販売開始。人気は上々で、前述のようにわずか3カ月で約5万7000台を販売し、世界電動車年間販売台数ランキング第6位に入った。 ヨーロッパだけなら、テスラ「モデル3」を3割以上引き離し、2020年12月の月間販売台数トップに立った。 バッテリー容量は、「Pro S」バージョンで77kWh(ネット)、航続距離はWLTP基準で550kmという。最も厳しいEPA基準だと490kmぐらいのはずだ。 VWは続いて「ID」シリーズ第2弾となるSUVタイプの「ID.4」を発表。こちらも「ID.3」と同じくMEBプラットフォームを採用している。 「ID.3」は主としてヨーロッパ市場向けだが、「ID.4」はアメリカと中国市場も重視しており、両国での現地生産も計画されている。 こちらも動きは素早く、ヨーロッパでは2020年末から納車開始。アメリカには、2021年3月に第1便が到着した。 「ID.4」にはいくつかのバージョンが用意されているが、最初に発売されたRWDタイプのヨーロッパ向けは、モーター出力146馬力と、168馬力でバッテリー容量52kWh、201馬力で77kWhの合計3バージョンがある』、「「ID」シリーズ」はフル・ラインナップに近いようで、驚いた。
・『「低馬力」こそEVの実力が発揮される モーター・ジャーナリスト達からは、「201馬力では物足りない」という声も聞こえてくる。だが、筆者の考えは全く逆で、むしろ、146馬力、168馬力くらいの比較的安価なラインにEVを投入する点に、VWの意気込みを感じている。 EVでは400~500馬力の車は珍しくないし、今後は1000馬力のEVも複数モデル発売される予定だ。 しかし、それは、EVの魅力をアピールするための行き過ぎた馬力競争であり、必要性に基づくものではない。 実際、146馬力、168馬力と言えば、このクラスのガソリン車としても普通の馬力であり、実用上は問題ないはずだ。 むしろこの程度の比較的低馬力の車でこそEVは実力を発揮する。モーターは低回転域で強いトルクを発揮するので、数字上は低馬力でもキビキビとした走りを実現できる。おそらく日常の足としては十分なはずだ』、「モーターは低回転域で強いトルクを発揮するので、数字上は低馬力でもキビキビとした走りを実現できる」、なるほど。
・『自前のバッテリー生産工場も建てる本気ぶり もちろん、低馬力の車は価格も安い。この比較的安く手に入る「普段着感覚のEV」でこそ、名車「ビートル」以来の、VWの強みが発揮されるだろう。 「ID.4」の出足は予想通り順調だ。2021年1月~5月までに2万6000台余りを売り上げ、世界の電動車販売ランキングで4位につけている。 6位には「ID.3」が入っているので、VWのEV戦略は的中したと言える。VWは今後一番小さい「ID.1」から最大型の「ID.9」までラインナップすると見られている。 VWの本気度はバッテリーへの注力ぶりからも感じ取れる。 VWは全固体電池を開発するアメリカのベンチャー、クアンタムスケープ(QS)に300億円を出資。経営幹部も、「30年までにVWグループの車両の80%にソリッドステートバッテリー(全固体電池)を使う予定」などと発表している。 加えて、2030年までにVW独自の6つのバッテリー生産用ギガファクトリーを建設するという。 「6工場合わせて年産240GWhを目指す」とのことだが、EV1台当たり100kWhずつ搭載したとしても240万台分、50kWh搭載なら480万台分にも相当する。 自前で電池工場を持ち、バッテリーの技術や生産規模を管理しようというVWの強い意気込みが感じられる』、「自前で電池工場を持ち、バッテリーの技術や生産規模を管理しようというVWの強い意気込みが感じられる」、その通りだ。
・『火力発電で走るEVはエコではない? 「EV化で車のCO2排出をゼロにしても、火力発電の電力で走っていればCO2削減にならない」という意見があるが、これはその通りだ。 国内のCO2全排出量のなかで、自動車が占める割合は約16%。一方、最も排出量が多いのは発電部門で、40%以上を占めている。 したがって、自動車と並行して発電のゼロエミッション化も同時に進めねばならない。 日本の総発電量に占める比率を見ると、原子力発電は福島第一原発事故の影響で約3%に落ちている。その分火力発電が増え、80%を超えている。一方、水力を含む再エネは10%を少し超える程度だ。 しかも、日本は火力発電に占める石炭の比率が大きく、世界から非難を浴びている。2021年11月に開催されたCOP26で、日本は化石賞(Fossil Award)を受賞した』、「COP26で、日本は化石賞・・・を受賞」、とは国際的な恥辱だ。
・『「電源の問題は政府の仕事」という姿勢はダメ 化石賞とは、温暖化対策に後ろ向きな国に皮肉を込めて与えられる不名誉な賞であり、日本は前回(COP25)に続く2大会連続の受賞となった。 EVの普及だけでCO2の削減は達成されない。EV化は再エネ発電の増加とセットで考える必要がある。 日本において再エネ活用の中心になりうるのは太陽光だ。幸い、太陽光発電は2012年のFIT導入以来順調に伸びてきている。そのお陰で、2030年には水力を加えた再エネ比率は30%を超えそうだが、今我々はこれを何とか40%まで引き上げようと努力しているところだ。 自動車メーカーも、この動きと連動する必要がある。ガソリン車やHVにこだわり続けるのは、経営戦略上不利である以上に、温暖化対策に後ろ向きだと、世界から批判されかねない。 「我々は自動車メーカーであり、電源の問題は政府が考えること」という姿勢ではなく、自ら再エネ発電に乗り出すぐらいの気概を見せてほしい。われわれが彼らから聞きたいのは「EV用の電力は任せてくれ」という強い決意だ』、「自動車メーカー」から、「「EV用の電力は任せてくれ」という強い決意だ」が聞けるようになることは残念ながら当分、ないだろう。
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不正会計(東芝以外)(その3)(「パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか(DOLより)」、「粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」 コロナ禍で増える問題企業(Yahooより)」、「滝川クリステルのCM」で知られる企業が 粉飾決算で上場廃止の危機!) [企業経営]
不正会計(東芝以外)については、2019年4月26日に取上げた。久しぶりの今日は、(その3)(「パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか(DOLより)」、「粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」 コロナ禍で増える問題企業(Yahooより)」、「滝川クリステルのCM」で知られる企業が 粉飾決算で上場廃止の危機!)である。
先ずは、昨年7月29日付け会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)「「パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか(DOLより)」を紹介しよう。これを報道したダイヤモンド・オンライン記事は有料会員限定のため、それを引用した「会計ニュース・コレクター」で代わりに紹介するものである。
https://ivory.ap.teacup.com/kaikeinews/17201.html
・『パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか 「薮塚木材工業」という遊技機器のキャビネットなどを製造していた群馬県の会社とその親会社「K.テクニカ」の倒産について取り上げた記事。負債額は単純合算で30億円とのことです。 2016年から粉飾決算をやっていたそうです。 「申立書によれば、薮塚とK.テクニカの代表を兼務するA氏は2016年2月に薮塚の社長に就任した直後から売り上げや預貯金を多く見せかける粉飾決算を始め、その決算書を使って昨年10月までに2社で12行から約23億円を借り入れた(薮塚につき12行18億円、K.テクニカにつき8行5億4000万円)という。」 粉飾決算・不正資金流出について(外部から?)指摘があり、昨年10月頃には粉飾が金融機関にばれてしまったそうです。 そこで、私的整理を目指すバンクミーティングが開催されました。 「薮塚はメインバンクのしののめ信金などの指導の下、中小企業再生支援協議会の二次対応による私的整理手続きを目指し、昨年12月7日にバンクミーティング(BKMTG)を開催。まずはしののめ信金推薦の会計士、税理士によるデューデリジェンスを行い、実態ベースの決算を21年4月中に行うとして、今年5月末までの返済リスケジュールを各金融機関に依頼した。」 ところが、その前後に、一部金融機関に対する、代金取り立て手形の預け入れ、社長名義預金の担保差し入れ、売掛債権担保設定など、債権者平等に反する行為があり、一部に法的手続きを求める動きも出てきたそうです。会社側は、代理人弁護士を選任し、さらなるリスケを交渉します。 その一方で、会社側は、不透明な取引をやっていたようです。 「実はA社長は昨年11月以降、金融機関から新規借り入れができなくなる一方で、木材仕入れ先のY社との間で売り上げを多く見せかけるための循環取引を行っていたため、その決済資金不足などを補う必要が生じ、ファクタリング業者に対し、架空の売掛債権または金額を水増しした請求書を作成するなどして売掛債権譲渡(ファクタリング取引)を行うようになった。このファクタリング取引は順次拡大し、今年5月時点で4社につき3億2000万円まで拡大したという。」 このY社から取引がストップされ、資金繰りに行き詰まってしまったようです。 Y社との取引はどのようなものだったのか... 「Y社が巻き込まれるきっかけは18年9月。A社長から頼まれ、資金繰りを助けるためにY社がK.テクニカの在庫をいったん買い上げ、薮塚が遊技機器メーカーに販売した段階でY社が薮塚に売るという商流に加わった。もちろん架空取引とは知らなかったという。」 「もともとの商流は「K.テクニカ」→「薮塚」→「遊技機器メーカー」となっていたものが、K.テクニカと薮塚の間にY社が入り、「K.テクニカ」→「Y社」→「薮塚」→「遊技機器メーカー」となったわけだ。これによりK.テクニカは在庫をすぐに資金化できるため、グループの資金繰りが楽になる。もちろんY社は物流には関与せず、伝票と資金だけが動く。 Y社は当初5000万円程度の買い取り枠から始めたが、安定的にマージンが得られることから最終的に1億4000万円まで枠を拡大していたという。ところが、実際はモノが存在せず、カネだけが「Y社」→「K.テクニカ」→「薮塚」→「Y社」と循環していた。そのたびにマージンが乗るからやがて行き詰まるのは必然だ(Y社は結果的に支払い済みの1億4000万円を含め多額の損害を被った)。」 在庫が実在していたとしても、親会社も含めたグループ全体で見れば、買い戻し条件付きの販売ですから、売上には計上できない取引だったかもしれません。品物がない架空取引であれば、なおさらです。 ファクタリング会社もだまされていたことになります。 「結局、薮塚はファクタリング業者4社のうち3社への支払いを滞らせることとなったという。そのため、ファクタリング業者が売掛先のX社など合計4社に対し確認したところ、3社については債権の不存在を、残る1社については薮塚にてすでに債権を回収したことを確認したとし、詐欺および横領であるとして第三債務者(X社など)に対して債権譲渡通知を6月2日、3日に順次発したという。」(X社は最大の得意先) 得意先であるX社からも見放されます。支給部材を回収され、取引停止になってしまいました。 代理人弁護士も、直前まで実態を知らされていなかったそうです。 「6月12日に代理人が打ち合わせのために薮塚の本社に向かう車中にA社長から真実を告白するメールがあり、同日から至急破産申し立ての準備を進めることになり、2日後東京地裁への申し立てに及んだものである。」 「要するに粉飾発覚後、融資ストップを受け、循環取引を維持するための架空債権ファクタリングという新たな不正(銀行、代理人弁護士への虚偽説明を含む)がスタート、その間銀行団の足並みも乱れ、最後は主要得意先の喪失で万事休す、となったわけだ。」 経営不振会社の経営者がやってはいけないことを、かたっぱしからやっていたということのようです』、「実際はモノが存在せず、カネだけが「Y社」→「K.テクニカ」→「薮塚」→「Y社」と循環していた。そのたびにマージンが乗るからやがて行き詰まるのは必然だ(Y社は結果的に支払い済みの1億4000万円を含め多額の損害を被った)」、[
経営不振会社の経営者がやってはいけないことを、かたっぱしからやっていたということのようです」、ヤレヤレ・・・。
次に、10月23日付け会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)「「粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」、コロナ禍で増える問題企業(Yahooより)」を紹介しよう。
https://ivory.ap.teacup.com/kaikeinews/17534.html
・『不正経理 粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」、コロナ禍で増える問題企業(DOL配信):この記事も第一の記事と同様に、ダイヤモンド・オンラインに掲載されたが、有料限定なので、それを引用している記事を代わりに紹介する。 UNITHINXというインド関連の事業をしていた会社の倒産を取り上げた記事。新型コロナ倒産のように見えましたが、それだけではなかったそうです。 インドビールなどの輸入販売やインド料理店を経営していたUNITHINX(東京都品川区)が7月29日、負債約17億円を抱えて東京地裁から破産開始決定を受けた。 同社は2004年12月に設立され、インド貿易で業績を伸ばしていたが、コロナ禍で様相が一変した。2018年4月期の売上高は11億9288万円と順調に伸ばしていたところに、新型コロナ感染拡大が襲い掛かった。得意先の飲食店が休業や時短営業に追い込まれ、アルコール飲料が急減。インターネット通販サイトの販売を強化したが、業績は回復しなかった。」 金融機関が預金取引を調べたところ、あやしいカネの動きを見つけたそうです。 「UNITHINXも2020年4月期決算の作成が遅れ、金融機関など関係先へ期限通りに提出できなかった。この時点では提出遅れ自体は特に問題視されず、金融機関でも与信判断に変化はなかった。 ただこの間、金融機関は漫然と待っていたわけでない。決算書提出が遅れた企業の過年度決算の見直しを進めており、UNITHINXの取引行も例外ではなかった。 その見直しの中で、ある金融機関が預金残高の不自然な動きに着目した。調べを進めていくと、取引先からの入金のはずがUNITHINXの別の取引行から振り込まれていたケースも判明した。 遅れて提出された2020年4月期の決算書は、前年13億円以上あった売上高が、9億円に急減し、営業利益や経常利益、最終利益はそろって1億円を超える大幅赤字という惨状だった。」 金融機関には、それぞれ(科目)明細書がバラバラな決算書が提出されていたようです。 「取材を進める中で、複数の関係先に提出された2020年4月期の決算書を入手した。貸借対照表・損益計算書・株主変動計算書は、各提出先とも同じものだった。ところが、附属明細書の預金と借入金明細はまったく異なっていた。 金融機関Aに出された附属明細書では、A・B・C・D・E……と取引金融機関名が記載されているが、金融機関BではB・C・D・E……と続き、金融機関Aの名前がない。別の金融機関でも、金融機関AやBに提出された明細表にない金融機関の名前が記載されていた。 結局、複数の決算書を見ると、同一の明細書は何ひとつ確認できない。ただ、預金と借入金のそれぞれの合計金額はどれも同じ。突き合わせると明らかに信ぴょう性を欠く決算書だった。」 取引している金融機関の数がものすごく多かったそうです。借入金の残高も急増していました。 「中小企業の場合、金融機関との取引は普通3~5行程度だ。多くの金融機関と取引をすれば、社内の事務手続きは非効率で仕方がない。 ところがUNITHINXの取引金融機関は、約20行あった。しかも、都内の金融機関だけでなく、中部や四国などの地方銀行・第二地銀の名前がズラリと並ぶ。コロナ資金もこうした金融機関を窓口に調達していた。 UNITHINXは2019年4月期まで順調に業績を伸ばし、金融機関からの借入金は2019年4月期の約6億円から、2020年同期は約2.6倍に急増した。その裏には実権者のX氏の動きが関わっている。」 記事で粉飾決算といっているのは、普通の意味とはちょっと違って、他の金融機関からの借入資金を、営業上の入金であるかのように金融機関をだましていたということを指しているようです。 そのような資金操作は見抜かれてしまいましたが、それとは別にBSの資産側で問題が発覚しました。 「UNITHINXは2020年4月期で、金融機関から預金・借入金の操作を見抜かれた。それとは別に、貸借対照表に計上された4億円以上の仮払金も違和感を放っていた。... 2020年4月期の決算書で仮払金の金額が大きかったため、金融機関がX氏に説明を求めると、インドのアイドルグループに投資したことを明らかにした。関係者によると、このアイドルグループは今後活動を開始する予定で、インドの大手財閥グループともつながりがあり、投資は心配ないとX氏は説明していたという。」 この仮払金については、仮払金という科目での表示が正しいかどうかは別として、それだけで粉飾とはいえないでしょう、もちろん中身は精査して資産性があるのか判断する必要があり、また、銀行をだましていたとすれば大問題ですが...。』、「取引金融機関は、約20行」、と中小企業にしては異例の多さだ。「都内の金融機関だけでなく、中部や四国などの地方銀行・第二地銀の名前がズラリと並ぶ」、順調な時は優良企業で金融機関は先を競って取引したのだろう。「インドのアイドルグループに投資」、には笑いを禁じ得なかった。
第三に、第三に、1月26日付けYahooニュースが転載したダイヤモンド・オンライン、東京経済東京支社長の井出豪彦氏による「「滝川クリステルのCM」で知られる企業が、粉飾決算で上場廃止の危機!」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/247347ff325cb9e0a5f7767c75cdf97a51b6ae63?page=1
・『東証1部上場企業で、機械メーカーやソフトウエア開発会社などに向けて、各種操作マニュアルや運用マニュアルなどの作成支援を行うグレイステクノロジーで、とんだ粉飾決算が発覚し、上場廃止の危機に追い込まれている。その内幕を明らかにする』、「CM」はよく覚えている。
・『● 滝川クリステルのCMで知られる企業が 粉飾決算で上場廃止の危機 グレイステクノロジー(東京都港区)といえば、一時、滝川クリステル氏を起用したテレビCMが流れていたことを記憶している人もいるかもしれない。機械メーカーやソフトウエア開発会社などを顧客に、各種操作マニュアル、運用マニュアルなどの作成支援を行う東証1部上場企業であるが、とんだ粉飾決算が発覚し、上場廃止の危機に追い込まれている。 上場廃止か維持か、今月27日に結論が出る見通しだが、本社オフィスはコロナ対策を理由に閉鎖(冒頭写真)されており、取引先の不安は募っている。 グレイステクノロジーは昨年11月、外部からの指摘で不正会計の疑いが浮上したとして、昨年4~9月期決算の発表を延期した。 併せて外部の弁護士や会計士を委員とする「特別調査委員会」を設置したが、その時点のリリースでは、不正会計は2017年3月期から行われていた可能性があるとの認識だった。21年8月には有望株として東証と日経新聞が共同で算出する「JPX日経中小型株指数」の構成銘柄に選ばれたばかりだったが、当然株価は急落した。 関東財務局への四半期報告書の提出期限を今年1月17日まで延長し、特別調査委員会が調査を進めてきたが、1月14日になって、17日の期限までに四半期報告書を提出するのは不可能になったと開示した。同委員会はもともと架空売り上げの計上について調査を進めてきたが、新たにリース取引でも疑わしい取引が発覚したこともあり、まだ調査が終わらないという。 それでも現時点までにわかったこととして、同委員会からは、(1)架空売り上げを計上し、その架空取引に係る売掛金を当社役職員の自己資金を用いて仮装入金等していたこと、(2)売り上げの前倒し計上をしていたこと、(3)利益操作目的で架空外注費を計上していたこと、(4)前記(1)ないし(3)を実現する手段とし偽装工作をしている状況が多数発見された、との報告があったという』、東証から四半期報告書を提出できなかったので、1月27日付けで整理銘柄に指定され、1カ月後に上場廃止となる見込み。
・『● 創業者が昨春に 66歳の若さで急死 架空売り上げは当初の開示より1年早く、16年3月期からスタートし、初年度は129万円(単体ベースの暫定値、以下同)だったが、2年目の17年3月期は833万円、3年目の18年3月期は3億4787万円と跳ね上がり、4年目の19年3月期は5億557万円、5年目の20年3月期は4億8987万円、直近期である21年3月期は9億9428万円と、全体の売上高の実に55%が架空、つまりウソの売り上げという状況だったという。 グレイステクノロジーの東証マザーズへの新規株式公開(IPO)は16年12月。粉飾2年目となるこの期(17年3月期)の架空売り上げは前述の通り883万円だったが、次年度には架空売り上げの金額が3億4787万円へと、一気に桁違いとなる。 その甲斐あって18年8月には早くも東証1部に昇格した。 なお、創業者の松村幸治代表取締役会長は、21年3月期決算が締まった直後の同年4月13日に66歳の若さで急死した。これはなんとも意味深だ。 というのも特別調査委員会の中間報告によれば、「本件調査の過程で、元代表取締役及び元取締役が関与する重大な経営者不正が発見された」とある。 前述の特別調査委員会の報告による粉飾の手法(1)~(4)のうち、(1)について触れた中で「架空計上した売掛金を当社役職員の自己資金を用いて仮装入金等していた」と記載されている。だが、年間最大9億円もの仮装入金ができる人物となると、役職員の中でも突出したキャピタルゲインを得ていた松村氏の関与を疑わざるを得ないためだ。) 関東財務局に提出されている「大量保有報告書」(変更報告書)によれば、松村氏夫妻と個人会社の計3人の共同保有者はグレイステクノロジー株式を頻繁に売却、または担保提供して資金を捻出していることがうかがえる。松村氏の妻もグレイステクノロジーに勤務していた。 目立つ取引をピックアップすると、18年7月にみずほ銀行に176万株余り(当時の時価で44億円)を担保提供、19年5月には130万株をゴールドマン・サックス証券へ売却(単価2401円)して31億円余りを捻出(翌月みずほへの担保提供は解消)、19年11月に68万株を市場外取引で売却(単価2725円)して18億円余りを捻出、最後は20年8月に260万株をゴールドマン・サックス証券へ売却(単価4369円)して113億円余りを捻出、という具合である。 これほどのキャッシュがあれば、年間9億円程度の仮装入金はたいした負担ではないだろう』、「直近期である21年3月期は・・・全体の売上高の実に55%が架空」、なんと半分以上が「架空」とは・・・。累積の売却額は206億円、結果的に売り逃げていたことになる。
・『● 大手監査法人も 不正を見抜けず また、粉飾の手法(1)~(4)のうち、(4)では「偽装工作をしている状況が多数発見された」とあるが、偽装とはおそらく架空売り上げの相手先名で作った銀行口座からグレイステクノロジーの口座に資金を振り込み、反対に架空外注費の支出についてもウソの外注先名で作った口座にグレイステクノロジーの口座から振り込ませていたということだろう。 この手法は役職員に元手となるカネが必要だが、それさえ確保できれば、架空売掛金が滞留せず、営業キャッシュフロー(CF)が正常値となるため、監査法人はやや気づきにくいかもしれない。実際、グレイステクノロジーの営業CFは一貫してプラスである。 当然大口の得意先や外注先には監査法人から、受発注実績や期末の売掛・買掛残高を社内のデータと照合するためのレターが届いたはずで、このチェックをどのようにくぐり抜けたのか現時点では定かではないが、いずれにしてもこうした偽装工作をやり遂げるのはいかにも手が込んでいるし、市場を欺く意図が露骨と言わざるを得ない。 ところで、よく考えると我が国でも相次ぐ不正会計の発覚を受けて、21年3月期から上場企業の監査報告書には「KAM」(キー・オーディット・マター、監査上の主要な検討事項)の記載が求められている。グレイステクノロジーの会計監査人は大手のEY新日本監査法人である。監査報告書には何が書かれていたのか。) 筆者が確認したところ、KAMは「負ののれんの金額の妥当性」と記載されていた。グレイステクノロジーは20年11月、大阪のマニュアル制作会社、HOTARUとその中国・上海市の子会社を合計14億円で買収したが、帳簿価格より割安だったため、差額の2億円を21年3月期に「負ののれん発生益」として特別利益に計上している。新日本監査法人はその妥当性について検討したという。 結果として妥当だということで監査報告書では「無限定適正意見」を得ていた。当たり前だが、9億円もの架空売り上げ計上の可能性を疑った形跡はない。せっかく鳴り物入りでスタートしたKAMも、そもそも的を外していれば不正の歯止めにはならないということだ。 本稿執筆日である24日のグレイステクノロジーの終値は67円。わずか1年5カ月前に創業者の個人会社が4369円で売り抜けていたことを考えると、なんともやりきれない投資家も多いだろう。 このまま1月27日までに四半期報告書を提出できなければ整理ポストに入り、上場廃止となる。こうした不正に対し、仮に当局がおざなりの処分で幕引きをしてしまうようでは、「やっぱりまともな人間は株式投資などしないほうがいい」という残念な結論になってしまいそうだ。 東証や金融当局が、預金として眠ったままの巨額の個人マネーを株式市場に向かわせたいと思うなら、真剣に不正の排除に取り組むべきだ。上場前から粉飾しているような会社がなぜ厳格なはずの上場審査をすり抜けるのか。これでは何を信じて投資していいかわからない。 今春の市場再編を機に、一通りの開示情報を理解できるレベルの、ごく普通の個人投資家が安心して参加できる証券市場に生まれ変わる努力をするべきだと思うのは筆者だけだろうか』、「24日のグレイステクノロジーの終値は67円。わずか1年5カ月前に創業者の個人会社が4369円で売り抜けていた」、「なんともやりきれない投資家も多いだろう」、その通りだ。「上場前から粉飾しているような会社がなぜ厳格なはずの上場審査をすり抜けるのか」、徹底的な解明と再発防止策により、「ごく普通の個人投資家が安心して参加できる証券市場に生まれ変わる努力をするべき」、その通りだ。
先ずは、昨年7月29日付け会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)「「パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか(DOLより)」を紹介しよう。これを報道したダイヤモンド・オンライン記事は有料会員限定のため、それを引用した「会計ニュース・コレクター」で代わりに紹介するものである。
https://ivory.ap.teacup.com/kaikeinews/17201.html
・『パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか 「薮塚木材工業」という遊技機器のキャビネットなどを製造していた群馬県の会社とその親会社「K.テクニカ」の倒産について取り上げた記事。負債額は単純合算で30億円とのことです。 2016年から粉飾決算をやっていたそうです。 「申立書によれば、薮塚とK.テクニカの代表を兼務するA氏は2016年2月に薮塚の社長に就任した直後から売り上げや預貯金を多く見せかける粉飾決算を始め、その決算書を使って昨年10月までに2社で12行から約23億円を借り入れた(薮塚につき12行18億円、K.テクニカにつき8行5億4000万円)という。」 粉飾決算・不正資金流出について(外部から?)指摘があり、昨年10月頃には粉飾が金融機関にばれてしまったそうです。 そこで、私的整理を目指すバンクミーティングが開催されました。 「薮塚はメインバンクのしののめ信金などの指導の下、中小企業再生支援協議会の二次対応による私的整理手続きを目指し、昨年12月7日にバンクミーティング(BKMTG)を開催。まずはしののめ信金推薦の会計士、税理士によるデューデリジェンスを行い、実態ベースの決算を21年4月中に行うとして、今年5月末までの返済リスケジュールを各金融機関に依頼した。」 ところが、その前後に、一部金融機関に対する、代金取り立て手形の預け入れ、社長名義預金の担保差し入れ、売掛債権担保設定など、債権者平等に反する行為があり、一部に法的手続きを求める動きも出てきたそうです。会社側は、代理人弁護士を選任し、さらなるリスケを交渉します。 その一方で、会社側は、不透明な取引をやっていたようです。 「実はA社長は昨年11月以降、金融機関から新規借り入れができなくなる一方で、木材仕入れ先のY社との間で売り上げを多く見せかけるための循環取引を行っていたため、その決済資金不足などを補う必要が生じ、ファクタリング業者に対し、架空の売掛債権または金額を水増しした請求書を作成するなどして売掛債権譲渡(ファクタリング取引)を行うようになった。このファクタリング取引は順次拡大し、今年5月時点で4社につき3億2000万円まで拡大したという。」 このY社から取引がストップされ、資金繰りに行き詰まってしまったようです。 Y社との取引はどのようなものだったのか... 「Y社が巻き込まれるきっかけは18年9月。A社長から頼まれ、資金繰りを助けるためにY社がK.テクニカの在庫をいったん買い上げ、薮塚が遊技機器メーカーに販売した段階でY社が薮塚に売るという商流に加わった。もちろん架空取引とは知らなかったという。」 「もともとの商流は「K.テクニカ」→「薮塚」→「遊技機器メーカー」となっていたものが、K.テクニカと薮塚の間にY社が入り、「K.テクニカ」→「Y社」→「薮塚」→「遊技機器メーカー」となったわけだ。これによりK.テクニカは在庫をすぐに資金化できるため、グループの資金繰りが楽になる。もちろんY社は物流には関与せず、伝票と資金だけが動く。 Y社は当初5000万円程度の買い取り枠から始めたが、安定的にマージンが得られることから最終的に1億4000万円まで枠を拡大していたという。ところが、実際はモノが存在せず、カネだけが「Y社」→「K.テクニカ」→「薮塚」→「Y社」と循環していた。そのたびにマージンが乗るからやがて行き詰まるのは必然だ(Y社は結果的に支払い済みの1億4000万円を含め多額の損害を被った)。」 在庫が実在していたとしても、親会社も含めたグループ全体で見れば、買い戻し条件付きの販売ですから、売上には計上できない取引だったかもしれません。品物がない架空取引であれば、なおさらです。 ファクタリング会社もだまされていたことになります。 「結局、薮塚はファクタリング業者4社のうち3社への支払いを滞らせることとなったという。そのため、ファクタリング業者が売掛先のX社など合計4社に対し確認したところ、3社については債権の不存在を、残る1社については薮塚にてすでに債権を回収したことを確認したとし、詐欺および横領であるとして第三債務者(X社など)に対して債権譲渡通知を6月2日、3日に順次発したという。」(X社は最大の得意先) 得意先であるX社からも見放されます。支給部材を回収され、取引停止になってしまいました。 代理人弁護士も、直前まで実態を知らされていなかったそうです。 「6月12日に代理人が打ち合わせのために薮塚の本社に向かう車中にA社長から真実を告白するメールがあり、同日から至急破産申し立ての準備を進めることになり、2日後東京地裁への申し立てに及んだものである。」 「要するに粉飾発覚後、融資ストップを受け、循環取引を維持するための架空債権ファクタリングという新たな不正(銀行、代理人弁護士への虚偽説明を含む)がスタート、その間銀行団の足並みも乱れ、最後は主要得意先の喪失で万事休す、となったわけだ。」 経営不振会社の経営者がやってはいけないことを、かたっぱしからやっていたということのようです』、「実際はモノが存在せず、カネだけが「Y社」→「K.テクニカ」→「薮塚」→「Y社」と循環していた。そのたびにマージンが乗るからやがて行き詰まるのは必然だ(Y社は結果的に支払い済みの1億4000万円を含め多額の損害を被った)」、[
経営不振会社の経営者がやってはいけないことを、かたっぱしからやっていたということのようです」、ヤレヤレ・・・。
次に、10月23日付け会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)「「粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」、コロナ禍で増える問題企業(Yahooより)」を紹介しよう。
https://ivory.ap.teacup.com/kaikeinews/17534.html
・『不正経理 粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」、コロナ禍で増える問題企業(DOL配信):この記事も第一の記事と同様に、ダイヤモンド・オンラインに掲載されたが、有料限定なので、それを引用している記事を代わりに紹介する。 UNITHINXというインド関連の事業をしていた会社の倒産を取り上げた記事。新型コロナ倒産のように見えましたが、それだけではなかったそうです。 インドビールなどの輸入販売やインド料理店を経営していたUNITHINX(東京都品川区)が7月29日、負債約17億円を抱えて東京地裁から破産開始決定を受けた。 同社は2004年12月に設立され、インド貿易で業績を伸ばしていたが、コロナ禍で様相が一変した。2018年4月期の売上高は11億9288万円と順調に伸ばしていたところに、新型コロナ感染拡大が襲い掛かった。得意先の飲食店が休業や時短営業に追い込まれ、アルコール飲料が急減。インターネット通販サイトの販売を強化したが、業績は回復しなかった。」 金融機関が預金取引を調べたところ、あやしいカネの動きを見つけたそうです。 「UNITHINXも2020年4月期決算の作成が遅れ、金融機関など関係先へ期限通りに提出できなかった。この時点では提出遅れ自体は特に問題視されず、金融機関でも与信判断に変化はなかった。 ただこの間、金融機関は漫然と待っていたわけでない。決算書提出が遅れた企業の過年度決算の見直しを進めており、UNITHINXの取引行も例外ではなかった。 その見直しの中で、ある金融機関が預金残高の不自然な動きに着目した。調べを進めていくと、取引先からの入金のはずがUNITHINXの別の取引行から振り込まれていたケースも判明した。 遅れて提出された2020年4月期の決算書は、前年13億円以上あった売上高が、9億円に急減し、営業利益や経常利益、最終利益はそろって1億円を超える大幅赤字という惨状だった。」 金融機関には、それぞれ(科目)明細書がバラバラな決算書が提出されていたようです。 「取材を進める中で、複数の関係先に提出された2020年4月期の決算書を入手した。貸借対照表・損益計算書・株主変動計算書は、各提出先とも同じものだった。ところが、附属明細書の預金と借入金明細はまったく異なっていた。 金融機関Aに出された附属明細書では、A・B・C・D・E……と取引金融機関名が記載されているが、金融機関BではB・C・D・E……と続き、金融機関Aの名前がない。別の金融機関でも、金融機関AやBに提出された明細表にない金融機関の名前が記載されていた。 結局、複数の決算書を見ると、同一の明細書は何ひとつ確認できない。ただ、預金と借入金のそれぞれの合計金額はどれも同じ。突き合わせると明らかに信ぴょう性を欠く決算書だった。」 取引している金融機関の数がものすごく多かったそうです。借入金の残高も急増していました。 「中小企業の場合、金融機関との取引は普通3~5行程度だ。多くの金融機関と取引をすれば、社内の事務手続きは非効率で仕方がない。 ところがUNITHINXの取引金融機関は、約20行あった。しかも、都内の金融機関だけでなく、中部や四国などの地方銀行・第二地銀の名前がズラリと並ぶ。コロナ資金もこうした金融機関を窓口に調達していた。 UNITHINXは2019年4月期まで順調に業績を伸ばし、金融機関からの借入金は2019年4月期の約6億円から、2020年同期は約2.6倍に急増した。その裏には実権者のX氏の動きが関わっている。」 記事で粉飾決算といっているのは、普通の意味とはちょっと違って、他の金融機関からの借入資金を、営業上の入金であるかのように金融機関をだましていたということを指しているようです。 そのような資金操作は見抜かれてしまいましたが、それとは別にBSの資産側で問題が発覚しました。 「UNITHINXは2020年4月期で、金融機関から預金・借入金の操作を見抜かれた。それとは別に、貸借対照表に計上された4億円以上の仮払金も違和感を放っていた。... 2020年4月期の決算書で仮払金の金額が大きかったため、金融機関がX氏に説明を求めると、インドのアイドルグループに投資したことを明らかにした。関係者によると、このアイドルグループは今後活動を開始する予定で、インドの大手財閥グループともつながりがあり、投資は心配ないとX氏は説明していたという。」 この仮払金については、仮払金という科目での表示が正しいかどうかは別として、それだけで粉飾とはいえないでしょう、もちろん中身は精査して資産性があるのか判断する必要があり、また、銀行をだましていたとすれば大問題ですが...。』、「取引金融機関は、約20行」、と中小企業にしては異例の多さだ。「都内の金融機関だけでなく、中部や四国などの地方銀行・第二地銀の名前がズラリと並ぶ」、順調な時は優良企業で金融機関は先を競って取引したのだろう。「インドのアイドルグループに投資」、には笑いを禁じ得なかった。
第三に、第三に、1月26日付けYahooニュースが転載したダイヤモンド・オンライン、東京経済東京支社長の井出豪彦氏による「「滝川クリステルのCM」で知られる企業が、粉飾決算で上場廃止の危機!」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/247347ff325cb9e0a5f7767c75cdf97a51b6ae63?page=1
・『東証1部上場企業で、機械メーカーやソフトウエア開発会社などに向けて、各種操作マニュアルや運用マニュアルなどの作成支援を行うグレイステクノロジーで、とんだ粉飾決算が発覚し、上場廃止の危機に追い込まれている。その内幕を明らかにする』、「CM」はよく覚えている。
・『● 滝川クリステルのCMで知られる企業が 粉飾決算で上場廃止の危機 グレイステクノロジー(東京都港区)といえば、一時、滝川クリステル氏を起用したテレビCMが流れていたことを記憶している人もいるかもしれない。機械メーカーやソフトウエア開発会社などを顧客に、各種操作マニュアル、運用マニュアルなどの作成支援を行う東証1部上場企業であるが、とんだ粉飾決算が発覚し、上場廃止の危機に追い込まれている。 上場廃止か維持か、今月27日に結論が出る見通しだが、本社オフィスはコロナ対策を理由に閉鎖(冒頭写真)されており、取引先の不安は募っている。 グレイステクノロジーは昨年11月、外部からの指摘で不正会計の疑いが浮上したとして、昨年4~9月期決算の発表を延期した。 併せて外部の弁護士や会計士を委員とする「特別調査委員会」を設置したが、その時点のリリースでは、不正会計は2017年3月期から行われていた可能性があるとの認識だった。21年8月には有望株として東証と日経新聞が共同で算出する「JPX日経中小型株指数」の構成銘柄に選ばれたばかりだったが、当然株価は急落した。 関東財務局への四半期報告書の提出期限を今年1月17日まで延長し、特別調査委員会が調査を進めてきたが、1月14日になって、17日の期限までに四半期報告書を提出するのは不可能になったと開示した。同委員会はもともと架空売り上げの計上について調査を進めてきたが、新たにリース取引でも疑わしい取引が発覚したこともあり、まだ調査が終わらないという。 それでも現時点までにわかったこととして、同委員会からは、(1)架空売り上げを計上し、その架空取引に係る売掛金を当社役職員の自己資金を用いて仮装入金等していたこと、(2)売り上げの前倒し計上をしていたこと、(3)利益操作目的で架空外注費を計上していたこと、(4)前記(1)ないし(3)を実現する手段とし偽装工作をしている状況が多数発見された、との報告があったという』、東証から四半期報告書を提出できなかったので、1月27日付けで整理銘柄に指定され、1カ月後に上場廃止となる見込み。
・『● 創業者が昨春に 66歳の若さで急死 架空売り上げは当初の開示より1年早く、16年3月期からスタートし、初年度は129万円(単体ベースの暫定値、以下同)だったが、2年目の17年3月期は833万円、3年目の18年3月期は3億4787万円と跳ね上がり、4年目の19年3月期は5億557万円、5年目の20年3月期は4億8987万円、直近期である21年3月期は9億9428万円と、全体の売上高の実に55%が架空、つまりウソの売り上げという状況だったという。 グレイステクノロジーの東証マザーズへの新規株式公開(IPO)は16年12月。粉飾2年目となるこの期(17年3月期)の架空売り上げは前述の通り883万円だったが、次年度には架空売り上げの金額が3億4787万円へと、一気に桁違いとなる。 その甲斐あって18年8月には早くも東証1部に昇格した。 なお、創業者の松村幸治代表取締役会長は、21年3月期決算が締まった直後の同年4月13日に66歳の若さで急死した。これはなんとも意味深だ。 というのも特別調査委員会の中間報告によれば、「本件調査の過程で、元代表取締役及び元取締役が関与する重大な経営者不正が発見された」とある。 前述の特別調査委員会の報告による粉飾の手法(1)~(4)のうち、(1)について触れた中で「架空計上した売掛金を当社役職員の自己資金を用いて仮装入金等していた」と記載されている。だが、年間最大9億円もの仮装入金ができる人物となると、役職員の中でも突出したキャピタルゲインを得ていた松村氏の関与を疑わざるを得ないためだ。) 関東財務局に提出されている「大量保有報告書」(変更報告書)によれば、松村氏夫妻と個人会社の計3人の共同保有者はグレイステクノロジー株式を頻繁に売却、または担保提供して資金を捻出していることがうかがえる。松村氏の妻もグレイステクノロジーに勤務していた。 目立つ取引をピックアップすると、18年7月にみずほ銀行に176万株余り(当時の時価で44億円)を担保提供、19年5月には130万株をゴールドマン・サックス証券へ売却(単価2401円)して31億円余りを捻出(翌月みずほへの担保提供は解消)、19年11月に68万株を市場外取引で売却(単価2725円)して18億円余りを捻出、最後は20年8月に260万株をゴールドマン・サックス証券へ売却(単価4369円)して113億円余りを捻出、という具合である。 これほどのキャッシュがあれば、年間9億円程度の仮装入金はたいした負担ではないだろう』、「直近期である21年3月期は・・・全体の売上高の実に55%が架空」、なんと半分以上が「架空」とは・・・。累積の売却額は206億円、結果的に売り逃げていたことになる。
・『● 大手監査法人も 不正を見抜けず また、粉飾の手法(1)~(4)のうち、(4)では「偽装工作をしている状況が多数発見された」とあるが、偽装とはおそらく架空売り上げの相手先名で作った銀行口座からグレイステクノロジーの口座に資金を振り込み、反対に架空外注費の支出についてもウソの外注先名で作った口座にグレイステクノロジーの口座から振り込ませていたということだろう。 この手法は役職員に元手となるカネが必要だが、それさえ確保できれば、架空売掛金が滞留せず、営業キャッシュフロー(CF)が正常値となるため、監査法人はやや気づきにくいかもしれない。実際、グレイステクノロジーの営業CFは一貫してプラスである。 当然大口の得意先や外注先には監査法人から、受発注実績や期末の売掛・買掛残高を社内のデータと照合するためのレターが届いたはずで、このチェックをどのようにくぐり抜けたのか現時点では定かではないが、いずれにしてもこうした偽装工作をやり遂げるのはいかにも手が込んでいるし、市場を欺く意図が露骨と言わざるを得ない。 ところで、よく考えると我が国でも相次ぐ不正会計の発覚を受けて、21年3月期から上場企業の監査報告書には「KAM」(キー・オーディット・マター、監査上の主要な検討事項)の記載が求められている。グレイステクノロジーの会計監査人は大手のEY新日本監査法人である。監査報告書には何が書かれていたのか。) 筆者が確認したところ、KAMは「負ののれんの金額の妥当性」と記載されていた。グレイステクノロジーは20年11月、大阪のマニュアル制作会社、HOTARUとその中国・上海市の子会社を合計14億円で買収したが、帳簿価格より割安だったため、差額の2億円を21年3月期に「負ののれん発生益」として特別利益に計上している。新日本監査法人はその妥当性について検討したという。 結果として妥当だということで監査報告書では「無限定適正意見」を得ていた。当たり前だが、9億円もの架空売り上げ計上の可能性を疑った形跡はない。せっかく鳴り物入りでスタートしたKAMも、そもそも的を外していれば不正の歯止めにはならないということだ。 本稿執筆日である24日のグレイステクノロジーの終値は67円。わずか1年5カ月前に創業者の個人会社が4369円で売り抜けていたことを考えると、なんともやりきれない投資家も多いだろう。 このまま1月27日までに四半期報告書を提出できなければ整理ポストに入り、上場廃止となる。こうした不正に対し、仮に当局がおざなりの処分で幕引きをしてしまうようでは、「やっぱりまともな人間は株式投資などしないほうがいい」という残念な結論になってしまいそうだ。 東証や金融当局が、預金として眠ったままの巨額の個人マネーを株式市場に向かわせたいと思うなら、真剣に不正の排除に取り組むべきだ。上場前から粉飾しているような会社がなぜ厳格なはずの上場審査をすり抜けるのか。これでは何を信じて投資していいかわからない。 今春の市場再編を機に、一通りの開示情報を理解できるレベルの、ごく普通の個人投資家が安心して参加できる証券市場に生まれ変わる努力をするべきだと思うのは筆者だけだろうか』、「24日のグレイステクノロジーの終値は67円。わずか1年5カ月前に創業者の個人会社が4369円で売り抜けていた」、「なんともやりきれない投資家も多いだろう」、その通りだ。「上場前から粉飾しているような会社がなぜ厳格なはずの上場審査をすり抜けるのか」、徹底的な解明と再発防止策により、「ごく普通の個人投資家が安心して参加できる証券市場に生まれ変わる努力をするべき」、その通りだ。
タグ:不正会計(東芝以外) (その3)(「パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか(DOLより)」、「粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」 コロナ禍で増える問題企業(Yahooより)」、「滝川クリステルのCM」で知られる企業が 粉飾決算で上場廃止の危機!) 会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)「「パチンコ台木枠製造「薮塚木材工業」の大型倒産はなぜ起きたのか(DOLより)」 薮塚木材工業 「実際はモノが存在せず、カネだけが「Y社」→「K.テクニカ」→「薮塚」→「Y社」と循環していた。そのたびにマージンが乗るからやがて行き詰まるのは必然だ(Y社は結果的に支払い済みの1億4000万円を含め多額の損害を被った)」、[ 経営不振会社の経営者がやってはいけないことを、かたっぱしからやっていたということのようです」、ヤレヤレ・・・。 会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)「「粉飾決算で資金調達して「アイドル投資」、コロナ禍で増える問題企業(Yahooより)」 「取引金融機関は、約20行」、と中小企業にしては異例の多さだ。「都内の金融機関だけでなく、中部や四国などの地方銀行・第二地銀の名前がズラリと並ぶ」、順調な時は優良企業で金融機関は先を競って取引したのだろう。「インドのアイドルグループに投資」、には笑いを禁じ得なかった。 yahooニュース ダイヤモンド・オンライン 井出豪彦氏による「「滝川クリステルのCM」で知られる企業が、粉飾決算で上場廃止の危機!」 「CM」はよく覚えている。 東証から四半期報告書を提出できなかったので、1月27日付けで整理銘柄に指定され、1カ月後に上場廃止となる見込み。 「直近期である21年3月期は・・・全体の売上高の実に55%が架空」、なんと半分以上が「架空」とは・・・。累積の売却額は206億円、結果的に売り逃げていたことになる。 「24日のグレイステクノロジーの終値は67円。わずか1年5カ月前に創業者の個人会社が4369円で売り抜けていた」、「なんともやりきれない投資家も多いだろう」、その通りだ。「上場前から粉飾しているような会社がなぜ厳格なはずの上場審査をすり抜けるのか」、徹底的な解明と再発防止策により、「ごく普通の個人投資家が安心して参加できる証券市場に生まれ変わる努力をするべき」、その通りだ。
中国経済(その14)(中国政府発表の「GDP8.1%成長」が大ウソだと断言できるこれだけの理由、習近平もお手上げ…34億人分の在庫を抱えた「中国のマンションバブル」の行き着く先 電気も水もない「鬼城」の住人が急増) [世界情勢]
昨日の中国国内政治(その13)に続いて、今日は中国経済(その14)(中国政府発表の「GDP8.1%成長」が大ウソだと断言できるこれだけの理由、習近平もお手上げ…34億人分の在庫を抱えた「中国のマンションバブル」の行き着く先 電気も水もない「鬼城」の住人が急増)を取上げよう。なお、前回このテーマを取上げたのは、昨年11月18日である。
先ずは、本年1月27日付け現代ビジネスが掲載した経済評論家の朝香 豊氏による「中国政府発表の「GDP8.1%成長」が大ウソだと断言できるこれだけの理由」を紹介しよう
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91815?imp=0
・『GDP成長率8.1%の大ウソ 中国国家統計局により2021年のGDP速報値が発表され、年間のGDP成長率は8.1%に達したことになっている。だが、この数字を文字通り受け止めてはいけないのは今回も同じである。 深刻な電力不足があり、度重なるロックダウンがあっても、GDPは年率8.1%も成長したと主張しているのである。すごい国である。 恒大集団に代表される不動産危機が訪れる中でも、国家統計局の数字では、不動産セクターは前年比5.2%、建設業も前年比2.1%の成長を果たしている。こんなことがありうるだろうか。 中国の2021年の粗鋼生産量は10.3億トンで、2020年の10.65億トンより3%減少している。だが、工業は9.6%成長したことになっている。粗鋼(鉄)は大半の工業の基礎材料であり、粗鋼生産量が大きく落ち込む中で工業分野が10%近くも成長することはどう考えてもありえないだろう。 また、2021年の前半だけで35.1万社の飲食店が閉店したことからもわかるように、今、中国の実店舗経営は大変な苦境に陥っている。 鄭州市のある火鍋料理店は、入口のガラス戸に「私たちの辛い歴史(辛酸史)」という、開業から現在に至るまでの厳しい状況についての箇条書きの説明を掲載した。 このお店は2021年6月10日にリニューアルに動き、7月18日に試験営業を開始したが、7月20日に洪水が襲って閉店を余儀なくされた。水が引いて店内清掃を終えて7月26日に営業を再開したものの、8月1日にコロナの感染拡大によって再び閉店させられた。営業再開できたのは9月3日のことだったが、9月中はコロナの影響により営業が制限された。 10月は頑張ったが、11月1日に再びコロナの影響により営業が制限された。12月は頑張ったが、2022年1月3日に鄭州で新たなコロナの流行が発生し、再び閉鎖に追い込まれた。半年の間に洪水1回、コロナによる営業制限が3回あり、まともに営業できたのはわずか2ヵ月のみだということになる。 洪水は一部の都市だけを襲った例外だとしても、鄭州市で行われたようなロックダウン処置は中国の都市では何度も引き起こされている。それなのに、中国の卸売および小売業はこの1年間で年率11.3%も成長したことになっているのだ』、「小売業はこの1年間で年率11.3%も成長」、とは「ロックダウン」の影響は何ら受けてないことになる。
・『消費支出が11.3%も伸びるはずがない 土地使用権の売却収入がなくなった地方政府では、財政状況が厳しくなり、公務員の給料を2割〜4割削減する動きが広がっている。財政的に最も豊かとされる上海でも給与削減が行われた。 なお、中国ではロックダウンしても先進国のような営業補償はない。出勤停止にさせられてもその分の給与が支払われるわけでもない。防疫処置で強制隔離させられても、宿泊代や食費などの隔離費用は通常は自己負担であり、費用もかなり高い。そんな中で国民に11.3%も消費支出を伸ばせるような購買力があるのだろうか。 1月14日に中央財経大学の韓復齢教授は、20万人の住宅所有者が住宅ローンの返済ができないことから、中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行という中国の四大銀行がこれらの人たちの物件を差し押さえる手続きを裁判所に対して行ったことを明らかにした。 こうした動きは当然ながら四大銀行に限らない。招商銀行は12月に576人、1月に入ってからは8.9万人に対して差し押さえ手続きを取った。民生銀行は12月に37人、1月には2.3万人に対して、上海銀行は12月に586人,1月には8161人に対して差し押さえ手続きを取った。 このように中国のどの銀行を見ても、1月に入ってから急激に差し押さえ手続きを取る件数が激増しているのである。これについては支払いが止まってから差し押さえ手続きが取られるまでの間に4〜5ヵ月程度のタイムラグが発生することを念頭に置いて考えたい。つまり、8月〜9月あたりから支払不能に陥っている人が続出していることが推察されるのである。 この頃には恒大集団などの不動産ディベロッパーやその関連業界を取り巻く環境が激変した。また学習塾禁止令によって、塾関連で1000万人(一説では3000万人)が失業したと言われたのも同じ時期だ。こうした生活の激変によって住宅ローンの支払いができなくなった人たちが激増したわけだ。 アリババプラットフォームのデータによると、競売物件の掲載数はここ4年間で187倍近くに急増した。2017年に中国の競売物件の数は9000件だったが、2021年12月中旬には168万件を超えたと報じられている。これが今年に入ってさらに激増していくのは間違いないだろう。 住宅ローンの支払いが全くできなくなる人が続出するところまで経済が冷え込んでいるのに、この1年で11.3%も消費支出が伸びたなどということなど起こりえない。中国経済ウォッチャーは中国政府の公式データを正しいものとみなすのはやめて、リアルな中国経済の数字を推計すべき時ではないか』、「競売物件の掲載数はここ4年間で187倍近くに急増」、「住宅ローンの支払いが全くできなくなる人が続出するところまで経済が冷え込んでいるのに、この1年で11.3%も消費支出が伸びたなどということなど起こりえない」、その通りだ。
・『これをどうやって信じろと言うのか GDP統計とは直接関わらないところでは、GDP統計と矛盾する数字が発表されてもいる。だから中国政府が発表するGDP統計がおかしいことは、まじめに数字を追いかけていれば誰でも気づくことである。それなのに中国経済に幻想を持たせるのは実に罪作りな行為である。 宿泊とケータリングについても、14.5%の高い経済成長をしたことになっている。だがやはり、2021年の前半だけで、宿泊事業は9.6万社が経営許可書を政府に返却したほどの苦境に陥っている。コロナで旅行が制限されているのだから当然である。このような状況下で、こんなに高い経済成長が起こるものだろうか。 ウーバー型の事業を展開している滴滴出行(ディディ)の2021年7~9月期の決算は75億元(約1350億円)の大損失を計上した。前年同期の1700万元(約3億円)の赤字から大幅に拡大している。売上も前年同期より1.67%減少した。 食品デリバリー大手の美団(メイトゥアン)の2021年7~9月期の決算も55億3000万元(1000億円)の赤字である。前年同期は20億5000万元の黒字だったから、一転して大赤字に転落した。 コロナによる巣ごもり需要からケータリング事業の売上は確かに大きく拡大していて、美団のこの期の売上は前年同期比で37.9%も増えているという。だが、美団の売上は年間でも2000億元には達しておらず、生み出している付加価値額は決して多くない。 つまりこの分野のGDPの構成要素の1兆7853億元のごく一部を占めるに過ぎないと見るべきである。こうしたことから見ても、この分野で14.5%の高い経済成長をしていることなどおよそ考えられない。) 2021年の中国はIT業界に対する逆風が吹いたことでも知られる。 中国当局が新作ビデオゲームを承認せず、その余波で昨年7月以降に中国のゲーム関連企業1万4000社が閉鎖したことが報じられた。こうした流れを受けて、中国のGoogleと呼ばれる百度(バイドゥ)は、ゲーム分野のほぼ全員を解雇、ライブ放送事業でも90%の人員を削減するなど大規模なリストラに踏み切った。 動画配信大手の愛奇芸(アイチーイー)は従業員の20%(一説には40%との話もある)を解雇するとし、TikTokの親会社である字節跳動(バイトダンス)も部門によって30%から70%を削減すると発表した。IT業界全体がこんな状態であるにもかかわらず、情報サービス分野はこの1年で17.2%の成長を見せたことになっているのである。これをどうやって信じろと言うのだろうか。 こうした数字を見ていけば、中国がまたもや当てにならない統計を発表してきたことが明確に理解できるであろう』、こんなデタラメな統計を発表する意義は、単に政府目標を達成したと嘘で塗り固めるだけだ。ここまで酷い統計操作は初めてだ。言論の自由がないなかでは、「統計」まで恣意的になるようだ。
次に、1月31日付けPRESIDENT Onlineが掲載した法政大学大学院教授の真壁昭夫氏による「習近平もお手上げ…34億人分の在庫を抱えた「中国のマンションバブル」の行き着く先 電気も水もない「鬼城」の住人が急増」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54210
・『未完成の物件=鬼城に住む人が増えている 中国で“鬼城(グェイチョン)”と呼ばれるゴーストタウンが急増している。武漢市にある“江南世家”と呼ばれる高層マンション群では、建設がストップして未完成のままマンションが放置された。そのうち3分の2程度が売約済みといわれる。 マンション購入者の増加には、家賃の支払いと住宅ローンの返済負担から逃れるため未完成のマンション=鬼城に住む人が増えている。鬼城の住人の生活環境はかなり厳しい。鬼城問題は、共産党政権の主導で膨張した不動産バブルが、現在、崩壊の真っただ中にあることを意味する。 世の東西を問わず、バブルが崩壊すると経済全体でバランスシート調整と、不良債権処理が不可避になる。今後、不動産デベロッパーの資金繰りはさらに悪化し、未完成のまま中断される不動産開発案件が増えるだろう。鬼城はこれからも増える可能性が高い。 住宅の引き渡しなどをめぐる、不動産業者と購入者のトラブルも増加するなど鬼城問題は、さらに深刻化が予想される。それは共産党政権の求心力に、無視できないマイナスの影響を与えることになるはずだ』、「今後、不動産デベロッパーの資金繰りはさらに悪化し、未完成のまま中断される不動産開発案件が増えるだろう。鬼城はこれからも増える可能性が高い」、大変だ。
・『100万人が住める巨大マンションを建てたが… 鬼城とは、不動産開発の行き詰まりによって未完成で放置されたり、廃れたりしたマンション群や地域を指す。実際に必要とされる以上に供給され、買い手がつかない建物群が鬼城だ。いつから鬼城が増えたかは諸説ある。2010年ごろから鬼城問題は顕在化し始めたようだ。 有名な鬼城は、モンゴル自治区オルドス市の康巴什(カンバシ)新区だ。2000年代初め豊富な石炭埋蔵を背景に経済開発が急加速し、100万人の収容能力を持つカンバシ新区が造成された。地方政府は民間デベロッパーに土地(土地の利用権)を売却し、デベロッパーは大規模な住宅建設に乗り出した。それにより、中央政府が課した経済成長率などの目標を達成した。大規模なマンションには、転売目的の投資家が殺到した』、「100万人が住める巨大マンションを建てたが…」、「石炭」需要にも陰りが出て、「入居者」集めも大変だろう。
・『マンションの供給量が全人口の2倍超に 一時、オルドス市の経済成長率は年率20%を超えた。高い成長が続くとの期待を根底に、“買うから上がる、上がるから買う”という強気心理が連鎖して、オルドス市の不動産バブルは膨張した。 転機となったのがリーマンショックの発生だ。共産党政権は4兆元(当時の邦貨換算額で57兆円程度)の経済対策を実施し、石炭生産が急増した。供給過剰によって石炭価格は急落し、オルドス市の不動産バブルははじけた。デベロッパーや不動産投機家は撤退し多くのマンションが未完成のまま放置された。2014年ごろ、100万人が住めるカンバシ新区の人口は10万人程度だった。 それは、中国で実際の需要を無視して過剰に不動産開発が増えた一つの例だ。カンバシ新区が鬼城化した後も、共産党政権は不動産投資を積み増して10%程度の高い成長率の実現を目指した。党の指揮の下で不動産価格は上昇し続けるという、根拠なき熱狂が経済全体を覆い、投資用マンションは過剰に供給された。2016年に国営新華社通信はマンション供給量が34億人分と、人口(約14億人)の2倍超に達したと報じた。 その後、2020年8月に“3つのレッドライン(注)”が実施されて不動産デベロッパーの経営体力は急速に低下している。鬼城が増えるのは不可避の状況であり、不動産バブルは崩壊の真っただ中だ』、「カンバシ新区が鬼城化した後も、共産党政権は不動産投資を積み増して10%程度の高い成長率の実現を目指した。党の指揮の下で不動産価格は上昇し続けるという、根拠なき熱狂が経済全体を覆い、投資用マンションは過剰に供給」、酷い不作為だ。「2016年に国営新華社通信はマンション供給量が34億人分と、人口(約14億人)の2倍超に達したと報じた」、人口の2倍とはどう考えても供給過剰だ。
(注)3つのレッドライン:「資産負債比率70%以下」「自己資本に対する負債比率100%」「短期負債を上回る現金保有」の3条件に抵触する不動産企業をランク付けし、銀行融資を制限させる(日経新聞)。
・『内装が施されておらず、電気がつかない部屋も 懸念されるのは、鬼城に住まざるを得ない人の増加だ。鬼城の住人は経済的にも、精神的にも窮状に陥っている。インターネットで鬼城を画像検索すると、その一端が垣間見られる。部屋は内装が施されていない。窓枠にはガラスがはめられていない。住人はコンクリートむき出しの床、壁と天井に囲まれ、無機質なコンクリート上に布団を敷いたり、テントを張ったりして生活をする。 水道や電気が引かれている鬼城もあるが、未完成の物件が多いために日常の生活を送るには困難が多いようだ。 まきや簡易コンロで暖をとって生活をする人もいる。照明は日光、もしくは懐中電灯というケースもある。衛星写真を見ると、団地と近隣の町をつなぐ道路など社会インフラが未整備な鬼城も多い。消防設備が整備されていない鬼城も多いようだ。余裕があれば家を借りて安心・安全な生活環境を確保することはできるだろう。しかし、実際には景気減速によって雇用・所得環境が悪化し、鬼城に住まざるを得ない人が増えているようだ』、「水道や電気が引かれている鬼城もあるが、未完成の物件が多いために日常の生活を送るには困難が多いようだ。 まきや簡易コンロで暖をとって生活をする人もいる」、火事や一酸化炭素中毒のおそれもある。
・『借り入れができず、未完成で売却もできない 鬼城に住む人と不動産業者間のトラブルも増えている。住人の中には、不動産業者や地方政府にだまされたと考える者がいる。途中で建設がストップしたまま放置され、契約通りのマイホームを手に入れることができなかった。それにもかかわらず、ローンは返済しなければならない。マイホームを手に入れることは、多くの人にとって夢だ。だまされたという心理が強まるのは無理もない。建設から30年近く経過した鬼城もある。 住人は高齢化し、新しい物件購入の資金を追加で借りることは難しい。建設が終了していないため、その物件が自分の所有物であることを証明できず、売却を行うことも難しいようだ。断熱も、換気も、上下水道も未整備な住居での生活は過酷だが、家計の支出の抑制や風雨をしのぐために鬼城に住むしかないというのが彼らの本音だろう。倒壊が懸念されるほどに老朽化する鬼城も増えているようだ。 鬼城に住む人の窮状に共産党政権は危機感を強めている。鬼城問題の解決に向けて、共産党政権はオルドス市に有名進学校を強制的に移転させてマンション需要を喚起した。一部では鬼城に買い手がついたようだ。しかし、それは中国全体でのマンション供給過剰の是正には程遠い』、「倒壊が懸念されるほどに老朽化する鬼城も増えているようだ。 鬼城に住む人の窮状に共産党政権は危機感を強めている」、これまでの失政のツケを政府はどのように解決するのだろう。
・『不動産バブルがいよいよ本格化する 今後、鬼城問題は深刻化する可能性が高い。伸び率は鈍化しているが、2021年12月の中国70都市の住宅価格は前年同月比で2.6%上昇した。中国全土で住宅価格の下落が鮮明化すれば、不動産市場では投げ売りが急増するはずだ。“売るから下がる、下がるから売る”という弱気心理が連鎖し、景況感は急速に悪化するだろう。 共産党政権は一部の融資規制を緩和したり追加利下げを行ったりして不動産市況の悪化を食い止めようと必死だ。習政権は地方政府に住宅購入や建設を支援するよう指示も出している。しかし、土地売却収入の減少によって財政状況の悪化や財政破綻に陥る地方政府は増えるだろう。不動産バブルの崩壊は本格化し、経済全体でのバランスシート調整と不良債権処理の推進は不可避になるだろう』、「共産党政権は一部の融資規制を緩和したり追加利下げを行ったりして不動産市況の悪化を食い止めようと必死だ」。「しかし、土地売却収入の減少によって財政状況の悪化や財政破綻に陥る地方政府は増えるだろう。不動産バブルの崩壊は本格化し、経済全体でのバランスシート調整と不良債権処理の推進は不可避になるだろう」、先行きに待ち受けているのは、「不動産バブルの崩壊本格化」による大混乱だろう。
・『中国共産党政権の失策の象徴である その結果、鬼城はこれまでを上回るペースで増加する恐れがある。不動産市況の悪化は中国の雇用・所得環境の悪化に直結する。鬼城に住まざるを得なくなる人が急速に増える展開は否定できない。不動産業者や地方政府と鬼城化した物件の購入者のトラブルも増えるだろう。 すでに中国では、不動産業者が資金をかき集めるために重複販売を行ったり、販売用の物件を担保として銀行やシャドーバンクに差し入れたりしていたことが発覚している。鬼城の住民が不動産業者などにだまされたとして訴訟を起こすケースは増えるだろう。 鬼城問題の深刻化は、社会心理を悪化させ共産党の求心力低下につながる。窮状に陥る鬼城の住人や購入者の増加を食い止めるために、共産党政権はこれまで以上に民間企業への締めつけを強め、不動産業者は資産の切り売りを急ぐだろう。それは不動産市場の悪化に拍車をかけ、鬼城のさらなる増加につながる恐れがある。 共産党政権がセメントや鉄鋼生産、雇用を増やすために不動産投資を頼り、それによって経済成長率を人為的にかさ上げした代償は大きい。鬼城問題はその象徴だ』、これまでの無理な経済政策のツケが積み重なっているだけに、解決にはかなりの混乱と時間を要するだろう。
先ずは、本年1月27日付け現代ビジネスが掲載した経済評論家の朝香 豊氏による「中国政府発表の「GDP8.1%成長」が大ウソだと断言できるこれだけの理由」を紹介しよう
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91815?imp=0
・『GDP成長率8.1%の大ウソ 中国国家統計局により2021年のGDP速報値が発表され、年間のGDP成長率は8.1%に達したことになっている。だが、この数字を文字通り受け止めてはいけないのは今回も同じである。 深刻な電力不足があり、度重なるロックダウンがあっても、GDPは年率8.1%も成長したと主張しているのである。すごい国である。 恒大集団に代表される不動産危機が訪れる中でも、国家統計局の数字では、不動産セクターは前年比5.2%、建設業も前年比2.1%の成長を果たしている。こんなことがありうるだろうか。 中国の2021年の粗鋼生産量は10.3億トンで、2020年の10.65億トンより3%減少している。だが、工業は9.6%成長したことになっている。粗鋼(鉄)は大半の工業の基礎材料であり、粗鋼生産量が大きく落ち込む中で工業分野が10%近くも成長することはどう考えてもありえないだろう。 また、2021年の前半だけで35.1万社の飲食店が閉店したことからもわかるように、今、中国の実店舗経営は大変な苦境に陥っている。 鄭州市のある火鍋料理店は、入口のガラス戸に「私たちの辛い歴史(辛酸史)」という、開業から現在に至るまでの厳しい状況についての箇条書きの説明を掲載した。 このお店は2021年6月10日にリニューアルに動き、7月18日に試験営業を開始したが、7月20日に洪水が襲って閉店を余儀なくされた。水が引いて店内清掃を終えて7月26日に営業を再開したものの、8月1日にコロナの感染拡大によって再び閉店させられた。営業再開できたのは9月3日のことだったが、9月中はコロナの影響により営業が制限された。 10月は頑張ったが、11月1日に再びコロナの影響により営業が制限された。12月は頑張ったが、2022年1月3日に鄭州で新たなコロナの流行が発生し、再び閉鎖に追い込まれた。半年の間に洪水1回、コロナによる営業制限が3回あり、まともに営業できたのはわずか2ヵ月のみだということになる。 洪水は一部の都市だけを襲った例外だとしても、鄭州市で行われたようなロックダウン処置は中国の都市では何度も引き起こされている。それなのに、中国の卸売および小売業はこの1年間で年率11.3%も成長したことになっているのだ』、「小売業はこの1年間で年率11.3%も成長」、とは「ロックダウン」の影響は何ら受けてないことになる。
・『消費支出が11.3%も伸びるはずがない 土地使用権の売却収入がなくなった地方政府では、財政状況が厳しくなり、公務員の給料を2割〜4割削減する動きが広がっている。財政的に最も豊かとされる上海でも給与削減が行われた。 なお、中国ではロックダウンしても先進国のような営業補償はない。出勤停止にさせられてもその分の給与が支払われるわけでもない。防疫処置で強制隔離させられても、宿泊代や食費などの隔離費用は通常は自己負担であり、費用もかなり高い。そんな中で国民に11.3%も消費支出を伸ばせるような購買力があるのだろうか。 1月14日に中央財経大学の韓復齢教授は、20万人の住宅所有者が住宅ローンの返済ができないことから、中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行という中国の四大銀行がこれらの人たちの物件を差し押さえる手続きを裁判所に対して行ったことを明らかにした。 こうした動きは当然ながら四大銀行に限らない。招商銀行は12月に576人、1月に入ってからは8.9万人に対して差し押さえ手続きを取った。民生銀行は12月に37人、1月には2.3万人に対して、上海銀行は12月に586人,1月には8161人に対して差し押さえ手続きを取った。 このように中国のどの銀行を見ても、1月に入ってから急激に差し押さえ手続きを取る件数が激増しているのである。これについては支払いが止まってから差し押さえ手続きが取られるまでの間に4〜5ヵ月程度のタイムラグが発生することを念頭に置いて考えたい。つまり、8月〜9月あたりから支払不能に陥っている人が続出していることが推察されるのである。 この頃には恒大集団などの不動産ディベロッパーやその関連業界を取り巻く環境が激変した。また学習塾禁止令によって、塾関連で1000万人(一説では3000万人)が失業したと言われたのも同じ時期だ。こうした生活の激変によって住宅ローンの支払いができなくなった人たちが激増したわけだ。 アリババプラットフォームのデータによると、競売物件の掲載数はここ4年間で187倍近くに急増した。2017年に中国の競売物件の数は9000件だったが、2021年12月中旬には168万件を超えたと報じられている。これが今年に入ってさらに激増していくのは間違いないだろう。 住宅ローンの支払いが全くできなくなる人が続出するところまで経済が冷え込んでいるのに、この1年で11.3%も消費支出が伸びたなどということなど起こりえない。中国経済ウォッチャーは中国政府の公式データを正しいものとみなすのはやめて、リアルな中国経済の数字を推計すべき時ではないか』、「競売物件の掲載数はここ4年間で187倍近くに急増」、「住宅ローンの支払いが全くできなくなる人が続出するところまで経済が冷え込んでいるのに、この1年で11.3%も消費支出が伸びたなどということなど起こりえない」、その通りだ。
・『これをどうやって信じろと言うのか GDP統計とは直接関わらないところでは、GDP統計と矛盾する数字が発表されてもいる。だから中国政府が発表するGDP統計がおかしいことは、まじめに数字を追いかけていれば誰でも気づくことである。それなのに中国経済に幻想を持たせるのは実に罪作りな行為である。 宿泊とケータリングについても、14.5%の高い経済成長をしたことになっている。だがやはり、2021年の前半だけで、宿泊事業は9.6万社が経営許可書を政府に返却したほどの苦境に陥っている。コロナで旅行が制限されているのだから当然である。このような状況下で、こんなに高い経済成長が起こるものだろうか。 ウーバー型の事業を展開している滴滴出行(ディディ)の2021年7~9月期の決算は75億元(約1350億円)の大損失を計上した。前年同期の1700万元(約3億円)の赤字から大幅に拡大している。売上も前年同期より1.67%減少した。 食品デリバリー大手の美団(メイトゥアン)の2021年7~9月期の決算も55億3000万元(1000億円)の赤字である。前年同期は20億5000万元の黒字だったから、一転して大赤字に転落した。 コロナによる巣ごもり需要からケータリング事業の売上は確かに大きく拡大していて、美団のこの期の売上は前年同期比で37.9%も増えているという。だが、美団の売上は年間でも2000億元には達しておらず、生み出している付加価値額は決して多くない。 つまりこの分野のGDPの構成要素の1兆7853億元のごく一部を占めるに過ぎないと見るべきである。こうしたことから見ても、この分野で14.5%の高い経済成長をしていることなどおよそ考えられない。) 2021年の中国はIT業界に対する逆風が吹いたことでも知られる。 中国当局が新作ビデオゲームを承認せず、その余波で昨年7月以降に中国のゲーム関連企業1万4000社が閉鎖したことが報じられた。こうした流れを受けて、中国のGoogleと呼ばれる百度(バイドゥ)は、ゲーム分野のほぼ全員を解雇、ライブ放送事業でも90%の人員を削減するなど大規模なリストラに踏み切った。 動画配信大手の愛奇芸(アイチーイー)は従業員の20%(一説には40%との話もある)を解雇するとし、TikTokの親会社である字節跳動(バイトダンス)も部門によって30%から70%を削減すると発表した。IT業界全体がこんな状態であるにもかかわらず、情報サービス分野はこの1年で17.2%の成長を見せたことになっているのである。これをどうやって信じろと言うのだろうか。 こうした数字を見ていけば、中国がまたもや当てにならない統計を発表してきたことが明確に理解できるであろう』、こんなデタラメな統計を発表する意義は、単に政府目標を達成したと嘘で塗り固めるだけだ。ここまで酷い統計操作は初めてだ。言論の自由がないなかでは、「統計」まで恣意的になるようだ。
次に、1月31日付けPRESIDENT Onlineが掲載した法政大学大学院教授の真壁昭夫氏による「習近平もお手上げ…34億人分の在庫を抱えた「中国のマンションバブル」の行き着く先 電気も水もない「鬼城」の住人が急増」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54210
・『未完成の物件=鬼城に住む人が増えている 中国で“鬼城(グェイチョン)”と呼ばれるゴーストタウンが急増している。武漢市にある“江南世家”と呼ばれる高層マンション群では、建設がストップして未完成のままマンションが放置された。そのうち3分の2程度が売約済みといわれる。 マンション購入者の増加には、家賃の支払いと住宅ローンの返済負担から逃れるため未完成のマンション=鬼城に住む人が増えている。鬼城の住人の生活環境はかなり厳しい。鬼城問題は、共産党政権の主導で膨張した不動産バブルが、現在、崩壊の真っただ中にあることを意味する。 世の東西を問わず、バブルが崩壊すると経済全体でバランスシート調整と、不良債権処理が不可避になる。今後、不動産デベロッパーの資金繰りはさらに悪化し、未完成のまま中断される不動産開発案件が増えるだろう。鬼城はこれからも増える可能性が高い。 住宅の引き渡しなどをめぐる、不動産業者と購入者のトラブルも増加するなど鬼城問題は、さらに深刻化が予想される。それは共産党政権の求心力に、無視できないマイナスの影響を与えることになるはずだ』、「今後、不動産デベロッパーの資金繰りはさらに悪化し、未完成のまま中断される不動産開発案件が増えるだろう。鬼城はこれからも増える可能性が高い」、大変だ。
・『100万人が住める巨大マンションを建てたが… 鬼城とは、不動産開発の行き詰まりによって未完成で放置されたり、廃れたりしたマンション群や地域を指す。実際に必要とされる以上に供給され、買い手がつかない建物群が鬼城だ。いつから鬼城が増えたかは諸説ある。2010年ごろから鬼城問題は顕在化し始めたようだ。 有名な鬼城は、モンゴル自治区オルドス市の康巴什(カンバシ)新区だ。2000年代初め豊富な石炭埋蔵を背景に経済開発が急加速し、100万人の収容能力を持つカンバシ新区が造成された。地方政府は民間デベロッパーに土地(土地の利用権)を売却し、デベロッパーは大規模な住宅建設に乗り出した。それにより、中央政府が課した経済成長率などの目標を達成した。大規模なマンションには、転売目的の投資家が殺到した』、「100万人が住める巨大マンションを建てたが…」、「石炭」需要にも陰りが出て、「入居者」集めも大変だろう。
・『マンションの供給量が全人口の2倍超に 一時、オルドス市の経済成長率は年率20%を超えた。高い成長が続くとの期待を根底に、“買うから上がる、上がるから買う”という強気心理が連鎖して、オルドス市の不動産バブルは膨張した。 転機となったのがリーマンショックの発生だ。共産党政権は4兆元(当時の邦貨換算額で57兆円程度)の経済対策を実施し、石炭生産が急増した。供給過剰によって石炭価格は急落し、オルドス市の不動産バブルははじけた。デベロッパーや不動産投機家は撤退し多くのマンションが未完成のまま放置された。2014年ごろ、100万人が住めるカンバシ新区の人口は10万人程度だった。 それは、中国で実際の需要を無視して過剰に不動産開発が増えた一つの例だ。カンバシ新区が鬼城化した後も、共産党政権は不動産投資を積み増して10%程度の高い成長率の実現を目指した。党の指揮の下で不動産価格は上昇し続けるという、根拠なき熱狂が経済全体を覆い、投資用マンションは過剰に供給された。2016年に国営新華社通信はマンション供給量が34億人分と、人口(約14億人)の2倍超に達したと報じた。 その後、2020年8月に“3つのレッドライン(注)”が実施されて不動産デベロッパーの経営体力は急速に低下している。鬼城が増えるのは不可避の状況であり、不動産バブルは崩壊の真っただ中だ』、「カンバシ新区が鬼城化した後も、共産党政権は不動産投資を積み増して10%程度の高い成長率の実現を目指した。党の指揮の下で不動産価格は上昇し続けるという、根拠なき熱狂が経済全体を覆い、投資用マンションは過剰に供給」、酷い不作為だ。「2016年に国営新華社通信はマンション供給量が34億人分と、人口(約14億人)の2倍超に達したと報じた」、人口の2倍とはどう考えても供給過剰だ。
(注)3つのレッドライン:「資産負債比率70%以下」「自己資本に対する負債比率100%」「短期負債を上回る現金保有」の3条件に抵触する不動産企業をランク付けし、銀行融資を制限させる(日経新聞)。
・『内装が施されておらず、電気がつかない部屋も 懸念されるのは、鬼城に住まざるを得ない人の増加だ。鬼城の住人は経済的にも、精神的にも窮状に陥っている。インターネットで鬼城を画像検索すると、その一端が垣間見られる。部屋は内装が施されていない。窓枠にはガラスがはめられていない。住人はコンクリートむき出しの床、壁と天井に囲まれ、無機質なコンクリート上に布団を敷いたり、テントを張ったりして生活をする。 水道や電気が引かれている鬼城もあるが、未完成の物件が多いために日常の生活を送るには困難が多いようだ。 まきや簡易コンロで暖をとって生活をする人もいる。照明は日光、もしくは懐中電灯というケースもある。衛星写真を見ると、団地と近隣の町をつなぐ道路など社会インフラが未整備な鬼城も多い。消防設備が整備されていない鬼城も多いようだ。余裕があれば家を借りて安心・安全な生活環境を確保することはできるだろう。しかし、実際には景気減速によって雇用・所得環境が悪化し、鬼城に住まざるを得ない人が増えているようだ』、「水道や電気が引かれている鬼城もあるが、未完成の物件が多いために日常の生活を送るには困難が多いようだ。 まきや簡易コンロで暖をとって生活をする人もいる」、火事や一酸化炭素中毒のおそれもある。
・『借り入れができず、未完成で売却もできない 鬼城に住む人と不動産業者間のトラブルも増えている。住人の中には、不動産業者や地方政府にだまされたと考える者がいる。途中で建設がストップしたまま放置され、契約通りのマイホームを手に入れることができなかった。それにもかかわらず、ローンは返済しなければならない。マイホームを手に入れることは、多くの人にとって夢だ。だまされたという心理が強まるのは無理もない。建設から30年近く経過した鬼城もある。 住人は高齢化し、新しい物件購入の資金を追加で借りることは難しい。建設が終了していないため、その物件が自分の所有物であることを証明できず、売却を行うことも難しいようだ。断熱も、換気も、上下水道も未整備な住居での生活は過酷だが、家計の支出の抑制や風雨をしのぐために鬼城に住むしかないというのが彼らの本音だろう。倒壊が懸念されるほどに老朽化する鬼城も増えているようだ。 鬼城に住む人の窮状に共産党政権は危機感を強めている。鬼城問題の解決に向けて、共産党政権はオルドス市に有名進学校を強制的に移転させてマンション需要を喚起した。一部では鬼城に買い手がついたようだ。しかし、それは中国全体でのマンション供給過剰の是正には程遠い』、「倒壊が懸念されるほどに老朽化する鬼城も増えているようだ。 鬼城に住む人の窮状に共産党政権は危機感を強めている」、これまでの失政のツケを政府はどのように解決するのだろう。
・『不動産バブルがいよいよ本格化する 今後、鬼城問題は深刻化する可能性が高い。伸び率は鈍化しているが、2021年12月の中国70都市の住宅価格は前年同月比で2.6%上昇した。中国全土で住宅価格の下落が鮮明化すれば、不動産市場では投げ売りが急増するはずだ。“売るから下がる、下がるから売る”という弱気心理が連鎖し、景況感は急速に悪化するだろう。 共産党政権は一部の融資規制を緩和したり追加利下げを行ったりして不動産市況の悪化を食い止めようと必死だ。習政権は地方政府に住宅購入や建設を支援するよう指示も出している。しかし、土地売却収入の減少によって財政状況の悪化や財政破綻に陥る地方政府は増えるだろう。不動産バブルの崩壊は本格化し、経済全体でのバランスシート調整と不良債権処理の推進は不可避になるだろう』、「共産党政権は一部の融資規制を緩和したり追加利下げを行ったりして不動産市況の悪化を食い止めようと必死だ」。「しかし、土地売却収入の減少によって財政状況の悪化や財政破綻に陥る地方政府は増えるだろう。不動産バブルの崩壊は本格化し、経済全体でのバランスシート調整と不良債権処理の推進は不可避になるだろう」、先行きに待ち受けているのは、「不動産バブルの崩壊本格化」による大混乱だろう。
・『中国共産党政権の失策の象徴である その結果、鬼城はこれまでを上回るペースで増加する恐れがある。不動産市況の悪化は中国の雇用・所得環境の悪化に直結する。鬼城に住まざるを得なくなる人が急速に増える展開は否定できない。不動産業者や地方政府と鬼城化した物件の購入者のトラブルも増えるだろう。 すでに中国では、不動産業者が資金をかき集めるために重複販売を行ったり、販売用の物件を担保として銀行やシャドーバンクに差し入れたりしていたことが発覚している。鬼城の住民が不動産業者などにだまされたとして訴訟を起こすケースは増えるだろう。 鬼城問題の深刻化は、社会心理を悪化させ共産党の求心力低下につながる。窮状に陥る鬼城の住人や購入者の増加を食い止めるために、共産党政権はこれまで以上に民間企業への締めつけを強め、不動産業者は資産の切り売りを急ぐだろう。それは不動産市場の悪化に拍車をかけ、鬼城のさらなる増加につながる恐れがある。 共産党政権がセメントや鉄鋼生産、雇用を増やすために不動産投資を頼り、それによって経済成長率を人為的にかさ上げした代償は大きい。鬼城問題はその象徴だ』、これまでの無理な経済政策のツケが積み重なっているだけに、解決にはかなりの混乱と時間を要するだろう。
タグ:中国経済 (その14)(中国政府発表の「GDP8.1%成長」が大ウソだと断言できるこれだけの理由、習近平もお手上げ…34億人分の在庫を抱えた「中国のマンションバブル」の行き着く先 電気も水もない「鬼城」の住人が急増) 現代ビジネス 朝香 豊氏による「中国政府発表の「GDP8.1%成長」が大ウソだと断言できるこれだけの理由」 「小売業はこの1年間で年率11.3%も成長」、とは「ロックダウン」の影響は何ら受けてないことになる。 「競売物件の掲載数はここ4年間で187倍近くに急増」、「住宅ローンの支払いが全くできなくなる人が続出するところまで経済が冷え込んでいるのに、この1年で11.3%も消費支出が伸びたなどということなど起こりえない」、その通りだ。 こんなデタラメな統計を発表する意義は、単に政府目標を達成したと嘘で塗り固めるだけだ。ここまで酷い統計操作は初めてだ。言論の自由がないなかでは、「統計」まで恣意的になるようだ。 PRESIDENT ONLINE 真壁昭夫氏による「習近平もお手上げ…34億人分の在庫を抱えた「中国のマンションバブル」の行き着く先 電気も水もない「鬼城」の住人が急増」 「今後、不動産デベロッパーの資金繰りはさらに悪化し、未完成のまま中断される不動産開発案件が増えるだろう。鬼城はこれからも増える可能性が高い」、大変だ。 「100万人が住める巨大マンションを建てたが…」、「石炭」需要にも陰りが出て、「入居者」集めも大変だろう。 「カンバシ新区が鬼城化した後も、共産党政権は不動産投資を積み増して10%程度の高い成長率の実現を目指した。党の指揮の下で不動産価格は上昇し続けるという、根拠なき熱狂が経済全体を覆い、投資用マンションは過剰に供給」、酷い不作為だ。「2016年に国営新華社通信はマンション供給量が34億人分と、人口(約14億人)の2倍超に達したと報じた」、人口の2倍とはどう考えても供給過剰だ。 (注)3つのレッドライン:「資産負債比率70%以下」「自己資本に対する負債比率100%」「短期負債を上回る現金保有」の3条件に抵触する不動産企業をランク付けし、銀行融資を制限させる(日経新聞)。 「水道や電気が引かれている鬼城もあるが、未完成の物件が多いために日常の生活を送るには困難が多いようだ。 まきや簡易コンロで暖をとって生活をする人もいる」、火事や一酸化炭素中毒のおそれもある。 「倒壊が懸念されるほどに老朽化する鬼城も増えているようだ。 鬼城に住む人の窮状に共産党政権は危機感を強めている」、これまでの失政のツケを政府はどのように解決するのだろう。 「共産党政権は一部の融資規制を緩和したり追加利下げを行ったりして不動産市況の悪化を食い止めようと必死だ」。「しかし、土地売却収入の減少によって財政状況の悪化や財政破綻に陥る地方政府は増えるだろう。不動産バブルの崩壊は本格化し、経済全体でのバランスシート調整と不良債権処理の推進は不可避になるだろう」、先行きに待ち受けているのは、「不動産バブルの崩壊本格化」による大混乱だろう。 これまでの無理な経済政策のツケが積み重なっているだけに、解決にはかなりの混乱と時間を要するだろう。