半導体産業(その7)(半導体への巨額支援は失敗する、補助で衰退した日本の半導体産業をTSMC誘致で救うことはできない 周回遅れの技術 得するのはソニーだけ、かつて世界一だった日本の半導体業界が、いま世界一の台湾のTSMCから学ぶべきこと 生き残るための「本気度」が違う) [産業動向]
半導体産業については、昨年12月29日に取上げた。今日は、(その7)(半導体への巨額支援は失敗する、補助で衰退した日本の半導体産業をTSMC誘致で救うことはできない 周回遅れの技術 得するのはソニーだけ、かつて世界一だった日本の半導体業界が、いま世界一の台湾のTSMCから学ぶべきこと 生き残るための「本気度」が違う)である。
先ずは、本年1月11日付けNewsweek日本版が掲載した東大教授の丸川知雄氏による「半導体への巨額支援は失敗する」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/marukawa/2022/01/post-76_1.php
・『<台湾のTSMCとソニーが熊本に作る半導体工場に日本政府は日の丸半導体復活の夢を懸けるが、4000億円の補助金は無駄になる可能性が高い。世界の半導体産業を見渡すと、補助金は輸出の際に相殺関税を課されかねず、国内供給に限れば成功は見込めないからだ> 2021年12月に日本の国会で、日本国内での半導体工場の建設に対して政府から設備投資の半分までを補助する法案が可決された。これに先立ち、台湾積体電路製造(TSMC)がソニーと共同で熊本県に大型の半導体工場を建設する計画を発表しており、この法律が成立したことで、日本政府はこの新工場に4000億円程度を補助するとみられている。 この補助計画に対しては、半導体産業の専門家から「TSMCの熊本工場で作られるのは、デザインルール(回路線幅)が28ナノメートルという10年前の技術のものにすぎない。5ナノメートルの半導体の量産が始まっている現状では、これで日本の半導体産業が復活するはずもない」との批判の声が上がっていた。 私もその通りだと思う。この補助金によって、韓国、台湾、アメリカに大きく差をつけられた日本の半導体産業の局面を打開できるはずもなく、せいぜい現状維持できる程度であろうし、これが日本の経済安全保障に資するかというと、そもそもそのロジックが不明なのである』、「5ナノメートルの半導体の量産が始まっている現状では、これで日本の半導体産業が復活するはずもない」、「日本の経済安全保障に資するかというと、そもそもそのロジックが不明」、厳しい批判だ。
・『経済安全保障と競争力回復は両立しない この補助金をめぐる議論が混乱しているのは、「経済安全保障」と「半導体産業の競争力回復」という二つの異なる目標がごっちゃになって論じられているからだ。二つの目標のどちらを目指すかによってとるべき戦略は全く異なる。日本の半導体産業の現状を考えると両方を同時に追求できる手立てはない。 中国政府も半導体産業に対する巨額支援を行っているが、はかばかしい成果は得られておらず、すでにかなりの金を無駄にしている。 中国が半導体を国産化する決意を固めたのは1990年の湾岸戦争がきっかけだった。アメリカのハイテク兵器の威力を目にして、電子技術を強化する必要性を痛感したのだ。国家プロジェクトとして進められた半導体産業の育成には日本のNECが技術供与や出資の面でかなり協力した。しかし、NECも出資した上海の工場でDRAMを量産し始めたものの、2001年のドットコム・バブル崩壊のあおりを受けて事業は失敗した。 その後の10数年間、中国の半導体産業は主に民間主導で発展した。例えば、国内の携帯電話やスマホのメーカーが成長すると、それらに対する販売を見込んで、携帯電話・スマホ用ICの設計を専門とするファブレス(=工場を持たない)・メーカーが成長した。なかでも通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の子会社のハイシリコン(海思)や、ユニソック(紫光展鋭)は2020年第2四半期の時点では世界シェアがそれぞれ3位(シェア16%)、6位(シェア4%)と、そこそこの位置につけていた。 中国のファブレス・メーカーの成長を裏方として支えていたのは、台湾のTSMCや中国の中芯国際(SMIC)といった半導体受託メーカー(ファウンドリー)であった。ファブレスとファウンドリーを各々独立した企業が担って分業する台湾型の半導体産業が中国でも盛んになっている。 しかし、中国政府はこうした民間主導の半導体産業の発展には飽き足らず、2014年から再び介入を強めた。同年「国家IC産業発展促進政策」を制定し、それに基づいて国家IC投資ファンドを立ち上げた。政府や中国煙草などの国有企業からの出資金を総額1387億元(約2兆4000億円)集めて、これまでに85社の半導体関連企業に出資した。 その投資先を見ると、SMICなどのファウンドリーに全体の65%の資金を投じているが、半導体の製造装置、半導体材料、半導体のパッケージングとテスト、そしてファブレス・メーカー、さらには他のIC産業投資ファンドにも出資している。半導体産業の上流から下流までをカバーしており、その狙いは中国の弱点を克服し、半導体産業全体の国産化を進めていくことにあるとみられる』、「2014年から再び介入を強めた。同年「国家IC産業発展促進政策」を制定し、それに基づいて国家IC投資ファンドを立ち上げた。政府や中国煙草などの国有企業からの出資金を総額1387億元(約2兆4000億円)集めて、これまでに85社の半導体関連企業に出資した」、なるほど。
・『目標は2030年の国産化率75% この政策は、翌年にはハイテク産業全般にわたる国産化政策である「中国製造2025」にもつながっていく。その具体的な目標を産業ごとに示した「技術ロードマップ」のなかでは、ICの国産化率を2020年には49%、2030年には75%とするという目標が提示された。 なお、『日本経済新聞』など日本のマスコミでは、中国は「中国製造2025」で半導体の「自給率を2020年に40%、25年に70%まで高める目標を打ち出した」(『日本経済新聞』2021年10月13日)との誤報を繰り返している。これは「中国製造2025」のなかで「重要部品と重要材料」全般に関して掲げられた目標を半導体に関する目標だと誤解したものであろう。 皮肉なことに、こうした中国の野心的な政策がアメリカの警戒心を呼び起こすことになった。それまで中国のスーパーコンピュータはインテルなどアメリカ企業のICを使って、計算速度でアメリカや日本とトップ争いを繰り広げてきたが、2015年からアメリカ政府は中国のスーパーコンピュータ向けにアメリカ企業がICを輸出することを禁じた。そこで中国はスーパーコンピュータ用のCPU「申威(Sunway)」を開発した。 軍事への応用も想定されるスーパーコンピュータへのIC供給を制限するのは理解できるが、トランプ政権になると、民生品を作る企業であっても中国のハイテク企業の力を削ごうとする政策が乱発されるようになった。 特にターゲットになっているのはファーウェイで、2019年からは同社に対してアメリカ産のICやソフトを輸出するには商務省の許可が必要となった。この規制の結果、ファーウェイは米クアルコムのスマホ用ICや、グーグルのスマホ用OS「アンドロイド」に関連する各種アプリが入手できなくなり、大きな痛手をこうむるかに見えた。しかし、ファーウェイは子会社のハイシリコンで設計したスマホ用ICを使うことで難局を乗り越え、むしろ2020年第2四半期にはスマホにおける世界シェアを20%に伸ばして、世界トップのサムスンと肩を並べた。 するとアメリカは2020年5月にアメリカの技術やソフトを使ったICは他国製のものであってもファーウェイに輸出する際には米商務省の許可を必要とすると決めた。日本や韓国が作るICであってもファーウェイに輸出する際にはアメリカ様の許可が必要という無茶な要求であるが、これによって、ファーウェイはハイシリコンが設計して台湾TSMCに製造を委託していた5Gスマホ用ICを入手できなくなった。中国国内にもSMICなどICの製造受託会社は存在するのだが、中国最先端のSMICでさえ、ようやく14ナノメートルのレベルのICを始めようかという段階にあり、5Gスマホに必要な線幅7ナノメートルのICは作れないのである。それはアメリカ政府の圧力のために、SMICがEUV(極端紫外線)露光装置を輸入できないからである』、「中国の野心的な政策がアメリカの警戒心を呼び起こすことになった」、「2020年5月にアメリカの技術やソフトを使ったICは他国製のものであってもファーウェイに輸出する際には米商務省の許可を必要とすると決めた」、「アメリカ政府」の「ファーウェイ」包囲網は露骨だ。
・『ファーウェイで顕在化した供給リスク ファーウェイは事業の一部を売却するなどスマホ事業の大幅な縮小を余儀なくされた。こうして、半導体および半導体製造装置の供給リスクが顕在化したことで、中国政府の半導体国産化へ向けた決意がますます高まった。2019年には国家IC投資ファンドの第2期が始まり、2000億元(3兆4000億円)の資金を集めて再びICメーカーへの投資を始めた。 ところが、2021年に入ると、中国の半導体国産化戦略に失敗の空気が漂うようになった。2014年以降の膨大な投資にもかかわらず、2020年の半導体の国産化率は私の計算では24%にとどまった。半導体産業専門家のハンデル・ジョーンズ氏の推計では国産化率は16.6%にすぎないという。但し、彼の推計では中国国内で半導体を生産している外資系メーカーは国産化率にカウントされていない。いずれにせよ、「2020年に49%」という「中国製造2025技術ロードマップ」の目標を大幅に下回っている。 さらに、2021年7月には、これまで中国の半導体戦略の先兵として活動してきた紫光集団が破産した。紫光集団は、もともと清華大学の研究成果の産業化を目指す目立たない国有企業にすぎなかったが、2009年に、清華大学出身で新疆での不動産事業で当てた趙偉国がその資本の49%を取得して経営を掌握してから半導体事業に力を注ぐようになった。) 紫光集団は2013年に携帯電話用ICのファブレス・メーカー、展訊(Spreadtrum)と鋭迪科(RDA)の2社を買収し、この2社を統合してユニソック(紫光展鋭)とすることで、半導体産業への参入を果たした。 その後、NANDフラッシュメモリを作る長江メモリ、同じくメモリを作る武漢新芯、成都紫光、南京紫光といった大型の工場を次々と立ち上げた。これらの事業の資金は銀行からの借り入れや社債の発行で調達したほか、国家IC投資ファンドからも総額286億元(約4900億円)の出資を引き出している。 しかし、紫光集団の半導体事業は、最初に買収したユニソックだけはスマホ用ICの世界でそこそこの業績を上げているものの、大金を投じたメモリはあまり売れていないようである。紫光集団は投資した資金を売り上げによって回収できず、資金繰りが行き詰った。同社は日本でいえば会社更生の途上にあるため、国家IC投資ファンドが投じた資金が完全に無駄になると確定したわけではないものの、現状では大きな損失を被っている状況にある。 紫光集団が失敗したのは、端的に言って、半導体産業に「国産化」という発想が馴染まないためである。半導体は、研究開発や設備投資に膨大なコストがかかる一方、生産量を拡大するコストは小さいため、規模の経済性が顕著である。半導体の輸送コストも小さいため、販売先に近接した場所で生産するより、特定の場所に生産拠点を集中し、そこから世界へ運んだ方が経済的である。つまり、この産業は少数の企業が少数の生産拠点で集中的に生産する傾向があり、各国で国内需要のために生産するのは割に合わないのである』、「半導体産業」は「規模の経済性が顕著」で、「少数の企業が少数の生産拠点で集中的に生産する傾向があり、各国で国内需要のために生産するのは割に合わない」、つまり「「国産化」という発想が馴染まない」、なるほど。
・『国産化の動機はアメリカの圧力 ただ、もし海外の生産拠点からの半導体供給が阻害される事態が生じるとすれば、それは半導体の国産化を進める理由にもなるし、またその機会が生まれることになる。実際、アメリカ政府が自国産の半導体ばかりか、他国産の半導体を中国へ輸出することにさえ制限を加えはじめたことは、中国にとっては半導体の国産化を進める重要な動機となった。 ところが、フタを開けてみたら、アメリカの半導体輸出制限は実は大したことがなかった。トランプ政権のもとでアメリカから中国への半導体輸出は減少するどころか、むしろ2017年の53億ドルから2020年の102億ドルへ急増しているのである。バイデン大統領が就任した2021年はさらに前年を上回る勢いで、1~10月の輸出額は104億ドルと、年末まで2か月を残してすでに前年の実績を上回っている。 たしかにアメリカ政府の制限によってファーウェイは5Gスマホ用のICを入手できなくなったが、ファーウェイのそれ以外の製品に必要なICは輸入できている。まして、シャオミやオッポなど他のスマホメーカーの場合は、最先端の5Gスマホ用のICも問題なく輸入しているのである。) 海外のICが従来通り輸入できるのであれば、中国国内のICユーザーとしてはわざわざ品質が未知数の国産品に切り替える理由はない。勇んで半導体国産化に取り組んでいた紫光集団も、輸入に制限がない状況であれば、価格と品質で輸入品に対抗せざるを得ない。しかし、短期間にそんな実力を身に着けることはできなかったのだ。 さて、日本政府がTSMC熊本工場に巨額の補助金を出そうとしている件に話題を戻すと、このプロジェクトが商業的に成功する可能性は高いと思う。熊本工場ではソニーのイメージセンサーや画像処理プロセッサ(ISP)を受託生産する計画だというが、ソニーは世界のイメージセンサー市場で5割前後のシェアを持つトップメーカーであり、成功が持続する可能性は高い。 但し、ここで一言を注釈を差しはさんでおくと、TSMCは中国・南京ですでに28ナノメートルのICを製造するファウンドリーを運営しており、そこではソニーを追い上げている米オムニビジョンのイメージセンサーの受託生産をしている。自民党などには、この熊本工場を機縁に半導体の日台連合を期待する向きもあるようだが(『日本経済新聞』2021年12月25日)、TSMCの日本とソニーへの協力は、同社の中国とオムニビジョンへの協力より後回しであったのである。 さて、TSMC熊本工場でのソニー製品の受託生産が成功して海外にも輸出される場合、日本政府の補助金がかえって仇となる可能性がある。つまり、補助金によって輸出競争力を高めたとなると、海外で補助金相殺関税を課される可能性があるのだ。特に、自国にイメージセンサーのメーカーを持つ韓国、アメリカ、中国は相殺関税を課す動機がある。つまり、政府の補助金のせいで、かえって輸出が難しくなる恐れがある』、「補助金によって輸出競争力を高めたとなると、海外で補助金相殺関税を課される可能性がある」、「特に、・・・韓国、アメリカ、中国は相殺関税を課す動機がある」、そうであれば「補助金」を出した意味は何なのだろう。
・『どちらを向いても成功は難しい この点、中国の国家IC投資ファンドからの資金の場合は出資という形をとるので、投資先の企業が成功したらファンドの保有する株を民間人に売却できる。そうすれば輸出先で補助金相殺関税を食らうこともない。一方、TSMC熊本工場に日本政府が出す資金は補助金なので、持ち株を売るというわけにはいかない。 もし熊本工場のICが日本国内にのみ販売されるのであれば、相殺関税を課される心配はないが、それでは日本の半導体産業の復活ということにはつながらないだろう。それでも、海外からのIC供給途絶という事態に備えた経済安全保障になるので、政府の補助金を出す意義はある、という主張は可能である。ただ、それは競争力回復という目標を捨てることを意味する。 しかし、中国と違って、日本が海外から半導体を輸入できなくなる可能性は小さい。2020年の日本の半導体の輸入先をみると、台湾が57%を占めて圧倒的に多く、次いでアメリカ(11%)、中国(9%)、韓国(5%)、シンガポール(3%)、マレーシア(3%)となっている。このなかで日本への半導体輸出を止めると脅している国があるだろうか。日中関係が悪化して、中国からのIC輸入が難しくなることが絶対にないとは言い切れないが、それは代替的な輸入先を確保することで対処できる範囲のリスクであり、国内の工場への巨額の補助金投下を正当化しうるものではない』、確かに「経済安全保障」の観点で、「国内の工場への巨額の補助金投下を正当化」には無理がある。
次に、1月30日付け現代ビジネスが掲載した大蔵省出身で一橋大学名誉教授の野口 悠紀雄氏による「補助で衰退した日本の半導体産業をTSMC誘致で救うことはできない 周回遅れの技術、得するのはソニーだけ」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91809?imp=0
・『台湾の最先端半導体企業TSMCの工場を熊本に誘致するため、巨額の補助金が支出される。しかし、TSMCが日本に持ってくるのは古い技術であり、日本の半導体産業を復活させることにはならない。 日本の半導体産業が衰退したのは、ビジネスモデルを誤ったからだ。そして、補助づけになって衰退が加速した』、野口氏の辛口のコメントは小気味いい。
・『TSMCが日本に持ってくるのは、10年前の技術 日本政府は、台湾の最先端半導体ファウンドリTSMCの工場を熊本に誘致する。建設費8000億円のうち半分の4000億円を日本政府が補助する。これをテコにして、衰退した日本の半導体産業を復活させるのだと言う。 果たしてそうなるだろうか? ならないだろう。なぜなら、TSMCが日本に持ってくるのは、だいぶ昔の技術だからだ。 熊本工場で製造するのは、ロジック半導体だが、22~28nmプロセスのものだ(これがどういう意味かは、後述)。 TSMCが28nmの量産を開始したのは、2011年のことである。つまり、これは、10年くらい前には最先端技術だったが、いまでは他の企業でも生産できる「レガシー」と呼ばれるものだ。 そうした古い技術の工場に国が補助金を支出して誘致しても、日本の半導体産業が復活することはないだろう。 アメリカ政府も、TSMCの工場を誘致するため補助金を支出する。また、インテルがオハイオ州に建設する新工場にも、補助金を支出する計画だ。しかし、これは、5nmの最先端プロセスだ。補助金の支出が必要かどうか疑問に思うが、理解できなくもない。 これらと日本の誘致計画とは、まったく異質のものだ』、「古い技術の工場に国が補助金を支出して誘致しても、日本の半導体産業が復活することはないだろう」、すると何が誘致の狙いなのだろう。
・『ソニーに対する補助? では、なぜ4000億円もの補助金を出すのか? その疑問を解く鍵は、隣にあるソニーの工場にある。ここでソニーは、イメージセンサーを生産している。これは、ロジック半導体と組になって作動する。 ところが、ロジック半導体をソニーは外部から調達している。そして、後述する最近の半導体不足によって。この供給が不安定になっている。ソニーが自社でロジック半導体の工場を作ると、コストがかかる。国が支援してくれれば、助かる。 すると、結局のところ、国が支出する補助金は、ソニーに対する補助ということにならないだろうか?』、「結局のところ、国が支出する補助金は、ソニーに対する補助」、ただ、業績好調な「ソニー」が「補助金」を何が何でも必要としているとは考え難い。
・『高性能半導体とは? 半導体の問題はやや複雑だ。ここで簡単に説明しておこう。 現在、最先端の製造技術が要求されているのは、「ロジック半導体」と呼ばれるものだ。これは、計算や制御を担当する半導体だ。PCやスマートフォンなどの頭脳部分になっている。 アップル、NVIDIA、AMDなどのアメリカIT企業は、回路の設計を行ない、製造を「ファウンドリ」(受託製造)と呼ばれる企業に委託する。 ロジック半導体の電力消費を下げ、性能を向上させるために、回路の微細化が進められてきた。これを表すのが、回路の最小線幅だ。それが5nmにまで来ているのである(nmは、10億分の1メートル)。 現在のところ、TSMCとサムスンだけが、5nmのロジック半導体を量産することができる。そして、サムスンは、TSMCに先駆けて、3nmプロセスの半導体を製造する計画を立てている。 世界最先端の半導体競争は、このレベルで展開されているのだ』、「TSMCとサムスンだけが、5nmのロジック半導体を量産することができる。そして、サムスンは、TSMCに先駆けて、3nmプロセスの半導体を製造する計画を立てている」、そんななかで、「10年前の技術」に政府資金を使う意味は何なのだろう。
・『半導体不足とは? いま、半導体不足が世界的に深刻な問題になっている。ただし、足りないのは、先端ロジック半導体ではない。不足しているのは、自動車積載用や、PCやルーターなどのネットワーク機器に用いるもので、40nmプロセス程度のものだ。 これらに用いる半導体不足のきっかけは、米中対立の中で、アメリカが、中国のファウンドリーSMICを制裁リストに追加したことだ。このため、アメリカの自動車メーカーは同社からの車載用半導体の調達ができなくなり、その分がTSMCを始めとする台湾のファウンドリに向かった。 ところが、TSMCとしては、先端半導体のほうが利益率が高いため、車載半導体への需要に応えることができない。 それに加え、日本の車載用半導体の大手メーカーであるルネサスエレクトロニクスの工場で火災が発生した。そして、サプライチェーンが、コロナの感染拡大で混乱した。こうしたことの結果、委託企業が実需以上の発注をするようになり、不足に拍車をかけたのだ』、「半導体不足」は多くの要因が重なったためのようだ。
・『かつて日本が強かったのはメモリー半導体 日本の半導体が、1970年代から80年代に世界を制したと言われる。しかし、半導体の全般について日本が強かったわけではない。日本が制したのは、DRAMというメモリー半導体に限ってのことである。 演算用の半導体CPUは、インテルが支配した。計算回路の設計はソフトウェアであり、日本のモノづくり技術では、歯が立たなかった。現在のロジック半導体は、これが進歩したものだ。 付加価値が高いのは、DRAMではなくCPUだ。日本の半導体産業の問題は、CPUのような高度な技術を必要とされる製品を生産できなかったことだ。 インテルは、技術力によってCPUの生産を独占した。そして、マイクロソフトのOSウィンドウズとの組み合わせによって、後に「ウインテル体制」と呼ばれるようになったものを築いて、PC産業を制覇した。 日本は、この流れに対応することができなかった』、「日本の半導体産業の問題は、CPUのような高度な技術を必要とされる製品を生産できなかったこと」、同感である。
・『ビジネスモデルを間違え、補助で衰退した その後、日本の半導体産業は、得意だったメモリーも含めて衰退していった。それは、韓国企業などの追い上げに対して、経営者がビジョンを持たず、適切なビジネスモデルを構築する能力を持たなかったからだ。 国の支援によって日本の半導体産業の立て直しを図るべく、NEC、日立のDRAM事業を統合したエルピーダメモリが1999年に発足した(後に、三菱電機のDRAM事業を譲り受ける)。 しかし、経営に行き詰まり、改正産業活力再生特別措置法の適用第1号となって、公的資金活用による300億円の出資を受けた。だが、事態は好転せず、2012年2月に、製造業として歴史上最大の負債総額4480億円で破綻した。 日本の半導体産業が弱体化したのは、補助金が少なかったからではない。補助漬けになったからだ。「補助して企業を助ければよい」という考えが基本にある限り、日本の半導体産業が復活することはないだろう』、「「補助して企業を助ければよい」という考えが基本にある限り、日本の半導体産業が復活することはないだろう」、言い得て妙だ。
第三に、2月6日付けPRESIDENT Onlineが掲載したアジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表の藤 重太氏による「かつて世界一だった日本の半導体業界が、いま世界一の台湾のTSMCから学ぶべきこと 生き残るための「本気度」が違う」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54325
・『台湾政府系シンクタンクでの顧問経験 筆者は台湾政府経済部(日本の経済産業省に相当)系のシンクタンク「財団法人 資訊工業策進会(Institute for Information Industry、略称III)」で8年ほど顧問を務めた。その間、台湾が国策としていかに経済力を強め国際的地位を築いてきたか、国と産官学がどのように連携し、産業や企業を育成していったのかを台湾側から垣間見てきた。その経験を踏まえながら、今日の日本と台湾の差をもたらした要因はどこにあったのかを考えてみたい。 1980年代、日本は半導体の母国であるアメリカをも凌駕し、日本製の「日の丸半導体」が世界をリードしていた。当時の中核製品であったDynamic RAM(DRAM)メモリにおいて、世界シェアの上位5社はすべて日本企業だった(NEC、日立、東芝、富士通、三菱電機)。日本が技術大国、製造立国として世界から認知されていた、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(エズラ・ヴォーゲル)という時代だった』、興味深そうだ。
・『「最終消費財」にばかり目が向いていた日本メーカー しかし、日本は80年代の半導体技術での優位性を活かせず、「ものづくり大国」としての地位はすっかり過去のものとなってしまった。なぜごく短期間に、日本の半導体業界はこのように落ちぶれてしまったのか。 第一の要因は、各社が「最終消費財」の生産ばかりを重視し、半導体を軽視したことだ。当時の日本企業は、パソコン、通信機器、テレビなどの家電といった最終消費財を製造販売することに固執し、半導体はその部品の一つぐらいに認識していた。そこで安い外国産半導体に頼ることにした結果、国内での半導体製造は縮小し、後にライバルとなる韓国のサムスンや台湾のファブレス企業が日本企業のお金で育つことになった』、「韓国のサムスンや台湾のファブレス企業が日本企業のお金で育つことになった」、歴史の皮肉だ。
・『垂直統合型ビジネスにこだわった結果 第二に、半導体産業の可能性を見誤り、変化への対応に出遅れ、そして頑固だったことだ。 技術の優位性で油断していた日本は、サムスンや台湾メーカーのような半導体ビジネスへの大規模投資に10年ほど後れを取る。1999年にようやくNEC日立メモリ(後のエルピーダメモリ)、2003年に日立と三菱の半導体部門の統合によるルネサス テクノロジ(現ルネサス エレクトロニクス)が設立された。 しかし、両社を含む日本企業の多くは、設計から生産までを一貫して手掛ける、以前からの垂直統合型ビジネスをかたくなに守った。その結果、設計と生産の分業という世界的潮流に乗り遅れ、その後のDRAM価格の暴落や円高によって業績を大きく悪化させる。エルピーダメモリは2012年2月に会社更生法の適用を申請。負債総額4480億円余りと、国内製造業としては戦後最大の倒産劇を演じ、最終的には米マイクロン・テクノロジに買収されることになる。 この間の秩序無き統廃合や技術の切り売り、リストラ、売却劇などは、あまりにも無残だった。優秀なエンジニアの海外企業への転職、頭脳流出などもずいぶん進んでしまった』、「日本企業の多くは、設計から生産までを一貫して手掛ける、以前からの垂直統合型ビジネスをかたくなに守った。その結果、設計と生産の分業という世界的潮流に乗り遅れ、その後のDRAM価格の暴落や円高によって業績を大きく悪化させる」、「この間の秩序無き統廃合や技術の切り売り、リストラ、売却劇などは、あまりにも無残だった。優秀なエンジニアの海外企業への転職、頭脳流出などもずいぶん進んでしまった」、「日本」の経営者の無能ぶりが、経済に甚大な影響を与えてしまったようだ。
・『効率最優先と引き換えに失われたもの 第三にバブル崩壊以降、「会社は株主のもの、株主を重視せよ」という考え方が強まったことの影響も指摘せざるを得ない。「物言う株主・アクティビスト」が増えた結果、各企業は「利益最優先」「効率主義」を強く求められるようになった。コスト削減圧力が高まる一方、モノ作りへのこだわりや品質重視といった姿勢は軽んじられ、企業は財務健全化のために内部留保を増やし、研究開発費や設備投資を抑制した。 日本企業はコストを削減するため生産拠点を海外に移し、下請け企業にも国際調達や海外進出を促すようになる。当時、筆者は京都の中小サプライヤーに対し、中国大陸での調達のサポート、通訳、事業アドバイスを提供していたが、彼らは元請け企業から海外調達比率やコスト削減の目標を言い渡され、未達成の場合は取引を継続しない可能性をちらつかされていた。このように大手企業の方針によって中小企業までが海外進出させられた結果、日本の産業の空洞化が進むことになる』、なるほど。
・『目先の利益ばかりを追求した報い この頃から、勝つためには手段を選ばない日本企業の蛮行も増えてくる。90年代中頃、台湾で多くのメーカーと交流していた私は、「日本企業は相見積もりばかりする」「見積もりだけ取って、その後は音沙汰無し、値引きの交渉材料に使われるだけだ。俺たちをバカにしている」という不評や不満をよく耳にした。 日本の家電や電子製品づくりは、次第に顧客本位ではなくなっていく。価格をつり上げるために過剰な機能を増やしたり、無理なコストダウンのために品質を落としたりするケースが目につくようになった。日本国内での売り上げが伸び悩む中、進出先の国でのマーケット開拓も試みたが、地場の後発メーカーのシンプルで安い商品に負け続けた。 ものづくりができなくなった日本のメーカーが、海外で生産した商品をブランド販売する商社のようになっていく一方、力をつけた海外企業が日本市場を席巻するようになる。日本が育てたサムスン、日本の下請け工場だった鴻海科技集団(フォックスコン・テクノロジーグループ)、そして半導体の発注先だったTSMCが、その後日本企業を凌駕し、世界的な地位を築くとは、日本の誰もが想像していなかったかもしれない。 日本の半導体ビジネスの失敗は、目先の利益だけを追求し、技術革新、設備投資を怠り、長期的戦略の無いまま日本の産業と雇用を守ってこなかった結果だと言わざるを得ない』、「日本の半導体ビジネスの失敗は、目先の利益だけを追求し、技術革新、設備投資を怠り、長期的戦略の無いまま日本の産業と雇用を守ってこなかった結果だ」、同感である。
・『台湾の国策企業の一つだったTSMC 一方、台湾は、50年程前の1970年代から半導体産業の勃興を予測し、国家プロジェクトとして電子産業の検討を始めた。73年にそのためのシンクタンク「工業技術研究院(以下、ITRI)」が設立され、76年にはアメリカのRCA社と技術移転契約を締結。これをもとに77年には3インチ(75mm)ウエハー工場がITRIの中に建設され、半導体製造に成功する。この工場をITRIからスピンオフさせて、1980年5月に企業として独立したのが、現在世界第3位の半導体メーカーである聯華電子股份有限公司(UMC)だ。 TSMCの設立にもまた、台湾当局が深く関与している。UMCの成功を受けて、83年には経済部で「電子工業研究開発第3期計画」がスタート。1985年にITRIの新院長に抜擢されたのが、1948年に渡米してハーバード大学やマサチューセッツ工科大学で学び、米半導体大手テキサス・インスツルメンツやジェネラル・インストゥルメントで経験を積んだモリス・チャン(張忠謀)氏だ。チャン氏は1987年2月にTSMCを設立したが、創業時の資本額55億台湾元(約231億円)のうち48.3%は、台湾政府の行政院開発基金が出資した。つまりTSMCも、台湾政府が創った国策企業なのだ』、「UMC」、「TSMC」とも、もともと「台湾政府」関連企業だったようだ。
・『在米の華人エンジニアを国が地道にヘッドハント その間にも台湾政府は、新竹サイエンスパークの整備、雇用政策、規制撤廃や法整備、投資環境の整備、技術者のための住居の整備、技術者子女の教育環境の整備などを国家事業として進めていった。1980年代、新竹サイエンスパークの周りには大きな別荘が数多く建築され、「帰国組」の住居として提供されていたことは有名な話だ。台湾政府の要人が足しげくアメリカに渡り、優秀な華人をヘッドハンティングして台湾に招聘しょうへいするという、涙ぐましい努力があったのである。 2010年ごろ、黃重球経済副大臣(当時)が訪日した際、筆者はプレジデント誌のために彼にインタビューを行った。「私は台湾を売り込むためのセールスマンです」と語る副大臣の姿を見て、台湾政治家の使命感と台湾経済の強さを実感したものだ。 また、こんなこともあった。当時、経済部は電子コンテンツ産業の育成を決定し、日本の電子書籍ビジネスに着目した。そこで筆者に日本の出版社の台湾招聘に関する依頼があり、実際に日本を代表する出版界の経営者数名に台湾を訪問していただいた。その際、総統府で馬英九総統(当時)との謁見えっけんが組み込まれていたのには、大変驚いた。 しかも、台湾の当時の元首である馬英九総統の口から、「日本の電子書籍・コンテンツビジネスの経験を台湾にも共有してほしい」と言われれば、訪問した日本企業側も安心し、心が動かされるもの当然だ。目の前で、台湾政府がどのように産業を産み、経済で国家を強くするのか。政治によって新しい産業が生まれるかもしれない瞬間を垣間見た貴重な経験だった』、「台湾政府の要人が足しげくアメリカに渡り、優秀な華人をヘッドハンティングして台湾に招聘しょうへいするという、涙ぐましい努力があった」、ここまで「台湾政府」が努力していたとは初めて知った。
・『なぜ台湾にできることが日本ではできないのか 筆者は2020年4月に「台湾のコロナ対策が爆速である根本理由『閣僚に素人がいない』」という記事をプレジデントオンラインで書いた。台湾では閣僚だけではなく、官僚も研究者も経営者も皆がそれぞれプロとしての仕事をし、一丸となって国家の景気を支え、発展成長を続けているのである。経済力は国力であり国防力なのだ。経済力強化こそ、国際社会の中で立場の弱い台湾がさまざまな脅威や危機から自身を守り、生き残っていく唯一の方法であることを知っているのである。 台湾がまだ戒厳令下だった1986年、発展途上中の台湾に留学した筆者は「なぜ日本にできることが台湾ではできないのか」と思うことが多かった。しかし、近年では、半導体などの経済政策でもワクチン開発でも、そしてコロナ対応でも「なぜ台湾にできることが日本ではできないのか」と感じることが増えてしまった。 同じ島国、同じ自由民主主義国家、同じ法治国家、歴史的にも関係の深い台湾。お互いの長所も短所も、善しあしも共有し、学び合い、成長し、助け合えるより良い関係を、日本と台湾の間で作り上げていくことを願うばかりだ』、「台湾では閣僚だけではなく、官僚も研究者も経営者も皆がそれぞれプロとしての仕事をし」、日本はアマチュアリズムが強すぎるのかも知れない。
先ずは、本年1月11日付けNewsweek日本版が掲載した東大教授の丸川知雄氏による「半導体への巨額支援は失敗する」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/marukawa/2022/01/post-76_1.php
・『<台湾のTSMCとソニーが熊本に作る半導体工場に日本政府は日の丸半導体復活の夢を懸けるが、4000億円の補助金は無駄になる可能性が高い。世界の半導体産業を見渡すと、補助金は輸出の際に相殺関税を課されかねず、国内供給に限れば成功は見込めないからだ> 2021年12月に日本の国会で、日本国内での半導体工場の建設に対して政府から設備投資の半分までを補助する法案が可決された。これに先立ち、台湾積体電路製造(TSMC)がソニーと共同で熊本県に大型の半導体工場を建設する計画を発表しており、この法律が成立したことで、日本政府はこの新工場に4000億円程度を補助するとみられている。 この補助計画に対しては、半導体産業の専門家から「TSMCの熊本工場で作られるのは、デザインルール(回路線幅)が28ナノメートルという10年前の技術のものにすぎない。5ナノメートルの半導体の量産が始まっている現状では、これで日本の半導体産業が復活するはずもない」との批判の声が上がっていた。 私もその通りだと思う。この補助金によって、韓国、台湾、アメリカに大きく差をつけられた日本の半導体産業の局面を打開できるはずもなく、せいぜい現状維持できる程度であろうし、これが日本の経済安全保障に資するかというと、そもそもそのロジックが不明なのである』、「5ナノメートルの半導体の量産が始まっている現状では、これで日本の半導体産業が復活するはずもない」、「日本の経済安全保障に資するかというと、そもそもそのロジックが不明」、厳しい批判だ。
・『経済安全保障と競争力回復は両立しない この補助金をめぐる議論が混乱しているのは、「経済安全保障」と「半導体産業の競争力回復」という二つの異なる目標がごっちゃになって論じられているからだ。二つの目標のどちらを目指すかによってとるべき戦略は全く異なる。日本の半導体産業の現状を考えると両方を同時に追求できる手立てはない。 中国政府も半導体産業に対する巨額支援を行っているが、はかばかしい成果は得られておらず、すでにかなりの金を無駄にしている。 中国が半導体を国産化する決意を固めたのは1990年の湾岸戦争がきっかけだった。アメリカのハイテク兵器の威力を目にして、電子技術を強化する必要性を痛感したのだ。国家プロジェクトとして進められた半導体産業の育成には日本のNECが技術供与や出資の面でかなり協力した。しかし、NECも出資した上海の工場でDRAMを量産し始めたものの、2001年のドットコム・バブル崩壊のあおりを受けて事業は失敗した。 その後の10数年間、中国の半導体産業は主に民間主導で発展した。例えば、国内の携帯電話やスマホのメーカーが成長すると、それらに対する販売を見込んで、携帯電話・スマホ用ICの設計を専門とするファブレス(=工場を持たない)・メーカーが成長した。なかでも通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の子会社のハイシリコン(海思)や、ユニソック(紫光展鋭)は2020年第2四半期の時点では世界シェアがそれぞれ3位(シェア16%)、6位(シェア4%)と、そこそこの位置につけていた。 中国のファブレス・メーカーの成長を裏方として支えていたのは、台湾のTSMCや中国の中芯国際(SMIC)といった半導体受託メーカー(ファウンドリー)であった。ファブレスとファウンドリーを各々独立した企業が担って分業する台湾型の半導体産業が中国でも盛んになっている。 しかし、中国政府はこうした民間主導の半導体産業の発展には飽き足らず、2014年から再び介入を強めた。同年「国家IC産業発展促進政策」を制定し、それに基づいて国家IC投資ファンドを立ち上げた。政府や中国煙草などの国有企業からの出資金を総額1387億元(約2兆4000億円)集めて、これまでに85社の半導体関連企業に出資した。 その投資先を見ると、SMICなどのファウンドリーに全体の65%の資金を投じているが、半導体の製造装置、半導体材料、半導体のパッケージングとテスト、そしてファブレス・メーカー、さらには他のIC産業投資ファンドにも出資している。半導体産業の上流から下流までをカバーしており、その狙いは中国の弱点を克服し、半導体産業全体の国産化を進めていくことにあるとみられる』、「2014年から再び介入を強めた。同年「国家IC産業発展促進政策」を制定し、それに基づいて国家IC投資ファンドを立ち上げた。政府や中国煙草などの国有企業からの出資金を総額1387億元(約2兆4000億円)集めて、これまでに85社の半導体関連企業に出資した」、なるほど。
・『目標は2030年の国産化率75% この政策は、翌年にはハイテク産業全般にわたる国産化政策である「中国製造2025」にもつながっていく。その具体的な目標を産業ごとに示した「技術ロードマップ」のなかでは、ICの国産化率を2020年には49%、2030年には75%とするという目標が提示された。 なお、『日本経済新聞』など日本のマスコミでは、中国は「中国製造2025」で半導体の「自給率を2020年に40%、25年に70%まで高める目標を打ち出した」(『日本経済新聞』2021年10月13日)との誤報を繰り返している。これは「中国製造2025」のなかで「重要部品と重要材料」全般に関して掲げられた目標を半導体に関する目標だと誤解したものであろう。 皮肉なことに、こうした中国の野心的な政策がアメリカの警戒心を呼び起こすことになった。それまで中国のスーパーコンピュータはインテルなどアメリカ企業のICを使って、計算速度でアメリカや日本とトップ争いを繰り広げてきたが、2015年からアメリカ政府は中国のスーパーコンピュータ向けにアメリカ企業がICを輸出することを禁じた。そこで中国はスーパーコンピュータ用のCPU「申威(Sunway)」を開発した。 軍事への応用も想定されるスーパーコンピュータへのIC供給を制限するのは理解できるが、トランプ政権になると、民生品を作る企業であっても中国のハイテク企業の力を削ごうとする政策が乱発されるようになった。 特にターゲットになっているのはファーウェイで、2019年からは同社に対してアメリカ産のICやソフトを輸出するには商務省の許可が必要となった。この規制の結果、ファーウェイは米クアルコムのスマホ用ICや、グーグルのスマホ用OS「アンドロイド」に関連する各種アプリが入手できなくなり、大きな痛手をこうむるかに見えた。しかし、ファーウェイは子会社のハイシリコンで設計したスマホ用ICを使うことで難局を乗り越え、むしろ2020年第2四半期にはスマホにおける世界シェアを20%に伸ばして、世界トップのサムスンと肩を並べた。 するとアメリカは2020年5月にアメリカの技術やソフトを使ったICは他国製のものであってもファーウェイに輸出する際には米商務省の許可を必要とすると決めた。日本や韓国が作るICであってもファーウェイに輸出する際にはアメリカ様の許可が必要という無茶な要求であるが、これによって、ファーウェイはハイシリコンが設計して台湾TSMCに製造を委託していた5Gスマホ用ICを入手できなくなった。中国国内にもSMICなどICの製造受託会社は存在するのだが、中国最先端のSMICでさえ、ようやく14ナノメートルのレベルのICを始めようかという段階にあり、5Gスマホに必要な線幅7ナノメートルのICは作れないのである。それはアメリカ政府の圧力のために、SMICがEUV(極端紫外線)露光装置を輸入できないからである』、「中国の野心的な政策がアメリカの警戒心を呼び起こすことになった」、「2020年5月にアメリカの技術やソフトを使ったICは他国製のものであってもファーウェイに輸出する際には米商務省の許可を必要とすると決めた」、「アメリカ政府」の「ファーウェイ」包囲網は露骨だ。
・『ファーウェイで顕在化した供給リスク ファーウェイは事業の一部を売却するなどスマホ事業の大幅な縮小を余儀なくされた。こうして、半導体および半導体製造装置の供給リスクが顕在化したことで、中国政府の半導体国産化へ向けた決意がますます高まった。2019年には国家IC投資ファンドの第2期が始まり、2000億元(3兆4000億円)の資金を集めて再びICメーカーへの投資を始めた。 ところが、2021年に入ると、中国の半導体国産化戦略に失敗の空気が漂うようになった。2014年以降の膨大な投資にもかかわらず、2020年の半導体の国産化率は私の計算では24%にとどまった。半導体産業専門家のハンデル・ジョーンズ氏の推計では国産化率は16.6%にすぎないという。但し、彼の推計では中国国内で半導体を生産している外資系メーカーは国産化率にカウントされていない。いずれにせよ、「2020年に49%」という「中国製造2025技術ロードマップ」の目標を大幅に下回っている。 さらに、2021年7月には、これまで中国の半導体戦略の先兵として活動してきた紫光集団が破産した。紫光集団は、もともと清華大学の研究成果の産業化を目指す目立たない国有企業にすぎなかったが、2009年に、清華大学出身で新疆での不動産事業で当てた趙偉国がその資本の49%を取得して経営を掌握してから半導体事業に力を注ぐようになった。) 紫光集団は2013年に携帯電話用ICのファブレス・メーカー、展訊(Spreadtrum)と鋭迪科(RDA)の2社を買収し、この2社を統合してユニソック(紫光展鋭)とすることで、半導体産業への参入を果たした。 その後、NANDフラッシュメモリを作る長江メモリ、同じくメモリを作る武漢新芯、成都紫光、南京紫光といった大型の工場を次々と立ち上げた。これらの事業の資金は銀行からの借り入れや社債の発行で調達したほか、国家IC投資ファンドからも総額286億元(約4900億円)の出資を引き出している。 しかし、紫光集団の半導体事業は、最初に買収したユニソックだけはスマホ用ICの世界でそこそこの業績を上げているものの、大金を投じたメモリはあまり売れていないようである。紫光集団は投資した資金を売り上げによって回収できず、資金繰りが行き詰った。同社は日本でいえば会社更生の途上にあるため、国家IC投資ファンドが投じた資金が完全に無駄になると確定したわけではないものの、現状では大きな損失を被っている状況にある。 紫光集団が失敗したのは、端的に言って、半導体産業に「国産化」という発想が馴染まないためである。半導体は、研究開発や設備投資に膨大なコストがかかる一方、生産量を拡大するコストは小さいため、規模の経済性が顕著である。半導体の輸送コストも小さいため、販売先に近接した場所で生産するより、特定の場所に生産拠点を集中し、そこから世界へ運んだ方が経済的である。つまり、この産業は少数の企業が少数の生産拠点で集中的に生産する傾向があり、各国で国内需要のために生産するのは割に合わないのである』、「半導体産業」は「規模の経済性が顕著」で、「少数の企業が少数の生産拠点で集中的に生産する傾向があり、各国で国内需要のために生産するのは割に合わない」、つまり「「国産化」という発想が馴染まない」、なるほど。
・『国産化の動機はアメリカの圧力 ただ、もし海外の生産拠点からの半導体供給が阻害される事態が生じるとすれば、それは半導体の国産化を進める理由にもなるし、またその機会が生まれることになる。実際、アメリカ政府が自国産の半導体ばかりか、他国産の半導体を中国へ輸出することにさえ制限を加えはじめたことは、中国にとっては半導体の国産化を進める重要な動機となった。 ところが、フタを開けてみたら、アメリカの半導体輸出制限は実は大したことがなかった。トランプ政権のもとでアメリカから中国への半導体輸出は減少するどころか、むしろ2017年の53億ドルから2020年の102億ドルへ急増しているのである。バイデン大統領が就任した2021年はさらに前年を上回る勢いで、1~10月の輸出額は104億ドルと、年末まで2か月を残してすでに前年の実績を上回っている。 たしかにアメリカ政府の制限によってファーウェイは5Gスマホ用のICを入手できなくなったが、ファーウェイのそれ以外の製品に必要なICは輸入できている。まして、シャオミやオッポなど他のスマホメーカーの場合は、最先端の5Gスマホ用のICも問題なく輸入しているのである。) 海外のICが従来通り輸入できるのであれば、中国国内のICユーザーとしてはわざわざ品質が未知数の国産品に切り替える理由はない。勇んで半導体国産化に取り組んでいた紫光集団も、輸入に制限がない状況であれば、価格と品質で輸入品に対抗せざるを得ない。しかし、短期間にそんな実力を身に着けることはできなかったのだ。 さて、日本政府がTSMC熊本工場に巨額の補助金を出そうとしている件に話題を戻すと、このプロジェクトが商業的に成功する可能性は高いと思う。熊本工場ではソニーのイメージセンサーや画像処理プロセッサ(ISP)を受託生産する計画だというが、ソニーは世界のイメージセンサー市場で5割前後のシェアを持つトップメーカーであり、成功が持続する可能性は高い。 但し、ここで一言を注釈を差しはさんでおくと、TSMCは中国・南京ですでに28ナノメートルのICを製造するファウンドリーを運営しており、そこではソニーを追い上げている米オムニビジョンのイメージセンサーの受託生産をしている。自民党などには、この熊本工場を機縁に半導体の日台連合を期待する向きもあるようだが(『日本経済新聞』2021年12月25日)、TSMCの日本とソニーへの協力は、同社の中国とオムニビジョンへの協力より後回しであったのである。 さて、TSMC熊本工場でのソニー製品の受託生産が成功して海外にも輸出される場合、日本政府の補助金がかえって仇となる可能性がある。つまり、補助金によって輸出競争力を高めたとなると、海外で補助金相殺関税を課される可能性があるのだ。特に、自国にイメージセンサーのメーカーを持つ韓国、アメリカ、中国は相殺関税を課す動機がある。つまり、政府の補助金のせいで、かえって輸出が難しくなる恐れがある』、「補助金によって輸出競争力を高めたとなると、海外で補助金相殺関税を課される可能性がある」、「特に、・・・韓国、アメリカ、中国は相殺関税を課す動機がある」、そうであれば「補助金」を出した意味は何なのだろう。
・『どちらを向いても成功は難しい この点、中国の国家IC投資ファンドからの資金の場合は出資という形をとるので、投資先の企業が成功したらファンドの保有する株を民間人に売却できる。そうすれば輸出先で補助金相殺関税を食らうこともない。一方、TSMC熊本工場に日本政府が出す資金は補助金なので、持ち株を売るというわけにはいかない。 もし熊本工場のICが日本国内にのみ販売されるのであれば、相殺関税を課される心配はないが、それでは日本の半導体産業の復活ということにはつながらないだろう。それでも、海外からのIC供給途絶という事態に備えた経済安全保障になるので、政府の補助金を出す意義はある、という主張は可能である。ただ、それは競争力回復という目標を捨てることを意味する。 しかし、中国と違って、日本が海外から半導体を輸入できなくなる可能性は小さい。2020年の日本の半導体の輸入先をみると、台湾が57%を占めて圧倒的に多く、次いでアメリカ(11%)、中国(9%)、韓国(5%)、シンガポール(3%)、マレーシア(3%)となっている。このなかで日本への半導体輸出を止めると脅している国があるだろうか。日中関係が悪化して、中国からのIC輸入が難しくなることが絶対にないとは言い切れないが、それは代替的な輸入先を確保することで対処できる範囲のリスクであり、国内の工場への巨額の補助金投下を正当化しうるものではない』、確かに「経済安全保障」の観点で、「国内の工場への巨額の補助金投下を正当化」には無理がある。
次に、1月30日付け現代ビジネスが掲載した大蔵省出身で一橋大学名誉教授の野口 悠紀雄氏による「補助で衰退した日本の半導体産業をTSMC誘致で救うことはできない 周回遅れの技術、得するのはソニーだけ」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91809?imp=0
・『台湾の最先端半導体企業TSMCの工場を熊本に誘致するため、巨額の補助金が支出される。しかし、TSMCが日本に持ってくるのは古い技術であり、日本の半導体産業を復活させることにはならない。 日本の半導体産業が衰退したのは、ビジネスモデルを誤ったからだ。そして、補助づけになって衰退が加速した』、野口氏の辛口のコメントは小気味いい。
・『TSMCが日本に持ってくるのは、10年前の技術 日本政府は、台湾の最先端半導体ファウンドリTSMCの工場を熊本に誘致する。建設費8000億円のうち半分の4000億円を日本政府が補助する。これをテコにして、衰退した日本の半導体産業を復活させるのだと言う。 果たしてそうなるだろうか? ならないだろう。なぜなら、TSMCが日本に持ってくるのは、だいぶ昔の技術だからだ。 熊本工場で製造するのは、ロジック半導体だが、22~28nmプロセスのものだ(これがどういう意味かは、後述)。 TSMCが28nmの量産を開始したのは、2011年のことである。つまり、これは、10年くらい前には最先端技術だったが、いまでは他の企業でも生産できる「レガシー」と呼ばれるものだ。 そうした古い技術の工場に国が補助金を支出して誘致しても、日本の半導体産業が復活することはないだろう。 アメリカ政府も、TSMCの工場を誘致するため補助金を支出する。また、インテルがオハイオ州に建設する新工場にも、補助金を支出する計画だ。しかし、これは、5nmの最先端プロセスだ。補助金の支出が必要かどうか疑問に思うが、理解できなくもない。 これらと日本の誘致計画とは、まったく異質のものだ』、「古い技術の工場に国が補助金を支出して誘致しても、日本の半導体産業が復活することはないだろう」、すると何が誘致の狙いなのだろう。
・『ソニーに対する補助? では、なぜ4000億円もの補助金を出すのか? その疑問を解く鍵は、隣にあるソニーの工場にある。ここでソニーは、イメージセンサーを生産している。これは、ロジック半導体と組になって作動する。 ところが、ロジック半導体をソニーは外部から調達している。そして、後述する最近の半導体不足によって。この供給が不安定になっている。ソニーが自社でロジック半導体の工場を作ると、コストがかかる。国が支援してくれれば、助かる。 すると、結局のところ、国が支出する補助金は、ソニーに対する補助ということにならないだろうか?』、「結局のところ、国が支出する補助金は、ソニーに対する補助」、ただ、業績好調な「ソニー」が「補助金」を何が何でも必要としているとは考え難い。
・『高性能半導体とは? 半導体の問題はやや複雑だ。ここで簡単に説明しておこう。 現在、最先端の製造技術が要求されているのは、「ロジック半導体」と呼ばれるものだ。これは、計算や制御を担当する半導体だ。PCやスマートフォンなどの頭脳部分になっている。 アップル、NVIDIA、AMDなどのアメリカIT企業は、回路の設計を行ない、製造を「ファウンドリ」(受託製造)と呼ばれる企業に委託する。 ロジック半導体の電力消費を下げ、性能を向上させるために、回路の微細化が進められてきた。これを表すのが、回路の最小線幅だ。それが5nmにまで来ているのである(nmは、10億分の1メートル)。 現在のところ、TSMCとサムスンだけが、5nmのロジック半導体を量産することができる。そして、サムスンは、TSMCに先駆けて、3nmプロセスの半導体を製造する計画を立てている。 世界最先端の半導体競争は、このレベルで展開されているのだ』、「TSMCとサムスンだけが、5nmのロジック半導体を量産することができる。そして、サムスンは、TSMCに先駆けて、3nmプロセスの半導体を製造する計画を立てている」、そんななかで、「10年前の技術」に政府資金を使う意味は何なのだろう。
・『半導体不足とは? いま、半導体不足が世界的に深刻な問題になっている。ただし、足りないのは、先端ロジック半導体ではない。不足しているのは、自動車積載用や、PCやルーターなどのネットワーク機器に用いるもので、40nmプロセス程度のものだ。 これらに用いる半導体不足のきっかけは、米中対立の中で、アメリカが、中国のファウンドリーSMICを制裁リストに追加したことだ。このため、アメリカの自動車メーカーは同社からの車載用半導体の調達ができなくなり、その分がTSMCを始めとする台湾のファウンドリに向かった。 ところが、TSMCとしては、先端半導体のほうが利益率が高いため、車載半導体への需要に応えることができない。 それに加え、日本の車載用半導体の大手メーカーであるルネサスエレクトロニクスの工場で火災が発生した。そして、サプライチェーンが、コロナの感染拡大で混乱した。こうしたことの結果、委託企業が実需以上の発注をするようになり、不足に拍車をかけたのだ』、「半導体不足」は多くの要因が重なったためのようだ。
・『かつて日本が強かったのはメモリー半導体 日本の半導体が、1970年代から80年代に世界を制したと言われる。しかし、半導体の全般について日本が強かったわけではない。日本が制したのは、DRAMというメモリー半導体に限ってのことである。 演算用の半導体CPUは、インテルが支配した。計算回路の設計はソフトウェアであり、日本のモノづくり技術では、歯が立たなかった。現在のロジック半導体は、これが進歩したものだ。 付加価値が高いのは、DRAMではなくCPUだ。日本の半導体産業の問題は、CPUのような高度な技術を必要とされる製品を生産できなかったことだ。 インテルは、技術力によってCPUの生産を独占した。そして、マイクロソフトのOSウィンドウズとの組み合わせによって、後に「ウインテル体制」と呼ばれるようになったものを築いて、PC産業を制覇した。 日本は、この流れに対応することができなかった』、「日本の半導体産業の問題は、CPUのような高度な技術を必要とされる製品を生産できなかったこと」、同感である。
・『ビジネスモデルを間違え、補助で衰退した その後、日本の半導体産業は、得意だったメモリーも含めて衰退していった。それは、韓国企業などの追い上げに対して、経営者がビジョンを持たず、適切なビジネスモデルを構築する能力を持たなかったからだ。 国の支援によって日本の半導体産業の立て直しを図るべく、NEC、日立のDRAM事業を統合したエルピーダメモリが1999年に発足した(後に、三菱電機のDRAM事業を譲り受ける)。 しかし、経営に行き詰まり、改正産業活力再生特別措置法の適用第1号となって、公的資金活用による300億円の出資を受けた。だが、事態は好転せず、2012年2月に、製造業として歴史上最大の負債総額4480億円で破綻した。 日本の半導体産業が弱体化したのは、補助金が少なかったからではない。補助漬けになったからだ。「補助して企業を助ければよい」という考えが基本にある限り、日本の半導体産業が復活することはないだろう』、「「補助して企業を助ければよい」という考えが基本にある限り、日本の半導体産業が復活することはないだろう」、言い得て妙だ。
第三に、2月6日付けPRESIDENT Onlineが掲載したアジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表の藤 重太氏による「かつて世界一だった日本の半導体業界が、いま世界一の台湾のTSMCから学ぶべきこと 生き残るための「本気度」が違う」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54325
・『台湾政府系シンクタンクでの顧問経験 筆者は台湾政府経済部(日本の経済産業省に相当)系のシンクタンク「財団法人 資訊工業策進会(Institute for Information Industry、略称III)」で8年ほど顧問を務めた。その間、台湾が国策としていかに経済力を強め国際的地位を築いてきたか、国と産官学がどのように連携し、産業や企業を育成していったのかを台湾側から垣間見てきた。その経験を踏まえながら、今日の日本と台湾の差をもたらした要因はどこにあったのかを考えてみたい。 1980年代、日本は半導体の母国であるアメリカをも凌駕し、日本製の「日の丸半導体」が世界をリードしていた。当時の中核製品であったDynamic RAM(DRAM)メモリにおいて、世界シェアの上位5社はすべて日本企業だった(NEC、日立、東芝、富士通、三菱電機)。日本が技術大国、製造立国として世界から認知されていた、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(エズラ・ヴォーゲル)という時代だった』、興味深そうだ。
・『「最終消費財」にばかり目が向いていた日本メーカー しかし、日本は80年代の半導体技術での優位性を活かせず、「ものづくり大国」としての地位はすっかり過去のものとなってしまった。なぜごく短期間に、日本の半導体業界はこのように落ちぶれてしまったのか。 第一の要因は、各社が「最終消費財」の生産ばかりを重視し、半導体を軽視したことだ。当時の日本企業は、パソコン、通信機器、テレビなどの家電といった最終消費財を製造販売することに固執し、半導体はその部品の一つぐらいに認識していた。そこで安い外国産半導体に頼ることにした結果、国内での半導体製造は縮小し、後にライバルとなる韓国のサムスンや台湾のファブレス企業が日本企業のお金で育つことになった』、「韓国のサムスンや台湾のファブレス企業が日本企業のお金で育つことになった」、歴史の皮肉だ。
・『垂直統合型ビジネスにこだわった結果 第二に、半導体産業の可能性を見誤り、変化への対応に出遅れ、そして頑固だったことだ。 技術の優位性で油断していた日本は、サムスンや台湾メーカーのような半導体ビジネスへの大規模投資に10年ほど後れを取る。1999年にようやくNEC日立メモリ(後のエルピーダメモリ)、2003年に日立と三菱の半導体部門の統合によるルネサス テクノロジ(現ルネサス エレクトロニクス)が設立された。 しかし、両社を含む日本企業の多くは、設計から生産までを一貫して手掛ける、以前からの垂直統合型ビジネスをかたくなに守った。その結果、設計と生産の分業という世界的潮流に乗り遅れ、その後のDRAM価格の暴落や円高によって業績を大きく悪化させる。エルピーダメモリは2012年2月に会社更生法の適用を申請。負債総額4480億円余りと、国内製造業としては戦後最大の倒産劇を演じ、最終的には米マイクロン・テクノロジに買収されることになる。 この間の秩序無き統廃合や技術の切り売り、リストラ、売却劇などは、あまりにも無残だった。優秀なエンジニアの海外企業への転職、頭脳流出などもずいぶん進んでしまった』、「日本企業の多くは、設計から生産までを一貫して手掛ける、以前からの垂直統合型ビジネスをかたくなに守った。その結果、設計と生産の分業という世界的潮流に乗り遅れ、その後のDRAM価格の暴落や円高によって業績を大きく悪化させる」、「この間の秩序無き統廃合や技術の切り売り、リストラ、売却劇などは、あまりにも無残だった。優秀なエンジニアの海外企業への転職、頭脳流出などもずいぶん進んでしまった」、「日本」の経営者の無能ぶりが、経済に甚大な影響を与えてしまったようだ。
・『効率最優先と引き換えに失われたもの 第三にバブル崩壊以降、「会社は株主のもの、株主を重視せよ」という考え方が強まったことの影響も指摘せざるを得ない。「物言う株主・アクティビスト」が増えた結果、各企業は「利益最優先」「効率主義」を強く求められるようになった。コスト削減圧力が高まる一方、モノ作りへのこだわりや品質重視といった姿勢は軽んじられ、企業は財務健全化のために内部留保を増やし、研究開発費や設備投資を抑制した。 日本企業はコストを削減するため生産拠点を海外に移し、下請け企業にも国際調達や海外進出を促すようになる。当時、筆者は京都の中小サプライヤーに対し、中国大陸での調達のサポート、通訳、事業アドバイスを提供していたが、彼らは元請け企業から海外調達比率やコスト削減の目標を言い渡され、未達成の場合は取引を継続しない可能性をちらつかされていた。このように大手企業の方針によって中小企業までが海外進出させられた結果、日本の産業の空洞化が進むことになる』、なるほど。
・『目先の利益ばかりを追求した報い この頃から、勝つためには手段を選ばない日本企業の蛮行も増えてくる。90年代中頃、台湾で多くのメーカーと交流していた私は、「日本企業は相見積もりばかりする」「見積もりだけ取って、その後は音沙汰無し、値引きの交渉材料に使われるだけだ。俺たちをバカにしている」という不評や不満をよく耳にした。 日本の家電や電子製品づくりは、次第に顧客本位ではなくなっていく。価格をつり上げるために過剰な機能を増やしたり、無理なコストダウンのために品質を落としたりするケースが目につくようになった。日本国内での売り上げが伸び悩む中、進出先の国でのマーケット開拓も試みたが、地場の後発メーカーのシンプルで安い商品に負け続けた。 ものづくりができなくなった日本のメーカーが、海外で生産した商品をブランド販売する商社のようになっていく一方、力をつけた海外企業が日本市場を席巻するようになる。日本が育てたサムスン、日本の下請け工場だった鴻海科技集団(フォックスコン・テクノロジーグループ)、そして半導体の発注先だったTSMCが、その後日本企業を凌駕し、世界的な地位を築くとは、日本の誰もが想像していなかったかもしれない。 日本の半導体ビジネスの失敗は、目先の利益だけを追求し、技術革新、設備投資を怠り、長期的戦略の無いまま日本の産業と雇用を守ってこなかった結果だと言わざるを得ない』、「日本の半導体ビジネスの失敗は、目先の利益だけを追求し、技術革新、設備投資を怠り、長期的戦略の無いまま日本の産業と雇用を守ってこなかった結果だ」、同感である。
・『台湾の国策企業の一つだったTSMC 一方、台湾は、50年程前の1970年代から半導体産業の勃興を予測し、国家プロジェクトとして電子産業の検討を始めた。73年にそのためのシンクタンク「工業技術研究院(以下、ITRI)」が設立され、76年にはアメリカのRCA社と技術移転契約を締結。これをもとに77年には3インチ(75mm)ウエハー工場がITRIの中に建設され、半導体製造に成功する。この工場をITRIからスピンオフさせて、1980年5月に企業として独立したのが、現在世界第3位の半導体メーカーである聯華電子股份有限公司(UMC)だ。 TSMCの設立にもまた、台湾当局が深く関与している。UMCの成功を受けて、83年には経済部で「電子工業研究開発第3期計画」がスタート。1985年にITRIの新院長に抜擢されたのが、1948年に渡米してハーバード大学やマサチューセッツ工科大学で学び、米半導体大手テキサス・インスツルメンツやジェネラル・インストゥルメントで経験を積んだモリス・チャン(張忠謀)氏だ。チャン氏は1987年2月にTSMCを設立したが、創業時の資本額55億台湾元(約231億円)のうち48.3%は、台湾政府の行政院開発基金が出資した。つまりTSMCも、台湾政府が創った国策企業なのだ』、「UMC」、「TSMC」とも、もともと「台湾政府」関連企業だったようだ。
・『在米の華人エンジニアを国が地道にヘッドハント その間にも台湾政府は、新竹サイエンスパークの整備、雇用政策、規制撤廃や法整備、投資環境の整備、技術者のための住居の整備、技術者子女の教育環境の整備などを国家事業として進めていった。1980年代、新竹サイエンスパークの周りには大きな別荘が数多く建築され、「帰国組」の住居として提供されていたことは有名な話だ。台湾政府の要人が足しげくアメリカに渡り、優秀な華人をヘッドハンティングして台湾に招聘しょうへいするという、涙ぐましい努力があったのである。 2010年ごろ、黃重球経済副大臣(当時)が訪日した際、筆者はプレジデント誌のために彼にインタビューを行った。「私は台湾を売り込むためのセールスマンです」と語る副大臣の姿を見て、台湾政治家の使命感と台湾経済の強さを実感したものだ。 また、こんなこともあった。当時、経済部は電子コンテンツ産業の育成を決定し、日本の電子書籍ビジネスに着目した。そこで筆者に日本の出版社の台湾招聘に関する依頼があり、実際に日本を代表する出版界の経営者数名に台湾を訪問していただいた。その際、総統府で馬英九総統(当時)との謁見えっけんが組み込まれていたのには、大変驚いた。 しかも、台湾の当時の元首である馬英九総統の口から、「日本の電子書籍・コンテンツビジネスの経験を台湾にも共有してほしい」と言われれば、訪問した日本企業側も安心し、心が動かされるもの当然だ。目の前で、台湾政府がどのように産業を産み、経済で国家を強くするのか。政治によって新しい産業が生まれるかもしれない瞬間を垣間見た貴重な経験だった』、「台湾政府の要人が足しげくアメリカに渡り、優秀な華人をヘッドハンティングして台湾に招聘しょうへいするという、涙ぐましい努力があった」、ここまで「台湾政府」が努力していたとは初めて知った。
・『なぜ台湾にできることが日本ではできないのか 筆者は2020年4月に「台湾のコロナ対策が爆速である根本理由『閣僚に素人がいない』」という記事をプレジデントオンラインで書いた。台湾では閣僚だけではなく、官僚も研究者も経営者も皆がそれぞれプロとしての仕事をし、一丸となって国家の景気を支え、発展成長を続けているのである。経済力は国力であり国防力なのだ。経済力強化こそ、国際社会の中で立場の弱い台湾がさまざまな脅威や危機から自身を守り、生き残っていく唯一の方法であることを知っているのである。 台湾がまだ戒厳令下だった1986年、発展途上中の台湾に留学した筆者は「なぜ日本にできることが台湾ではできないのか」と思うことが多かった。しかし、近年では、半導体などの経済政策でもワクチン開発でも、そしてコロナ対応でも「なぜ台湾にできることが日本ではできないのか」と感じることが増えてしまった。 同じ島国、同じ自由民主主義国家、同じ法治国家、歴史的にも関係の深い台湾。お互いの長所も短所も、善しあしも共有し、学び合い、成長し、助け合えるより良い関係を、日本と台湾の間で作り上げていくことを願うばかりだ』、「台湾では閣僚だけではなく、官僚も研究者も経営者も皆がそれぞれプロとしての仕事をし」、日本はアマチュアリズムが強すぎるのかも知れない。
タグ:「5ナノメートルの半導体の量産が始まっている現状では、これで日本の半導体産業が復活するはずもない」、「日本の経済安全保障に資するかというと、そもそもそのロジックが不明」、厳しい批判だ。 (その7)(半導体への巨額支援は失敗する、補助で衰退した日本の半導体産業をTSMC誘致で救うことはできない 周回遅れの技術 得するのはソニーだけ、かつて世界一だった日本の半導体業界が、いま世界一の台湾のTSMCから学ぶべきこと 生き残るための「本気度」が違う) 半導体産業 丸川知雄氏による「半導体への巨額支援は失敗する」 Newsweek日本版 「2014年から再び介入を強めた。同年「国家IC産業発展促進政策」を制定し、それに基づいて国家IC投資ファンドを立ち上げた。政府や中国煙草などの国有企業からの出資金を総額1387億元(約2兆4000億円)集めて、これまでに85社の半導体関連企業に出資した」、なるほど。 「中国の野心的な政策がアメリカの警戒心を呼び起こすことになった」、「2020年5月にアメリカの技術やソフトを使ったICは他国製のものであってもファーウェイに輸出する際には米商務省の許可を必要とすると決めた」、「アメリカ政府」の「ファーウェイ」包囲網は露骨だ。 「半導体産業」は「規模の経済性が顕著」で、「少数の企業が少数の生産拠点で集中的に生産する傾向があり、各国で国内需要のために生産するのは割に合わない」、つまり「「国産化」という発想が馴染まない」、なるほど。 「補助金によって輸出競争力を高めたとなると、海外で補助金相殺関税を課される可能性がある」、「特に、・・・韓国、アメリカ、中国は相殺関税を課す動機がある」、そうであれば「補助金」を出した意味は何なのだろう。 確かに「経済安全保障」の観点で、「国内の工場への巨額の補助金投下を正当化」には無理がある。 現代ビジネス 野口 悠紀雄氏による「補助で衰退した日本の半導体産業をTSMC誘致で救うことはできない 周回遅れの技術、得するのはソニーだけ」 野口氏の辛口のコメントは小気味いい。 「古い技術の工場に国が補助金を支出して誘致しても、日本の半導体産業が復活することはないだろう」、すると何が誘致の狙いなのだろう。 「結局のところ、国が支出する補助金は、ソニーに対する補助」、ただ、業績好調な「ソニー」が「補助金」を何が何でも必要としているとは考え難い。 「TSMCとサムスンだけが、5nmのロジック半導体を量産することができる。そして、サムスンは、TSMCに先駆けて、3nmプロセスの半導体を製造する計画を立てている」、そんななかで、「10年前の技術」に政府資金を使う意味は何なのだろう。 「半導体不足」は多くの要因が重なったためのようだ。 「日本の半導体産業の問題は、CPUのような高度な技術を必要とされる製品を生産できなかったこと」、同感である。 「「補助して企業を助ければよい」という考えが基本にある限り、日本の半導体産業が復活することはないだろう」、言い得て妙だ。 PRESIDENT ONLINE 藤 重太氏による「かつて世界一だった日本の半導体業界が、いま世界一の台湾のTSMCから学ぶべきこと 生き残るための「本気度」が違う」 「韓国のサムスンや台湾のファブレス企業が日本企業のお金で育つことになった」、歴史の皮肉だ。 「日本企業の多くは、設計から生産までを一貫して手掛ける、以前からの垂直統合型ビジネスをかたくなに守った。その結果、設計と生産の分業という世界的潮流に乗り遅れ、その後のDRAM価格の暴落や円高によって業績を大きく悪化させる」、「この間の秩序無き統廃合や技術の切り売り、リストラ、売却劇などは、あまりにも無残だった。優秀なエンジニアの海外企業への転職、頭脳流出などもずいぶん進んでしまった」、「日本」の経営者の無能ぶりが、経済に甚大な影響を与えてしまったようだ。 「日本の半導体ビジネスの失敗は、目先の利益だけを追求し、技術革新、設備投資を怠り、長期的戦略の無いまま日本の産業と雇用を守ってこなかった結果だ」、同感である。 「UMC」、「TSMC」とも、もともと「台湾政府」関連企業だったようだ。 「台湾政府の要人が足しげくアメリカに渡り、優秀な華人をヘッドハンティングして台湾に招聘しょうへいするという、涙ぐましい努力があった」、ここまで「台湾政府」が努力していたとは初めて知った。 「台湾では閣僚だけではなく、官僚も研究者も経営者も皆がそれぞれプロとしての仕事をし」、日本はアマチュアリズムが強すぎるのかも知れない。
誇大広告(その3)(血液クレンジング騒動で見えた広告規制の限界 SNSの「医療ステマ投稿」は野放し状態、化粧水が「肌の奥まで浸透できない」納得の理由 「美容常識」のウソを形成外科医が深く解説、消費者庁の露骨な「クレベリン潰し」 背景に片山さつき氏の影がチラつく空間除菌連合?) [社会]
誇大広告については、2018年6月18日に取上げた。久しぶりの今日は、(その3)(血液クレンジング騒動で見えた広告規制の限界 SNSの「医療ステマ投稿」は野放し状態、化粧水が「肌の奥まで浸透できない」納得の理由 「美容常識」のウソを形成外科医が深く解説、消費者庁の露骨な「クレベリン潰し」 背景に片山さつき氏の影がチラつく空間除菌連合?)である。
先ずは、2019年11月3日付け東洋経済オンライン「血液クレンジング騒動で見えた広告規制の限界 SNSの「医療ステマ投稿」は野放し状態」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/311940
・『「施術中、指先がポカポカしたので効果があると信じ込んでしまった」 ブロガーの「はあちゅう」こと伊藤春香氏は2012年、当時運営していたサイトのクーポンを使って血液クレンジングの施術を受けたことを、ブログに投稿していた。 「血液クレンジング」とは、100ccほどの血を抜き、オゾンを混ぜて再度体内に戻すという仕組みで、オゾン療法とも呼ばれる。冷え性や美容に効果があるとして、はあちゅう氏だけでなく多数の芸能人や著名人(インフルエンサー)が、黒っぽい血が鮮やかな赤に変わる写真とともにSNSで拡散していた。 これについてネット上で疑問視する声が飛び交い、10月17日には美容外科医の高須克弥氏がツイッターで「意味ねぇよ。おまじないだよ」と効果を否定。はあちゅう氏も過去の投稿を削除するなどの炎上を巻き起こした。 血液クレンジングを行っている各クリニックのホームページには、冷え性、アレルギー、認知症、がん、HIV、ヘルペスなどのさまざまな症状への効果が謳われている。過去にも何度かブームがあったが、その効果ははっきりしない面がある。『「ニセ医学」に騙されないために』を執筆した医師の名取宏氏は、「信頼できる臨床試験での検証が少なく、エビデンスに基づいた医療(EBM)とはいえない」と、厳しい見方だ。 一方、日本酸化療法医学会の渡井健男会長は、「ドイツ発祥の治療法で、海外では保険が効く国もある。日本ではオゾンは毒というイメージが強く誤解を持たれているが、がんや線維筋痛病などで症状改善の実績がある。EBMに基づいた実証やデータ開示は、今後さらに進めていく」と主張している』、「日本酸化療法医学会」なるものがあることは初めて知ったが、「EBMに基づいた実証やデータ開示」はすぐには無理なようだ。
・『医療広告規制強化でも取り締まりは難航 血液クレンジングの効果の真偽について記事上で断定することは避けるが、血液クレンジングをはじめとして効果検証がされていない医療サービスをSNSに投稿する事態が横行している。それだけでなく、それらがしっかりと取り締まられていないという大きな問題がある。) 医療機関が広告をする場合、医療法に基づいた「医療広告ガイドライン」に従う必要がある。このガイドラインは、一般的な商品やサービスの広告に対する規制と比較しても厳しい。近年は美容医療の被害が急増したことを受け、2017年には医療法が改正され、ホームページにも広告規制が及ぶことになった。 厚生労働省の担当課によると、効果が検証されていない治療について「がんに効果がある」といった書き方をしている場合、指導の対象になる可能性があるという。ガイドラインでは虚偽広告や誇大広告、「著名人も〇〇医師を推薦しています」といった、他の医療機関よりも優良であると示す比較優良広告を禁止している。 だがガイドラインには、ホームページ上に問い合わせ先を明記し、自由診療の場合、治療の内容や費用、リスクや副作用に関する情報提供を明確に行っていれば、掲載してもよい項目が増える「限定解除」という仕組みがある。そのため、実際に禁止されている広告内容の線引きはあいまいだ。 また、実効的な罰則が実施されることはきわめてまれで、取り締まりの実権がない、いうなれば「お飾り」に近い状態だ。広告規制に詳しい丸の内ソレイユ法律事務所の成眞海氏によると、「2017年の医療法改正以来、美容医療などを中心に指導の件数は増えているが、行政処分や刑事処罰を受けた事例は、まだ聞いたことがない」という』、「実効的な罰則が実施されることはきわめてまれで、取り締まりの実権がない、いうなれば「お飾り」に近い状態だ」、金融商品では「広告規制」は極めて厳格なのに、健康に直結する医療分野で緩いのは納得できない。
・『厚労省が民間業務委託も捜査権はなし ネット上の違法医療広告の取り締まりは、2017年8月から厚生労働省が民間に業務委託している「医療機関ネットパトロール」が行っている。通報などにより違法な広告を発見し、医療機関に通達を行うが、それでも改善が見られない場合は、個別案件ごとに自治体の保健所が指導を行うという仕組みだ。 ところが、規定上は罰則に当たるものであっても、保健所に警察のような捜査権がないため、手詰まりになってしまう。 今回の炎上のきっかけとなったSNSの投稿に目を向けても、インフルエンサーによる投稿が一般の投稿か、それとも消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をする「ステマ(ステルスマーケティング)」なのかどうか判別することは非常に難しい。 前述の渡井会長も「美容系に多いが、規定の治療法を守らない医師が適切な説明をせず、内容をわかっていない芸能人が『ステマ』的な投稿をしていることを問題視している」と懸念を示す。 インフルエンサーマーケティングが広まるなか、ステマを防ぐための仕組みは広まっている。企業が広告投稿を依頼し、謝礼などを提供する場合は「#PR」といった表記をし、両者の関係性を明示しなくてはならないことが、WOMマーケティング協議会のガイドラインで定められている。 他方、医療サービスの広告投稿は「著名人との関係性を強調する」比較優良広告と見なされ、それ自体が法に触れる。そのため、本人の興味で行ったプライベートの投稿であることが前提となり、#PRの表記が載る投稿は存在しない。 #PRの有無で判断できないからこそ、両者が「金銭のやりとりや謝礼はない」と主張しても、表面から判断することは不可能に近い、という大きな落とし穴がある。 都内の保健所の担当者によると「通報があった場合に個別に聞き取りをすることはありうるが、どういうスタンスで投稿しているかまでは調べる権限がない」と話し、SNS上の投稿まではターゲットにしていないという。 かといって規制を強化することは、言論の自由を侵すことにもなりかねないジレンマもある。前述の担当者は「制度が立ち上がってまだ2年だが、マーケティング手法に、法令が追いついていないのが現状だ」と認める』、「通報などにより違法な広告を発見し、医療機関に通達を行うが、それでも改善が見られない場合は、個別案件ごとに自治体の保健所が指導を行うという仕組みだ。 ところが、規定上は罰則に当たるものであっても、保健所に警察のような捜査権がないため、手詰まりになってしまう」、「マーケティング手法に、法令が追いついていないのが現状」、本当に必要なのであれば、「保健所」への「捜査権」付与も前向きに検討すべきだ。
・『情報にふりまわされるインフルエンサー インフルエンサーもステマとの誤解を避けるため、発信には細心の注意を払うが、あふれる情報にふりまわされているのも実情だ。 はあちゅう氏は、血液クレンジングに関する投稿はステマではないとしたうえで、「インフルエンサーには、いいと思ったことを発信する役割があるが、大きな責任も伴う。自分の興味から行った投稿であればなおさら、ひとりだけでなく周りにも相談して、その真偽を判断するべきだと、今回の件で改めて学んだ」と、炎上に対して反省を述べた。) ただ、「専門家にもいろんな意見の人がいて、血液クレンジングをニセ医療だと断定する根拠も持っていない」と吐露する。 近年は「インスタ映え」の名目のもと、パフォーマンス性の高いものや、見栄えのするエステや治療などが大量にSNSにアップされている。それらの中には、危険な治療や、効果を誇大に強調するなど、医療広告上違法とみられるものも紛れている。 それらを取り締まることができない以上は、最終判断は消費者側に委ねられる。前述の名取氏は「基本的に保険適用の治療以外は、効果が公に検証されていないと考えていい。エセ医療で、本来よくなるべき症状が悪化することもあり、気をつけてほしい」と注意喚起する。 厚生労働省は、自治体による適切な指導を浸透させるため、今年から「医療広告協議会」を立ち上げた。現場の担当者や業界関係者を集めて、課題の論点整理や意見交換を行っていくという。 制度の甘さにつけこむ悪徳な医療機関を野放しにすれば、最悪の場合、国民の健康や命にかかわる問題も引き起こしかねない。取り締まり体制の整備は急務だ』、「取り締まり体制の整備は急務だ」、同感である。
次に、昨年1月6日付け東洋経済オンラインが掲載した国立病院機構東京医療センター形成外科長 の落合 博子氏による「化粧水が「肌の奥まで浸透できない」納得の理由 「美容常識」のウソを形成外科医が深く解説」を紹介しよう。
・『今大注目の〇〇美容法」「〇〇が新しく開発した新成分」「シミやシワに本当に効くのはこれ!」――テレビCMや美容雑誌、コスメサイトなどにはいつも新しい単語が並んでいます。しかし、新しい美容法や成分が本当に効果があるのか見抜くのは困難です。巷に流れる美容情報をどう正しく読み解くか、現役の形成外科医であり肌の構造に精通している落合博子氏が解説します』、興味深そうだ。
・『形成外科医から見るといまの美容常識は時々疑問 形成外科医の観点から、いま世の中にあふれているさまざまな美容情報を眺めていると、「なんでそんなことをする必要があるんだろう?」「効果があるとは思えないな」と感じることが、本当にたくさんあるのです。 たとえば、とても単純な例でいうと、わたしの場合「肌をイメージしてください」といわれたら、断面図を思い浮かべます。ちょっと怖いかもしれませんが、日々皮膚を切ったり縫ったりしているので、肌の断層が浮かぶのです。 でも、みなさんはおそらく、肌の表面をイメージするのではないでしょうか。肌表面の下がどんな構造になっているのか、肌の仕組みがわかると、美容情報の見え方もガラッと変わってきます。まずは肌の仕組みを正しく知ること。 それが、美肌を手に入れるためのいちばんの近道です。正しく知れば、巷の宣伝広告に乗せられることもなくなるでしょう。あなた自身が情報のウソホントを見極められるようになります。けっしてむずかしいことではありませんので、どうぞ安心してください。 ひとつ、みなさんに質問です。化粧品のCMなどで見聞きする「肌の奥まで浸透する」の「奥」とは、いったいどこのことでしょうか? 答えは「角質層」です。「角質層まで浸透してプルプルのお肌に」などの宣伝文句もお馴染みなので、ご存じの方も多いと思います。 ただ、わたしがここで質問するポイントは、この角質層がどれくらい「奥」にあるかという点。じつは、わたしたちの肌のいちばん表面にあるのが、この角質層(=角層とも呼ばれます)です。) 「あれ? どういうこと?」と思うかもしれません。角質層まで浸透するといわれると、なんだかものすごく奥のほうまで染みわたってお肌によいような気がしてしまいますが、角質層というのは、肌表面の厚さ0.01から0.03ミリの部分を指します』、「角質層まで浸透するといわれると、なんだかものすごく奥のほうまで染みわたってお肌によいような気がしてしまいますが、角質層というのは、肌表面の厚さ0.01から0.03ミリの部分を指します」、一般の素人に誤解させるような説明は罪が深い。
・『死んだ細胞の表面をうるおわせているだけ? ここで肌の構成についてお話ししておきましょう。わたしたちの肌――皮膚は、真皮と表皮からなりたっています。そのうちの表皮が肌表面にあたる部分で、厚さは平均0.2ミリほどです。 この肌の表面(=表皮)はさらに分類され、外側から順に「角質層」「顆粒層」「有棘(ゆうきょく)層」「基底層」の4層から構成されています。つまり、いちばん外側にあるのが角質層です。 そして、この角質層は、表皮の第4層目にあたる基底層が絶えず分裂をくりかえすことで押し上げられた“死んだ細胞”からつくられています。少々ショッキングな表現かもしれませんが、肌の表面は“死んだ細胞”で覆われているのです。 イメージ図をご覧いただいてもわかるように、角質層の次にある顆粒層より下の部分には細胞核の点が見えますが、角質層にはありません。細胞が生きていないので、血液中から栄養が補給されることもないのです。化粧水などの薬物が浸透するのは一般的に、この死んだ角質細胞で形成されている「角質層」まで。その下で細胞分裂している肌の「奥」に、届くことはありません。 また、角質層はいちばん外側にあるので、見た目の美しさを左右します。それゆえ、この角質層を一生懸命ケアしようとするわけですが、角質層はそもそも、しばらくすれば垢となって剥がれる運命なのです。実は、化粧品の管理をおこなっている「薬事法」という法律でも、化粧品が角質層(=角層)よりも奥まで浸透するという広告は禁じられています。 ですから、どんなに効果があるように思える宣伝広告でも、よく目を凝らすとかならず、「浸透するのは角(質)層まで」とどこかに明記されているはずです。 多くの人が、このたった0.01~0.03ミリの死んだ細胞の表面をうるおわせるために、化粧水をせっせと使っている、ということになるわけですが、果たして意味があるでしょうか。 では、角質層のさらに奥まで届くものがあるのかといえば、特殊な医療技術を用いない限り基本ありません。というのも、皮膚本来の機能を考えると、それはあってはならないことだからです。わたしたちの肌は、そもそも何のために存在するのでしょうか?肌の最大の役割は、「からだを守ること」。異物が体内に侵入するのを防ぐ「バリア」の役割を果たしているのが、皮膚なのです。 そのバリア機能のおかげで、わたしたちの細胞や血管、神経が守られています。全身の約16 パーセントの皮膚にやけどを負うと、致命的だといわれます。そして忘れがちですが、皮膚はわたしたちの臓器のひとつ。皮膚は体重の約30パーセントを占める、人体で最大の臓器です』、「どんなに効果があるように思える宣伝広告でも、よく目を凝らすとかならず、「浸透するのは角(質)層まで」とどこかに明記されているはずです」、こんな消費者の誤解に基づいた「広告」が長年続いているとは、驚かされた。「多くの人が、このたった0.01~0.03ミリの死んだ細胞の表面をうるおわせるために、化粧水をせっせと使っている、ということになるわけですが、果たして意味があるでしょうか」、「皮膚は」「異物が体内に侵入するのを防ぐ「バリア」の役割を果たしている」、「皮膚は体重の約30パーセントを占める、人体で最大の臓器」、「皮膚」が「臓器」の1つとは初めて知った。
・『肌の持っている4つの役割 外の世界に直接触れる臓器ですから、さまざまな役割を持っているわけですが、おもには、①水分の喪失や侵入を防ぐ、②体温を調節する、③微生物や物理化学的な刺激から生体を守る、④感覚器としての役割を果たす、の4つ。 いずれも生命を維持するために必要不可欠な機能です。また、「からだを防御する」機能として、最表面にある角質層がもっとも重要な役割を果たしています。この角質層の厚さは平均0.02ミリしかありませんが、健全であれば同じ厚さのプラスチック膜と同じくらい、水分を通しにくい性質があります。 もし、角質層がバリア機能を失って何でもかんでも浸透させてしまうようになると、局所だけでなく全身が危険にさらされる可能性があるということです。実際に皮膚にバリアを超えて異物が侵入したことで、アレルギー症状を引き起こした例も報告されています。 お肉の切り身を想像してみてください。肌にバリア機能がなければ、お肉の切り身のように塩や胡椒や?油などの下味をすり込めるということになるでしょう。そんなことが肌に起こったら大変です。肌は外界の異物からからだを守っています。そのバリアに対して、外からすり込んだり、押し込んでみたり、温めてみたり、ラップをしてみたりとがんばっても、バリアより奥深くに成分が届くことは、そもそもないのです。) そして、「からだから逃がさない」機能としても、皮脂のバリアが重要です。健全な皮膚の表面は皮脂で覆われ、脂質や天然保湿因子・水分が逃げないように守られています。しかし、一旦バリアが破壊されると保持されるべき物質が角層から外に流出し、乾燥を引き起こすのです。 肌へ化粧品の成分を浸透させようと思うと、バリアを破壊する必要があります。しかし、バリアを破壊すれば肌の大事な成分が保持できなくなり、頻回に化粧品をつけても乾燥するという悪循環を生みます。大事なのは、正常なバリア機能を邪魔しないこと。化粧品を浸透させるのではなく、バリアとなる皮脂を補強するような化粧品の使い方を意識することです』、「大事なのは・・・化粧品を浸透させるのではなく、バリアとなる皮脂を補強するような化粧品の使い方を意識すること」、「皮膚」への「化粧」の意味が理解できた。
・『バリア機能さえ壊さなかったら肌は美しくなる ここまででもおわかりかと思いますが、巷にあふれている広告はとても魅力的ですが、文字どおりほとんどが「宣伝」です。たしかにさまざまな研究が進み、新しい成分がつぎつぎに登場し、あらたな効能のエビデンス(検証結果)がとれているものもあるかもしれません。しかし、肌トラブルが生じたときにいつも立ち返って思い出していただきたいのは、肌本来の役割。そう、バリア機能です。 このバリア機能をしっかり維持することができれば、肌はおのずと美しくなる力を備えています。肌トラブルが生じたとしても、わたしたちの体内では絶えず細胞が生まれ変わっていますから、少し待っていれば新しい肌に生まれ変わるのです。 手術で皮膚をどんなにうまく切り貼りし、美しく縫合する技術を施せたとしても、傷が最終的にキレイに治っていく過程は、人体の自己再生力なくしてはありえません。そして、どんな肌にも、その力は備わっているのです。 ちなみに、表皮のターンオーバーは約28~30日間サイクルでおこなわれるといわれています。ですから、ちょっと乱暴ないい方をすれば、40日間肌の機能を邪魔しないように何もせずに待てばいいのです。もちろん、食べものや生活習慣、ストレスなども肌の状態に影響しますが、肌に関する正しい知識を持っていれば、何をして何をしなくていいかが、わりとスッキリ見えてくると思います』、「ちょっと乱暴ないい方をすれば、40日間肌の機能を邪魔しないように何もせずに待てばいいのです」、なるほど。
第三に、本年2月3日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「消費者庁の露骨な「クレベリン潰し」、背景に片山さつき氏の影がチラつく空間除菌連合?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/295115
・『なぜ消費者庁は「クレベリン」だけをターゲットにするのか? 消費者庁が、大幸薬品の空間除菌剤「クレベリン」を露骨に潰しにかかっている。 1月20日、「空間に浮遊するウイルス・菌を除去」などの表示に合理的根拠がなく、消費者に誤解を与えるおそれがあるとして、消費者庁は、景品表示法に基づく措置命令を下した。 対象となったのは、スティックペンタイフ?、スティックフックタイフ?、スプレー、ミニスプレーという4商品で、定番である「置き型」タイプ2商品は含まれていない。昨年12月、消費者庁から措置命令の事前通達を受けた大幸薬品は東京地裁に差止訴訟を提起しており、「置き型」に関してはそれが認められているからだ。ただ、消費者庁は即時抗告しており、高裁の結果ではこの2商品も対象となる可能性が高い。 このような流れを聞くと、「潰しているとは人聞きが悪い、われわれ消費者のために誇大広告で儲ける企業にお灸を据えてくれているんだろ」と消費者庁を応援したくなる人もいるかもしれない。しかし、実は今回の一連の動きには、「消費者のため」という話では説明できない、おかしな点がたくさんある。 まず、大型ドラッグストアに行けばわかるが、除菌コーナーの「クレベリン」の隣には同じような空間除菌剤がたくさん並んでいて、措置命令を受けていないものもかなりある。 例えば、その中のひとつが興和の「ウィルス当番」。こちらのパッケージには「空間除菌」「ウイルス除去」という言葉が並び、「空間に浮遊する」という表現こそないものの、「身近にひそむウィルス・菌に」という言葉の横で、クリアポットから放射線状に二酸化塩素を放出しているイメージ図が描かれている。消費者にほぼ同じイメージを訴求していてこちらはお咎めもなしで、「クレベリン」は「大幸薬品株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について」(消費者庁ホームページ)と名指しで吊し上げられる。 「有名人・有名企業を晒し者にして、社会全体に注意喚起」というのは中央官庁、自治体、警察が好む定番の手法だとしても、これはさすがにちょっと度を超えた不公平さではないか』、確かに「大幸薬品」「に対する景品表示法に基づく措置命令」、は「度を超えた不公平さ」だ。
・『行政がなりふり構わず措置命令、消費者も混乱 さらにおかしいのは、司法の判断を待つことなく措置命令に踏み切った点である。とにかく「空間除菌に根拠なし」という結論にもっていくため、なりふり構わず措置命令をゴリ押ししているようにも見える。 先ほども申し上げたように、大幸薬品側は仮の差し止めを勝ち取っているのだが、これはかなり異例のことだ。だから、大幸薬品は自社HPで、司法によって「消費者庁に提出している試験結果などが、二酸化塩素による除菌・ウイルス除去効果の裏付けとなる合理的根拠に当たることを認め」られたと胸を張っている。 しかし、消費者庁はその事実をもみ消すかのようにすぐさま4商品の措置命令を出した。「消費者庁の命令は、東京高等裁判所での審理が開始される前に行われたものであり、極めて遺憾」と大幸薬品側が恨み節を述べていることからもわかるように、こんな形で措置命令を出しても、対立と混乱を招くだけで、消費者にメリットもない。 筆者が、先ほど近所の商店街をのぞいてきたら、措置命令に従ってペン型やスプレー型を引っ込めた大手チェーン店があった。一方で、数百メートル離れた別のドラックストアでは、一番目立つ場所に「クレベリン」専用の棚を設けて、置き型はもちろん、ペン型、スプレー型など今回対象の4商品すべてを売っていた。つまり、措置命令は出したものの、大幸薬品側が全面対決の姿勢を崩さないことで、店側も対応が定まらないのである。当然、消費者も混乱する。 こういう事態を避けるのも消費者庁の役目のはずだが、「そんなもん知るか」とばかりに措置命令に執着している。とにかく1日でも早く措置命令のリリースを出して、マスコミに「ウイルス除去 根拠なし」(NHK政治マガジン1月20日)『クレベリン、「空間除菌」根拠なし』(毎日新聞1月21日)という印象のニュースを流させたかったとしか思えないほど強引だ。 さて、そこで次に疑問に浮かぶのは、消費者庁はなぜそこまで「クレベリン」と「空間除菌」を目の敵にしているのかということではないか。そして、なぜこのタイミングでの措置命令にこだわったのか、ということも気にならないか』、確かに「消費者庁」のやり方には極めて疑問点が多い。
・『「日本除菌連合」という存在が今回の騒動の一因か マスコミの解説によれば、コロナ感染を防ぐ効果があるとか、空間の殺菌・除菌効果があるなどとうたう製品の相談が多く寄せられていることを、問題視した消費者庁が、「空間除菌市場」を牽引するリーダー的な存在である「クレベリン」に狙いを定めたという。 一見、説得力のあるストーリーではあるが、個人的にはちょっと引っかかる。 空間除菌関連製品の広告表示を適切な方向へ指導したいのなら、今回のように企業との「全面対立」を避けるべきなのは言うまでもない。もし裁判で負けでもしたら、消費者庁のメンツは丸潰れで、不当な広告表示をする業者がさらに勢いづいて手がつけられなくなってしまうからだ。 そんなリスクがありながらも「全面対立」に踏み切ったのは、もっと切実な目的があったからではないか。これは筆者の想像だが、シンプルに「空間除菌」というものの社会的信用を失わせることではなかったかと思っている。 「おいおい、役所がそんな風に民間企業のビジネスを邪魔をするわけがないだろ」と思うかもしれないが、役所だからこそ、それを必死にやらないといけない「オトナの事情」があるのだ。 実世間一般ではまだあまり知られていないが今、厚労省、経産省、そして消費者庁に対して「空間除菌の科学的根拠を認めろ」と強く迫っている団体があるのだ。「日本除菌連合」である。 この団体は、「除菌の力で新型コロナウイルスの感染を防ごうという技術を持ったメーカー、業界が大同団結する有志連合」(ホームページより)で、主に加盟しているのは、「次亜塩素酸水」による除菌機器を扱うメーカーが多くを占めており、そこに大幸薬品の名前はない。 だが、目指すところは空間除菌剤メーカーとも微妙に重なっている。「政府のアクションプランに除菌を加えること、国の空間環境除菌への全面的バックアップ、政府機関によるエビデンス取得、研究技術開発の支援、研究補助金、普及補助金、海外展開助成など」を求めていくということだからだ。 その「日本除菌連合」が昨年秋、医療界で話題になったことがある。《2021.10.27 厚労省から次亜塩素酸の空間噴霧を認める通達が出されました》というプレスリリースを出したのだ』、なるほど。
・『厚労省と「日本除菌連合」のすれ違い 実は厚生労働省は「次亜塩素酸水の空間噴霧」については国際的に評価方法は確立されていないとして、「推奨できません」という立場であり、コロナ関連の情報をまとめた厚労省サイトにもそう明記されている。WHOをはじめ医療界も同様のスタンスで、医療関係者の間では、効果に否定的な意見が多い。 そこで、Buzzfeedニュースが厚労省に確認したところ、このリリースを「ミスリーディング」と見解を示した。 が、今度はそれを除菌連合に伝えると、「感染対策としての次亜塩素酸水の活用については厚生労働省、経済産業省、消費者庁の代表と度重なる打ち合わせの結果今回の事務連絡の通達となっています」と回答して、このように主張が返ってきたという。 「次亜塩素酸水の活用におけるリスクとベネフィットにつきましては当然ベネフィットの方が勝っているというのが事実です。過去20年以上にわたり酪農業、農業、食品加工業、ホテル、介護施設、病院、学校、保育園、家庭などで使われてきた次亜塩素酸水は除菌消臭の効果で社会に貢献してきている一方で人命や健康に関わるリスクはほとんど報告がありません」(『厚労省が「空間除菌」を認めた? 業界団体が誤情報を発信。専門家は改めて注意喚起』21年12月14日) つまり、Buzzfeedに対応した担当者の見解が間違いであり、「次亜塩素酸水の空間噴霧による除菌」は、厚労省、経産省、消費者庁もその効果と安全性を認めているものだ、というのだ。 そう聞くと、「空間除菌」というものに否定的な方は、「こういう主張をするメーカーの製品にもクレベリンにやったようなガツンと措置命令を出せばいいのでは」と思うかもしれないが、消費者庁にはそれが簡単にできない事情がある』、どういうことだろう。
・『片山さつき議員も「応援」、日本除菌連合の政治的な後ろ盾 実は日本除菌連合は、「感染対策を資材と方法から考える超党派議員連盟」(本稿では「空間除菌議連」と呼びたい)と連携しているのだ。「次亜塩素酸、オゾン、光触媒などの技術を活用した空間除菌を行うことがウイルス対策として有効であること」という考えのもとで設立されたこの「空間除菌議連」は21年5月時点で、自民党が24名、公明党が8名、立憲民主党が10名、日本維新の会3名、国民民主党が1名が名を連ね、会長を片山さつき参議院議員が務めている。 片山氏と言えば、議連発足時の昨年5月、こんなツイートをして医療関係者から批判を受けて話題になった。 《感染症対策を資材と方法論から考える超党派議員連盟、この状況下まだまだやれる事があります!自民、公明、立民、国民、維新の5党約50名の衆参国会議員で発足!空間除菌、空気除菌、O3 、HOCL 、光触媒、他三重大教授から全体像の講演。東工大からもご参加。政府機関が有効性を科学的に認定を》(21年5月12日) 除菌連合が厚労省、経産省、消費者庁の名を挙げて「空間除菌」の有効性を主張できるのは、エビデンスへの絶対的な自信もさることながら、片山氏を筆頭とした「空間除菌議連」という政治的な後ろ盾が、まったく同じ主張をしてくれているからなのだ。 さて、ここまで説明をすれば、筆者が消費者庁の露骨な「クレベリン潰し」が、「空間除菌」というものの社会的信用を失わせるという目的のために行われたのではないかと考える理由がわかっていただけのではないか』、「片山氏」がこのような一方的な肩入れをしているとは失望した。
・『「クレベリン」は流れ弾にあたった? 財務省の改ざん問題などを見てもわかるように、官僚というのはどうしても政治家の顔色をうかがいながら仕事を進めなくてはいけない。有力議員に逆らえば簡単に島流しにされてキャリアはパア、逆に忖度ができれば異例の出世もある。 そういう世界で生きる消費者庁幹部のもとに、「自民党総務会長代理」という重い看板を背負い、50人近い議連を率いる元官僚の議員が、「空間除菌の科学的有効性を認めよ」と迫ってきた、としよう。 先ほども申し上げたようにこれに関して医療界は否定的だが、国会議員が首を突っ込んできた以上、厚労省も経産省も、そして消費者庁も「そんなの認められるわけないでしょ」と、あしらうこともできない。そうこうしているうちに議連とガッチリ手を握る業界団体が、「厚労省が次亜塩素酸の空間噴霧を認めた」とまで主張してきた。このままいけば、押し切られてしまう恐れも出てきた。 政治力学とエビデンスの板挟みで、消費者庁幹部は頭を抱えたはずだ。しかし、そこは受験勉強で鍛えた優秀な頭脳である。片山氏や空間除菌議連の顔を潰すことなく、除菌連合を敵に回すことなく、どうにかしてこの無理筋の要求をのらりくらりとかわす方法がひねり出される。それが「クレベリン」を利用して、「空間除菌」の社会的信用を貶めるというスピンコントロール(情報操作)ではなかったか。 「空間除菌」を代表する「クレベリン」にとにかく措置命令を下して、マスコミに「空間除菌、根拠なし」と書かせれば、世論は空間除菌にネガな印象を抱く。自分たちの手を汚すことなく、除菌連合や片山氏たちの「空間除菌の有効性を認めよ」というロビイングの足を引っ張ることができる。「選挙に落ちればタダの人」の政治家は結局、人気商売なので、あまりに「空間除菌」に対して世論の逆風が吹けば、沈黙せざるを得ない。つまり、「クレベリン」の社会的イメージを貶めるだけで、厚労省や消費者庁は除菌連合と議連に対して「戦わずして勝つ」ことができるのだ。 おりしも、「クレベリン」と大幸薬品は昨年から、さまざまな医療機関に無償提供したり、その功績が認められて政府から紺綬褒章を授与されたりして、一部の「空間除菌」に否定的な人々から批判されていた。「空間除菌」のネガキャンには、まさにうってつけの存在だ。 もちろん、これはすべて筆者の想像である。しかし、今回の措置命令のタイミングといい、不可解なまでの強引さは、このような「官僚の事情」があったと考えれば、つじつまは合う。 いずれにせよ、コロナ禍が続く中で、「空間除菌」の有効性をめぐるバトルも続いていく。今回、流れ弾に当たったのは、「クレベリン」だが、近いうちに他の除菌・殺菌製品、ウィルス対策製品も否応なしにこの「不毛な戦場」の最前線に駆り出されていくのではないか』、「厚労省や消費者庁」の戦略は確かに極めて高度なようだ。「他の除菌・殺菌製品、ウィルス対策製品も否応なしにこの「不毛な戦場」の最前線に駆り出されていくのではないか」、今後の展開が楽しみだ。
先ずは、2019年11月3日付け東洋経済オンライン「血液クレンジング騒動で見えた広告規制の限界 SNSの「医療ステマ投稿」は野放し状態」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/311940
・『「施術中、指先がポカポカしたので効果があると信じ込んでしまった」 ブロガーの「はあちゅう」こと伊藤春香氏は2012年、当時運営していたサイトのクーポンを使って血液クレンジングの施術を受けたことを、ブログに投稿していた。 「血液クレンジング」とは、100ccほどの血を抜き、オゾンを混ぜて再度体内に戻すという仕組みで、オゾン療法とも呼ばれる。冷え性や美容に効果があるとして、はあちゅう氏だけでなく多数の芸能人や著名人(インフルエンサー)が、黒っぽい血が鮮やかな赤に変わる写真とともにSNSで拡散していた。 これについてネット上で疑問視する声が飛び交い、10月17日には美容外科医の高須克弥氏がツイッターで「意味ねぇよ。おまじないだよ」と効果を否定。はあちゅう氏も過去の投稿を削除するなどの炎上を巻き起こした。 血液クレンジングを行っている各クリニックのホームページには、冷え性、アレルギー、認知症、がん、HIV、ヘルペスなどのさまざまな症状への効果が謳われている。過去にも何度かブームがあったが、その効果ははっきりしない面がある。『「ニセ医学」に騙されないために』を執筆した医師の名取宏氏は、「信頼できる臨床試験での検証が少なく、エビデンスに基づいた医療(EBM)とはいえない」と、厳しい見方だ。 一方、日本酸化療法医学会の渡井健男会長は、「ドイツ発祥の治療法で、海外では保険が効く国もある。日本ではオゾンは毒というイメージが強く誤解を持たれているが、がんや線維筋痛病などで症状改善の実績がある。EBMに基づいた実証やデータ開示は、今後さらに進めていく」と主張している』、「日本酸化療法医学会」なるものがあることは初めて知ったが、「EBMに基づいた実証やデータ開示」はすぐには無理なようだ。
・『医療広告規制強化でも取り締まりは難航 血液クレンジングの効果の真偽について記事上で断定することは避けるが、血液クレンジングをはじめとして効果検証がされていない医療サービスをSNSに投稿する事態が横行している。それだけでなく、それらがしっかりと取り締まられていないという大きな問題がある。) 医療機関が広告をする場合、医療法に基づいた「医療広告ガイドライン」に従う必要がある。このガイドラインは、一般的な商品やサービスの広告に対する規制と比較しても厳しい。近年は美容医療の被害が急増したことを受け、2017年には医療法が改正され、ホームページにも広告規制が及ぶことになった。 厚生労働省の担当課によると、効果が検証されていない治療について「がんに効果がある」といった書き方をしている場合、指導の対象になる可能性があるという。ガイドラインでは虚偽広告や誇大広告、「著名人も〇〇医師を推薦しています」といった、他の医療機関よりも優良であると示す比較優良広告を禁止している。 だがガイドラインには、ホームページ上に問い合わせ先を明記し、自由診療の場合、治療の内容や費用、リスクや副作用に関する情報提供を明確に行っていれば、掲載してもよい項目が増える「限定解除」という仕組みがある。そのため、実際に禁止されている広告内容の線引きはあいまいだ。 また、実効的な罰則が実施されることはきわめてまれで、取り締まりの実権がない、いうなれば「お飾り」に近い状態だ。広告規制に詳しい丸の内ソレイユ法律事務所の成眞海氏によると、「2017年の医療法改正以来、美容医療などを中心に指導の件数は増えているが、行政処分や刑事処罰を受けた事例は、まだ聞いたことがない」という』、「実効的な罰則が実施されることはきわめてまれで、取り締まりの実権がない、いうなれば「お飾り」に近い状態だ」、金融商品では「広告規制」は極めて厳格なのに、健康に直結する医療分野で緩いのは納得できない。
・『厚労省が民間業務委託も捜査権はなし ネット上の違法医療広告の取り締まりは、2017年8月から厚生労働省が民間に業務委託している「医療機関ネットパトロール」が行っている。通報などにより違法な広告を発見し、医療機関に通達を行うが、それでも改善が見られない場合は、個別案件ごとに自治体の保健所が指導を行うという仕組みだ。 ところが、規定上は罰則に当たるものであっても、保健所に警察のような捜査権がないため、手詰まりになってしまう。 今回の炎上のきっかけとなったSNSの投稿に目を向けても、インフルエンサーによる投稿が一般の投稿か、それとも消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をする「ステマ(ステルスマーケティング)」なのかどうか判別することは非常に難しい。 前述の渡井会長も「美容系に多いが、規定の治療法を守らない医師が適切な説明をせず、内容をわかっていない芸能人が『ステマ』的な投稿をしていることを問題視している」と懸念を示す。 インフルエンサーマーケティングが広まるなか、ステマを防ぐための仕組みは広まっている。企業が広告投稿を依頼し、謝礼などを提供する場合は「#PR」といった表記をし、両者の関係性を明示しなくてはならないことが、WOMマーケティング協議会のガイドラインで定められている。 他方、医療サービスの広告投稿は「著名人との関係性を強調する」比較優良広告と見なされ、それ自体が法に触れる。そのため、本人の興味で行ったプライベートの投稿であることが前提となり、#PRの表記が載る投稿は存在しない。 #PRの有無で判断できないからこそ、両者が「金銭のやりとりや謝礼はない」と主張しても、表面から判断することは不可能に近い、という大きな落とし穴がある。 都内の保健所の担当者によると「通報があった場合に個別に聞き取りをすることはありうるが、どういうスタンスで投稿しているかまでは調べる権限がない」と話し、SNS上の投稿まではターゲットにしていないという。 かといって規制を強化することは、言論の自由を侵すことにもなりかねないジレンマもある。前述の担当者は「制度が立ち上がってまだ2年だが、マーケティング手法に、法令が追いついていないのが現状だ」と認める』、「通報などにより違法な広告を発見し、医療機関に通達を行うが、それでも改善が見られない場合は、個別案件ごとに自治体の保健所が指導を行うという仕組みだ。 ところが、規定上は罰則に当たるものであっても、保健所に警察のような捜査権がないため、手詰まりになってしまう」、「マーケティング手法に、法令が追いついていないのが現状」、本当に必要なのであれば、「保健所」への「捜査権」付与も前向きに検討すべきだ。
・『情報にふりまわされるインフルエンサー インフルエンサーもステマとの誤解を避けるため、発信には細心の注意を払うが、あふれる情報にふりまわされているのも実情だ。 はあちゅう氏は、血液クレンジングに関する投稿はステマではないとしたうえで、「インフルエンサーには、いいと思ったことを発信する役割があるが、大きな責任も伴う。自分の興味から行った投稿であればなおさら、ひとりだけでなく周りにも相談して、その真偽を判断するべきだと、今回の件で改めて学んだ」と、炎上に対して反省を述べた。) ただ、「専門家にもいろんな意見の人がいて、血液クレンジングをニセ医療だと断定する根拠も持っていない」と吐露する。 近年は「インスタ映え」の名目のもと、パフォーマンス性の高いものや、見栄えのするエステや治療などが大量にSNSにアップされている。それらの中には、危険な治療や、効果を誇大に強調するなど、医療広告上違法とみられるものも紛れている。 それらを取り締まることができない以上は、最終判断は消費者側に委ねられる。前述の名取氏は「基本的に保険適用の治療以外は、効果が公に検証されていないと考えていい。エセ医療で、本来よくなるべき症状が悪化することもあり、気をつけてほしい」と注意喚起する。 厚生労働省は、自治体による適切な指導を浸透させるため、今年から「医療広告協議会」を立ち上げた。現場の担当者や業界関係者を集めて、課題の論点整理や意見交換を行っていくという。 制度の甘さにつけこむ悪徳な医療機関を野放しにすれば、最悪の場合、国民の健康や命にかかわる問題も引き起こしかねない。取り締まり体制の整備は急務だ』、「取り締まり体制の整備は急務だ」、同感である。
次に、昨年1月6日付け東洋経済オンラインが掲載した国立病院機構東京医療センター形成外科長 の落合 博子氏による「化粧水が「肌の奥まで浸透できない」納得の理由 「美容常識」のウソを形成外科医が深く解説」を紹介しよう。
・『今大注目の〇〇美容法」「〇〇が新しく開発した新成分」「シミやシワに本当に効くのはこれ!」――テレビCMや美容雑誌、コスメサイトなどにはいつも新しい単語が並んでいます。しかし、新しい美容法や成分が本当に効果があるのか見抜くのは困難です。巷に流れる美容情報をどう正しく読み解くか、現役の形成外科医であり肌の構造に精通している落合博子氏が解説します』、興味深そうだ。
・『形成外科医から見るといまの美容常識は時々疑問 形成外科医の観点から、いま世の中にあふれているさまざまな美容情報を眺めていると、「なんでそんなことをする必要があるんだろう?」「効果があるとは思えないな」と感じることが、本当にたくさんあるのです。 たとえば、とても単純な例でいうと、わたしの場合「肌をイメージしてください」といわれたら、断面図を思い浮かべます。ちょっと怖いかもしれませんが、日々皮膚を切ったり縫ったりしているので、肌の断層が浮かぶのです。 でも、みなさんはおそらく、肌の表面をイメージするのではないでしょうか。肌表面の下がどんな構造になっているのか、肌の仕組みがわかると、美容情報の見え方もガラッと変わってきます。まずは肌の仕組みを正しく知ること。 それが、美肌を手に入れるためのいちばんの近道です。正しく知れば、巷の宣伝広告に乗せられることもなくなるでしょう。あなた自身が情報のウソホントを見極められるようになります。けっしてむずかしいことではありませんので、どうぞ安心してください。 ひとつ、みなさんに質問です。化粧品のCMなどで見聞きする「肌の奥まで浸透する」の「奥」とは、いったいどこのことでしょうか? 答えは「角質層」です。「角質層まで浸透してプルプルのお肌に」などの宣伝文句もお馴染みなので、ご存じの方も多いと思います。 ただ、わたしがここで質問するポイントは、この角質層がどれくらい「奥」にあるかという点。じつは、わたしたちの肌のいちばん表面にあるのが、この角質層(=角層とも呼ばれます)です。) 「あれ? どういうこと?」と思うかもしれません。角質層まで浸透するといわれると、なんだかものすごく奥のほうまで染みわたってお肌によいような気がしてしまいますが、角質層というのは、肌表面の厚さ0.01から0.03ミリの部分を指します』、「角質層まで浸透するといわれると、なんだかものすごく奥のほうまで染みわたってお肌によいような気がしてしまいますが、角質層というのは、肌表面の厚さ0.01から0.03ミリの部分を指します」、一般の素人に誤解させるような説明は罪が深い。
・『死んだ細胞の表面をうるおわせているだけ? ここで肌の構成についてお話ししておきましょう。わたしたちの肌――皮膚は、真皮と表皮からなりたっています。そのうちの表皮が肌表面にあたる部分で、厚さは平均0.2ミリほどです。 この肌の表面(=表皮)はさらに分類され、外側から順に「角質層」「顆粒層」「有棘(ゆうきょく)層」「基底層」の4層から構成されています。つまり、いちばん外側にあるのが角質層です。 そして、この角質層は、表皮の第4層目にあたる基底層が絶えず分裂をくりかえすことで押し上げられた“死んだ細胞”からつくられています。少々ショッキングな表現かもしれませんが、肌の表面は“死んだ細胞”で覆われているのです。 イメージ図をご覧いただいてもわかるように、角質層の次にある顆粒層より下の部分には細胞核の点が見えますが、角質層にはありません。細胞が生きていないので、血液中から栄養が補給されることもないのです。化粧水などの薬物が浸透するのは一般的に、この死んだ角質細胞で形成されている「角質層」まで。その下で細胞分裂している肌の「奥」に、届くことはありません。 また、角質層はいちばん外側にあるので、見た目の美しさを左右します。それゆえ、この角質層を一生懸命ケアしようとするわけですが、角質層はそもそも、しばらくすれば垢となって剥がれる運命なのです。実は、化粧品の管理をおこなっている「薬事法」という法律でも、化粧品が角質層(=角層)よりも奥まで浸透するという広告は禁じられています。 ですから、どんなに効果があるように思える宣伝広告でも、よく目を凝らすとかならず、「浸透するのは角(質)層まで」とどこかに明記されているはずです。 多くの人が、このたった0.01~0.03ミリの死んだ細胞の表面をうるおわせるために、化粧水をせっせと使っている、ということになるわけですが、果たして意味があるでしょうか。 では、角質層のさらに奥まで届くものがあるのかといえば、特殊な医療技術を用いない限り基本ありません。というのも、皮膚本来の機能を考えると、それはあってはならないことだからです。わたしたちの肌は、そもそも何のために存在するのでしょうか?肌の最大の役割は、「からだを守ること」。異物が体内に侵入するのを防ぐ「バリア」の役割を果たしているのが、皮膚なのです。 そのバリア機能のおかげで、わたしたちの細胞や血管、神経が守られています。全身の約16 パーセントの皮膚にやけどを負うと、致命的だといわれます。そして忘れがちですが、皮膚はわたしたちの臓器のひとつ。皮膚は体重の約30パーセントを占める、人体で最大の臓器です』、「どんなに効果があるように思える宣伝広告でも、よく目を凝らすとかならず、「浸透するのは角(質)層まで」とどこかに明記されているはずです」、こんな消費者の誤解に基づいた「広告」が長年続いているとは、驚かされた。「多くの人が、このたった0.01~0.03ミリの死んだ細胞の表面をうるおわせるために、化粧水をせっせと使っている、ということになるわけですが、果たして意味があるでしょうか」、「皮膚は」「異物が体内に侵入するのを防ぐ「バリア」の役割を果たしている」、「皮膚は体重の約30パーセントを占める、人体で最大の臓器」、「皮膚」が「臓器」の1つとは初めて知った。
・『肌の持っている4つの役割 外の世界に直接触れる臓器ですから、さまざまな役割を持っているわけですが、おもには、①水分の喪失や侵入を防ぐ、②体温を調節する、③微生物や物理化学的な刺激から生体を守る、④感覚器としての役割を果たす、の4つ。 いずれも生命を維持するために必要不可欠な機能です。また、「からだを防御する」機能として、最表面にある角質層がもっとも重要な役割を果たしています。この角質層の厚さは平均0.02ミリしかありませんが、健全であれば同じ厚さのプラスチック膜と同じくらい、水分を通しにくい性質があります。 もし、角質層がバリア機能を失って何でもかんでも浸透させてしまうようになると、局所だけでなく全身が危険にさらされる可能性があるということです。実際に皮膚にバリアを超えて異物が侵入したことで、アレルギー症状を引き起こした例も報告されています。 お肉の切り身を想像してみてください。肌にバリア機能がなければ、お肉の切り身のように塩や胡椒や?油などの下味をすり込めるということになるでしょう。そんなことが肌に起こったら大変です。肌は外界の異物からからだを守っています。そのバリアに対して、外からすり込んだり、押し込んでみたり、温めてみたり、ラップをしてみたりとがんばっても、バリアより奥深くに成分が届くことは、そもそもないのです。) そして、「からだから逃がさない」機能としても、皮脂のバリアが重要です。健全な皮膚の表面は皮脂で覆われ、脂質や天然保湿因子・水分が逃げないように守られています。しかし、一旦バリアが破壊されると保持されるべき物質が角層から外に流出し、乾燥を引き起こすのです。 肌へ化粧品の成分を浸透させようと思うと、バリアを破壊する必要があります。しかし、バリアを破壊すれば肌の大事な成分が保持できなくなり、頻回に化粧品をつけても乾燥するという悪循環を生みます。大事なのは、正常なバリア機能を邪魔しないこと。化粧品を浸透させるのではなく、バリアとなる皮脂を補強するような化粧品の使い方を意識することです』、「大事なのは・・・化粧品を浸透させるのではなく、バリアとなる皮脂を補強するような化粧品の使い方を意識すること」、「皮膚」への「化粧」の意味が理解できた。
・『バリア機能さえ壊さなかったら肌は美しくなる ここまででもおわかりかと思いますが、巷にあふれている広告はとても魅力的ですが、文字どおりほとんどが「宣伝」です。たしかにさまざまな研究が進み、新しい成分がつぎつぎに登場し、あらたな効能のエビデンス(検証結果)がとれているものもあるかもしれません。しかし、肌トラブルが生じたときにいつも立ち返って思い出していただきたいのは、肌本来の役割。そう、バリア機能です。 このバリア機能をしっかり維持することができれば、肌はおのずと美しくなる力を備えています。肌トラブルが生じたとしても、わたしたちの体内では絶えず細胞が生まれ変わっていますから、少し待っていれば新しい肌に生まれ変わるのです。 手術で皮膚をどんなにうまく切り貼りし、美しく縫合する技術を施せたとしても、傷が最終的にキレイに治っていく過程は、人体の自己再生力なくしてはありえません。そして、どんな肌にも、その力は備わっているのです。 ちなみに、表皮のターンオーバーは約28~30日間サイクルでおこなわれるといわれています。ですから、ちょっと乱暴ないい方をすれば、40日間肌の機能を邪魔しないように何もせずに待てばいいのです。もちろん、食べものや生活習慣、ストレスなども肌の状態に影響しますが、肌に関する正しい知識を持っていれば、何をして何をしなくていいかが、わりとスッキリ見えてくると思います』、「ちょっと乱暴ないい方をすれば、40日間肌の機能を邪魔しないように何もせずに待てばいいのです」、なるほど。
第三に、本年2月3日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「消費者庁の露骨な「クレベリン潰し」、背景に片山さつき氏の影がチラつく空間除菌連合?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/295115
・『なぜ消費者庁は「クレベリン」だけをターゲットにするのか? 消費者庁が、大幸薬品の空間除菌剤「クレベリン」を露骨に潰しにかかっている。 1月20日、「空間に浮遊するウイルス・菌を除去」などの表示に合理的根拠がなく、消費者に誤解を与えるおそれがあるとして、消費者庁は、景品表示法に基づく措置命令を下した。 対象となったのは、スティックペンタイフ?、スティックフックタイフ?、スプレー、ミニスプレーという4商品で、定番である「置き型」タイプ2商品は含まれていない。昨年12月、消費者庁から措置命令の事前通達を受けた大幸薬品は東京地裁に差止訴訟を提起しており、「置き型」に関してはそれが認められているからだ。ただ、消費者庁は即時抗告しており、高裁の結果ではこの2商品も対象となる可能性が高い。 このような流れを聞くと、「潰しているとは人聞きが悪い、われわれ消費者のために誇大広告で儲ける企業にお灸を据えてくれているんだろ」と消費者庁を応援したくなる人もいるかもしれない。しかし、実は今回の一連の動きには、「消費者のため」という話では説明できない、おかしな点がたくさんある。 まず、大型ドラッグストアに行けばわかるが、除菌コーナーの「クレベリン」の隣には同じような空間除菌剤がたくさん並んでいて、措置命令を受けていないものもかなりある。 例えば、その中のひとつが興和の「ウィルス当番」。こちらのパッケージには「空間除菌」「ウイルス除去」という言葉が並び、「空間に浮遊する」という表現こそないものの、「身近にひそむウィルス・菌に」という言葉の横で、クリアポットから放射線状に二酸化塩素を放出しているイメージ図が描かれている。消費者にほぼ同じイメージを訴求していてこちらはお咎めもなしで、「クレベリン」は「大幸薬品株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について」(消費者庁ホームページ)と名指しで吊し上げられる。 「有名人・有名企業を晒し者にして、社会全体に注意喚起」というのは中央官庁、自治体、警察が好む定番の手法だとしても、これはさすがにちょっと度を超えた不公平さではないか』、確かに「大幸薬品」「に対する景品表示法に基づく措置命令」、は「度を超えた不公平さ」だ。
・『行政がなりふり構わず措置命令、消費者も混乱 さらにおかしいのは、司法の判断を待つことなく措置命令に踏み切った点である。とにかく「空間除菌に根拠なし」という結論にもっていくため、なりふり構わず措置命令をゴリ押ししているようにも見える。 先ほども申し上げたように、大幸薬品側は仮の差し止めを勝ち取っているのだが、これはかなり異例のことだ。だから、大幸薬品は自社HPで、司法によって「消費者庁に提出している試験結果などが、二酸化塩素による除菌・ウイルス除去効果の裏付けとなる合理的根拠に当たることを認め」られたと胸を張っている。 しかし、消費者庁はその事実をもみ消すかのようにすぐさま4商品の措置命令を出した。「消費者庁の命令は、東京高等裁判所での審理が開始される前に行われたものであり、極めて遺憾」と大幸薬品側が恨み節を述べていることからもわかるように、こんな形で措置命令を出しても、対立と混乱を招くだけで、消費者にメリットもない。 筆者が、先ほど近所の商店街をのぞいてきたら、措置命令に従ってペン型やスプレー型を引っ込めた大手チェーン店があった。一方で、数百メートル離れた別のドラックストアでは、一番目立つ場所に「クレベリン」専用の棚を設けて、置き型はもちろん、ペン型、スプレー型など今回対象の4商品すべてを売っていた。つまり、措置命令は出したものの、大幸薬品側が全面対決の姿勢を崩さないことで、店側も対応が定まらないのである。当然、消費者も混乱する。 こういう事態を避けるのも消費者庁の役目のはずだが、「そんなもん知るか」とばかりに措置命令に執着している。とにかく1日でも早く措置命令のリリースを出して、マスコミに「ウイルス除去 根拠なし」(NHK政治マガジン1月20日)『クレベリン、「空間除菌」根拠なし』(毎日新聞1月21日)という印象のニュースを流させたかったとしか思えないほど強引だ。 さて、そこで次に疑問に浮かぶのは、消費者庁はなぜそこまで「クレベリン」と「空間除菌」を目の敵にしているのかということではないか。そして、なぜこのタイミングでの措置命令にこだわったのか、ということも気にならないか』、確かに「消費者庁」のやり方には極めて疑問点が多い。
・『「日本除菌連合」という存在が今回の騒動の一因か マスコミの解説によれば、コロナ感染を防ぐ効果があるとか、空間の殺菌・除菌効果があるなどとうたう製品の相談が多く寄せられていることを、問題視した消費者庁が、「空間除菌市場」を牽引するリーダー的な存在である「クレベリン」に狙いを定めたという。 一見、説得力のあるストーリーではあるが、個人的にはちょっと引っかかる。 空間除菌関連製品の広告表示を適切な方向へ指導したいのなら、今回のように企業との「全面対立」を避けるべきなのは言うまでもない。もし裁判で負けでもしたら、消費者庁のメンツは丸潰れで、不当な広告表示をする業者がさらに勢いづいて手がつけられなくなってしまうからだ。 そんなリスクがありながらも「全面対立」に踏み切ったのは、もっと切実な目的があったからではないか。これは筆者の想像だが、シンプルに「空間除菌」というものの社会的信用を失わせることではなかったかと思っている。 「おいおい、役所がそんな風に民間企業のビジネスを邪魔をするわけがないだろ」と思うかもしれないが、役所だからこそ、それを必死にやらないといけない「オトナの事情」があるのだ。 実世間一般ではまだあまり知られていないが今、厚労省、経産省、そして消費者庁に対して「空間除菌の科学的根拠を認めろ」と強く迫っている団体があるのだ。「日本除菌連合」である。 この団体は、「除菌の力で新型コロナウイルスの感染を防ごうという技術を持ったメーカー、業界が大同団結する有志連合」(ホームページより)で、主に加盟しているのは、「次亜塩素酸水」による除菌機器を扱うメーカーが多くを占めており、そこに大幸薬品の名前はない。 だが、目指すところは空間除菌剤メーカーとも微妙に重なっている。「政府のアクションプランに除菌を加えること、国の空間環境除菌への全面的バックアップ、政府機関によるエビデンス取得、研究技術開発の支援、研究補助金、普及補助金、海外展開助成など」を求めていくということだからだ。 その「日本除菌連合」が昨年秋、医療界で話題になったことがある。《2021.10.27 厚労省から次亜塩素酸の空間噴霧を認める通達が出されました》というプレスリリースを出したのだ』、なるほど。
・『厚労省と「日本除菌連合」のすれ違い 実は厚生労働省は「次亜塩素酸水の空間噴霧」については国際的に評価方法は確立されていないとして、「推奨できません」という立場であり、コロナ関連の情報をまとめた厚労省サイトにもそう明記されている。WHOをはじめ医療界も同様のスタンスで、医療関係者の間では、効果に否定的な意見が多い。 そこで、Buzzfeedニュースが厚労省に確認したところ、このリリースを「ミスリーディング」と見解を示した。 が、今度はそれを除菌連合に伝えると、「感染対策としての次亜塩素酸水の活用については厚生労働省、経済産業省、消費者庁の代表と度重なる打ち合わせの結果今回の事務連絡の通達となっています」と回答して、このように主張が返ってきたという。 「次亜塩素酸水の活用におけるリスクとベネフィットにつきましては当然ベネフィットの方が勝っているというのが事実です。過去20年以上にわたり酪農業、農業、食品加工業、ホテル、介護施設、病院、学校、保育園、家庭などで使われてきた次亜塩素酸水は除菌消臭の効果で社会に貢献してきている一方で人命や健康に関わるリスクはほとんど報告がありません」(『厚労省が「空間除菌」を認めた? 業界団体が誤情報を発信。専門家は改めて注意喚起』21年12月14日) つまり、Buzzfeedに対応した担当者の見解が間違いであり、「次亜塩素酸水の空間噴霧による除菌」は、厚労省、経産省、消費者庁もその効果と安全性を認めているものだ、というのだ。 そう聞くと、「空間除菌」というものに否定的な方は、「こういう主張をするメーカーの製品にもクレベリンにやったようなガツンと措置命令を出せばいいのでは」と思うかもしれないが、消費者庁にはそれが簡単にできない事情がある』、どういうことだろう。
・『片山さつき議員も「応援」、日本除菌連合の政治的な後ろ盾 実は日本除菌連合は、「感染対策を資材と方法から考える超党派議員連盟」(本稿では「空間除菌議連」と呼びたい)と連携しているのだ。「次亜塩素酸、オゾン、光触媒などの技術を活用した空間除菌を行うことがウイルス対策として有効であること」という考えのもとで設立されたこの「空間除菌議連」は21年5月時点で、自民党が24名、公明党が8名、立憲民主党が10名、日本維新の会3名、国民民主党が1名が名を連ね、会長を片山さつき参議院議員が務めている。 片山氏と言えば、議連発足時の昨年5月、こんなツイートをして医療関係者から批判を受けて話題になった。 《感染症対策を資材と方法論から考える超党派議員連盟、この状況下まだまだやれる事があります!自民、公明、立民、国民、維新の5党約50名の衆参国会議員で発足!空間除菌、空気除菌、O3 、HOCL 、光触媒、他三重大教授から全体像の講演。東工大からもご参加。政府機関が有効性を科学的に認定を》(21年5月12日) 除菌連合が厚労省、経産省、消費者庁の名を挙げて「空間除菌」の有効性を主張できるのは、エビデンスへの絶対的な自信もさることながら、片山氏を筆頭とした「空間除菌議連」という政治的な後ろ盾が、まったく同じ主張をしてくれているからなのだ。 さて、ここまで説明をすれば、筆者が消費者庁の露骨な「クレベリン潰し」が、「空間除菌」というものの社会的信用を失わせるという目的のために行われたのではないかと考える理由がわかっていただけのではないか』、「片山氏」がこのような一方的な肩入れをしているとは失望した。
・『「クレベリン」は流れ弾にあたった? 財務省の改ざん問題などを見てもわかるように、官僚というのはどうしても政治家の顔色をうかがいながら仕事を進めなくてはいけない。有力議員に逆らえば簡単に島流しにされてキャリアはパア、逆に忖度ができれば異例の出世もある。 そういう世界で生きる消費者庁幹部のもとに、「自民党総務会長代理」という重い看板を背負い、50人近い議連を率いる元官僚の議員が、「空間除菌の科学的有効性を認めよ」と迫ってきた、としよう。 先ほども申し上げたようにこれに関して医療界は否定的だが、国会議員が首を突っ込んできた以上、厚労省も経産省も、そして消費者庁も「そんなの認められるわけないでしょ」と、あしらうこともできない。そうこうしているうちに議連とガッチリ手を握る業界団体が、「厚労省が次亜塩素酸の空間噴霧を認めた」とまで主張してきた。このままいけば、押し切られてしまう恐れも出てきた。 政治力学とエビデンスの板挟みで、消費者庁幹部は頭を抱えたはずだ。しかし、そこは受験勉強で鍛えた優秀な頭脳である。片山氏や空間除菌議連の顔を潰すことなく、除菌連合を敵に回すことなく、どうにかしてこの無理筋の要求をのらりくらりとかわす方法がひねり出される。それが「クレベリン」を利用して、「空間除菌」の社会的信用を貶めるというスピンコントロール(情報操作)ではなかったか。 「空間除菌」を代表する「クレベリン」にとにかく措置命令を下して、マスコミに「空間除菌、根拠なし」と書かせれば、世論は空間除菌にネガな印象を抱く。自分たちの手を汚すことなく、除菌連合や片山氏たちの「空間除菌の有効性を認めよ」というロビイングの足を引っ張ることができる。「選挙に落ちればタダの人」の政治家は結局、人気商売なので、あまりに「空間除菌」に対して世論の逆風が吹けば、沈黙せざるを得ない。つまり、「クレベリン」の社会的イメージを貶めるだけで、厚労省や消費者庁は除菌連合と議連に対して「戦わずして勝つ」ことができるのだ。 おりしも、「クレベリン」と大幸薬品は昨年から、さまざまな医療機関に無償提供したり、その功績が認められて政府から紺綬褒章を授与されたりして、一部の「空間除菌」に否定的な人々から批判されていた。「空間除菌」のネガキャンには、まさにうってつけの存在だ。 もちろん、これはすべて筆者の想像である。しかし、今回の措置命令のタイミングといい、不可解なまでの強引さは、このような「官僚の事情」があったと考えれば、つじつまは合う。 いずれにせよ、コロナ禍が続く中で、「空間除菌」の有効性をめぐるバトルも続いていく。今回、流れ弾に当たったのは、「クレベリン」だが、近いうちに他の除菌・殺菌製品、ウィルス対策製品も否応なしにこの「不毛な戦場」の最前線に駆り出されていくのではないか』、「厚労省や消費者庁」の戦略は確かに極めて高度なようだ。「他の除菌・殺菌製品、ウィルス対策製品も否応なしにこの「不毛な戦場」の最前線に駆り出されていくのではないか」、今後の展開が楽しみだ。
タグ:東洋経済オンライン「血液クレンジング騒動で見えた広告規制の限界 SNSの「医療ステマ投稿」は野放し状態」 「日本酸化療法医学会」なるものがあることは初めて知ったが、「EBMに基づいた実証やデータ開示」はすぐには無理なようだ。 「実効的な罰則が実施されることはきわめてまれで、取り締まりの実権がない、いうなれば「お飾り」に近い状態だ」、金融商品では「広告規制」は極めて厳格なのに、健康に直結する医療分野で緩いのは納得できない。 「通報などにより違法な広告を発見し、医療機関に通達を行うが、それでも改善が見られない場合は、個別案件ごとに自治体の保健所が指導を行うという仕組みだ。 ところが、規定上は罰則に当たるものであっても、保健所に警察のような捜査権がないため、手詰まりになってしまう」、「マーケティング手法に、法令が追いついていないのが現状」、本当に必要なのであれば、「保健所」への「捜査権」付与も前向きに検討すべきだ。 「取り締まり体制の整備は急務だ」、同感である。 東洋経済オンライン 落合 博子氏による「化粧水が「肌の奥まで浸透できない」納得の理由 「美容常識」のウソを形成外科医が深く解説」 「角質層まで浸透するといわれると、なんだかものすごく奥のほうまで染みわたってお肌によいような気がしてしまいますが、角質層というのは、肌表面の厚さ0.01から0.03ミリの部分を指します」、一般の素人に誤解させるような説明は罪が深い。 「どんなに効果があるように思える宣伝広告でも、よく目を凝らすとかならず、「浸透するのは角(質)層まで」とどこかに明記されているはずです」、こんな消費者の誤解に基づいた「広告」が長年続いているとは、驚かされた。 「どんなに効果があるように思える宣伝広告でも、よく目を凝らすとかならず、「浸透するのは角(質)層まで」とどこかに明記されているはずです」、こんな消費者の誤解に基づいた「広告」が長年続いているとは、驚かされた。「多くの人が、このたった0.01~0.03ミリの死んだ細胞の表面をうるおわせるために、化粧水をせっせと使っている、ということになるわけですが、果たして意味があるでしょうか」、「皮膚は」「異物が体内に侵入するのを防ぐ「バリア」の役割を果たしている」、「皮膚は体重の約30パーセントを占める、人体で最大の臓 「大事なのは・・・化粧品を浸透させるのではなく、バリアとなる皮脂を補強するような化粧品の使い方を意識すること」、「皮膚」への「化粧」の意味が理解できた。 「ちょっと乱暴ないい方をすれば、40日間肌の機能を邪魔しないように何もせずに待てばいいのです」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン 窪田順生氏による「消費者庁の露骨な「クレベリン潰し」、背景に片山さつき氏の影がチラつく空間除菌連合?」 確かに「大幸薬品」「に対する景品表示法に基づく措置命令」、は「度を超えた不公平さ」だ。 確かに「消費者庁」のやり方には極めて疑問点が多い。 消費者庁にはそれが簡単にできない事情がある』、どういうことだろう。 「片山氏」がこのような一方的な肩入れをしているとは失望した。 「厚労省や消費者庁」の戦略は確かに極めて高度なようだ。「他の除菌・殺菌製品、ウィルス対策製品も否応なしにこの「不毛な戦場」の最前線に駆り出されていくのではないか」、今後の展開が楽しみだ。
パンデミック(医学的視点)(その25)(「ブースター接種」はどこまで科学的に有効なのか イスラエルではすでに4回目接種も始まったが、あまり語られないオミクロン株の「後遺症問題」 重症化リスクが下がったとしても安心できない、コロナ後遺症で「脳の霧」が出る!?脳脊髄液中に確認された抗体とは?) [パンデミック]
パンデミック(医学的視点)については、1月13日に取上げた。今日は、(その25)(「ブースター接種」はどこまで科学的に有効なのか イスラエルではすでに4回目接種も始まったが、あまり語られないオミクロン株の「後遺症問題」 重症化リスクが下がったとしても安心できない、コロナ後遺症で「脳の霧」が出る!?脳脊髄液中に確認された抗体とは?)である。
先ずは、1月18日付け東洋経済オンラインが転載したThe New York Times「「ブースター接種」はどこまで科学的に有効なのか イスラエルではすでに4回目接種も始まったが」を紹介しよう。
・『1年前は、新型コロナウイルス感染症のワクチンを2回接種するだけで——あるいはジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンなら1回で——十分な予防効果が得られると考えられていた。 しかし、驚くほど感染力の強いオミクロン株が出現し、イスラエルでは重症化リスクの高い人々を対象に4回目の接種が始まっている。アメリカ疾病対策センター(CDC)はブースター接種の対象を若者にも広げ、「ワクチン接種が完了した」という表現を用いるのを避けるようになった。2回接種ではもはや十分といえなくなったためだ。 これからは、ワクチン接種状況が「最新の基準を満たしている」のかいないのか、といった表現が使われることになるだろう。そうなれば当然、次のような疑問が出てくる。新型コロナワクチンの接種に終わりはあるのか、数カ月ごとに袖をまくり上げてブースター(追加)接種を繰り返すことになるのか、という疑問だ』、日本でも「ブースター接種」することになり、医療従事者から優先的に「接種」が進んでいる。
・『効果を裏付けるデータは存在しない 科学者たちはこのウイルスに何度となく予想を裏切られ、身の程を思い知らされてきたため、今後の見通しを示すことに乗り気ではない。ただ、今回の取材では10人ほどの科学者が、ウイルスが今後どのような展開をたどろうとも、全人口を対象に数カ月ごとにブースター接種を繰り返すのは現実的ではないし、科学的でもない、と話した。 イエール大学の免疫学者、岩崎明子氏は、「ワクチンを定期的に接種する例がほかにないわけではないが、半年ごとにブースター接種を繰り返すより、もっといいやり方があるだろう」と話す。 そもそも、数カ月ごとにワクチン接種の行列に並ぶよう人々を説得できるのかといえば、その勝算はかなり低い。アメリカでは成人の約73%がワクチン接種を完了しているが、ブースター接種を受けることを選んだのは今のところ3分の1強にとどまる。 「はっきりいって、これは長期的に維持できる戦略とは思えない」と、アリゾナ大学で免疫学を研究するディープタ・バタチャリア氏は指摘する。 同じく重要な点として、現行ワクチンによる4回目接種の効果を裏受けるデータが存在しないという問題もある(ただ、免疫不全の人は話が異なり、こうした人々は4回目接種で防御効果が高まることは十分に考えられる)。 オミクロン株で感染が急速に広がったアメリカでは、できるだけ早期に3回目の接種を受けるべき、というのが専門家のコンセンサスになっている。とはいえ、追加接種による免疫のブースト効果は一時的なものにすぎず、3回目の接種からわずか数週間で抗体濃度が低下することを示す予備的研究もすでに出ている。さらに、抗体濃度がピークにあるときでさえ、3回目の接種ではオミクロン株に対し感染を一様に予防できるほどの効果は引き出せない。 オミクロン株、あるいは今後出てくる新たな変異株に対して免疫を引き上げることを目的とするのなら、最初に感染が広がったウイルス株に合わせて開発されたワクチンを繰り返し接種するのではなく、ほかの戦略を用いた方がよいというのが専門家の見解だ。 一部では「汎コロナウイルスワクチン」の開発も進められている。変異が極めて遅いか、まったく変異を起こさないウイルス部位を標的とするワクチンだ。 現行ワクチンを打った人々に、ブースターとして経鼻または経口ワクチンを用いることも考えられる。経鼻・経口ワクチンはウイルスの侵入経路となっている鼻腔などの粘膜表面に抗体をつくり出すため、感染予防にはより適している。 さらに、ワクチン接種の間隔を広げるだけで、免疫が強まる可能性もある。これは、新型コロナ以外の病原体に対する戦いで得られた科学的知見だ』、「追加接種による免疫のブースト効果は一時的なものにすぎず、3回目の接種からわずか数週間で抗体濃度が低下することを示す予備的研究もすでに出ている」、「わずか数週間で抗体濃度が低下」、とは頼りない話だ。
・『感染を完全に防ぐのは無理 ニューヨークのロックフェラー大学で免疫学を研究するミシェル・ヌッセンツヴァイク氏は、「ワクチン接種は入院率の抑制に極めて高い効果を発揮している」とした上で、感染を完全に防ぐのは無理だということがオミクロン株によってはっきりしたと話す。 ワクチンで感染の拡大を防げるのなら、定期的なブースター接種には合理性があるかもしれない。「しかしオミクロン株(がこれだけ感染を広げている現状)を踏まえると、(感染防止目的のブースター接種には)意味がない」とヌッセンツヴァイク氏は語る。「目指すべきは、入院を防ぐことだ」。 アメリカでパンデミック関連の首席医療顧問を務めるアンソニー・ファウチ氏も、本当に重要なのは入院を減らすことだと述べている。 ブースター接種で感染を防ぐには、実施のタイミングを変異株の流行にぴったりと合わせ込む必要がある。例えば、昨年秋に3回目の接種を済ませた人は多いが、オミクロン株が流行し始めたころには免疫のブースト効果がすでに低下し、感染しやすい状況になっていた。) インフルエンザの場合は一般的に、冬の流行が始まる直前にワクチン接種を受けることが推奨されている。新型コロナもインフルエンザと同様、季節的に感染を繰り返す病気となる可能性があるが、そうなれば「毎年、冬の前にブースター接種を行うシナリオも考えられる」と、ペンシルベニア大学の免疫学者、スコット・ヘンズリー氏は語る。 さらにインフルエンザの教訓としては、頻繁に接種しても効果が期待できない、というものもある。インフルエンザワクチンを1年に2回接種しても、「それに比例して効果が上がるわけではないので、そこまで頻繁に接種を行う意味はないだろう」と、香港大学で公衆衛生を研究するベン・カウリング氏は言う。「頻繁なワクチン接種で免疫を強めるのは困難だと思う」。 あまりにも頻繁なブースター接種は害をもたらしかねない、といった懸念も出ている。これには理論上、2つの可能性がある。 1つ目の可能性は、免疫システムが疲弊して「アネルジー」という状態に陥り、ワクチンに反応しなくなるシナリオだ。大半の免疫学者は、こちらの可能性については低いとみている。 可能性がより高いとみられているのは、「抗原原罪」と呼ばれる2つ目のシナリオだ。この学説によると、免疫システムの反応は最初に接したウイルス株の記憶に引きずられるため、変異株に対する反応は大幅に低下してしまう。 オミクロン株には50カ所を超える変異があり、それまでの変異株とはかなり異なる。そのため、最初に感染が広がった新型コロナウイルスに反応してできた抗体では、オミクロン株をうまく認識できない。 ハーバード大学のワクチン専門家、エイミー・シャーマン氏は「これが問題となる可能性を示唆する証拠は十分にある。短期間で(ウイルスが)進化している状況を、私たちは間違いなく目撃している」と話す』、「抗原原罪」説では、「免疫システムの反応は最初に接したウイルス株の記憶に引きずられるため、変異株に対する反応は大幅に低下」、もっともらしいシナリオだ。
・『感染防止と重症化予防のどちらを目指すのか 定期的なブースター接種であれ、別の手法であれ、何らかの戦略を採用するには、まず政府が目指す目標をはっきりさせなければならないと専門家は指摘する。例えば、感染防止を目標にするのと、重症化の防止を目標にするのとでは、求められる戦略もまったく違ってくる。 「事態は急速に変化しており、どこに向かっているのかも見えない状況にある」と、エモリー大学の生物統計学者、ナタリー・ディーン氏は言う。「今後の展開がどうあれ、何を目指すのか、とにかく目標をはっきりさせなくてはならない」』、「感染防止と重症化予防のどちらを目指すのか」、「政府が目指す目標をはっきりさせなければならない」のは確かだ。
次に、1月26日付け東洋経済オンラインが転載sたThe New York Times「あまり語られないオミクロン株の「後遺症問題」 重症化リスクが下がったとしても安心できない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/505485
・『保健当局者の多くは、オミクロン株がそれまでの新型コロナウイルス株に比べ重症化しにくいことを示唆する初期データに勇気づけられているが、そこに別の重大な疑問が影を落としている。 ワクチン接種完了者のブレークスルー感染も含め、オミクロン株への感染が「長期コロナ感染症(Long COVID)」につながる可能性はどうなのか、という疑問だ。長期コロナ感染症というのは、いわゆる後遺症のこと。何カ月にもわたって続き、日常生活に支障を及ぼすこともある身体的、神経的、認知的な一連の症状を指す。 オミクロン株とワクチン接種、そして長期コロナ感染症をめぐる関係性はまだ科学的によくわかっていない。これまでに行われてきた研究では、決定的な手がかりが得られていないということだ。この記事では、科学的にわかっていることと、まだわかっていないことのポイントを紹介する』、興味深そうだ。
・『オミクロン株の後遺症リスクは? オミクロン株が最初に確認されたのは昨年11月。そのため、症状がどれだけ長引く可能性があるかを見極めるには、まだしばらく時間がかかる。また、感染から回復して陰性になった後、これまでのウイルス株と同様に、頭にもやがかかったようになるブレインフォグや、激しい倦怠感といった症状につながる可能性があるのかどうかもよくわかっていない。 オミクロン株はそれまでのウイルス株ほど感染当初に重症化しないとするデータが報告されているが、基本的な症状はそれまでのウイルス株と似ているため、長期的な影響もこれまでと同じようなものになる可能性がある。 感染当初の重症化リスクが低下したとしても、それはオミクロン株が長期コロナ感染症を引き起こしにくくなったことを必ずしも意味するものではないと、複数の医師、研究者、患者団体は警告を発している。これまでの研究からは、新型コロナに感染した当初は軽症または無症状だった人々の多くが、その後、何カ月も続く長期コロナ感染症を患ったことが明らかになっている。 ワクチンで長期コロナ感染症を防げるのかどうかは、はっきりしない。 重症化や死亡を防ぐことがワクチンの本来の目的だが、これまでのウイルス株に関していえば、ワクチンによって感染リスクそのものが下がったケースもあったとみられる。長期コロナ感染症を避ける最善の方法はもちろん、最初から感染しないことだ。しかしワクチンによる感染予防効果は、オミクロン株に対してはこれまでほど強くなく、ブレークスルー感染も以前に比べはるかに一般的になっている。 ワクチン接種者と長期コロナ感染症に関する研究は、今のところデルタ株が登場する前に収集されたデータが中心になっており、しかも結果が割れている。ワクチンが長期コロナ感染症の抑制につながるとする研究がある一方で、つながらないとする研究も存在するということだ』、「ワクチン接種者と長期コロナ感染症に関する研究は、今のところデルタ株が登場する前に収集されたデータが中心になっており、しかも結果が割れている」、これでは役立たずだ。
・『ワクチンを打つと後遺症が和らぐ? ワクチンの運用が始まったときにはまだ、感染力の強いデルタ株も、それよりさらに感染力を増したオミクロン株も出現していなかった。が、当時、長期コロナ感染症患者の中には、ワクチン接種後にブレインフォグ、関節痛、息切れ、倦怠感といった症状が改善した人たちもいた。それでも、ワクチンを打っても症状がまったく変化しないという人は多かったし、症状が悪化したと感じる人も少数ながらいた。 2021年2〜9月に症状があると答えた18〜69歳を対象としたイギリス国家統計局の調査によると、長期コロナ感染症の症状を訴える確率は1回のワクチン接種で13%低下し、2回の接種でさらに9%低下した。 長期コロナ感染症の原因は今も明らかになっておらず、専門家によると、さまざまな症状の背後には、患者によって異なる原因が存在する可能性があるという。有力な仮説としては、感染が治まって陰性になった後に残ったウイルスやその遺伝子物質の残骸が関係しているとするもの、あるいは免疫の過剰反応が止まらなくなり、それによって引き起こされた炎症もしくは血行不良と関係しているとするものがある。 イェール大学の免疫学者・岩崎明子氏は、ウイルスの残骸が原因となっている場合には、ワクチンが症状の長期的な改善につながるのではないかと話す。これは、ワクチンで生成される抗体に、そうした残骸を取り除く能力があることが前提となる。 反面、感染後に自己免疫疾患に似た反応を起こし、これが長期コロナ感染症の原因となっている場合には、ワクチンでは一時的にしか症状が改善せず、倦怠感などの問題が再発する可能性がある』、科学的な解明は徐々にしか進まないとはいえ、着実に進展しているようだ。
第三に、2月5日付けダイヤモンド・オンラインが転載したヘルスデーニュース「コロナ後遺症で「脳の霧」が出る!?脳脊髄液中に確認された抗体とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/295280
・『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が治癒した後の後遺症の一つとして“脳の霧”(Brain Fog)が注目されているが、その発症機序の解明の手掛かりとなり得る研究結果が、「Annals of Clinical and Translational Neurology」に1月19日掲載された。論文の上席著者である、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のJoanna Hellmuth氏によると、脳の霧の症状が現れている人の脳脊髄液中には、その症状のない人からは検出されない抗体が確認されたという。 COVID-19治癒後に生じる“脳の霧”とは、Hellmuth氏によると、最近の出来事や名前を思い出せない、物事を表現するのに適切な言葉を想起できない、集中力が途切れる、情報処理スピードが低下するといった、認知機能関連症状のことだという。最近の研究によると、このような症状はCOVID-19治癒後の人にとって珍しいものではなく、ニューヨークのクリニックからは、156人のCOVID-19後遺症患者の約67%に認められたというデータが報告されている。 このようなウイルス感染症罹患に伴う“脳の霧”はCOVID-19に限ったものではない。これまでに、COVID-19以外の重症急性呼吸器症候群(SARS)の罹患や、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、C型肝炎ウイルス(HCV)などの感染でも、認知機能関連症状を来すケースがあることが知られている。 今回の研究は、認知機能関連症状のある22人(平均年齢48歳)と、その症状のない10人(同39歳)、計32人のCOVID-19既往者を対象に行われた。COVID-19の発症から10カ月後に採血検査を行うとともに、同意の得られた17人(有症状者13人、無症状者4人)の脳脊髄液を採取して分析した。なお、研究対象者は全員が成人であり、COVID-19の治療に入院を要していなかった。 脳脊髄液検査の結果、有症状のCOVID-19既往者13人中10人に炎症の亢進や、自分の体を攻撃する可能性のある抗体が活性化した所見が認められ、無症状のCOVID-19既往者4人は全て正常と判定された(77%対0%、P=0.01)。また、有症状者で認められた異常所見の一部は、血液検査の結果にも現われていた。 両群の認知機能関連リスク因子を比較すると、無症状者はリスク因子数が平均1未満であるのに対して、有症状者は平均2.5のリスク因子が該当した(P=0.03)。評価した認知機能関連リスク因子には、脳卒中、軽度認知障害、および血管性認知症のリスクを高める可能性のある疾患として、糖尿病と高血圧が含まれていた。また、注意欠如・多動症(ADHD)、アルコール・薬物使用障害、うつ病の既往なども評価されていた。 有症状のCOVID-19既往者の脳脊髄液中に見られた抗体について、Hellmuth氏は、「それらの抗体の標的は不明」とした上で、「ウイルスによって刺激された免疫系によって、意図しない病理学的機能により出現した可能性がある」と推測している。 なお、本研究では、HIV関連神経認知障害(HAND)の診断に使用される基準と同じ手法を用いて、神経心理学者の面接による認知機能の評価が対象者全員に行われていた。その結果は、有症状者では22人中13人(59%)、無症状者では10人中7人(70%)がHAND基準を満たしており、その割合に有意差はなかった(P=0.70)。 この点についてHellmuth氏は、「既存の評価手法では、COVID-19の後遺症として現れる認知機能の低下を診断できない可能性がある。しかし、思考や記憶の問題を訴える患者に対して、医療者は疾患の診断基準を満たすか否かにとらわれるのではなく、患者の訴えを信じて対応すべきではないか」と語っている。(HealthDay News 2022年1月20日)』、「最近の出来事や名前を思い出せない、物事を表現するのに適切な言葉を想起できない、集中力が途切れる、情報処理スピードが低下するといった、認知機能関連症状」とは怖い後遺症だ。「156人のCOVID-19後遺症患者の約67%に認められた」、「評価した認知機能関連リスク因子には、脳卒中、軽度認知障害、および血管性認知症のリスクを高める可能性のある疾患として、糖尿病と高血圧が含まれていた。また、注意欠如・多動症(ADHD)、アルコール・薬物使用障害、うつ病の既往なども評価」、「ウイルスによって刺激された免疫系によって、意図しない病理学的機能により出現した可能性がある」と推測」、なるほど。
先ずは、1月18日付け東洋経済オンラインが転載したThe New York Times「「ブースター接種」はどこまで科学的に有効なのか イスラエルではすでに4回目接種も始まったが」を紹介しよう。
・『1年前は、新型コロナウイルス感染症のワクチンを2回接種するだけで——あるいはジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンなら1回で——十分な予防効果が得られると考えられていた。 しかし、驚くほど感染力の強いオミクロン株が出現し、イスラエルでは重症化リスクの高い人々を対象に4回目の接種が始まっている。アメリカ疾病対策センター(CDC)はブースター接種の対象を若者にも広げ、「ワクチン接種が完了した」という表現を用いるのを避けるようになった。2回接種ではもはや十分といえなくなったためだ。 これからは、ワクチン接種状況が「最新の基準を満たしている」のかいないのか、といった表現が使われることになるだろう。そうなれば当然、次のような疑問が出てくる。新型コロナワクチンの接種に終わりはあるのか、数カ月ごとに袖をまくり上げてブースター(追加)接種を繰り返すことになるのか、という疑問だ』、日本でも「ブースター接種」することになり、医療従事者から優先的に「接種」が進んでいる。
・『効果を裏付けるデータは存在しない 科学者たちはこのウイルスに何度となく予想を裏切られ、身の程を思い知らされてきたため、今後の見通しを示すことに乗り気ではない。ただ、今回の取材では10人ほどの科学者が、ウイルスが今後どのような展開をたどろうとも、全人口を対象に数カ月ごとにブースター接種を繰り返すのは現実的ではないし、科学的でもない、と話した。 イエール大学の免疫学者、岩崎明子氏は、「ワクチンを定期的に接種する例がほかにないわけではないが、半年ごとにブースター接種を繰り返すより、もっといいやり方があるだろう」と話す。 そもそも、数カ月ごとにワクチン接種の行列に並ぶよう人々を説得できるのかといえば、その勝算はかなり低い。アメリカでは成人の約73%がワクチン接種を完了しているが、ブースター接種を受けることを選んだのは今のところ3分の1強にとどまる。 「はっきりいって、これは長期的に維持できる戦略とは思えない」と、アリゾナ大学で免疫学を研究するディープタ・バタチャリア氏は指摘する。 同じく重要な点として、現行ワクチンによる4回目接種の効果を裏受けるデータが存在しないという問題もある(ただ、免疫不全の人は話が異なり、こうした人々は4回目接種で防御効果が高まることは十分に考えられる)。 オミクロン株で感染が急速に広がったアメリカでは、できるだけ早期に3回目の接種を受けるべき、というのが専門家のコンセンサスになっている。とはいえ、追加接種による免疫のブースト効果は一時的なものにすぎず、3回目の接種からわずか数週間で抗体濃度が低下することを示す予備的研究もすでに出ている。さらに、抗体濃度がピークにあるときでさえ、3回目の接種ではオミクロン株に対し感染を一様に予防できるほどの効果は引き出せない。 オミクロン株、あるいは今後出てくる新たな変異株に対して免疫を引き上げることを目的とするのなら、最初に感染が広がったウイルス株に合わせて開発されたワクチンを繰り返し接種するのではなく、ほかの戦略を用いた方がよいというのが専門家の見解だ。 一部では「汎コロナウイルスワクチン」の開発も進められている。変異が極めて遅いか、まったく変異を起こさないウイルス部位を標的とするワクチンだ。 現行ワクチンを打った人々に、ブースターとして経鼻または経口ワクチンを用いることも考えられる。経鼻・経口ワクチンはウイルスの侵入経路となっている鼻腔などの粘膜表面に抗体をつくり出すため、感染予防にはより適している。 さらに、ワクチン接種の間隔を広げるだけで、免疫が強まる可能性もある。これは、新型コロナ以外の病原体に対する戦いで得られた科学的知見だ』、「追加接種による免疫のブースト効果は一時的なものにすぎず、3回目の接種からわずか数週間で抗体濃度が低下することを示す予備的研究もすでに出ている」、「わずか数週間で抗体濃度が低下」、とは頼りない話だ。
・『感染を完全に防ぐのは無理 ニューヨークのロックフェラー大学で免疫学を研究するミシェル・ヌッセンツヴァイク氏は、「ワクチン接種は入院率の抑制に極めて高い効果を発揮している」とした上で、感染を完全に防ぐのは無理だということがオミクロン株によってはっきりしたと話す。 ワクチンで感染の拡大を防げるのなら、定期的なブースター接種には合理性があるかもしれない。「しかしオミクロン株(がこれだけ感染を広げている現状)を踏まえると、(感染防止目的のブースター接種には)意味がない」とヌッセンツヴァイク氏は語る。「目指すべきは、入院を防ぐことだ」。 アメリカでパンデミック関連の首席医療顧問を務めるアンソニー・ファウチ氏も、本当に重要なのは入院を減らすことだと述べている。 ブースター接種で感染を防ぐには、実施のタイミングを変異株の流行にぴったりと合わせ込む必要がある。例えば、昨年秋に3回目の接種を済ませた人は多いが、オミクロン株が流行し始めたころには免疫のブースト効果がすでに低下し、感染しやすい状況になっていた。) インフルエンザの場合は一般的に、冬の流行が始まる直前にワクチン接種を受けることが推奨されている。新型コロナもインフルエンザと同様、季節的に感染を繰り返す病気となる可能性があるが、そうなれば「毎年、冬の前にブースター接種を行うシナリオも考えられる」と、ペンシルベニア大学の免疫学者、スコット・ヘンズリー氏は語る。 さらにインフルエンザの教訓としては、頻繁に接種しても効果が期待できない、というものもある。インフルエンザワクチンを1年に2回接種しても、「それに比例して効果が上がるわけではないので、そこまで頻繁に接種を行う意味はないだろう」と、香港大学で公衆衛生を研究するベン・カウリング氏は言う。「頻繁なワクチン接種で免疫を強めるのは困難だと思う」。 あまりにも頻繁なブースター接種は害をもたらしかねない、といった懸念も出ている。これには理論上、2つの可能性がある。 1つ目の可能性は、免疫システムが疲弊して「アネルジー」という状態に陥り、ワクチンに反応しなくなるシナリオだ。大半の免疫学者は、こちらの可能性については低いとみている。 可能性がより高いとみられているのは、「抗原原罪」と呼ばれる2つ目のシナリオだ。この学説によると、免疫システムの反応は最初に接したウイルス株の記憶に引きずられるため、変異株に対する反応は大幅に低下してしまう。 オミクロン株には50カ所を超える変異があり、それまでの変異株とはかなり異なる。そのため、最初に感染が広がった新型コロナウイルスに反応してできた抗体では、オミクロン株をうまく認識できない。 ハーバード大学のワクチン専門家、エイミー・シャーマン氏は「これが問題となる可能性を示唆する証拠は十分にある。短期間で(ウイルスが)進化している状況を、私たちは間違いなく目撃している」と話す』、「抗原原罪」説では、「免疫システムの反応は最初に接したウイルス株の記憶に引きずられるため、変異株に対する反応は大幅に低下」、もっともらしいシナリオだ。
・『感染防止と重症化予防のどちらを目指すのか 定期的なブースター接種であれ、別の手法であれ、何らかの戦略を採用するには、まず政府が目指す目標をはっきりさせなければならないと専門家は指摘する。例えば、感染防止を目標にするのと、重症化の防止を目標にするのとでは、求められる戦略もまったく違ってくる。 「事態は急速に変化しており、どこに向かっているのかも見えない状況にある」と、エモリー大学の生物統計学者、ナタリー・ディーン氏は言う。「今後の展開がどうあれ、何を目指すのか、とにかく目標をはっきりさせなくてはならない」』、「感染防止と重症化予防のどちらを目指すのか」、「政府が目指す目標をはっきりさせなければならない」のは確かだ。
次に、1月26日付け東洋経済オンラインが転載sたThe New York Times「あまり語られないオミクロン株の「後遺症問題」 重症化リスクが下がったとしても安心できない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/505485
・『保健当局者の多くは、オミクロン株がそれまでの新型コロナウイルス株に比べ重症化しにくいことを示唆する初期データに勇気づけられているが、そこに別の重大な疑問が影を落としている。 ワクチン接種完了者のブレークスルー感染も含め、オミクロン株への感染が「長期コロナ感染症(Long COVID)」につながる可能性はどうなのか、という疑問だ。長期コロナ感染症というのは、いわゆる後遺症のこと。何カ月にもわたって続き、日常生活に支障を及ぼすこともある身体的、神経的、認知的な一連の症状を指す。 オミクロン株とワクチン接種、そして長期コロナ感染症をめぐる関係性はまだ科学的によくわかっていない。これまでに行われてきた研究では、決定的な手がかりが得られていないということだ。この記事では、科学的にわかっていることと、まだわかっていないことのポイントを紹介する』、興味深そうだ。
・『オミクロン株の後遺症リスクは? オミクロン株が最初に確認されたのは昨年11月。そのため、症状がどれだけ長引く可能性があるかを見極めるには、まだしばらく時間がかかる。また、感染から回復して陰性になった後、これまでのウイルス株と同様に、頭にもやがかかったようになるブレインフォグや、激しい倦怠感といった症状につながる可能性があるのかどうかもよくわかっていない。 オミクロン株はそれまでのウイルス株ほど感染当初に重症化しないとするデータが報告されているが、基本的な症状はそれまでのウイルス株と似ているため、長期的な影響もこれまでと同じようなものになる可能性がある。 感染当初の重症化リスクが低下したとしても、それはオミクロン株が長期コロナ感染症を引き起こしにくくなったことを必ずしも意味するものではないと、複数の医師、研究者、患者団体は警告を発している。これまでの研究からは、新型コロナに感染した当初は軽症または無症状だった人々の多くが、その後、何カ月も続く長期コロナ感染症を患ったことが明らかになっている。 ワクチンで長期コロナ感染症を防げるのかどうかは、はっきりしない。 重症化や死亡を防ぐことがワクチンの本来の目的だが、これまでのウイルス株に関していえば、ワクチンによって感染リスクそのものが下がったケースもあったとみられる。長期コロナ感染症を避ける最善の方法はもちろん、最初から感染しないことだ。しかしワクチンによる感染予防効果は、オミクロン株に対してはこれまでほど強くなく、ブレークスルー感染も以前に比べはるかに一般的になっている。 ワクチン接種者と長期コロナ感染症に関する研究は、今のところデルタ株が登場する前に収集されたデータが中心になっており、しかも結果が割れている。ワクチンが長期コロナ感染症の抑制につながるとする研究がある一方で、つながらないとする研究も存在するということだ』、「ワクチン接種者と長期コロナ感染症に関する研究は、今のところデルタ株が登場する前に収集されたデータが中心になっており、しかも結果が割れている」、これでは役立たずだ。
・『ワクチンを打つと後遺症が和らぐ? ワクチンの運用が始まったときにはまだ、感染力の強いデルタ株も、それよりさらに感染力を増したオミクロン株も出現していなかった。が、当時、長期コロナ感染症患者の中には、ワクチン接種後にブレインフォグ、関節痛、息切れ、倦怠感といった症状が改善した人たちもいた。それでも、ワクチンを打っても症状がまったく変化しないという人は多かったし、症状が悪化したと感じる人も少数ながらいた。 2021年2〜9月に症状があると答えた18〜69歳を対象としたイギリス国家統計局の調査によると、長期コロナ感染症の症状を訴える確率は1回のワクチン接種で13%低下し、2回の接種でさらに9%低下した。 長期コロナ感染症の原因は今も明らかになっておらず、専門家によると、さまざまな症状の背後には、患者によって異なる原因が存在する可能性があるという。有力な仮説としては、感染が治まって陰性になった後に残ったウイルスやその遺伝子物質の残骸が関係しているとするもの、あるいは免疫の過剰反応が止まらなくなり、それによって引き起こされた炎症もしくは血行不良と関係しているとするものがある。 イェール大学の免疫学者・岩崎明子氏は、ウイルスの残骸が原因となっている場合には、ワクチンが症状の長期的な改善につながるのではないかと話す。これは、ワクチンで生成される抗体に、そうした残骸を取り除く能力があることが前提となる。 反面、感染後に自己免疫疾患に似た反応を起こし、これが長期コロナ感染症の原因となっている場合には、ワクチンでは一時的にしか症状が改善せず、倦怠感などの問題が再発する可能性がある』、科学的な解明は徐々にしか進まないとはいえ、着実に進展しているようだ。
第三に、2月5日付けダイヤモンド・オンラインが転載したヘルスデーニュース「コロナ後遺症で「脳の霧」が出る!?脳脊髄液中に確認された抗体とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/295280
・『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が治癒した後の後遺症の一つとして“脳の霧”(Brain Fog)が注目されているが、その発症機序の解明の手掛かりとなり得る研究結果が、「Annals of Clinical and Translational Neurology」に1月19日掲載された。論文の上席著者である、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のJoanna Hellmuth氏によると、脳の霧の症状が現れている人の脳脊髄液中には、その症状のない人からは検出されない抗体が確認されたという。 COVID-19治癒後に生じる“脳の霧”とは、Hellmuth氏によると、最近の出来事や名前を思い出せない、物事を表現するのに適切な言葉を想起できない、集中力が途切れる、情報処理スピードが低下するといった、認知機能関連症状のことだという。最近の研究によると、このような症状はCOVID-19治癒後の人にとって珍しいものではなく、ニューヨークのクリニックからは、156人のCOVID-19後遺症患者の約67%に認められたというデータが報告されている。 このようなウイルス感染症罹患に伴う“脳の霧”はCOVID-19に限ったものではない。これまでに、COVID-19以外の重症急性呼吸器症候群(SARS)の罹患や、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、C型肝炎ウイルス(HCV)などの感染でも、認知機能関連症状を来すケースがあることが知られている。 今回の研究は、認知機能関連症状のある22人(平均年齢48歳)と、その症状のない10人(同39歳)、計32人のCOVID-19既往者を対象に行われた。COVID-19の発症から10カ月後に採血検査を行うとともに、同意の得られた17人(有症状者13人、無症状者4人)の脳脊髄液を採取して分析した。なお、研究対象者は全員が成人であり、COVID-19の治療に入院を要していなかった。 脳脊髄液検査の結果、有症状のCOVID-19既往者13人中10人に炎症の亢進や、自分の体を攻撃する可能性のある抗体が活性化した所見が認められ、無症状のCOVID-19既往者4人は全て正常と判定された(77%対0%、P=0.01)。また、有症状者で認められた異常所見の一部は、血液検査の結果にも現われていた。 両群の認知機能関連リスク因子を比較すると、無症状者はリスク因子数が平均1未満であるのに対して、有症状者は平均2.5のリスク因子が該当した(P=0.03)。評価した認知機能関連リスク因子には、脳卒中、軽度認知障害、および血管性認知症のリスクを高める可能性のある疾患として、糖尿病と高血圧が含まれていた。また、注意欠如・多動症(ADHD)、アルコール・薬物使用障害、うつ病の既往なども評価されていた。 有症状のCOVID-19既往者の脳脊髄液中に見られた抗体について、Hellmuth氏は、「それらの抗体の標的は不明」とした上で、「ウイルスによって刺激された免疫系によって、意図しない病理学的機能により出現した可能性がある」と推測している。 なお、本研究では、HIV関連神経認知障害(HAND)の診断に使用される基準と同じ手法を用いて、神経心理学者の面接による認知機能の評価が対象者全員に行われていた。その結果は、有症状者では22人中13人(59%)、無症状者では10人中7人(70%)がHAND基準を満たしており、その割合に有意差はなかった(P=0.70)。 この点についてHellmuth氏は、「既存の評価手法では、COVID-19の後遺症として現れる認知機能の低下を診断できない可能性がある。しかし、思考や記憶の問題を訴える患者に対して、医療者は疾患の診断基準を満たすか否かにとらわれるのではなく、患者の訴えを信じて対応すべきではないか」と語っている。(HealthDay News 2022年1月20日)』、「最近の出来事や名前を思い出せない、物事を表現するのに適切な言葉を想起できない、集中力が途切れる、情報処理スピードが低下するといった、認知機能関連症状」とは怖い後遺症だ。「156人のCOVID-19後遺症患者の約67%に認められた」、「評価した認知機能関連リスク因子には、脳卒中、軽度認知障害、および血管性認知症のリスクを高める可能性のある疾患として、糖尿病と高血圧が含まれていた。また、注意欠如・多動症(ADHD)、アルコール・薬物使用障害、うつ病の既往なども評価」、「ウイルスによって刺激された免疫系によって、意図しない病理学的機能により出現した可能性がある」と推測」、なるほど。
タグ:パンデミック(医学的視点) については、1月13日に取上げた。今日は、(その25)(「ブースター接種」はどこまで科学的に有効なのか イスラエルではすでに4回目接種も始まったが、あまり語られないオミクロン株の「後遺症問題」 重症化リスクが下がったとしても安心できない、コロナ後遺症で「脳の霧」が出る!?脳脊髄液中に確認された抗体とは?)である。 先ずは、1月18日付け東洋経済オンラインが転載したThe New York Times「「ブースター接種」はどこまで科学的に有効なのか イスラエルではすでに4回目接種 東洋経済オンライン The New York Times「「ブースター接種」はどこまで科学的に有効なのか イスラエルではすでに4回目接種も始まったが」 日本でも「ブースター接種」することになり、医療従事者から優先的に「接種」が進んでいる。 「追加接種による免疫のブースト効果は一時的なものにすぎず、3回目の接種からわずか数週間で抗体濃度が低下することを示す予備的研究もすでに出ている」、「わずか数週間で抗体濃度が低下」、とは頼りない話だ。 「抗原原罪」説では、「免疫システムの反応は最初に接したウイルス株の記憶に引きずられるため、変異株に対する反応は大幅に低下」、もっともらしいシナリオだ。 「感染防止と重症化予防のどちらを目指すのか」、「政府が目指す目標をはっきりさせなければならない」のは確かだ。 The New York Times「あまり語られないオミクロン株の「後遺症問題」 重症化リスクが下がったとしても安心できない」 「ワクチン接種者と長期コロナ感染症に関する研究は、今のところデルタ株が登場する前に収集されたデータが中心になっており、しかも結果が割れている」、これでは役立たずだ。 科学的な解明は徐々にしか進まないとはいえ、着実に進展しているようだ。 ダイヤモンド・オンライン ヘルスデーニュース「コロナ後遺症で「脳の霧」が出る!?脳脊髄液中に確認された抗体とは?」 「最近の出来事や名前を思い出せない、物事を表現するのに適切な言葉を想起できない、集中力が途切れる、情報処理スピードが低下するといった、認知機能関連症状」とは怖い後遺症だ。「156人のCOVID-19後遺症患者の約67%に認められた」、「評価した認知機能関連リスク因子には、脳卒中、軽度認知障害、および血管性認知症のリスクを高める可能性のある疾患として、糖尿病と高血圧が含まれていた。また、注意欠如・多動症(ADHD)、アルコール・薬物使用障害、うつ病の既往なども評価」、「ウイルスによって刺激された免疫系によっ
働き方改革(その36)(ヤフー「飛行機通勤OK」に隠れた覚悟 日本人の働き方はどう変わる?、「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張 「派遣はいつまでも続けるべき仕事じゃない」、「45歳定年説」が捨てたもんじゃない理由 第2の人生設計には絶好の時期) [経済政策]
働き方改革については、昨年12月18日に取上げた。今日は、(その36)(ヤフー「飛行機通勤OK」に隠れた覚悟 日本人の働き方はどう変わる?、「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張 「派遣はいつまでも続けるべき仕事じゃない」、「45歳定年説」が捨てたもんじゃない理由 第2の人生設計には絶好の時期)である。
先ずは、本年1月14日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「ヤフー「飛行機通勤OK」に隠れた覚悟、日本人の働き方はどう変わる?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/293193
・『ヤフーが居住地制限撤廃を発表 ついに飛行機通勤もOKに ヤフーが12日、社員の居住地制限を撤廃する新しい人事制度を発表しました。同社はこれまでも、リモートワークが進んだ企業として知られていました。しかし、それでも居住地については「出社指示があった場合には午前11時までに出社できる範囲」と定められていました。これが、2022年4月1日から、日本国内であればどこでも居住できるように変更になります。 この新制度がニュースとして新しい点は、居住地制限以外に通勤手段の制限も撤廃したことです。具体的には、特急電車や飛行機での出社もOKになるということです。とはいえ、「飛行機で出勤するって、いったいどういう状況なの?」と疑問が湧くと思います。 そこで、今回の記事では、この制度はどのような働き方の人にメリットがあるのか? そして、この制度がヤフー以外にも広がりそうなのかどうか、について考えてみたいと思います』、私もこのニュースをどう咀嚼したらいいのか分からなかったので、大助かりだ。
・『「居住地制限の撤廃」で得をするのはこんな人 まず、最初の手掛かりとして、居住地制限の撤廃についてはヤフー以外にもメルカリ、LINE、GMOペパポなどが導入しています。ひとことでまとめると、IT企業に導入事例が多く、背景としては優秀なIT人材を採用する際の魅力として、居住地撤廃がアピールできるという事情があるようです。 つまり、(1)会社全体としてリモートワークが成立する働き方インフラが整っている (2)会社の競争力を維持するためには、優秀な社員が入社・定着することが重要だという競争環境がある (3)社員が優秀なITエンジニアの場合など、スキル面でも業務面でもリモートワークが当然という認識がある (4)そのような社員の中で「本社とは遠距離にあたる場所に住みたい」という個人的な事情がある という前提条件がそろう場合に、会社にとっても社員にとってもこの制度が大きな意味を持ちそうです。 その「個人的な事情」については、さまざまなケースが考えられます。アフターファイブや週末は自然に囲まれて過ごしたいから、北海道で勤務したいという人もいるでしょう。配偶者が地方都市に転勤することになったので、同じ場所で同居しながら仕事をしたいという人もいるかもしれません。副業規程に反しない形で、実家など高齢の家族の稼業を一部手伝いながら、リモートで本業の仕事をするという場合も考えられるでしょう。 今回のヤフーの新人事制度なら、どの事情の場合でも新しい制度を適用して遠距離居住での仕事ができそうです。 さて、軽井沢や札幌に居住している社員でも今回のルールの場合、会社から出社指示が出たら東京まで出勤しなければいけないという点は変わりありません。 ここから先は、あくまで「想定」での話となります。業務として週3日はリモートワークで大丈夫でも、週2日は本社に出社して何らかの業務をこなさなければならない仕事をしている人の場合、現実的な居住地は軽井沢のように新幹線通勤ができる場所ということになるのではないでしょうか。 一方で、基本はリモートワークで仕事がこなせて、月数回だけ本社に来なければならないという業務なら、札幌勤務で飛行機通勤というのが現実的にも可能になりそうです。 これまでのヤフーでは、飛行機・特急での通勤はNGでかつ、交通費の片道上限は6500円に設定されていました。通勤ルートとして新幹線通勤は認められていたようです。特急NGの意味は、通常の電車の利用であれば乗車券代は会社負担だが、特急料金は自腹という考えになります。つまり、軽井沢からヤフーの本社がある赤坂見附に出社する人は、乗車券分の2808円は会社支給ですが、特急指定席3380円は自腹ということになっていたはずです。 一方で、これからを考えると、軽井沢-赤坂見附間の1カ月の新幹線通勤定期券代13万4140円は、新ルール上では月額上限の15万円内に収まるため、全額会社負担でカバーしてもらえることになりそうです。) では、札幌居住の人はどうかというと、実質的な交通手段は飛行機一択になるはずです。LCCの場合往復1万円ちょっとの料金が出ることもあるのですが、ビジネスで使える航空券ということでいえば大手キャリアの割引航空券利用で、相場としては往復2万5000円前後を覚悟すべきでしょう。 ヤフーの交通費支給の月15万円という上限は実は税法上の控除額の上限と同じで、これを超える交通費の支給は税法上は給与とみなされることになります。 そうなると、会社支給の交通費内で往復できるのは月6回程度。それでもITエンジニアであれば遠隔地に住みながらも、制度の中で会社の仕事をこなすことはできそうです。 ひとつだけ注意点を挙げておきますと、ヤフーの社員で上限の月15万円が交通費として会社から支給されたとしても、あくまでそれは所得税の計算上得をするというだけの話です。厚生年金や健康保険料は会社から支払われた標準報酬月額をもとに算出するのですが、それには交通費が含まれます。 ですから、月15万円交通費支給の人は、社会保険料は年収が180万円増えたのと同じ計算になります。給与から控除される社会保険料は結構大きいですから、遠隔地居住を目指す方は、一応そのことも念頭においておいたほうがいいとは思います。 今回のヤフーの新制度のメリットをこのように分析してみると、この制度を活用して恩恵を受けられそうな社員は、一つは新幹線通勤をする人、もう一つが遠隔地居住のリモートワークが主で月数回の出勤が発生する社員、という二つのパターンでまとめることができそうです』、「IT企業に導入事例が多く、背景としては優秀なIT人材を採用する際の魅力として、居住地撤廃がアピールできるという事情があるようです」、「この制度を活用して恩恵を受けられそうな社員は、一つは新幹線通勤をする人、もう一つが遠隔地居住のリモートワークが主で月数回の出勤が発生する社員、という二つのパターンでまとめることができそう」、なるほど。
・『飛行機通勤は今後一般企業にも広がるのか? さて、この動きですが、IT企業がきっかけとなって、他の多くの会社にも広がることになるのでしょうか? コロナ禍をきっかけに大企業を中心にDXが広まり、リモートワークが急速に普及しました。同時に、持続的社会をつくるための目標の一つとして、働き方改革が重要視される世の中になってきていることもあります。 それらを考慮すれば、今回のヤフーの新制度は、今は一部のIT企業で広まる程度の動きだったとしても、5年後あたりにはIT業種以外の一般大手企業でも導入が始まる可能性はあるかもしれません。 では、そのような企業で働く社員として期待できること、期待できないことはそれぞれどんなことがあるのでしょうか? 期待できることとしては、会社の制度としてはともかく、自分の仕事の中でリモートワークが増加して、会社に出社する回数が激減するようであれば、自分が住みたい遠くの場所に居住地を定める自由度は増えそうです。 ただ、それを多くの会社が容認はしてくれても、交通費の補助までしてくれるかどうかはわかりません。 以下に説明する事情を考慮したら、あまり過剰な期待はしないほうがいいかもしれません。あくまで自分の意思で本社から遠くはなれた場所にマイホームを構え、週に数回、新幹線で出勤することはできるような仕事環境にはなると思いますが、その新幹線代を皆さんが勤務する会社が払ってくれるかどうかは別だということです。 そもそも大前提の話として、交通費を支給するかどうかは、会社が自由にルールを決められるのが我が国の制度です。ヤフーの場合は、2022年4月1日から居住地自由で1カ月の交通費支給の上限が15万円となるわけですが、この上限の線引きもそれぞれの企業が自由に決められるということです。 つまり、「ヤフーが新幹線定期を認めてくれているんだから、それを交通費に認めないうちの会社はおかしい」と主張することはできないというか、通用もしない。自分の会社には自分の会社の交通費ルールが存在するのは、当たり前だということです』、「今回のヤフーの新制度は、今は一部のIT企業で広まる程度の動きだったとしても、5年後あたりにはIT業種以外の一般大手企業でも導入が始まる可能性はあるかもしれません」、「「ヤフーが新幹線定期を認めてくれているんだから、それを交通費に認めないうちの会社はおかしい」と主張することはできないというか、通用もしない。自分の会社には自分の会社の交通費ルールが存在するのは、当たり前だということです」、当然だ。
・『一般のビジネスパーソンが「居住地の自由」を獲得するための手段は? 現実問題として国家公務員の交通費上限は1カ月5万5000円。民間企業の場合もそれに準じるか、それよりも低い上限3万円以下の企業も多いという実態があります。 つまり、交通費支給枠は多くの会社ではそれほど大きくはなく、どのような規程を設けるかは、あくまで社員に対する会社の福利厚生的な要素の一つであって、それを緩和するかどうかは、会社ごとの人事政策判断なのです。 その観点で言えば、そもそも企業から見れば長い通勤時間がかかる遠隔地居住の社員を雇用するのはムダだともいえます。毎日往復3時間のいわゆる「痛勤列車」で会社とマイホームを往復する社員は、お疲れ様といえばお疲れ様ですが、疲労が蓄積すればそもそも戦力としての消耗が激しい。 会社のためにも本人のためにも、近いところに住む社員を採用したほうがお互いにメリットがあるはずです。 だとすれば、居住地の自由を享受できるのは、経済メリットの観点で考えればITエンジニアのように採用が難しい希少人材か、ないしは非常に優秀で会社が手放したくない人材に限られるのではないでしょうか。 そして一般企業の場合は「そうではない一般社員の方が人数が多い」のであれば、会社は交通費の上限を上げるメリットは総合的観点でいえば「ない」でしょう。その代わりに失いたくない優秀な社員の報酬レベルを上げればいいだけの話です。 ですから、一般のビジネスパーソンの場合、何らかの事情から居住地の自由を獲得したければ、自腹で通勤するのが未来においても有力な解決策だと考えたほうがよさそうです。 マイホームを大自然の中に建てるとか、生まれ育った街で両親と一緒に暮らすとか、人生を充実させる目的での自腹遠隔地居住者はそれでも増えていくことでしょう。 ちなみに「自腹の交通費って税金で取り戻せないの?」と疑問を持つ方のためにお話ししておくと、確定申告の際に特定支出控除という制度があって、自腹の交通費の一部を所得から控除してもらえる可能性はあります。 会社が支給してくれない新幹線の特急券部分とか、在来線のグリーン車とか、駅からのタクシー代、それに単身赴任者が実家に頻繁に戻る場合など、自腹になった部分が大きければその一部は税金で取り戻せるかもしれません。 ただし、この特定支出控除は金額のハードルが高くて、年収500万円の人なら自腹が月6.4万円を超えてから、年収1000万円なら自腹が9.2万円を超えた分でないとだめなのです。つまり現実的には、自腹救済についてはそれほど大きな税のメリットは期待できないでしょう。 そう考えると、今回のヤフーの新しい人事制度、未来の多くの日本企業の社員から見ても「あそこの会社はうらやましいな」という先端的な話になるのではないでしょうか』、「居住地の自由を享受できるのは、経済メリットの観点で考えればITエンジニアのように採用が難しい希少人材か、ないしは非常に優秀で会社が手放したくない人材に限られるのではないでしょうか。 そして一般企業の場合は「そうではない一般社員の方が人数が多い」のであれば、会社は交通費の上限を上げるメリットは総合的観点でいえば「ない」でしょう。その代わりに失いたくない優秀な社員の報酬レベルを上げればいいだけの話です」、夢のない話に落着したようだ。
次に、1月19日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの藤田 和恵氏による「「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張 「派遣はいつまでも続けるべき仕事じゃない」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/502077
・『現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。 今回紹介するのは「現在、派遣会社の営業をしています。かつては典型的なワーキングプアの生活をしていました」と編集部にメールをくれた、45歳の男性だ』、「「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張」、とは興味深そうだ。
・『派遣でキャリアを積めるのか? 「派遣は基本的にいつまでも続けるべき仕事じゃない。工場や倉庫で毎日同じ作業を繰り返しても、キャリアアップにはなりません」 都内にある派遣会社の営業担当で、コーディネーターも務めるタツヒサさん(仮名、45歳)はきっぱりと言い切る。しかし、それでは働き手を派遣先に送り込むという自身の仕事を否定することにならないか。これに対し、タツヒサさんはこう答えた。 「ちゃんとした仕事を見つけるまでのつなぎとして、製造や物流系の工場で働くのはいいと思います。あるいは建築や設計、通訳、編集といった専門的な技術を求められる業種なら派遣を続けるのもいいでしょう。(技術・専門職の派遣なら)経験を積めば、将来のキャリアにもなります」 タツヒサさんが所属する会社では主に建築関係の専門スキルを持った人材を派遣している。数年働いた後で正社員になったり、フリーランスとして独立したりする人もいる。一方でタツヒサさんにいわせると、製造や物流系の派遣は毎日同じ作業を繰り返すので確かに効率やスピードは上がる。ただそうしたスキルはその工場内でしか通用しないことが多く、つぶしが利かないという。 また、私が取材する中でも、製造や物流系の派遣労働者がフォークリフトやクレーンの運転資格を取っても、細切れ雇用のため、それらが給与に反映されることはめったにない。コロナ禍においても、雇い止めに遭って仕事も住まいも失うのは、自動車や精密機器メーカー系列の工場で働く派遣労働者が多かった。スキルアップどころか、なんらセーフティーネットもない働き方であることがあらためて浮き彫りになったといえる。 派遣はいつまでも続けるべき仕事ではないというタツヒサさんの考えにはおおいに同意するところだ。 一方、現在派遣会社で正社員として働くタツヒサさんの年収は約400万円。貧困層とはいえない。なぜ本連載の取材に応じようと思ったのか。 タツヒサさんは「私もかつては典型的なワーキングプアでした。日雇い派遣で働いたこともあります。派遣で働くときのコツや、派遣で搾取されないための方法、自分がどうやって貧困から抜け出したのか。その経験をお話ししたいと思ったんです」と説明する。 タツヒサさん自身は就職氷河期世代。4年制大学を卒業したものの、連戦連敗の就職活動や勤め先の倒産、失業と転職、同居する両親との衝突など一通りのことを経験した。20代のころ、どこかに再就職しなくてはと、たまたま飛び込んだ先が派遣会社だったことから、その後は転職先として複数の派遣会社で営業担当やコーディネーターを経験してきたという。 「『ちゃんとした仕事がしたい』という理由で派遣会社を辞めたこともありました」とタツヒサさん。当時は今ほど派遣という働き方は一般的ではなかった。人間を労働力として右から左へ流すだけのようにもみえる仕事に対し、“虚業”なのではという思いがぬぐえなかったという』、「ちゃんとした仕事を見つけるまでのつなぎとして、製造や物流系の工場で働くのはいいと思います。あるいは建築や設計、通訳、編集といった専門的な技術を求められる業種なら派遣を続けるのもいいでしょう」、「製造や物流系の派遣は毎日同じ作業を繰り返すので確かに効率やスピードは上がる。ただそうしたスキルはその工場内でしか通用しないことが多く、つぶしが利かない」、「派遣は基本的にいつまでも続けるべき仕事じゃない」、その通りだ。
・『企業が派遣を導入する目的は「人件費の削減」 自分が担当した人が最終的に正社員として就職したという話を聞くと、やりがいを感じることもあった。一方で従業員を派遣に切り替えた会社の工場では、不良品の返品率が上がったり、手指などを負傷する事故が増えたりといった変化を目の当たりにすることも少なくなかったという。 「企業が派遣を導入する目的は人件費の削減に尽きます」とタツヒサさんは言う。派遣労働者の能力の問題ではなく、不安定雇用という構造からくる問題だとしたうえで「日本製品のブランド価値が下がり始めた原因はこのあたりにあるのではないかと感じます」と振り返る。 海外での競争に勝つためという名目で労働者派遣法の規制緩和に踏み切ったものの、そのことが日本製品の品質劣化につながった、というのがタツヒサさんの実感である。 しかし、本人の希望とは裏腹に採用が決まるのは派遣会社ばかり。ある会社では、実態は労働者派遣にもかかわらず、業務請負を装う「偽装請負」が常態化していた。ほかにも技術職と偽って人材を集めながら工場に派遣したり、病気休暇を取得した派遣社員を強引にクビにしたりといった不適切な行為が横行していたという。タツヒサさんも雇用形態こそ正社員だったが、先輩社員からたびたび「やめちまえ」「ムダ飯食らい」とののしられた。 私が派遣会社の名前を尋ねると、2000年代にさまざまな違法行為を繰り返し、社会問題にもなった企業であることがわかった。結局半年ほどで退職。しかし、次に採用されたのも派遣会社だった。 複雑な思いはあったものの、ここまで縁があるなら、派遣労働者のキャリアアップを支え、最終的には安定した仕事に就いてもらうことを目的にしようと気持ちを切り替えた。 新しい勤務先は主に建築関係の人材派遣を手がけていたが、タツヒサさん自らの判断で比較的専門性の低い内装・建材といった周辺業務にもウイングを広げた。派遣先の開拓には苦労したものの、自らの営業成績アップにもなるし、何より最初の職場で経験を積んだ働き手がより専門性の高い業務へとステップアップするのを手伝うことができると考えたからだ。売り上げ増にも貢献できたという。一石二鳥にも思えたが、タツヒサさんの試みを快く思わない上司もおり、人間関係のもつれから4年ほどで退職を余儀なくされた。 不運だったのは、退職した時期がリーマンショックと重なったこと。毎日ハローワークに通ったが、求人情報を検索するパソコンの前には長い列ができ、2、3時間待ちはざらだった。 職種はともかく、一定以上の待遇にこだわったためか、面接にこぎつけられるのは月1回ほど。派遣会社に登録し、面接のない日はチラシ配りや繁華街での看板持ちといった日雇い派遣やアルバイトで食いつないだ。日給7000円につられ、デリヘルで働く女性を送迎するドライバーをしたこともあったという。) このころは関係が悪かった両親のもとを離れて1人暮らしをしていたので、家賃滞納でアパートを追い出されたこともあった。当時付き合っていた女性からは「仕事が見つけられないのは、あなたが不真面目だから」と三くだり半を突きつけられた。1日1食でしのぐ日もあったのに、安価な炭水化物中心の食事に偏ったせいで60キロ台だった体重は90キロを超えた。八方ふさがりの中、「落ちるところまで落ちたな」と感じたという。 タツヒサさんが貧困状態から抜け出すことができたきっかけは実にあっけなかった。数年前、リーマンショックの前まで勤めていた派遣会社の元上司から戻ってこないかと声をかけられたのだ。元上司はタツヒサさんの仕事ぶりを認めてくれた、社内でも数少ない人だったという。 この会社で、タツヒサさんは自らの意思を貫いた結果、社内で浮いてしまった。一方で巡り巡って当時の努力とこだわりが復職につながったともいえる』、「「企業が派遣を導入する目的は人件費の削減に尽きます」とタツヒサさんは言う。派遣労働者の能力の問題ではなく、不安定雇用という構造からくる問題」、その通りなのだろう。
・『「自分の努力が3割、運が7割」 タツヒサさんは再び安定した仕事に就けたことを「自分の努力が3割、運が7割」と受け止めている。「私の働きを覚えてくれている人がいたのは運がよかったとしかいいようがありません。でも、3割の努力がなければ、その運もめぐってこなかったと思うんです」。 タツヒサさんなりの“成功の秘訣”である。それは現在、派遣で働いている人たちにも通用するのだろうか。 「工場や倉庫での仕事は単純作業かもしれませんが、その間に在庫管理や倉庫整理、受注・発注処理の仕組みまで関心を持って、できれば経験もさせてもらってみてはどうでしょうか。派遣先は大手企業の系列であることも多い。きっと次の仕事探しに生かせるはずです。そして与えられた仕事が終わったら、自分から『何か手伝うことはありませんか?』と聞いてみてください。そういう努力はいつか誰かの目に留まると思います」 一理あるようにもみえる。しかし、派遣はあくまでも労働力の提供である。持論にはなるが、不安定雇用というデメリットをそのままに、本来業務以外のことまで進んでこなしていては、ただの使い勝手のよい人になってしまうのではないか。人間らしい暮らしができない一部の派遣労働の枠組みがおかしいのであり、派遣の優等生になる必要はない。個人的には劣悪な雇用には、もうそろそろ働き手の側からボイコットを仕掛けるべきだと思っているくらいだ。 これに対し、タツヒサさんは「私も、派遣は『ネガティブリスト』から『ポジティブリスト』に戻すべきだと思います。でも、現実には与えられた環境の中で努力をしなければチャンスもつかめないと思うんです」と言う。 長引く不況の中で、労働者派遣法が規制緩和され、派遣可能な業務だけを指定した「ポジティブリスト方式」から、禁止業務だけを指定した「ネガティブリスト方式」に転換、原則自由化されたのは1999年のことだ。制度改正が一朝一夕には望めない以上、タツヒサさんの提案は現実的ではあるのかもしれない。 「踏み台にするつもりで派遣会社を利用してほしい」 派遣する側も、派遣される側も経験したタツヒサさんからのエールである。 本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。』、「踏み台にするつもりで派遣会社を利用してほしい」とは言うものの、現実の利用者にはそんな能力を持った人間はいないのではなかろうか。
第三に、2月2日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員の山崎 元氏による「「45歳定年説」が捨てたもんじゃない理由、第2の人生設計には絶好の時期」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/294988
・『サントリーホールディングスの新浪剛史社長が唱えた「45歳定年説」は炎上めいた騒ぎとなったが、「45歳」は60歳以降のセカンドキャリアを考えるにはピッタリの時期だ。「45歳定年説」にも、45歳くらいで全く新しい仕事に取り組めるようにビジネスパーソンは自分を磨いて準備をしておくべきだ、という高い水準に真意があったのではないか』、興味深そうだ。
・『鎮火した「45歳定年説」だが45歳は人生設計の適齢期 一時「炎上」めいた話題となった、サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏の「45歳定年説」は、ご本人が、「会社が45歳で社員のクビを切るという意図ではない」と補足説明したこともあって、無事「鎮火」したようだ。 せっかく鎮火したのに、再び取り上げるのもいかがなものかと思わなくもないのだが、「45歳」は職業人生のプランニングを考える上で目処とするに適切な年齢だ。 例えば「45歳で人生を考えろ」という指針は、「人生100年時代」といった空念仏よりも、はるかに具体的で役に立つのではないだろうか。) もっとも、「人生100年時代」をうたう金融商品の広告はだいたいが警戒を要するものだとしても(近年は、金融機関がマーケティングで好む怪しい言葉にもなっている)、多くの人にとって人生が長いのは確かだ。一つの会社に一生を託すには、いささか長すぎる。会社にとっても長いし、本人にとっても長すぎる。 政府は、企業に社員を65歳まで雇用することを求めていて、これを70歳まで延長することが望ましいとしている。 しかし、現状の定年延長型の雇用プランは、会社と社員本人の双方にとってあまり楽しくないことが多いように見える。 典型的には、50歳なり55歳なりで「役職定年」となって収入が下がり、60歳で「定年」となる。希望すれば65歳までかなり低い収入と責任のない役職で「再雇用」されるパターンになるのだが、いかにも先細りで「会社に置いてもらっている」感じの会社最後の10年間が寂しい。しかも、その後の人生が長いので、張り合いの上でも経済的な点でも、会社任せの人生は心もとない。 筆者は、職業人生のプランニングを「ファースト・キャリア」と「セカンド・キャリア」の2ステップで考えることをお勧めしたい。たぶん、現在及び近い将来の日本人サラリーマンには、2ステップのキャリア・プランニングが合っていると思う』、「現状の定年延長型の雇用プランは、会社と社員本人の双方にとってあまり楽しくないことが多いように見える・・・いかにも先細りで「会社に置いてもらっている」感じの会社最後の10年間が寂しい。しかも、その後の人生が長いので、張り合いの上でも経済的な点でも、会社任せの人生は心もとない」、「職業人生のプランニングを「ファースト・キャリア」と「セカンド・キャリア」の2ステップで考えることをお勧めしたい」、「2ステップで考える」とはどういうことだろう。
・『2ステップのキャリア・プランニング 3パターンを図解 会社員、公務員などのサラリーマンを前提とするが、2ステップのキャリア・プランニングは三つのパターンに分かれる。人それぞれの適性の違いや、現在勤めている会社の違い、目指すところの違いなどによって、戦略を変える方がいい。) 三つのパターンを簡単に図解すると、下図のようなイメージだ。 2ステップのキャリア・プランニングの3パターン の図はリンク先参照) それぞれのパターンが「45歳」の時点で典型的にはどうしているか。 タイプ1の「組織人型」では、今後も会社に勤めるとしつつも、定年前後から自分のセカンド・キャリアをどうするのかについて考えていて、必要があれば準備を始めている状態だ。 タイプ2の「起業人型」は、45歳前後の時点で新しい事業を自分で始めるような、ファースト・キャリアで勤めた会社とは異なる仕事に乗り出している。 タイプ3の「ハイブリッド型」は、45歳くらいの時点から副業を始めたり、複数の会社に勤めたりして、セカンド・キャリアにつながるような仕事に一部着手しつつ、サラリーマンも続けている。 近未来時点の人数比は順に8:1:1くらいのイメージだろうか。 個人的には、後の二つのパターンの比率をもう少し上げる方が、世の中は楽しそうに思える。 あくまでも筆者の印象なのだが、集団の「1割」では「この人たちは少数の例外なのだ」という感じが少々残る。「2割」までいなくてもいいのだが、「6人に1人」くらいいると、「ある種の集団なのだ」という感じが出てくる。日本人は「孤立」を避けたがるので、仲間がいる方が選択に当たって安心だろう』、「近未来時点の人数比は」、「組織人型」、「起業人型」、「ハイブリッド型」8:1:1くらいのイメージだろうか」、圧倒的に「組織人型」が多いようだ。
・『タイプ1「組織人型」が考えるべきこととは? 会社に定年前後までとどまるのは、多くのサラリーマンにとって自然な選択だ。だが、「その後」のことを考える必要がある。 「60歳くらいから後に、自分は何をして、いつまで働いて、いくらぐらい稼いでいるだろうか?」という問いに対して具体的な答えを考え始めて、必要なら準備に取り掛かるのが45歳だ。 65歳以降すっかり引退して全く働かないという状態は、生活に張り合いを欠くだろうし、経済的にも心配なことが多いだろう。そして、何よりも「もったいない」。 もちろん計画的に資産を作っておくことが望ましいのだが、十分なお金を貯めていなくとも、自分にとって好ましい仕事で働く機会を得ることができて、健康なら、機嫌良く生きていくことが可能だろう。豊かな高齢期を過ごすには、お金を貯める以上に、将来も「稼げる自分」を作ることが重要だ。 セカンド・キャリアとして何を選ぶかは人それぞれだが、「稼げる自分」であるためには、仕事の「能力」と、その能力を買ってくれる「顧客」の二つを用意しなければならない。 士業やコンサルタントなどで独立して稼ぐためには、資格を取得したり知識を仕入れたりすることが必要だろう。技術者の場合も、将来長く稼ぎ続けるためには知識を意識的にアップデートする時間が必要だろう。飲食店や商店、ペンションなどを開業するにも、調理などのスキルを身に付けたり、それぞれの業務における経営に必要な知識を獲得したりすることが必要だ。 加えて、十分な能力があっても独立する場合は顧客が必要だし、事務職や技術職で働くなら雇ってくれる会社の目処をつけることが必要だろう。 「能力」と「顧客」はいずれも獲得に時間を要する。早く準備を始めるのでないと、自分が将来できることの選択肢がどんどん狭まって、貧相なものになってしまいかねない。 60歳まで15年ある「45歳」を、セカンド・キャリアへの準備開始の時期に位置付けることが、多くのサラリーマンにとって適切なのではないかと思う次第だ』、「「能力」と「顧客」はいずれも獲得に時間を要する。早く準備を始めるのでないと、自分が将来できることの選択肢がどんどん狭まって、貧相なものになってしまいかねない。 60歳まで15年ある「45歳」を、セカンド・キャリアへの準備開始の時期に位置付けることが、多くのサラリーマンにとって適切なのではないかと思う次第だ」、なるほど。
・『タイプ2「起業人型」が実現に向けてすべきことは? 全く新しい仕事を始めて、それを大きく育てるためには、大きなエネルギーと長い時間が必要だ。独立して「自分が食べていける」だけでなく、大きな仕事をしようと思うなら、スタートは早い方がいい。 「45歳」くらいまでにスタートすると心に決めて、そのための準備をしておくべきだろう。 冒頭で触れた新浪氏の「45歳定年説」は、「45歳くらいで全く新しい仕事に取り組めるようにビジネスパーソンは自分を磨いて準備をしておくべきだ」という、かなり意欲的でハードルの高い水準に真意があったのではないか。 起業ではなかったが、総合商社(三菱商事)からコンビニエンスストア(ローソン)の社長に転じた新浪氏は、この「起業人型」に属するだろう。会社がチャンスを与えたこともあったが、彼自身も大いに準備をしていた(筆者は、共に新入社員として入社した三菱商事時代の「同期」である)。 新入社員時代の英語の特訓(早朝出社して仲間とトレーニングしていた)にはじまって、社費留学で米ハーバード大学ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得した。帰国してからも、他社の人材も含めて優秀なビジネスパーソンを集めて勉強会を主宰し、勉強に努めるのとともに人脈を拡げていた。加えて、若い時期に出向した給食の会社(ソデックスコーポレーション〈現LEOC〉)で経営の経験を積めたことが大きかった。 新浪氏が会社から多くのチャンスを得ていることも間違いないのだが、公平に見て、ローソンの社長に指名された時、彼には準備ができていた。 「新浪さんのようになりたい」と思う若いサラリーマンが少なからずいると思うが、日頃からの準備が大事であることを強調しておく。 もっとも、言われなければ準備に取りかかっていないような人は、そもそも「起業人型」ではないのだろう』、「新浪さんのようになりたい」と思う若いサラリーマンが少なからずいると思うが、日頃からの準備が大事であることを強調しておく」、「筆者は、共に新入社員として入社した三菱商事時代の「同期」」だけに説得力がある。
・『タイプ3「ハイブリッド型」の勧め 副業・複業を目指す 「ハイブリッド型」は、いわゆる副業や複数の会社・仕事から収入を得る形を通じながら、60歳以降も自分のペースで働くことができる仕事の機会を作っていくキャリア・プランだ。 いきなりサラリーマンを辞めて、独立したり起業したりするよりはリスクが小さい点で、起業人型よりも多くの人にとって目指しやすいのではないか。 勤め先の会社で仕事を減らすかどうかは人にもよるし、副業あるいは複業として手掛けたい仕事の内容にもよるが、うまくいくと、この形は本人にも会社にもメリットがある。 筆者のキャリア・プランはこのタイプだった。42歳の時点で、それまで転職を繰り返して勤めてきた金融系の仕事を離れ、「時間自由かつ副業自由」を条件として交渉してシンクタンクに入って(給与水準は前の半分以下に下げた)、おおっぴらに複数の仕事を始めた。 知り合いの会社にも勤めてみたり、ベンチャー企業に関わってみたり…。試行錯誤があったが、原稿を書いたり、講演やテレビ出演をしたりといった仕事が増えて、「経済評論家」が仕事として軌道に乗った。 その後、サラリーマンとしての勤務先をシンクタンクからインターネット証券に変えて現在(63歳である)に至っている。 筆者は、特段成功者でもないし、幸い失敗しなかっただけなのだが、凡庸なビジネスパーソンのリスクの取り方として、悪い選択肢ではなかったと思っている。 金融マン時代から、筆者はどちらかというと調査系の「知識を売る」種類の仕事をしてきた。こうした仕事では、会社は「時々」役に立つアイデアを必要とするのであって、月曜日から金曜日までフルタイムで社員たる筆者が会社にいることを必要としない。 もし勤務日を減らすこととともに給料を下げることができれば、会社にとってもメリットがある。もちろん、必ずしも給料を下げる必要はなく、複業で社員本人の生産性が上がる場合もあるので、会社の側でもメリットが発生する場合は少なくないはずだ。 例えば、シンクタンクのような業種なら、研究員が副業的な対外活動で有名になることは、会社の知名度や評判にもプラスになる場合がある。別の業種でも同様のことがあるのではないだろうか』、「必ずしも給料を下げる必要はなく、複業で社員本人の生産性が上がる場合もあるので、会社の側でもメリットが発生する場合は少なくないはずだ」、同感である。
・『筆者がキャリア・プランニングで参考にした2人の人物 実は、筆者のキャリア・プランニングには参考にしたモデルが2人いる。 一人は、現在ある大学の教授であるHさんだ。彼は30代の頃に金融系の会社に勤めている際に「給料を6掛けにする代わりに勤務日を週3日にする」という交渉を成立させた。そして大学院に通い学位を得て、大学教授に転身した。 なるほど、そういう条件交渉があり得るのかと大いに感心したことを覚えている。考えてみると、両者にメリットがあり得るなら、前例がなくても交渉はやってみる価値がある。 もう一人は、マルチ・ジョブの草分け的な先輩で、主に外資系の金融機関をわたり歩いたNさんだ。彼は、「人脈の達人」とも呼ぶべき人で、丁寧にメンテナンスされた幅広い人脈を武器に、次々と請われて職場を変えつつ(60代後半になって外資系金融に転職したこともある)、自分の会社のビジネスを発展させていた。 何らかの「強み」を持っていたら、年齢を重ねても職を得ることができることが分かったし、「強み」は複数の仕事で生かすことができる。 筆者にはN氏の人脈のような突出した強みはないが、金融資産の運用に長年関わってきたことが役に立った。 「ハイブリッド型」でも、行動を開始する目処は「45歳」くらいが適当な場合が多いのではないだろうか。 3パターンの中では、「組織人型」を選択する人が多いのだろう。しかし今後、働き方の多様性が広がって、「ハイブリッド型」が増えるのではないかと期待している。 いずれのタイプを選択するとしても、合い言葉は、「45歳を、機嫌良く通過しよう!」だ』、私の「45歳」当時の記憶はもはやないが、もっと若い頃にこれを読んでおけばよかった。
先ずは、本年1月14日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「ヤフー「飛行機通勤OK」に隠れた覚悟、日本人の働き方はどう変わる?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/293193
・『ヤフーが居住地制限撤廃を発表 ついに飛行機通勤もOKに ヤフーが12日、社員の居住地制限を撤廃する新しい人事制度を発表しました。同社はこれまでも、リモートワークが進んだ企業として知られていました。しかし、それでも居住地については「出社指示があった場合には午前11時までに出社できる範囲」と定められていました。これが、2022年4月1日から、日本国内であればどこでも居住できるように変更になります。 この新制度がニュースとして新しい点は、居住地制限以外に通勤手段の制限も撤廃したことです。具体的には、特急電車や飛行機での出社もOKになるということです。とはいえ、「飛行機で出勤するって、いったいどういう状況なの?」と疑問が湧くと思います。 そこで、今回の記事では、この制度はどのような働き方の人にメリットがあるのか? そして、この制度がヤフー以外にも広がりそうなのかどうか、について考えてみたいと思います』、私もこのニュースをどう咀嚼したらいいのか分からなかったので、大助かりだ。
・『「居住地制限の撤廃」で得をするのはこんな人 まず、最初の手掛かりとして、居住地制限の撤廃についてはヤフー以外にもメルカリ、LINE、GMOペパポなどが導入しています。ひとことでまとめると、IT企業に導入事例が多く、背景としては優秀なIT人材を採用する際の魅力として、居住地撤廃がアピールできるという事情があるようです。 つまり、(1)会社全体としてリモートワークが成立する働き方インフラが整っている (2)会社の競争力を維持するためには、優秀な社員が入社・定着することが重要だという競争環境がある (3)社員が優秀なITエンジニアの場合など、スキル面でも業務面でもリモートワークが当然という認識がある (4)そのような社員の中で「本社とは遠距離にあたる場所に住みたい」という個人的な事情がある という前提条件がそろう場合に、会社にとっても社員にとってもこの制度が大きな意味を持ちそうです。 その「個人的な事情」については、さまざまなケースが考えられます。アフターファイブや週末は自然に囲まれて過ごしたいから、北海道で勤務したいという人もいるでしょう。配偶者が地方都市に転勤することになったので、同じ場所で同居しながら仕事をしたいという人もいるかもしれません。副業規程に反しない形で、実家など高齢の家族の稼業を一部手伝いながら、リモートで本業の仕事をするという場合も考えられるでしょう。 今回のヤフーの新人事制度なら、どの事情の場合でも新しい制度を適用して遠距離居住での仕事ができそうです。 さて、軽井沢や札幌に居住している社員でも今回のルールの場合、会社から出社指示が出たら東京まで出勤しなければいけないという点は変わりありません。 ここから先は、あくまで「想定」での話となります。業務として週3日はリモートワークで大丈夫でも、週2日は本社に出社して何らかの業務をこなさなければならない仕事をしている人の場合、現実的な居住地は軽井沢のように新幹線通勤ができる場所ということになるのではないでしょうか。 一方で、基本はリモートワークで仕事がこなせて、月数回だけ本社に来なければならないという業務なら、札幌勤務で飛行機通勤というのが現実的にも可能になりそうです。 これまでのヤフーでは、飛行機・特急での通勤はNGでかつ、交通費の片道上限は6500円に設定されていました。通勤ルートとして新幹線通勤は認められていたようです。特急NGの意味は、通常の電車の利用であれば乗車券代は会社負担だが、特急料金は自腹という考えになります。つまり、軽井沢からヤフーの本社がある赤坂見附に出社する人は、乗車券分の2808円は会社支給ですが、特急指定席3380円は自腹ということになっていたはずです。 一方で、これからを考えると、軽井沢-赤坂見附間の1カ月の新幹線通勤定期券代13万4140円は、新ルール上では月額上限の15万円内に収まるため、全額会社負担でカバーしてもらえることになりそうです。) では、札幌居住の人はどうかというと、実質的な交通手段は飛行機一択になるはずです。LCCの場合往復1万円ちょっとの料金が出ることもあるのですが、ビジネスで使える航空券ということでいえば大手キャリアの割引航空券利用で、相場としては往復2万5000円前後を覚悟すべきでしょう。 ヤフーの交通費支給の月15万円という上限は実は税法上の控除額の上限と同じで、これを超える交通費の支給は税法上は給与とみなされることになります。 そうなると、会社支給の交通費内で往復できるのは月6回程度。それでもITエンジニアであれば遠隔地に住みながらも、制度の中で会社の仕事をこなすことはできそうです。 ひとつだけ注意点を挙げておきますと、ヤフーの社員で上限の月15万円が交通費として会社から支給されたとしても、あくまでそれは所得税の計算上得をするというだけの話です。厚生年金や健康保険料は会社から支払われた標準報酬月額をもとに算出するのですが、それには交通費が含まれます。 ですから、月15万円交通費支給の人は、社会保険料は年収が180万円増えたのと同じ計算になります。給与から控除される社会保険料は結構大きいですから、遠隔地居住を目指す方は、一応そのことも念頭においておいたほうがいいとは思います。 今回のヤフーの新制度のメリットをこのように分析してみると、この制度を活用して恩恵を受けられそうな社員は、一つは新幹線通勤をする人、もう一つが遠隔地居住のリモートワークが主で月数回の出勤が発生する社員、という二つのパターンでまとめることができそうです』、「IT企業に導入事例が多く、背景としては優秀なIT人材を採用する際の魅力として、居住地撤廃がアピールできるという事情があるようです」、「この制度を活用して恩恵を受けられそうな社員は、一つは新幹線通勤をする人、もう一つが遠隔地居住のリモートワークが主で月数回の出勤が発生する社員、という二つのパターンでまとめることができそう」、なるほど。
・『飛行機通勤は今後一般企業にも広がるのか? さて、この動きですが、IT企業がきっかけとなって、他の多くの会社にも広がることになるのでしょうか? コロナ禍をきっかけに大企業を中心にDXが広まり、リモートワークが急速に普及しました。同時に、持続的社会をつくるための目標の一つとして、働き方改革が重要視される世の中になってきていることもあります。 それらを考慮すれば、今回のヤフーの新制度は、今は一部のIT企業で広まる程度の動きだったとしても、5年後あたりにはIT業種以外の一般大手企業でも導入が始まる可能性はあるかもしれません。 では、そのような企業で働く社員として期待できること、期待できないことはそれぞれどんなことがあるのでしょうか? 期待できることとしては、会社の制度としてはともかく、自分の仕事の中でリモートワークが増加して、会社に出社する回数が激減するようであれば、自分が住みたい遠くの場所に居住地を定める自由度は増えそうです。 ただ、それを多くの会社が容認はしてくれても、交通費の補助までしてくれるかどうかはわかりません。 以下に説明する事情を考慮したら、あまり過剰な期待はしないほうがいいかもしれません。あくまで自分の意思で本社から遠くはなれた場所にマイホームを構え、週に数回、新幹線で出勤することはできるような仕事環境にはなると思いますが、その新幹線代を皆さんが勤務する会社が払ってくれるかどうかは別だということです。 そもそも大前提の話として、交通費を支給するかどうかは、会社が自由にルールを決められるのが我が国の制度です。ヤフーの場合は、2022年4月1日から居住地自由で1カ月の交通費支給の上限が15万円となるわけですが、この上限の線引きもそれぞれの企業が自由に決められるということです。 つまり、「ヤフーが新幹線定期を認めてくれているんだから、それを交通費に認めないうちの会社はおかしい」と主張することはできないというか、通用もしない。自分の会社には自分の会社の交通費ルールが存在するのは、当たり前だということです』、「今回のヤフーの新制度は、今は一部のIT企業で広まる程度の動きだったとしても、5年後あたりにはIT業種以外の一般大手企業でも導入が始まる可能性はあるかもしれません」、「「ヤフーが新幹線定期を認めてくれているんだから、それを交通費に認めないうちの会社はおかしい」と主張することはできないというか、通用もしない。自分の会社には自分の会社の交通費ルールが存在するのは、当たり前だということです」、当然だ。
・『一般のビジネスパーソンが「居住地の自由」を獲得するための手段は? 現実問題として国家公務員の交通費上限は1カ月5万5000円。民間企業の場合もそれに準じるか、それよりも低い上限3万円以下の企業も多いという実態があります。 つまり、交通費支給枠は多くの会社ではそれほど大きくはなく、どのような規程を設けるかは、あくまで社員に対する会社の福利厚生的な要素の一つであって、それを緩和するかどうかは、会社ごとの人事政策判断なのです。 その観点で言えば、そもそも企業から見れば長い通勤時間がかかる遠隔地居住の社員を雇用するのはムダだともいえます。毎日往復3時間のいわゆる「痛勤列車」で会社とマイホームを往復する社員は、お疲れ様といえばお疲れ様ですが、疲労が蓄積すればそもそも戦力としての消耗が激しい。 会社のためにも本人のためにも、近いところに住む社員を採用したほうがお互いにメリットがあるはずです。 だとすれば、居住地の自由を享受できるのは、経済メリットの観点で考えればITエンジニアのように採用が難しい希少人材か、ないしは非常に優秀で会社が手放したくない人材に限られるのではないでしょうか。 そして一般企業の場合は「そうではない一般社員の方が人数が多い」のであれば、会社は交通費の上限を上げるメリットは総合的観点でいえば「ない」でしょう。その代わりに失いたくない優秀な社員の報酬レベルを上げればいいだけの話です。 ですから、一般のビジネスパーソンの場合、何らかの事情から居住地の自由を獲得したければ、自腹で通勤するのが未来においても有力な解決策だと考えたほうがよさそうです。 マイホームを大自然の中に建てるとか、生まれ育った街で両親と一緒に暮らすとか、人生を充実させる目的での自腹遠隔地居住者はそれでも増えていくことでしょう。 ちなみに「自腹の交通費って税金で取り戻せないの?」と疑問を持つ方のためにお話ししておくと、確定申告の際に特定支出控除という制度があって、自腹の交通費の一部を所得から控除してもらえる可能性はあります。 会社が支給してくれない新幹線の特急券部分とか、在来線のグリーン車とか、駅からのタクシー代、それに単身赴任者が実家に頻繁に戻る場合など、自腹になった部分が大きければその一部は税金で取り戻せるかもしれません。 ただし、この特定支出控除は金額のハードルが高くて、年収500万円の人なら自腹が月6.4万円を超えてから、年収1000万円なら自腹が9.2万円を超えた分でないとだめなのです。つまり現実的には、自腹救済についてはそれほど大きな税のメリットは期待できないでしょう。 そう考えると、今回のヤフーの新しい人事制度、未来の多くの日本企業の社員から見ても「あそこの会社はうらやましいな」という先端的な話になるのではないでしょうか』、「居住地の自由を享受できるのは、経済メリットの観点で考えればITエンジニアのように採用が難しい希少人材か、ないしは非常に優秀で会社が手放したくない人材に限られるのではないでしょうか。 そして一般企業の場合は「そうではない一般社員の方が人数が多い」のであれば、会社は交通費の上限を上げるメリットは総合的観点でいえば「ない」でしょう。その代わりに失いたくない優秀な社員の報酬レベルを上げればいいだけの話です」、夢のない話に落着したようだ。
次に、1月19日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの藤田 和恵氏による「「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張 「派遣はいつまでも続けるべき仕事じゃない」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/502077
・『現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。 今回紹介するのは「現在、派遣会社の営業をしています。かつては典型的なワーキングプアの生活をしていました」と編集部にメールをくれた、45歳の男性だ』、「「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張」、とは興味深そうだ。
・『派遣でキャリアを積めるのか? 「派遣は基本的にいつまでも続けるべき仕事じゃない。工場や倉庫で毎日同じ作業を繰り返しても、キャリアアップにはなりません」 都内にある派遣会社の営業担当で、コーディネーターも務めるタツヒサさん(仮名、45歳)はきっぱりと言い切る。しかし、それでは働き手を派遣先に送り込むという自身の仕事を否定することにならないか。これに対し、タツヒサさんはこう答えた。 「ちゃんとした仕事を見つけるまでのつなぎとして、製造や物流系の工場で働くのはいいと思います。あるいは建築や設計、通訳、編集といった専門的な技術を求められる業種なら派遣を続けるのもいいでしょう。(技術・専門職の派遣なら)経験を積めば、将来のキャリアにもなります」 タツヒサさんが所属する会社では主に建築関係の専門スキルを持った人材を派遣している。数年働いた後で正社員になったり、フリーランスとして独立したりする人もいる。一方でタツヒサさんにいわせると、製造や物流系の派遣は毎日同じ作業を繰り返すので確かに効率やスピードは上がる。ただそうしたスキルはその工場内でしか通用しないことが多く、つぶしが利かないという。 また、私が取材する中でも、製造や物流系の派遣労働者がフォークリフトやクレーンの運転資格を取っても、細切れ雇用のため、それらが給与に反映されることはめったにない。コロナ禍においても、雇い止めに遭って仕事も住まいも失うのは、自動車や精密機器メーカー系列の工場で働く派遣労働者が多かった。スキルアップどころか、なんらセーフティーネットもない働き方であることがあらためて浮き彫りになったといえる。 派遣はいつまでも続けるべき仕事ではないというタツヒサさんの考えにはおおいに同意するところだ。 一方、現在派遣会社で正社員として働くタツヒサさんの年収は約400万円。貧困層とはいえない。なぜ本連載の取材に応じようと思ったのか。 タツヒサさんは「私もかつては典型的なワーキングプアでした。日雇い派遣で働いたこともあります。派遣で働くときのコツや、派遣で搾取されないための方法、自分がどうやって貧困から抜け出したのか。その経験をお話ししたいと思ったんです」と説明する。 タツヒサさん自身は就職氷河期世代。4年制大学を卒業したものの、連戦連敗の就職活動や勤め先の倒産、失業と転職、同居する両親との衝突など一通りのことを経験した。20代のころ、どこかに再就職しなくてはと、たまたま飛び込んだ先が派遣会社だったことから、その後は転職先として複数の派遣会社で営業担当やコーディネーターを経験してきたという。 「『ちゃんとした仕事がしたい』という理由で派遣会社を辞めたこともありました」とタツヒサさん。当時は今ほど派遣という働き方は一般的ではなかった。人間を労働力として右から左へ流すだけのようにもみえる仕事に対し、“虚業”なのではという思いがぬぐえなかったという』、「ちゃんとした仕事を見つけるまでのつなぎとして、製造や物流系の工場で働くのはいいと思います。あるいは建築や設計、通訳、編集といった専門的な技術を求められる業種なら派遣を続けるのもいいでしょう」、「製造や物流系の派遣は毎日同じ作業を繰り返すので確かに効率やスピードは上がる。ただそうしたスキルはその工場内でしか通用しないことが多く、つぶしが利かない」、「派遣は基本的にいつまでも続けるべき仕事じゃない」、その通りだ。
・『企業が派遣を導入する目的は「人件費の削減」 自分が担当した人が最終的に正社員として就職したという話を聞くと、やりがいを感じることもあった。一方で従業員を派遣に切り替えた会社の工場では、不良品の返品率が上がったり、手指などを負傷する事故が増えたりといった変化を目の当たりにすることも少なくなかったという。 「企業が派遣を導入する目的は人件費の削減に尽きます」とタツヒサさんは言う。派遣労働者の能力の問題ではなく、不安定雇用という構造からくる問題だとしたうえで「日本製品のブランド価値が下がり始めた原因はこのあたりにあるのではないかと感じます」と振り返る。 海外での競争に勝つためという名目で労働者派遣法の規制緩和に踏み切ったものの、そのことが日本製品の品質劣化につながった、というのがタツヒサさんの実感である。 しかし、本人の希望とは裏腹に採用が決まるのは派遣会社ばかり。ある会社では、実態は労働者派遣にもかかわらず、業務請負を装う「偽装請負」が常態化していた。ほかにも技術職と偽って人材を集めながら工場に派遣したり、病気休暇を取得した派遣社員を強引にクビにしたりといった不適切な行為が横行していたという。タツヒサさんも雇用形態こそ正社員だったが、先輩社員からたびたび「やめちまえ」「ムダ飯食らい」とののしられた。 私が派遣会社の名前を尋ねると、2000年代にさまざまな違法行為を繰り返し、社会問題にもなった企業であることがわかった。結局半年ほどで退職。しかし、次に採用されたのも派遣会社だった。 複雑な思いはあったものの、ここまで縁があるなら、派遣労働者のキャリアアップを支え、最終的には安定した仕事に就いてもらうことを目的にしようと気持ちを切り替えた。 新しい勤務先は主に建築関係の人材派遣を手がけていたが、タツヒサさん自らの判断で比較的専門性の低い内装・建材といった周辺業務にもウイングを広げた。派遣先の開拓には苦労したものの、自らの営業成績アップにもなるし、何より最初の職場で経験を積んだ働き手がより専門性の高い業務へとステップアップするのを手伝うことができると考えたからだ。売り上げ増にも貢献できたという。一石二鳥にも思えたが、タツヒサさんの試みを快く思わない上司もおり、人間関係のもつれから4年ほどで退職を余儀なくされた。 不運だったのは、退職した時期がリーマンショックと重なったこと。毎日ハローワークに通ったが、求人情報を検索するパソコンの前には長い列ができ、2、3時間待ちはざらだった。 職種はともかく、一定以上の待遇にこだわったためか、面接にこぎつけられるのは月1回ほど。派遣会社に登録し、面接のない日はチラシ配りや繁華街での看板持ちといった日雇い派遣やアルバイトで食いつないだ。日給7000円につられ、デリヘルで働く女性を送迎するドライバーをしたこともあったという。) このころは関係が悪かった両親のもとを離れて1人暮らしをしていたので、家賃滞納でアパートを追い出されたこともあった。当時付き合っていた女性からは「仕事が見つけられないのは、あなたが不真面目だから」と三くだり半を突きつけられた。1日1食でしのぐ日もあったのに、安価な炭水化物中心の食事に偏ったせいで60キロ台だった体重は90キロを超えた。八方ふさがりの中、「落ちるところまで落ちたな」と感じたという。 タツヒサさんが貧困状態から抜け出すことができたきっかけは実にあっけなかった。数年前、リーマンショックの前まで勤めていた派遣会社の元上司から戻ってこないかと声をかけられたのだ。元上司はタツヒサさんの仕事ぶりを認めてくれた、社内でも数少ない人だったという。 この会社で、タツヒサさんは自らの意思を貫いた結果、社内で浮いてしまった。一方で巡り巡って当時の努力とこだわりが復職につながったともいえる』、「「企業が派遣を導入する目的は人件費の削減に尽きます」とタツヒサさんは言う。派遣労働者の能力の問題ではなく、不安定雇用という構造からくる問題」、その通りなのだろう。
・『「自分の努力が3割、運が7割」 タツヒサさんは再び安定した仕事に就けたことを「自分の努力が3割、運が7割」と受け止めている。「私の働きを覚えてくれている人がいたのは運がよかったとしかいいようがありません。でも、3割の努力がなければ、その運もめぐってこなかったと思うんです」。 タツヒサさんなりの“成功の秘訣”である。それは現在、派遣で働いている人たちにも通用するのだろうか。 「工場や倉庫での仕事は単純作業かもしれませんが、その間に在庫管理や倉庫整理、受注・発注処理の仕組みまで関心を持って、できれば経験もさせてもらってみてはどうでしょうか。派遣先は大手企業の系列であることも多い。きっと次の仕事探しに生かせるはずです。そして与えられた仕事が終わったら、自分から『何か手伝うことはありませんか?』と聞いてみてください。そういう努力はいつか誰かの目に留まると思います」 一理あるようにもみえる。しかし、派遣はあくまでも労働力の提供である。持論にはなるが、不安定雇用というデメリットをそのままに、本来業務以外のことまで進んでこなしていては、ただの使い勝手のよい人になってしまうのではないか。人間らしい暮らしができない一部の派遣労働の枠組みがおかしいのであり、派遣の優等生になる必要はない。個人的には劣悪な雇用には、もうそろそろ働き手の側からボイコットを仕掛けるべきだと思っているくらいだ。 これに対し、タツヒサさんは「私も、派遣は『ネガティブリスト』から『ポジティブリスト』に戻すべきだと思います。でも、現実には与えられた環境の中で努力をしなければチャンスもつかめないと思うんです」と言う。 長引く不況の中で、労働者派遣法が規制緩和され、派遣可能な業務だけを指定した「ポジティブリスト方式」から、禁止業務だけを指定した「ネガティブリスト方式」に転換、原則自由化されたのは1999年のことだ。制度改正が一朝一夕には望めない以上、タツヒサさんの提案は現実的ではあるのかもしれない。 「踏み台にするつもりで派遣会社を利用してほしい」 派遣する側も、派遣される側も経験したタツヒサさんからのエールである。 本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。』、「踏み台にするつもりで派遣会社を利用してほしい」とは言うものの、現実の利用者にはそんな能力を持った人間はいないのではなかろうか。
第三に、2月2日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員の山崎 元氏による「「45歳定年説」が捨てたもんじゃない理由、第2の人生設計には絶好の時期」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/294988
・『サントリーホールディングスの新浪剛史社長が唱えた「45歳定年説」は炎上めいた騒ぎとなったが、「45歳」は60歳以降のセカンドキャリアを考えるにはピッタリの時期だ。「45歳定年説」にも、45歳くらいで全く新しい仕事に取り組めるようにビジネスパーソンは自分を磨いて準備をしておくべきだ、という高い水準に真意があったのではないか』、興味深そうだ。
・『鎮火した「45歳定年説」だが45歳は人生設計の適齢期 一時「炎上」めいた話題となった、サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏の「45歳定年説」は、ご本人が、「会社が45歳で社員のクビを切るという意図ではない」と補足説明したこともあって、無事「鎮火」したようだ。 せっかく鎮火したのに、再び取り上げるのもいかがなものかと思わなくもないのだが、「45歳」は職業人生のプランニングを考える上で目処とするに適切な年齢だ。 例えば「45歳で人生を考えろ」という指針は、「人生100年時代」といった空念仏よりも、はるかに具体的で役に立つのではないだろうか。) もっとも、「人生100年時代」をうたう金融商品の広告はだいたいが警戒を要するものだとしても(近年は、金融機関がマーケティングで好む怪しい言葉にもなっている)、多くの人にとって人生が長いのは確かだ。一つの会社に一生を託すには、いささか長すぎる。会社にとっても長いし、本人にとっても長すぎる。 政府は、企業に社員を65歳まで雇用することを求めていて、これを70歳まで延長することが望ましいとしている。 しかし、現状の定年延長型の雇用プランは、会社と社員本人の双方にとってあまり楽しくないことが多いように見える。 典型的には、50歳なり55歳なりで「役職定年」となって収入が下がり、60歳で「定年」となる。希望すれば65歳までかなり低い収入と責任のない役職で「再雇用」されるパターンになるのだが、いかにも先細りで「会社に置いてもらっている」感じの会社最後の10年間が寂しい。しかも、その後の人生が長いので、張り合いの上でも経済的な点でも、会社任せの人生は心もとない。 筆者は、職業人生のプランニングを「ファースト・キャリア」と「セカンド・キャリア」の2ステップで考えることをお勧めしたい。たぶん、現在及び近い将来の日本人サラリーマンには、2ステップのキャリア・プランニングが合っていると思う』、「現状の定年延長型の雇用プランは、会社と社員本人の双方にとってあまり楽しくないことが多いように見える・・・いかにも先細りで「会社に置いてもらっている」感じの会社最後の10年間が寂しい。しかも、その後の人生が長いので、張り合いの上でも経済的な点でも、会社任せの人生は心もとない」、「職業人生のプランニングを「ファースト・キャリア」と「セカンド・キャリア」の2ステップで考えることをお勧めしたい」、「2ステップで考える」とはどういうことだろう。
・『2ステップのキャリア・プランニング 3パターンを図解 会社員、公務員などのサラリーマンを前提とするが、2ステップのキャリア・プランニングは三つのパターンに分かれる。人それぞれの適性の違いや、現在勤めている会社の違い、目指すところの違いなどによって、戦略を変える方がいい。) 三つのパターンを簡単に図解すると、下図のようなイメージだ。 2ステップのキャリア・プランニングの3パターン の図はリンク先参照) それぞれのパターンが「45歳」の時点で典型的にはどうしているか。 タイプ1の「組織人型」では、今後も会社に勤めるとしつつも、定年前後から自分のセカンド・キャリアをどうするのかについて考えていて、必要があれば準備を始めている状態だ。 タイプ2の「起業人型」は、45歳前後の時点で新しい事業を自分で始めるような、ファースト・キャリアで勤めた会社とは異なる仕事に乗り出している。 タイプ3の「ハイブリッド型」は、45歳くらいの時点から副業を始めたり、複数の会社に勤めたりして、セカンド・キャリアにつながるような仕事に一部着手しつつ、サラリーマンも続けている。 近未来時点の人数比は順に8:1:1くらいのイメージだろうか。 個人的には、後の二つのパターンの比率をもう少し上げる方が、世の中は楽しそうに思える。 あくまでも筆者の印象なのだが、集団の「1割」では「この人たちは少数の例外なのだ」という感じが少々残る。「2割」までいなくてもいいのだが、「6人に1人」くらいいると、「ある種の集団なのだ」という感じが出てくる。日本人は「孤立」を避けたがるので、仲間がいる方が選択に当たって安心だろう』、「近未来時点の人数比は」、「組織人型」、「起業人型」、「ハイブリッド型」8:1:1くらいのイメージだろうか」、圧倒的に「組織人型」が多いようだ。
・『タイプ1「組織人型」が考えるべきこととは? 会社に定年前後までとどまるのは、多くのサラリーマンにとって自然な選択だ。だが、「その後」のことを考える必要がある。 「60歳くらいから後に、自分は何をして、いつまで働いて、いくらぐらい稼いでいるだろうか?」という問いに対して具体的な答えを考え始めて、必要なら準備に取り掛かるのが45歳だ。 65歳以降すっかり引退して全く働かないという状態は、生活に張り合いを欠くだろうし、経済的にも心配なことが多いだろう。そして、何よりも「もったいない」。 もちろん計画的に資産を作っておくことが望ましいのだが、十分なお金を貯めていなくとも、自分にとって好ましい仕事で働く機会を得ることができて、健康なら、機嫌良く生きていくことが可能だろう。豊かな高齢期を過ごすには、お金を貯める以上に、将来も「稼げる自分」を作ることが重要だ。 セカンド・キャリアとして何を選ぶかは人それぞれだが、「稼げる自分」であるためには、仕事の「能力」と、その能力を買ってくれる「顧客」の二つを用意しなければならない。 士業やコンサルタントなどで独立して稼ぐためには、資格を取得したり知識を仕入れたりすることが必要だろう。技術者の場合も、将来長く稼ぎ続けるためには知識を意識的にアップデートする時間が必要だろう。飲食店や商店、ペンションなどを開業するにも、調理などのスキルを身に付けたり、それぞれの業務における経営に必要な知識を獲得したりすることが必要だ。 加えて、十分な能力があっても独立する場合は顧客が必要だし、事務職や技術職で働くなら雇ってくれる会社の目処をつけることが必要だろう。 「能力」と「顧客」はいずれも獲得に時間を要する。早く準備を始めるのでないと、自分が将来できることの選択肢がどんどん狭まって、貧相なものになってしまいかねない。 60歳まで15年ある「45歳」を、セカンド・キャリアへの準備開始の時期に位置付けることが、多くのサラリーマンにとって適切なのではないかと思う次第だ』、「「能力」と「顧客」はいずれも獲得に時間を要する。早く準備を始めるのでないと、自分が将来できることの選択肢がどんどん狭まって、貧相なものになってしまいかねない。 60歳まで15年ある「45歳」を、セカンド・キャリアへの準備開始の時期に位置付けることが、多くのサラリーマンにとって適切なのではないかと思う次第だ」、なるほど。
・『タイプ2「起業人型」が実現に向けてすべきことは? 全く新しい仕事を始めて、それを大きく育てるためには、大きなエネルギーと長い時間が必要だ。独立して「自分が食べていける」だけでなく、大きな仕事をしようと思うなら、スタートは早い方がいい。 「45歳」くらいまでにスタートすると心に決めて、そのための準備をしておくべきだろう。 冒頭で触れた新浪氏の「45歳定年説」は、「45歳くらいで全く新しい仕事に取り組めるようにビジネスパーソンは自分を磨いて準備をしておくべきだ」という、かなり意欲的でハードルの高い水準に真意があったのではないか。 起業ではなかったが、総合商社(三菱商事)からコンビニエンスストア(ローソン)の社長に転じた新浪氏は、この「起業人型」に属するだろう。会社がチャンスを与えたこともあったが、彼自身も大いに準備をしていた(筆者は、共に新入社員として入社した三菱商事時代の「同期」である)。 新入社員時代の英語の特訓(早朝出社して仲間とトレーニングしていた)にはじまって、社費留学で米ハーバード大学ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得した。帰国してからも、他社の人材も含めて優秀なビジネスパーソンを集めて勉強会を主宰し、勉強に努めるのとともに人脈を拡げていた。加えて、若い時期に出向した給食の会社(ソデックスコーポレーション〈現LEOC〉)で経営の経験を積めたことが大きかった。 新浪氏が会社から多くのチャンスを得ていることも間違いないのだが、公平に見て、ローソンの社長に指名された時、彼には準備ができていた。 「新浪さんのようになりたい」と思う若いサラリーマンが少なからずいると思うが、日頃からの準備が大事であることを強調しておく。 もっとも、言われなければ準備に取りかかっていないような人は、そもそも「起業人型」ではないのだろう』、「新浪さんのようになりたい」と思う若いサラリーマンが少なからずいると思うが、日頃からの準備が大事であることを強調しておく」、「筆者は、共に新入社員として入社した三菱商事時代の「同期」」だけに説得力がある。
・『タイプ3「ハイブリッド型」の勧め 副業・複業を目指す 「ハイブリッド型」は、いわゆる副業や複数の会社・仕事から収入を得る形を通じながら、60歳以降も自分のペースで働くことができる仕事の機会を作っていくキャリア・プランだ。 いきなりサラリーマンを辞めて、独立したり起業したりするよりはリスクが小さい点で、起業人型よりも多くの人にとって目指しやすいのではないか。 勤め先の会社で仕事を減らすかどうかは人にもよるし、副業あるいは複業として手掛けたい仕事の内容にもよるが、うまくいくと、この形は本人にも会社にもメリットがある。 筆者のキャリア・プランはこのタイプだった。42歳の時点で、それまで転職を繰り返して勤めてきた金融系の仕事を離れ、「時間自由かつ副業自由」を条件として交渉してシンクタンクに入って(給与水準は前の半分以下に下げた)、おおっぴらに複数の仕事を始めた。 知り合いの会社にも勤めてみたり、ベンチャー企業に関わってみたり…。試行錯誤があったが、原稿を書いたり、講演やテレビ出演をしたりといった仕事が増えて、「経済評論家」が仕事として軌道に乗った。 その後、サラリーマンとしての勤務先をシンクタンクからインターネット証券に変えて現在(63歳である)に至っている。 筆者は、特段成功者でもないし、幸い失敗しなかっただけなのだが、凡庸なビジネスパーソンのリスクの取り方として、悪い選択肢ではなかったと思っている。 金融マン時代から、筆者はどちらかというと調査系の「知識を売る」種類の仕事をしてきた。こうした仕事では、会社は「時々」役に立つアイデアを必要とするのであって、月曜日から金曜日までフルタイムで社員たる筆者が会社にいることを必要としない。 もし勤務日を減らすこととともに給料を下げることができれば、会社にとってもメリットがある。もちろん、必ずしも給料を下げる必要はなく、複業で社員本人の生産性が上がる場合もあるので、会社の側でもメリットが発生する場合は少なくないはずだ。 例えば、シンクタンクのような業種なら、研究員が副業的な対外活動で有名になることは、会社の知名度や評判にもプラスになる場合がある。別の業種でも同様のことがあるのではないだろうか』、「必ずしも給料を下げる必要はなく、複業で社員本人の生産性が上がる場合もあるので、会社の側でもメリットが発生する場合は少なくないはずだ」、同感である。
・『筆者がキャリア・プランニングで参考にした2人の人物 実は、筆者のキャリア・プランニングには参考にしたモデルが2人いる。 一人は、現在ある大学の教授であるHさんだ。彼は30代の頃に金融系の会社に勤めている際に「給料を6掛けにする代わりに勤務日を週3日にする」という交渉を成立させた。そして大学院に通い学位を得て、大学教授に転身した。 なるほど、そういう条件交渉があり得るのかと大いに感心したことを覚えている。考えてみると、両者にメリットがあり得るなら、前例がなくても交渉はやってみる価値がある。 もう一人は、マルチ・ジョブの草分け的な先輩で、主に外資系の金融機関をわたり歩いたNさんだ。彼は、「人脈の達人」とも呼ぶべき人で、丁寧にメンテナンスされた幅広い人脈を武器に、次々と請われて職場を変えつつ(60代後半になって外資系金融に転職したこともある)、自分の会社のビジネスを発展させていた。 何らかの「強み」を持っていたら、年齢を重ねても職を得ることができることが分かったし、「強み」は複数の仕事で生かすことができる。 筆者にはN氏の人脈のような突出した強みはないが、金融資産の運用に長年関わってきたことが役に立った。 「ハイブリッド型」でも、行動を開始する目処は「45歳」くらいが適当な場合が多いのではないだろうか。 3パターンの中では、「組織人型」を選択する人が多いのだろう。しかし今後、働き方の多様性が広がって、「ハイブリッド型」が増えるのではないかと期待している。 いずれのタイプを選択するとしても、合い言葉は、「45歳を、機嫌良く通過しよう!」だ』、私の「45歳」当時の記憶はもはやないが、もっと若い頃にこれを読んでおけばよかった。
タグ:働き方改革 (その36)(ヤフー「飛行機通勤OK」に隠れた覚悟 日本人の働き方はどう変わる?、「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張 「派遣はいつまでも続けるべき仕事じゃない」、「45歳定年説」が捨てたもんじゃない理由 第2の人生設計には絶好の時期) ダイヤモンド・オンライン 鈴木貴博氏による「ヤフー「飛行機通勤OK」に隠れた覚悟、日本人の働き方はどう変わる?」 私もこのニュースをどう咀嚼したらいいのか分からなかったので、大助かりだ。 「IT企業に導入事例が多く、背景としては優秀なIT人材を採用する際の魅力として、居住地撤廃がアピールできるという事情があるようです」、「この制度を活用して恩恵を受けられそうな社員は、一つは新幹線通勤をする人、もう一つが遠隔地居住のリモートワークが主で月数回の出勤が発生する社員、という二つのパターンでまとめることができそう」、なるほど。 「今回のヤフーの新制度は、今は一部のIT企業で広まる程度の動きだったとしても、5年後あたりにはIT業種以外の一般大手企業でも導入が始まる可能性はあるかもしれません」、「「ヤフーが新幹線定期を認めてくれているんだから、それを交通費に認めないうちの会社はおかしい」と主張することはできないというか、通用もしない。自分の会社には自分の会社の交通費ルールが存在するのは、当たり前だということです」、当然だ。 「居住地の自由を享受できるのは、経済メリットの観点で考えればITエンジニアのように採用が難しい希少人材か、ないしは非常に優秀で会社が手放したくない人材に限られるのではないでしょうか。 そして一般企業の場合は「そうではない一般社員の方が人数が多い」のであれば、会社は交通費の上限を上げるメリットは総合的観点でいえば「ない」でしょう。その代わりに失いたくない優秀な社員の報酬レベルを上げればいいだけの話です」、夢のない話に落着したようだ。 東洋経済オンライン 藤田 和恵氏による「「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張 「派遣はいつまでも続けるべき仕事じゃない」」 「「派遣する側」「派遣される側」経験した男性の主張」、とは興味深そうだ。 「ちゃんとした仕事を見つけるまでのつなぎとして、製造や物流系の工場で働くのはいいと思います。あるいは建築や設計、通訳、編集といった専門的な技術を求められる業種なら派遣を続けるのもいいでしょう」、「製造や物流系の派遣は毎日同じ作業を繰り返すので確かに効率やスピードは上がる。ただそうしたスキルはその工場内でしか通用しないことが多く、つぶしが利かない」、「派遣は基本的にいつまでも続けるべき仕事じゃない」、その通りだ。 「「企業が派遣を導入する目的は人件費の削減に尽きます」とタツヒサさんは言う。派遣労働者の能力の問題ではなく、不安定雇用という構造からくる問題」、その通りなのだろう。 「踏み台にするつもりで派遣会社を利用してほしい」とは言うものの、現実の利用者にはそんな能力を持った人間はいないのではなかろうか。 山崎 元氏による「「45歳定年説」が捨てたもんじゃない理由、第2の人生設計には絶好の時期」 「現状の定年延長型の雇用プランは、会社と社員本人の双方にとってあまり楽しくないことが多いように見える・・・いかにも先細りで「会社に置いてもらっている」感じの会社最後の10年間が寂しい。しかも、その後の人生が長いので、張り合いの上でも経済的な点でも、会社任せの人生は心もとない」、「職業人生のプランニングを「ファースト・キャリア」と「セカンド・キャリア」の2ステップで考えることをお勧めしたい」、「2ステップで考える」とはどういうことだろう。 「近未来時点の人数比は」、「組織人型」、「起業人型」、「ハイブリッド型」8:1:1くらいのイメージだろうか」、圧倒的に「組織人型」が多いようだ。 「「能力」と「顧客」はいずれも獲得に時間を要する。早く準備を始めるのでないと、自分が将来できることの選択肢がどんどん狭まって、貧相なものになってしまいかねない。 60歳まで15年ある「45歳」を、セカンド・キャリアへの準備開始の時期に位置付けることが、多くのサラリーマンにとって適切なのではないかと思う次第だ」、なるほど。 「新浪さんのようになりたい」と思う若いサラリーマンが少なからずいると思うが、日頃からの準備が大事であることを強調しておく」、「筆者は、共に新入社員として入社した三菱商事時代の「同期」」だけに説得力がある。 「必ずしも給料を下げる必要はなく、複業で社員本人の生産性が上がる場合もあるので、会社の側でもメリットが発生する場合は少なくないはずだ」、同感である。 私の「45歳」当時の記憶はもはやないが、もっと若い頃にこれを読んでおけばよかった。
ウクライナ(その1)(大前研一「日本のマスコミが報道しないウクライナ危機の裏側」 複眼的な視点で世界を見よ、やっぱり軍事音痴だったバイデンが「プーチンの侵略を招く」とボルトンが警告、緊迫するウクライナ情勢 日本人が知らない「失敗国家」の数奇 旧ソ連の優等生だったウクライナが直面した「失われた30年」) [世界情勢]
今日は、緊迫しているウクライナ(その1)(大前研一「日本のマスコミが報道しないウクライナ危機の裏側」 複眼的な視点で世界を見よ、やっぱり軍事音痴だったバイデンが「プーチンの侵略を招く」とボルトンが警告、緊迫するウクライナ情勢 日本人が知らない「失敗国家」の数奇 旧ソ連の優等生だったウクライナが直面した「失われた30年」)を取上げよう。
先ずは、本年プレジデント 2022年2月4日号が掲載したビジネス・ブレークスルー大学学長の大前 研一氏による「大前研一「日本のマスコミが報道しないウクライナ危機の裏側」 複眼的な視点で世界を見よ」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/53674
・『ロシア軍がウクライナに侵攻? 2021年12月3日、米紙ワシントン・ポストは、米情報機関が作成した報告書の内容などとして、ロシアが2022年早々にも大規模なウクライナ侵攻を計画していると報道した。報道によれば、最大17万5000人を動員した多正面作戦になる見通しだという。 ウクライナと周辺国の地図ウクライナと周辺国の地図 この報道を受けて、同月7日に米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が、ウクライナ情勢についてビデオ会談で話し合った。バイデンは「ウクライナの国境周辺で、ロシアが軍備を増強させたのは由々しき問題だ。ウクライナに侵攻したら経済制裁などを講じる」とプーチンに伝えたという。しかし私にいわせれば、会談はプーチンの圧勝だった。バイデンの発言はさっぱり意味がわからない。 ウクライナの問題は、プーチンの立場を理解すれば別の見方になる。彼にはソ連邦崩壊後のトラウマがあるのだ。ソ連時代からの経緯を振り返れば、「寂しい」のひと言だろう。 1991年にソビエト連邦が崩壊すると、ウクライナ、ベラルーシなど14の国が独立した。2000年代に入ると、ソ連の一部だったバルト三国のエストニア、ラトビア、リトアニア、ソ連の衛星国だったチェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキアがEUに加盟した。 バルト三国などは厳しい条件をクリアして、通貨もユーロ圏に入った。かつてのCOMECON(経済相互援助会議)経済圏が、あれよあれよという間に失われたのだ。 バルト三国や衛星国がEUに入り、ロシアと自由主義陣営との境界線はモスクワに近づいてきた。冷戦時代の中立国フィンランドがEUに入り、自国であったエストニアもEUとNATOに加わった結果、ロシア第二の都市であるサンクトペテルブルクが“国境の街”になったほどだ。 プーチンは自分が“皇帝”になってからも、社会主義陣営の領域が次々に削られていくのを見てきた。残ったのはベラルーシとウクライナだけだ。 ベラルーシはプーチンが手練手管を用いて抑え込み、旧CIS(独立国家共同体)のなかで最も親ロシアの国だ。「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領は、自分が悪者だと自覚して、プーチンの陰に隠れている。 私がベラルーシを訪れたとき、国民の多くが「EUに入りたい」と希望していた。ルカシェンコの下では将来性がなく、EU経済のなかで活躍したいのだ。「ロシアはあくまでも貿易で儲けさせてくれる国だ」と考えるほど賢い人たちだった。 一方、ウクライナはロシアを刺激しないために中立を保ち、政権はロシア寄りと欧州寄りが交互に移り変わってきた。ロシア寄りのヤヌコーヴィチ元大統領が悪事を重ねて蓄財したのに対して、現在のゼレンスキー大統領はEU・米国にかなり寄っている。プーチンからすれば、ベラルーシはしばらく安泰だが、ウクライナは危ないのだ。 ウクライナ国民の大半は、本音ではEUと関係を深めたいと考えている。14年にクリミア半島がロシアに併合されて以降、「次は自分たちではないか」と危惧しているのだ。 一方で、ロシアに併合されたい人たちもいる。ウクライナ東部のルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国だ。どちらも親ロシアの人が多く、14年にウクライナからの独立を宣言した。ウクライナ政府は独立を認めず、反政府組織として扱っている。 おそらく独立は、ロシアが仕掛けたものではない。ルガンスクとドネツクの人たちは、クリミア併合を見て「俺たちもロシアへ行きたい」と考えたのだ。理由の1つはウクライナ政府への不満と不信感だ。 ウクライナ政権は、クチマ、ユーシェンコ、ヤヌコーヴィチなど悪い政治家が多く、ソ連崩壊直後の頃から評判がよくない。悪い政治家の治世に両地域は愛想を尽かしたのだ』、「米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が、ウクライナ情勢についてビデオ会談で話し合った」、しかし私にいわせれば、会談はプーチンの圧勝」、「ウクライナ政権は、クチマ、ユーシェンコ、ヤヌコーヴィチなど悪い政治家が多く、ソ連崩壊直後の頃から評判がよくない。悪い政治家の治世に両地域は愛想を尽かしたのだ」、なるほど。
・『欧米目線だけで世界を見るのをやめよ クリミア併合も、同じ経緯だった。日本の報道では「ロシアがクリミア半島を収奪した」という印象が強いが、欧米から見た一面にすぎない。 92年からウクライナの一部だったクリミアは、14年3月に議会が独立を宣言してクリミア自治共和国となった。住民投票では9割以上がロシアへの編入に賛成した』、「クリミア」は「ロシア人」の別荘地なので、「住民投票では9割以上がロシアへの編入に賛成」、したのは当然の結果だ。
・『プーチンの大きな悩み この圧倒的な投票結果から、クリミアは「ロシアに入れてください」と申し入れ、ロシア議会が承認した格好だ。つまり、住民の意思を反映する民主的な手続きはしっかり踏んでいる。米国が後押しした「アラブの春」諸国や11年の南スーダン独立より民主的だろう。 クリミアはもともとロシアの別荘地で、人口約250万人のうち、ロシア人が約6割いて、ウクライナ人は3割に満たない。ロシア系にいわせれば、クリミア半島はウクライナ国内で差別されている。ロシアの別荘地として栄えた頃と違い、まるで発展していない。 ロシアに併合されたあとは、ロシアのタマン半島と結ぶクリミア大橋ができて、自動車も鉄道も行き来している。地つづきになって経済発展が期待できるのだ。 ただし、ロシアがクリミアを併合したことで、双方がハッピーになったわけではない。プーチンの大きな悩みが第二幕だ。 ウクライナのダメな政府は、クリミアの人たちに年金を用意していなかった。高齢者が多いクリミアの年金は、ロシアが負担することになる。収奪するどころか、プーチンの本音は、お荷物を背負い込んだ気分だろう。 ロシア国内は、旧ソ連の頃から年金の積み立てが少ない。そもそもプーチン人気は、エリツィン時代に困窮した年金生活者を救ったことで高まった。年金は長年の大問題であり、救済がプーチンの得意技だった。彼はクリミアで同じ悩みを抱えている。 もしロシア併合を望んでいるルガンスクとドネツクまで受け入れたら、ロシアの年金制度は破綻しかねない。バイデンはロシア軍が10万人規模で配備されたと騒いでいるが、プーチンには収奪の意思はない、と私は見る。仮に侵攻するとしたら首都キエフを押さえ、(残っているかどうかは不明だが)年金資金を収奪するしかないだろう。 軍事でいえば、ヨーロッパにはNATO(北大西洋条約機構)がある。冷戦時代にソ連に対抗するため、軍事的協力と集団防衛を約束して設立したものだ。バルト三国をはじめとする旧東側諸国も、2000年以降に続々とNATOに加盟した。 プーチンにとっては、NATO軍がどんどん迫ってくるようなものだ。緩衝地帯になっているウクライナとベラルーシまで加盟したら、目と鼻の先にNATO軍のミサイルが配備されたような思いになるだろう。 原発事故が起きたチェルノブイリは、ウクライナ北部にある。ロシアとの国境が近く、ロシアのブリャンスクは甚大な被害を受けた。ベラルーシとも近く、三国の境界のようなエリアだ。 もしチェルノブイリにNATO軍の短距離ミサイルが配備されたら、モスクワまでは至近距離だ。モスクワが東京なら、大阪に配備されるぐらいの距離感だ。プーチンは、ウクライナが反ロシアの橋頭堡になることだけは絶対に避けたいだろう』、「ウクライナのダメな政府は、クリミアの人たちに年金を用意していなかった。高齢者が多いクリミアの年金は、ロシアが負担することになる。収奪するどころか、プーチンの本音は、お荷物を背負い込んだ気分だろう」、年金の積み立て不足の穴埋めまでさせられるのではかなわない筈だ。「もしチェルノブイリにNATO軍の短距離ミサイルが配備されたら、モスクワまでは至近距離だ。モスクワが東京なら、大阪に配備されるぐらいの距離感だ。プーチンは、ウクライナが反ロシアの橋頭堡になることだけは絶対に避けたいだろう」、無理からぬところだ。
・『プーチンが抱えるジレンマ 実はロシアにとって、ウクライナにはもう1つ特別な意味がある。歴史的には、ウクライナは“ロシアの親”にあたるのだ。 ウクライナの首都キエフには、9世紀から13世紀にかけてキエフ大公国があった。11世紀に欧州で最も発展した国の1つだったが、1240年にモンゴル軍に攻め込まれて崩壊した。 ロシア正教は、キエフ大公国の正教会から派生したといわれる。つまり、宗教上の祖先はキエフなのだ。その点は、ベラルーシと大きく違う。ベラルーシはいま可愛がっているポチで、ウクライナはご先祖さまなのだ。 だからといって、軍隊を使ってルガンスクとドネツクを取りにいけば、年金生活者をさらに引き受けることになる。プーチンが抱えるジレンマだ。プーチンはとにかく現状維持を希望しているのだ。 バイデンは、ウクライナとロシアの関係も、プーチンの葛藤も理解していないだろう。彼らはそもそも歴史に目を向けない。「新疆ウイグル自治区の綿は強制労働の産物だ」と非難するとき、自分たちが19世紀に綿花栽培でアフリカから違法に連れてきた奴隷たちに強制労働させたことを忘れている。 彼らは他国が軍事的な動きを見せると「キャーッ」と騒ぐ癖がある。1962年のキューバ危機では、カストロ政権がソ連軍のミサイル基地を建設すると知って、ケネディ大統領が大騒ぎした。当時を思い出せば、プーチンの危機感も想像がつくだろう。キューバからワシントンDCは約2000キロメートルあるが、ウクライナの国境からモスクワはわずか700キロメートルしかない。 従って、米国が「NATOの東方拡大はありません」、あるいはウクライナがNATOに加わってもミサイル配備はしません、と約束すればプーチン、そしてロシア国民も落ち着くはずだ。 日本の報道は、米国の目線で伝えるから本当の事情がわからなくなる。政治家もマスコミも、もう米国の目線のみで考えるのはやめたほうがいい』、「キューバからワシントンDCは約2000キロメートルあるが、ウクライナの国境からモスクワはわずか700キロメートルしかない」、「プーチンの危機感も」、理解できる。「政治家もマスコミも、もう米国の目線のみで考えるのはやめたほうがいい」、同感である。
次に、1月25日付けNewsweek日本版が掲載した「やっぱり軍事音痴だったバイデンが「プーチンの侵略を招く」とボルトンが警告」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/01/post-97928_1.php
・『<ロシアがウクライナに侵攻しても「小規模な侵攻」なら見逃すと口を滑らし、戦力投入も後手に回るバイデンの姿勢は、侵攻への「ゴーサイン」に等しいと懸念が高まっている> ロシアによるウクライナ侵攻が秒読みともみられるなか、ドナルド・トランプ前米大統領の国家安全保障問題担当補佐官だったジョン・ボルトンが、ジョー・バイデン米大統領の弱腰を批判した。 ボルトンは1月23日付のニューヨーク・ポスト紙に意見記事を寄せ、この中で、バイデンの過去の発言を厳しく批判した。バイデンは19日に、ロシアによるウクライナ侵攻が全面侵略ではなく「小規模な侵攻」ならば、アメリカとして制裁を見送る可能性を示唆するような発言を行った。 また「プーチンが先に行動を起こすのを待ってからNATOと共に対応を決める」というバイデンの戦術は、必ずや失敗に終わると断言。「プーチンはウクライナに対して全面侵略を行わなくとも、大きな利益を手にすることができる」ということを、ホワイトハウスは「まだ理解できていない」と批判し、バイデンの「不適切で一貫性のない方針」はウクライナに対する「ロシアの軍事行動に対する抑止力」にはなっておらず、「臆病なやり方」はプーチンの「要求をエスカレートさせるだけ」だと指摘した』、「アフガニスタン」問題でミソを付けた「バイデン」が、「ウクライナ」問題でも不手際を見せているとは残念だ。
・『「厳しい制裁で圧力をかけるべき」 「プーチン相手に無難で手堅い対応を取るバイデンのようなやり方では、危険にさらされているウクライナなどの国を永続的に守ることはできないだろう」とボルトンは記事の中で述べ、こう続けた。「NATOが何らかの妥協をすれば今すぐ軍事紛争が起きるのを回避することはできるかもしれないが、それによって近いうちに紛争が起きるリスクが増大するという悪循環に陥る危険がある」 米国連大使(2005~2006年)を務めた経験もあるボルトンは、バイデンが軍事紛争を抑止するためには、プーチンに対して厳しい制裁という方法で圧力をかけるべきだと主張する。ロシアがウクライナに侵攻した場合、NATOの他の同盟諸国と共に、海底ガスパイプライン「ノルドストリーム2」計画の停止も辞さないと表明するなどの方法を取るべきだと述べた。 既に完成して稼働に向けた準備を進めているノルドストリーム2は、ロシア産天然ガスをバルト海経由でヨーロッパ本土に運ぶパイプラインで、ヨーロッパのロシア産ガスへの依存度を高めるという批判の声もある。また同パイプラインの完成により、ウクライナを通る既存ルートの利用が減るため、ウクライナにとってはロシアから受け取ってきた経由料を失うことも意味する。) ボルトンは意見記事の中で、「最後の希望は、バイデンが今すぐ方針転換をして先手を取り、ロシア軍がウクライナとの国境から撤退するまで、ノルドストリーム2を稼働させないと表明することだ」と述べ、さらにこう続けた。 「差し迫って必要なのは、さらなる武器とNATOの部隊を動員することだ。戦闘のためではない。ウクライナ軍と共に訓練および演習を行うことで、ロシアにとっての不確実性とリスクを増大させるためだ。これを実行するためには、当然ながらヨーロッパ諸国、とりわけフランスとドイツが強硬な姿勢を示す必要があるが、今はおそらくそれが欠けている。プーチンはそれも織り込み済みで、バイデンのこれまでの声明や先週の一連の交渉では、それを変えることはできていない。今、時間を味方につけているのはプーチンの方だ」 バイデンの「小規模な侵攻」発言に対しては、米共和党の数多くの議員や、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領から反発の声が上がっている。 ゼレンスキーは20日、「小規模な侵攻や小国などというものは存在しないことを、大国に再認識してもらいたい」とツイッターに投稿し、さらにこう続けた。「愛する人を失うのに、小さな犠牲や小さな悲しみなどというものがないのと同じだ」』、タレント出身の「ゼレンスキー大統領」は、この発言はまともだが、ロシア寄りの発言も多い問題人物だ。
・『ホワイトハウス報道官が発言を修正 トランプの大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)だったキャスリーン・マクファーランドはFOXニュースに対して、バイデンの発言はプーチンにとって、ウクライナ侵攻の「ゴーサイン」を意味したと主張した。 「バイデン大統領が先週、プーチンにゴーサインを出すような発言をしたことで、今やプーチンがどんな行動に出る可能性もあると思う。ウクライナ侵攻の可能性もあるし、ハイブリッド戦争を仕掛ける可能性もある。今すぐ、もしくは今後1年の間に、彼は何らかの方法で自分の目的を達するだろう」 ホワイトハウスのジェン・サキ報道官はその後、ロシア軍がウクライナとの国境を越える動きがあれば、それは全て「新たな侵攻」であり、「アメリカと同盟諸国は迅速に厳しく、一致団結して」対応すると説明。バイデンの発言を事実上修正した』、「サキ報道官」が「発言を事実上修正」せざるを得ない「バイデンの発言」はお粗末過ぎる。
第三に、2月2日付けJBPressが掲載した三菱UFJリサーチ&コンサルティングの副主任研究員の土田 陽介氏による「緊迫するウクライナ情勢、日本人が知らない「失敗国家」の数奇 旧ソ連の優等生だったウクライナが直面した「失われた30年」」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68706
・『ウクライナ情勢が緊迫化している。1991年12月、旧ソ連邦の崩壊伴い独立した現在のウクライナは、典型的な「失敗国家」ないしは「破綻国家」としての歴史を歩んでいる。さらにウクライナは、ヨーロッパとロシアの「緩衝国家」であり、双方の思惑の中で翻弄されるという数奇な運命を辿っている。 ウクライナを巡る国際政治に関しては、諸賢による分析が数多い。そうした分析とはあえて距離を置き、独立以来のウクライナの歩みを経済面から振り返り、ウクライナという国が持つ特殊性を確認してみたい。こうした作業も、緊迫化するウクライナ情勢を理解する上での一助になると考えられるためである。 ウクライナの一人当たり名目GDP(国内総生産)は、独立から30年の間、4000米ドル(約50万円)を天井に増減を繰り返している(図1)。その水準は常にロシアの半分以下であり、ヨーロッパ(欧州連合<EU>)の10分の1程度に過ぎない。実質GDPに至っては独立直前の6割程度の規模にとどまっており、非常に厳しい状況だ。 (図1 ウクライナの一人当たりGDPの推移はリンク先参照) それに、ウクライナは世界でも富の偏在が激しい国の一つだろう。ソ連崩壊に伴う混乱に乗じて巨万の富を成した極少数の新興企業家(オリガルヒ)がいる一方で、時代の荒波にさらわれたまま貧しい生活を強いられる人々は数多い。汚職も蔓延し、巨大な規模の地下経済の下で非合法な活動が行われていると言われる。 ソ連時代のウクライナは、先進的な工業国だった』、「ソ連時代のウクライナは、先進的な工業国だった」、「一人当たり名目GDP・・・は、独立から30年の間、4000米ドル(約50万円)を天井に増減を繰り返している(図1)。その水準は常にロシアの半分以下であり、ヨーロッパ(欧州連合<EU>)の10分の1程度に過ぎない」、ずいぶん落ち込んだものだ。
・『旧ソ連崩壊で味わったウクライナの艱難辛苦 ウクライナは旧ソ連で最も西側にあり、ポーランドやスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、モルドバといった国々と国境を接していた。つまりヨーロッパの旧共産圏と旧ソ連との「中間地点」にあったため、ソ連は戦略的な観点からウクライナの工業化を優先したのである。 特に重視されたのは軍需産業であり、航空・宇宙産業だった。ソ連のロケット設計を担ったユージュノエや製造を受け持ったユージュマシュ、航空機製造のアントノフなどがその象徴的な企業である。ソ連と旧共産圏に軍需品や航空機を効率的に供給するための拠点として、ソ連はウクライナの重化学工業化に努めたわけだ。 またウクライナと言えば、1986年に悲惨な事故を起こしたチェルノブイリ原発の存在が思い浮かぶ。そのチェルノブイリ原発からは、旧共産圏のヨーロッパ諸国に電力が輸出された。言い換えれば、当時で世界最大級の原発がチェルノブイリに存在した事実もまた、ソ連時代におけるウクライナの特殊な性格を物語っている。 そのウクライナにとって、1989年の東欧革命と1991年のソ連崩壊は輸出市場の崩壊を意味した。とりわけ痛手だったのが、北大西洋条約機構(NATO)に対抗して設立されたワルシャワ条約機構(WTO)の崩壊だった。旧共産圏で軍事同盟が崩壊したことが、今日まで続くウクライナ経済の混乱の端緒である。 ソ連崩壊を受けて独立したウクライナは、大統領制を導入するとともに、他の諸国と同様に計画経済を放棄して市場経済の導入を試みることになる。ウクライナもまた他の共和国と同様に「体制転換」を果たしたわけだが、ウクライナの場合は憲法の制定が1996年まで遅れるなど、旧共産圏の中でも政治の混乱が顕著だった。 こうした中で、政治と経済の混乱に乗じたオリガルヒが産業を独占。市場経済の導入に向けた改革が遅れることになった。加えて、最大の輸出相手国であるロシアの経済が「転換不況」にあえいでいたことが、ウクライナの経済の発展を外需面から阻んだ。結果、ウクライナはロシア以上に深刻な「転換不況」を経験することになる』、「1989年の東欧革命と1991年のソ連崩壊は輸出市場の崩壊を意味」、「ウクライナはロシア以上に深刻な「転換不況」を経験する」、大変だったようだ。
・『旧ソ連のエリートだったウクライナの没落 ウクライナの現在の通貨フリヴニャは、1996年9月に導入されたものだ。独立直後の通貨はカルボーヴァネツィ(通称クーポン)だったが、フリヴニャ導入の際に1フリヴニャ=10万クーポンで交換された。つまりフリヴニャの導入はデノミそのものであり、その際のレートが当時の経済の混乱を良く示している。 結局、ウクライナの経済は1991年から1999年までマイナス成長が続き、この間に実質GDPは約6割も減少した(図2)。ソ連のエリートだったウクライナの経済は、東欧革命とソ連崩壊という環境の変化を受けて、文字通り「没落」したわけだ。この挫折を乗り越えることができないまま、ウクライナは2000年代を迎えるのである。 (図2 ウクライナの実質GDPの推移 はリンク先参照) 2000年代に入ると、ウクライナの経済はようやく成長軌道に乗った。そのドライバーは個人消費や建設投資だったが、それを金融面から刺激したのは国外から流入した資金だった。個人の借入は自動車ローンや住宅ローンが中心で、固定相場制度の下、金利が低い外貨で行われたが、その供給元は主にヨーロッパ系の銀行だった。 しかしながら、2008年秋に生じた世界金融危機を受けて資金が逆回転したことで、通貨フリヴニャが暴落を余儀なくされた。そのため外貨で借入を行っていた家計は返済の負担に耐えられず、ローンのデフォルトが相次いだ。国際収支危機に陥ったウクライナは翌2009年に国際通貨基金(IMF)に金融支援を要請することになる。 IMFは金融支援の条件として、歳出の切りつめと同時に、年金・医療・教育などの分野で構造改革を求めた。とはいえ、安定した政治なしに実のある構造改革など不可能であるばかりか、かえってウクライナの社会や経済の混乱に拍車をかけた。こうした点に関して、欧米のルールベースの経済援助には問題があったと言わざるを得ない。 結局、個人消費や建設投資に代わる成長のけん引役を見つけることができないまま、ウクライナの経済は再び低迷することになる。しかし、国内の政治の混乱は収束しないばかりか酷さを増す一方であり、経済の立て直しなど進まなかった。そうした中で、2014年2月下旬にロシアによるクリミア侵攻が発生するのである』、「IMFは金融支援の条件として、歳出の切りつめと同時に、年金・医療・教育などの分野で構造改革を求めた」、「安定した政治なしに実のある構造改革など不可能であるばかりか、かえってウクライナの社会や経済の混乱に拍車をかけた」、確かに「ルールベースの経済援助には問題があった」。
・『ウクライナの経済が経験した「失われた30年」 クリミア危機により、ウクライナは工業化が進んでいた東部の2州(ドネツクとルガンスク)を失うとともに、ロシアとの貿易関係が事実上、断絶した(図3)。当然、経済はさらに落ち込むことになり、IMFが金融支援に乗り出すが、その際もIMFはウクライナに対して無謀な構造改革を義務付けた。(図3 輸出入総額に占める対ロシア取引の割合 はリンク先参照) それ以降、通貨安で輸出が堅調に増える局面もあったが、国としての発展戦略を欠いたまま、ウクライナ経済は低成長が続いた。2019年に就任したゼレンスキー大統領も、仮想通貨のマイニングを経済の発展戦略に据え置こうとするなど、腰を据えて経済を立て直そうという気概を持っていない。そうした矢先、今回の事態が生じたわけだ。 今回の情勢の悪化を受け、ウクライナの経済は再びマイナス成長に陥るだろう。その後も厳しい状況が続くが、ロシアとの経済関係が実質的に破綻している中で、ウクライナの経済が立ち直るためには、やはり欧米、特にヨーロッパによる支援は不可欠な要素になると考えられる。問題は、その気がヨーロッパにあるかどうかだ。 EUの隣国に対する経済支援はIMFと同様に、基本的にルールベースで行われる。つまり支援に当たって構造改革の要求を求めるわけだが、長期にわたる混乱で疲弊しきったウクライナに、果たしてルールを守る能力などあるだろうか。ルールが守れないとしてウクライナを突き放し続けるなら、ウクライナの経済の安定など永遠に見込めない』、「長期にわたる混乱で疲弊しきったウクライナに、果たしてルールを守る能力などあるだろうか。ルールが守れないとしてウクライナを突き放し続けるなら、ウクライナの経済の安定など永遠に見込めない」、同感である。
先ずは、本年プレジデント 2022年2月4日号が掲載したビジネス・ブレークスルー大学学長の大前 研一氏による「大前研一「日本のマスコミが報道しないウクライナ危機の裏側」 複眼的な視点で世界を見よ」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/53674
・『ロシア軍がウクライナに侵攻? 2021年12月3日、米紙ワシントン・ポストは、米情報機関が作成した報告書の内容などとして、ロシアが2022年早々にも大規模なウクライナ侵攻を計画していると報道した。報道によれば、最大17万5000人を動員した多正面作戦になる見通しだという。 ウクライナと周辺国の地図ウクライナと周辺国の地図 この報道を受けて、同月7日に米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が、ウクライナ情勢についてビデオ会談で話し合った。バイデンは「ウクライナの国境周辺で、ロシアが軍備を増強させたのは由々しき問題だ。ウクライナに侵攻したら経済制裁などを講じる」とプーチンに伝えたという。しかし私にいわせれば、会談はプーチンの圧勝だった。バイデンの発言はさっぱり意味がわからない。 ウクライナの問題は、プーチンの立場を理解すれば別の見方になる。彼にはソ連邦崩壊後のトラウマがあるのだ。ソ連時代からの経緯を振り返れば、「寂しい」のひと言だろう。 1991年にソビエト連邦が崩壊すると、ウクライナ、ベラルーシなど14の国が独立した。2000年代に入ると、ソ連の一部だったバルト三国のエストニア、ラトビア、リトアニア、ソ連の衛星国だったチェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキアがEUに加盟した。 バルト三国などは厳しい条件をクリアして、通貨もユーロ圏に入った。かつてのCOMECON(経済相互援助会議)経済圏が、あれよあれよという間に失われたのだ。 バルト三国や衛星国がEUに入り、ロシアと自由主義陣営との境界線はモスクワに近づいてきた。冷戦時代の中立国フィンランドがEUに入り、自国であったエストニアもEUとNATOに加わった結果、ロシア第二の都市であるサンクトペテルブルクが“国境の街”になったほどだ。 プーチンは自分が“皇帝”になってからも、社会主義陣営の領域が次々に削られていくのを見てきた。残ったのはベラルーシとウクライナだけだ。 ベラルーシはプーチンが手練手管を用いて抑え込み、旧CIS(独立国家共同体)のなかで最も親ロシアの国だ。「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領は、自分が悪者だと自覚して、プーチンの陰に隠れている。 私がベラルーシを訪れたとき、国民の多くが「EUに入りたい」と希望していた。ルカシェンコの下では将来性がなく、EU経済のなかで活躍したいのだ。「ロシアはあくまでも貿易で儲けさせてくれる国だ」と考えるほど賢い人たちだった。 一方、ウクライナはロシアを刺激しないために中立を保ち、政権はロシア寄りと欧州寄りが交互に移り変わってきた。ロシア寄りのヤヌコーヴィチ元大統領が悪事を重ねて蓄財したのに対して、現在のゼレンスキー大統領はEU・米国にかなり寄っている。プーチンからすれば、ベラルーシはしばらく安泰だが、ウクライナは危ないのだ。 ウクライナ国民の大半は、本音ではEUと関係を深めたいと考えている。14年にクリミア半島がロシアに併合されて以降、「次は自分たちではないか」と危惧しているのだ。 一方で、ロシアに併合されたい人たちもいる。ウクライナ東部のルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国だ。どちらも親ロシアの人が多く、14年にウクライナからの独立を宣言した。ウクライナ政府は独立を認めず、反政府組織として扱っている。 おそらく独立は、ロシアが仕掛けたものではない。ルガンスクとドネツクの人たちは、クリミア併合を見て「俺たちもロシアへ行きたい」と考えたのだ。理由の1つはウクライナ政府への不満と不信感だ。 ウクライナ政権は、クチマ、ユーシェンコ、ヤヌコーヴィチなど悪い政治家が多く、ソ連崩壊直後の頃から評判がよくない。悪い政治家の治世に両地域は愛想を尽かしたのだ』、「米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が、ウクライナ情勢についてビデオ会談で話し合った」、しかし私にいわせれば、会談はプーチンの圧勝」、「ウクライナ政権は、クチマ、ユーシェンコ、ヤヌコーヴィチなど悪い政治家が多く、ソ連崩壊直後の頃から評判がよくない。悪い政治家の治世に両地域は愛想を尽かしたのだ」、なるほど。
・『欧米目線だけで世界を見るのをやめよ クリミア併合も、同じ経緯だった。日本の報道では「ロシアがクリミア半島を収奪した」という印象が強いが、欧米から見た一面にすぎない。 92年からウクライナの一部だったクリミアは、14年3月に議会が独立を宣言してクリミア自治共和国となった。住民投票では9割以上がロシアへの編入に賛成した』、「クリミア」は「ロシア人」の別荘地なので、「住民投票では9割以上がロシアへの編入に賛成」、したのは当然の結果だ。
・『プーチンの大きな悩み この圧倒的な投票結果から、クリミアは「ロシアに入れてください」と申し入れ、ロシア議会が承認した格好だ。つまり、住民の意思を反映する民主的な手続きはしっかり踏んでいる。米国が後押しした「アラブの春」諸国や11年の南スーダン独立より民主的だろう。 クリミアはもともとロシアの別荘地で、人口約250万人のうち、ロシア人が約6割いて、ウクライナ人は3割に満たない。ロシア系にいわせれば、クリミア半島はウクライナ国内で差別されている。ロシアの別荘地として栄えた頃と違い、まるで発展していない。 ロシアに併合されたあとは、ロシアのタマン半島と結ぶクリミア大橋ができて、自動車も鉄道も行き来している。地つづきになって経済発展が期待できるのだ。 ただし、ロシアがクリミアを併合したことで、双方がハッピーになったわけではない。プーチンの大きな悩みが第二幕だ。 ウクライナのダメな政府は、クリミアの人たちに年金を用意していなかった。高齢者が多いクリミアの年金は、ロシアが負担することになる。収奪するどころか、プーチンの本音は、お荷物を背負い込んだ気分だろう。 ロシア国内は、旧ソ連の頃から年金の積み立てが少ない。そもそもプーチン人気は、エリツィン時代に困窮した年金生活者を救ったことで高まった。年金は長年の大問題であり、救済がプーチンの得意技だった。彼はクリミアで同じ悩みを抱えている。 もしロシア併合を望んでいるルガンスクとドネツクまで受け入れたら、ロシアの年金制度は破綻しかねない。バイデンはロシア軍が10万人規模で配備されたと騒いでいるが、プーチンには収奪の意思はない、と私は見る。仮に侵攻するとしたら首都キエフを押さえ、(残っているかどうかは不明だが)年金資金を収奪するしかないだろう。 軍事でいえば、ヨーロッパにはNATO(北大西洋条約機構)がある。冷戦時代にソ連に対抗するため、軍事的協力と集団防衛を約束して設立したものだ。バルト三国をはじめとする旧東側諸国も、2000年以降に続々とNATOに加盟した。 プーチンにとっては、NATO軍がどんどん迫ってくるようなものだ。緩衝地帯になっているウクライナとベラルーシまで加盟したら、目と鼻の先にNATO軍のミサイルが配備されたような思いになるだろう。 原発事故が起きたチェルノブイリは、ウクライナ北部にある。ロシアとの国境が近く、ロシアのブリャンスクは甚大な被害を受けた。ベラルーシとも近く、三国の境界のようなエリアだ。 もしチェルノブイリにNATO軍の短距離ミサイルが配備されたら、モスクワまでは至近距離だ。モスクワが東京なら、大阪に配備されるぐらいの距離感だ。プーチンは、ウクライナが反ロシアの橋頭堡になることだけは絶対に避けたいだろう』、「ウクライナのダメな政府は、クリミアの人たちに年金を用意していなかった。高齢者が多いクリミアの年金は、ロシアが負担することになる。収奪するどころか、プーチンの本音は、お荷物を背負い込んだ気分だろう」、年金の積み立て不足の穴埋めまでさせられるのではかなわない筈だ。「もしチェルノブイリにNATO軍の短距離ミサイルが配備されたら、モスクワまでは至近距離だ。モスクワが東京なら、大阪に配備されるぐらいの距離感だ。プーチンは、ウクライナが反ロシアの橋頭堡になることだけは絶対に避けたいだろう」、無理からぬところだ。
・『プーチンが抱えるジレンマ 実はロシアにとって、ウクライナにはもう1つ特別な意味がある。歴史的には、ウクライナは“ロシアの親”にあたるのだ。 ウクライナの首都キエフには、9世紀から13世紀にかけてキエフ大公国があった。11世紀に欧州で最も発展した国の1つだったが、1240年にモンゴル軍に攻め込まれて崩壊した。 ロシア正教は、キエフ大公国の正教会から派生したといわれる。つまり、宗教上の祖先はキエフなのだ。その点は、ベラルーシと大きく違う。ベラルーシはいま可愛がっているポチで、ウクライナはご先祖さまなのだ。 だからといって、軍隊を使ってルガンスクとドネツクを取りにいけば、年金生活者をさらに引き受けることになる。プーチンが抱えるジレンマだ。プーチンはとにかく現状維持を希望しているのだ。 バイデンは、ウクライナとロシアの関係も、プーチンの葛藤も理解していないだろう。彼らはそもそも歴史に目を向けない。「新疆ウイグル自治区の綿は強制労働の産物だ」と非難するとき、自分たちが19世紀に綿花栽培でアフリカから違法に連れてきた奴隷たちに強制労働させたことを忘れている。 彼らは他国が軍事的な動きを見せると「キャーッ」と騒ぐ癖がある。1962年のキューバ危機では、カストロ政権がソ連軍のミサイル基地を建設すると知って、ケネディ大統領が大騒ぎした。当時を思い出せば、プーチンの危機感も想像がつくだろう。キューバからワシントンDCは約2000キロメートルあるが、ウクライナの国境からモスクワはわずか700キロメートルしかない。 従って、米国が「NATOの東方拡大はありません」、あるいはウクライナがNATOに加わってもミサイル配備はしません、と約束すればプーチン、そしてロシア国民も落ち着くはずだ。 日本の報道は、米国の目線で伝えるから本当の事情がわからなくなる。政治家もマスコミも、もう米国の目線のみで考えるのはやめたほうがいい』、「キューバからワシントンDCは約2000キロメートルあるが、ウクライナの国境からモスクワはわずか700キロメートルしかない」、「プーチンの危機感も」、理解できる。「政治家もマスコミも、もう米国の目線のみで考えるのはやめたほうがいい」、同感である。
次に、1月25日付けNewsweek日本版が掲載した「やっぱり軍事音痴だったバイデンが「プーチンの侵略を招く」とボルトンが警告」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/01/post-97928_1.php
・『<ロシアがウクライナに侵攻しても「小規模な侵攻」なら見逃すと口を滑らし、戦力投入も後手に回るバイデンの姿勢は、侵攻への「ゴーサイン」に等しいと懸念が高まっている> ロシアによるウクライナ侵攻が秒読みともみられるなか、ドナルド・トランプ前米大統領の国家安全保障問題担当補佐官だったジョン・ボルトンが、ジョー・バイデン米大統領の弱腰を批判した。 ボルトンは1月23日付のニューヨーク・ポスト紙に意見記事を寄せ、この中で、バイデンの過去の発言を厳しく批判した。バイデンは19日に、ロシアによるウクライナ侵攻が全面侵略ではなく「小規模な侵攻」ならば、アメリカとして制裁を見送る可能性を示唆するような発言を行った。 また「プーチンが先に行動を起こすのを待ってからNATOと共に対応を決める」というバイデンの戦術は、必ずや失敗に終わると断言。「プーチンはウクライナに対して全面侵略を行わなくとも、大きな利益を手にすることができる」ということを、ホワイトハウスは「まだ理解できていない」と批判し、バイデンの「不適切で一貫性のない方針」はウクライナに対する「ロシアの軍事行動に対する抑止力」にはなっておらず、「臆病なやり方」はプーチンの「要求をエスカレートさせるだけ」だと指摘した』、「アフガニスタン」問題でミソを付けた「バイデン」が、「ウクライナ」問題でも不手際を見せているとは残念だ。
・『「厳しい制裁で圧力をかけるべき」 「プーチン相手に無難で手堅い対応を取るバイデンのようなやり方では、危険にさらされているウクライナなどの国を永続的に守ることはできないだろう」とボルトンは記事の中で述べ、こう続けた。「NATOが何らかの妥協をすれば今すぐ軍事紛争が起きるのを回避することはできるかもしれないが、それによって近いうちに紛争が起きるリスクが増大するという悪循環に陥る危険がある」 米国連大使(2005~2006年)を務めた経験もあるボルトンは、バイデンが軍事紛争を抑止するためには、プーチンに対して厳しい制裁という方法で圧力をかけるべきだと主張する。ロシアがウクライナに侵攻した場合、NATOの他の同盟諸国と共に、海底ガスパイプライン「ノルドストリーム2」計画の停止も辞さないと表明するなどの方法を取るべきだと述べた。 既に完成して稼働に向けた準備を進めているノルドストリーム2は、ロシア産天然ガスをバルト海経由でヨーロッパ本土に運ぶパイプラインで、ヨーロッパのロシア産ガスへの依存度を高めるという批判の声もある。また同パイプラインの完成により、ウクライナを通る既存ルートの利用が減るため、ウクライナにとってはロシアから受け取ってきた経由料を失うことも意味する。) ボルトンは意見記事の中で、「最後の希望は、バイデンが今すぐ方針転換をして先手を取り、ロシア軍がウクライナとの国境から撤退するまで、ノルドストリーム2を稼働させないと表明することだ」と述べ、さらにこう続けた。 「差し迫って必要なのは、さらなる武器とNATOの部隊を動員することだ。戦闘のためではない。ウクライナ軍と共に訓練および演習を行うことで、ロシアにとっての不確実性とリスクを増大させるためだ。これを実行するためには、当然ながらヨーロッパ諸国、とりわけフランスとドイツが強硬な姿勢を示す必要があるが、今はおそらくそれが欠けている。プーチンはそれも織り込み済みで、バイデンのこれまでの声明や先週の一連の交渉では、それを変えることはできていない。今、時間を味方につけているのはプーチンの方だ」 バイデンの「小規模な侵攻」発言に対しては、米共和党の数多くの議員や、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領から反発の声が上がっている。 ゼレンスキーは20日、「小規模な侵攻や小国などというものは存在しないことを、大国に再認識してもらいたい」とツイッターに投稿し、さらにこう続けた。「愛する人を失うのに、小さな犠牲や小さな悲しみなどというものがないのと同じだ」』、タレント出身の「ゼレンスキー大統領」は、この発言はまともだが、ロシア寄りの発言も多い問題人物だ。
・『ホワイトハウス報道官が発言を修正 トランプの大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)だったキャスリーン・マクファーランドはFOXニュースに対して、バイデンの発言はプーチンにとって、ウクライナ侵攻の「ゴーサイン」を意味したと主張した。 「バイデン大統領が先週、プーチンにゴーサインを出すような発言をしたことで、今やプーチンがどんな行動に出る可能性もあると思う。ウクライナ侵攻の可能性もあるし、ハイブリッド戦争を仕掛ける可能性もある。今すぐ、もしくは今後1年の間に、彼は何らかの方法で自分の目的を達するだろう」 ホワイトハウスのジェン・サキ報道官はその後、ロシア軍がウクライナとの国境を越える動きがあれば、それは全て「新たな侵攻」であり、「アメリカと同盟諸国は迅速に厳しく、一致団結して」対応すると説明。バイデンの発言を事実上修正した』、「サキ報道官」が「発言を事実上修正」せざるを得ない「バイデンの発言」はお粗末過ぎる。
第三に、2月2日付けJBPressが掲載した三菱UFJリサーチ&コンサルティングの副主任研究員の土田 陽介氏による「緊迫するウクライナ情勢、日本人が知らない「失敗国家」の数奇 旧ソ連の優等生だったウクライナが直面した「失われた30年」」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68706
・『ウクライナ情勢が緊迫化している。1991年12月、旧ソ連邦の崩壊伴い独立した現在のウクライナは、典型的な「失敗国家」ないしは「破綻国家」としての歴史を歩んでいる。さらにウクライナは、ヨーロッパとロシアの「緩衝国家」であり、双方の思惑の中で翻弄されるという数奇な運命を辿っている。 ウクライナを巡る国際政治に関しては、諸賢による分析が数多い。そうした分析とはあえて距離を置き、独立以来のウクライナの歩みを経済面から振り返り、ウクライナという国が持つ特殊性を確認してみたい。こうした作業も、緊迫化するウクライナ情勢を理解する上での一助になると考えられるためである。 ウクライナの一人当たり名目GDP(国内総生産)は、独立から30年の間、4000米ドル(約50万円)を天井に増減を繰り返している(図1)。その水準は常にロシアの半分以下であり、ヨーロッパ(欧州連合<EU>)の10分の1程度に過ぎない。実質GDPに至っては独立直前の6割程度の規模にとどまっており、非常に厳しい状況だ。 (図1 ウクライナの一人当たりGDPの推移はリンク先参照) それに、ウクライナは世界でも富の偏在が激しい国の一つだろう。ソ連崩壊に伴う混乱に乗じて巨万の富を成した極少数の新興企業家(オリガルヒ)がいる一方で、時代の荒波にさらわれたまま貧しい生活を強いられる人々は数多い。汚職も蔓延し、巨大な規模の地下経済の下で非合法な活動が行われていると言われる。 ソ連時代のウクライナは、先進的な工業国だった』、「ソ連時代のウクライナは、先進的な工業国だった」、「一人当たり名目GDP・・・は、独立から30年の間、4000米ドル(約50万円)を天井に増減を繰り返している(図1)。その水準は常にロシアの半分以下であり、ヨーロッパ(欧州連合<EU>)の10分の1程度に過ぎない」、ずいぶん落ち込んだものだ。
・『旧ソ連崩壊で味わったウクライナの艱難辛苦 ウクライナは旧ソ連で最も西側にあり、ポーランドやスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、モルドバといった国々と国境を接していた。つまりヨーロッパの旧共産圏と旧ソ連との「中間地点」にあったため、ソ連は戦略的な観点からウクライナの工業化を優先したのである。 特に重視されたのは軍需産業であり、航空・宇宙産業だった。ソ連のロケット設計を担ったユージュノエや製造を受け持ったユージュマシュ、航空機製造のアントノフなどがその象徴的な企業である。ソ連と旧共産圏に軍需品や航空機を効率的に供給するための拠点として、ソ連はウクライナの重化学工業化に努めたわけだ。 またウクライナと言えば、1986年に悲惨な事故を起こしたチェルノブイリ原発の存在が思い浮かぶ。そのチェルノブイリ原発からは、旧共産圏のヨーロッパ諸国に電力が輸出された。言い換えれば、当時で世界最大級の原発がチェルノブイリに存在した事実もまた、ソ連時代におけるウクライナの特殊な性格を物語っている。 そのウクライナにとって、1989年の東欧革命と1991年のソ連崩壊は輸出市場の崩壊を意味した。とりわけ痛手だったのが、北大西洋条約機構(NATO)に対抗して設立されたワルシャワ条約機構(WTO)の崩壊だった。旧共産圏で軍事同盟が崩壊したことが、今日まで続くウクライナ経済の混乱の端緒である。 ソ連崩壊を受けて独立したウクライナは、大統領制を導入するとともに、他の諸国と同様に計画経済を放棄して市場経済の導入を試みることになる。ウクライナもまた他の共和国と同様に「体制転換」を果たしたわけだが、ウクライナの場合は憲法の制定が1996年まで遅れるなど、旧共産圏の中でも政治の混乱が顕著だった。 こうした中で、政治と経済の混乱に乗じたオリガルヒが産業を独占。市場経済の導入に向けた改革が遅れることになった。加えて、最大の輸出相手国であるロシアの経済が「転換不況」にあえいでいたことが、ウクライナの経済の発展を外需面から阻んだ。結果、ウクライナはロシア以上に深刻な「転換不況」を経験することになる』、「1989年の東欧革命と1991年のソ連崩壊は輸出市場の崩壊を意味」、「ウクライナはロシア以上に深刻な「転換不況」を経験する」、大変だったようだ。
・『旧ソ連のエリートだったウクライナの没落 ウクライナの現在の通貨フリヴニャは、1996年9月に導入されたものだ。独立直後の通貨はカルボーヴァネツィ(通称クーポン)だったが、フリヴニャ導入の際に1フリヴニャ=10万クーポンで交換された。つまりフリヴニャの導入はデノミそのものであり、その際のレートが当時の経済の混乱を良く示している。 結局、ウクライナの経済は1991年から1999年までマイナス成長が続き、この間に実質GDPは約6割も減少した(図2)。ソ連のエリートだったウクライナの経済は、東欧革命とソ連崩壊という環境の変化を受けて、文字通り「没落」したわけだ。この挫折を乗り越えることができないまま、ウクライナは2000年代を迎えるのである。 (図2 ウクライナの実質GDPの推移 はリンク先参照) 2000年代に入ると、ウクライナの経済はようやく成長軌道に乗った。そのドライバーは個人消費や建設投資だったが、それを金融面から刺激したのは国外から流入した資金だった。個人の借入は自動車ローンや住宅ローンが中心で、固定相場制度の下、金利が低い外貨で行われたが、その供給元は主にヨーロッパ系の銀行だった。 しかしながら、2008年秋に生じた世界金融危機を受けて資金が逆回転したことで、通貨フリヴニャが暴落を余儀なくされた。そのため外貨で借入を行っていた家計は返済の負担に耐えられず、ローンのデフォルトが相次いだ。国際収支危機に陥ったウクライナは翌2009年に国際通貨基金(IMF)に金融支援を要請することになる。 IMFは金融支援の条件として、歳出の切りつめと同時に、年金・医療・教育などの分野で構造改革を求めた。とはいえ、安定した政治なしに実のある構造改革など不可能であるばかりか、かえってウクライナの社会や経済の混乱に拍車をかけた。こうした点に関して、欧米のルールベースの経済援助には問題があったと言わざるを得ない。 結局、個人消費や建設投資に代わる成長のけん引役を見つけることができないまま、ウクライナの経済は再び低迷することになる。しかし、国内の政治の混乱は収束しないばかりか酷さを増す一方であり、経済の立て直しなど進まなかった。そうした中で、2014年2月下旬にロシアによるクリミア侵攻が発生するのである』、「IMFは金融支援の条件として、歳出の切りつめと同時に、年金・医療・教育などの分野で構造改革を求めた」、「安定した政治なしに実のある構造改革など不可能であるばかりか、かえってウクライナの社会や経済の混乱に拍車をかけた」、確かに「ルールベースの経済援助には問題があった」。
・『ウクライナの経済が経験した「失われた30年」 クリミア危機により、ウクライナは工業化が進んでいた東部の2州(ドネツクとルガンスク)を失うとともに、ロシアとの貿易関係が事実上、断絶した(図3)。当然、経済はさらに落ち込むことになり、IMFが金融支援に乗り出すが、その際もIMFはウクライナに対して無謀な構造改革を義務付けた。(図3 輸出入総額に占める対ロシア取引の割合 はリンク先参照) それ以降、通貨安で輸出が堅調に増える局面もあったが、国としての発展戦略を欠いたまま、ウクライナ経済は低成長が続いた。2019年に就任したゼレンスキー大統領も、仮想通貨のマイニングを経済の発展戦略に据え置こうとするなど、腰を据えて経済を立て直そうという気概を持っていない。そうした矢先、今回の事態が生じたわけだ。 今回の情勢の悪化を受け、ウクライナの経済は再びマイナス成長に陥るだろう。その後も厳しい状況が続くが、ロシアとの経済関係が実質的に破綻している中で、ウクライナの経済が立ち直るためには、やはり欧米、特にヨーロッパによる支援は不可欠な要素になると考えられる。問題は、その気がヨーロッパにあるかどうかだ。 EUの隣国に対する経済支援はIMFと同様に、基本的にルールベースで行われる。つまり支援に当たって構造改革の要求を求めるわけだが、長期にわたる混乱で疲弊しきったウクライナに、果たしてルールを守る能力などあるだろうか。ルールが守れないとしてウクライナを突き放し続けるなら、ウクライナの経済の安定など永遠に見込めない』、「長期にわたる混乱で疲弊しきったウクライナに、果たしてルールを守る能力などあるだろうか。ルールが守れないとしてウクライナを突き放し続けるなら、ウクライナの経済の安定など永遠に見込めない」、同感である。
タグ:ウクライナ (その1)(大前研一「日本のマスコミが報道しないウクライナ危機の裏側」 複眼的な視点で世界を見よ、やっぱり軍事音痴だったバイデンが「プーチンの侵略を招く」とボルトンが警告、緊迫するウクライナ情勢 日本人が知らない「失敗国家」の数奇 旧ソ連の優等生だったウクライナが直面した「失われた30年」) プレジデント 大前 研一氏による「大前研一「日本のマスコミが報道しないウクライナ危機の裏側」 複眼的な視点で世界を見よ」 「米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が、ウクライナ情勢についてビデオ会談で話し合った」、しかし私にいわせれば、会談はプーチンの圧勝」、「ウクライナ政権は、クチマ、ユーシェンコ、ヤヌコーヴィチなど悪い政治家が多く、ソ連崩壊直後の頃から評判がよくない。悪い政治家の治世に両地域は愛想を尽かしたのだ」、なるほど。 「クリミア」は「ロシア人」の別荘地なので、「住民投票では9割以上がロシアへの編入に賛成」、したのは当然の結果だ。 「ウクライナのダメな政府は、クリミアの人たちに年金を用意していなかった。高齢者が多いクリミアの年金は、ロシアが負担することになる。収奪するどころか、プーチンの本音は、お荷物を背負い込んだ気分だろう」、年金の積み立て不足の穴埋めまでさせられるのではかなわない筈だ。「もしチェルノブイリにNATO軍の短距離ミサイルが配備されたら、モスクワまでは至近距離だ。モスクワが東京なら、大阪に配備されるぐらいの距離感だ。プーチンは、ウクライナが反ロシアの橋頭堡になることだけは絶対に避けたいだろう」、無理からぬところだ。 「キューバからワシントンDCは約2000キロメートルあるが、ウクライナの国境からモスクワはわずか700キロメートルしかない」、「プーチンの危機感も」、理解できる。「政治家もマスコミも、もう米国の目線のみで考えるのはやめたほうがいい」、同感である。 Newsweek日本版 「やっぱり軍事音痴だったバイデンが「プーチンの侵略を招く」とボルトンが警告」 「アフガニスタン」問題でミソを付けた「バイデン」が、「ウクライナ」問題でも不手際を見せているとは残念だ。 タレント出身の「ゼレンスキー大統領」は、この発言はまともだが、ロシア寄りの発言も多い問題人物だ。 「サキ報道官」が「発言を事実上修正」せざるを得ない「バイデンの発言」はお粗末過ぎる。 JBPRESS 土田 陽介氏による「緊迫するウクライナ情勢、日本人が知らない「失敗国家」の数奇 旧ソ連の優等生だったウクライナが直面した「失われた30年」」 「ソ連時代のウクライナは、先進的な工業国だった」、「一人当たり名目GDP・・・は、独立から30年の間、4000米ドル(約50万円)を天井に増減を繰り返している(図1)。その水準は常にロシアの半分以下であり、ヨーロッパ(欧州連合<EU>)の10分の1程度に過ぎない」、ずいぶん落ち込んだものだ。 「1989年の東欧革命と1991年のソ連崩壊は輸出市場の崩壊を意味」、「ウクライナはロシア以上に深刻な「転換不況」を経験する」、大変だったようだ。 「IMFは金融支援の条件として、歳出の切りつめと同時に、年金・医療・教育などの分野で構造改革を求めた」、「安定した政治なしに実のある構造改革など不可能であるばかりか、かえってウクライナの社会や経済の混乱に拍車をかけた」、確かに「ルールベースの経済援助には問題があった」。 「長期にわたる混乱で疲弊しきったウクライナに、果たしてルールを守る能力などあるだろうか。ルールが守れないとしてウクライナを突き放し続けるなら、ウクライナの経済の安定など永遠に見込めない」、同感である。
異次元緩和政策(その39)(2022年の視点:コロナ後の懸念はデフレよりインフレ 政府・日銀にやっかいな課題=鈴木明彦氏、FRBはゼロ成長下で利上げに着手することになる 経済のオーバーキル懸念が強まり後半は修正か、元日銀審議委員の白井さゆり慶大教授に聞く アメリカの歴史的な金融引き締めで何が起こるか) [経済政策]
異次元緩和政策については、昨年11月24日に取上げた。今日は、(その39)(2022年の視点:コロナ後の懸念はデフレよりインフレ 政府・日銀にやっかいな課題=鈴木明彦氏、FRBはゼロ成長下で利上げに着手することになる 経済のオーバーキル懸念が強まり後半は修正か、元日銀審議委員の白井さゆり慶大教授に聞く アメリカの歴史的な金融引き締めで何が起こるか)である。
先ずは、本年1月3日付けロイターが掲載した三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究主幹の鈴木明彦氏による「2022年の視点:コロナ後の懸念はデフレよりインフレ、政府・日銀にやっかいな課題=鈴木明彦氏」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/column-akihiko-suzuki-idJPKBN2J60CD
・『世界的には新型コロナウイルスのオミクロン株感染が拡大し、新型コロナとの戦いが続いているものの、日本の新規感染者数は落ち着いている。もちろん、再び感染が拡大することは想定すべきだが、遅ればせながらワクチン接種が進んだことで、感染抑制に効果があったことは間違いない。 新型コロナ感染をゼロにするというのは現実的ではないが、3度目のワクチン接種を円滑に進め、水際対策によって海外からの感染拡大を抑え、国内でも「Go Toトラベル」など感染拡大のリスクがある施策の再開には十分注意を払い、感染対策をしっかりと取っていけば、2020年春のような大混乱は回避できるのではないか。 アフターコロナとまではいかないが、ウイズコロナでも経済社会が混乱しないような「新たな日常」の構築ができてきていると期待したい』、コロナの方は第六波到来で「新たな日常」とは程遠いが、金融政策の方はどうなのだろう。
・『<日銀の新型コロナ対応も縮小> 日銀の新型コロナ対応策も、感染拡大による金融市場や経済への影響が落ち着くにつれて、縮小方向にかじが切られている。新型コロナ対応金融支援特別オペの影響で急増していたマネタリーベースは、2021年3月末をピークに前年比増加額が縮小に転じている。 2021年12月の金融政策決定会合では、国内の金融環境は全体として改善しており、特に大企業金融については、CP・社債市場の発行環境は良好になっているとした上で、新型コロナ対応のCP・社債の買い入れ額の増額措置を2022年3月末で終了することが決まった。 一方、中小企業の資金繰りは、改善傾向にあるものの一部に厳しさが残っているとして、新型コロナ対応特別オペについては、カテゴリーⅠのプロパー融資分については、カテゴリーを変えずにプラス0.2%の付利を維持し、マクロ加算残高への2倍加算も維持したまま、2022年9月末まで延長されることになった。 しかし、プラス0.1%の利息が付くカテゴリーⅡのうち、大企業向けや住宅ローンなど民間債務担保分は、延長されずに2022年3月末で終了することになった。 また、新型コロナ対応の中小企業向けの制度融資分(緊急経済対策における無利子・無担保融資や新型コロナ対応として信用保証協会の保証の認定を受けて実行した融資)については、カテゴリーⅢに移行し付利金利がゼロ%となり、マクロ加算残高への2倍加算をやめて同額加算とした上で、2022年9月末まで延長されることになった。 2022年4月以降は、CP・社債の買い入れや新型コロナ対応オペの利用が縮小していく見込みであり、マネタリーベースの増加ペースもさらに低下してくるだろう』、「CP・社債の買い入れや新型コロナ対応オペの利用が縮小」する程度では、正常化には程遠い。
・『<デフレとの戦いが再開するのか> 日銀の新型コロナ対応が縮小してくれば、しばらく休戦状態だったデフレとの戦いが再開するのが自然な流れだ。しかし、デフレ脱却の機運は盛り上がりそうにもない。 想定以上の消費者物価の上昇に直面してテーパリング(資産購入の削減)を加速している米国に限らず、世界的に今やインフレ警戒モードに入っている。日本の物価上昇率は相変わらず低いが、それでもエネルギーはじめ資源価格が高騰するなか、日本だけがインフレと無縁というわけには行かない。 11月の全国消費者物価(除く生鮮食品、コアCPI)は、前年同月比プラス0.5%とエネルギー価格を中心にやや上昇してきた。さらに「Go Toトラベル」が中断していることにより消費者物価が0.3%ポイント強押し上げられる一方で、携帯通信料金の引き下げによって1.5%ポイント弱押し下げられていることを考えると、政策等の要因を除いた消費者物価の実勢は同1.6─1.7%になりそうだ。2%の物価安定目標には届かないものの、日本としてはかなりの上昇率だ。少なくともデフレではない。 さらに2022年2月、3月とエネルギー関連以外でも価格の引き上げが見込まれる。コスト上昇を吸収して販売価格に転嫁しないという日本的企業行動もいよいよ限界にきている可能性がある。4月には携帯電話料金の引き下げ効果が、7─8割程度はく落する。公表ベースでも消費者物価上昇率が2%を超えてきて、世の中ではデフレ脱却ムードが高まるかもしれない』、「4月には携帯電話料金の引き下げ効果が、7─8割程度はく落する。公表ベースでも消費者物価上昇率が2%を超えてきて、世の中ではデフレ脱却ムードが高まるかもしれない」、その場合、長期金利の上昇が懸念材料だ。
・『<デフレより怖いインフレ> もっとも、デフレ脱却を歓迎するムードは広がらないだろう。今や日銀の懸念は、デフレよりもインフレではないか。今年の賃上げ交渉である程度の賃上げは続くであろうが、消費者物価が2%も上がっていたら、実質所得はまず増えそうもない。 2022年はデフレではなく、インフレが経済に及ぼす悪影響に注意しなければならない。物価上昇は一時的かもしれない。しかし、一時的と思ってのん気に構えていた米連邦準備理事会(FRB)は、今や一時的ではなかったと誤りを認めて、テーパリングの前倒し、さらにその後の利上げを模索している。 地球温暖化防止、長引く米中の対立という環境変化を考えると、これまでのように効率性を追求してコストを抑えるというビジネスモデルを続けることは難しくなっており、脱炭素社会の構築や経済安全保障のためのコスト拡大は、避けられなくなっている。 日本の物価が、米国と同じように上がってくるということはないとしても、1985年のプラザ合意以降続いていた円高の流れも終わり、物価を取り巻く環境がデフレをもたらすものから、インフレをもたらすものに、構造的に変わってきている可能性は否定できない。 少なくとも、所得があまり増えていない日本では、米国よりマイルドなインフレでも経済に与えるダメージが大きくなる。デフレ脱却を推進してきた黒田東彦日銀総裁も、円安が物価上昇を通じて家計所得に及ぼすマイナスの影響については、心配するようになっている』、「物価を取り巻く環境がデフレをもたらすものから、インフレをもたらすものに、構造的に変わってきている可能性は否定できない。 少なくとも、所得があまり増えていない日本では、米国よりマイルドなインフレでも経済に与えるダメージが大きくなる。デフレ脱却を推進してきた黒田東彦日銀総裁も、円安が物価上昇を通じて家計所得に及ぼすマイナスの影響については、心配するようになっている」、なるほど。
・『<見直しが必要となる政府・日銀の共同声明> 2022年はデフレでも円高でもないが、相変わらず日本経済は元気がないという年になるかもしれない。あれだけデフレ脱却が重要と言い聞かせられてきたのに、いざ物価が上がりそうになると「これは悪いインフレです」では、はしごを外されたようなものだ。川上の原材料価格が上がった物価上昇が経済にとってマイナス効果があるのは当然だとしても、そうであれば、何が何でも物価を2%上げることが大事という主張に矛盾があった。 2013年1月の政府・日銀の共同声明もいよいよ10年目に入る。この声明で日銀が約束した2%の物価安定目標はいまだに達成できず、デフレ脱却宣言も出せないままだ。もっとも、共同声明自体は、何が何でも2%の物価目標を達成すればいいという考え方に立っていない。 共同声明には、2%の物価安定目標に関して「日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取組の進展に伴い持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていくと認識している」という一文が付されている。 この考え方に立てば、円安や原材料高による物価上昇は、たとえ2%を超える上昇をもたらしたとしても「偽りのデフレ脱却」である。しかし、それでも、2022年は久々の物価上昇に合わせて、デフレ脱却宣言や共同声明の見直しが議論されるようになるのではないか。 *本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。)(鈴木明彦氏の略歴はリンク先参照)』、確かに「デフレ脱却宣言や共同声明」は「見直す」べきだ。
次に、2月3日付け東洋経済オンラインが掲載したみずほ銀行 チーフマーケット・エコノミストの唐鎌 大輔氏による「FRBはゼロ成長下で利上げに着手することになる 経済のオーバーキル懸念が強まり後半は修正か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/508614
・『金融市場のテーマは依然としてアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)の正常化プロセスの現状および展望に集中している。「資産価格の影響はどうあれ、手を緩めることはなさそう」という見方が正しそうだが、本当にこれを貫けるかどうかはいまだ予断を許さない。 1月28日にニューヨーク連邦準備銀行(以下NY連銀)のブログ「Liberty Street Economics」が『The Global Supply Side of Inflationary Pressures』と題した論考を掲載している。ここでは同行エコノミストが開発した定量分析の手法を用いてアメリカ、ユーロ圏そしてOECD加盟国で発生している生産者物価指数(PPI)や消費者物価指数(CPI)の上昇に関し、どの程度が供給制約に起因しているのかが明らかにされている。 分析手法を厳密に解説することは避けるが、結論は「サプライチェーンの崩壊やエネルギー市場動向などにといったグローバルな供給要因が先進国で最近見られる主要物価指数の動向と関わっている」という至極意外性のないものである。 だが、定量分析を通じてインフレ高進が供給制約という国際的な要因に根差していることを理解したうえで、「国内の金融政策ではそうしたインフレ圧力の源泉に対して限定的な効果しかもたらさないだろう(domestic monetary policy actions would have only a limited effect on these sources of inflationary pressures)」と論じていることは興味深い』、「国内の金融政策ではそうしたインフレ圧力の源泉に対して限定的な効果しかもたらさないだろう」、というので拍子抜けだ。
・『金融政策は供給能力に合わせて需要を減らすもの そもそもサプライチェーン崩壊という「供給」不足に起因する物価高に対して、FRBがやろうとしていることは引き締めを通じて「需要」超過を軽減しようとする行為である。減少した供給量に合わせて需要量も減少させようという縮小均衡の発想なので、当然、景気は減速する。しかし、需要は徐々にしか減らないのでインフレ圧力も徐々にしか後退しない。「患部と処方箋が若干ずれている」というのが今のFRBの金融政策姿勢に対して抱かれる違和感の正体である。 現下で著しくなるアメリカの実体経済の減速に関し、最も重要な地区連銀であるNY連銀からこうした分析が見られていることは興味深い。NY連銀は金融政策に関連する諸取引を管理するシステム公開市場勘定(SOMA)の管理者であり、NY連銀総裁はFOMC(連邦公開市場委員会)の常任メンバーかつ副議長である。 今後、アメリカ経済が失速することはある程度見えた未来でもある。上述のNY連銀ブログと同日28日に公表された2021年10~12月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比年率6.9%と非常に高かった。39年ぶりの高成長率だが、これはもはや過去の数字である。 足元の経済・金融情勢の悪化を踏まえ、市場参加者における2022年1~3月期予想は引き下げが進んでおり、アトランタ連銀のリアルタイムGDP予想「GDPNow」は先週28日時点の推計で前期比年率0.1%のほぼゼロ成長と試算している。こうした状況を踏まえて3月にテーパリングが完了し、利上げに着手されるわけで、オーバーキル懸念を企図してイールドカーブのフラットニングが進むのは至極当然といえる。 ちなみに高成長を実現した10~12月期も6.9%のうち4.9%ポイントが在庫投資の寄与であり、モノ不足に対応するための予備的な企業部門の行動を反映していそうである。真っ当に考えれば、2022年1~3月期以降、これが取り崩される公算は大きく、アトランタ連銀推計の示すゼロ成長推計に大きな違和感はない。もっとも、縮小均衡によるインフレ抑制を覚悟しているのならば、こうした景気減速もインフレ抑制のための予定調和の動きではある。 ちなみに、上述したNY連銀ブログの最後には「供給要因はいずれ財の物価よりもサービスの物価に反映されてくる」とあり、そうした影響がラグを伴って顕現化する可能性こそが「われわれの分析における重要な警告(An important caveat of our analysis)」だと記されている。サービス物価とは要するに賃金であり、パウエルFRB議長も会見で繰り返し賃金上昇の危うさを指摘したことが思い返される。 しかし、雇用・賃金情勢は景気の代表的な遅行系列であり、金融政策の効果が半年~1年程度のラグを伴って表れるという標準的な考え方を取るならば、その過熱を見計らって引き締めるとやはりオーバーキルに至りやすいと考えられる』、現在、主要中央銀行は、こうしたラグなどを織り込んで、フォワードルッキングな金融政策運営を謳っているが、まだ願望の段階に止まっており、その成功例はまだ出ていない。
・『秋には政策が逆方向へ旋回するのではないか そのような懸念もあり、筆者は4回以上の利上げを現時点で当然視する姿勢には賛同できない。最大でも3月・6月・9月の利上げを経て、株価を筆頭とする経済・金融情勢をなだめすかす方向に旋回する公算は大きいと考えている。中間選挙直前ともなれば、インフレ情勢もさることながら、実体経済に寄り添う姿勢が世論の好意的な評価を受けやすくなっている可能性もあるだろう。 なお、現状のタカ派姿勢が長く続かないことについて、市場も理解している節がある。前回の本欄への寄稿『FRBの金融正常化で市場に漂うオーバーキル懸念』でも議論したように、正常化プロセスにとって「最後のテーマ」である中立金利(利上げの終点)の水準イメージをOIS(Overnight Index Swap、固定金利と変動金利翌日物レートを交換するスワップ取引)で見れば1.75%、30年金利で見れば2.20%などが示されており、いずれもドットチャート(FOMCメンバーの予想)の示す2.50%よりも低い。 年内の利上げ回数を増やしたところで最終的に行き着く利上げの終点は変わらないというのが市場の見立てである。「最終的に行き着く水準は同じ」と考えられている事実は、短期的に数多くの利上げを押し込む政策運営は持続性がないと思われている証左でもある。 景気の腰折れ(オーバーキル)を回避するという観点からすれば、供給能力の復調を待ちつつ、今後3年間で年2~3回の利上げを実施するといった姿勢が、物価と成長率の安定を両立させるうえでは無難な選択肢となってくるように思える』、「景気の腰折れ・・・を回避するという観点からすれば、供給能力の復調を待ちつつ、今後3年間で年2~3回の利上げを実施するといった姿勢が、物価と成長率の安定を両立させるうえでは無難な選択肢となってくる」、あくまで「アメリカ」での話であることを念のため付け加えておきたい。
第三に、2月3日付け東洋経済Plus「元日銀審議委員の白井さゆり慶大教授に聞く アメリカの歴史的な金融引き締めで何が起こるか」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29664/?utm_campaign=EDtkprem_2201&utm_source=edTKO&utm_medium=article&utm_content=508697&login=Y&_ga=2.71531539.1051327066.1643071219-441898887.1641535678#tkol-cont
・『FRBの金融引き締めへの大転換はどう進められるのか。元日本銀行審議委員で国際経済に詳しい白井さゆり慶応義塾大学教授に聞いた。 アメリカのインフレと金融政策の行方に世界の関心が集まっている。約40年ぶりの伸びとなったインフレに直面し、米連邦準備制度理事会(FRB)はコロナ危機初期に復活したゼロ金利と大規模量的緩和(QE)を今年3月に終える構えだ。その後の量的引き締め(QT)開始も視野に入れている。 FRBの金融引き締めへの大転換はどう進められるのか。世界の市場や日欧の金融政策にどのような影響を与えるのか。元日本銀行審議委員で国際経済に詳しい白井さゆり慶応義塾大学教授に聞いた(Qは聞き手の質問、Aは白井氏の回答)』、興味深そうだ。
・『賃金と物価のスパイラルが発生 Q:FRBがタカ派的(金融引き締めに前向き)な姿勢を強めています。 A:FRBのインフレに対する見方がガラッと変わったのは2021年11月下旬だった。テーパリング(量的緩和の規模縮小)を開始した11月初めのFOMC(連邦公開市場委員会)開催の時点では、パウエルFRB議長はインフレを「一時的」だと言っていた。 ところが、11月下旬にパウエル氏が再任され、バイデン大統領と会見を行ったときから、インフレが重大な懸念だと強調するようになった。おそらく大統領からパウエル氏に対し、インフレに対する懸念が伝えられたのではないか。インフレは大統領支持率低下の主因になっているからだ。それもあって12月のFOMCでテーパリングを加速して2022年3月に終えることを決めた。 Q:アメリカのインフレは実際にも歴史的高水準となっています。 A:インフレ圧力はほかの先進国と比べてはるかに強い。直近の消費者物価指数は前年同月比7%、(食品とエネルギーを除く)コアで5.5%上がっているが、インフレ基調を示すあらゆる指標が上昇している。 インフレ期待も5年、10年といった長期ですべて上がっている。市場の期待インフレ率を示す10年のブレークイーブンインフレ率(BEI)も最近は2.5%程度と、2%程度だったここ5年間より一段上の水準にある。 もう1つ注目されているのが労働需給の逼迫による賃金上昇だ。 Q:平均時給は前年同月比で5%近く上昇しています。 A:高インフレで実質賃金が低下しているため国民の不満は大きいが、人手不足で賃金が上がり、そのコストを販売価格に転嫁するという「賃金と物価のスパイラル」が起きつつある。先進国ではアメリカだけだ。労働市場のタイト感が非常に強い。金融政策の正常化を急ぐ必要があるのは事実で、インフレ重視の方向に転換せざるをえない。 Q:1月26日のFOMCでは3月半ばの次回FOMCでの利上げ開始決定が強く示唆されました。 A:ただ、パウエル氏は利上げの回数やペースに関する具体的言及は避け、“humble and nimble”(慎重かつ機敏)に対応していくと言った。これはインフレの両方向の動きに対応するということだ。 Q:といいますと。 A:アメリカのインフレの背景には、世界的なコロナ禍によるサプライチェーン毀損の影響に加え、コロナ禍でのパソコンやゲーム、家具といったモノ(財)への需要増大、エネルギー価格の高騰といった要因がある。そのため、インフレはいずれ必ず下がっていくが、いつどの程度までかというと不確実性が高い。 FRBとしては、インフレが年末にかけ目標の2%近くまで下がっていけばそれほど利上げしない。それが“humble”。一方、インフレが2%を大きく超えて高止まりすれば利上げを加速する。それが“nimble”という意味だ。 「毎回のFOMCでの連続利上げ(年7回)はあるか」という記者の質問に対し、パウエル氏が明確に否定しなかったので非常にタカ派と受け止められたが、議長の発言自体は両方の可能性を考えたものだった』、「パウエル氏が再任され、バイデン大統領と会見を行ったときから、インフレが重大な懸念だと強調するようになった。おそらく大統領からパウエル氏に対し、インフレに対する懸念が伝えられたのではないか」、「パウエル氏」がインフレに対抗する姿勢が弱いのには、失望させられた。
・『QTは早ければ5~6月開始も Q:利上げは今年何回程度が予想されますか。 A:市場は年内5回(計1.25%)の利上げを織り込みつつあるが、私は4回実施され、あとはインフレ動向次第でもう1回程度増やすと見ている。今年前半に一度に0.5%の利上げを行う可能性もある。コンテナ船の滞留などの供給制約が今なお続いている状況を見ると、インフレ率が年内に2%台まで下がるのは難しいかもしれない。 Q:FRBは利上げ開始後に、バランスシート(総資産)を縮小するQTにも着手する構えです。(白井さゆり氏の略歴はリンク先参照) A:QTの開始時期やペースについてパウエル氏は今後2回程度のFOMCで議論すると言っており、早ければ5月か6月にもありうる。 利上げは短期金利を引き上げるものだが、QTはFRBの保有資産の減額を通じて長期金利の引き上げにつながる。現在は過去の利上げ局面に比べてイールドカーブがフラット(平坦)化しており、さらにフラット化すれば金融機関にとっては苦しい状況になる。大幅なフラット化を防ぐためには、FRBは利上げ後にQTを急ぐ必要がある。 一方、QTには利上げの引き締め効果を一段と強める働きがある。「シャドーレート(影のFFレート)」と言われるように、FFレートがゼロでも、量的緩和によって実質的なFFレートはマイナスの領域(今回はマイナス2%程度)まで低下した。QTはそれと逆で、シャドーレートが上がっていく。それだけ景気を下押しする影響は大きくなる。 Q:前回の引き締め局面では利上げを2015年12月に開始し、QTは2017年10月に開始と長い時間をかけましたが、今回は急です。 A:前回の利上げ開始時のインフレ率は2%未満で、失業率は5%程度だった。インフレ圧力が弱かったので、引き締めを急ぐ必要がなかった。 しかし、パウエル氏も話していたように、今回は状況がまったく違う。引き締めを急ぐ必要があるので、市場に及ぼす影響は大きい。パウエル氏は今のFRBの資産規模(約9兆ドル)は非常に大きいので、相当減らす必要があると言った。ただ、あくまでFFレートが主要な政策調整手段だと言い、QTの具体的な規模や引き締め効果についてはいっさい語らなかった。話を複雑にして市場が混乱するのを避けようとしたのだろう。 Q:QTの基本方針では、FRBは保有債券の売却ではなく、主に元本償還分の再投資額を減らすこと(ロールオフ)を通じて行うとしています。 A:前回のQTのときと違い、FRBの保有債券には満期の比較的短いものが多いので、資産を減らそうと思えばかなり早く減らせる。また、前回はすべてロールオフによる減額だったが、今回は「主に」ロールオフと言っている。資産規模が巨大なので、場合によっては売却を通じた減額もありうる。 いずれにせよ、前回は毎月500億ドル程度の減額ペースだったが、今回はそれより減額幅を大きく増やすことになるだろう。増やすにしても、最初は市場への影響を考えて少なめにし、徐々に増やしていくのか。それによって長期金利など市場への影響も変わるため、大きな注目点となる』、「主に元本償還分の再投資額を減らすこと(ロールオフ)を通じて行うとしています・・・前回のQTのときと違い、FRBの保有債券には満期の比較的短いものが多いので、資産を減らそうと思えばかなり早く減らせる」、「前回は毎月500億ドル程度の減額ペースだったが、今回はそれより減額幅を大きく増やすことになるだろう」、なるほど。
・『流動性の逆転で資産バブル修正へ Q:FRBはインフレに対して「ビハインド・ザ・カーブ(後手に回っている)」という批判もあります。 A:今のインフレは国内の要因よりも、サプライチェーン混乱などの国際的な要因のほうが大きいので、FRBが「一時的」と言っていたのは理解できる。アメリカ国内の需給ギャップも依然マイナスだ。ただ、思った以上に状況が改善しないので、FRBは慌てて考え方を変えた。 このことは、今のインフレがいかにわかりにくく予測しにくいものであるかを示しており、あまりFRBを責められないのではないか。 Q:この先、FRBは景気後退や市場の大混乱を避けながら金融政策の正常化を進めていくことができるでしょうか。 A:各国が未曾有のコロナ危機に直面し、金融財政政策を思い切ってやったことは正しかったと思う。ただ、その規模は莫大だった。特にアメリカの場合、中央銀行のバランスシート拡大(4.2兆ドルから2倍強の約9兆ドルへ)のほとんどが資産買い入れによるものだった。 その結果、大量の流動性が供給され、あらゆるリスク資産が値上がりした。ただでさえ高い不動産価格がさらに上昇し、ハイイールド債や暗号資産(仮想通貨)も上がった。本来なら逆に動くものも連動して一緒に動いた。 今後、そうした大量の流動性がQTで減っていけば、影響は避けられない。どれだけ円滑にやっていくかが課題だが、かなりの難路となろう』、「中央銀行のバランスシート拡大・・・のほとんどが資産買い入れによるものだった。 その結果、大量の流動性が供給され、あらゆるリスク資産が値上がりした。ただでさえ高い不動産価格がさらに上昇し、ハイイールド債や暗号資産(仮想通貨)も上がった。本来なら逆に動くものも連動して一緒に動いた。 今後、そうした大量の流動性がQTで減っていけば、影響は避けられない。どれだけ円滑にやっていくかが課題だが、かなりの難路となろう」、今後「リスク資産」の「値下がり」はどこまでいくのか、確かに注目点だ。
・『長期金利高騰なら景気や市場への打撃大 Q:リスクシナリオをどう考えますか。 A:最大のリスクはインフレが高止まりし、11月の中間選挙に向けてアメリカ国民の不満が高まって、FRBが想定以上の急激な引き締めに追い込まれることだ。金融市場の安定よりもインフレの抑制のほうが重要との見方が高まりつつあるため、株式などの市場はショックを受けやすくなっている。そのショックが世界全体に波及するというのが最悪シナリオだ。 長期金利が高騰すれば、アメリカ景気を牽引してきた好調な住宅市場が崩れ、資産価値下落で個人消費にも打撃が大きい。足元のアメリカの長期金利(10年物国債利回り)は1.8%前後で、インフレ収束期待や景気の不確実性からさほど上がっていないが、もし2018年のように3%を超えてくれば影響は大きくなるだろう。 Q:これまでのアメリカの資産インフレは「バブル」と言えますか。 A:バブルは発生している。普通の人の手が届かない不動産価格になっているのは事実だし、株価もコロナ禍前から歴史的に高すぎる水準にあった。とくに一部のテック系成長株は非常に高くなっていたので、反動があっても仕方がない。今後は業績などで銘柄をしっかり選別する必要がある。 Q:ビットコインなどの仮想通貨はどう見ていますか。 A:仮想通貨を通じたイノベーションに関心が高まっているのは事実であり、世界的に一定の需要はあり続けるだろう。ただ、価格の変動が非常に激しく、株価との相関が非常に強まっている。株と同様に下落しやすくなったという意味で気をつけたほうがいい。 Q:アメリカの利上げに伴い、ドル建ての対外債務を抱える発展途上国や新興国などへの影響も懸念されます。 A:世界的に国家の借金が増え、企業もコロナ下で運転資金のための借り入れを増やしており、債務は全体的に増大している。アメリカの金利上昇につれ、世界の資本はアメリカに回帰するため、途上国や新興国では外国資本が入りにくくなって金利が上昇している。経常赤字の国ほど影響を受けやすい。一部の低所得国では債務の返済が難しくなるだろう。 問題はアメリカの金利がどこまで上がるかだが、過去ほどには上がらないはずだ。リーマンショック前のFF金利は5%以上だったが、FRBがいま予想している長期的なFF金利は2.5%だ。経済が成熟化し、高齢化するにつれ、(景気に中立的な)自然利子率が低下傾向にあるためで、それほど利上げをしなくても済む状況にある。 そのため、過去にはアメリカが利上げしたことでアジア通貨危機や中南米の債務危機などが起こったが、今回はそこまでの金利の上昇はないだろう。その意味では比較的安心できる。 Q:今回のアメリカの金融政策の歴史的意味をどう考えますか。 A:コロナ禍での財政出動は近代史ではかつてない規模だが、金融緩和もはるかに大規模で迅速なものだった。しかし、今年はそれほど財政出動ができないし、記録的なインフレで金融緩和も予想以上の速さで修正する必要が高まっている。本当に歴史に残る状況だ。 ただ、アメリカは日欧に先んじて金融政策の正常化に舵を切ることができたことも事実だ。市場がFRBのタカ派的スタンスを織り込んだことで、今後の政策運営がやりやすくなった面もある。市場の想定以上に政策がうまくいき、あまり利上げをしないですめば、グッドサプライズとなるだろう』、「FRBがいま予想している長期的なFF金利は2.5%だ。経済が成熟化し、高齢化するにつれ、・・・自然利子率が低下傾向にあるためで、それほど利上げをしなくても済む状況にある。 そのため、過去にはアメリカが利上げしたことでアジア通貨危機や中南米の債務危機などが起こったが、今回はそこまでの金利の上昇はないだろう。その意味では比較的安心できる」、韓国も安心できるようだ。
・『イギリスは追加利上げと早期QTへ Q:欧州や日本の金融政策に与える影響はどう見ていますか。 A:ECB(欧州中央銀行)は2月3日に理事会を開く。利上げ(マイナス金利政策の修正)は見込まれないが、最近はトーンを変えてきており、昨年12月の理事会ではPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)を今年3月で終了することを決定した。ユーロ圏における足元の高いインフレ率についても「一時的」という言葉を使わなくなっている。 ただ、ECBは2022年末にはインフレ率が目標の2%を下回るとの見方を維持している。2021年12月のインフレ率は5%に達したが、コアでは2.6%とアメリカより大幅に低いうえ、ドイツが2020年に引き下げた付加価値税率を翌年に元へ戻した一時的影響が大きいためだ。景気の基調も強くない。 そのため、ECBはおそらく2022年に利上げはしないが、インフレ次第では年末ぐらいに対応を急ぐ可能性はある。3日の理事会でインフレにどう言及するかが注目される。 2月3日にはイングランド銀行も金融政策委員会を開く。2021年12月に(日米欧の主要中銀で初めて)利上げを行ったが、インフレを警戒して追加利上げが予想される。政策金利が0.5%になれば、ロールオフをすると言っており、アメリカより早く3月にもQTを開始する可能性が高い。 Q:日本でもエネルギー価格の上昇など物価上昇圧力は高まっていますが、日銀に何らかの動きがありうるでしょうか。 A:年内利上げという噂が1月にあったが、それはありえない。確かに、携帯通信料の値下げの影響がなくなる春以降はインフレ率が一時的に2%を超える可能性はある。ただ、コモディティー価格の上昇要因を含めて年後半には再び低下していくと予想される。 一方、今年は貸出支援基金やコロナオペが前半に終わり、社債やCP(コマーシャルペーパー)の保有も減らすので、日銀のバランスシートは確実に縮小していく。それは、「インフレ率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大を続ける」という2016年からのフォワードガイダンス(FG)を非常にわかりにくいものにする。IMF(国際通貨基金)はそのFGを撤廃すべきだと勧告している』、「FG」が今や政策の邪魔になりつつあるのであれば、「IMF」の「勧告」通り、「撤廃」すべきだ。
・『引き締めではなく市場機能を強化すべき また、アメリカの金利上昇につれて、日本の長期金利も上がりやすくなっている。であれば、YCC(イールドカーブコントロール)でプラスマイナス0.25%に設定している10年国債金利の変動幅を0.3%程度に上げるのに最もいい時期だと思う。 それは利上げではなく、変動幅を拡大して市場の機能を高めることになる。長期金利の操作対象年限を10年から5年に短縮するという案は明らかな引き締めであり、黒田(東彦)総裁が採用することはないと思うが、採りうるのはYCCの柔軟性を高めることだろう』、「YCCで「プラスマイナス0.25%に設定している10年国債金利の変動幅を0.3%程度に上げるのに最もいい時期だと思う」、「市場機能を強化すべき」、同感である。
先ずは、本年1月3日付けロイターが掲載した三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究主幹の鈴木明彦氏による「2022年の視点:コロナ後の懸念はデフレよりインフレ、政府・日銀にやっかいな課題=鈴木明彦氏」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/column-akihiko-suzuki-idJPKBN2J60CD
・『世界的には新型コロナウイルスのオミクロン株感染が拡大し、新型コロナとの戦いが続いているものの、日本の新規感染者数は落ち着いている。もちろん、再び感染が拡大することは想定すべきだが、遅ればせながらワクチン接種が進んだことで、感染抑制に効果があったことは間違いない。 新型コロナ感染をゼロにするというのは現実的ではないが、3度目のワクチン接種を円滑に進め、水際対策によって海外からの感染拡大を抑え、国内でも「Go Toトラベル」など感染拡大のリスクがある施策の再開には十分注意を払い、感染対策をしっかりと取っていけば、2020年春のような大混乱は回避できるのではないか。 アフターコロナとまではいかないが、ウイズコロナでも経済社会が混乱しないような「新たな日常」の構築ができてきていると期待したい』、コロナの方は第六波到来で「新たな日常」とは程遠いが、金融政策の方はどうなのだろう。
・『<日銀の新型コロナ対応も縮小> 日銀の新型コロナ対応策も、感染拡大による金融市場や経済への影響が落ち着くにつれて、縮小方向にかじが切られている。新型コロナ対応金融支援特別オペの影響で急増していたマネタリーベースは、2021年3月末をピークに前年比増加額が縮小に転じている。 2021年12月の金融政策決定会合では、国内の金融環境は全体として改善しており、特に大企業金融については、CP・社債市場の発行環境は良好になっているとした上で、新型コロナ対応のCP・社債の買い入れ額の増額措置を2022年3月末で終了することが決まった。 一方、中小企業の資金繰りは、改善傾向にあるものの一部に厳しさが残っているとして、新型コロナ対応特別オペについては、カテゴリーⅠのプロパー融資分については、カテゴリーを変えずにプラス0.2%の付利を維持し、マクロ加算残高への2倍加算も維持したまま、2022年9月末まで延長されることになった。 しかし、プラス0.1%の利息が付くカテゴリーⅡのうち、大企業向けや住宅ローンなど民間債務担保分は、延長されずに2022年3月末で終了することになった。 また、新型コロナ対応の中小企業向けの制度融資分(緊急経済対策における無利子・無担保融資や新型コロナ対応として信用保証協会の保証の認定を受けて実行した融資)については、カテゴリーⅢに移行し付利金利がゼロ%となり、マクロ加算残高への2倍加算をやめて同額加算とした上で、2022年9月末まで延長されることになった。 2022年4月以降は、CP・社債の買い入れや新型コロナ対応オペの利用が縮小していく見込みであり、マネタリーベースの増加ペースもさらに低下してくるだろう』、「CP・社債の買い入れや新型コロナ対応オペの利用が縮小」する程度では、正常化には程遠い。
・『<デフレとの戦いが再開するのか> 日銀の新型コロナ対応が縮小してくれば、しばらく休戦状態だったデフレとの戦いが再開するのが自然な流れだ。しかし、デフレ脱却の機運は盛り上がりそうにもない。 想定以上の消費者物価の上昇に直面してテーパリング(資産購入の削減)を加速している米国に限らず、世界的に今やインフレ警戒モードに入っている。日本の物価上昇率は相変わらず低いが、それでもエネルギーはじめ資源価格が高騰するなか、日本だけがインフレと無縁というわけには行かない。 11月の全国消費者物価(除く生鮮食品、コアCPI)は、前年同月比プラス0.5%とエネルギー価格を中心にやや上昇してきた。さらに「Go Toトラベル」が中断していることにより消費者物価が0.3%ポイント強押し上げられる一方で、携帯通信料金の引き下げによって1.5%ポイント弱押し下げられていることを考えると、政策等の要因を除いた消費者物価の実勢は同1.6─1.7%になりそうだ。2%の物価安定目標には届かないものの、日本としてはかなりの上昇率だ。少なくともデフレではない。 さらに2022年2月、3月とエネルギー関連以外でも価格の引き上げが見込まれる。コスト上昇を吸収して販売価格に転嫁しないという日本的企業行動もいよいよ限界にきている可能性がある。4月には携帯電話料金の引き下げ効果が、7─8割程度はく落する。公表ベースでも消費者物価上昇率が2%を超えてきて、世の中ではデフレ脱却ムードが高まるかもしれない』、「4月には携帯電話料金の引き下げ効果が、7─8割程度はく落する。公表ベースでも消費者物価上昇率が2%を超えてきて、世の中ではデフレ脱却ムードが高まるかもしれない」、その場合、長期金利の上昇が懸念材料だ。
・『<デフレより怖いインフレ> もっとも、デフレ脱却を歓迎するムードは広がらないだろう。今や日銀の懸念は、デフレよりもインフレではないか。今年の賃上げ交渉である程度の賃上げは続くであろうが、消費者物価が2%も上がっていたら、実質所得はまず増えそうもない。 2022年はデフレではなく、インフレが経済に及ぼす悪影響に注意しなければならない。物価上昇は一時的かもしれない。しかし、一時的と思ってのん気に構えていた米連邦準備理事会(FRB)は、今や一時的ではなかったと誤りを認めて、テーパリングの前倒し、さらにその後の利上げを模索している。 地球温暖化防止、長引く米中の対立という環境変化を考えると、これまでのように効率性を追求してコストを抑えるというビジネスモデルを続けることは難しくなっており、脱炭素社会の構築や経済安全保障のためのコスト拡大は、避けられなくなっている。 日本の物価が、米国と同じように上がってくるということはないとしても、1985年のプラザ合意以降続いていた円高の流れも終わり、物価を取り巻く環境がデフレをもたらすものから、インフレをもたらすものに、構造的に変わってきている可能性は否定できない。 少なくとも、所得があまり増えていない日本では、米国よりマイルドなインフレでも経済に与えるダメージが大きくなる。デフレ脱却を推進してきた黒田東彦日銀総裁も、円安が物価上昇を通じて家計所得に及ぼすマイナスの影響については、心配するようになっている』、「物価を取り巻く環境がデフレをもたらすものから、インフレをもたらすものに、構造的に変わってきている可能性は否定できない。 少なくとも、所得があまり増えていない日本では、米国よりマイルドなインフレでも経済に与えるダメージが大きくなる。デフレ脱却を推進してきた黒田東彦日銀総裁も、円安が物価上昇を通じて家計所得に及ぼすマイナスの影響については、心配するようになっている」、なるほど。
・『<見直しが必要となる政府・日銀の共同声明> 2022年はデフレでも円高でもないが、相変わらず日本経済は元気がないという年になるかもしれない。あれだけデフレ脱却が重要と言い聞かせられてきたのに、いざ物価が上がりそうになると「これは悪いインフレです」では、はしごを外されたようなものだ。川上の原材料価格が上がった物価上昇が経済にとってマイナス効果があるのは当然だとしても、そうであれば、何が何でも物価を2%上げることが大事という主張に矛盾があった。 2013年1月の政府・日銀の共同声明もいよいよ10年目に入る。この声明で日銀が約束した2%の物価安定目標はいまだに達成できず、デフレ脱却宣言も出せないままだ。もっとも、共同声明自体は、何が何でも2%の物価目標を達成すればいいという考え方に立っていない。 共同声明には、2%の物価安定目標に関して「日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取組の進展に伴い持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていくと認識している」という一文が付されている。 この考え方に立てば、円安や原材料高による物価上昇は、たとえ2%を超える上昇をもたらしたとしても「偽りのデフレ脱却」である。しかし、それでも、2022年は久々の物価上昇に合わせて、デフレ脱却宣言や共同声明の見直しが議論されるようになるのではないか。 *本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。)(鈴木明彦氏の略歴はリンク先参照)』、確かに「デフレ脱却宣言や共同声明」は「見直す」べきだ。
次に、2月3日付け東洋経済オンラインが掲載したみずほ銀行 チーフマーケット・エコノミストの唐鎌 大輔氏による「FRBはゼロ成長下で利上げに着手することになる 経済のオーバーキル懸念が強まり後半は修正か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/508614
・『金融市場のテーマは依然としてアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)の正常化プロセスの現状および展望に集中している。「資産価格の影響はどうあれ、手を緩めることはなさそう」という見方が正しそうだが、本当にこれを貫けるかどうかはいまだ予断を許さない。 1月28日にニューヨーク連邦準備銀行(以下NY連銀)のブログ「Liberty Street Economics」が『The Global Supply Side of Inflationary Pressures』と題した論考を掲載している。ここでは同行エコノミストが開発した定量分析の手法を用いてアメリカ、ユーロ圏そしてOECD加盟国で発生している生産者物価指数(PPI)や消費者物価指数(CPI)の上昇に関し、どの程度が供給制約に起因しているのかが明らかにされている。 分析手法を厳密に解説することは避けるが、結論は「サプライチェーンの崩壊やエネルギー市場動向などにといったグローバルな供給要因が先進国で最近見られる主要物価指数の動向と関わっている」という至極意外性のないものである。 だが、定量分析を通じてインフレ高進が供給制約という国際的な要因に根差していることを理解したうえで、「国内の金融政策ではそうしたインフレ圧力の源泉に対して限定的な効果しかもたらさないだろう(domestic monetary policy actions would have only a limited effect on these sources of inflationary pressures)」と論じていることは興味深い』、「国内の金融政策ではそうしたインフレ圧力の源泉に対して限定的な効果しかもたらさないだろう」、というので拍子抜けだ。
・『金融政策は供給能力に合わせて需要を減らすもの そもそもサプライチェーン崩壊という「供給」不足に起因する物価高に対して、FRBがやろうとしていることは引き締めを通じて「需要」超過を軽減しようとする行為である。減少した供給量に合わせて需要量も減少させようという縮小均衡の発想なので、当然、景気は減速する。しかし、需要は徐々にしか減らないのでインフレ圧力も徐々にしか後退しない。「患部と処方箋が若干ずれている」というのが今のFRBの金融政策姿勢に対して抱かれる違和感の正体である。 現下で著しくなるアメリカの実体経済の減速に関し、最も重要な地区連銀であるNY連銀からこうした分析が見られていることは興味深い。NY連銀は金融政策に関連する諸取引を管理するシステム公開市場勘定(SOMA)の管理者であり、NY連銀総裁はFOMC(連邦公開市場委員会)の常任メンバーかつ副議長である。 今後、アメリカ経済が失速することはある程度見えた未来でもある。上述のNY連銀ブログと同日28日に公表された2021年10~12月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比年率6.9%と非常に高かった。39年ぶりの高成長率だが、これはもはや過去の数字である。 足元の経済・金融情勢の悪化を踏まえ、市場参加者における2022年1~3月期予想は引き下げが進んでおり、アトランタ連銀のリアルタイムGDP予想「GDPNow」は先週28日時点の推計で前期比年率0.1%のほぼゼロ成長と試算している。こうした状況を踏まえて3月にテーパリングが完了し、利上げに着手されるわけで、オーバーキル懸念を企図してイールドカーブのフラットニングが進むのは至極当然といえる。 ちなみに高成長を実現した10~12月期も6.9%のうち4.9%ポイントが在庫投資の寄与であり、モノ不足に対応するための予備的な企業部門の行動を反映していそうである。真っ当に考えれば、2022年1~3月期以降、これが取り崩される公算は大きく、アトランタ連銀推計の示すゼロ成長推計に大きな違和感はない。もっとも、縮小均衡によるインフレ抑制を覚悟しているのならば、こうした景気減速もインフレ抑制のための予定調和の動きではある。 ちなみに、上述したNY連銀ブログの最後には「供給要因はいずれ財の物価よりもサービスの物価に反映されてくる」とあり、そうした影響がラグを伴って顕現化する可能性こそが「われわれの分析における重要な警告(An important caveat of our analysis)」だと記されている。サービス物価とは要するに賃金であり、パウエルFRB議長も会見で繰り返し賃金上昇の危うさを指摘したことが思い返される。 しかし、雇用・賃金情勢は景気の代表的な遅行系列であり、金融政策の効果が半年~1年程度のラグを伴って表れるという標準的な考え方を取るならば、その過熱を見計らって引き締めるとやはりオーバーキルに至りやすいと考えられる』、現在、主要中央銀行は、こうしたラグなどを織り込んで、フォワードルッキングな金融政策運営を謳っているが、まだ願望の段階に止まっており、その成功例はまだ出ていない。
・『秋には政策が逆方向へ旋回するのではないか そのような懸念もあり、筆者は4回以上の利上げを現時点で当然視する姿勢には賛同できない。最大でも3月・6月・9月の利上げを経て、株価を筆頭とする経済・金融情勢をなだめすかす方向に旋回する公算は大きいと考えている。中間選挙直前ともなれば、インフレ情勢もさることながら、実体経済に寄り添う姿勢が世論の好意的な評価を受けやすくなっている可能性もあるだろう。 なお、現状のタカ派姿勢が長く続かないことについて、市場も理解している節がある。前回の本欄への寄稿『FRBの金融正常化で市場に漂うオーバーキル懸念』でも議論したように、正常化プロセスにとって「最後のテーマ」である中立金利(利上げの終点)の水準イメージをOIS(Overnight Index Swap、固定金利と変動金利翌日物レートを交換するスワップ取引)で見れば1.75%、30年金利で見れば2.20%などが示されており、いずれもドットチャート(FOMCメンバーの予想)の示す2.50%よりも低い。 年内の利上げ回数を増やしたところで最終的に行き着く利上げの終点は変わらないというのが市場の見立てである。「最終的に行き着く水準は同じ」と考えられている事実は、短期的に数多くの利上げを押し込む政策運営は持続性がないと思われている証左でもある。 景気の腰折れ(オーバーキル)を回避するという観点からすれば、供給能力の復調を待ちつつ、今後3年間で年2~3回の利上げを実施するといった姿勢が、物価と成長率の安定を両立させるうえでは無難な選択肢となってくるように思える』、「景気の腰折れ・・・を回避するという観点からすれば、供給能力の復調を待ちつつ、今後3年間で年2~3回の利上げを実施するといった姿勢が、物価と成長率の安定を両立させるうえでは無難な選択肢となってくる」、あくまで「アメリカ」での話であることを念のため付け加えておきたい。
第三に、2月3日付け東洋経済Plus「元日銀審議委員の白井さゆり慶大教授に聞く アメリカの歴史的な金融引き締めで何が起こるか」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29664/?utm_campaign=EDtkprem_2201&utm_source=edTKO&utm_medium=article&utm_content=508697&login=Y&_ga=2.71531539.1051327066.1643071219-441898887.1641535678#tkol-cont
・『FRBの金融引き締めへの大転換はどう進められるのか。元日本銀行審議委員で国際経済に詳しい白井さゆり慶応義塾大学教授に聞いた。 アメリカのインフレと金融政策の行方に世界の関心が集まっている。約40年ぶりの伸びとなったインフレに直面し、米連邦準備制度理事会(FRB)はコロナ危機初期に復活したゼロ金利と大規模量的緩和(QE)を今年3月に終える構えだ。その後の量的引き締め(QT)開始も視野に入れている。 FRBの金融引き締めへの大転換はどう進められるのか。世界の市場や日欧の金融政策にどのような影響を与えるのか。元日本銀行審議委員で国際経済に詳しい白井さゆり慶応義塾大学教授に聞いた(Qは聞き手の質問、Aは白井氏の回答)』、興味深そうだ。
・『賃金と物価のスパイラルが発生 Q:FRBがタカ派的(金融引き締めに前向き)な姿勢を強めています。 A:FRBのインフレに対する見方がガラッと変わったのは2021年11月下旬だった。テーパリング(量的緩和の規模縮小)を開始した11月初めのFOMC(連邦公開市場委員会)開催の時点では、パウエルFRB議長はインフレを「一時的」だと言っていた。 ところが、11月下旬にパウエル氏が再任され、バイデン大統領と会見を行ったときから、インフレが重大な懸念だと強調するようになった。おそらく大統領からパウエル氏に対し、インフレに対する懸念が伝えられたのではないか。インフレは大統領支持率低下の主因になっているからだ。それもあって12月のFOMCでテーパリングを加速して2022年3月に終えることを決めた。 Q:アメリカのインフレは実際にも歴史的高水準となっています。 A:インフレ圧力はほかの先進国と比べてはるかに強い。直近の消費者物価指数は前年同月比7%、(食品とエネルギーを除く)コアで5.5%上がっているが、インフレ基調を示すあらゆる指標が上昇している。 インフレ期待も5年、10年といった長期ですべて上がっている。市場の期待インフレ率を示す10年のブレークイーブンインフレ率(BEI)も最近は2.5%程度と、2%程度だったここ5年間より一段上の水準にある。 もう1つ注目されているのが労働需給の逼迫による賃金上昇だ。 Q:平均時給は前年同月比で5%近く上昇しています。 A:高インフレで実質賃金が低下しているため国民の不満は大きいが、人手不足で賃金が上がり、そのコストを販売価格に転嫁するという「賃金と物価のスパイラル」が起きつつある。先進国ではアメリカだけだ。労働市場のタイト感が非常に強い。金融政策の正常化を急ぐ必要があるのは事実で、インフレ重視の方向に転換せざるをえない。 Q:1月26日のFOMCでは3月半ばの次回FOMCでの利上げ開始決定が強く示唆されました。 A:ただ、パウエル氏は利上げの回数やペースに関する具体的言及は避け、“humble and nimble”(慎重かつ機敏)に対応していくと言った。これはインフレの両方向の動きに対応するということだ。 Q:といいますと。 A:アメリカのインフレの背景には、世界的なコロナ禍によるサプライチェーン毀損の影響に加え、コロナ禍でのパソコンやゲーム、家具といったモノ(財)への需要増大、エネルギー価格の高騰といった要因がある。そのため、インフレはいずれ必ず下がっていくが、いつどの程度までかというと不確実性が高い。 FRBとしては、インフレが年末にかけ目標の2%近くまで下がっていけばそれほど利上げしない。それが“humble”。一方、インフレが2%を大きく超えて高止まりすれば利上げを加速する。それが“nimble”という意味だ。 「毎回のFOMCでの連続利上げ(年7回)はあるか」という記者の質問に対し、パウエル氏が明確に否定しなかったので非常にタカ派と受け止められたが、議長の発言自体は両方の可能性を考えたものだった』、「パウエル氏が再任され、バイデン大統領と会見を行ったときから、インフレが重大な懸念だと強調するようになった。おそらく大統領からパウエル氏に対し、インフレに対する懸念が伝えられたのではないか」、「パウエル氏」がインフレに対抗する姿勢が弱いのには、失望させられた。
・『QTは早ければ5~6月開始も Q:利上げは今年何回程度が予想されますか。 A:市場は年内5回(計1.25%)の利上げを織り込みつつあるが、私は4回実施され、あとはインフレ動向次第でもう1回程度増やすと見ている。今年前半に一度に0.5%の利上げを行う可能性もある。コンテナ船の滞留などの供給制約が今なお続いている状況を見ると、インフレ率が年内に2%台まで下がるのは難しいかもしれない。 Q:FRBは利上げ開始後に、バランスシート(総資産)を縮小するQTにも着手する構えです。(白井さゆり氏の略歴はリンク先参照) A:QTの開始時期やペースについてパウエル氏は今後2回程度のFOMCで議論すると言っており、早ければ5月か6月にもありうる。 利上げは短期金利を引き上げるものだが、QTはFRBの保有資産の減額を通じて長期金利の引き上げにつながる。現在は過去の利上げ局面に比べてイールドカーブがフラット(平坦)化しており、さらにフラット化すれば金融機関にとっては苦しい状況になる。大幅なフラット化を防ぐためには、FRBは利上げ後にQTを急ぐ必要がある。 一方、QTには利上げの引き締め効果を一段と強める働きがある。「シャドーレート(影のFFレート)」と言われるように、FFレートがゼロでも、量的緩和によって実質的なFFレートはマイナスの領域(今回はマイナス2%程度)まで低下した。QTはそれと逆で、シャドーレートが上がっていく。それだけ景気を下押しする影響は大きくなる。 Q:前回の引き締め局面では利上げを2015年12月に開始し、QTは2017年10月に開始と長い時間をかけましたが、今回は急です。 A:前回の利上げ開始時のインフレ率は2%未満で、失業率は5%程度だった。インフレ圧力が弱かったので、引き締めを急ぐ必要がなかった。 しかし、パウエル氏も話していたように、今回は状況がまったく違う。引き締めを急ぐ必要があるので、市場に及ぼす影響は大きい。パウエル氏は今のFRBの資産規模(約9兆ドル)は非常に大きいので、相当減らす必要があると言った。ただ、あくまでFFレートが主要な政策調整手段だと言い、QTの具体的な規模や引き締め効果についてはいっさい語らなかった。話を複雑にして市場が混乱するのを避けようとしたのだろう。 Q:QTの基本方針では、FRBは保有債券の売却ではなく、主に元本償還分の再投資額を減らすこと(ロールオフ)を通じて行うとしています。 A:前回のQTのときと違い、FRBの保有債券には満期の比較的短いものが多いので、資産を減らそうと思えばかなり早く減らせる。また、前回はすべてロールオフによる減額だったが、今回は「主に」ロールオフと言っている。資産規模が巨大なので、場合によっては売却を通じた減額もありうる。 いずれにせよ、前回は毎月500億ドル程度の減額ペースだったが、今回はそれより減額幅を大きく増やすことになるだろう。増やすにしても、最初は市場への影響を考えて少なめにし、徐々に増やしていくのか。それによって長期金利など市場への影響も変わるため、大きな注目点となる』、「主に元本償還分の再投資額を減らすこと(ロールオフ)を通じて行うとしています・・・前回のQTのときと違い、FRBの保有債券には満期の比較的短いものが多いので、資産を減らそうと思えばかなり早く減らせる」、「前回は毎月500億ドル程度の減額ペースだったが、今回はそれより減額幅を大きく増やすことになるだろう」、なるほど。
・『流動性の逆転で資産バブル修正へ Q:FRBはインフレに対して「ビハインド・ザ・カーブ(後手に回っている)」という批判もあります。 A:今のインフレは国内の要因よりも、サプライチェーン混乱などの国際的な要因のほうが大きいので、FRBが「一時的」と言っていたのは理解できる。アメリカ国内の需給ギャップも依然マイナスだ。ただ、思った以上に状況が改善しないので、FRBは慌てて考え方を変えた。 このことは、今のインフレがいかにわかりにくく予測しにくいものであるかを示しており、あまりFRBを責められないのではないか。 Q:この先、FRBは景気後退や市場の大混乱を避けながら金融政策の正常化を進めていくことができるでしょうか。 A:各国が未曾有のコロナ危機に直面し、金融財政政策を思い切ってやったことは正しかったと思う。ただ、その規模は莫大だった。特にアメリカの場合、中央銀行のバランスシート拡大(4.2兆ドルから2倍強の約9兆ドルへ)のほとんどが資産買い入れによるものだった。 その結果、大量の流動性が供給され、あらゆるリスク資産が値上がりした。ただでさえ高い不動産価格がさらに上昇し、ハイイールド債や暗号資産(仮想通貨)も上がった。本来なら逆に動くものも連動して一緒に動いた。 今後、そうした大量の流動性がQTで減っていけば、影響は避けられない。どれだけ円滑にやっていくかが課題だが、かなりの難路となろう』、「中央銀行のバランスシート拡大・・・のほとんどが資産買い入れによるものだった。 その結果、大量の流動性が供給され、あらゆるリスク資産が値上がりした。ただでさえ高い不動産価格がさらに上昇し、ハイイールド債や暗号資産(仮想通貨)も上がった。本来なら逆に動くものも連動して一緒に動いた。 今後、そうした大量の流動性がQTで減っていけば、影響は避けられない。どれだけ円滑にやっていくかが課題だが、かなりの難路となろう」、今後「リスク資産」の「値下がり」はどこまでいくのか、確かに注目点だ。
・『長期金利高騰なら景気や市場への打撃大 Q:リスクシナリオをどう考えますか。 A:最大のリスクはインフレが高止まりし、11月の中間選挙に向けてアメリカ国民の不満が高まって、FRBが想定以上の急激な引き締めに追い込まれることだ。金融市場の安定よりもインフレの抑制のほうが重要との見方が高まりつつあるため、株式などの市場はショックを受けやすくなっている。そのショックが世界全体に波及するというのが最悪シナリオだ。 長期金利が高騰すれば、アメリカ景気を牽引してきた好調な住宅市場が崩れ、資産価値下落で個人消費にも打撃が大きい。足元のアメリカの長期金利(10年物国債利回り)は1.8%前後で、インフレ収束期待や景気の不確実性からさほど上がっていないが、もし2018年のように3%を超えてくれば影響は大きくなるだろう。 Q:これまでのアメリカの資産インフレは「バブル」と言えますか。 A:バブルは発生している。普通の人の手が届かない不動産価格になっているのは事実だし、株価もコロナ禍前から歴史的に高すぎる水準にあった。とくに一部のテック系成長株は非常に高くなっていたので、反動があっても仕方がない。今後は業績などで銘柄をしっかり選別する必要がある。 Q:ビットコインなどの仮想通貨はどう見ていますか。 A:仮想通貨を通じたイノベーションに関心が高まっているのは事実であり、世界的に一定の需要はあり続けるだろう。ただ、価格の変動が非常に激しく、株価との相関が非常に強まっている。株と同様に下落しやすくなったという意味で気をつけたほうがいい。 Q:アメリカの利上げに伴い、ドル建ての対外債務を抱える発展途上国や新興国などへの影響も懸念されます。 A:世界的に国家の借金が増え、企業もコロナ下で運転資金のための借り入れを増やしており、債務は全体的に増大している。アメリカの金利上昇につれ、世界の資本はアメリカに回帰するため、途上国や新興国では外国資本が入りにくくなって金利が上昇している。経常赤字の国ほど影響を受けやすい。一部の低所得国では債務の返済が難しくなるだろう。 問題はアメリカの金利がどこまで上がるかだが、過去ほどには上がらないはずだ。リーマンショック前のFF金利は5%以上だったが、FRBがいま予想している長期的なFF金利は2.5%だ。経済が成熟化し、高齢化するにつれ、(景気に中立的な)自然利子率が低下傾向にあるためで、それほど利上げをしなくても済む状況にある。 そのため、過去にはアメリカが利上げしたことでアジア通貨危機や中南米の債務危機などが起こったが、今回はそこまでの金利の上昇はないだろう。その意味では比較的安心できる。 Q:今回のアメリカの金融政策の歴史的意味をどう考えますか。 A:コロナ禍での財政出動は近代史ではかつてない規模だが、金融緩和もはるかに大規模で迅速なものだった。しかし、今年はそれほど財政出動ができないし、記録的なインフレで金融緩和も予想以上の速さで修正する必要が高まっている。本当に歴史に残る状況だ。 ただ、アメリカは日欧に先んじて金融政策の正常化に舵を切ることができたことも事実だ。市場がFRBのタカ派的スタンスを織り込んだことで、今後の政策運営がやりやすくなった面もある。市場の想定以上に政策がうまくいき、あまり利上げをしないですめば、グッドサプライズとなるだろう』、「FRBがいま予想している長期的なFF金利は2.5%だ。経済が成熟化し、高齢化するにつれ、・・・自然利子率が低下傾向にあるためで、それほど利上げをしなくても済む状況にある。 そのため、過去にはアメリカが利上げしたことでアジア通貨危機や中南米の債務危機などが起こったが、今回はそこまでの金利の上昇はないだろう。その意味では比較的安心できる」、韓国も安心できるようだ。
・『イギリスは追加利上げと早期QTへ Q:欧州や日本の金融政策に与える影響はどう見ていますか。 A:ECB(欧州中央銀行)は2月3日に理事会を開く。利上げ(マイナス金利政策の修正)は見込まれないが、最近はトーンを変えてきており、昨年12月の理事会ではPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)を今年3月で終了することを決定した。ユーロ圏における足元の高いインフレ率についても「一時的」という言葉を使わなくなっている。 ただ、ECBは2022年末にはインフレ率が目標の2%を下回るとの見方を維持している。2021年12月のインフレ率は5%に達したが、コアでは2.6%とアメリカより大幅に低いうえ、ドイツが2020年に引き下げた付加価値税率を翌年に元へ戻した一時的影響が大きいためだ。景気の基調も強くない。 そのため、ECBはおそらく2022年に利上げはしないが、インフレ次第では年末ぐらいに対応を急ぐ可能性はある。3日の理事会でインフレにどう言及するかが注目される。 2月3日にはイングランド銀行も金融政策委員会を開く。2021年12月に(日米欧の主要中銀で初めて)利上げを行ったが、インフレを警戒して追加利上げが予想される。政策金利が0.5%になれば、ロールオフをすると言っており、アメリカより早く3月にもQTを開始する可能性が高い。 Q:日本でもエネルギー価格の上昇など物価上昇圧力は高まっていますが、日銀に何らかの動きがありうるでしょうか。 A:年内利上げという噂が1月にあったが、それはありえない。確かに、携帯通信料の値下げの影響がなくなる春以降はインフレ率が一時的に2%を超える可能性はある。ただ、コモディティー価格の上昇要因を含めて年後半には再び低下していくと予想される。 一方、今年は貸出支援基金やコロナオペが前半に終わり、社債やCP(コマーシャルペーパー)の保有も減らすので、日銀のバランスシートは確実に縮小していく。それは、「インフレ率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大を続ける」という2016年からのフォワードガイダンス(FG)を非常にわかりにくいものにする。IMF(国際通貨基金)はそのFGを撤廃すべきだと勧告している』、「FG」が今や政策の邪魔になりつつあるのであれば、「IMF」の「勧告」通り、「撤廃」すべきだ。
・『引き締めではなく市場機能を強化すべき また、アメリカの金利上昇につれて、日本の長期金利も上がりやすくなっている。であれば、YCC(イールドカーブコントロール)でプラスマイナス0.25%に設定している10年国債金利の変動幅を0.3%程度に上げるのに最もいい時期だと思う。 それは利上げではなく、変動幅を拡大して市場の機能を高めることになる。長期金利の操作対象年限を10年から5年に短縮するという案は明らかな引き締めであり、黒田(東彦)総裁が採用することはないと思うが、採りうるのはYCCの柔軟性を高めることだろう』、「YCCで「プラスマイナス0.25%に設定している10年国債金利の変動幅を0.3%程度に上げるのに最もいい時期だと思う」、「市場機能を強化すべき」、同感である。
タグ:「CP・社債の買い入れや新型コロナ対応オペの利用が縮小」する程度では、正常化には程遠い。 (その39)(2022年の視点:コロナ後の懸念はデフレよりインフレ 政府・日銀にやっかいな課題=鈴木明彦氏、FRBはゼロ成長下で利上げに着手することになる 経済のオーバーキル懸念が強まり後半は修正か、元日銀審議委員の白井さゆり慶大教授に聞く アメリカの歴史的な金融引き締めで何が起こるか) 異次元緩和政策 コロナの方は第六波到来で「新たな日常」とは程遠いが、金融政策の方はどうなのだろう。 洋経済オンライン 確かに「デフレ脱却宣言や共同声明」は「見直す」べきだ。 「物価を取り巻く環境がデフレをもたらすものから、インフレをもたらすものに、構造的に変わってきている可能性は否定できない。 少なくとも、所得があまり増えていない日本では、米国よりマイルドなインフレでも経済に与えるダメージが大きくなる。デフレ脱却を推進してきた黒田東彦日銀総裁も、円安が物価上昇を通じて家計所得に及ぼすマイナスの影響については、心配するようになっている」、なるほど。 「4月には携帯電話料金の引き下げ効果が、7─8割程度はく落する。公表ベースでも消費者物価上昇率が2%を超えてきて、世の中ではデフレ脱却ムードが高まるかもしれない」、その場合、長期金利の上昇が懸念材料だ。 鈴木明彦氏による「2022年の視点:コロナ後の懸念はデフレよりインフレ、政府・日銀にやっかいな課題=鈴木明彦氏」 ロイター 唐鎌 大輔氏による「FRBはゼロ成長下で利上げに着手することになる 経済のオーバーキル懸念が強まり後半は修正か」 「国内の金融政策ではそうしたインフレ圧力の源泉に対して限定的な効果しかもたらさないだろう」、というので拍子抜けだ。 現在、主要中央銀行は、こうしたラグなどを織り込んで、フォワードルッキングな金融政策運営を謳っているが、その成功例はまだ出ていない。 現在、主要中央銀行は、こうしたラグなどを織り込んで、フォワードルッキングな金融政策運営を謳っているが、まだ願望の段階に止まっており、その成功例はまだ出ていない。 「景気の腰折れ・・・を回避するという観点からすれば、供給能力の復調を待ちつつ、今後3年間で年2~3回の利上げを実施するといった姿勢が、物価と成長率の安定を両立させるうえでは無難な選択肢となってくる」、あくまで「アメリカ」での話であることを念のため付け加えておきたい。 東洋経済Plus「元日銀審議委員の白井さゆり慶大教授に聞く アメリカの歴史的な金融引き締めで何が起こるか」 「パウエル氏が再任され、バイデン大統領と会見を行ったときから、インフレが重大な懸念だと強調するようになった。おそらく大統領からパウエル氏に対し、インフレに対する懸念が伝えられたのではないか」、「パウエル氏」がインフレに対抗する姿勢が弱いのには、失望させられた。 「主に元本償還分の再投資額を減らすこと(ロールオフ)を通じて行うとしています・・・前回のQTのときと違い、FRBの保有債券には満期の比較的短いものが多いので、資産を減らそうと思えばかなり早く減らせる」、「前回は毎月500億ドル程度の減額ペースだったが、今回はそれより減額幅を大きく増やすことになるだろう」、なるほど。 「中央銀行のバランスシート拡大・・・のほとんどが資産買い入れによるものだった。 その結果、大量の流動性が供給され、あらゆるリスク資産が値上がりした。ただでさえ高い不動産価格がさらに上昇し、ハイイールド債や暗号資産(仮想通貨)も上がった。本来なら逆に動くものも連動して一緒に動いた。 今後、そうした大量の流動性がQTで減っていけば、影響は避けられない。どれだけ円滑にやっていくかが課題だが、かなりの難路となろう」、今後「リスク資産」の「値下がり」はどこまでいくのか、確かに注目点だ。 「FRBがいま予想している長期的なFF金利は2.5%だ。経済が成熟化し、高齢化するにつれ、・・・自然利子率が低下傾向にあるためで、それほど利上げをしなくても済む状況にある。 そのため、過去にはアメリカが利上げしたことでアジア通貨危機や中南米の債務危機などが起こったが、今回はそこまでの金利の上昇はないだろう。その意味では比較的安心できる」、韓国も安心できるようだ。 「FG」が今や政策の邪魔になりつつあるのであれば、「IMF」の「勧告」通り、「撤廃」すべきだ。 「YCCで「プラスマイナス0.25%に設定している10年国債金利の変動幅を0.3%程度に上げるのに最もいい時期だと思う」、「市場機能を強化すべき」、同感である。
健康(その18)(70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方、(COPD3題:COPDの新たなメカニズム解明 新治療法の登場につながるか、肺<上>肺トレでやるべき2つの呼吸法とスクワット 専門医が解説、肺<下>呼吸器専門医が教える肺を元気にする食べ物 タンパク質が重要)) [生活]
健康については、昨年11月29日に取上げた。今日は、(その18)(70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方、(COPD3題:COPDの新たなメカニズム解明 新治療法の登場につながるか、肺<上>肺トレでやるべき2つの呼吸法とスクワット 専門医が解説、肺<下>呼吸器専門医が教える肺を元気にする食べ物 タンパク質が重要))である。
先ずは、本年1月26日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/293523
・『人生100年時代。現在の70代の日本人はかつての70代とは違います。若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」とも言えます。70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めるとも言えます。要介護状態を遠ざけ、自立した80代以降の老いを迎えるためには、どう過ごせばいいしょうか。30年以上にわたって高齢者専門の精神科医として医療現場に携わってきた和田秀樹さんの『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)から抜粋します』、後期高齢者になった私としても大いに興味を掻き立てられる。
・『平均寿命は延びたが健康寿命は男女とも75歳に届かず 人生100年時代ということが語られて久しくなりましたが、実際に人々、とくに女性は90代まで生きることが当たり前の時代になりました。おそらく今後も医学の進歩が進むでしょうから、100歳というのは夢物語ではなくなることでしょう。 ところが日常生活にまったく制限なく生きていられる健康寿命の延びは、平均寿命の延びに追いついておらず、男女とも75歳に届いていません。 要するに、70代をうまく生きないと、長生きはできてもよぼよぼとしたり、介護を受ける期間の長い高齢者になってしまうということです。 一方で、高齢者というのはとても個人差の大きい年代です。 2016年の時点で、男性の健康寿命の平均は72.14歳、女性は74.79歳ということになっていますが、これはあくまで平均値です。男性でも80歳を過ぎて矍鑠(かくしゃく)とした現役の経営者や学者、そしてフルマラソンを走るような人がいる一方で、60代から要介護状態に陥ってしまう人がいます。 ただ、一般的には70歳の時点ではまだ頭も身体もしっかりしているという人が大多数であるはずです。ここで、どのような生き方をするかでいつまで元気で頭のしっかりした高齢者でいられるかが決まってくるのです。 私が長年高齢者とかかわってきて、痛感してきたことはいくつかあります。 気持ちが若く、いろいろなことを続けている人は、長い間若くいられる。 栄養状態のよしあしが、健康長寿でいられるかどうかを決める。 そして、それ以上に重要なのは、人々を長生きさせる医療と、健康でいさせてくれる医療は違うということです。 たとえば、コレステロールというものは長生きの敵のように言われていますが、コレステロールの高い人ほどうつ病になりにくいし、それが男性ホルモンの材料なので、男性ではコレステロールが高い人ほど元気で頭がしっかりしています。 血圧や血糖値にしても、高めのほうが頭がはっきりするので、薬でそれを下げると頭がぼんやりしがちです。また、高血圧や高血糖に対して塩分制限や食事制限が課されることが多いわけですが、生きる楽しみを奪われたり、味気ないものを食べることになるので、元気のないお年寄りになりがちです。 ところが、日本では大規模調査がほとんどなされておらず、この長生きのための医療にしても、それで本当に長生きできるのかははっきりしないのです。実際、コレステロールが高めの人や、太めの人のほうが高齢になってからの死亡率が低いことが明らかになっています。 高齢者をあまり診ていない人による旧来型の医療常識に縛られず、70代をどう生きるかで残りの人生が大きく違うというのが、私の30年以上の臨床経験からの実感です』、私は「コレステロール」値が高い方だが、最近は医者が文句を言わなくなったのはこのためなのかも知れない。
・『いまの70代は、かつての70代とはまったく違う 私はこれまで30年以上にわたって、高齢者専門の医療現場に携わってきましたが、日本人にとっては今後、70代の生き方が、老後生活において非常に重要になってくると考えています。 70代の生き方が、その後、要介護となる時期を遅らせて、生き生きとした生活をどれだけ持続できるかということに、大きくかかわっているからです。 なぜ、70代の生活がその人の晩年のあり方を左右するようになってきたのか、まずはそこから本書を始めようと思います。 現在の70代の人たちは、戦前生まれの人が70代になった頃と比べて、格段に若々しく、元気になってきました。 戦後の大幅な出生人口増加期に生まれた団塊の世代(1947~1949年生まれ)の人たちも、2020年にはみな70代になっていますが、この団塊の世代に代表される現在の70代は、少し前までの70代の人とは、大きく違います。身体の健康度、若々しさがまったく違うのです。 たとえば1980年当時、60代後半、つまり65~69歳の人のおよそ10%近くの人が普通に歩行することができませんでした。しかし、2000年には、正常歩行できない人が2~3%に激減しています』、「1980年当時、60代後半・・・の人のおよそ10%近くの人が普通に歩行することができませんでした。しかし、2000年には、正常歩行できない人が2~3%に激減」、確かに健康な老人が増えたようだ。
・『第2次世界大戦後 元気な70代が増えた理由 私も高齢者を長年診ていますが、かつての70代はそれなりによぼよぼしていましたが、いまの70代はまだまだ元気な人が多く、10歳くらい若返ったような印象です。 このような元気な70代が増えた理由には、第2次世界大戦後の栄養状態の改善が挙げられます。戦後の食糧難にあえぐ日本に、アメリカから余った脱脂粉乳が大量に送り込まれましたが、このころから日本人の栄養状態が改善します。 成長期の栄養状態が改善したことで、日本人の寿命は延び、体格もよくなり、現在の若々しい元気な高齢者を出現させています。 戦後の結核の撲滅については、ストレプトマイシンという抗生物質のおかげだと考えている人も多くいますが、実際はタンパク質を多くとるような栄養状態の改善が、免疫力の向上をもたらしたことによって可能となったのが真相です。 そもそもストレプトマイシンは結核になってからの治療薬であって、それが結核を激減させた理由にはなりません。結核を予防するBCG接種も、開始されたのは1950年ころからです。赤ちゃんのときに接種して、その効果で結核が減るとしても、統計に現れてくるのは少なくとも赤ちゃんが成長した10年後くらい、1960年代くらいからになるはずです。 しかし、結核の減少は、1947年くらいから始まっています。これは、アメリカからの支援物資による栄養状態の改善時期と一致します。 戦前の日本人も摂取カロリーでいえば、それなりにとっていましたが、タンパク質は驚くほどとっていませんでした。そのため免疫力が低く、結核で亡くなる人が多かったのです。) それが戦後の栄養状態改善で結核が減り、若いときに死ぬ人が激減しました。これによって平均寿命が一気に延びたのです。若くして亡くなる人を減らすことが、平均寿命を延ばす大きな要因になります。 また、それと同時に日本人の体格も向上していきます。男の平均身長が170センチを超えたのが、1970年前後です。昔は子どもの頃の栄養失調もあって、小さい高齢者がときどきいましたが、いまではほとんどいません。 戦後生まれの人たちはこうして平均寿命を延ばし、体格も立派になって、健康で若々しさを保つようになってきたのです。その先駆けが、いま、70代を迎えている人たちなのです』、「戦後の食糧難にあえぐ日本に、アメリカから余った脱脂粉乳が大量に送り込まれましたが、このころから日本人の栄養状態が改善します」、「戦前の日本人も摂取カロリーでいえば、それなりにとっていましたが、タンパク質は驚くほどとっていませんでした。そのため免疫力が低く、結核で亡くなる人が多かったのです。 それが戦後の栄養状態改善で結核が減り、若いときに死ぬ人が激減」、まさに「アメリカ」さまさまだ。
・『もはや70代は現役時代の延長でいられる期間となった 日本よりも栄養状態のよかったアメリカでは、これまでの世代とは違った元気な70代が、日本よりも一足先に社会に登場します。 1974年、アメリカの老年学の権威であるシカゴ大学のベルニース・ニューガートンは、それまで65歳以上を高齢者とみなしていた社会に対して、75歳くらいまでは、体力的にも、知的機能的にも中高年とたいして変わらないと提起します。そして、その世代を「ヤング・オールド」と呼びました。 さらに、75歳を過ぎるころから、認知機能が落ちてきたり、病気などで介護が必要な人も出てくる世代ということで、「オールド・オールド」と定義しました。これはのちに、日本における前期高齢者、後期高齢者という考え方につながっていきました。 しかし、ニューガートンがこの考え方を提唱した1970年代当時の日本では、まだ、75歳の日本人たちは、若いころの栄養状態も悪く、身体も小さく、老いるのがいまより早かったのです。そのため、アメリカの高齢者のように元気と言える状況ではありませんでした。 それが1990年代に入ったあたりから、日本でも元気な高齢者が増えてきました。私は1988年から浴風会という高齢者専門の総合病院に勤めていましたが、多くの高齢者を診てくるなかで、次第にニューガートンと同じ考えを持つようになりました。 1997年には、『75歳現役社会論』(NHK出版)という本を著し、そこで、75歳くらいまでは、知的機能や体力、内臓機能など、中高年のころと大差なく、現役時代同様の生活ができるということを説きました。) そして、当時からさらに20年以上が経ったいま、医療はさらに進歩し、70代の人の要介護比率も改善してきています。その現実を踏まえれば、現在の日本では、75歳ではなく、80歳までは、多くの人が現役時代のような生活を送れる可能性がある社会になってきたと言えるでしょう。 これまでは70代ともなると、大病を患ったり、病院での生活を強いられたり、介護が必要となったりする人もそれなりにいましたが、今後は、自立して多くの人たちが70代を過ごすことになっていきます。70代の10年間は、ある意味、中高年の延長で生活できる期間となったのです。 それは、人生における「最後の活動期」と言ってもいいと思います。70代が活動期になったからこそ、その過ごし方が、80代以降の老いを大きく左右するようになったのです。 70代であれば、身体も動くし、頭もはっきりしていますから、日々の生活の心がけ次第で、80代以降の健やかな生活につながります。 ただ、70代には特有の脆弱さもありますから、放っておいたら衰えは進みます。だから意図的に、心がけることが大事になってきます』、「アメリカの老年学の権威であるシカゴ大学のベルニース・ニューガートンは、それまで65歳以上を高齢者とみなしていた社会に対して、75歳くらいまでは、体力的にも、知的機能的にも中高年とたいして変わらないと提起します。そして、その世代を「ヤング・オールド」と呼びました。 さらに、75歳を過ぎるころから、認知機能が落ちてきたり、病気などで介護が必要な人も出てくる世代ということで、「オールド・オールド」と定義しました。これはのちに、日本における前期高齢者、後期高齢者という考え方につながっていきました」、「前期高齢者、後期高齢者」の考え方のルーツのようだ。
・『「人生100年時代」に70代はターニングポイント 現代の日本において、70代の過ごし方が重要性を増してきた理由には、超長寿化によって、老いの期間がこれまでより延長するようになってきたという点も挙げられます。 そもそも、前述したように、これまで日本人は、戦後の栄養状態の改善によって、大きく寿命を延ばし、前の世代よりも若々しくなってきました。 かつて漫画『サザエさん』の連載が始まったのは1947年ですが、父親の磯野波平は当時、54歳の設定でした。いまの私たちから見ると、どう見ても60代半ばに見えます。それくらい、現代の日本人は若返ってきたのです。 しかし、この栄養状態の改善が、人々の若返りや寿命の延びに寄与してきたのも、1960年くらいに生まれた人たちまでで終わったと私は考えています。実際、日本人の平均身長の推移も、戦後、急速に伸びてきましたが、ここ20年くらいは伸びが止まっています。もはや栄養状態の改善は、日本全体に行きわたり、そのことが寿命の延びを牽引していくという時代は終わっているのです。 しかし実際にその後も、日本人の平均寿命は延び続け、これからも延びていくと予想されています。これは、医学の進歩がそうさせるのです。 日本人は戦後に劇的に若返ってきた体験をしているので、「人生100年時代」などと言われると、いまよりさらに若返りが可能になり、寿命が延びていくと考える人もいますが、それは正しい認識ではありません。 80歳や90歳になっても、いまの70代の人たちのように元気に活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくというのは幻想でしかありません。 若返るのではなく、医学の進歩によって、「死なない」から超長寿になるというのが「人生100年時代」の実像です』、「日本人の平均身長の推移も、戦後、急速に伸びてきましたが、ここ20年くらいは伸びが止まっています。もはや栄養状態の改善は、日本全体に行きわたり、そのことが寿命の延びを牽引していくという時代は終わっているのです。 しかし実際にその後も、日本人の平均寿命は延び続け、これからも延びていくと予想されています。これは、医学の進歩がそうさせるのです」、「80歳や90歳になっても、いまの70代の人たちのように元気に活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくというのは幻想でしかありません。 若返るのではなく、医学の進歩によって、「死なない」から超長寿になるというのが「人生100年時代」の実像です」、若干ガッカリした。
・『伸長した老いの期間を左右するのが70代になる 80歳にもなれば、みな老いに直面することになります。しかし一方で、寿命だけは延びていく。これは、私たちの人生設計を大きく変えることになるかもしれません。これまではせいぜい10年ほどだった「老い」の期間が、15~20年に延長する人生が標準になっていくからです。 今後は、伸長した老いの期間をどう生きるかが重要な課題になっていくでしょう。そして、その延長した老いのあり方を左右するのが、人生終盤の活動期である70代ということになります。 寿命がますます延びていく「人生100年時代」だからこそ、70代はますます重要性を増してきているのです。 本書では、運転免許を返納してはいけない、肉を食べる習慣が「老い」を遠ざける、運動習慣などの「老いを遅らせる70代の生活」、70代の人のかしこい医師の選び方などの「知らないと寿命を縮める70代の医療との付き合い方」、趣味を働いているうちにつくろう、高齢者の「うつ」の見分け方などの「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」について紹介しています』、「運転免許を返納してはいけない」とは嬉しいアドバイスだ。「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」を一度、じっくり読んでみたい。
次に、COPD3題のうちの「COPDの新たなメカニズム解明 新治療法の登場につながるか」2019年7月30日付け日刊ゲンダイを紹介しよう。
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/259361
・『海でおぼれているような息苦しさが続く……。これがCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の末期だ。先日、東京慈恵会医大と北里大の研究グループが新たな予防法・治療薬の開発につながる研究成果を出し、英科学誌「Nature communications」オンライン版に発表した。研究メンバーの一人、東京慈恵会医大呼吸器内科講師の皆川俊介医師に話を聞いた。 COPDは慢性気管支炎と肺気腫の総称で、国内の推定患者数は500万人以上。しかし、治療患者数は約22万人(2005年)で、多くは治療に結びついていない。 「認知度が低いのが問題です。肺機能検査(スパイロメトリー)ですぐに判明しますが、受けていない人が大半です」 主な原因は、たばこ。喫煙本数×期間で、いつ発症するかが違ってくるが、加齢もCOPDに関係しているため、患者のほとんどは高齢者だ。禁煙時期で呼吸機能の低下の速度が違い、発症後の過ごし方、いつ亡くなるかが大きく変わる。 COPDは有効な治療法がほとんどない。 「たばこの有害物質で気管や肺胞に慢性炎症が起こり、肺胞が酸素を取り込めなくなる病気とは分かっていましたが、炎症は強いものではなく、これが原因か、それともCOPDによる結果か、メカニズムがはっきりしていませんでした。だから完治につながる治療法もありませんでした」 対症療法しかなく、初診時にすでに重度の患者も多いので、死に向かうのをわずかに遅らせるだけ……という患者も珍しくなかった』、私も長年「喫煙者」だったので、COPDだ。「有効な治療法がほとんどない」、知ってはいたが、改めて文字で読まされるとショックだ。
・『有効な治療ターゲットになりえる2つのポイント 今回、皆川医師らが発表した内容は、ごく簡単に言うと、「たばこの有害物質によって、肺の細胞内にある本来無害な鉄が有害な鉄へ分解。それによって細胞膜を構成する脂質が酸化し、細胞死に至り、COPDを発症する」。 「もともとCOPDの患者の肺では、喫煙で肺の上皮細胞が障害され、細胞死が存在することは明らかになっていました。このメカニズムを解明したことになります。まずは、細胞死には鉄とリン脂質が関係していて、有害な遊離鉄によって細胞膜のリン脂質が酸化し、細胞死を引き起こす“フェロトーシス”が生じる(図中(1))。では、有害な遊離鉄はどうしてできるのか? 本来、細胞内の鉄はフェリチンという安定・無害な状態で貯蔵されていますが、細胞内タンパクの分解機能オートファジー機構で有害な遊離鉄へと分解されるのです」 患者にとって重要なポイントは、メカニズム解明によってQOLを改善させるような新しい治療が期待できること。この研究には治療ターゲットになりえる次の2つのポイントがある。 ポイント①…本来の無害な鉄は、「NCOA4」という積み荷を運ぶトランクのようなもので運ばれ、オートファジーという処理工場で有害な遊離鉄に分解される(図中(2))。このNCOA4の働きを抑えることで、有害な遊離鉄への分解を抑制し、結果、細胞膜の酸化反応やフェロトーシスを抑制する。) ポイント②…細胞膜を構成する脂質の酸化は「GPx4」というタンパクでも抑制できる。GPx4を強化することで、酸化を抑え、細胞死を回避できる。 「NCOA4やGPx4を標的とした治療は十分に可能だと思います。気道に特異的にアプローチしなくてはならないなど課題はありますが、遠くない将来、根本的治療法がなかったCOPDに対する治療薬が登場する可能性は高いです」 だからこそ、いま私たちが肝に銘じるべきは、COPDの早期発見。喫煙者や受動喫煙者は呼吸器内科でスパイロメトリーの検査を。 なお、息苦しさ、呼吸困難などの自覚症状が出てからでは、“早期発見”とは言えない』、「遠くない将来、根本的治療法がなかったCOPDに対する治療薬が登場する可能性は高いです」、とは嬉しい予測だが、私に間に合うのかも問題だ。
第三に、COPD3題のうちの「肺<上>肺トレでやるべき2つの呼吸法とスクワット 専門医が解説」(1月20日付け日刊ゲンダイ)を紹介しよう。
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/277174
・『肺の健康状態や老化度を知る方法のひとつに、呼吸器内科で呼吸機能検査(スパイロメトリー)を受けることで分かる「肺年齢」という指標がある。1秒間に吐ける息の量から、実年齢(標準)と比べて自分の呼吸機能がどの程度か確認するための目安になる。 肺年齢は、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や、ぜんそくなどの慢性呼吸器疾患があると実年齢よりも高くなる。しかし、呼吸機能は肺に病気がなくても、20歳前後をピークに加齢とともに低下していく。肺年齢を若々しく保つ方法はないのか。 「長生きしたけりゃ肺を鍛えなさい」(エクスナレッジ)の著者で、「みやざきRCクリニック」(東京都品川区)の宮崎雅樹院長(呼吸器専門医)が言う。 「肺の病気がなくても、『若い頃より息切れがしやすくなった』といった自覚があるのであれば、肺の老化が進んでいる可能性があります。そうした人は『肺トレ』を試してみるといいでしょう。肺トレは、呼吸リハビリテーション(以下、呼吸リハ)の方法をベースにした、主に健常者向けの自分で行う健康法のひとつです」 呼吸リハは、COPDなどの患者が息苦しさなどを改善するために、医療機関で行われているもの。慢性呼吸器不全の主な症状は、体を動かしたときに呼吸が苦しくなる。階段の上り下りや入浴、トイレに行く、といった日常生活動作(ADL)が息苦しくてできなくなる。呼吸リハの最大の目的はこのADLの改善になる。 まず動いても息苦しくならないようにするのが「呼吸訓練」。特別な呼吸法を行うことによって、息苦しさなどの症状を改善させる。また肺機能が低下すると、体を動かすのがつらくなるので、歩かなくなり下半身の筋力が低下する。弱った筋力を回復するための「運動療法(筋トレ)」も、呼吸リハの一部に取り入れられているという』、「呼吸リハビリテーション」については、下記のような動画付きの案内がある。
https://www.keiseikai.net/medicalinformation/copd/exercisetherapy.php
・『口すぼめ呼吸 肺トレでまず覚えてほしいのが、呼吸を楽にする呼吸法。さまざまな方法があるが、代表的なのが「口すぼめ呼吸」だ。①鼻から息を肺がいっぱいになるまで吸う。②口を軽くすぼめて、息をゆっくり長く吐く。ポイントは、目の前に火のついたロウソクがあることをイメージして、その火を消さないくらいの強さでゆっくり息を吐く。 「COPDやぜんそくは閉塞性換気障害といって、炎症を起こして狭くなった気管支がつぶれやすくなり、息をスムーズに吐き出せなくなります。そのため、肺の中に吐き出せない空気がたまり、息苦しさなどの症状が出るのです。こうした症状が出ているときに、口すぼめ呼吸を行うと呼吸が楽になります」 ヨガなどでも基本の呼吸法とされている「腹式呼吸」も、呼吸リハでは昔から行われている。横隔膜を大きく動かして呼吸するため、空気が肺にいっぱい入って呼吸が楽になる』、なるほど。
・『腹式呼吸 ①座位または立位で背筋を伸ばし、鼻からゆっくり息を吸い込む。このとき、ヘソの下に空気をためていくイメージでお腹を膨らませる。②次に、口からゆっくり息を吐き出す。お腹をへこませながら、体の中の悪いものをすべて出し切るような感覚で、吸うときの倍くらいの時間をかけるつもりで吐く。1日5回くらいから始め、慣れてきたら1日10~20回を基本に行う。 呼吸を楽にするには、呼吸法のトレーニングだけでは十分ではない。大事なのは全身の筋トレになる。特に太ももの筋肉が衰えてあまり動かない生活を続けると、呼吸で使う上半身の呼吸筋も衰えていくからだ。散歩やウオーキングなどを日課としながら、筋トレも習慣にするといい。 「肺の老化を防ぐ運動として最も勧められるのは、大腿四頭筋(太ももの筋肉)を効率良く鍛えられる『スクワット』です。やり方が正しければ毎日行う必要はなく、週3日くらいでも効果があるといわれています。無理のない範囲で、少しずつ始めてみてください」) スクワットの基本的なやり方は、両足を肩幅くらいに開いて立ち、膝を曲げながら腰を落とした後、膝を伸ばしながら腰を元の位置に戻す。ポイントは腰を落とす際、できるだけ膝がつま先より先に出ないように注意すること。これを10回1セットとし、1日3セットを目安に行う。 次回は「肺を老化させない食べ物」を紹介してもらう』、「呼吸を楽にするには、呼吸法のトレーニングだけでは十分ではない。大事なのは全身の筋トレになる。特に太ももの筋肉が衰えてあまり動かない生活を続けると、呼吸で使う上半身の呼吸筋も衰えていくからだ。散歩やウオーキングなどを日課としながら、筋トレも習慣にするといい」、なるほど。
第四に、COPD3題のうちの「肺<下>呼吸器専門医が教える肺を元気にする食べ物 タンパク質が重要」(1月27日付け日刊ゲンダイ)を紹介しよう。
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/277204
・『肺の主な病気のひとつに、慢性的に肺胞や気道の炎症が徐々に進行する「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」がある。体を動かすと息切れを起こすので、進行すると体を動かさなくなり全身の筋力が衰えていく。当然、呼吸で使う肋間筋や横隔膜などの上半身の「呼吸筋」も衰え、より呼吸しづらくなる。 また、筋肉量が減ってくる原因には「食欲低下」もある。摂取カロリーが不足するため、体重の減少とともに筋肉も減ってくるのだ。 さらにCOPDの人は肺の機能低下をカバーするため、呼吸筋をよく使うので、消費カロリーが増加する。人によっては1日当たり500キロカロリーぐらい増えるとされている。 このような筋力低下はCOPDでなくても、食が細くなってやせてくる高齢者でも起こる。加齢に伴う筋力低下による肺機能の低下は、「食」も大きく関係するのだ。では、肺の負担が少ない食べ物はあるのか。「長生きしたけりゃ肺を鍛えなさい」(エクスナレッジ)の著者で、「みやざきRCクリニック」(東京都品川区)の宮崎雅樹院長(呼吸器専門医)が言う。) 「私たちが生きていくための基本的な栄養素は、『糖質』『脂質』『タンパク質』の3つです。この栄養素は体内で酸素を使って燃焼し、エネルギーに変換され、酸素が使われた後には二酸化炭素が残ります。この食事の際に消費される酸素量と、排出される二酸化炭素の量は、糖質、脂質、タンパク質でそれぞれ異なります。つまり、肺機能の弱い人が呼吸の負担を減らすには、二酸化炭素の産生が少ない栄養素を選ぶことが大事なのです」 ある時間内に、生体内で酸素が燃焼したときに消費された酸素量と、それに対する二酸化炭素の排出量の体積比を「呼吸商」という。 3大栄養素の呼吸商は次のようになる。 ◆糖質のみが燃焼した場合の呼吸商は「1.0」 ◆脂質のみが燃焼した場合は「0.7」 ◆タンパク質のみが燃焼した場合は「0.8」) このように、「脂質」や「タンパク質」は二酸化炭素の排出量が少なく、「糖質」は呼吸という面では不利な栄養素になる。 ■「お茶漬け」や「そうめん」ばかりは危ない 筋力の維持には適度な運動が欠かせないが、タンパク質の摂取量が不足していれば、運動をしても筋力が低下する。タンパク質量の不足で筋肉が減少すると老化が進み、肺機能の老化も進むことになる。 「COPDの患者さんの食事指導でも、タンパク質の取り方は重要です。タンパク質は約20種類のアミノ酸で構成されていますが、COPDの人は体内で合成できないBCAA(分岐鎖アミノ酸)と、肝臓で代謝されるAAA(芳香族アミノ酸)との比率が低下するので、BCAAを積極的に取ることが推奨されています。BCAAは『良質なタンパク質』にバランスよく含まれています」) 良質なタンパク質は、カツオ、マグロ、アジなどの魚介類、牛肉や豚肉、鶏卵、納豆、チーズ、牛乳などに含まれている。食欲が低下している人は「お茶漬け」や「そうめん」などの食事を好む。 しかし、ごはんや麺などの糖質(炭水化物)が多いと食事で消費する酸素量が増えるばかりか、二酸化炭素排出量も増えるので呼吸に負担がかかる。そのためCOPDの人には、糖質を減らして脂質やタンパク質を増やすことがすすめられているという。 食欲がなく一度にたくさん食べられない人は、少量で高カロリーを摂取できる「脂質」を多く含む食べ物を取るなどの工夫をするといい。たとえばバターやチーズ、ヨーグルトなどの乳製品。脂質は呼吸商が最も低く、酸素消費が最も少ない栄養素なので、食が細くなっている高齢者などにはすすめられる。 「脂質は調理法として、炒めものや揚げものなどで油を上手に取り入れるのもいいでしょう。ただ、消化機能が衰えた高齢者は、油を多く使った料理はたくさん食べられないと思います。その場合、アジ、サバ、イワシなどの青背魚に含まれるDHAやEPAなどの良質な油(魚油)を多く取るのがいいでしょう」 1日3回の食事で必要な摂取カロリーが取れない人は、間食(おやつ)を取ることでもOK。バターを多く使った洋菓子、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品。特に乳脂肪分の多いアイスクリームは、食欲が落ちても取りやすいのでおすすめという』、「「脂質」や「タンパク質」は二酸化炭素の排出量が少なく、「糖質」は呼吸という面では不利な栄養素になる」、「筋力の維持には適度な運動が欠かせないが、タンパク質の摂取量が不足していれば、運動をしても筋力が低下する。タンパク質量の不足で筋肉が減少すると老化が進み、肺機能の老化も進むことになる」、「消化機能が衰えた高齢者は、油を多く使った料理はたくさん食べられないと思います。その場合、アジ、サバ、イワシなどの青背魚に含まれるDHAやEPAなどの良質な油(魚油)を多く取るのがいいでしょう」 1日3回の食事で必要な摂取カロリーが取れない人は、間食(おやつ)を取ることでもOK。バターを多く使った洋菓子、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品。特に乳脂肪分の多いアイスクリームは、食欲が落ちても取りやすいのでおすすめという」、私の好物の「アイスクリーム」がおすすめとは嬉しい。
先ずは、本年1月26日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/293523
・『人生100年時代。現在の70代の日本人はかつての70代とは違います。若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」とも言えます。70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めるとも言えます。要介護状態を遠ざけ、自立した80代以降の老いを迎えるためには、どう過ごせばいいしょうか。30年以上にわたって高齢者専門の精神科医として医療現場に携わってきた和田秀樹さんの『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)から抜粋します』、後期高齢者になった私としても大いに興味を掻き立てられる。
・『平均寿命は延びたが健康寿命は男女とも75歳に届かず 人生100年時代ということが語られて久しくなりましたが、実際に人々、とくに女性は90代まで生きることが当たり前の時代になりました。おそらく今後も医学の進歩が進むでしょうから、100歳というのは夢物語ではなくなることでしょう。 ところが日常生活にまったく制限なく生きていられる健康寿命の延びは、平均寿命の延びに追いついておらず、男女とも75歳に届いていません。 要するに、70代をうまく生きないと、長生きはできてもよぼよぼとしたり、介護を受ける期間の長い高齢者になってしまうということです。 一方で、高齢者というのはとても個人差の大きい年代です。 2016年の時点で、男性の健康寿命の平均は72.14歳、女性は74.79歳ということになっていますが、これはあくまで平均値です。男性でも80歳を過ぎて矍鑠(かくしゃく)とした現役の経営者や学者、そしてフルマラソンを走るような人がいる一方で、60代から要介護状態に陥ってしまう人がいます。 ただ、一般的には70歳の時点ではまだ頭も身体もしっかりしているという人が大多数であるはずです。ここで、どのような生き方をするかでいつまで元気で頭のしっかりした高齢者でいられるかが決まってくるのです。 私が長年高齢者とかかわってきて、痛感してきたことはいくつかあります。 気持ちが若く、いろいろなことを続けている人は、長い間若くいられる。 栄養状態のよしあしが、健康長寿でいられるかどうかを決める。 そして、それ以上に重要なのは、人々を長生きさせる医療と、健康でいさせてくれる医療は違うということです。 たとえば、コレステロールというものは長生きの敵のように言われていますが、コレステロールの高い人ほどうつ病になりにくいし、それが男性ホルモンの材料なので、男性ではコレステロールが高い人ほど元気で頭がしっかりしています。 血圧や血糖値にしても、高めのほうが頭がはっきりするので、薬でそれを下げると頭がぼんやりしがちです。また、高血圧や高血糖に対して塩分制限や食事制限が課されることが多いわけですが、生きる楽しみを奪われたり、味気ないものを食べることになるので、元気のないお年寄りになりがちです。 ところが、日本では大規模調査がほとんどなされておらず、この長生きのための医療にしても、それで本当に長生きできるのかははっきりしないのです。実際、コレステロールが高めの人や、太めの人のほうが高齢になってからの死亡率が低いことが明らかになっています。 高齢者をあまり診ていない人による旧来型の医療常識に縛られず、70代をどう生きるかで残りの人生が大きく違うというのが、私の30年以上の臨床経験からの実感です』、私は「コレステロール」値が高い方だが、最近は医者が文句を言わなくなったのはこのためなのかも知れない。
・『いまの70代は、かつての70代とはまったく違う 私はこれまで30年以上にわたって、高齢者専門の医療現場に携わってきましたが、日本人にとっては今後、70代の生き方が、老後生活において非常に重要になってくると考えています。 70代の生き方が、その後、要介護となる時期を遅らせて、生き生きとした生活をどれだけ持続できるかということに、大きくかかわっているからです。 なぜ、70代の生活がその人の晩年のあり方を左右するようになってきたのか、まずはそこから本書を始めようと思います。 現在の70代の人たちは、戦前生まれの人が70代になった頃と比べて、格段に若々しく、元気になってきました。 戦後の大幅な出生人口増加期に生まれた団塊の世代(1947~1949年生まれ)の人たちも、2020年にはみな70代になっていますが、この団塊の世代に代表される現在の70代は、少し前までの70代の人とは、大きく違います。身体の健康度、若々しさがまったく違うのです。 たとえば1980年当時、60代後半、つまり65~69歳の人のおよそ10%近くの人が普通に歩行することができませんでした。しかし、2000年には、正常歩行できない人が2~3%に激減しています』、「1980年当時、60代後半・・・の人のおよそ10%近くの人が普通に歩行することができませんでした。しかし、2000年には、正常歩行できない人が2~3%に激減」、確かに健康な老人が増えたようだ。
・『第2次世界大戦後 元気な70代が増えた理由 私も高齢者を長年診ていますが、かつての70代はそれなりによぼよぼしていましたが、いまの70代はまだまだ元気な人が多く、10歳くらい若返ったような印象です。 このような元気な70代が増えた理由には、第2次世界大戦後の栄養状態の改善が挙げられます。戦後の食糧難にあえぐ日本に、アメリカから余った脱脂粉乳が大量に送り込まれましたが、このころから日本人の栄養状態が改善します。 成長期の栄養状態が改善したことで、日本人の寿命は延び、体格もよくなり、現在の若々しい元気な高齢者を出現させています。 戦後の結核の撲滅については、ストレプトマイシンという抗生物質のおかげだと考えている人も多くいますが、実際はタンパク質を多くとるような栄養状態の改善が、免疫力の向上をもたらしたことによって可能となったのが真相です。 そもそもストレプトマイシンは結核になってからの治療薬であって、それが結核を激減させた理由にはなりません。結核を予防するBCG接種も、開始されたのは1950年ころからです。赤ちゃんのときに接種して、その効果で結核が減るとしても、統計に現れてくるのは少なくとも赤ちゃんが成長した10年後くらい、1960年代くらいからになるはずです。 しかし、結核の減少は、1947年くらいから始まっています。これは、アメリカからの支援物資による栄養状態の改善時期と一致します。 戦前の日本人も摂取カロリーでいえば、それなりにとっていましたが、タンパク質は驚くほどとっていませんでした。そのため免疫力が低く、結核で亡くなる人が多かったのです。) それが戦後の栄養状態改善で結核が減り、若いときに死ぬ人が激減しました。これによって平均寿命が一気に延びたのです。若くして亡くなる人を減らすことが、平均寿命を延ばす大きな要因になります。 また、それと同時に日本人の体格も向上していきます。男の平均身長が170センチを超えたのが、1970年前後です。昔は子どもの頃の栄養失調もあって、小さい高齢者がときどきいましたが、いまではほとんどいません。 戦後生まれの人たちはこうして平均寿命を延ばし、体格も立派になって、健康で若々しさを保つようになってきたのです。その先駆けが、いま、70代を迎えている人たちなのです』、「戦後の食糧難にあえぐ日本に、アメリカから余った脱脂粉乳が大量に送り込まれましたが、このころから日本人の栄養状態が改善します」、「戦前の日本人も摂取カロリーでいえば、それなりにとっていましたが、タンパク質は驚くほどとっていませんでした。そのため免疫力が低く、結核で亡くなる人が多かったのです。 それが戦後の栄養状態改善で結核が減り、若いときに死ぬ人が激減」、まさに「アメリカ」さまさまだ。
・『もはや70代は現役時代の延長でいられる期間となった 日本よりも栄養状態のよかったアメリカでは、これまでの世代とは違った元気な70代が、日本よりも一足先に社会に登場します。 1974年、アメリカの老年学の権威であるシカゴ大学のベルニース・ニューガートンは、それまで65歳以上を高齢者とみなしていた社会に対して、75歳くらいまでは、体力的にも、知的機能的にも中高年とたいして変わらないと提起します。そして、その世代を「ヤング・オールド」と呼びました。 さらに、75歳を過ぎるころから、認知機能が落ちてきたり、病気などで介護が必要な人も出てくる世代ということで、「オールド・オールド」と定義しました。これはのちに、日本における前期高齢者、後期高齢者という考え方につながっていきました。 しかし、ニューガートンがこの考え方を提唱した1970年代当時の日本では、まだ、75歳の日本人たちは、若いころの栄養状態も悪く、身体も小さく、老いるのがいまより早かったのです。そのため、アメリカの高齢者のように元気と言える状況ではありませんでした。 それが1990年代に入ったあたりから、日本でも元気な高齢者が増えてきました。私は1988年から浴風会という高齢者専門の総合病院に勤めていましたが、多くの高齢者を診てくるなかで、次第にニューガートンと同じ考えを持つようになりました。 1997年には、『75歳現役社会論』(NHK出版)という本を著し、そこで、75歳くらいまでは、知的機能や体力、内臓機能など、中高年のころと大差なく、現役時代同様の生活ができるということを説きました。) そして、当時からさらに20年以上が経ったいま、医療はさらに進歩し、70代の人の要介護比率も改善してきています。その現実を踏まえれば、現在の日本では、75歳ではなく、80歳までは、多くの人が現役時代のような生活を送れる可能性がある社会になってきたと言えるでしょう。 これまでは70代ともなると、大病を患ったり、病院での生活を強いられたり、介護が必要となったりする人もそれなりにいましたが、今後は、自立して多くの人たちが70代を過ごすことになっていきます。70代の10年間は、ある意味、中高年の延長で生活できる期間となったのです。 それは、人生における「最後の活動期」と言ってもいいと思います。70代が活動期になったからこそ、その過ごし方が、80代以降の老いを大きく左右するようになったのです。 70代であれば、身体も動くし、頭もはっきりしていますから、日々の生活の心がけ次第で、80代以降の健やかな生活につながります。 ただ、70代には特有の脆弱さもありますから、放っておいたら衰えは進みます。だから意図的に、心がけることが大事になってきます』、「アメリカの老年学の権威であるシカゴ大学のベルニース・ニューガートンは、それまで65歳以上を高齢者とみなしていた社会に対して、75歳くらいまでは、体力的にも、知的機能的にも中高年とたいして変わらないと提起します。そして、その世代を「ヤング・オールド」と呼びました。 さらに、75歳を過ぎるころから、認知機能が落ちてきたり、病気などで介護が必要な人も出てくる世代ということで、「オールド・オールド」と定義しました。これはのちに、日本における前期高齢者、後期高齢者という考え方につながっていきました」、「前期高齢者、後期高齢者」の考え方のルーツのようだ。
・『「人生100年時代」に70代はターニングポイント 現代の日本において、70代の過ごし方が重要性を増してきた理由には、超長寿化によって、老いの期間がこれまでより延長するようになってきたという点も挙げられます。 そもそも、前述したように、これまで日本人は、戦後の栄養状態の改善によって、大きく寿命を延ばし、前の世代よりも若々しくなってきました。 かつて漫画『サザエさん』の連載が始まったのは1947年ですが、父親の磯野波平は当時、54歳の設定でした。いまの私たちから見ると、どう見ても60代半ばに見えます。それくらい、現代の日本人は若返ってきたのです。 しかし、この栄養状態の改善が、人々の若返りや寿命の延びに寄与してきたのも、1960年くらいに生まれた人たちまでで終わったと私は考えています。実際、日本人の平均身長の推移も、戦後、急速に伸びてきましたが、ここ20年くらいは伸びが止まっています。もはや栄養状態の改善は、日本全体に行きわたり、そのことが寿命の延びを牽引していくという時代は終わっているのです。 しかし実際にその後も、日本人の平均寿命は延び続け、これからも延びていくと予想されています。これは、医学の進歩がそうさせるのです。 日本人は戦後に劇的に若返ってきた体験をしているので、「人生100年時代」などと言われると、いまよりさらに若返りが可能になり、寿命が延びていくと考える人もいますが、それは正しい認識ではありません。 80歳や90歳になっても、いまの70代の人たちのように元気に活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくというのは幻想でしかありません。 若返るのではなく、医学の進歩によって、「死なない」から超長寿になるというのが「人生100年時代」の実像です』、「日本人の平均身長の推移も、戦後、急速に伸びてきましたが、ここ20年くらいは伸びが止まっています。もはや栄養状態の改善は、日本全体に行きわたり、そのことが寿命の延びを牽引していくという時代は終わっているのです。 しかし実際にその後も、日本人の平均寿命は延び続け、これからも延びていくと予想されています。これは、医学の進歩がそうさせるのです」、「80歳や90歳になっても、いまの70代の人たちのように元気に活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくというのは幻想でしかありません。 若返るのではなく、医学の進歩によって、「死なない」から超長寿になるというのが「人生100年時代」の実像です」、若干ガッカリした。
・『伸長した老いの期間を左右するのが70代になる 80歳にもなれば、みな老いに直面することになります。しかし一方で、寿命だけは延びていく。これは、私たちの人生設計を大きく変えることになるかもしれません。これまではせいぜい10年ほどだった「老い」の期間が、15~20年に延長する人生が標準になっていくからです。 今後は、伸長した老いの期間をどう生きるかが重要な課題になっていくでしょう。そして、その延長した老いのあり方を左右するのが、人生終盤の活動期である70代ということになります。 寿命がますます延びていく「人生100年時代」だからこそ、70代はますます重要性を増してきているのです。 本書では、運転免許を返納してはいけない、肉を食べる習慣が「老い」を遠ざける、運動習慣などの「老いを遅らせる70代の生活」、70代の人のかしこい医師の選び方などの「知らないと寿命を縮める70代の医療との付き合い方」、趣味を働いているうちにつくろう、高齢者の「うつ」の見分け方などの「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」について紹介しています』、「運転免許を返納してはいけない」とは嬉しいアドバイスだ。「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」を一度、じっくり読んでみたい。
次に、COPD3題のうちの「COPDの新たなメカニズム解明 新治療法の登場につながるか」2019年7月30日付け日刊ゲンダイを紹介しよう。
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/259361
・『海でおぼれているような息苦しさが続く……。これがCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の末期だ。先日、東京慈恵会医大と北里大の研究グループが新たな予防法・治療薬の開発につながる研究成果を出し、英科学誌「Nature communications」オンライン版に発表した。研究メンバーの一人、東京慈恵会医大呼吸器内科講師の皆川俊介医師に話を聞いた。 COPDは慢性気管支炎と肺気腫の総称で、国内の推定患者数は500万人以上。しかし、治療患者数は約22万人(2005年)で、多くは治療に結びついていない。 「認知度が低いのが問題です。肺機能検査(スパイロメトリー)ですぐに判明しますが、受けていない人が大半です」 主な原因は、たばこ。喫煙本数×期間で、いつ発症するかが違ってくるが、加齢もCOPDに関係しているため、患者のほとんどは高齢者だ。禁煙時期で呼吸機能の低下の速度が違い、発症後の過ごし方、いつ亡くなるかが大きく変わる。 COPDは有効な治療法がほとんどない。 「たばこの有害物質で気管や肺胞に慢性炎症が起こり、肺胞が酸素を取り込めなくなる病気とは分かっていましたが、炎症は強いものではなく、これが原因か、それともCOPDによる結果か、メカニズムがはっきりしていませんでした。だから完治につながる治療法もありませんでした」 対症療法しかなく、初診時にすでに重度の患者も多いので、死に向かうのをわずかに遅らせるだけ……という患者も珍しくなかった』、私も長年「喫煙者」だったので、COPDだ。「有効な治療法がほとんどない」、知ってはいたが、改めて文字で読まされるとショックだ。
・『有効な治療ターゲットになりえる2つのポイント 今回、皆川医師らが発表した内容は、ごく簡単に言うと、「たばこの有害物質によって、肺の細胞内にある本来無害な鉄が有害な鉄へ分解。それによって細胞膜を構成する脂質が酸化し、細胞死に至り、COPDを発症する」。 「もともとCOPDの患者の肺では、喫煙で肺の上皮細胞が障害され、細胞死が存在することは明らかになっていました。このメカニズムを解明したことになります。まずは、細胞死には鉄とリン脂質が関係していて、有害な遊離鉄によって細胞膜のリン脂質が酸化し、細胞死を引き起こす“フェロトーシス”が生じる(図中(1))。では、有害な遊離鉄はどうしてできるのか? 本来、細胞内の鉄はフェリチンという安定・無害な状態で貯蔵されていますが、細胞内タンパクの分解機能オートファジー機構で有害な遊離鉄へと分解されるのです」 患者にとって重要なポイントは、メカニズム解明によってQOLを改善させるような新しい治療が期待できること。この研究には治療ターゲットになりえる次の2つのポイントがある。 ポイント①…本来の無害な鉄は、「NCOA4」という積み荷を運ぶトランクのようなもので運ばれ、オートファジーという処理工場で有害な遊離鉄に分解される(図中(2))。このNCOA4の働きを抑えることで、有害な遊離鉄への分解を抑制し、結果、細胞膜の酸化反応やフェロトーシスを抑制する。) ポイント②…細胞膜を構成する脂質の酸化は「GPx4」というタンパクでも抑制できる。GPx4を強化することで、酸化を抑え、細胞死を回避できる。 「NCOA4やGPx4を標的とした治療は十分に可能だと思います。気道に特異的にアプローチしなくてはならないなど課題はありますが、遠くない将来、根本的治療法がなかったCOPDに対する治療薬が登場する可能性は高いです」 だからこそ、いま私たちが肝に銘じるべきは、COPDの早期発見。喫煙者や受動喫煙者は呼吸器内科でスパイロメトリーの検査を。 なお、息苦しさ、呼吸困難などの自覚症状が出てからでは、“早期発見”とは言えない』、「遠くない将来、根本的治療法がなかったCOPDに対する治療薬が登場する可能性は高いです」、とは嬉しい予測だが、私に間に合うのかも問題だ。
第三に、COPD3題のうちの「肺<上>肺トレでやるべき2つの呼吸法とスクワット 専門医が解説」(1月20日付け日刊ゲンダイ)を紹介しよう。
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/277174
・『肺の健康状態や老化度を知る方法のひとつに、呼吸器内科で呼吸機能検査(スパイロメトリー)を受けることで分かる「肺年齢」という指標がある。1秒間に吐ける息の量から、実年齢(標準)と比べて自分の呼吸機能がどの程度か確認するための目安になる。 肺年齢は、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や、ぜんそくなどの慢性呼吸器疾患があると実年齢よりも高くなる。しかし、呼吸機能は肺に病気がなくても、20歳前後をピークに加齢とともに低下していく。肺年齢を若々しく保つ方法はないのか。 「長生きしたけりゃ肺を鍛えなさい」(エクスナレッジ)の著者で、「みやざきRCクリニック」(東京都品川区)の宮崎雅樹院長(呼吸器専門医)が言う。 「肺の病気がなくても、『若い頃より息切れがしやすくなった』といった自覚があるのであれば、肺の老化が進んでいる可能性があります。そうした人は『肺トレ』を試してみるといいでしょう。肺トレは、呼吸リハビリテーション(以下、呼吸リハ)の方法をベースにした、主に健常者向けの自分で行う健康法のひとつです」 呼吸リハは、COPDなどの患者が息苦しさなどを改善するために、医療機関で行われているもの。慢性呼吸器不全の主な症状は、体を動かしたときに呼吸が苦しくなる。階段の上り下りや入浴、トイレに行く、といった日常生活動作(ADL)が息苦しくてできなくなる。呼吸リハの最大の目的はこのADLの改善になる。 まず動いても息苦しくならないようにするのが「呼吸訓練」。特別な呼吸法を行うことによって、息苦しさなどの症状を改善させる。また肺機能が低下すると、体を動かすのがつらくなるので、歩かなくなり下半身の筋力が低下する。弱った筋力を回復するための「運動療法(筋トレ)」も、呼吸リハの一部に取り入れられているという』、「呼吸リハビリテーション」については、下記のような動画付きの案内がある。
https://www.keiseikai.net/medicalinformation/copd/exercisetherapy.php
・『口すぼめ呼吸 肺トレでまず覚えてほしいのが、呼吸を楽にする呼吸法。さまざまな方法があるが、代表的なのが「口すぼめ呼吸」だ。①鼻から息を肺がいっぱいになるまで吸う。②口を軽くすぼめて、息をゆっくり長く吐く。ポイントは、目の前に火のついたロウソクがあることをイメージして、その火を消さないくらいの強さでゆっくり息を吐く。 「COPDやぜんそくは閉塞性換気障害といって、炎症を起こして狭くなった気管支がつぶれやすくなり、息をスムーズに吐き出せなくなります。そのため、肺の中に吐き出せない空気がたまり、息苦しさなどの症状が出るのです。こうした症状が出ているときに、口すぼめ呼吸を行うと呼吸が楽になります」 ヨガなどでも基本の呼吸法とされている「腹式呼吸」も、呼吸リハでは昔から行われている。横隔膜を大きく動かして呼吸するため、空気が肺にいっぱい入って呼吸が楽になる』、なるほど。
・『腹式呼吸 ①座位または立位で背筋を伸ばし、鼻からゆっくり息を吸い込む。このとき、ヘソの下に空気をためていくイメージでお腹を膨らませる。②次に、口からゆっくり息を吐き出す。お腹をへこませながら、体の中の悪いものをすべて出し切るような感覚で、吸うときの倍くらいの時間をかけるつもりで吐く。1日5回くらいから始め、慣れてきたら1日10~20回を基本に行う。 呼吸を楽にするには、呼吸法のトレーニングだけでは十分ではない。大事なのは全身の筋トレになる。特に太ももの筋肉が衰えてあまり動かない生活を続けると、呼吸で使う上半身の呼吸筋も衰えていくからだ。散歩やウオーキングなどを日課としながら、筋トレも習慣にするといい。 「肺の老化を防ぐ運動として最も勧められるのは、大腿四頭筋(太ももの筋肉)を効率良く鍛えられる『スクワット』です。やり方が正しければ毎日行う必要はなく、週3日くらいでも効果があるといわれています。無理のない範囲で、少しずつ始めてみてください」) スクワットの基本的なやり方は、両足を肩幅くらいに開いて立ち、膝を曲げながら腰を落とした後、膝を伸ばしながら腰を元の位置に戻す。ポイントは腰を落とす際、できるだけ膝がつま先より先に出ないように注意すること。これを10回1セットとし、1日3セットを目安に行う。 次回は「肺を老化させない食べ物」を紹介してもらう』、「呼吸を楽にするには、呼吸法のトレーニングだけでは十分ではない。大事なのは全身の筋トレになる。特に太ももの筋肉が衰えてあまり動かない生活を続けると、呼吸で使う上半身の呼吸筋も衰えていくからだ。散歩やウオーキングなどを日課としながら、筋トレも習慣にするといい」、なるほど。
第四に、COPD3題のうちの「肺<下>呼吸器専門医が教える肺を元気にする食べ物 タンパク質が重要」(1月27日付け日刊ゲンダイ)を紹介しよう。
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/277204
・『肺の主な病気のひとつに、慢性的に肺胞や気道の炎症が徐々に進行する「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」がある。体を動かすと息切れを起こすので、進行すると体を動かさなくなり全身の筋力が衰えていく。当然、呼吸で使う肋間筋や横隔膜などの上半身の「呼吸筋」も衰え、より呼吸しづらくなる。 また、筋肉量が減ってくる原因には「食欲低下」もある。摂取カロリーが不足するため、体重の減少とともに筋肉も減ってくるのだ。 さらにCOPDの人は肺の機能低下をカバーするため、呼吸筋をよく使うので、消費カロリーが増加する。人によっては1日当たり500キロカロリーぐらい増えるとされている。 このような筋力低下はCOPDでなくても、食が細くなってやせてくる高齢者でも起こる。加齢に伴う筋力低下による肺機能の低下は、「食」も大きく関係するのだ。では、肺の負担が少ない食べ物はあるのか。「長生きしたけりゃ肺を鍛えなさい」(エクスナレッジ)の著者で、「みやざきRCクリニック」(東京都品川区)の宮崎雅樹院長(呼吸器専門医)が言う。) 「私たちが生きていくための基本的な栄養素は、『糖質』『脂質』『タンパク質』の3つです。この栄養素は体内で酸素を使って燃焼し、エネルギーに変換され、酸素が使われた後には二酸化炭素が残ります。この食事の際に消費される酸素量と、排出される二酸化炭素の量は、糖質、脂質、タンパク質でそれぞれ異なります。つまり、肺機能の弱い人が呼吸の負担を減らすには、二酸化炭素の産生が少ない栄養素を選ぶことが大事なのです」 ある時間内に、生体内で酸素が燃焼したときに消費された酸素量と、それに対する二酸化炭素の排出量の体積比を「呼吸商」という。 3大栄養素の呼吸商は次のようになる。 ◆糖質のみが燃焼した場合の呼吸商は「1.0」 ◆脂質のみが燃焼した場合は「0.7」 ◆タンパク質のみが燃焼した場合は「0.8」) このように、「脂質」や「タンパク質」は二酸化炭素の排出量が少なく、「糖質」は呼吸という面では不利な栄養素になる。 ■「お茶漬け」や「そうめん」ばかりは危ない 筋力の維持には適度な運動が欠かせないが、タンパク質の摂取量が不足していれば、運動をしても筋力が低下する。タンパク質量の不足で筋肉が減少すると老化が進み、肺機能の老化も進むことになる。 「COPDの患者さんの食事指導でも、タンパク質の取り方は重要です。タンパク質は約20種類のアミノ酸で構成されていますが、COPDの人は体内で合成できないBCAA(分岐鎖アミノ酸)と、肝臓で代謝されるAAA(芳香族アミノ酸)との比率が低下するので、BCAAを積極的に取ることが推奨されています。BCAAは『良質なタンパク質』にバランスよく含まれています」) 良質なタンパク質は、カツオ、マグロ、アジなどの魚介類、牛肉や豚肉、鶏卵、納豆、チーズ、牛乳などに含まれている。食欲が低下している人は「お茶漬け」や「そうめん」などの食事を好む。 しかし、ごはんや麺などの糖質(炭水化物)が多いと食事で消費する酸素量が増えるばかりか、二酸化炭素排出量も増えるので呼吸に負担がかかる。そのためCOPDの人には、糖質を減らして脂質やタンパク質を増やすことがすすめられているという。 食欲がなく一度にたくさん食べられない人は、少量で高カロリーを摂取できる「脂質」を多く含む食べ物を取るなどの工夫をするといい。たとえばバターやチーズ、ヨーグルトなどの乳製品。脂質は呼吸商が最も低く、酸素消費が最も少ない栄養素なので、食が細くなっている高齢者などにはすすめられる。 「脂質は調理法として、炒めものや揚げものなどで油を上手に取り入れるのもいいでしょう。ただ、消化機能が衰えた高齢者は、油を多く使った料理はたくさん食べられないと思います。その場合、アジ、サバ、イワシなどの青背魚に含まれるDHAやEPAなどの良質な油(魚油)を多く取るのがいいでしょう」 1日3回の食事で必要な摂取カロリーが取れない人は、間食(おやつ)を取ることでもOK。バターを多く使った洋菓子、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品。特に乳脂肪分の多いアイスクリームは、食欲が落ちても取りやすいのでおすすめという』、「「脂質」や「タンパク質」は二酸化炭素の排出量が少なく、「糖質」は呼吸という面では不利な栄養素になる」、「筋力の維持には適度な運動が欠かせないが、タンパク質の摂取量が不足していれば、運動をしても筋力が低下する。タンパク質量の不足で筋肉が減少すると老化が進み、肺機能の老化も進むことになる」、「消化機能が衰えた高齢者は、油を多く使った料理はたくさん食べられないと思います。その場合、アジ、サバ、イワシなどの青背魚に含まれるDHAやEPAなどの良質な油(魚油)を多く取るのがいいでしょう」 1日3回の食事で必要な摂取カロリーが取れない人は、間食(おやつ)を取ることでもOK。バターを多く使った洋菓子、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品。特に乳脂肪分の多いアイスクリームは、食欲が落ちても取りやすいのでおすすめという」、私の好物の「アイスクリーム」がおすすめとは嬉しい。
タグ:健康 (その18)(70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方、(COPD3題:COPDの新たなメカニズム解明 新治療法の登場につながるか、肺<上>肺トレでやるべき2つの呼吸法とスクワット 専門医が解説、肺<下>呼吸器専門医が教える肺を元気にする食べ物 タンパク質が重要)) ダイヤモンド・オンライン 和田秀樹氏による「70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方」 後期高齢者になった私としても大いに興味を掻き立てられる。 私は「コレステロール」値が高い方だが、最近は医者が文句を言わなくなったのはこのためなのかも知れない。 「1980年当時、60代後半・・・の人のおよそ10%近くの人が普通に歩行することができませんでした。しかし、2000年には、正常歩行できない人が2~3%に激減」、確かに健康な老人が増えたようだ。 「戦後の食糧難にあえぐ日本に、アメリカから余った脱脂粉乳が大量に送り込まれましたが、このころから日本人の栄養状態が改善します」、「戦前の日本人も摂取カロリーでいえば、それなりにとっていましたが、タンパク質は驚くほどとっていませんでした。そのため免疫力が低く、結核で亡くなる人が多かったのです。 それが戦後の栄養状態改善で結核が減り、若いときに死ぬ人が激減」、まさに「アメリカ」さまさまだ。 「アメリカの老年学の権威であるシカゴ大学のベルニース・ニューガートンは、それまで65歳以上を高齢者とみなしていた社会に対して、75歳くらいまでは、体力的にも、知的機能的にも中高年とたいして変わらないと提起します。そして、その世代を「ヤング・オールド」と呼びました。 さらに、75歳を過ぎるころから、認知機能が落ちてきたり、病気などで介護が必要な人も出てくる世代ということで、「オールド・オールド」と定義しました。これはのちに、日本における前期高齢者、後期高齢者という考え方につながっていきました」、「前期高齢者 「日本人の平均身長の推移も、戦後、急速に伸びてきましたが、ここ20年くらいは伸びが止まっています。もはや栄養状態の改善は、日本全体に行きわたり、そのことが寿命の延びを牽引していくという時代は終わっているのです。 しかし実際にその後も、日本人の平均寿命は延び続け、これからも延びていくと予想されています。これは、医学の進歩がそうさせるのです」、「80歳や90歳になっても、いまの70代の人たちのように元気に活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくというのは幻想でしかありません。 若返るので 「運転免許を返納してはいけない」とは嬉しいアドバイスだ。一度、じっくり読んでみたい。 「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」を一度、じっくり読んでみたい。 「COPDの新たなメカニズム解明 新治療法の登場につながるか」 日刊ゲンダイ 私も長年「喫煙者」だったので、COPDだ。「有効な治療法がほとんどない」、知ってはいたが、改めて文字で読まされるとショックだ 「遠くない将来、根本的治療法がなかったCOPDに対する治療薬が登場する可能性は高いです」、とは嬉しい予測だが、私に間に合うのかも問題だ。 「肺<上>肺トレでやるべき2つの呼吸法とスクワット 専門医が解説」(1月20日付け日刊ゲンダイ 「呼吸リハビリテーション」については、下記のような動画付きの案内がある。 「呼吸を楽にするには、呼吸法のトレーニングだけでは十分ではない。大事なのは全身の筋トレになる。特に太ももの筋肉が衰えてあまり動かない生活を続けると、呼吸で使う上半身の呼吸筋も衰えていくからだ。散歩やウオーキングなどを日課としながら、筋トレも習慣にするといい」、なるほど。 「肺<下>呼吸器専門医が教える肺を元気にする食べ物 タンパク質が重要」(1月27日付け日刊ゲンダイ) 「「脂質」や「タンパク質」は二酸化炭素の排出量が少なく、「糖質」は呼吸という面では不利な栄養素になる」、「筋力の維持には適度な運動が欠かせないが、タンパク質の摂取量が不足していれば、運動をしても筋力が低下する。タンパク質量の不足で筋肉が減少すると老化が進み、肺機能の老化も進むことになる」、「消化機能が衰えた高齢者は、油を多く使った料理はたくさん食べられないと思います。その場合、アジ、サバ、イワシなどの青背魚に含まれるDHAやEPAなどの良質な油(魚油)を多く取るのがいいでしょう」 1日3回の食事で必要な摂
リベラリズム(その1)(日本の「リベラルの弱点」とは、カズオ・イシグロの警告が理解できない リベラルの限界 彼らはなぜ「格差」を無視し続けるのか、リベラルは何故こんなにも絶望しているのか~「保守」にあって「リベラル」に無いもの) [国内政治]
今日は、リベラリズム(その1)(日本の「リベラルの弱点」とは、カズオ・イシグロの警告が理解できない リベラルの限界 彼らはなぜ「格差」を無視し続けるのか、リベラルは何故こんなにも絶望しているのか~「保守」にあって「リベラル」に無いもの)を取上げよう。
先ずは、やや古いが、2018年7月31日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した評論家・ラジオパーソナリティの荻上チキ氏による「日本の「リベラルの弱点」とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/175791
・『TBSラジオ『Session-22』でパーソナリティを務め、日々、日本の課題に向き合い続けてきた荻上チキによる新刊『日本の大問題――残酷な日本の未来を変える22の方法』が7月19日に刊行された。【経済】【政治】【外交】【治安】【メディア】【教育】――どこをみても「問題だらけ」のいまの日本の現状と、その未来を変えるための22の対応策がまとめられた同書のエッセンスを紹介していきます』、興味深そうだ。
・『日本の財政状況の現状 まず財政の現状について簡単に概観しておきましょう。経済成長率の鈍化は、日本の財政に大きな影響を与えています。 1990年代以降、日本が、低成長期・デフレ不況期に突入していくと、如実に税収が減っていることがわかります(一般会計税収の推移)。その一方で、歳出(=政府の支出)が増えていることも見て取れるのがこの図です(一般会計歳出の推移)。収入は減っているのに、使うお金は増え続けてしまっているわけです』、なるほど。
・『日本の「リベラルの弱点」とは 政府の支出が増え続ける理由のひとつは、社会保障費の「自然増」によるものです。少子高齢化の現在、高齢者の数は毎年増え続けていきます。そのため、年金や医療費などの支出は、放っておいても自然に増大します。 そしてもうひとつは、景気が悪化し続けていることにより、「不況でみんな苦しくて収入が減っているから、助けなきゃいけない」という具合に、失業対策や貧困対策などの支出が増えてきたことが挙げられます。 90年代以降の日本は、税収は減っているのに、支出が増えるという傾向が続いています。そのバランスをどのように整えればいいのかというのが、大きな課題になっているということです』、消費税増税が「バランスを」「整え」る主要な手段というのが、与野党の基本合意だった。
・『日本の「リベラル」の弱点 日本では、再分配政策を唱えつつ、経済成長を促すという主張がなかなか出てこない。つまり、経済成長を求める人は、人権を守るための再分配政策には強い関心を示さず、人権に関心のある人は再分配を求めるものの、経済成長に関してはあまり議論をしたがらない。これは大問題です。 日本に多く見られる脱成長主義論者はまた、多文化主義の実現にも否定的になりがちです。たとえば、これは日本に限ったことではありませんが、右派にも左派にも反グローバリズムを唱える人が数多くいます。 右派は、自国の伝統や文化が外国人に破壊されることに反対して反グローバリズムを掲げるし、左派はグローバル企業によって貧困や格差が拡大することに反対してやはり反グローバリズムを謳う。反グローバリズムという点で、少なからぬ左派が右派と共通の主張をしているわけです。 それに対して、ポール・クルーグマン、アマルティア・セン、トマ・ピケティといった、政治的には左派で、日本でも左派に人気の経済学者も、ひとまず安倍政権の金融政策そのものは評価をする。労働者や移民の権利を守る必要性を唱えると同時に、市場は自由であるべきだと主張する。労働者の権利を守ることと経済成長は相反するものではありません。 そうしたなかで自民党は、今のところ相対的には経済成長と再分配政策の両方をうまくやっています。たとえば安倍政権は、左派がかつて言っていた女性の活躍や教育無償化を打ち出すようになった。これは、皮肉を込めていえば、左派の受動的な勝利であると同時に、プレゼンス上の敗北であるといえます。 10年前の第一次安倍政権であれば、女性の活躍を口にすることなど考えられませんでした。男女共同参画社会基本法に「ジェンダーフリー」という言葉が入ることや性教育を許さず、フェミニズムを叩いていた人ですが、今は女性に活躍してもらいましょうと言っている。なぜなら、そのほうが経済合理性があるからです。一方で、リベラルメディア叩きは加速させてはいますが。 フェミニストやリベラリストは、この状況に対して「女性が経済成長の資源として利用されている」と批判しています。その指摘は重要で、政権は「男女差別撤廃」とは掲げず、あくまで経済合理性の観点から「女性活躍推進」を叫ぶ。そのひとつの表出が、財務省のセクハラ疑惑に対する対応のまずさにも如実に表れていた。それでも、それまで経済政策については、「やらないよりまし」「やれないよりまし」ということで、安倍政権の経済政策は国民から一定の相対的支持を受けていました』、岸田首相は野党のお株を奪って「分配」重視の姿勢を打ち出した。
・『経済の「自由主義」と政治の「自由主義」は違う さて、日本は政治制度としては議会制民主主義を、経済制度としては自由主義を採用しています。この自由主義という言葉は、経済学の文脈なのか、政治哲学の文脈なのかで、ニュアンスが変わってくる。 経済的自由主義ですと、国家が市場に対して過剰にコントロールすることのないことを意味します。要は「市場の国家からの自由」ですね。 ただし誤解されがちなのは、自由主義を語る名だたる経済学者は、市場を放置せよ、何もするな、とは主張していません。たとえば自由な市場を維持するためには、労働者の人権を侵害するようなことがあってはならないし、独占や、あるいは著作権侵害などがあっては、適切な価格変動や、必要なイノベーションが阻害される。だから、健全な成長のために必要な自由市場を守る、そのためにはどの程度のルール作りが妥当かというのを議論します。 対して政治的自由主義は、絶対王政や宗教国家ではない個人主義と、その個人が平等に自由を行使しつつ、他者からの不当な権利侵害を受けずに済むということを意味します。個人の国家からの自由、という具合でしょうか。 政治的自由主義は、その実現のため、さまざまなバリエーションを持ちます。当初は、絶対権力からの自由という意味で、国家は社会に介入すべきではないという思想として育ちました。これを自由権といいます。 しかしそれだけでは、貧困や格差の問題が改善されず、別の権力者=資本家が力を持つことになる。そこで、国家が適切に社会に介入することで、利害調整を行い、そのことで実質的な自由を確保することが重要だという考えが出てきます。これを社会権といいます』、なるほど。
・『経済-政治間の議論の往還を 日本の場合、経済的自由主義と政治的自由主義が、あまりマッチしていないように思えます。論壇的な思想分野で、ポストマルクス主義の影響も大きかったためか、あたかも両者は対立関係にあるのだと理解されている節がある。 しかし、金融政策による安定、財政政策によって景気刺激と適切な再分配を行うことは、経済的、政治的いずれの自由主義においても重要なアクションです。 他方で、保守主義のスタンスにも、経済的保守と政治的保守とがあります。機会の不均衡を是認する経済的保守と、社会秩序の変革に消極的な政治的保守。両者は、エスタブリッシュメント内でも、あるいは自らがリベラルへのカウンターパートであると自認する者にとっても、ある程度の重なりが見られる。 物事には、左右の対立だけでなく、上下の対立があるのですが、左右によって上下が覆い隠されることへの苛立ちが、トランプ現象という逆襲のアイデンティティポリティクスにもつながっていました。 そんななか、どういう課題が現在はあるのか。まずは、経済的、政治的自由主義間の豊かな対話と、労働者や住人たちへの幅広い包摂です』、「物事には、左右の対立だけでなく、上下の対立があるのですが、左右によって上下が覆い隠されることへの苛立ちが、トランプ現象という逆襲のアイデンティティポリティクスにもつながっていました」、「苛立ちが、トランプ現象という逆襲のアイデンティティポリティクスにもつながっていました」、とは難しい表現だ。
・『『日本の大問題』を書いた理由。 日本は〈今は〉国際的にも経済大国であり、政治的にも安定している先進国です。所得だけでなく、治安などの面でその豊かさを享受している人は多いでしょう。しかしこれからはどうなるか分かりません。GDPが中国に抜かれて3位に落ちたと騒がれていますが、すでに「一人あたりGDP」は2017年で25位。先進国の中でも非常に低い状況です。 そして日本には〈今も〉さまざまな問題点があります。貧困、格差、ジェンダー、人種差別といった問題に加え、政治やメディアなどの構造的な課題もある。そうした問題に目を背けることなく、社会的なバグを見つけては、ひとつずつ改善していくことが必要です。 「この国を、これからどこに向かわせましょうか」 これが、『日本の大問題』があなたに投げかける問いです。 「この国は、これからどこに向かうのでしょうか」 こうした問いかけはしません。それだと他人事っぽいからです。 この国には現在、多くの大問題があります。それらの問題を解決するために、あなたは具体的に何をはじめようと思いますか?人任せではいけません。ここは、あなた自身が暮らす社会なのですから。部屋が散らかっている。だから整理整頓する。それと同じようなことです。 もちろん片付けるのが苦手な人もいる。では、その部分は誰にどのような方法で任せますか。あるいは、自分の得意分野はなんでしょうか。 何かをするにしても、どういう問題があるのかわからない。そこで立ち止まる人もいると思います。そこで本書は、【政治】【経済・福祉】【外交】【メディア】【治安】【教育】の6つの分野について、今ある大問題の確認と、私なりのひとつの提案を示しています。 ぜひお手に取って頂ければ幸いです』、「提案」の骨格も示さずに、「ぜひお手に取って頂ければ幸いです」とは虫が良すぎる。
次に、3月22日付け現代ビジネスが掲載した会社員で文筆家の御田寺 圭氏による「カズオ・イシグロの警告が理解できない、リベラルの限界 彼らはなぜ「格差」を無視し続けるのか」を紹介しよう。
・『「横」を見るだけでは不十分 2017年にノーベル文学賞を受賞した小説家カズオ・イシグロ氏の、あるインタビューが各所で大きな話題になった。 そのインタビューが多くの人から注目されたのはほかでもない――「リベラル」を標榜する人びとが自分たちのイデオロギーを教条的に絶対正義とみなし、また自身の感情的・認知的好悪と社会的正義/不正義を疑いもなくイコールで結びつける風潮の高まりに対して、自身もリベラリズムを擁護する立場であるイシグロ氏自身が、批判的なまなざしを向けていることを明言する内容となっていたからだ。 〈俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなどを飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです。 私は最近妻とよく、地域を超える「横の旅行」ではなく、同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る「縦の旅行」が私たちには必要なのではないか、と話しています。自分の近くに住んでいる人でさえ、私とはまったく違う世界に住んでいることがあり、そういう人たちのことこそ知るべきなのです。(中略) 小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。リベラル側の人たちはこれまでも本や芸術などを通じて主張を行ってきましたが、そうでない人たちが同じようにすることは、多くの人にとって不快なものかもしれません。 しかし、私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術も必要です。つまり多様性ということです。これは、さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味の多様性ではなく、例えばトランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です〉(2021年3月4日、東洋経済オンライン『カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ』より引用) 平時には多様性の尊さや重要性を謳っているはずのリベラリストたちが、他者に向けて画一的な価値体系への同調圧力を向けていること、彼・彼女らと政治的・道徳的価値観を異にする者の言論・表現活動に対して「政治的ただしさ」を背景にした攻撃的で排他的な言動をとっていることなど、まさしく現代のリベラリストや人文学者たちが陥っている自己矛盾を、イシグロ氏は端的に指摘している。 イシグロ氏の指摘は、私自身がこの「現代ビジネス」を含め各所で幾度となく述べてきたこととほとんど差異はなく、個人的には新味を感じない。しかしながら、こうした「政治的にただしくない」主張を私のような末席の文筆業者がするのではなく、世界に冠たるノーベル文学賞受賞者がすることにこそ大きな意味があるのだ。 ――案の定というべきか、イシグロ氏に「批判を受けた」と感じた人びとからは、氏の主張に対して落胆や反発の声が多くあがっているばかりか、中には「どうして自分たちにこのような批判が向けられているのかまるで理解できない」といった人もいるようだ。彼らはまさか自分たちがそのような「不寛容で排他的で、強い同調圧力を発揮している先鋭化集団」などと批判されるとは夢にも思わなかったらしい』、「平時には多様性の尊さや重要性を謳っているはずのリベラリストたちが、他者に向けて画一的な価値体系への同調圧力を向けていること、彼・彼女らと政治的・道徳的価値観を異にする者の言論・表現活動に対して「政治的ただしさ」を背景にした攻撃的で排他的な言動をとっていることなど、まさしく現代のリベラリストや人文学者たちが陥っている自己矛盾を、イシグロ氏は端的に指摘」、こんな「自己矛盾」があったとは初めて知った。
・『同調しない者は「抹消」してもいいのか 「芸術・エンタテインメントの世界が、リベラル以外の声を反映することをできないでいる」というイシグロ氏の指摘はきわめて重要で、本質的であるだろう。 というのも、昨今における芸術・エンタテインメントの領域では、いままさにリベラリズムにその端緒を持つ社会正義運動「ポリティカル・コレクトネス」と「フェミニズム」と「キャンセル・カルチャー」が猖獗をきわめており、それらのイデオロギーに沿わないものを片っ端からバッシングして排除し、不可視化することに勤しんでいる最中だからだ。 彼らは、自分たちの世界観や価値体系にリベラル以外の声を反映するどころか、リベラル以外の価値観に基づく表現や存在そのものを、現在のみならず過去に遡ってまで抹殺しようとしている。 こうした同調圧力は、芸術やエンタテインメントのみならず、学術の世界――とりわけ人文学――でも顕著にみられる。学問の名を借りながら、実際にはラディカル・レフトの政治的主張を展開する人びとにとって、自分たちのイデオロギーに同調しない者などあってはならない。ましてや批判や抗議の声を上げようものなら、「社会正義に反する者」として徹底的に糾弾され、業界からの「追放」を求められることも珍しくはない。 リベラリストが語る「多様性」の一員とみなされ包摂されるのは、あくまでそのイデオロギーを受け入れ、これにはっきりと恭順の姿勢を示し、信奉していると表明した者だけだ。それ以外は「多様性」のメンバーの範疇ではなく、埒外の存在としてみなされる。 リベラリストが考える「多様性」に含まれないものは、社会的に寛容に扱われる必要もないし、内容によっては自由を享受することも許されるべきではない――それが彼らのロジックである。今日のリベラリストは「多様性」や「反差別」を謳うが、その実自身のイデオロギーを受け入れない者を多様性の枠組みから排除する口実や、特定の者を排除しても「差別に当たらない」と正当化するためのロジックを磨き上げることばかりにご執心のようだ。 「累積的な抑圧経験」「性的まなざし」「寛容のパラドックス」「マンスプレイニング」「トーンポリシング」などはその典型例だ。自分たちの独自裁量でもって「加害者」「差別者」「抑圧者」などと認定した者であれば、その対象に対する攻撃や排除は、自由の侵害や差別や疎外にあたらず、一切が正当化されるというのが彼らの主張である。 いち表現者として、またひとりのリベラリストとして、こうした風潮をイシグロ氏が憂慮するのはもっともだ。リベラル(自由主義)を標榜する人びとが、その実「リベラリズムのイデオロギーに賛同する芸術・エンタテインメント」以外を許容しない――イシグロ氏は自身も激しい反発にさらされるリスクを承知していながら、それでもなお、そうした形容矛盾とも言える状況を批判せずにいられなかったのだろう』、「リベラル(自由主義)を標榜する人びとが、その実「リベラリズムのイデオロギーに賛同する芸術・エンタテインメント」以外を許容しない」、そんな「形容矛盾」を起こしているとは、信じられないような話だ。
・『インテリの傲慢こそ「分断」の正体 リベラリストや人文学者のいう「多様性」「寛容性」「政治的ただしさ」など、局地的にしか通用しない虚妄にすぎない。それらは結局のところ、自分たちと政治的・経済的・社会的な水準がほとんど同じ人びとによって共有されることを前提にした規範にすぎないからだ。 つまりそれは、人間社会におけるヒエラルキーの階層を水平に切り取った――言い換えれば、経済力や社会的地位などが同質化された――いわば「横軸の多様性(イシグロ氏のいうところの《横の旅行》)」でしかない。 自分たちと同じような経済的・社会的ステータスをもつ人びとの間だけで、自分たちに都合の良いイデオロギーを拡大させていったところで、全社会的な融和や和解など起きるはずはない。むろん世界はいまより良くもならない。むしろさらに軋轢と分断を拡大させるだけだ。いまこの世界に顕在化する「分断」は、政治的・経済的・社会的レベルの異なる人びとの間にある格差によって生じる「縦軸の多様性《縦の旅行》」が無視されているからこそ起こっている。インテリでリベラルなエリートたちが、「横軸の多様性」をやたらに礼賛する一方で、この「縦軸の多様性」には見て見ぬふりを続けていることが、この「分断」をますます悪化させている。 金持ちで、実家も太く、高学歴インテリで、もちろん思想はリベラルで、つねに最新バージョンの人権感覚に「アップデート」し続ける人びとが、ポリティカル・コレクトネスやSDGsといった概念を称揚し、経済的豊かさや社会的地位だけでなく、ついには「社会的・道徳的・政治的ただしさ」までも独占するようになった。その過程で彼らは、知性でも経済力でも自分たちに劣る人びとを「愚かで貧しく人権意識のアップデートも遅れている未開の人びと」として糾弾したり嘲笑してきたりしてきた。その傲慢に対する怒りや反動が、いま「分断」と呼ばれるものの正体である。 「偏狭で、差別主義的で、知的に劣っていて、非科学的で、人権感覚の遅れた人びとが『分断』の原因である(そして我々はそのような連中を糾弾する正義の側である)」――という、リベラリストが論をまたずに自明としている奢り高ぶりこそが、世界に「分断」をもたらす根源となっている。この点を、自身もまたインテリ・リベラル・エリートの一員でありながら指摘したイシグロ氏の言葉には大きな意味があるが、しかし残念ながら肝心の「リベラリスト」の大半には届かないだろう』、「「偏狭で、差別主義的で、知的に劣っていて、非科学的で、人権感覚の遅れた人びとが『分断』の原因である(そして我々はそのような連中を糾弾する正義の側である)」――という、リベラリストが論をまたずに自明としている奢り高ぶりこそが、世界に「分断」をもたらす根源となっている」、「分断」の「根源」は「リベラリスト」の「奢り高ぶり」にあるとの指摘は衝撃的だ。
・『イシグロ氏の限界 ――だが、イシグロ氏のこうした言明にも、やはり限界が見える。というのも、氏にはいまだに「歴史のただしい側」に立つことへの未練があるように思えてならないからだ。 たしかに、現状のリベラルの問題点を殊勝に列挙してはいるものの、しかし「リベラリズムがただしいことには疑いの余地もない」というコンテクストそれ自体を批判することはできないままなのである。冒頭で引用したインタビュー内の言明でも、あくまで「リベラリズムのただしさ」は自明としたうえで「リベラル派も(よりよいリベラルを目指すために)反省するべき点がある」と述べるにとどまっている。 ようするに、「私たちが知的にも道徳的にも政治的にもすぐれており、なおかつ『歴史のただしい側』に立っていることは明らかだ。だが、前提として間違っている彼らの側にも、一定の『言い分』があることを、我々はもっと寛容に想像しなければならないのではないか」というスタンスを取るのが、やはりノーベル文学賞受賞者という西欧文明の価値体系のど真ん中にいる人物にとって、踏み込めるぎりぎりのラインなのだろう。それを非難するつもりはない。これ以上攻めると、イシグロ氏自身も当世流行の「キャンセル・カルチャー」の餌食となってしまいかねない。氏にもまだまだ生活や人生がある。ためらって当然だ。) しかしながら「まず前提として私たちリベラルはただしい。だが、間違っている愚かで遅れた彼らにも、まずは居場所を与えてやろう。そして、彼らにも勉強させる(≒私たちのただしさを納得させる)ことが必要だ」という傲慢で侮蔑的なコンテクストこそが、アメリカではトランプとその支持者を、ヨーロッパでは極右政党を台頭させる最大の原因のひとつとなったのではないか。このコンテクスト自体を批判的に再評価することなく、いま世界中で顕在化している「分断」を癒すことなどできない。 私たちの主張をよく勉強して理解すれば、いずれは彼らも自らの間違いを認めて、世界はきっとよくなる――という善悪二元論的で、単純明快な勧善懲悪の物語を信じてやまないがゆえに、リベラリストの問題意識はいつだって的外れなのだ。 「ひょっとして、自分たちも、世界に分断や憎悪をもたらす『間違い』の一員なのではないか」という内省的な考えを――イシグロ氏ほどでなくともよいから――持つようになれば、彼らの望みどおり、世界はいまよりずっとよくなるのだが』、「世界はきっとよくなる――という善悪二元論的で、単純明快な勧善懲悪の物語を信じてやまないがゆえに、リベラリストの問題意識はいつだって的外れなのだ」、手厳しい批判だ。本当に当たっているのか否か、今後、時間をかけて検討したい。
第三に、9月22日付けNewsweek日本版が掲載した右派の若手文筆家の古谷経衡氏による「リベラルは何故こんなにも絶望しているのか~「保守」にあって「リベラル」に無いもの」を紹介しよう』、興味深そうだ。
・『野党支持率が伸びないのは、自民党内にメタ的野党構造があるから 右を見ても左を見ても、テレビ・新聞・ラジオ・雑誌の大メディア・ネット空間も自民党総裁選一色。菅政権はその末期になって支持率3割前後のままだが、自民党の対抗軸になるはずの立憲民主党の政党支持率はわずか3.0%。公明党にも後塵を拝することとなっている。 なぜ自民党政権が不人気なのにその受け皿が立憲民主党などの野党に及ばないのか。リベラル政党の支持者は、そのジレンマに日々懊悩しているのであろう。答えは簡単である。今次自民党総裁選を見てわかる通り、自民党の中に野党的対抗軸が存在しているからだ。つまり、メタ的に自民党の中に「党内野党」という極が無数に存在するからである。よって立憲民主党に支持が及ばないのは、自民党の構造上、必然の成り行きなのである。 かつて中選挙区時代、この構造はもっと鮮明であった。自民党内の派閥間の対立が、そのまま反自民票を吸収した。自民党A派閥への批判を自民党B派閥が受け皿になることによって、「自民党への批判を自民党が吸収する」という摩訶不思議な現象が起こり、少なくとも1993年の細川連立政権誕生まで自民党はその命脈を保ってきた。第二次安倍政権の7年8か月における長期政権で「安倍一強」が言われたが、ふたを開ければ安倍元総理の出身派閥である清和会は衆参自民党国会議員の1/4に満たず、それでいて他派閥が付き従っていたのは「選挙に勝てるから」、という理由でしかない。 よって菅総理では選挙に勝てぬと算段すると、途端に抑圧されていた多極が動き出す。今次総裁選では岸田派(宏池会)以外は自主投票とされるが、現実的には派閥の力学が作用し、もし決選投票となった場合は議員票の偏重から、より派閥間の駆け引きが熾烈となろう。つまりは小選挙区制となって以降も、自民党の派閥政治は何ら衰えておらず、自民党の中にメタ的反政権が存在する以上、野党がその受け皿になることは難しいのである』、「自民党内の派閥間の対立が、そのまま反自民票を吸収した。自民党A派閥への批判を自民党B派閥が受け皿になることによって、「自民党への批判を自民党が吸収する」という摩訶不思議な現象が起こり、少なくとも1993年の細川連立政権誕生まで自民党はその命脈を保ってきた」、これでは「野党」は確かにやり難いだろう。
・『朝日新聞「リベラル派が陥る独善」の衝撃 さて2021年9月9日の朝日新聞に、私としては極めて衝撃的な記事が掲載された。"(インタビュー)リベラル派が陥る独善 政治学者・岡田憲治さん"である。要点をまとめると次の通り。 1)リベラルは不寛容で教条的であるから、有権者広範の支持を受けない 2)よってリベラルは不寛容を捨てて、大同団結するべきである 3)リベラルの「正しい主張」が必ずしも人々に受け入れられるとは限らない) 云々である。くり返すように私はこの記事を読んで衝撃を受けた。インタビューを受けた政治学者の岡田氏はリベラル派の学者・言論人として知られるが、その内容はリベラルへの自虐ともとれる内容で、「こんなにもリベラルは自分自身に絶望しているのか」と、私自身保守の立場からショックを受けたのである。岡田氏はどうインタビューの中で、リベラルの誤謬をこう断定する。 「身近な同志たちは、民主国家のルールを平然と無視する政権を有権者が結果的に信任し続けていることへの絶望(後略)」 岡田氏はこう表現している。ここで言う、"民主国家のルールを平然と無視する政権を有権者が結果的に信任し続けていることへの絶望"というのは、すなわち前述第二次安倍政権が7年8か月にわたって続いたことの圧倒的絶望を示すものであろう(菅政権は、衆参における国政選挙の"審査"を受けていないので除くとしても)。 「なぜ、第二次安倍政権のような"民主国家のルールを平然と無視する"政権が、有権者からの信任を受けているのか。やはり私たち(リベラル)は、やり方が間違っていたのではないか」 こういった声を、ここ数年で幾度となく嫌になるほど私は聞いてきた。リベラル系と思われる新聞記者や雑誌記者、言論人や政治家たちは、皆一様にこれと同じか、はたまたこれに準じた「絶望」を語る。「なぜこんなむちゃくちゃな政権(第二次安倍)が国民から信任を受けているのか」。彼らは時として苦渋に満ちた表情で結句として、こう判決する。 「我々リベラルのやり方が間違っていたに違いない」と。最近はリベラル側からリベラル側の誤謬を指摘するのが流行っているのかもしれないが、とかくこういう論調が多い。「有権者に訴求できない以上、リベラルの戦法は間違いであった」。皆それを言うのだが、保守である私には全く理解できない。なぜ自分たちが間違っていると早々に結論して自虐に走るのか、意味が分からない』、確かに、「リベラル側が」「自分たちが間違っていると早々に結論して自虐に走るのか、意味が分からない」、私も分からない。
・『ロッキード時代と相違ない議席数 「この間に、日本の政治家のモラル水準はどんどん低下しつづけた。いつ収賄罪などで逮捕されてもおかしくないような人々が、次々と総理大臣の座についたり、政府、党の要職についたりするようになった。」 この言葉は、現在の政治状況を皮肉ったものでは無い。田中金権腐敗政治を鋭く糾弾した、ジャーナリストの立花隆氏がその著書『巨悪VS言論』(文藝春秋)で、田中角栄をぶった切った際の文章である。立花は、田中政治を「民主主義のルール破りだった」と断罪する。 言うまでもないが、田中角栄は自衛隊機を含む「ロッキード疑惑」に関係して、1976年7月に逮捕された。元総理の逮捕という前代未聞の事件に日本はもとより世界中も注目した。長い裁判の後、田中は1983年10月に第一審の東京地方裁判所で懲役4年の有罪判決を受けた。世論は、田中角栄はクロだ、という印象が強くなった。このような田中批判の中で行われたのが、1983年衆議院総選挙だった。正しく立花の言う「民主主義のルール破り」を行った自民党への国民の審判が問われた。 当時、「"田"中曽根内閣」と揶揄された中曽根康弘率いる自民党は、歴史的大敗を喫した。このとき衆議院の定数は今より多い511議席だったが、自民党は250議席を獲得して第一党の地位を堅守したものの、単独過半数を割れこんだ。これでは政権が維持できないから、無所属当選議員を勧誘して何んとか自民党政権を維持した。この時、野党第一党である社会党の獲得議席は112議席であった。この数は、現在の立憲民主党の議席数と大差ない。 ロッキード疑獄は、第二次安倍政権下に於ける「桜を見る会」の疑惑とは金額的には比較にならない規模であった。丸紅ルート・全日空ルートなど、数億以上のカネが動いたとされる戦後最大の疑獄である。よってそれを「民主主義のルール破り」「いつ収賄罪などで逮捕されてもおかしくないような人々が、次々と総理大臣の座についた」り、と評することはなんら不思議は無いが、こんな元総理の逮捕と起訴、有罪判決が出て田中金権政治への不満が頂点に達した1983年末の総選挙でさえ、逆に言えば自民党は過半数ぎりぎりに踏ん張り、対抗軸たる社会党は伸びたとは言え衆議院の1/5強を確保するにとどまったのである。 事程左様に、「民主国家のルールを平然と無視する政権を有権者が結果的に信任し続けていることへの絶望」は、21世紀に入って突如として起こった事ではない。実は、戦後の日本政治の中で常に繰り返されてきた歴史である。今更になって、「絶望した」というのは、私からすると奇異に感じる。ロッキード疑獄を以てしても自民党政権が続いたときの絶望の方が、よほど比較的に絶望の度合いが濃い。野党が弱いのは、冒頭で述べた通りに、「自民党の中にメタ的な野党構造がある」からで、今に始まった事ではない。なぜこんなにも簡単にリベラルは世論から「拒否された」と思い込み、「リベラルの不寛容さがこの状況を招いた」と自虐するのか。短慮に過ぎると思う』、「野党が弱いのは、冒頭で述べた通りに、「自民党の中にメタ的な野党構造がある」からで、今に始まった事ではない。なぜこんなにも簡単にリベラルは世論から「拒否された」と思い込み、「リベラルの不寛容さがこの状況を招いた」と自虐するのか。短慮に過ぎると思う」、同感である。
・『今こそマックス・ウェーバーに学ぶべき おそらくリベラルは、2009年の劇的な政権交代(麻生自民党から鳩山民主党へ)の成功体験が忘れられないのだろう。1993年における細川連立内閣は、その政権交代劇の首魁である小沢一郎氏、細川護熙氏、羽田孜氏らが揃いも揃って元自民党議員であったように、自民党Aと自民党A´(ダッシュ)の分裂であり、狭義の意味での政権交代とは程遠い。そういった意味では、真に「55年体制の崩壊」が達成されたのは2009年の民主党鳩山内閣成立であったとすることもできる。しかしリーマンショック・東日本大震災などの時代的背景のため、鳩山→菅→野田と続いた民主党政権は3年強で瓦解した。 現在のリベラルは、この鳩山政権誕生時代の政権交代の成功体験を引きずっているが、それは日本の戦後政治史の中で極めて特異な事象であったとするよりほかない。なぜ一度の「挫折」で「リベラルはまちがっていたのではないか。不寛容に過ぎたのではないか」と自虐する理由になるのか。 マックス・ウェーバーはその不朽の名著『職業としての政治』の中で次のように書く。 "政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なこの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。(中略)自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても、「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。(マックス・ウェーバー著、『職業としての政治』,脇圭平訳,岩波書店,強調筆者)) こういった不屈の精神が、リベラルには足らないのではないか。たった一回の政権交代(鳩山政権)の成功体験とその後の挫折を後顧して、「私たちはまちがっていた、不寛容であった」と自虐するのは早計ではないか、と言っているのだ。 事実、本稿で引用した朝日新聞の岡田憲治氏の言によると、「リベラルの正しさが必ずしも受け入れられるわけではない」と述べているが、実際に過去10年間を切り取っても、性的少数者や女性差別について、主にリベラル側から提起され続けてきた問題について、現在ではそれが大メディアのコンプライアンス基準となり、実際の番組制作や表現を動かしているではないか。まさに、マックス・ウェーバーの言う、"堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業"が、奏功したのが現代社会ではないのか。そういった地道な、刹那的に注目されない政治活動を「無意味」「(リベラル以外に対し)不寛容で訴求しない」と決めつけて自虐を行い、すぐに主張を修正しようとする恰好そのものが、リベラルの弱点だと言っても差し支えはない』、「"堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業"が、奏功したのが現代社会ではないのか。そういった地道な、刹那的に注目されない政治活動を「無意味」「(リベラル以外に対し)不寛容で訴求しない」と決めつけて自虐を行い、すぐに主張を修正しようとする恰好そのものが、リベラルの弱点だと言っても差し支えはない」、同感である。
・『「昭和の日改定運動」と保守の草の根 私は永年保守界隈に居を構えてきた。保守界隈は第二次安倍政権が誕生するはるか前の段階で、"堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業"をずっとおこなってきた。例を挙げるとキリが無いが、例えば「昭和の日改定運動」である。昭和の日とは、昭和天皇の誕生日である4月29日の祝日を指すが、これは2007年までの話で、それ以前は単に「みどりの日」と呼ばれていた。 これに強硬な保守層は怒っていた。昭和天皇誕生日を「昭和の日」としないで「みどりの日」と呼称するのは何事であるか。是非「みどりの日」の呼称を「昭和の日」に改定するべきである―。ゼロ年代後半の保守界隈やネット界隈では、俄かにこの「昭和の日改定運動」が盛り上がったのだが、特に彼ら在野の保守系活動家は孤立無援であった。「昭和天皇誕生日を"みどりの日"と呼称することの違和感」と題したパンフレットを、彼ら活動家はまったくの自費で、新宿駅や池袋駅、渋谷駅で配布した。彼らの大半は自営業者だったが、「昭和の日」実現を目指して全部私費を投じた。仕事が終わるや否や、損得を度外視して新宿駅の街頭に立って、「昭和の日」の正統性を訴えた。 勿論彼らは保守系の国会議員や地方議員にも訴えたが、保守系論壇誌ですら「昭和の日改定運動」は優先度が低く、そこまで注目されなかった。40歳を過ぎたいい歳のおじさんが、損得を度外視して、身内からも注目されることなく、コンビニのコピー機で刷った一枚10円のビラを雨の日も風の日も、台風の日も配布するとき、その主張が正しいか正しくないかを別として私は涙が出た。これが草の根の保守運動というやつであった。彼らの声が届いたかは判然としないが、結果として「みどりの日」は、彼らの望む通り「昭和の日」になって現在を迎えている。 くだんの朝日新聞における岡田憲治氏のインタビューには、現在のリベラル派が認識している支持層を「上顧客」とする記述がある。自分たちの思想への支持層を「客」と呼んで憚らない岡田氏の世界観には賛否があるだろうが、少なくとも保守運動にはそういった意識は無かった。「昭和の日改定運動」に携わった保守系の活動家のほとんど全部は、自らへの支持者を「客」とは見做さず、「同志」として歓迎した。 客観的にみて、その主張が如何に政治的に偏っていようとも、彼らは自らの主張が絶対に正しいと信じ、多数派工作を行わなかった。なぜ行わなかったのかと言えば、自分たちの主張は絶対に正しい。いつかは届くと信じたので、多数派工作を行う必要性を感じなかったからだ。彼らは愚直なまでに自らの信念を貫き通し、その活動で出会った人々を「客」という周縁に追いやることをせず「同志」として平等に連帯した。 これが「保守」にあって「リベラル」に無い根本精神ではないのか。「上顧客」「固定客」などという、いわば見下した他者への存在がある限り、リベラルの復権は絶対にない。強固な保守は、過去にも、現在にも、未来でも、「同じ志を有する者は同志として見做して平等に扱う」をその根本精神とする。間違っても「客である」等とは言わない。そして絶対に信念を曲げない。 「自分たちが受け入れられないのは、メディアのせいであり、反日勢力の陰謀であるから、自分たちはまちがっていない」という直進性を有する。その点リベラルは、たった一回の実質的政権交代に味を占め、それが再現できなくなると「私たちが間違っていたのではないか」という自虐に走る。これがリベラルが保守に劣後する最大の理由だ。今こそマックス・ウェーバーの故事を思いだし、たった一度の挫折にひるむことなく自身の主張を剛毅不屈に貫徹してもらいたい。それができず、単に主義のない「多数派工作」を展開し、自らの支持者を「客」と蔑むなら、リベラルに未来などないのではないか』、「強固な保守は、過去にも、現在にも、未来でも、「同じ志を有する者は同志として見做して平等に扱う」をその根本精神とする。間違っても「客である」等とは言わない。そして絶対に信念を曲げない・・・その点リベラルは、たった一回の実質的政権交代に味を占め、それが再現できなくなると「私たちが間違っていたのではないか」という自虐に走る。これがリベラルが保守に劣後する最大の理由だ」、手厳しい「リベラル批判」で全く同感である。
先ずは、やや古いが、2018年7月31日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した評論家・ラジオパーソナリティの荻上チキ氏による「日本の「リベラルの弱点」とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/175791
・『TBSラジオ『Session-22』でパーソナリティを務め、日々、日本の課題に向き合い続けてきた荻上チキによる新刊『日本の大問題――残酷な日本の未来を変える22の方法』が7月19日に刊行された。【経済】【政治】【外交】【治安】【メディア】【教育】――どこをみても「問題だらけ」のいまの日本の現状と、その未来を変えるための22の対応策がまとめられた同書のエッセンスを紹介していきます』、興味深そうだ。
・『日本の財政状況の現状 まず財政の現状について簡単に概観しておきましょう。経済成長率の鈍化は、日本の財政に大きな影響を与えています。 1990年代以降、日本が、低成長期・デフレ不況期に突入していくと、如実に税収が減っていることがわかります(一般会計税収の推移)。その一方で、歳出(=政府の支出)が増えていることも見て取れるのがこの図です(一般会計歳出の推移)。収入は減っているのに、使うお金は増え続けてしまっているわけです』、なるほど。
・『日本の「リベラルの弱点」とは 政府の支出が増え続ける理由のひとつは、社会保障費の「自然増」によるものです。少子高齢化の現在、高齢者の数は毎年増え続けていきます。そのため、年金や医療費などの支出は、放っておいても自然に増大します。 そしてもうひとつは、景気が悪化し続けていることにより、「不況でみんな苦しくて収入が減っているから、助けなきゃいけない」という具合に、失業対策や貧困対策などの支出が増えてきたことが挙げられます。 90年代以降の日本は、税収は減っているのに、支出が増えるという傾向が続いています。そのバランスをどのように整えればいいのかというのが、大きな課題になっているということです』、消費税増税が「バランスを」「整え」る主要な手段というのが、与野党の基本合意だった。
・『日本の「リベラル」の弱点 日本では、再分配政策を唱えつつ、経済成長を促すという主張がなかなか出てこない。つまり、経済成長を求める人は、人権を守るための再分配政策には強い関心を示さず、人権に関心のある人は再分配を求めるものの、経済成長に関してはあまり議論をしたがらない。これは大問題です。 日本に多く見られる脱成長主義論者はまた、多文化主義の実現にも否定的になりがちです。たとえば、これは日本に限ったことではありませんが、右派にも左派にも反グローバリズムを唱える人が数多くいます。 右派は、自国の伝統や文化が外国人に破壊されることに反対して反グローバリズムを掲げるし、左派はグローバル企業によって貧困や格差が拡大することに反対してやはり反グローバリズムを謳う。反グローバリズムという点で、少なからぬ左派が右派と共通の主張をしているわけです。 それに対して、ポール・クルーグマン、アマルティア・セン、トマ・ピケティといった、政治的には左派で、日本でも左派に人気の経済学者も、ひとまず安倍政権の金融政策そのものは評価をする。労働者や移民の権利を守る必要性を唱えると同時に、市場は自由であるべきだと主張する。労働者の権利を守ることと経済成長は相反するものではありません。 そうしたなかで自民党は、今のところ相対的には経済成長と再分配政策の両方をうまくやっています。たとえば安倍政権は、左派がかつて言っていた女性の活躍や教育無償化を打ち出すようになった。これは、皮肉を込めていえば、左派の受動的な勝利であると同時に、プレゼンス上の敗北であるといえます。 10年前の第一次安倍政権であれば、女性の活躍を口にすることなど考えられませんでした。男女共同参画社会基本法に「ジェンダーフリー」という言葉が入ることや性教育を許さず、フェミニズムを叩いていた人ですが、今は女性に活躍してもらいましょうと言っている。なぜなら、そのほうが経済合理性があるからです。一方で、リベラルメディア叩きは加速させてはいますが。 フェミニストやリベラリストは、この状況に対して「女性が経済成長の資源として利用されている」と批判しています。その指摘は重要で、政権は「男女差別撤廃」とは掲げず、あくまで経済合理性の観点から「女性活躍推進」を叫ぶ。そのひとつの表出が、財務省のセクハラ疑惑に対する対応のまずさにも如実に表れていた。それでも、それまで経済政策については、「やらないよりまし」「やれないよりまし」ということで、安倍政権の経済政策は国民から一定の相対的支持を受けていました』、岸田首相は野党のお株を奪って「分配」重視の姿勢を打ち出した。
・『経済の「自由主義」と政治の「自由主義」は違う さて、日本は政治制度としては議会制民主主義を、経済制度としては自由主義を採用しています。この自由主義という言葉は、経済学の文脈なのか、政治哲学の文脈なのかで、ニュアンスが変わってくる。 経済的自由主義ですと、国家が市場に対して過剰にコントロールすることのないことを意味します。要は「市場の国家からの自由」ですね。 ただし誤解されがちなのは、自由主義を語る名だたる経済学者は、市場を放置せよ、何もするな、とは主張していません。たとえば自由な市場を維持するためには、労働者の人権を侵害するようなことがあってはならないし、独占や、あるいは著作権侵害などがあっては、適切な価格変動や、必要なイノベーションが阻害される。だから、健全な成長のために必要な自由市場を守る、そのためにはどの程度のルール作りが妥当かというのを議論します。 対して政治的自由主義は、絶対王政や宗教国家ではない個人主義と、その個人が平等に自由を行使しつつ、他者からの不当な権利侵害を受けずに済むということを意味します。個人の国家からの自由、という具合でしょうか。 政治的自由主義は、その実現のため、さまざまなバリエーションを持ちます。当初は、絶対権力からの自由という意味で、国家は社会に介入すべきではないという思想として育ちました。これを自由権といいます。 しかしそれだけでは、貧困や格差の問題が改善されず、別の権力者=資本家が力を持つことになる。そこで、国家が適切に社会に介入することで、利害調整を行い、そのことで実質的な自由を確保することが重要だという考えが出てきます。これを社会権といいます』、なるほど。
・『経済-政治間の議論の往還を 日本の場合、経済的自由主義と政治的自由主義が、あまりマッチしていないように思えます。論壇的な思想分野で、ポストマルクス主義の影響も大きかったためか、あたかも両者は対立関係にあるのだと理解されている節がある。 しかし、金融政策による安定、財政政策によって景気刺激と適切な再分配を行うことは、経済的、政治的いずれの自由主義においても重要なアクションです。 他方で、保守主義のスタンスにも、経済的保守と政治的保守とがあります。機会の不均衡を是認する経済的保守と、社会秩序の変革に消極的な政治的保守。両者は、エスタブリッシュメント内でも、あるいは自らがリベラルへのカウンターパートであると自認する者にとっても、ある程度の重なりが見られる。 物事には、左右の対立だけでなく、上下の対立があるのですが、左右によって上下が覆い隠されることへの苛立ちが、トランプ現象という逆襲のアイデンティティポリティクスにもつながっていました。 そんななか、どういう課題が現在はあるのか。まずは、経済的、政治的自由主義間の豊かな対話と、労働者や住人たちへの幅広い包摂です』、「物事には、左右の対立だけでなく、上下の対立があるのですが、左右によって上下が覆い隠されることへの苛立ちが、トランプ現象という逆襲のアイデンティティポリティクスにもつながっていました」、「苛立ちが、トランプ現象という逆襲のアイデンティティポリティクスにもつながっていました」、とは難しい表現だ。
・『『日本の大問題』を書いた理由。 日本は〈今は〉国際的にも経済大国であり、政治的にも安定している先進国です。所得だけでなく、治安などの面でその豊かさを享受している人は多いでしょう。しかしこれからはどうなるか分かりません。GDPが中国に抜かれて3位に落ちたと騒がれていますが、すでに「一人あたりGDP」は2017年で25位。先進国の中でも非常に低い状況です。 そして日本には〈今も〉さまざまな問題点があります。貧困、格差、ジェンダー、人種差別といった問題に加え、政治やメディアなどの構造的な課題もある。そうした問題に目を背けることなく、社会的なバグを見つけては、ひとつずつ改善していくことが必要です。 「この国を、これからどこに向かわせましょうか」 これが、『日本の大問題』があなたに投げかける問いです。 「この国は、これからどこに向かうのでしょうか」 こうした問いかけはしません。それだと他人事っぽいからです。 この国には現在、多くの大問題があります。それらの問題を解決するために、あなたは具体的に何をはじめようと思いますか?人任せではいけません。ここは、あなた自身が暮らす社会なのですから。部屋が散らかっている。だから整理整頓する。それと同じようなことです。 もちろん片付けるのが苦手な人もいる。では、その部分は誰にどのような方法で任せますか。あるいは、自分の得意分野はなんでしょうか。 何かをするにしても、どういう問題があるのかわからない。そこで立ち止まる人もいると思います。そこで本書は、【政治】【経済・福祉】【外交】【メディア】【治安】【教育】の6つの分野について、今ある大問題の確認と、私なりのひとつの提案を示しています。 ぜひお手に取って頂ければ幸いです』、「提案」の骨格も示さずに、「ぜひお手に取って頂ければ幸いです」とは虫が良すぎる。
次に、3月22日付け現代ビジネスが掲載した会社員で文筆家の御田寺 圭氏による「カズオ・イシグロの警告が理解できない、リベラルの限界 彼らはなぜ「格差」を無視し続けるのか」を紹介しよう。
・『「横」を見るだけでは不十分 2017年にノーベル文学賞を受賞した小説家カズオ・イシグロ氏の、あるインタビューが各所で大きな話題になった。 そのインタビューが多くの人から注目されたのはほかでもない――「リベラル」を標榜する人びとが自分たちのイデオロギーを教条的に絶対正義とみなし、また自身の感情的・認知的好悪と社会的正義/不正義を疑いもなくイコールで結びつける風潮の高まりに対して、自身もリベラリズムを擁護する立場であるイシグロ氏自身が、批判的なまなざしを向けていることを明言する内容となっていたからだ。 〈俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなどを飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです。 私は最近妻とよく、地域を超える「横の旅行」ではなく、同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る「縦の旅行」が私たちには必要なのではないか、と話しています。自分の近くに住んでいる人でさえ、私とはまったく違う世界に住んでいることがあり、そういう人たちのことこそ知るべきなのです。(中略) 小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。リベラル側の人たちはこれまでも本や芸術などを通じて主張を行ってきましたが、そうでない人たちが同じようにすることは、多くの人にとって不快なものかもしれません。 しかし、私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術も必要です。つまり多様性ということです。これは、さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味の多様性ではなく、例えばトランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です〉(2021年3月4日、東洋経済オンライン『カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ』より引用) 平時には多様性の尊さや重要性を謳っているはずのリベラリストたちが、他者に向けて画一的な価値体系への同調圧力を向けていること、彼・彼女らと政治的・道徳的価値観を異にする者の言論・表現活動に対して「政治的ただしさ」を背景にした攻撃的で排他的な言動をとっていることなど、まさしく現代のリベラリストや人文学者たちが陥っている自己矛盾を、イシグロ氏は端的に指摘している。 イシグロ氏の指摘は、私自身がこの「現代ビジネス」を含め各所で幾度となく述べてきたこととほとんど差異はなく、個人的には新味を感じない。しかしながら、こうした「政治的にただしくない」主張を私のような末席の文筆業者がするのではなく、世界に冠たるノーベル文学賞受賞者がすることにこそ大きな意味があるのだ。 ――案の定というべきか、イシグロ氏に「批判を受けた」と感じた人びとからは、氏の主張に対して落胆や反発の声が多くあがっているばかりか、中には「どうして自分たちにこのような批判が向けられているのかまるで理解できない」といった人もいるようだ。彼らはまさか自分たちがそのような「不寛容で排他的で、強い同調圧力を発揮している先鋭化集団」などと批判されるとは夢にも思わなかったらしい』、「平時には多様性の尊さや重要性を謳っているはずのリベラリストたちが、他者に向けて画一的な価値体系への同調圧力を向けていること、彼・彼女らと政治的・道徳的価値観を異にする者の言論・表現活動に対して「政治的ただしさ」を背景にした攻撃的で排他的な言動をとっていることなど、まさしく現代のリベラリストや人文学者たちが陥っている自己矛盾を、イシグロ氏は端的に指摘」、こんな「自己矛盾」があったとは初めて知った。
・『同調しない者は「抹消」してもいいのか 「芸術・エンタテインメントの世界が、リベラル以外の声を反映することをできないでいる」というイシグロ氏の指摘はきわめて重要で、本質的であるだろう。 というのも、昨今における芸術・エンタテインメントの領域では、いままさにリベラリズムにその端緒を持つ社会正義運動「ポリティカル・コレクトネス」と「フェミニズム」と「キャンセル・カルチャー」が猖獗をきわめており、それらのイデオロギーに沿わないものを片っ端からバッシングして排除し、不可視化することに勤しんでいる最中だからだ。 彼らは、自分たちの世界観や価値体系にリベラル以外の声を反映するどころか、リベラル以外の価値観に基づく表現や存在そのものを、現在のみならず過去に遡ってまで抹殺しようとしている。 こうした同調圧力は、芸術やエンタテインメントのみならず、学術の世界――とりわけ人文学――でも顕著にみられる。学問の名を借りながら、実際にはラディカル・レフトの政治的主張を展開する人びとにとって、自分たちのイデオロギーに同調しない者などあってはならない。ましてや批判や抗議の声を上げようものなら、「社会正義に反する者」として徹底的に糾弾され、業界からの「追放」を求められることも珍しくはない。 リベラリストが語る「多様性」の一員とみなされ包摂されるのは、あくまでそのイデオロギーを受け入れ、これにはっきりと恭順の姿勢を示し、信奉していると表明した者だけだ。それ以外は「多様性」のメンバーの範疇ではなく、埒外の存在としてみなされる。 リベラリストが考える「多様性」に含まれないものは、社会的に寛容に扱われる必要もないし、内容によっては自由を享受することも許されるべきではない――それが彼らのロジックである。今日のリベラリストは「多様性」や「反差別」を謳うが、その実自身のイデオロギーを受け入れない者を多様性の枠組みから排除する口実や、特定の者を排除しても「差別に当たらない」と正当化するためのロジックを磨き上げることばかりにご執心のようだ。 「累積的な抑圧経験」「性的まなざし」「寛容のパラドックス」「マンスプレイニング」「トーンポリシング」などはその典型例だ。自分たちの独自裁量でもって「加害者」「差別者」「抑圧者」などと認定した者であれば、その対象に対する攻撃や排除は、自由の侵害や差別や疎外にあたらず、一切が正当化されるというのが彼らの主張である。 いち表現者として、またひとりのリベラリストとして、こうした風潮をイシグロ氏が憂慮するのはもっともだ。リベラル(自由主義)を標榜する人びとが、その実「リベラリズムのイデオロギーに賛同する芸術・エンタテインメント」以外を許容しない――イシグロ氏は自身も激しい反発にさらされるリスクを承知していながら、それでもなお、そうした形容矛盾とも言える状況を批判せずにいられなかったのだろう』、「リベラル(自由主義)を標榜する人びとが、その実「リベラリズムのイデオロギーに賛同する芸術・エンタテインメント」以外を許容しない」、そんな「形容矛盾」を起こしているとは、信じられないような話だ。
・『インテリの傲慢こそ「分断」の正体 リベラリストや人文学者のいう「多様性」「寛容性」「政治的ただしさ」など、局地的にしか通用しない虚妄にすぎない。それらは結局のところ、自分たちと政治的・経済的・社会的な水準がほとんど同じ人びとによって共有されることを前提にした規範にすぎないからだ。 つまりそれは、人間社会におけるヒエラルキーの階層を水平に切り取った――言い換えれば、経済力や社会的地位などが同質化された――いわば「横軸の多様性(イシグロ氏のいうところの《横の旅行》)」でしかない。 自分たちと同じような経済的・社会的ステータスをもつ人びとの間だけで、自分たちに都合の良いイデオロギーを拡大させていったところで、全社会的な融和や和解など起きるはずはない。むろん世界はいまより良くもならない。むしろさらに軋轢と分断を拡大させるだけだ。いまこの世界に顕在化する「分断」は、政治的・経済的・社会的レベルの異なる人びとの間にある格差によって生じる「縦軸の多様性《縦の旅行》」が無視されているからこそ起こっている。インテリでリベラルなエリートたちが、「横軸の多様性」をやたらに礼賛する一方で、この「縦軸の多様性」には見て見ぬふりを続けていることが、この「分断」をますます悪化させている。 金持ちで、実家も太く、高学歴インテリで、もちろん思想はリベラルで、つねに最新バージョンの人権感覚に「アップデート」し続ける人びとが、ポリティカル・コレクトネスやSDGsといった概念を称揚し、経済的豊かさや社会的地位だけでなく、ついには「社会的・道徳的・政治的ただしさ」までも独占するようになった。その過程で彼らは、知性でも経済力でも自分たちに劣る人びとを「愚かで貧しく人権意識のアップデートも遅れている未開の人びと」として糾弾したり嘲笑してきたりしてきた。その傲慢に対する怒りや反動が、いま「分断」と呼ばれるものの正体である。 「偏狭で、差別主義的で、知的に劣っていて、非科学的で、人権感覚の遅れた人びとが『分断』の原因である(そして我々はそのような連中を糾弾する正義の側である)」――という、リベラリストが論をまたずに自明としている奢り高ぶりこそが、世界に「分断」をもたらす根源となっている。この点を、自身もまたインテリ・リベラル・エリートの一員でありながら指摘したイシグロ氏の言葉には大きな意味があるが、しかし残念ながら肝心の「リベラリスト」の大半には届かないだろう』、「「偏狭で、差別主義的で、知的に劣っていて、非科学的で、人権感覚の遅れた人びとが『分断』の原因である(そして我々はそのような連中を糾弾する正義の側である)」――という、リベラリストが論をまたずに自明としている奢り高ぶりこそが、世界に「分断」をもたらす根源となっている」、「分断」の「根源」は「リベラリスト」の「奢り高ぶり」にあるとの指摘は衝撃的だ。
・『イシグロ氏の限界 ――だが、イシグロ氏のこうした言明にも、やはり限界が見える。というのも、氏にはいまだに「歴史のただしい側」に立つことへの未練があるように思えてならないからだ。 たしかに、現状のリベラルの問題点を殊勝に列挙してはいるものの、しかし「リベラリズムがただしいことには疑いの余地もない」というコンテクストそれ自体を批判することはできないままなのである。冒頭で引用したインタビュー内の言明でも、あくまで「リベラリズムのただしさ」は自明としたうえで「リベラル派も(よりよいリベラルを目指すために)反省するべき点がある」と述べるにとどまっている。 ようするに、「私たちが知的にも道徳的にも政治的にもすぐれており、なおかつ『歴史のただしい側』に立っていることは明らかだ。だが、前提として間違っている彼らの側にも、一定の『言い分』があることを、我々はもっと寛容に想像しなければならないのではないか」というスタンスを取るのが、やはりノーベル文学賞受賞者という西欧文明の価値体系のど真ん中にいる人物にとって、踏み込めるぎりぎりのラインなのだろう。それを非難するつもりはない。これ以上攻めると、イシグロ氏自身も当世流行の「キャンセル・カルチャー」の餌食となってしまいかねない。氏にもまだまだ生活や人生がある。ためらって当然だ。) しかしながら「まず前提として私たちリベラルはただしい。だが、間違っている愚かで遅れた彼らにも、まずは居場所を与えてやろう。そして、彼らにも勉強させる(≒私たちのただしさを納得させる)ことが必要だ」という傲慢で侮蔑的なコンテクストこそが、アメリカではトランプとその支持者を、ヨーロッパでは極右政党を台頭させる最大の原因のひとつとなったのではないか。このコンテクスト自体を批判的に再評価することなく、いま世界中で顕在化している「分断」を癒すことなどできない。 私たちの主張をよく勉強して理解すれば、いずれは彼らも自らの間違いを認めて、世界はきっとよくなる――という善悪二元論的で、単純明快な勧善懲悪の物語を信じてやまないがゆえに、リベラリストの問題意識はいつだって的外れなのだ。 「ひょっとして、自分たちも、世界に分断や憎悪をもたらす『間違い』の一員なのではないか」という内省的な考えを――イシグロ氏ほどでなくともよいから――持つようになれば、彼らの望みどおり、世界はいまよりずっとよくなるのだが』、「世界はきっとよくなる――という善悪二元論的で、単純明快な勧善懲悪の物語を信じてやまないがゆえに、リベラリストの問題意識はいつだって的外れなのだ」、手厳しい批判だ。本当に当たっているのか否か、今後、時間をかけて検討したい。
第三に、9月22日付けNewsweek日本版が掲載した右派の若手文筆家の古谷経衡氏による「リベラルは何故こんなにも絶望しているのか~「保守」にあって「リベラル」に無いもの」を紹介しよう』、興味深そうだ。
・『野党支持率が伸びないのは、自民党内にメタ的野党構造があるから 右を見ても左を見ても、テレビ・新聞・ラジオ・雑誌の大メディア・ネット空間も自民党総裁選一色。菅政権はその末期になって支持率3割前後のままだが、自民党の対抗軸になるはずの立憲民主党の政党支持率はわずか3.0%。公明党にも後塵を拝することとなっている。 なぜ自民党政権が不人気なのにその受け皿が立憲民主党などの野党に及ばないのか。リベラル政党の支持者は、そのジレンマに日々懊悩しているのであろう。答えは簡単である。今次自民党総裁選を見てわかる通り、自民党の中に野党的対抗軸が存在しているからだ。つまり、メタ的に自民党の中に「党内野党」という極が無数に存在するからである。よって立憲民主党に支持が及ばないのは、自民党の構造上、必然の成り行きなのである。 かつて中選挙区時代、この構造はもっと鮮明であった。自民党内の派閥間の対立が、そのまま反自民票を吸収した。自民党A派閥への批判を自民党B派閥が受け皿になることによって、「自民党への批判を自民党が吸収する」という摩訶不思議な現象が起こり、少なくとも1993年の細川連立政権誕生まで自民党はその命脈を保ってきた。第二次安倍政権の7年8か月における長期政権で「安倍一強」が言われたが、ふたを開ければ安倍元総理の出身派閥である清和会は衆参自民党国会議員の1/4に満たず、それでいて他派閥が付き従っていたのは「選挙に勝てるから」、という理由でしかない。 よって菅総理では選挙に勝てぬと算段すると、途端に抑圧されていた多極が動き出す。今次総裁選では岸田派(宏池会)以外は自主投票とされるが、現実的には派閥の力学が作用し、もし決選投票となった場合は議員票の偏重から、より派閥間の駆け引きが熾烈となろう。つまりは小選挙区制となって以降も、自民党の派閥政治は何ら衰えておらず、自民党の中にメタ的反政権が存在する以上、野党がその受け皿になることは難しいのである』、「自民党内の派閥間の対立が、そのまま反自民票を吸収した。自民党A派閥への批判を自民党B派閥が受け皿になることによって、「自民党への批判を自民党が吸収する」という摩訶不思議な現象が起こり、少なくとも1993年の細川連立政権誕生まで自民党はその命脈を保ってきた」、これでは「野党」は確かにやり難いだろう。
・『朝日新聞「リベラル派が陥る独善」の衝撃 さて2021年9月9日の朝日新聞に、私としては極めて衝撃的な記事が掲載された。"(インタビュー)リベラル派が陥る独善 政治学者・岡田憲治さん"である。要点をまとめると次の通り。 1)リベラルは不寛容で教条的であるから、有権者広範の支持を受けない 2)よってリベラルは不寛容を捨てて、大同団結するべきである 3)リベラルの「正しい主張」が必ずしも人々に受け入れられるとは限らない) 云々である。くり返すように私はこの記事を読んで衝撃を受けた。インタビューを受けた政治学者の岡田氏はリベラル派の学者・言論人として知られるが、その内容はリベラルへの自虐ともとれる内容で、「こんなにもリベラルは自分自身に絶望しているのか」と、私自身保守の立場からショックを受けたのである。岡田氏はどうインタビューの中で、リベラルの誤謬をこう断定する。 「身近な同志たちは、民主国家のルールを平然と無視する政権を有権者が結果的に信任し続けていることへの絶望(後略)」 岡田氏はこう表現している。ここで言う、"民主国家のルールを平然と無視する政権を有権者が結果的に信任し続けていることへの絶望"というのは、すなわち前述第二次安倍政権が7年8か月にわたって続いたことの圧倒的絶望を示すものであろう(菅政権は、衆参における国政選挙の"審査"を受けていないので除くとしても)。 「なぜ、第二次安倍政権のような"民主国家のルールを平然と無視する"政権が、有権者からの信任を受けているのか。やはり私たち(リベラル)は、やり方が間違っていたのではないか」 こういった声を、ここ数年で幾度となく嫌になるほど私は聞いてきた。リベラル系と思われる新聞記者や雑誌記者、言論人や政治家たちは、皆一様にこれと同じか、はたまたこれに準じた「絶望」を語る。「なぜこんなむちゃくちゃな政権(第二次安倍)が国民から信任を受けているのか」。彼らは時として苦渋に満ちた表情で結句として、こう判決する。 「我々リベラルのやり方が間違っていたに違いない」と。最近はリベラル側からリベラル側の誤謬を指摘するのが流行っているのかもしれないが、とかくこういう論調が多い。「有権者に訴求できない以上、リベラルの戦法は間違いであった」。皆それを言うのだが、保守である私には全く理解できない。なぜ自分たちが間違っていると早々に結論して自虐に走るのか、意味が分からない』、確かに、「リベラル側が」「自分たちが間違っていると早々に結論して自虐に走るのか、意味が分からない」、私も分からない。
・『ロッキード時代と相違ない議席数 「この間に、日本の政治家のモラル水準はどんどん低下しつづけた。いつ収賄罪などで逮捕されてもおかしくないような人々が、次々と総理大臣の座についたり、政府、党の要職についたりするようになった。」 この言葉は、現在の政治状況を皮肉ったものでは無い。田中金権腐敗政治を鋭く糾弾した、ジャーナリストの立花隆氏がその著書『巨悪VS言論』(文藝春秋)で、田中角栄をぶった切った際の文章である。立花は、田中政治を「民主主義のルール破りだった」と断罪する。 言うまでもないが、田中角栄は自衛隊機を含む「ロッキード疑惑」に関係して、1976年7月に逮捕された。元総理の逮捕という前代未聞の事件に日本はもとより世界中も注目した。長い裁判の後、田中は1983年10月に第一審の東京地方裁判所で懲役4年の有罪判決を受けた。世論は、田中角栄はクロだ、という印象が強くなった。このような田中批判の中で行われたのが、1983年衆議院総選挙だった。正しく立花の言う「民主主義のルール破り」を行った自民党への国民の審判が問われた。 当時、「"田"中曽根内閣」と揶揄された中曽根康弘率いる自民党は、歴史的大敗を喫した。このとき衆議院の定数は今より多い511議席だったが、自民党は250議席を獲得して第一党の地位を堅守したものの、単独過半数を割れこんだ。これでは政権が維持できないから、無所属当選議員を勧誘して何んとか自民党政権を維持した。この時、野党第一党である社会党の獲得議席は112議席であった。この数は、現在の立憲民主党の議席数と大差ない。 ロッキード疑獄は、第二次安倍政権下に於ける「桜を見る会」の疑惑とは金額的には比較にならない規模であった。丸紅ルート・全日空ルートなど、数億以上のカネが動いたとされる戦後最大の疑獄である。よってそれを「民主主義のルール破り」「いつ収賄罪などで逮捕されてもおかしくないような人々が、次々と総理大臣の座についた」り、と評することはなんら不思議は無いが、こんな元総理の逮捕と起訴、有罪判決が出て田中金権政治への不満が頂点に達した1983年末の総選挙でさえ、逆に言えば自民党は過半数ぎりぎりに踏ん張り、対抗軸たる社会党は伸びたとは言え衆議院の1/5強を確保するにとどまったのである。 事程左様に、「民主国家のルールを平然と無視する政権を有権者が結果的に信任し続けていることへの絶望」は、21世紀に入って突如として起こった事ではない。実は、戦後の日本政治の中で常に繰り返されてきた歴史である。今更になって、「絶望した」というのは、私からすると奇異に感じる。ロッキード疑獄を以てしても自民党政権が続いたときの絶望の方が、よほど比較的に絶望の度合いが濃い。野党が弱いのは、冒頭で述べた通りに、「自民党の中にメタ的な野党構造がある」からで、今に始まった事ではない。なぜこんなにも簡単にリベラルは世論から「拒否された」と思い込み、「リベラルの不寛容さがこの状況を招いた」と自虐するのか。短慮に過ぎると思う』、「野党が弱いのは、冒頭で述べた通りに、「自民党の中にメタ的な野党構造がある」からで、今に始まった事ではない。なぜこんなにも簡単にリベラルは世論から「拒否された」と思い込み、「リベラルの不寛容さがこの状況を招いた」と自虐するのか。短慮に過ぎると思う」、同感である。
・『今こそマックス・ウェーバーに学ぶべき おそらくリベラルは、2009年の劇的な政権交代(麻生自民党から鳩山民主党へ)の成功体験が忘れられないのだろう。1993年における細川連立内閣は、その政権交代劇の首魁である小沢一郎氏、細川護熙氏、羽田孜氏らが揃いも揃って元自民党議員であったように、自民党Aと自民党A´(ダッシュ)の分裂であり、狭義の意味での政権交代とは程遠い。そういった意味では、真に「55年体制の崩壊」が達成されたのは2009年の民主党鳩山内閣成立であったとすることもできる。しかしリーマンショック・東日本大震災などの時代的背景のため、鳩山→菅→野田と続いた民主党政権は3年強で瓦解した。 現在のリベラルは、この鳩山政権誕生時代の政権交代の成功体験を引きずっているが、それは日本の戦後政治史の中で極めて特異な事象であったとするよりほかない。なぜ一度の「挫折」で「リベラルはまちがっていたのではないか。不寛容に過ぎたのではないか」と自虐する理由になるのか。 マックス・ウェーバーはその不朽の名著『職業としての政治』の中で次のように書く。 "政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なこの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。(中略)自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても、「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。(マックス・ウェーバー著、『職業としての政治』,脇圭平訳,岩波書店,強調筆者)) こういった不屈の精神が、リベラルには足らないのではないか。たった一回の政権交代(鳩山政権)の成功体験とその後の挫折を後顧して、「私たちはまちがっていた、不寛容であった」と自虐するのは早計ではないか、と言っているのだ。 事実、本稿で引用した朝日新聞の岡田憲治氏の言によると、「リベラルの正しさが必ずしも受け入れられるわけではない」と述べているが、実際に過去10年間を切り取っても、性的少数者や女性差別について、主にリベラル側から提起され続けてきた問題について、現在ではそれが大メディアのコンプライアンス基準となり、実際の番組制作や表現を動かしているではないか。まさに、マックス・ウェーバーの言う、"堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業"が、奏功したのが現代社会ではないのか。そういった地道な、刹那的に注目されない政治活動を「無意味」「(リベラル以外に対し)不寛容で訴求しない」と決めつけて自虐を行い、すぐに主張を修正しようとする恰好そのものが、リベラルの弱点だと言っても差し支えはない』、「"堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業"が、奏功したのが現代社会ではないのか。そういった地道な、刹那的に注目されない政治活動を「無意味」「(リベラル以外に対し)不寛容で訴求しない」と決めつけて自虐を行い、すぐに主張を修正しようとする恰好そのものが、リベラルの弱点だと言っても差し支えはない」、同感である。
・『「昭和の日改定運動」と保守の草の根 私は永年保守界隈に居を構えてきた。保守界隈は第二次安倍政権が誕生するはるか前の段階で、"堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業"をずっとおこなってきた。例を挙げるとキリが無いが、例えば「昭和の日改定運動」である。昭和の日とは、昭和天皇の誕生日である4月29日の祝日を指すが、これは2007年までの話で、それ以前は単に「みどりの日」と呼ばれていた。 これに強硬な保守層は怒っていた。昭和天皇誕生日を「昭和の日」としないで「みどりの日」と呼称するのは何事であるか。是非「みどりの日」の呼称を「昭和の日」に改定するべきである―。ゼロ年代後半の保守界隈やネット界隈では、俄かにこの「昭和の日改定運動」が盛り上がったのだが、特に彼ら在野の保守系活動家は孤立無援であった。「昭和天皇誕生日を"みどりの日"と呼称することの違和感」と題したパンフレットを、彼ら活動家はまったくの自費で、新宿駅や池袋駅、渋谷駅で配布した。彼らの大半は自営業者だったが、「昭和の日」実現を目指して全部私費を投じた。仕事が終わるや否や、損得を度外視して新宿駅の街頭に立って、「昭和の日」の正統性を訴えた。 勿論彼らは保守系の国会議員や地方議員にも訴えたが、保守系論壇誌ですら「昭和の日改定運動」は優先度が低く、そこまで注目されなかった。40歳を過ぎたいい歳のおじさんが、損得を度外視して、身内からも注目されることなく、コンビニのコピー機で刷った一枚10円のビラを雨の日も風の日も、台風の日も配布するとき、その主張が正しいか正しくないかを別として私は涙が出た。これが草の根の保守運動というやつであった。彼らの声が届いたかは判然としないが、結果として「みどりの日」は、彼らの望む通り「昭和の日」になって現在を迎えている。 くだんの朝日新聞における岡田憲治氏のインタビューには、現在のリベラル派が認識している支持層を「上顧客」とする記述がある。自分たちの思想への支持層を「客」と呼んで憚らない岡田氏の世界観には賛否があるだろうが、少なくとも保守運動にはそういった意識は無かった。「昭和の日改定運動」に携わった保守系の活動家のほとんど全部は、自らへの支持者を「客」とは見做さず、「同志」として歓迎した。 客観的にみて、その主張が如何に政治的に偏っていようとも、彼らは自らの主張が絶対に正しいと信じ、多数派工作を行わなかった。なぜ行わなかったのかと言えば、自分たちの主張は絶対に正しい。いつかは届くと信じたので、多数派工作を行う必要性を感じなかったからだ。彼らは愚直なまでに自らの信念を貫き通し、その活動で出会った人々を「客」という周縁に追いやることをせず「同志」として平等に連帯した。 これが「保守」にあって「リベラル」に無い根本精神ではないのか。「上顧客」「固定客」などという、いわば見下した他者への存在がある限り、リベラルの復権は絶対にない。強固な保守は、過去にも、現在にも、未来でも、「同じ志を有する者は同志として見做して平等に扱う」をその根本精神とする。間違っても「客である」等とは言わない。そして絶対に信念を曲げない。 「自分たちが受け入れられないのは、メディアのせいであり、反日勢力の陰謀であるから、自分たちはまちがっていない」という直進性を有する。その点リベラルは、たった一回の実質的政権交代に味を占め、それが再現できなくなると「私たちが間違っていたのではないか」という自虐に走る。これがリベラルが保守に劣後する最大の理由だ。今こそマックス・ウェーバーの故事を思いだし、たった一度の挫折にひるむことなく自身の主張を剛毅不屈に貫徹してもらいたい。それができず、単に主義のない「多数派工作」を展開し、自らの支持者を「客」と蔑むなら、リベラルに未来などないのではないか』、「強固な保守は、過去にも、現在にも、未来でも、「同じ志を有する者は同志として見做して平等に扱う」をその根本精神とする。間違っても「客である」等とは言わない。そして絶対に信念を曲げない・・・その点リベラルは、たった一回の実質的政権交代に味を占め、それが再現できなくなると「私たちが間違っていたのではないか」という自虐に走る。これがリベラルが保守に劣後する最大の理由だ」、手厳しい「リベラル批判」で全く同感である。
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